第1章 リリーとルシファー
剣と魔法とモンスターが溢れている世界。ジフート。
ジフート暦305年、別の空間から黒い瞳に黒い髪が特徴の不老不死の悪魔が現れた。
ジフートは混沌に包まれるかに思われたが……。
実に友好的な悪魔だった。
悪魔は共存を求めやって来て、人間は呆気なく同意した。
それから30年後。悪魔の王、魔王の1人であるルシファーの異名を持つ、ルカと言う名前の男が飲み友達で、伝説の勇者ロランから聖剣を貰った。
聖剣とは魔を断つ剣で、混沌に包まれたら、対悪魔用の最終兵器になった代物だ。
しかし、不発に終わったので、今や悪魔退治ではなく、モンスター退治に使われた。
その聖剣とよりにもよって魔王ルシファーの手に渡った。
それをロランの娘リリーが奪り返す為にルカの前に現れた所から始まった。
何故、ここから始まったか?
魔王ルシファーは存外身近にいるもので、隣の村に魔王ルシファーがいたので、リリーが旅立って、一日で見つかったからだ。
クロラと呼ばれる小さな村。
そこにある唯一の食堂に魔王ルシファーである所のルカがいた。
しかも、普通に世間に溶け込んでいる。
「貰い物を返すのは失礼だろう」
悪魔特有の黒い髪に黒い瞳。
黒い髪は長くて、邪魔にならないように後ろで結んでいた。
眼鏡も男の特徴だろう。ちなみに老眼では無く、近視用の眼鏡である。
長身で一見すれば青年の姿をした悪魔。それが、ルカだ。
ルカは悪魔の中でも、その姿は人間に近かった。
ルカは最もな事を言い、少し遅めの朝食を取っている。
「勇者ロランは私の父なのよ。大体、何で、貰ったのよ!」
正面で水色のストレート髪のリリーが怒る。
ぺったんこな胸と言葉遣いで、女の子から遠い少し残念な子だった。
それが勇者ロランの娘リリーだ。
リリーがルカのいる宿舎に押し掛けた。
ルカは無理矢理起こされた形になる。
元々あまり朝は得意では無い。
悪魔だからではなく、ルカ自身の弱点であった。
「ああ、ロランの娘だったんだ。俺とロランはいわゆる飲み仲間だ。ロランに美味い酒ご馳走したら、代わりにくれたんだけど、何か問題か?」
「問題大有りよ、何で対悪魔兵器を持っているのよ。しかも魔王が!」
ルカは魔王ルシファーと恐れられている悪魔だ。
魔王だからって、基本的に国を統治したりはしていない。
侵略者にそんな権利は無いし、そんな事をしたら、それこそ混沌とした世界になりかねない。
同等の権利さえあれば、悪魔達はそれでよかった。
それでも国を作りたい場合は更地を開拓した。
例に西方の砂漠地帯にマモンが国を作っていた。
更地なので、人間はとやかく言わなかったし、移住して30年経った今では、人間も今や利用している貿易都市になっていた。
ルカはその気が無く、東方の豊かな土地の中で、人間に紛れのんびり30年を過ごしていた。
「それはロランに聞いてくれよ」
「惑わしたんじゃないの?」
「ああ、その手があったか、でもそれはリリスの専売特許だからな~やったら、怒られそうだな」
「出来るんかい!」
「魔王ですから」
ルカはニヤリと笑う。
「だから嫌いなのよ」
リリーは悪魔が嫌いだった。
何故なら、モンスターの増加を悪魔の出現と関係していると思ったからだ。
実際はそんな事実は無根で、悪魔はあくまで、種族を守る為の防衛手段として、世界にやって来ただけだからだ。
悪魔は不老不死であったが、繁殖力があまり強く無く、一度戦争をすれば、種族は滅ぶ。
その戦争が悪魔の星で行われ、死の星となった為、亡命したのだ。
モンスターの出現は闇の属性が関係していた。
人の心が黒く染まると、例外無くモンスターに変わる。
リリーはその事実を知らなかった。
勇者ロランはリリーに、冒険者になって欲しく無かった為、わざと教えなかったらしい。
「悪魔が邪気を出すね~それ、なかなか、面白いネタだよね。今度レイに話すか」
