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 目を反らした霧都の耳が赤くなった。何だかアタシも恥ずかしくなる。タクシーが急ブレーキを踏んだので前を見る。

「すいません、ネコかな」

 運転手が頭を下げた。固定された車イスは何の問題もない。霧都も平気だった。


 でもそこに立っている。フロントガラスの向こうからアタシを見てる。



 女の子が見えない運転手は気にせず車を発進させた。思わず目を瞑ると霧都が聞いてきた。

「いたの?」

「いたよ、ほんとに見えないの?」

「うん、ごめんな」


「なんで謝るの?」

「見えてたら違うかなって。二人が同じものを見てたら安心するだろ?」

 見えたのは霧都の気持ち。アタシの気持ち。


 そりゃ、ズルイって言われるわ。




 タクシーがついた先は霧都がバイトしている、アタシが面接したレストランだった。

「電車でさ、今日はバイトですか? って聞かれて、俺がうんってウソついたの、覚えてる?」

「覚えてるよ」

「あのあと、ここに来てずっと居座ってるらしい」


「え?」

 ずっと。別に約束したわけじゃないのに。というか、何ならあの女の子がここで働けばいい。時給は上がらないかもしれないけど。

「言っただろ、ストーカーなんだよ」

 生き霊は確か無意識の領域だ。本人に何かを言ったところで消えるのかどうかは誰にも分からない。霧都は数段の階段を回ってスロープからアタシと入店した。いらっしゃいませと心地いい出迎え。黒一色の制服がピシッとしていて、霧都も似合うだろうなと思った。

「悪いな、いろいろ」

「マジ、あれ、ヤバいぞ。霧都はいないって言うとキレるんだよ」

 小声で状況を確認する。霧都は女の子がいるテーブルのはす向かいにアタシを連れていく。


「ありがと」

「なんか食うだろ、あ、任せていい?」

 さっきの店員が頷く。霧都はアタシから離れて女の子の前に立った。

「あ、霧都先輩、忙しそうですね。コーヒー貰おうかな」

 やっと来た、やっぱり来てくれた、ほら、間違っていないわ。そんな声が聞こえるようだった。アタシのことは眼中にない。そうだ、最初からアタシのことは見ていなかった。

「悪いけど、警察呼んだから。いい加減、付きまとうの止めてくれる?」

「そんな、付きまとうなんて。コーヒー飲みに来ただけですよ」

「十一時二十八分から? 今までずっと? もう七時を回ってる。業務妨害だよ」

「そんな、お客ですよ。そんなこと言えますか?」

「うちのマンションのロビーに八時間いたこともあったよね? 同じマンションの子供が怖がってたよ」

「それは足が痛くなって動けなくて」

「あんな風にか?」

 霧都はアタシを指した。



 女の子はアタシを睨む。




 女の子は知らない。アタシの足首に自分の手形があること。パトカーの赤いランプが見えた。本当に警察を呼んだのか。

「何もしてない、ただコーヒー飲んでただけじゃない、ちょっとマンションのロビーに座ってただけじゃないっ」

「ゼミの俺のロッカー、開けて何してたの? 大講堂の俺が座ってた席をあたしのだって騒いだこともあったんだってな」

「そ、それは、あの、お土産を」

「ゼミの連中に俺と旅行に行ったって自慢したらしいじゃないか。俺の親友にも適当なこと吐いたらしいじゃないか」

 女の子は下を向き、肩を震わせた。


「……に」

「俺は何も約束もしてないし、あんたに興味もない。だいたい、手話が気持ち悪いとか言うやつと一緒にいたくない。今までは見ない振りでいいかと思ったけど、あれは許せない」

「ずっと好きなのに、霧都先輩だってタオルありがとうって言ったじゃない」

 多分、店内にいたみんなが呆れたため息を吐いただろう。霧都の話を聞いていないし、ありがとうと言われただけでここまで出来るなんて逆にすごい。

「まず、何の話か分からない」

「初めて会ったときです、タオル落としたじゃないですか」

 拾って渡したのだ。

「それ、ありがとうって言わないやつはいないぞ」

「嬉しかった、入学してからずっと見てきたんだから」

 気持ちは純粋なのだろう。表し方がおかしいのだ。

「嬉しい、いっぱい話しちゃった」

 冷めた視線は霧都だけではない。店員がアタシにケーキを出してくれた。小さくて丸いショートケーキ。大きな苺が転がりそうだ。フォークに刺してかじると甘くておいしかった。

「霧都先輩、もうバイトはおしまいですか?」


 霧都に向けたのは笑顔だけではなかった。女の子はナイフを霧都に向けていた。店員が霧都の前に出ようとした。

「それ、どうするの」

「だって霧都先輩、分かってくれないから」

 女の子はアタシを睨む。その瞬間、左足首がまた痛みだした。カランとフォークが落ちて苺が転がった。その苺を踏み潰したのは女の子だった。

「霧都っ」

 店員の声が響いた。

「一緒に死にましょうよ。そうしたらずっと一緒でしょ」


「やだね」

 冷めた視線は女の子には向けられていない。アタシの後ろだ。振り返るとスーツを着た男の人が立っていた。凛くんもいた。



 



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