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宝石のような瞳  作者: ふゆしろ
5/13

純然なトパーズ

見た瞬間にわかった。


探してたものだって。


だけどあんなに探してたのが向こうからポッとやって来たものだから、何だか気が抜けてしまって。


ちょっと癪だなと思った。



 χχχ



旅をしていた。

目的地はない。

ただ見つけなくちゃと思って、見つけて欲しいと思って、それが何なのかも分からず闇雲にさ迷った。


入学式に間に合わなかったのはわざとじゃない。

けれど、面倒くさいと思っていたから、最短距離で学舎に行く道すがらに崖崩れが起きてラッキーだった。


ラビは麗らかな日差しにトパーズの大きな瞳を細める。

シルバーホワイトの短い髪が風に揺れた。


12才から学舎に通うこと。

これは決まりなので仕方がない。

多くの貴族はその歳まで家庭教師を呼んで自宅学習している。

ラビも例に漏れず、学舎に通うのは今年が初めてだった。


首席ということで寮が一人部屋だったのは喜ばしいことである。

一人旅をしていた彼は、一人でいるのが一番楽なのだ。


伸びをしてから丸くなる。

目蓋を閉じると視界は暖かな白に埋め尽くされた。


一寝入りしよう…


すうっと意識が遠退いたときだった。人の気配が近付いて来る。しかもこれは純粋な人間ではなく…


ヴァンパイア?


