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あの女の子は何故か二人には見えない。二人が見えているであろう、血まみれの男の人や首だけの犬はアタシにも見えるのに。
「座ろうか、あそこ」
霧都は券売所に近いベンチを指した。頷くと玲くんを離した。
「ポスター、俺の友達が撮ったんだよ。見ておいで」
「はい」
返事は手話と同時になった。身に付いたのだ。跳ねるようにポスターの真下に向かう玲くんを二人で見守る。
「で?」
「え?」
霧都を見る。二重で大きい黒目、浅く焼けた肌、長めの前髪は栗色だった。かっこいいのだ。服だって決して安いものではないだろう。アタシの頭を掴んだのは確かにあの女の子だった。きっと霧都を見つけて頑張って話しかけてきたに違いない。アタシたちが邪魔をしたのだ。
「生き霊って分かりますか?」
「ああ、あいつか」
鼻にシワを寄せて嫌な顔をした。
「分かってたの?」
「最近よく言われるんだ。あの女がいたよ、見たよ。おかしいなって。だって、あの女、俺をつけてて今、そこにいるのにってさ」
「デートしたいんじゃないの? してあげればいいのに」
「しないよ。一緒にいたくないし」
「かわいかったよ。話したらいい子だったりして」
「や、同じゼミだから話すよ。ただ、その気持ちはいらないかな」
「いらない?」
「じゃあ、夏織は好きですって言われたら誰とでも付き合うの? あ、別にコクられてもいないけど」
あの子は選ばれなかっただけ。
「しない」
「だから、俺もしない。それだけだよ。ってか怖いんだぞ、ストーカーされるの。死んだやつの方が全然優しいんだぞ」
そうだ。生きている人間の方がずっと怖い。
凛くんに聞いてみよう。何か対策を練ってくれるかも。スマホを出すと霧都も出した。
「何だよ、メルアド交換じゃないのかよ」
「違うよ、生き霊退治の仕方、聞こうと思って」
「夏織はさ」
「うん」
「周り、大人ばっかりだろ?」
「え?」
「クラスに友達いないだろ」
答えに詰まる。
「そんなことない、楽しいよ」
くすりと笑う霧都。いないんだな、と笑われたみたいだ。
「聞けば何でも教えてくれる大人たちに囲まれて、守られてばっかりなんだろ」
それも当たりだ。仕方ないといえばそれなんだけど。杏のお仕事の関係や凛くんの体質、玲くんの病気、妹は死んだ。大事に大事にされていることはよく分かっている。
凛くんに掛けにくくなったスマホを持て余す。
「ほら、メルアド、交換しよう」
「霧都は何でアタシに構うの? あの女の子のこと、どうするの?」
一瞬、出し渋ったスマホを霧都はさっと取り上げてメルアドと電話番号を登録してくれた。
「玲くんが面白かったし、どうやら俺と同じものが見えるみたいだし。それに夏織はあの女が先輩らを気持ち悪いって言った時、何でかなって顔をしてくれたから。ああいうときって本音が見える。ああ、この子は分かるんだって思った」
「アタシだけじゃないよ、そういう人」
そう言うと霧都は呆れたような困ったような顔をした。
「なあに?」
「メルアド交換が今日の目標だった」
「え?」
「もういいよ。ほら、行こうよ」
先に立ち上がって玲くんを呼んだ霧都の背中を見る。ついていこうとした途端、玲くんが転んだ。
「大丈夫かっ」
走り出した背中を追いかけるつもりだった。
この左足の激痛がなければ。
掴まれた。
ものすごい力で。
見なくても分かる。あの女の子だ。
「カオちゃんっ」
「え、え? おいっ」
踏み出すはずの足は動かず、アタシは床にダイブする。
寸前で霧都の腕がアタシを支えた。とりあえず顔を打つことはなかったが、この痛みに声が出ない。左足を見ようとしたら霧都に抱きしめられた。
「見るな」
「カオちゃんっ、カオちゃんっ、カオちゃんっ」
「玲、落ち着け」
「カオちゃんっ、カオちゃんっ、カオちゃんっ」
「大丈夫だから、玲っ」
「カオちゃんっ、カオちゃんっ、カオちゃんっ」
壊れたおもちゃみたいにアタシを呼ぶ声が不意に聞こえなくなった。
ズルイ
ズルイ