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宝石のような瞳  作者: ふゆしろ
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ジェイドの思惑

オルキスがフィオレを認識したのは入学式の日のことだ。


新入生代表で壇上へ立ったフィオレは華奢で儚い印象の少年だった。

魔力が強いだけあり、中性的なその美貌はビスクドールのように精妙で目を惹く。涼しげな声も耳通りが良く、ずっと聞いていたいと思った。


そんな彼は始終睫毛を軽く伏せ、眉根を寄せていた。

毎年、代表に選ばれる首席は自身を誇示するような雰囲気を漂わせているというのに。

例え首席代理で3席ながらその役を担うことになったとしても、謙遜などいらないはずだ。


興味深い


それが最初に覚えた感情だった。




廊下を歩いていた時、ふと窓の外に目を遣ると、森へ急ぐフィオレの姿があった。


「あいつ、平民だからって言いたい放題言われてんだってな。後ろ姿が寂しげに見えちまうぜ」


ダチいんのかな?


隣にいたヴァサリエの声に哀れみが感じられた。



いつだったか、いつも俯いている彼が飛び立った白い鳥を追って顔を上げた時があった。

偶然捉えた日の光を存分に浴びたその顔は、いつかヴァサリエが言っていたように寂しげで、僅かに寄せられた眉が切なげで、何より大きめなラピスラズリの瞳が鮮やかで。


ずっと見ていたいと思った



親睦会のパートナーは魔力の強さで決められる。

相手を選ばなければフィオレになるだろうことは想像がついていた。


こんなチャンスはないだろう。

あの瞳に捉えられる日が実に待ち遠しかった。



 χχχ



ゆったりとしたオルキスの寮部屋のリビングにて晩飯を食べる二人。


落とされた声には驚きが滲む。


「おいしい…」


テーブルに並べられた料理は全てオルキスの手作りだった。

料理ができないフィオレは、まさか貴族の中の貴族といった風のオルキスが料理上手だとは思わず、唖然とスープを見詰める。


「…いつも自分で料理を…?」


確かに食堂には現れそうにないイメージだが…。


「やってみたら案外面白くてな」


たまに腐れ縁のヴァサリエや人嫌いのロアンを呼ぶこともある。


フィオレはあまりにも意外な事実にコメントもできずに小さく頷いた。

するとオルキスが空気を変えるように凛とした声で言う。


「さて、フィオレ。スプーンは向こう側に向けて傾けること。食事中には音をたてないように」


さっそく始まったマナー教室に背筋を伸ばして気を引き締めたフィオレだった。



デザートまでくるとようやく少しだけ余裕が持てる。

どこか肩の力が抜けた様子でジェリーを口に運ぶフィオレにオルキスがうっすらと口角を上げる。


「これから晩飯はここで食べないか?」


「俺は料理できないし…いつも作ってもらうのは…」


半ば緊張して味がわからなかったりしたが、デザートもとても美味しい。

しかし世話になってばかりではとフィオレは申し訳なさそうに俯いてしまう。


そんな彼の灯りに透ける髪を優しく梳きながら、オルキスは穏やかに言う。


「誰かと共に食べた方が楽しいんだ」


「…それなら、お言葉に甘えて」


微笑に促され、結局フィオレは頷いてしまうのだった。


オルキスはまさに至れり尽くせりで、食後に香り高いティーまで出してくれる。

彼は落ち着かない様子でカップを傾けるフィオレを楽しげに見ていた。


「あの…」


ん?と首を傾げられ怯む。

無言で見詰められてはとても居づらい。


「…オルキスは、どうして役付きじゃないんだ?」


思いついた疑問を口にして何とか間を繋いだ。


通常、魔力の強い者は高学年になると役付きになるものだ。

けれどオルキスときたら学年トップクラスのくせに何の役にも就いていない。


「面倒だから断ったのさ」


あっさり返ってきた内容にフィオレは目を丸くした。

