第28話 暴走するクシュシュ!巨大エーロドージア反応!
目を覚ましたよぞらは、真っ先に病室の天井を認識した。
どうしてこうなったか、どうにか思い出そうとする。
自分の記憶の最後にあるのは、さやの唇の感触。
やわらかくて、闇に呑まれてしまいそうな。
そこから先も鮮明に記憶があって、自分がなにをしたのかはわかっているつもりだ。
さやが侵入してくる感覚、そして自らが放った雷撃でみんなが傷ついていく光景。
そして、さやがいったいいままで何を思い、なにをしようとしてきたのか。
天使たちが傷ついているのは自分のせいだ。
頭を抱えてもなにも変わらないのはわかっていても、どうしても自分を責めようとしてしまう。
ベッドの傍らには、めるくがついていることに気がつく。
よぞらの目がさめたことを喜んでくれているらしく、抱きつくように覆い被さってくる。
よかった、と声を漏らす彼女の体温に、どこか申し訳ないと感じてしまう。
自分を助けるために、めるくもまきなも、クシュシュまでも戦ってくれていたのだ。
「あ、あの、めるくさん」
「……申し訳ありません、取り乱しましたね。よぞらさんがこうして目を覚ますのは、もう1週間ぶりですから」
ずっと、意識を手放したまま眠ってしまっていたようだ。
一週間のあいだには、ゲレツナーの出現はあっても、少人数で対処できていたとのこと。
その点は安心できても、聞く限りまだ傷の治っていない天使ばかりだということにもなる。
涙をにじませているめるくになにもいえないまま、彼女の泣き声ばかりを聞いている。
そうして時が過ぎていくなか、病室の扉が開けられ、やっと沈黙が破られた。
「無事ですか、よぞら先輩」
みなもの声だ。
まひるとふたりで、よぞらが目覚めたと聞いてやって来たのだろう。
さやに侵入されかけたときの記憶があるいまのよぞらは、ふたりと顔を合わせづらかった。
ふたりの関係性が好きで、一緒にいたかったのは事実であっても。
それが仲間に対する愛でなはなかったということを、知っているからだ。
「あ、あの。さやちゃんがいなくなった日に、なにがあったんですか」
まひるは真剣な眼差しを向けてくる。
現実を受け入れられない、あわよくば反抗するという意志をもっているのが伝わってくるようだ。
対して質問をするみなもは、怯えている小動物のような瞳でいる。
彼女に真実を伝えるのは残酷に思われた。
あんなに一緒だったのに、こんなことになってしまったのだから。
けれど、気を遣ってもなにも生まれない。
前に進むためによぞらができることは、包み隠さず話すことだけだった。
「あの日、私たちは、シアタールームで」
あの日見た資料映像のこと、フェイトのこと。
そして、さやにキスをされて、身体を奪われかけたこと。
話を聞く後輩たちの表情はやりきれない気持ちに埋められていき、気分がいいとは言えなかった。
「……それらは全員に伝えるべき事項です。こむぎに伝え、病室にも回します」
めるくは自らの考えを押し込めるように事務的なことだけを話すと、こむぎとの通信を起動させて病室から出ていった。
よぞらと後輩たちだけが残されている。
ふたりとも表情が暗くて居心地が悪く、よぞらもめるくについていきたかった。
まひるもみなもも、さやが突然いなくなったことをどう感じているかは顔にまであらわれている。
ぽっかり穴が空いてしまったようで、とても見ていられない。
でも、こんなときに気の利いた一言が出てくるほどよぞらは人生を経験していない。
言えることといえば、これだけだ。
「きっと大丈夫。私たちは天使なんだから」
さやだって、天使だった。
彼女の持っている好意は本物で、同時に情欲が本物だとしても、その根底はひとりの少女だ。
また一緒に過ごせる日はやってくるかもしれない。
根拠の無いことでも、いまはそれしか言えない。
目を丸くするまひるとみなも。
ふたりの頭をすこしだけ撫でて、それからめるくを追って出ていってみる。
すると、めるくが焦った様子で通信を受けていた。
「なっ、こむぎ! それは間違いないんですか!?」
いま話しかけるのはやめておいたほうがよさそうだ。
遠巻きに、耳をそばだてながらじっとしている。
聞いていると、こむぎからの連絡の内容も浮かび上がってくる。