彼らはそこまで珍しい存在ではない。人に混じって結構普通に生きている。

ラビも何度か彼らに会ったことがあった。しかしここまでその気質が強い者は初めてだ。


夢うつつにそんなことを考えている内に、その人はラビのすぐ側まで来ていた。


「やーっと見つけた」


そう言ってラビの傍らにしゃがみこむ。


「起きろよ。首席ってお前だろ?」


億劫そうに目蓋を上げたラビが眩しそうに声の主へトパーズの瞳を向けた。

逆光で顔がよく見えない。


相手が息を呑むのがわかった。


「お前…」


何をそんなに驚いているのか。

のそりと上体を起こしたラビは相手の顔を改めて見上げてみた。


今度こそしっかり絡んだ視線の先。

癖のあるチャコールグレイの髪から覗く鮮烈なオクスブラッドを捉えた瞬間。


歓喜と郷愁に唇が戦いた。


タレ目が特徴的なヴァンパイアは、微かに眉根を寄せてローズレッドの鮮やかな唇に弧を描く。

どんな者も魅せられてしまう甘やかな美貌に浮かんだのは、泣いているような笑顔だった。


「俺、ヴァサリエ。お前は?」


深く甘い声音が切なげに聞こえる。


「…ラビ」


答えた自分の声は震えていた。


「ラビ…お前、全然講義出てねぇだろ。懇親会の顔合わせは昨日だったってのに、全然見つかんなくて今日になっちまったじゃねぇか」


ヴァサリエは愛しいものを見る目をして隠しきれない想いの込められた声で言葉を紡ぎながらも、ラビから然り気なく距離をとる。

そんな彼に思うことは多分にあったのに、ラビは気付かないフリをして淡々と答えた。


「きっと知ってる内容だから、わざわざ聞く必要ないと思って」


「高貴な血族は違うな」


「あんたには負けるよ」


いくらラビが神の血を引く七家の一員であったとしても、永遠の時を生きるヴァンパイアには敵わないだろう。

しかもヴァサリエの気質はあまりにも濃厚なのだ。


「どのくらい生きてんの?」


小首を傾げたラビにヴァサリエは寂しそうな顔をする。


「数えるのはとっくにやめちまった」


「ふぅん…」


ずっと見ていても飽きないであろう、人知を越えた美貌を眺めて適当に答えるラビ。

陶器のように白い肌と艶やかな黒っぽい髪に囲まれて一層際立つ深いオクスブラッドの瞳に複雑な感情が浮かぶ。


ヴァサリエは小さく苦笑してから、シルバーホワイトの猫っ毛を慈しむように撫でて立ち上がった。


「じゃ、またな」


早々に立ち去った彼を、ラビはその姿が見えなくなるまでずっと見詰めていた。



 χχχ



たまに会うようになった二人。

大抵は講義をサボっているラビの元へふらりとヴァサリエが現れる。


ヴァサリエは愛しげにラビを見詰めながらも、それを口にすることはなかった。

対するラビも彼の想いに気付いていながら知らぬフリを突き通す。


「一人旅してたんだって?」


「おう。本家の役目も全うして、ようやく自由になれたからさ」


淡々と話すラビのトパーズの瞳はとても澄んでいる。


「役目?」


「血族を絶やさないことだよ。跡目をちゃんとつくってからじゃないと旅なんてさせないって煩くて」


「…お前、まだ12だろ?」


「うん。だから旅っても一年もできてない」


童顔なこともあってまだまだ子供に見えるラビをヴァサリエはまじまじと眺める。


「嫁さんと子どもがいるってことか」


信じたくない話だ。思わず顔と声が強張った。

一方、ラビは明日の天気を話すような気楽さで続ける。


「お嫁さんじゃないんじゃないかな。結婚してないし」


「そうなのか?」


「子作りだって儀式みたいなもんだから」


お互い、好きな人ができて家庭を設けても構わないという。

ヴァサリエはあどけない少年の口から飛び出す不似合いな言葉を、なんとか心を落ち着けて聞いていた。


「家は代々そんな感じだよ。みんな自由奔放で好きに生きたがるから、分家のお陰でなんとかなってるみたい」


斯くいうラビも、母は幼い頃に外へ嫁いだのでまともな記憶はなく、父とは数年ぶらりと旅をしただけで死に別れたらしい。


「まぁ、それでも続いてきたんだし、それが家の特徴だから仕方ないよな」


七家の中でも天真爛漫といわれ、少し特異な目で見られるだけはある。

ヴァサリエは某腐れ縁の友人たちとの違いに目を瞬いた。


「兄弟もいないんじゃ寂しいだろう」


「そんなことないよ。気楽でいい」


心からそう思っているらしいラビに切なげに苦笑する。


「ヴァサリエは寂しいの?」


鋭い切り返しに一瞬言葉が喉に詰まった。


「…そうだな。そうかもしれない」


オクスブラッドの瞳がより一層深みを増す。


「仲間つくったりしないのか?」


澄んだトパーズの瞳を困ったように見詰めて、ヴァンパイアは小さく笑った。


「意中の人ができてから、そんな気しなくなっちまったよ」


長い生に絶望して死にたいとか仲間をつくろうとか思ったことは確かにあった。

しかしそれらは全て過去の話だ。


ラビは小首を傾げる。


「人間に?」


「ああ」


「仲間にしなかったの?」


「ああ。相手が望まなかったからな」


ヴァンパイアと人間では生の長さが違いすぎる。

様々な感情を押し込めて微笑んで見せるヴァサリエのチャコールグレイの髪に、ラビは思わず手を伸ばしていた。


このヴァンパイアは少々人が良すぎるのではないか。


いつも適度に距離を取ってラビに触れたりしないようにしていることにも気付いていた。


目を瞬いた彼の癖っ毛を優しく撫でる。

揺らいで細められたオクスブラッドの瞳がとても綺麗で、ラビもつられるように目を細めてしまう。


「人間相手じゃすぐ死に別れちゃうだろ」


「…ああ」


父親と死に別れたラビは、共に過ごした記憶があまりないからか血筋か、そこまでショックじゃなかった。

しかし愛しむことをよく知っていそうなこのヴァンパイアは違うんだろうなと思う。


「相手が死んだらまた意中の人を探すのか?」


「…そうだな」


「ずっとその繰り返し?」


一体何度恋をして、何度別れを経験したのだろう。


深いオクスブラッドの瞳を見るに、一連のことにはもうすっかり慣れたなんて感は全くない。

何度も心をときめかせ、何度も心を悼めたに違いなかった。


「その存在があるから、喪っても絶望に囚われずに済むんだ」


「前向きなんだ」


「俺の愛しい人がそうだから」


まるで睦言を囁くようにトパーズを見詰めて言う。

最初に会った頃よりはっきりと"自分に"向けられた言葉であるような気がした。


「…そう」


ラビは芝生に倒れ込み、丸くなって目蓋を下ろす。


「また寝るのか?」


「うん」


小さく苦笑したヴァサリエは、シルバーホワイトの髪を優しく撫でてからその場を後にした。


ラビはゆるりと睫毛を上げる。


人の良いヴァンパイアの切なげな笑みが頭から離れなかった。

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