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序章5 夢で溢れるおもちゃ箱

やっと少しずつでもファンタジー要素を出せてきた……


ここからお話が動き出す予定です。


ここまでがお話の序章……になるのかな?

 女性はそう言って立ち上がった。


 「私は古波こなみ 巻菜まきな。この寓話の森の店主ね」


 巻菜はそう言って文月たちを見つめたきり何も言わない。


 文月は少しして彼女が自分たちの名乗りを待っているのだと気がついた。


 「永世 文月です」


 「朽無 環樹で、す」


 環樹の緊張はまだ解けていないようだ。巻菜は気にしていないようで満足そうな表情で、


 「文月君と環樹ちゃんね。見ての通りうちは本屋なのだけれど、どうかしら。二人は本は読む?」


 そう問いかけた。


 「そうですね。読む方、だと思います」


 「あたしは……絵本、くらいなら」


 環樹の言葉は恥ずかしさからか尻すぼみになってしまって、最後の方は聞き取れるかどうかであったが、巻菜にとっては問題にはならなかったようだ。


 「いいじゃない。絵本好きよ、私」


 優しく笑いながらそう言った。


 文月は環樹が赤くなるのがわかった。気恥ずかしさもそうだが、自分のことを認めてくれた気がしてうれしかったのだろう、と思う。


 「文月君は? どんな本が好きなの?」


 「お、僕は……」


 「いいわよ、かしこまらなくて」


 「でも」


 「いいのよ。大切なお客様だもの」


 文月には目上の女性、それもかなりの美人にぞんざいな口を利くのはためらわれたが、本人の意向であることなのだから、と最低限失礼にならない程度に態度を崩させてもらうことにした。


 「俺は、なんでも読みますけど一番好きなのは小説ですかね」


 「どんなジャンルがお好き?」


 「フィクション全般……と言うと広すぎますよね」


 「別に構わないけれど、特に好きなジャンルがあるんじゃないかしら?」


 どこか確信をもっったように言う巻菜に、文月は見透かされるような感覚を覚えたが、恐ろしいとは感じなかった。むしろ、この女性ひとなら、と納得してしまった。


 「ファンタジー、だと思います。文庫だろうとハードカバーだろうと海外の物だろうと、ライトノベルだろうと」


 「ファンタジーね。それは何故かしら?」


 (環樹の時はあっさりとしていた割に随分と食いついてくるな)


 若干いぶかしく思うが、別に答えづらいことを聞かれているわけでもない。巻菜も興味深げに、面白そうにしているので、話を続けることにした。


 「面白いじゃないですか。現実にはありえないことがたくさん起こって。きっとこの世界に生きていたら見られないようなものがたくさんあるんです。興奮しないわけがない」


 「そうね」


 突然、熱を帯びたかのように語りだした文月に環樹は少し驚いたようだったが、巻菜の態度は変わらない。


 「現実は面白くないことも多い。つらいことも多い。だけど小説の世界ではそこにファンタジーがある。一瞬現実を忘れさせてくれる。だから好きなんです」


 文月は一息で語りきってから、なぜ自分は初対面の女性にこんなに熱く語っているんだろうか、と恥ずかしくなった。しかし、すでに口から飛び出してしまった言葉を飲み込めるわけもなく、巻菜の、そして環樹の様子をうかがうことしかできない。


 環樹はやはり驚いている。思い返してみると、環樹相手に本について語ったことはなかったことに、文月は気がつた。


 巻菜の表情からはその真意を知ることはできないが、機嫌は悪くなさそうである。その顔を見てなぜか環樹が少し頬を膨らませたが、その理由は文月にはわからない。


 「私もね、すごく好きなの」


 唐突に巻菜が口を開いた。文月は一瞬理解できなかった。


 「え?」


 「ファンタジー、すごく好きよ」


 そう言って巻菜は店内を見渡す。つられて文月たちも本棚の迷路に目を向けた。


 「ここにある本はね、全部私の夢なの」


 環樹も文月も巻菜が何を言っているのかわからず、顔を見合わせてしまう。


 「ここの本は世界中にあるおとぎ話や童話、不思議を描いた小説に絵本そんな物ばかり」


 巻菜は続ける。


 「私は見てみたかった。魔法や不思議、この世界にないものを。だからこうして世界中のそうした本を集めてる」


 そして文月を見つめると、


 「このお店はね、私の夢で溢れてる。私の自慢のおもちゃ箱」


 そう、言った。




 語り終えた巻菜の表情には文月が語った時のような恥ずかしさは見受けられなかった。きっと自分の『夢』に自信があるのだろう、と文月は思った。


 「きっとあなたたちにも楽しんでもらえる本がたくさんあるわ」


 「そう、ですね」


 「見て回って気になる本があったら言って。もしよかったら私がおすすめを選んであげるけれど?」


 そう言って微笑む巻菜に、頼んでみようかと文月が考えていると、それを見た環樹が


 「お願いしてもいいですか!!」


 と、唐突に割り込んだ。


 巻菜は少し面白そうに環樹と文月を交互に眺めながら、


 「ええ、いいわよ。絵本だったかしら。それならこんなのはどうかしら」


 と、了承してしまったので仕方なく文月は一人で店内を見て回ることにした。


 一人で本の迷路に入り込む。先ほど店内に入った時は進まなかった。列の通路に進む。そう広くない通路の両脇をせり出すように本が迫ってくる様は本好きの文月をもってしても圧倒されるものがある。それらの本をゆっくりと流し見ながら歩く。日本語の物もあるが、やはり外国語の本の多さが目についた。


