やさしいことば
ことの発端はちょうど一週間前だった。
「ただいま」
その頃の私は終始不機嫌で、心はやさぐれていたんだ。
「姉ちゃんおかえり」
応えてくれる私の3つ年下の弟は、3日に一度は友達を家に招き入れていて、その中でもかなりの頻度でいたのはこの少年。
「おじゃましてます」
城田玄輝。こいつは暇なのかと疑うくらい。
いつも我が家にいた。
「姉ちゃん機嫌悪い?」
私は玄輝の姉ちゃんなんかじゃないと思いながらも、聞こえないふりしてスルーする。
「あ、姉ちゃん最近ふられたの。今フリーだよ」
「うるさい!」
弟の猛に痛いところをつかれ、私は怒りながら自分の部屋に入った。
そうなのだ。
やさぐれてる理由は彼氏にふられたからだ。
しかも、ひどいふられかたをした。
他に好きな人が出来たと言われ、その相手が親友だと思っていた子だった。
キツかった。
ショックだった。
それから何だか苛々していろいろと上手く行かない。
「しょうがないよね…」
私はボソッと独り言を呟き、部屋着に着替え部屋を出ると、ちょうどトイレから出てきた玄輝に遭遇した。
「お姉さん。失恋おめでとうございます」
嬉しそうに笑顔で話しかけて来る玄輝に腹ただしい気持ちでいっぱいだった。
「…私、あんたのお姉さんじゃないから」
別にそこにムカついていたわけではなかったが、玄輝の笑顔を見ていたら、いつものようにスルー出来ずにいた。
私はそう言い残して、玄輝の前を通過したとき、何か聞こえてきたんだ。
「…恵那さん」
「……は!?」
気のせいなのか、よくわからなかったけれど、振り向いて玄輝の顔を見ると、今までに見たことのない顔の玄輝がいた。
「な…何でしょうか?」
玄輝のその表情につられて、私まで緊張してしまう。
「…つけこむみたいでなんか嫌なんですけど…」
「な、何を…?!」
無駄に高鳴る心臓が悔しくて、ただただ。
気付かれぬよう平然を装うのが精一杯。
「俺、恵那さんが…」
ゴクリと唾を呑み込んだ瞬間、ガチャリと玄関が開いた。
「ま、ママ!おかえりなさい!」
「恵那帰ってたの?あら、玄輝くんも来てたの?」
「…おじゃましてます」
ママの帰宅で、何だかスッキリしない空気のまま…。
あれから一週間たったのだ。
なんとなく玄輝に会うのが気まずくて会わないようにしていたのに。
まさかこんなところで会うなんて。
「恵那さん?」
夕方6時過ぎのファーストフード店。
「1人ですか?」
「うん。まぁ…」
会わないように、宿題をして時間を潰していたところ、こんなところで会ってしまうなんて。
あ、また。
心臓がうるさい。
「今日は猛と一緒じゃないの?」
「毎日一緒に遊んでるわけじゃないんで…」
ほぼ毎日一緒のくせにと思いながら、私はジュースを飲む。
「あの、隣いいですか?」
「え?あ、うん。どうぞ」
気まずくてたまらなくて、私はそろそろ帰ろうとしたけれど、それを玄輝は見逃さなかった。
「一週間前、話途中だったでしょ?」
「話?何だっけ…?」
知らないふりをしてみるけれど、玄輝の眼は鋭くて、上手にそらすのも出来ない。
しらじらしい私。
玄輝は年下のくせして、何だか攻めが強い。
「だから!俺、恵那さんがす…」
ヤバい。これ以上は言っちゃだめ。
「あーっ!!」
私の突然の大声に、玄輝はビクッとしていた。
「ごめん!私帰らなきゃ!用事あるの!」
「え?あ…わかりました」
きょとんとした玄輝に、私は気付かないふりをしてお店を出た。
だって…。
猛の友達に告白なんかされてる場合じゃない!
