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目を開けて、そうか、アタシは気を失ったのかと思った。見回すと霧都と目が合った。
「大丈夫か?」
「霧都、ここ、病院?」
「ああ。痛みは?」
「ん、大丈夫」
痛み止めの点滴を見つめる。
「見えた?」
「何が?」
「あの女の子」
「どこで?」
「えっと」
抱きしめられたとき、と言うのが何だか恥ずかしかった。
「転んだとき。見るなって言ったじゃない」
「あれは、ああ」
「なあに?」
「左足、在らぬ方向を向いてたから」
あの激痛を思い出すと冷や汗が出る。
「厚底だったし」
「厚底でも編み上げのがっちりしたブーツだったじゃないか。あんな風にはならない、つまずいたくらいじゃ」
「つまずいてないもの」
「だろうな。ブーツは切られたぞ」
「いい。仕方ないもの。ありがとう、大変だったよね」
「ほんとだよ。玲くんはずっとお前を呼んでた」
霧都の向こう、隣のベッドに玲くんは寝ていた。大変なことをしてしまった。凛くんに怒られる。葎ちゃんにも杏にも絶対怒られる。
「夏織?」
霧都の指先がおでこに貼り付いた前髪を直してくれた。
「玲くんね、お母さんが倒れたときも側にいたから。お母さんはそのまま亡くなったの。アタシ、悪いことしちゃった」
「元を正せば俺だろ? ってかあの女な」
「あ」
「ん?」
「あの女の子、ズルイって言ってた」
あんたばかり霧都に構ってもらって。そんな意味だろうか。あの声がまだ耳に残っている。
「電話借りようと思ってアドレス帳開いたよ。橘か石田かで悩んだけど、この病院、知り合いがいるんだろ? 連絡はしたからって言われた」
「どこ? ここ」
「霧沙市立病院」
「あ、うん、知り合いいる。あ、怒られたんじゃない?」
舞川からならすぐだ。安心が身体を満たす。ほっとした。霧都は少し笑っていた。
「ああ、怒鳴られた。大学生にもなって女も捌けないのかって」
「なにそれ?」
それから霧都はあの呆れたような困ったような顔をまたこちらに向けた。
「衝撃的な写メだけど見る?」
霧都が見せてくれた写メは確かに衝撃的だった。
グニャリと曲がったアタシの左足。そこにはハッキリと手形が写っていた。この手に掴まれて折れたのだ。
「一応、表向きは厚底のせいになってるけど、これのせいだって、顔がいいだけじゃモテるとは言わない、ただのバカだって」
「でもいい先生なんだよ。大好き」
ここの医院長先生だ。女の先生で太っていて背も高いから貫禄たっぷりで、腕もいいし、経営も完璧、アタシみたいなよく分からないものでもまとめて面倒見てくれる。ただ言葉がキツく怖いので多分誰に電話しても迎えはないだろう。みんなこの先生に一度は怒鳴られている。
「ごめんな」
「平気よ、後で玲くんにも謝ってくれれば」
「分かった」
コンコンとノックがしてすっとドアが開いた途端、霧都は立ち上がってアタシから離れた。
「あ、先生」
「夏織、痛みは?」
「平気」
「じゃあ、一仕事してらっしゃい」
「へ?」
先生は霧都を睨むように見た。霧都は本当にさりげなく視線を外す。
「居場所、分かったの?」
「はい」
先生はアタシの点滴を抜き、痛み止めを霧都に渡した。何も言わないで病室を出ていった。
「玲くんはここにおいていっていいらしい」
「うん、分かった。アタシたちはどこに行くの?」
霧都は車イスを準備してアタシをのせた。左足は膝から下がギブスで固まっている。
「あの女がいるとこ。最強のやつを向かわせたって言ってたけど、意味は分からない」
最強のやつ?
聞き返そうとしたら玲くんの水筒を持たされた。
「持ってろってさ」
自分のカバンと霧都のカバンを抱えて持つ。霧都は上手に車イスを操作して外に出た。すっかり暗くなっている。タクシーを呼んであったらしく、車イスごとのせられて出発した。霧都に手を伸ばすとその手を握ってくれた。
「実害を出す生き霊は珍しいそうだ。お前はよっぽど恨まれているって怒鳴られた」
「玲くんじゃなくてよかった」
「ごめんな」
霧都を見ると少し疲れたような顔をしていた。そっと触れるとビックリされてしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、だからさ」