そんな噂が立っている事にルカは動じる事は無かった。
それが長生きの秘訣でもある。
悪魔の神経は図太く、心臓に生える毛も毛根から繋がりとても太かった。
「少しは気にしなさいよ!」
「何で?」
「何でって、そりゃ……」
返す言葉に困る。
「俺達はいわゆる侵略者だ。30年前に50人がこの世界にやって来て、快く受け入れたのは、人間達だろう。中には快諾しなかった人間もいるんだ。噂ってそれの表れだろう。その位は想定の範囲内だから気にしない事にしてる」
「何で快諾したのかしらね」
「戦争を恐れたからだろう。俺もやりたく無かったし」
「も、って、あんた一応聞くけど何歳よ」
「100歳位かな。これでも、こっちに来た悪魔の中では若い方だよ。魔王と呼ばれているけど。まあ、人間と悪魔の年の取り方が違うから、人間で言う所の百歳だよ。そうは、言っても、悪魔は青年期長いし」
「噂通りの化け物ね」
「それは心外だな。エルフだっているだろう」
ジフートの世界では、エルフも悪魔と同様に食堂で人間に紛れて、食事をしていた。
「エルフは美人だからいいの!」
「それも心外だ。俺は美男子だと思っているもん」
完全にリリーは偏見の目で悪魔を見ていたが、ルカは気にする様子も無かった。
「ナルシスト、バーカ」
「ばっ、バカ。俺はナルシストでも、バカじゃない」
「ナルシストは否定しないんかい!」
「うん。格好いいから。リリーも俺の女にならない?」
「絶対なりません」
即答した。
「あはははっ、大丈夫。女に困って無いから」
ルカは特に気にしている様子は無かった。
「あんたって無神経なのね。ともかくその剣を渡しなさい!」
「嫌だ。と、言いたいがロランの娘の頼みだ。いいよ」
「本当!」
「ああ、但し、ロランの許しが出たらだけどな。何も無しに返すのは良くないだろう」
「まあ……。そうだけど」
リリーに勢いが無くなる。
「どうした?」
「父さん。しばらく行方をくらまして」
「ああ、俺もロランにはしばらく会って無いや、まあ、見つかるんでないか?」
「そんなのん気な事言って、もし、死んでたら……」
「そんなのまだ、決まった訳じゃないだろう。大丈夫だよ。勇者って強いから勇者なんだろう?」
「そうよね。悪魔に勇気付けられるなんて、よし、そうと決まれば善は急げ、ルカ、さっさと聖剣を渡して」
「えっ、何で?」
「父さんが私のお願いを聞かないとかしないわ。事後報告でいいじゃない。ほら、頂戴」
「って、言ってもな」
「何、無いの! 無くしたの!」
「いや、持っているけど、飯食っているから、今手元に無いし、それにな……」
ルカが大事な事を言い掛けたが、邪魔が入る。
「ルカさん。いた!」
30代の男性が現れた。
手の中には傷だらけの女の子を抱えている。
「どうかしたか?」
「娘がモンスターに襲われて……」
「分かった。見せてみろ」
「はい」
空いていたテーブルの上に女の子を寝かせる。
「大丈夫か?」
「ううっ」
女の子は苦しんでいた。
「今、傷を癒やしてやるからな」
ルカは何処からともなく分厚い緑色の本を出し浮かせ、そして、ページをめくりゆっくり、女の子の手を握る。
すると、白い光が現れ、傷がみるみると治り出した。
「凄い」
リリーが呟く。
「これが、魔王ルシファーの力……」
「これでいいだろう。後は目を覚ますだけだ」
しばらくして、ルカは本を消し、手を放すと笑顔で答える。
「ありがとうございます。何て礼をすれば……」
「これ位腹ごなし丁度良かったさ。それよか、何でモンスターのいる所に足を運んだんだ?」
村の周りにはモンスターを侵入しないように結界が張り巡らせている。
村や街、人のいる所にいれば、あまり強力なモンスターが現れない限り安全であった。
「確かにそうね。今、強力なモンスターが近づいてきていないし」
「薬草……」
女の子が目を覚ます。
「ルカお兄さんありかとう」
「薬草。そうか、君のお母さん。病気だったね」
