第2話 先輩さまがたよろしくお願いします!
天使隊に所属する天使のひとり、多々良めるくは本部へふたりの人間を連れて帰ってくることになった。
うち片方の被害者男性は医療機関へ運ばれて、彼が対ゲレツナー保険に入っていたならしっかりと支払われることだろう。
問題になるのはもう一方の少女だ。
天使隊の詰所まで連れていき、彼女のことを調べるため担いだまま廊下を歩く。
すると、今は出くわすと少しうるさい相手にばったり出会ってしまった。
「おっ、めるく! パトロールお疲れさま。その子はどうしたの、見習いちゃんっぽくはないけど」
「……げ。まー子ですか」
「げってなにさ、げって! もしかして、めるくってばコトブキタイシャ?」
「天使隊は原則恋愛禁止でしょう。私にかぎって、そんなことあるわけがないでしょう」
元気な彼女の名前は『紅まきな』という。愛称はまー子。
といっても、めるくがそう呼んでいるだけで、彼女の呼び名は人それぞれだ。まきちゃん、と呼ぶファンもいれば、紅いの、と呼ぶファンもいる。
めるくとまー子はそこそこ長い付き合いで、彼女が友好的なのもあって仲良くやっている。天使隊見習いのころからつるんでいる間柄だ。
まー子は後ろで束ねた真っ赤な髪と同じ色のパーカーをいつも着ていて、廊下で会うとすごく目立つ。
その点で言えばめるくの服も目立つかもしれないが、情熱の赤は彼女のイメージカラーだ。
めるくの天使装束が青であるように、彼女は深紅をまとっている。その黒い瞳はいわば太陽の黒点なのだ。
情熱の赤のとおり熱くなりやすい性格で、雑務より専ら戦闘が好きなのが、めるくの知っているまー子だった。
それはともかく、めるくはまー子に用があるのではない。担いでいるこの少女を連れていきたい場所があるのだ。
天使隊の情報が集い、重要な機械が密集し、役割を任せられた天使しかうまく扱えないといわれる場所。中央管制室である。
中央ゆえに機械の警備は厳重だ。この少女が天使の資質を持っていなければ、すでにつまみ出されかけていただろう。
そんな道を通り、難なく管制室へとたどり着く。
重い扉を片手でむりやり開けて、機械や配線の黒ばかりの目立つ部屋へと踏み込む。
「おや、珍しいじゃない、めるく」
「……げ。こむぎですか」
またしても、思わず声に出してしまった。
管制室にいた彼女『穣こむぎ』はまー子よりもめんどくさいというべきか、積極的にからかってくる人のためあまり得意ではない相手だった。
実力は伴っているし、頼りにはしているのだが。
今回もすごく「恋人候補かしら」「年下?年下よね?」「あなたとケッコンするのは、私だと思ってた」などぐいぐい来ている。
勢いに押され、突っ込めなかったし、乗る方向にも行けなくて、めるくは黙っていた。
こむぎもまた肩に乗せた少女と同じく金髪の長髪であるが、少女が星の瞬きのような印象を持つのに対してこむぎは名の通り金色の小麦畑といったところだ。
紫の瞳はめるくのことを、困った顔をするのが可愛い、と思っているらしいと聞いたことがある。やや苦手な視線だった。
「そこまでにしなさいよ、こむ姉」
管制室にはもう一人天使がいたようだ。
ひときわ大きなモニターに向かったままこむぎに吐き捨てている。
こむぎのことを「こむ姉」と呼ぶ彼女は、新人の頃から彼女にそう教え込まれている天使である。
名前は『花房らびぃ』。
銀色のツーサイドアップにつぶらな翠の瞳、加えて小柄な体格とへの字口が特徴だ。
ふだんは袖の余っているパーカーを着ているが、管制室は通気性が非常に悪いのでキャミソール一枚で作業をしているらしい。
らびぃの方に用がある、と申し出ると、彼女はぱっと営業スマイルを浮かべた。
「何のお仕事でしょう、隊長さん!」
「この子の素性を調べていただけませんか?」
「はい、大丈夫ですよ。迷子ですか? それとも行き倒れ?」
「そんなところ、でしょうか」
とにかくやってみますね、とらびぃは再びモニターに向かう。めるくの肩の少女の顔を確認し、なにやら細かな指の動きを繰り返すことで調査がはじまる。
天使隊のデータベースをうまく扱えるのは、今はらびぃとこむぎだけである。
代々数字や機械に強い天使は、先輩に仕事を教わり、こうして管制室に入り浸るのだ。
やがてデータと合致したのか、ひとりの少女について表示された。
「あ、この子なんてそっくりですね」
画面には『明星よぞら』という文字と、紛れもなくこの少女と同一人物の顔写真であった。
しかし経歴や住所などは登録されていないらしい。空白ばかりであった。
「ぅ、ここは……?」
ここで、よぞら(仮)が目を覚ます。
彼女にも画面の少女が自分だとは理解できていたらしく、その名前を呟いている。
「自分の名前は思い出せましたか?」
「あ、はい。よぞらで間違いないとおもいます」
煮え切らない返事だったが、彼女のことはよぞらと呼ぶことにする。
めるくは彼女を肩から降ろし、ややふらつくのを支えてやった。
すこし遅れてまー子も現れる。ほかの場所には誰もいなかったので、遊びに来たのだという。
そんな彼女はさておき。めるくは住所すら空白のよぞらについて、答えを出さなければならない。
「……よぞらさん。名前を思い出せたようでよかったですが、もう少し世界のことを知っていきませんか。例えば、私たち天使のことだとか」
