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玲くんは、霧都に教わったら教わった分、きっちりと手話を覚えていく。霧都はあの先輩たちと友達になってから覚えたのだと言った。ならば、ついでなのでアタシも覚えることにした。挨拶くらいならすぐ覚えられたし、何だか楽しくなってきたし。とりあえず、ドリンク以外は片付けて、霧都は自分のノートを広げてメモしたりしながら手話を続けた。
「止めんか、こんな場所で」
まさかアタシたちのこととは思わなかった。頑固そうな面差しのおじいさんはアタシたちの手を払った。そしてそのまま行ってしまった。玲くんとアタシは目を丸くしたまま霧都を見た。
「まあ、差別っていうか。手話を快く思わない人もいるってことだよ」
「しゃべっちゃいけないってことですか?」
玲くんの質問の答えはアタシに投げられた。
「昔はさ、例えば、生まれつき手がなかったとか足がなかったとか、逆に指が多かったりとかすると、隠したりしたわけ。時代によっては死産ってことにされたりもあったでしょ」
「そうなの?」
「双子だって忌み嫌われて、一人を殺してしまったり隠したり里子に出したりも普通だった」
背中を汗が伝う。その時代に産まれていたら、アタシと妹はどちらが死んでいたのだろう。手にかけるのは誰が担うのか。
「聞こえないとか見えないくらいなら健常者に紛れて生きられるだろうからまだマシかもな。働けばいいだけだ」
「でもバレたら?」
「迫害されるとか。小さな村なら幽閉されるとかかな。ああ、ハンセン病とか分かりやすいかな」
「分からない、聞いたことしかない」
合わせて頷くことも出来るけど正直に言った。
「逆に身体障害者を神様の生まれ変わりだといって大事に大事に崇められた地域もある。あとは見世物小屋で一生を終えた者もたくさんいただろうね」
「そうなの」
「言語障害者なんかは神様の言葉を伝えてるとか言うし、ああ、イタコなんかは盲目が条件だし」
玲くんが立ち上がった。
「ぼくは知りたいです。なんで手話が気持ち悪いのですか?」
玲くんの今日のテーマかもしれない。アタシはスマホを出して手話や障害者を検索した。今のおじいさんが言ったことと同じことがあったり、目が見えないために事故に遭ったことなんかがすぐにでてきた。あんなに楽しく思った手話が哀しみとして映る。
「カオちゃん、カオちゃんは知りたくないのですか? カオちゃんもお父さんもリッちゃんも双子です」
霧都が炭酸飲料を吹いた。
「ごめん、そうなの?」
「あ、いいの、平気。それより、テーブル拭いて」
アタシたちは大事に育ててもらっている。凛くんも葎ちゃんも結婚して子供もいて幸せに決まってる。
決まってる?
「恐竜、行こうか?」
「恐竜はどうやるのですか?」
霧都はまた手話を始めた。あんな言われ方をしたのに。二人とも気にしていないのか。
店を出て博物館に向かう交差点は広くて車の通りも激しい。アタシは玲くんの手を取ろうとした。
それはいきなり起きた。ただ霧都が支えてくれたから何ともなかった。パァーンとクラクションが響いた。
「どうした?」
「え、ううん、ごめんなさい」
アタシは玲くんと手を繋いだ。霧都から離れる。
「カオちゃん、怖い顔してますね」
「え、あ、大丈夫。ごめんね」
横断歩道を軽快なメロディーにあわせて渡る。心なしか速足になる自分がいる。
「夏織」
横断歩道を渡りきってから霧都がアタシの左腕を掴んだ。やっと呼吸できる、そんな感じだった。
「どうした?」
玲くんの手を取ろうと下を向いた瞬間、その視野にいたのは双子コーデの女の子だった。あり得ない角度でアタシの視野を塞ぎ、頭を掴んで道路に突き出したのだ。
霧都には、ふらついたように見えただろう。厚底なんか履いてるからだと言われそうだ。霧都は素早くアタシの前に腕を伸ばして支えてくれた。
「ふらついて」
「大丈夫? 飲み物あったよな?」
「はい、どうぞ」
霧都と玲くんは見事な連携で水筒をアタシに渡す。喉が渇いているわけではない。だが、玲くんはそれを飲ませようとした。
「お父さんが、おまじないかけてくれたんですよ」
水筒を受け取り、軽く振るとカラカラと音がした。凛くんの器の欠片が入っている。一口飲むと落ち着いた。
「ありがと」
「はい。カオちゃんはお前が守るんだよってお父さんが言いました」
なんと気の利く親子であろうか。