「うん」
「病気位、魔王何だから治しなさいよ!」
リリーが怒鳴る。
「それが出来たらとっくにやってる。俺にその力があればな」
「仕方ありませんよ。悪魔は病気と言う概念がありませんから、助けてくれただけでも……」
「よくない! 全然、よくない。何よ。役に立たない力。持っていても無駄じゃない。力は人を幸せにする為にある物よ。まっ、悪魔には理解出来ないかもしれないけど」
「あっはは。やっぱり、リリーはロランの娘だな。ああ、可笑しい。2人で同じ事言って、コイツは傑作だ」
「笑いすぎだ。クソ魔王!」
「クソは無いだろう。リリーが笑わせたんだから、ああ、笑った。笑ったから薬草を採りに行くか、場所分かるか?」
「はい。村の裏の山に咲いている。命の花です」
「ああ、あれか」
「あれかって知っているみたいね」
「実物は見た事無いけどな。本で読んだ。この星に移り住む上でこの星の事を知っておかないと失礼だろう。でも、そんな伝説の花がよく、あったな」
「何か、知らなかった私をさりげなくバカにしてない?」
「冒険者が噂してたの。それを聞いていても立ってもいられなくなって」
リリーの言葉を無視して話が進む。
「そうか」
ルカは優しく女の子の頭を撫でる。
「でも、約束してくれないか? 危ないと分かっていて突っ込まないで欲しい。もし、必要なら俺に相談してくれないか。そうだな。朝食1回分でやるから」
「お兄ちゃん……」
「へー、いいとこあるじゃない」
「何を言うか、俺はこれでもお人好しだぞ」
「自分でお人好しって言う?」
「違ったか?」
「違わないけど」
(ナルシスト、バーカ)
今度は心の中で悪口を言った。
「うん。ありがとう。お兄ちゃん」
女の子は笑った。
「よし、そうと決まれば早速行くとするか……あっ、そう言えば、ロラン探し、約束したけど、後ででいいか?」
「しょうがないじゃない。いいわよ。その代わり私も着いて行くわ。文句無いでしょう」
「まあ」
「大丈夫よ。私これでも魔法遣いだから、モンスターに遅れを取られたりしないわ。何だったら、私が戦うわ」
「そりゃ頼もしい事」
「ええ、あなたも丸焦げにしょうか?」
「いえ、結構です。モンスターの餌にしようとか考えているようなら、尚の事遠慮します」
「あら、どうして分かったの? テレパシーとかあるの!」
「ありません。そんな感じがしただけです」
「そう、残念。モンスターを一掃出来るかと思ったのに」
(本気でやろうとしたな)
「俺を喰ってもそうとう不味いと思うんだけど」
「そんなの分からないじゃない。モンスターの味覚何か」
「まあ、そうだが……」
「それに、不味くてもいいのよ。おびき寄せるだけだから」
「はははっ、そうですね」
苦笑いした。
「さあ、行きましょう」
「あっ、ああ」
ルカの心配を余所にリリーは気合いが入っていた。
リリーとルカが店を出た後。
店内のカウンターには白い鎧を纏った騎士がずっといた。
騎士はリリーとルカの一連の話を聞いていた。
「店主。ルシファーはどんな男だ?」
騎士が聞く。
「知らないのかい?」
「ええ、別の国から来たもんで」
「そうかい。いい奴だよ。愛想も良く、気さくでさ。少し女にダラシなく、ナルシストだが、その難点ですら、周りは許しているな」
「そうですか。ありがとう。ご馳走様」
騎士は食事代を出す。
「あいよ」
騎士は店を出る。
(魔王ルシファー。危険な感じがするな)
騎士もそのまま、森に向かった。
裏山の森の中。
1年中太陽の光を浴びず薄暗く怪しいモンスターの鳴き声がする、一言で言うと不気味な場所である。
ここを抜けなければ、命の花が手に入らなかった。
「何か不気味ね」
リリーはルカにしがみ付きながら歩く。
「さっきの勢いはどうしたの?」
ルカがからかう。
「だって、怖いんだもん。こんな薄暗い所だって思わなかったのよ。あんたは怖く無いの?」
