奇妙なお茶会。
これはいったい何なのだろう。
新緑の香りを含んだ風が、自分の嫌う赤髪を揺らす。その香りに混じってほんのり、焼き立ての小麦や紅茶の香りがいたずらに鼻孔をくすぐった。ガヤガヤと耳に入る、女性の声、男性の声、少年の声……。
そのどれもがどれも、別々の事を話しているのか?本能的にうるさいと感じるものの、そこに不快感は無く、いつまでも聞いていたいとまでも思った。
休日、半日寝続けたあとのように重い瞼を無理やり持ち上げる。すると、今までノイズが混ざった様だった会話が、やけにクリアに、鮮明に聞こえるようになった。
「だから、あなた何を言っているかわかっていますの?」
「うるっせぇー...ババアは黙ってろっつの」
「こらこら、あまり失礼なことを言ってはならんよ。」
「うぇ、このお茶まっず。」
一度にたくさんの声が鼓膜を揺らした。目の前には水色……厭《いや》、薄緑色?何だか妙な色の、絵の具を溶かした様な液体がおしゃれなティーカップに収まっていた。......正直、飲みたいとは思わない。
「あれ、君....」
不意に聞こえた声が自分にかけられたものだと気づいて、顔を上げる。ティーカップやお茶菓子は鮮明に見えたのに、声を上げた人影はその線すらぼやけて見えない。
眉間にしわを寄せて目を凝らすが、無理に見ようとすると目が疲れてしまいそうで私は瞬きを一つした。ぼんやりとした中、胸元の赤と流れるような銀色が見えた。その人物は、驚いたような口調で言う。
「...君がどうやってここに来たかは知らないけど、今すぐ帰ったほうが良いと思うよ。
ここにいるべきじゃない」
表情こそわからないものの、優しくも冷たい口調で言われる。一瞬何を言っているのかわからずに聞き返そうと口を開いた、が
「......⁉」
声が、出ない。
そもそも、自分が口を開けているのか閉じているのかすら分からなくなってくる。その時私は初めて、この空間に恐怖を覚えた。
助けを求めるように視線を戻したその瞬間、背筋に氷を当てられたかのような怖気に体が固まる。
「____ッ⁉」
明らかに好意を持たぬ幾つもの目が、こちらを凝視していた。驚いて悲鳴をあげそうになり、音を発さないのどがぎゅっと絞まる。
恐怖のあまり、アンティーク調の椅子から転がり落ちてしまった。数十、数百の目玉はぎょろりとした気持ち悪い瞳を変わらずこちらに向けていた。
その目玉の背景には、突き出た手、不自然に切断された足、そして底知れぬ闇。
恐怖の念に体を支配され、そちらを見る事すら叶わない。膝に滴が落ち、自分が泣いているのだと知った。
殺気のこもった背中への視線は、そのまま冷や汗となり私の背筋をつたう。
全身が震えているのがわかるほど、私は必死に何かにおびえていた。
「......え」
ふと頭に、手が乗った。それは優しく私の頭を撫でる。その瞬間、動かなかった身体が嘘の様にほどけた様に感じた。
それに気づいた瞬間、私は全てから逃げ出す。足は本能的にあのおぞましい物の反対方向へと向かっていた。あのお茶会の明るさとは打って変わり、真っ暗な中をただ帰りたい為に走った。
ふと自分の声が出ることに気付いたとき、自然な眠気に、その場を忘れ目を閉じた。