 (ここ自体がすでにファンタジーの世界みたいだよ)


 色も大きさも、言葉さえ統一されていない本たちに囲まれた様に文月の意識はだんだんと飲み込まれていくようにすら感じる。霞がかかったような思考で歩いていると、


 「……いて」


 「ん?」


 声が聞こえたように文月は感じた。


 「……づいて」


 「やっぱり」


 どこかはわからないが声が聞こえてくる。そう遠くないように思われた。声を頼りに通路を探す。高めの透き通った少女の声だ。


 「……づいて」


 やはり完全には聞き取れないものの、通路を進むたび声が近くから聞こえてくるようになった。しかし、少女はおろか人影すらみつからない。


 「どこ? 君はだれ?」


 文月からも声をかける。通路はもうほとんど残っていない。それでも空耳だとは思わなかった。


 「どうして姿がみえないんだ?」


 答えはない。自分には見つけられないのではないか、そう考え始めた時だった。


 「気づいて」


 声ととも背後から「がたっ」と音がした。


 床には一冊の本が落ちていた。先ほどの音はこの本が棚から落ちた音なのだろう。それに気がついたときにはもう少女の声も、感じていた不思議な感覚も消えていた。


 文月はその本を手に取ってみる。本は深い緑色の表紙に白い文字で大きくタイトルと思しきものが記されていたが、文月の知識にない言葉だったために読むことはできなかった。とても古い本だ、ということだけは文月にもわかった。古いながらも状態がいいのか、痛みは小さそうであった。


 その本が、文月には妙に気にかかった。先ほどまでの不思議な体験も相まって何か縁のようなものを感じたのかもしれない。いつの間にか、読めない内容が気になって仕方がなかった。


 「気になる本……ね」


 もし今一つ本を選べと言われれば、文月は間違いなくこの本を選ぶだろう。確信めいた物があった。


 (全く読めないのにね)


 (でも、気になる)


 悩んでいると、文月を呼ぶ環樹の声が聞こえてきた。


 「文月ー? どこー?」


 「あ、あぁ。すぐにそっちに行くよ」


 返事をして歩き出した時には、手に取った本を棚に返すことはすっかり忘れていた。




 「あら? 見つかったようね」


 文月の手の中に本を見つけた巻菜は、非常に上機嫌、かつ面白そうにそう言った。


 「ええ。全く読めないんですけどね」


 気恥ずかしさに少し顔を赤くしながら返す文月に巻菜は一層笑みを深くした。


 「いいのよ、そんなことは。気になったんでしょう?」


 「はい」


 「なら、それでいいのよ。わからないなら私が読んであげる」


 「え? いや、それは……」


 非常に悪いように文月には感じられた。何語なのか、そしてその言語の辞書でも紹介してもらって自力で読むしかないか、と覚悟していたのだ。巻菜の提案は渡りに船だった。


 しかし、そこまでしてもらってもよいのだろうか、という迷いは簡単にはぬぐえない。


 「遠慮しなくていいわ。読みたい人、知りたい人に知ってもらえる方がいいのよ。本にとっても、読み手にとっても。その方が私もうれしいわ」


 「……」


 そこまで言ってもらってもなお、文月が迷っていると、巻菜は苦笑しながら、


 「ならこうしましょう」


 と言って通路の反対側、ドアや窓の方へと目を向けた。


 「今日はもう遅いし、暗くなってしまったわ。今日のところは帰って、明日また返事を聞かせて頂戴。もし明日になってもその本への興味が変わっていなければ私が読んであげる。その時は本のお題を頂くわ。それでどうかしら?」


 腕の時計で時間を確認するとすでに七時前。文月はともかく、環樹は両親が心配していてもおかしくない時間だった。今悩んでも決断が下せる兆しもなかった。


 「……それで、お願いします」


 「ええ。待っているわ」


 文月は問題を先送りにすることにした。




 「でねー、巻菜さんってすごくお話がうまくってね、あたし聞き入っちゃった!」


 帰り道の環樹は上機嫌を通り越してスキップでもしながら同時に踊りだしそうなほどの調子で『寓話の森』でのことを語っていた。


 文月が一人で本を探しに行ったあと、巻菜に外国の絵本を読み聞かせてもらっていた環樹は、すっかり彼女に懐いてしまっていた。


 「読んでもらったお話もすごく面白くって! あたしも明日行くからね」


 どこまで楽しかったんだ、と文月はからかいたくなったが、胸の内に留めておくことにする。


 (また拗ねられてもたまったもんじゃないし)


 そうして話しながら歩いていると、先に環樹の家が見えてきた。


 「ここまでだな」


 「うん。また明日ね」


 「おう」


 そう言って環樹は自宅の扉をくぐっていった。


 「うん?」


 背後に気配を感じて振り返る。何か白いうっすらと光を放つものが、少し離れた曲がり角に消えていくのが見えた気がした。


 (気のせい……か?)


 文月には判断がつかなかったが、とりあえずは気にせず帰宅することにした。




 その夜、文月は珍しく夢を見た。


 内容はよく覚えていない。


 ただ、夢の最後に声が聞こえた気がした。


 「見つけた」


 そう、どこかで聞いた少女の声で。

 

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