序章3 少女と少年と不思議な看板
一話あたりの文字数が少ないせいか、話の進行が遅いですね。
その辺りの感想などもいただけるとありがたいです。
今回次回あたりから少しずつでも話を動かしたいと思います。
「お待たせ」
「やっときた」
文月が校門に着いたとき、環樹は既に先ほどの怒りは忘れたのか、上機嫌で待っていた。4月に入り、次第に気温が上がっているとは言え、夕方にもなるとまだ少し冷える。屋外で待たされればあまりいい気分ではないはずだが、環樹は特に気にしていないようだ。むしろどこか楽しそうにすら文月には見える。
「じゃあ、いこっか」
「うん。面白そうな本屋に連れていってくれるんだっけ?」
「そそ。それじゃ、いっきますよー」
「おう」
口笛でも吹きだしそうなほど軽やかな足取りで環樹は歩き出す。
(本当にどうしたって言うんだろう? 普段から能天気な環樹でもここまで機嫌がいいことって俺もなかなか見ない)
スキップでもしだしそうな後姿を眺めていると、文月がついてきていないことに気がついたのか、環樹が不思議そうな顔で振り返った。
「どしたの? 早くいこ?」
「ん、あ、ああ」
「……? 変なの」
そう言って環樹はまた歩き出す。これ以上考え込んでいても何も解決しなさそうだし、きっと悪いことではない。そう考えて文月も歩き出したが、そこで重要なことを聞き忘れていることに気がついた。
「そう言えばさ」
文月の数歩先を軽やかに歩く環樹に声をかける。
「?」
「これから行く本屋ってさ、どこら辺にあるんだ? 学校帰りに行けるからいならそんなに遠くはないんだろう?」
「あれ、言ってなかった?」
「何も聞いてないよ」
「そっか。えっとね、帰り道の途中にさ、人気がない路地があったじゃない?」
「ああ、あのなんか怪しい感じの」
文月と環樹の家はいわゆるご近所さんで、二人が小さい時から家族ぐるみでの付き合いがあった。自動的に通学路なども同じ道を通るので、お互いがどの道を想像しているか手に取るようにわかった。
「そそ。昨日の帰りにね、なんとなくあの道を通ってみたの」
「おいおい、何やってんだよ。危ないんじゃない?」
環樹は「まあまあ」とでも言わんばかりのしぐさで文月をなだめて、先を続ける。
「それでね、路地に入ったところでなんだか可愛らしい文字の看板が見えてね」
「行ってみたら本屋だった、と」
「うん」
「それで? どんな店だったんだ?」
「わかんない」
「は?」
「わかんないの。入ってみようと思ったんだけど、昨日は閉まってたみたいで」
「おいおい、それじゃあなんで本屋だって思ったんだよ」
文月は若干呆れながら問いただしたが、そこで自分の幼なじみの性格を思い出して「まあ、環樹なら」と、どこか納得してしまった。
「だって窓から中を覗いたら、本棚と本ばっかりだったし、看板にも童話? おとぎばなし? みたいなことが書いてあったんだもん」
口を尖らせる環樹の顔を見てこみ上げてくる笑いを小さく噛み殺しながら、環樹の話について考えてみる。
(童話におとぎばなしね…… まあ、フィクションなりファンタじー好きの俺としても少し興味があるな)
店の正確な情報がないことは少し不安ではあったが、話に聞けたキーワードは文月の興味をひくのに十分であったし、環樹が普段見られないほどに上機嫌でもある。行ってみる価値はありそうだ、と文月は判断した。願わくば、全く想像とは違った、関係のない店で、何をしに来たのかわからないなんてことがないように、といったところか。
そんなふうに考えていたら、件の路地が見えてきた。
人気が感じられず、変質者なりお化けなり、どちらにしろ何か良くないものが出そうな雰囲気は文月の記憶の通りであったが、今日に限ってはそれだけではなく路地の奥に目を引く少し大きめの看板が見えた。その下には大きめの窓と『OPEN』の札がぶら下げられた扉。
(……ん?)
何かおかしい、と文月は感じた。
「あれのこと?」
「そう。不思議だよねえ。ここからでも普通に見えるのに今まで気が付かなかったなんて」
環樹の言葉に自分の違和感の理由を悟った。しかし不思議、で済ましていいものだろうか、と文月は漠然と感じた。文月たちは高校2年生。今が5月の頭であることを差し引いても1年は通った道だ。実家から歩いて通える地元の高校に進学したので、実際にはもっと長い時間馴染みのある土地でもある。
その間中ずっと見落としてきたというのだろうか。むしろ昨日初めて出来た店だと言われたほうが自然なように文月には思われた。
しかし、看板や店構えから発せられる風情、というか妙な『重み』のようなものは、昨日今日できた店のものとは思えないような何かがあった。
もう一度看板に目を向ける。
重厚感やお穏やかさを感じさせる大きな木製の看板に丸めの黒文字で『寓話の森』と書かれていた。
つい先ほどの環樹の話を思い出し「ああ」と得心が行った文月であったが、どうにもお落ち着かない気分というか、自分がそわそわしていることを感じる。何かに引き寄せられる、というか呼びかけられる、というか。
「文月?」
訝しげに、心配げに自分の名を呼ぶ環樹の声に一瞬返事が出来ないほどに、
文月は『寓話の森』の文字から目を離すことが出来なかった。