序章4 『寓話(ぐうわ)の森』
ひとつ前のタイトルを『寓話の森』から「少女と少年と不思議な看板」に変更しました。
内容にはほぼ変わりはありません。タイトルと細かい修正だけです。
それと同時に『寓話の森』を4話のタイトルとして持ってきています。
今日中にもう一つ上げたいなあ。
「文月ってば!」
「……ん。あぁ」
耳元で大きな声をかけられて、文月はやっと我に返った。
「どうしたの?」
「いや、なんとなく……」
目が離せなかった理由が自分でもわからず、口を濁すことしかできない。もういちど看板に目を向けてみるが、先ほど感じた謎の存在感や重厚感は感じられず、ただ温かみのある看板がそこにはあった。
「すごく気になったんだけど、よくわからないや。気のせいだったみたいだ」
「ふーん? でも、面白そうな気がするよね! 『ぐうわのもり』って読むのかな。『ぐうわ』っておとぎ話とか童話みたいな感じだよね? 絵本とかたくさんありそう」
環樹は続けて小さく「絵本ならあたしでも読めるかも……」なんてつぶやいたが、いまだ自分の中でくすぶる違和感を消化しきれていない文月は特に気に留めなかった。
「OPENってことは今日はやってるみたいだね。入ってみようよ。窓からだとお店の中、暗く見えるけど……」
「……うん。そうだね。あまり人気は感じないけど」
なにか得体のしれない感覚はぬぐえなかったが、不思議と嫌な感覚ではなかったし、ここで引き返しては放課後の予定がまた白紙になってしまう。それで済めばいいが、環樹が機嫌を悪くでもしたらそれこそ厄介だった。
朽無 環樹という少女は基本的には、細かいことを気にしない、何かあってもすぐに水に流すことのできる気持ちのいい性格をしていたが、文月に対してはその限りではなかった。
一度本格的に怒らせるとしばらくは口もきこうとしないし、何かうまく機嫌を取ることが出来なければ謝っても簡単には許してはくれない。
しかし、文月は環樹のそんなところが、自分に気を許してくれているような気がして気に入っていた。歳の近い妹に甘えられているような感覚を覚えるのだ。
ドアに手を伸ばす。手前開き木製の扉は重厚感のある、そして若干古ぼけた印象とは裏腹に軽く引いただけで静かに開いた。意を決して店内に踏み込む。
店の中に入ると、薄暗いながらも明かりがともっていることが分かった。明かりがついてるのが店の奥の方であるため、本棚などで遮られて窓からでは気がつけなかったのだろう。
(ちゃんと営業中だったみたいだ)
文月は少し安心して、後ろを伺う。環樹も同様の心配をしていたのか軽い安堵が表情にうかがえた。
店内を大きく見渡す。あまり幅のない店内の両サイドに壁一面の本棚、中央にも大きな本棚が一列置かれて、お店を縦に二つの通路に分けていた。どの本棚も色とりどり、サイズもバラバラの本たちが所狭しと並んでいる。
外国語の本が多いのか、文月には読めないものも多かったが、それらが一つ二つどころの種類ではないことだけはわかる。
店の幅はないものの奥行きはかなりあるのか、どうにも迷路のように文月には感じられた。通路は迷うようなものではなかったが、自分たちが得体のしれない大きなものに囚われた小さい、頼りない存在のように錯覚したのだ。
店員の姿は文月たちからはうかがえない。きっと本棚を隔てたもっと奥側にいるのだろう。明かりの方へと進む。徐々に明かりは強くなり、何か髪をこすり合わせるような音が聞こえてきた。誰か本でも読んでいるのだろうか。
「よかった。誰かいそうだ」
「うん。そうだね」
本の迷路を歩く。周りを囲むのはきっと悪いものではない。この先にはきっと何かがある。そう信じて。
(格好つけてもただ薄暗い本屋にビビってるだけだけどね)
店の最奥につく。壁や通路の本棚の半分もない、文月の胸まで程度の小さな本棚に囲まれた、カウンターにも見えなくもない空間があった。ページをめくる音も、明かりが漏れ出す場所もここで間違いない。音の張本人は棚の奥で座っているのかすぐに姿は見えなかった。
文月が話しかけようとすると、棚に囲まれた人物も気がついたのか、棚から顔を出して逆に声をかけてきた。
「あら、お客さんかしら?」
現れたのは妙齢という言葉がしっくりとくる、きれいな女性だった。白い肌や黒い髪、顔立ちも日本人のもののように思えるが、異国情緒の様なものを感じる女性でもあった。
「あらあら、随分と可愛らしいお客さんね」
言葉と同時に向けられた彼女の顔は、すこしだけ面白そうに笑っていた。
「え!? ええっと……」」
周囲の雰囲気にのまれていたのか、心の準備ができていなかった環樹が素っ頓狂な声を上げた。
(テンパりすぎだよ……)
助けを求めるように文月の後ろに逃げ込んでしまった環樹に代わって文月が後を継ぐ。
「実は外の看板をみて気になったもので、だから何かを買いに来たわけではないんです」
ちゃんとした客ではない、という意味で言葉を返すが女性の笑顔は変わらない。
「でも興味を持ってくれたんでしょう?」
「ええ、まあ」
文月の後ろで環樹も「コクコク」とうなずいている。
「なら立派なうちのお客さんだわ」
彼女は立ち上がってこう言った。文月には彼女の視線はとくに自分の目を見ているように感じられた。
「ようこそ『寓話の森へ』。ここには夢やお話がたくさんある。きっとあなたたちも楽しんでくれるわ」