そんなのダメだ。
「はぁ…」
私は深い溜め息をつく。
気まずくて仕方ない。
これからは決して隙を与えてはいけない。
「よし!」
私は拳を握りしめ、駅に向かって歩き始めたときだった。
「恵那さん。送ります」
振り向けば、玄輝は走ってこっちに向かってきている。
「は!?えっ!?な、何で?いい!本当いいから」
誓いをたてたそばからこんな展開はあってはならない。
「いや、もう遅いし」
「遅くないよ!まだ6時過ぎだし!」
必死に断る私に、玄輝は何だかしょんぼりして見えた。
その姿を見た私は、やさぐれた心は一体どこへ行ったことやら…。
「じゃあ…私が送るよ…」
年下に、ましてや弟の友達に送ってもらうほどか弱いキャラでもない。
「何で!俺送るから!」
「…あのねぇ。中学生に送ってもらうのはないから」
正論を言ったつもりだった。
なのに、何で?
玄輝はそんなに怒った顔するの?
「…そういう言い方ってムカつくんですけど…」
「え?」
そっか。玄輝の中学三年生なりの男のプライドがあるよね…。
確かに失礼だったかもしれない。
「あ、ごめん…」
何だか気まずい空気。
「とにかく、帰ろ?方向は一緒だよね?」
ゆっくり歩き始めたけれど、突然玄輝の足音が止まる。
「…玄輝?どうした?」
外はどんどん薄暗くなっていく。
街灯の灯りがつき始めて、前よりもっと…。
「俺、恵那さんのこと超好きなのに…」
もっと、男の顔に見えてしまう。
「じゃあ、送ってください。俺の家、恵那さん家のすぐ近くだけど」
「あ。うん…」
玄輝はその名前通り、明るくて元気で、優しい。
「恵那さん、何で彼氏と別れちゃったの?」
「それ、今聞くの?」
「聞くよー。どっちから告ったの?」
玄輝は笑顔で根掘り葉掘りと聞いてくる。
「教えてよ」
その笑顔で気持ちが緩む。トゲトゲだった心が少しずつ、ゆっくりと丸くなる。
「…向こうから。すごく好きって押されて付き合ったんだけど…結局私がすごく好きになった」
「…へぇ」
あ、また沈黙だ…。
「恵那さんって押しに弱いんだね」
「え…?」
今の言い方、すごく苛つく。
「俺ん家ここです。送っていただいてありがとうございました」
無駄に丁寧な言い方に、更に苛つく。
またやさぐれてくかも。
「じゃあまた…」
私は帰ろうとした時だった。
「あ、やっぱ待って!」
私の腕を掴んで引き止めた玄輝。
それはすごく暖かくて、少しだけ震えたその優しい手の感触に、心が洗われた気持ちになった。
「…猛はもう知ってんだ」
「な、何を…?」
玄輝は弟の友達で。
「俺が恵那さんに絶賛片思い中だってこと」
「…絶賛って、映画じゃないんだから…」
「…ね?言わせないようにしないで。気付かないふりもしないで。俺が嫌だったらハッキリ言ってくれていいから…」
隙なんて、私が作ったのだろうか?
玄輝が不意打ちに言ったのか。
ただ、玄輝の眼が純粋で真っ直ぐで、私のやさぐれた心には合わない。
「急に言われても…」
まだ知らないふりをするしかないの。
「一週間前からわかってたでしょ?」
「いや、全然気付かなかったし…」
私はおかしくもないのに笑う。
これはヤバい状況になった。
「なんていうか…猛と同い年だし、ましてや友達だし…」
私はハッキリ言えずにいた。
嫌いなわけじゃない。
ただそんな感覚がよくわからない。
「そう言うと思ってました。だから…」
玄輝は生意気に近付いてきて、私に精一杯のキスをした。
それはなれてないことがよくわかるくらい。
緊張しているのが伝わってきて、私までつられてしまいそう。
「恵那さん、押しに弱いみたいなんで…」
そう言って笑って恥ずかしさを隠そうとする玄輝に不覚にも一瞬ときめいたのは事実だった。
「いや、でも猛の友達だし…」
「うん。だからさ…少しずつでいいし、結構本気なんで…」
しつこく呪文のように弟の友達と言い続ける私に、その呪文を解くように優しいことばをたくさんくれる玄輝。
ねぇ。本気でときめいているよ。
私の心がまたまるくなれる日は案外近いのだろうか。
「…好きです」
その言葉、受け止められる日は意外にすぐ側まできている。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
年下…そして弟の友達。付き合いにくいのでは?
そんな疑問から浮かびました(笑)
実際、兄の友達を好きになり、ふられた経験もあり、兄の友達に告白されたこともありますが、何か違うなとも思い、結局全部ご縁もなく…だったので(笑)




