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「何言ってるの? 二人で行くの? 待って、アタシも行くから」
凛くんはアタシと同じで双子の姉弟である。双子の大先輩だ。凛くんのお姉さんの葎ちゃんがものすごく慌てている。二人でいいのに。
そもそもいつもタクシーに乗ることになるのは葎ちゃんだけなのだ。理由は分からないけど有名だ。
「葎ちゃん、大丈夫。凛くんに了解もらったから。タクシー代ももらったよ」
「え、でも」
葎ちゃんはきっとアタシの手には負えないからと言いたいのだろう。確かに葎ちゃんみたいに完璧にはいかない。いや、とりあえず、自力で帰ってくる自信だけはある。本気でついてこようとしている葎ちゃんを凛くんが引き留めた。玄関は広いけどわちゃわちゃしてしまった。
「いいんだよ、俺がいいって言ったし」
「あんたは一時から打ち合わせなんでしょ、さっさとシャワー浴びて着替えなさいよ、遅れるわけにはいかないでしょ」
「遅れたほうが言い値がつくんだよ」
「先に行って、お待たせましたって言われる方がずっといいじゃないの、こっちはアタシが」
葎ちゃんは諦めずに反論しまくっている。凛くんが手をヒラヒラさせた。行けよ、行け。
違う、この手は凛くんのじゃない。前からよく見る左手は灰色で明らかに生きてはいない。分かりやすいから、まあ、いいや。
出かける気配を察したのか、玲くんが二階から降りてきた。ちゃんとリュックを背負っている。凛くんとお揃いの作務衣。この親子は大抵この格好である。凛くんは紺色ばかりだけど、今日の玲くんは水色の大きめ千鳥格子でとてもかわいい。くりくりした二重の目が凛くんを捉えた。
「お父さん、水筒、欲しいです。甘いのがいいです」
「ああ、おいで」
このお家は葎ちゃんのお家だ。作業場を挟んで向こう側にも同じお家があって、それが凛くんと玲くんのお家なんだけど、今は使っていないらしい。踏み入ってはいけないゾーンのようで、入ろうと思ったこともない。凛くんには作業場で事足りる。
キッチンでカラカラと氷が扱われ、すぐに満足した顔の玲くんが玄関に戻ってきた。
「カオちゃん、行きたいです。りっちゃん、行って来ます」
葎ちゃんは凛くんと似た顔の眉間にシワを寄せて、気をつけてとか夏織の言うことを聞きなさいとか、通り一辺の注意を並べた。黙っていれば、すぐ終わるのに凛くんがチャチャを入れた。
「葎、うるさいんだよ。お前が一番タクシー代使うくせに」
「どこにも連れて行かないあんたに言われたくないわ。自分で行けばいいのよ、アタシはあんたの代わりと思って」
「はいはい、いつもすいません、ありがとう」
「全然、そう思ってないでしょ」
「ほら、ご子息様のご帰宅だ」
葎ちゃんの二人の子供は高校一年のアタシより三個下と四個下の兄弟で今、反抗期の真っ最中だ。玄関でうるさいんだよ、と顔に書いてある。一応、アタシと玲くんには小声で声をかけてくれるのだけど。
「あんたたち、ただいまは?」
「言うわけないだろ、顔見れば分かるだろ」
「凛は黙ってなさいよ。あ、シャワーは凛が先よ」
万年反抗期だったらしい凛くんはアタシたちを玄関から追い出してドアを閉めてしまった。
「カオちゃん、桜川駅から行きます」
「ん」
玲くんは反抗期連中に目もくれず、すっと小道を指した。アタシが来た方向と逆である。ハミングロードを通って行く神張駅より少し遠い。
「カオちゃん、笑ってますね」
「玲くんもね」
「はい、お父さんもりっちゃんもみんな楽しそうです」
「うん、そうだね」
手を繋いでてくてくと。
「あ、ネコさんです」
死んでるけどね。
「あの人はスカート、どうしたんですか?」
いや、あれは大分前からあそこに立っているので、アタシにも分からない。事故とは思えない。車なんか通らないし。
「玲くん、今日は恐竜を見に行きますよぅ」
「テラノザウルスですか?」
「行ってからのお楽しみです」
「カオちゃんは分からないんですね」
「はい、ごめんなさい」
「じゃあ、カオちゃんもお楽しみです」
「そうです、お楽しみ」
死んでると思われる人や動物から意識をずらしてあげる。玲くんはビー玉みたいなくりくりお目目でアタシが切符を買ったりホームを探したりするのをじっと見ていた。
「カオちゃんにもいるんですね」
見ていたのはアタシではなかったらしい。よくよく見ると玲くんの視線はアタシのツインテールに注がれていた。慌てて鏡を見ると映っていたのは灰色の手だった。ツインテールの結び目を撫でている。どこから伸びているのかと鏡の向きを変えたら映らなくなってしまった。
「あ、いませんね」
「うん、どっか行っちゃった」
ぶわっと暑い空気と一緒に電車がホームに滑り込んできた。