第18話 あこがれの海です!
日差しがぎらぎらと地上を照りつけ、セミたちが情熱的に歌う季節。
夏は、天使隊にとっても無縁な時期ではない。
夏祭りや花火大会などのイベントに出演したり、熱中症になってしまった人々を運んだり、忙しくなってくる。
とりわけ、世間には夏休みという概念があり、それによって活発になる人々も少なくないのだとか。
よぞらは、そんなふうに聞いたことがあった。
本においては、スイカを割ったり、虫を観察したり、海に行ったり。
宿題という怪物に追いかけられたり、かと思えばゴミ箱に叩き込んだり、というものだった。
よぞらももちろん夏休みというものに興味があった。
しかし療養中のめるくの不在やたびたび出現するゲレツナーの対応があり、みんなに言い出す機会がなかった。
このままでは夏が終わってしまわないだろうか。
そう危惧までしていたある日のこと。
「みなさん。海に行きたくはありませんか?」
まきなからさやまで、天使隊全員をあつめてめるくが言い出したのは、夏らしいイベントへのお誘いだった。
というのも、もともとめるくは水着写真の撮影の予定があったのだが、先日の戦闘で自爆させた腕の治療が終わっていない。
骨折者のように包帯で固定している痛々しい姿では、一般の天使隊のイメージが変わってしまうおそれがある。
よって。急遽、天使隊みんなで楽しそうに遊んでいる写真を載せよう、というふうに話が変わってきた。
全員で行ってしまって、その間に襲撃されればまずいという話だが、ヒナタが他の天使隊から人員を引っ張ってきてくれるらしい。
挙げられた名前は覚えのないものばかりだったが、こむぎは知り合いであるみたいで、あいつらなら安心だという。
「最近は戦い詰めだし、息抜きしてもいいんじゃないかな。まひるちゃんたちもみんなで遊びたいよね?」
こむぎに呼び掛けられたまひる、そして隣のみなもは顔をあわせたのち深く頷いた。
目を輝かせているあたり、ほんとうに嬉しいとみえる。
そんなほほえましいふたりを見て、つい頬がゆるんでしまうのか。
おさえているのがさやだった。
ほかにも、まきなはすでに瞳を閉じて海へ思いをはせていたし、らびぃはこむぎにからかわれて真っ赤になっている。
よぞらも胸のうちの感情をかくさなくてもよいのだろうか。
「……よぞらさんは、どうでしょうか」
めるくも、よぞらと一緒に行きたいと思ってくれているのだろうか。
いまのその視線は、いつも彼女に向けられている心配のものに似ている気がする。
よぞらさん、休んだっていいんですよ、というような。
「いきます。行きたいです、海っ!」
「そうこなくっちゃ!」
こむぎの声が響き、全員揃ってのお出かけの話が決まった。
出発は数日後だ。
濡れてもかまわない服、すなわち水着をよぞらは持っていないのだが、それはこむぎやまきなに相談していこう。
その場で解散になったあと、それぞれの思いを抱えながら、来るべき日の準備へ取りかかった。
◇
そしてその日がやってきて。
天使隊一行は、あえて一瞬で移動するのではなく、車を用いることにした。
行きと帰り、どちらの道中のお出かけのうちである。
気分は徐々に潮の香りが近づいてくるにつれて高まっていき、窓を開けたさわやかな風はみんなの頬を撫でる。
運転手はこむぎで、助手席にはめるく。
二列目にはらびぃとまきなに挟まれてよぞらが乗り込み、後輩三人娘が最後列だ。
隣を見ると、まきなは外を眺めながら、すぐ後ろのまひるとなにやら外の景色で盛り上がっていた。
逆方向からは何も聞こえない。らびぃが黙ってゆられているだけだ。
膝にのせているのは水着の入っているバッグだろうか。
よぞらは気を使って声をかけようと思ったが、その瞳にはちゃんと期待が宿っている。
わざわざ話しかけなくても、らびぃはらびぃで雰囲気を楽しんでいるのだろう。
天界社の拠点から、車で二時間かからないほどで海水浴場に到着した。
人々は天使隊を待っていたかのように賑わっているし、まきなが手を振ると歓声があがる。
どこから噂が入ったのやら、天使目当ての人々も多くいるようだった。
そこからまたすこし海に沿って車を走らせて、撮影のため立ち入りを制限されている貸しきり状態の区域でやっと止まった。
「到着、っと! 更衣室のテントはこっちにあるから、ついてきてー」
ドアを開けて、あらためて海の空気に触れる。
一歩踏み出せばもうそこは砂浜だ。
はじめての匂いは、よぞらの頭の中まで吹き込んできて、なんだか気分が高揚してくる。
先導してくれるこむぎについていって、テントに駆け込んだ。
外から見るよりも岩陰を利用していて広く、天使隊全員で使ってもまだ広い。
日差しから逃れているため、涼しくもある。
「よーし、まひるちゃん! 遊ぼうか!」
「いくらまきな先輩でも負けませんからね!」
「先輩っ、まひるちゃん、はやいよ! まって!」
普段着の下に着ていたのか、脱ぐだけで着替えが終わったまきなとまひるは真っ先に飛び出していった。