「そこで怖いって言ったら、話が可笑しな事になるだろう」
「そうだけど、実際はどうなの?」
「そりゃ、怖いさ。今すぐ逃げたい位。でも、こうやってしがみついてくれている女の子がいるから、そこまでは感じないな」
「なっ、調子に乗るな!」
リリーが蹴を入れようとしたが、ルカは軽々と避けた。
「当たってたまるか」
ルカは森の奥へ進む。
「むきーっ、悪魔のクセに許さん!」
リリーが追い掛け、2人はどんどん奥に向かった。
しばらくして、ルカが立ち止まる。
「さあ、観念なさい」
リリーも追い付く。
「後だ」
ルカが真剣になる。
「ちょっと、今更許しを乞う何てって……大きい」
目の前に牛が巨大化したモンスターがいた。
「あれ食うと美味いかな!」
「食うんかい!」
「いや、牛だし、焼いたらどうかな~って、ほら、リリーは魔法使いだし、丸焼きにするんだろう? 昼飯になるかな~」
「はいはい。呑気な事言ってないで、来るよ!」
「ああ……任せた」
ルカは木の陰に素早く隠れる。
「って、手伝え!」
「怪我をしたら、治すから」
ルカは木の陰から顔を出し、親指を立ててリリーを応援する。
「ヘタレ!」
「リリー、来るから」
「へっ、ああ」
牛型のモンスターが拳で攻撃し、リリーが素早く避ける。
「このー!」
リリーは腰に差していたロッドを取り出し、炎を出す。
「おお、すげぇ」
ルカが手を叩き興奮する。
「だが、まだか」
ルカは真剣になる。
「効いて無い。きゃっ」
振り上げた拳に辛くも避ける。
しかし、足が縺れ転んでしまった。
「リリー!」
ルカが飛び出す。
「ファイヤー!」
ルカは指先から炎を出す。
いつの間にか、手には赤い本を持っていた。
牛型のモンスターは怯んでいる。
「大丈夫か?」
ルカが手を出す。
「最初から助けなさい!」
手を叩き、自ら立ち上がる。
「だって、怖いんだもん。リリーが手間取るとは思わなかったし」
「余計なお世話じゃ!」
「それより、来るぞ」
ルカがリリーをお姫様抱っこして、攻撃を避ける。
「こら、何してる!」
「いいから」
「良くない!」
「俺がいいんだ。遠慮するな」
「遠慮するわ、ボケ!」
リリーが手足をバタつかせる。
「分かった降ろすから暴れるな」
「早く降ろせ!」
「はいはい、って」
ルカが背後を見る。
いつの間にか牛型のモンスターは巨大な斧を持っており、それを振り落とそうとしていた。
「ちょっと」
「もう少し、我慢だ」
ルカは当たる寸前で避ける。
「んにゃろう」
ルカは唇を噛み締めていると、背後から突風が吹き、白い鎧を纏った騎士が、牛型のモンスターを真っ2つに切った。
「凄い」
リリーが興奮する。
「全く、魔王の監査で、やって来たが、こんなヘタレとは、私は白の監査員って、聞け!」
「やっぱり、美味そうだな」
「あんた。本気なのね」
「ああ、リリー焼いて?」
「自分で焼けや!」
「おい、魔王!」
騎士がやってくる。
「いやー、強いね。俺はルカ。君は?」
「僕はコウ。貴方を監査しにやってきました」
「へー。もう、そんな時か、なあ、もう少し、小さく切る事出来る?」
「貴方、自分の立場分かっているのですか? 監査に響きますよ」
「でも、小さくしたいんだけど、食べ難いじゃん」
ルカがねだる。
「ねえ、監査って何?」
「要は魔王の監視だよ。魔王が悪事を働かせない為にやっているんだ」
リリーの質問にルカが答える。
「へー」
リリーが納得する。
「監査に引っ掛かったら、最悪死罪です。分かっているんですか?」
「俺、体裁はいい方だよ。過去の報告書読んでいるだろう」
「ええ、承知しています。でも、僕は違う。覚悟なさい!」
「大体みんな言うんだよね」
「それも知っています。魔王ルシファー」
「ルカだ。ルシファーって呼ぶな」
ルカはルシファーと呼ばれる事を嫌っていた。
「ともかく、これからしばらく貴方を監査するんで」