エーロドージアの反応はたしかにあるのだが、いつもと違うのだろう。
異常に規模が大きく、タイプ識別もめちゃくちゃになっている、との話が聞こえてきた。
クシュシュとファム・ファタールの持つ属性が混ざりあって、機械まで困惑しているという。
「でも、まだ出撃できる天使は……!」
めるくの声は中断される。
天界社全体に衝撃が響いたのである。
防護壁の起動は間に合っているが、余波が大きな揺れになってやってきている。
「めるくさん、これって!」
「よぞらさん。あなたは下がってください、病み上がりでしょう」
そういって、めるくは出撃のため駆け出した。
その間に警報とアナウンスが全館放送にのせられ伝えられる。
いまの衝撃は、特大のエーロドージア反応の主による攻撃であること。
出撃可能な天使はめるく、あるいはこむぎにコンタクトを取れという指示。
それらが流れ終わらぬうちに、病室からはいくつも物音がして、ベッドから這い出てきたような包帯まみれの天使たちがあらわれる。
せれすとえりすはどうにか回復しているらしく、まひるとみなもを連れて通りすぎていく。
よぞらも四人を追おうとし、踏み出したとたんに肩を掴まれる。
まきなだった。彼女は傷が癒えておらず、足取りもおぼつかない。
「よぞらちゃん、あたしも」
「待ってくださいまきなさん、これ以上はほんとに」
「わかってるよ。でも、ここにいるだけじゃ死んでるのと一緒だ」
まきなはクシュシュ、いや、ひづきについてはなにかを抱えている。
その正体は、よぞらからうかがい知ることはできないものに違いない。
よぞらはまきなとともに管制室へと向かった。
すでに数人は出撃しているらしく、そこにはめるくとこむぎの姿しか見えない。
「……よぞらさんに、まー子、ですか。言っておきますが、あなたの出撃は」
「はは、いまのあたしで戦えるわけ無いよね。だからせめて、見届けるくらいはさせてほしいんだ」
めるくとまきなの視線があって、言葉を介さない時間が生まれる。
先に折れたのはめるくの方だった。
戦闘には絶対に参加しないこと、今度こそ無理をしたら許さないこと。
こうして無茶をしようとするまきなとそれを止めたいめるくが向かい合うのは二度連続してのことで。
めるくもどこかでこうなることを期待していたのか、安堵が奥底に見えるような気がした。
◇
よぞらが天界社を出ると、そこはすでに戦場となっていた。
触手たちが絡み合ってできた、民家よりも大きな要塞のようなものが鎮座しており、その周囲で天使たちが奮闘している。
特に左右にはそれぞれ竜と戦車を模した像が作り上げられており、それらがゲレツナーとして動き回っている。
せれすとえりす、まひるとみなもがそれぞれの相手をしているものの、いくら傷つけても再生してしまうらしく、抑えているので精一杯だ。
戦車の堅い装甲はブライトの斧によって叩き割られ、砲弾はディープによって泡に包まれ勢いを失っていく。
しかし、完全な破壊へは至らず、必殺技を使っても倒しきれる保証がどこにもない以上無駄撃ちは許されないのが現状だ。
ハーベストとアップルの側も同じである。
ドラゴン自体は彼女たちにかかればすぐに撃破されていくほどの敵だ。
アップルが四肢と翼を裂いて動きを止め、ハーベストの槌が頭部を砕けば触手は竜の形を成さなくなる。
けれど、一匹の竜がほどければまた作り出される。
もう一体を倒せばもう一体。きりがないのだ。
そのために中央に向かっているのがスコープだった。
竜と戦車を作り出している触手たちの中央には、巨大な少女の胸像が作られている。
さらにその胸元にはクシュシュの身体が磔のように埋め込まれていて、おそらく本体はそことみえた。
久しぶりの変身ゆえか、スコープは飛行の感覚が思い出せないのかよく悲鳴をあげている。
襲い来る触手たちは、数本であれば注射器でも押さえ込めるが、なにせ数が多すぎる。
一本に薬液を注入させて爆発させても、爆風で吹き飛ぶ触手よりも新たに伸びてくる触手のほうが多いのだ。
このままでは息切れまで粘られてしまうだろう。
よぞらはトゥインクルへと変身し、スコープの手助けへ向かおうとする。
「らびぃ先輩っ、大丈夫ですか?」
「えぇ、ダメージはないけど、近づけなくて……ああっもううっとおしいわね!」