めるくはまず、目の前にある不可解な出来事よりも、自分もよくわかっているはずのことについて話すことに決めた。
──天使とは。
人々を束ねる最高位の者に仕えている少女たちのことである。
それも、ただの少女ではない。
人々の愛や命を脅かす大敵『エーロドージア』が産み出す『ゲレツナー』と戦うため、戦闘形態への変身能力を備えているのだ。
人々の愛の形はそれぞれ違う。
ゆえに、世の中にはとても他人に面と向かって公言できないような嗜好の持ち主も存在する。
心の内に秘め、そういった作品に触れるのには問題がないのだが。
時にそれらの欲望は悪意によって暴走し、人々の生活の敵となってしまうことがあるのだ。
天使は、彼らを抑制し、もし現れれば浄化するのを目的に活動している。
そこまで説明し、よぞらの理解が追い付いていることを表情で確認して、目線があったとたんよぞらの方から口を開いた。
「あの、私も、変身できてたんですよね」
「……はい。あの蜂を倒したのは、あなたですからね」
「だったら。私、もっと天使について、自分の力について、知りたいです。ここにいてもいいですか……?」
めるくは思わず、くすりと笑う。
「っと、めるくが笑うなんて珍しいね!」
「……そうですか? いえ、それはどうでもいいのです。よぞらさん、私はあなたを歓迎します」
どうして笑みがこぼれたかは簡単だ。
めるくが持ちかけようとしていた話と、よぞらがしてきた話。
どちらもちょうど、この天使隊の本部に彼女の居所をつくる、というのもだった。
天使隊はいつでも人手不足といってもいい。
あれだけの危険な戦いに身を投じていて、命を落とすものは少なからず存在してしまうのだ。
よぞらは貴重な戦力となりうるし、なによりも彼女自身についての謎があった。
確かに天使は変身していれば高い回復能力をもっている。
しかし、腹を裂かれ、肉を貪られている状態からの復活である。
めるくたちにも到底できる芸当ではなく、彼女が特別な存在である可能性も否定はできないのだ。
「あ、隊長さん。上からの指令です」
らびぃの言葉につられ、めるくとまー子、こむぎとよぞらが全員で押し寄せて画面を見ようとした。
ひかえめなよぞらと、配慮をして一歩引くめるくは前へ行こうとしないが、その傾向はまー子に特に顕著だった。
指令は単純な文章で綴られていた。
『明星よぞらの天使隊入隊を認可せよ』
どうやって上層部によぞらの情報が伝わったのかはわからないが、いきなり変身を果たした彼女が認められてもおかしくはない。
「ナイスじゃない、さすが我が妹らびぃちゃん! 報告、連絡、相談が迅速ね!」
「……いや、何もしてないはずよ」
「え?」
らびぃとこむぎが首をかしげているが、上層部は上層部で調査を行っていたのかもしれない。
ともかく、よぞらの素性はめるくの頭だけで考えてもわかるものではないのだ。
上層部から任された彼女のことをサポートし、天使として共に戦う。それこそが自分の役割だと、めるくは考えた。
全員に別室集合を伝え、ぞろぞろと管制室を後にする。管制室では、集合するには熱がこもってしまう。
めるくたちは会議室に場所をうつすと、適当な場所に座った。
まず自己紹介と、資料を渡さなければ。
用意してある資料を棚から取り出し、よぞらに渡す。
資料とは、新入り向けのこむぎ謹製のものである。
めるくの目から見てもとてもわかりやすく、さらに親しみやすいようにと用意されているメンバー紹介においても可愛らしいイラストが添えてあって、読んでいて楽しい。
ふだんからこのくらいしっかりしていてくれれば完璧だといつも思うのだが。
「これが……天使さんなんですね」
よぞらが呟き、にっこり笑いながら背後にこむぎが忍び寄っていき、驚かそうとしていたのがらびぃに見つかってひっつかまれる。彼女はこういう天使なのだから、たぶん仕方がない。
今度こそ全員が席につくと、よぞらは先輩の紹介ページと本人とを見比べはじめる。
小声でのひとりごとの内容を聞くに、好きなものなんかも覚えようとしてくれているらしい。
「まきなさん、らびぃさんに、こむぎさんですね。覚えました!」
「早いじゃない、あなたみたいにお利口な子は好きよ、お姉さん」
「お姉さん……?」
「えぇ、私のことは親しみをこめてお姉さんと呼ぶといいわ」
「はい、こむぎお姉先輩!」
さっそくよぞらを攻略しにかかるこむぎ。
しかし、先輩という敬称を外したくないらしいよぞらは逆に「さん」をとってしまった。
そうしてこむぎが怯んだ隙を見て、今度はまー子が向かっていく。
「やっほー、新入りちゃん! あたしまきな、この隊の一番槍さ!」
彼女が用いるのは槍ではないにしても、間違ったことは言っていない。
集団での戦闘では彼女が切り込み役で、その様を見てめるくたちは戦略を考えるのだ。
その積極性はいまも発揮されており、ぐいぐい距離を縮めていくせいでよぞらはちょっと困っているようにも見える。
「まー子、ほどほどにしてくださいね。そうだ、各所の案内を手伝っていただけませんか?」
「いいよー!」
まー子がよぞらの手をひいて、さらにめるくの腕もひっぱって、会議室から飛び出していく。
驚くめるくの目には、自分と同じように困惑した様子のよぞらが映っているのだった。