すこし遅れて、みなももついていこうとしている。
まきなはその健康的は肢体を際立たせる黒のビキニ姿である。
まばゆい日光のもとで真紅の髪といっしょに照らされれば、よぞらの瞳には芸術として映った。
まひるとみなもも相手のイメージカラーのワンピース水着をお揃いで着ている。
特にまひるは胸のあたりが大きくおしあげられていたり、お腹あたりの布に筋肉がうっすらと浮かび上がっていたりと目立つ。
みなもだって負けてはおらず、細身ながら目測ではまきなよりも大きいくらいか。
ビーチボールを持ち出して、三人が炎天下へ繰り出していく。
そんな彼女らへ、めるくが注意を促していた。
「日焼け止め、忘れてますよ」
「あ、そうだった!」
めるくの取り出したのは、天界社の技術が作り上げた最先端の日焼け止めクリームである。
大急ぎで戻ってきた三人。
まひるとみなもが塗りあいっこをはじめ、真似をしてまきながめるくにじゃれついて。
双方にさやの視線が吸い寄せられていた。あの視線は本気のものだった。
「あまりはめを外しすぎてはいけませんからね。ほどほどに全力で遊んでください」
そういうめるくは、包帯でぐるぐる巻きの腕を固定しながら、最新式の、いわゆるスクール水着である。
さらにその包帯も普段と違う防水仕様のものになっている。
みんなとの水遊びを、めるく当人も楽しみにしていたことがうかがえた。
スクール水着は流線型のボディをもつめるくの身体のラインを強調している。
万全であれば、天使隊で最もすばやく泳げること間違いなしである。
「ほらほら、らびぃちゃんもはやくしなよ?」
「わ、わかってるわよ! きっ、きがえてるんだから、先にいってて!」
「でももう水着姿だよ。まさかそのパーカーのまま海に入るわけないよね?」
「そんなわけあるわよっ!」
仲睦まじくしているのはこむぎとらびぃだ。
こむぎは大人びた紫で、陽によって透けるような厚さであるパレオを身に付けている。
髪型がいつもと違ってポニーテールになっており、珊瑚の髪飾りが絶妙な赤を醸し出して、いつも通り軽い態度なのに雰囲気はいつもより数段お姉さんらしいような。
そして、そのこむぎにパーカーを奪われかけているらびぃ。
彼女の姿を視界に入れると、まず何より先に「大きい」という感想がやってくる。
小柄であるぶんまひるたちより目立つし、それを隠そうと選んだのだろう胸元のフリルがかえってそのサイズを見るものに感じさせる。
けっきょく、推しに負けたらびぃは最大限の譲歩として胸元までファスナーを下げて砂浜へと出ていった。
「……よぞら、さん。遊びに行かないんですか」
テントの中に残っているのは、もうよぞらとさやだけだ。
そんなさやは、首の前で交差させた紐を後ろで結んでいるものを着用している。
トップは白い華をデザインに取り入れていて清楚な印象だが、発育はまひるに引けをとっていない。
また、ボトム側は紐のリボンでかざられていて可愛らしいが、あれは引っ張ったら水着がはずれてしまうのだろうか。気になるところだった。
よぞらをふくめ、全員が着替えを終えている。
太陽を浴び、精一杯遊ぶときがきたのだ。
よぞらの水着は、星形をちりばめた桜色のものである。
身体のほうは、発育がいいまでは決して言えないとはわかっているが、こむぎの選んでくれたこの衣装は気に入っている。
とはいえ自分が選ぼうとした、胸に一文字ずつ「清」「純」と刻まれたものは止められてしまったのはなぜだろうか。
日焼け止めはちゃんと塗ったし、準備は万端だ。
思いきって飛び出して、素肌を照りつけてくる陽射しの熱にもなんだか楽しくなってきて、勢いのまま海に駆けていく。
打ち寄せる波は冷たくて、海中の砂を素足で踏むのは不思議な感触だ。
ゆっくりと、たしかめながら歩いていくと、後ろから「どーん!」という声とともに突き飛ばされて、思いっきり水をかぶった。
軽く拭って振り返ると、そこには笑顔のまきなが立っている。
「……やりましたね! それっ!」
仕返しに、まきなを捕まえて、もっと深いところに投げ飛ばした。
さすがの彼女もそんなふうに反撃がくるとは思っていなかったのか、そのまま海にダイブする。
「ぷはぁっ、いい投げだよ! よぞらちゃんも楽しんでるね!」
浮かび上がってきたとき、まきなの頭の上にはなぜか小さなたこが乗っかっている。
「……まー子。なんですか、それ」
「へ? あっ、水中でカニと間違えられちゃったかな」
めるくにたこを放流してもらったまきな。
今度はそのめるくさえも巻き込んでいこうとする。
顔に水をかけられたのを皮切りに、めるくはいつものクールな表情でまきなにやり返しはじめる。
反撃をまともに受けたまきなに対して、わずかながら勝ち誇った笑みのような表情を向けた。
それにまきなが、という流れの中、よぞらもそのうちに巻き込まれ、しばらくは三人で水遊びに没頭しているのだった。