絡みつこうとする相手を振り払うスコープ。
休みなく動く敵を前に、話している時間はない。
トゥインクルは自分の考えていたことを話し、スコープに協力を願った。
「あの。先輩がヘヴンズフォーチュンを使えば、注射器が戦闘機のように使えますよね。あれで一気に行けば!」
「そうね、やってみる価値はあるわ!」
トゥインクルから光輪が手渡され、スコープはそれを起動し、必殺技を発動させる。
「ラビットハート☆ストライカー!」
戦闘機となって突撃していく注射器と、そこに跨がるスコープ。
触手たちでも彼女を捉えきることはできず、一気に追い抜いていく。
しかし、触手たちもただ本体へ向かわせるようなことはしない。
クシュシュが埋め込まれている場所に集合して、彼女を守る壁が作られる。
突き刺して爆発させても、影響を受けたのは壁だけだった。
爆風の中、スコープは脱出を試みる。
が、うまく飛び回れず、守ってくれる衣装もない。
クシュシュと同じように取り込もうとして来る相手に、スコープは必死でもがく。
直後に、銃声が響き、刀身がきらめく。
「大丈夫ですか、スコープ」
「よくやったよらびぃちゃん。あいつら、どうもクシュシュが余程大事らしい」
ブルームとクリアが駆けつけてくれて、助け出してくれる。
雨風のように押し寄せる空間から脱して、スコープは一旦退くことになり、中央はクリアとブルームにトゥインクルを加えて攻略に出る。
射撃武器では標的の数が多すぎるゆえにうまく進めず、どうしてもクリアの援護という形になってくる。
スピードのある彼女はいくつか危ないところはありながらも潜り抜けてクシュシュのもとへと近づいていき、はじめて胸像部分に剣を突き立てることができた。
一度の斬撃で効果がないのは明らかだ。
早々に攻撃から防御に武器を振るうように切り換えたクリア。
クシュシュのすぐ近くまでは、触手の壁を伝っていけば遠くはなかった。
「ひづき。私です、めるくです。聞こえますか」
「……めるく?」
クシュシュが顔をあげる。
その光がない瞳にクリアの姿を映し、なにかを語りかけようとする。
「駄目だ、逃げろ」
「嫌です、またあなたを置いてなんて」
「こいつは私の制御を離れてる……私を殺しても止まらないんだよ。打つ手はないんだ」
「いいえ、私はあなたのことだって!」
そのときクリアは気を抜いていた。
言葉にばかり意識を向けていたのだ。
咄嗟に剣を振るえなくて、自分の身体を貫こうとするものがあることに気づいたのさえ一拍遅れていた。
「……ッ、めるく!」
戦うなと命じられていたまきなが一瞬のうちに変身し、飛び込んでいく。
止めようとするブルームもトゥインクルも、クリアがやられている現状に驚いてすぐには動けず、追っても振り切られてしまう。
もはや炎の矢であるように突き進み、本体のある壁にまで到達する。
クリアのことをひっ掴んで、投げ出すまではできていた。
疎かになっていたのは自分のための防御だ。
すでに満身創痍のヒートの腹が、胸像より伸びた一本によって貫かれる。
助けられたクリアが状況を理解するのが遅れ、彼女にとっては気がつけばトゥインクルに抱かれていたのだろう。
そしてそのときにはもう遅かった。
ヒートの身体は、クシュシュよりも奥深くへと飲み込まれていき、炎の翼は見えなくなっていったのだ。
「……嘘、でしょう」
クリアが呟いた。
大切な仲間であったひづきを助け出すはずが、大切な仲間であるまきなを奪われるなんて。
受け入れられない現実への、疑問も嘆きも憤りも包み込んだ言葉だった。
呆然とする天使たちをよそに、触手の要塞は形を変えていく。
少女の胸像はほとんどが崩れて大量のゲレツナーとなっていった。
クシュシュを中核とした一部だけが、異形にして多脚の怪物へと変わり、逃げ去っていく。
「待って、くださいよ、ひづき、まきなぁ……!」
クリアが泣き崩れそうなのをこらえて飛び立ち、ブルームもトゥインクルもそれに追従する。
しかし、ばらまかれたゲレツナーの数が多すぎる。
敵の群れが邪魔になって、いつの間にかクシュシュもまきなもどこにも見えなくなっていた。
あと天使たちにできるのは、あたりの雑魚たちを蹴散らすことだけ。
せめて市民だけでも守ろうと、戦いは続いていった。