「分かった。分かった。早く切ってくれよ」
「僕は包丁ではありません。はあ……」
コウはため息をつきながら、肉を食べ易い形に切る。
「これでいいですか?」
「おう。ありがとう」
ルカが微笑む。
「そ、そんな笑顔に引っ掛かりませんよ」
「リリー。焼いてくれ」
「はいはい」
リリーは仕方なく焼く。
「だから、聞け!」
コウが叫んだ。
30分後。
骨と皮しか残っておらず、残りは全てルカの持っていたリュックに入れた。
「後は干乾しにして、保存食調達完了。ふう、なかなか美味かったな」
「確かに」
リリーは認めたく無かったが、認めていた。
「当たり前です。元は牛だった。牛が変化したから、美味しいのは当然。この位常識だ」
「そっか」
ルカはリュックに肉を詰め立ち上がる。
「さて、腹も膨れたし、薬草採りに行こうぜ」
「そうね」
「コウはどうする?」
「私は貴方の監査員だ。着いていくに決まっています」
「そうか、じゃあ、先頭はコウだな。一番勇敢だし」
「強いのは貴方でしょう。この場合は貴方が前に立って……」
「もしかして、怖いのか? 確かに俺は強いが、戦う勇気が無いから、又、リリーにやらせて、コウが止めを差すパターンだ。それより、いいんじゃない?」
「自分で強いって言っていたら、苦労無いから」
「貴方、本当に魔王ルシファーですか?」
2人は呆れる。
「分かりました。僕が先頭に立ちます」
「そか、良かったなリリー、これで、無事に行けるな」
「本当に呆れた魔王ね」
「ん、どったの?」
「何でも無いわ」
「んじゃあ、出発ー」
ぞろぞろと更に森の奥に進んだ。
「あった!」
薬草を見つけたのはコウだった。
「何処?」
リリーが聞く。
「ここだ」
コウは崖下を指す。
「本当だ」
「ルカ。あったよ」
「本当か!」
ルカも向かい、コウが指した方を見る。
「ここか」
「あんた、飛べないの?」
「飛べるよ」
「だったら、決まりね」
「そうか、流石に魔法使いでも飛ぶ術を取得していなかったか。仕方ない」
「余計なお世話じゃい!」
ルカが漆黒の6枚の翼を広げる。
「立派な翼ね」
リリーが嫌味混じりに言う。
「そうだろう」
ルカは嫌味を誉め言葉と勘違いし、そのまま崖からゆっくり降りる。
「まさか、魔王がとんだヘタレだったとは、分からない。最強とうたわれている魔王ルシファーがこんな男だ何て」
「ルカが最強?」
「ええ、ルカは最強の力を持っています。それこそ、この世界を混沌に包む程の」
「でも、何でそんなのが分かるの? 戦争は起こらなかったのに」
「ええ、20年前、北の大地に大量のモンスターが現れました。それを1人で一掃させたのが、ルカ何ですよ」
「またまた、1人で何て、大量とか言って数匹とかでしょう?」
「いいえ。100はいたとの報告がありました。だから、どんな猛者かと思ったら、ヘタレだった。手合わせする気も失せます」
「悪かったなヘタレで」
ルカがゆっくりと上昇し、着地する。
「俺は戦うのが嫌いな平和主義者なだけだ」
漆黒の翼が消える。
少し怒っていた。
「全く、ヘタレでいいじゃん。ヘタレの何が悪い」
怒ってはいたが、完全は怒っておらず、怒鳴ったりする訳でも無く、ただ、振りでプンスカしていただけだった。
「全く、血の気があるのはいいが、それを俺に向けるなよ」
ルカは歩きだす。
「さっ、薬草届けようぜ」
しかし、とんぼ返りをし、リリーの背中に素早く隠れ引っ付いた。
「モンスターが出た」
「私にしがみつくな!」
リリーが頭を叩いた。
「はう……」
「しかし、これはヤバイですね」
大量の昆虫のモンスターが現れる。
名前はカブトクワガG。
その姿はゴキブリのような茶色さとテカリをもち、クワガタのようなハサミ、かぶと虫のような角もあった。
よくも悪くもを、引き継いだ10センチ程のモンスターが大量に襲いかかると、恐怖と言うより、もはや気持ちが悪い部類となる。
「流石に虫は無理だから」
かくいうルカが大の虫嫌いであった。
「はあ……」
リリーは魔王である前に、異性として幻滅していた。
「2人とも頑張ってくれ」
ルカは徐々に離れている。
「手伝えや!」
リリーが怒鳴り散らす。
「言うだけ無駄です。ほっといて、ここを切り抜けましょう」
「それもそうね」
リリーはロッド。コウは剣を構えた。
「援護お願いします」
「はい!」
コウが先頭に立って、カブトクワガGに向かう。
「こんな気持ち悪いの燃やしてしまえ!」
リリーが炎を出した。
その頃、ルカは岩陰で図鑑を読んでいた。
「えーと、カブトクワガG。草食ではあるが、熱を好んで食べる……つー事は……リリー、タンマ! ああ、遅かった」
ルカは頭を抱える。
ルカが気付いた時には、リリーがカブトクワガGを燃やしていた。
「リリー。止めろ」
ルカが急いで止める。
「何よ。ヘタレは黙ってって」
カブトクワガGがドンドン巨大化していく。
「こいつらは熱を食って成長するんだ。つまり、俺達熱源を察知しやってきた。火も立派な熱だ」
「それって、かっこうの餌を与えた事」
「その通りだ」
「何で、今まで黙っていたわれ、あん!」
「知らなかったんだ。これに載ってた。モンスター図鑑初級編に、第一、それならあの騎士が指摘するだろう。俺より先にあいつを怒れよ」
「知らなかったのは悪かったと思いますが、今、痴話喧嘩しないで下さい」
コウが戻る。
「そうね。おい、アホ魔王弱点は何だ?」
「仮にも俺の方が年上だろう。扱い可笑しくない?」
「いいから、答えろや!」
その間にもカブトクワガGは近付き、3人は追い込まれる。
「分かった。熱の反対、冷だ。だから、凍らせると効果的なはずだ」
「そう、分かったわ。ついでに手伝え、いいな!」
「分かりました」
ルカはリリーの脅しにビビり、泣く泣く水色の本を出す。
「行くわよ!」
「へーい~」
ルカは指を出す。
「フロスト!」
リリーが氷を放つ。
しかし、巨大化したカブトクワガGには通用しなかった。
(やっぱり、氷は力が上がらない)
「ルカは?」
リリーがルカを見る。
「……」
ルカは詠唱していた。
すると、カブトクワガG一匹ずつそれぞれ下に魔方陣が現れる。
「滅べ」
ルカは詠唱を終えるとカブトクワガGの下にある魔方陣から、氷の魔法が放たれ、カブトクワガGは一気に凍る。
コウは凍ったカブトクワガGを剣で砕き、粉々にし、全て倒した。
リリーはしばらく茫然自失となり、カブトクワガGの死骸を見ていたが、次の瞬間、ルカの尻に蹴りを入れようとし、ルカに避けられる。
「いきなり、何するんだ」
「それはこっちのセリフじゃボケ! 何で強い事を隠してた!」
「いや、隠して無いから。ほら、一応魔王だし」
「じゃあ、何で非協力的だった!」
「だって、気持ち悪いから」
「おどれがやれば、問題無かったやろうが! こっち直れ、そのヘタレ叩きのめしてやる!」
「嫌だよ。厳しそうだもん。それに薬草届け無いとな」
ルカはさっさと走り逃げる。
「こら、待て。ヘタレ魔王!」
リリーが後を追う。
コウはしばらく、カブトクワガGの死骸を見つめた。
(これが魔王ルシファーの実力なのか)
コウは恐怖を覚え、監査を厳しくしようと誓った。
夕方。
女の子の家に行き、持ち帰った薬草を早速、医者に渡し、医者は薬草を煎じて、女の子の母親に飲ませた。
すると、顔色がドンドン良くなっていった。
「お兄ちゃん。ありがとう」
「おう!」
「あんた、ヘタレてただけじゃない」
リリーが悪口を呟く。
「あのね。報酬だけど」
「ああ、朝食な。リリーとコウの分もお願いな」
「うん。分かった」
女の子が笑顔で言う。
「おう。それは楽しみだ」
ルカが笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん達。本当にありがとう」
女の子は笑った。