一種のステータスにもなるそれを至極どうでもよさそうに捉えているらしいオルキスに脱帽だ。

誘いの声は後を絶たなかっただろうに、よく断りきれたものである。




「おやすみ。よい夢を」


部屋を後にするとき美しい微笑を湛えたオルキスに言われ、フィオレは吃りながらも何とか挨拶を返すことができたのだった。


いつからだろう。

親睦会の日が来なければいいのにと思うようになったのは。


 χχχ


貴族の振る舞いが板についてきたフィオレはまるで最初からそうだったかのように気品を漂わせ、益々生徒たちの目を惹くようになった。

なんせ講師は貴族の中の貴族であるオルキスなのだ。今のフィオレの所作はそこら辺の階級の人よりよっぽど美しい。


貴石の花。


生徒たちが彼をそう評するようになっても、フィオレの儚げな印象は変わることがなかった。




泉のほとり。

オルキスは隣でいつかのように膝を抱えて座っているフィオレを眺める。

たまにここを訪れるようになったオルキスに、フィオレもようやく慣れたらしかった。



凛とした気品を漂わせながら儚さを失わないフィオレは纏う艶やかな雰囲気に劣情を抱いた者へ罪の意識を覚えさせるような存在となった。


オルキスは満足そうに微笑む。

必死で彼の言葉を実行しようとするフィオレのなんと健気なことか。

それがあまりに愛しく思えて、つい厳しいことを言ってしまうのだ。唇を噛んで眉根を寄せる彼の色気といったら目眩がする程だった。


しかし未だに下がっている視線は彼の性格なのだろうか。


「何を怖れている」


なんとなく口にした言葉にフィオレは分かりやすく狼狽える。


「その力か?」


もう核心に近かった。

フィオレはしばらく俯いたまま何か葛藤しているようだったが、不意に敷き詰められた睫毛の下から窺うようにしてオルキスを見遣った。

それから視線を泉に戻し、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。


「…村で、嫌がらせをされて腹が立ったとき…何もする気はなかったのに、相手の子を吹っ飛ばしちゃったんだ」


足をぎゅっと抱えて小さくなると、膝に顔を埋めてしまう。


「怒る大人とか恐がる人の目が怖くて…来ないで欲しいって思ったら、その人たちにも同じことを…」


村の人はフィオレを恐れるようになった。

けれどフィオレ自身も、そんな自分が怖くなったのだ。

フィオレにとって人を傷つけるのは、傷つくより痛くて怖いことだった。


オルキスは縮こまったままのフィオレのピンクゴールドの髪を優しく梳く。


「ここではきちんと制御の仕方も教えてくれる。心配なら魔具を使えばいい」


地方の学舎ではそんなに強い魔力を秘めた者はまずいないため、教えることもないのだ。


「魔具…」


「ああ。力を制御できるものもあるんだ。俺は窮屈に感じるから好かないが…望むなら、昔使っていたものを渡そう」


オルキスも幼い頃には力の制御が大変だった。

半強制的につけられた魔具は拘束具のようで嫌で仕方がなかったのだが。


「自信がつくまで、借りていいか?」


 揺れるラピスラズリが長めの前髪からオルキスを捉える。


「…ああ」


オルキスはどれがフィオレに合うか瞬時に脳内シミュレーションしてしまった。

ピアスならアクセサリー感覚でまだいいだろう。首輪は邪な想いが湧いてしまうしブレスレットも手枷のようで微妙だ。

第一、あのデザインがいけない。どうしてそんな連想をさせるものばかりなのだろう。


作っている職人の趣味だとは思い至りたくないオルキスである。

その職人が昔それらを装備していた彼を影から眺めて悶えていたなんて知らなくていいことだ。



そんなことよりオルキスは、前から気になっていたことがあった。


何でもない風に尋ねる。


「両親の魔力はどうだったんだ?」


「…父は知らない。母は普通だったと思うけど…」


それなら可能性があるというものだ。

オルキスは不思議そうな顔をしているフィオレへ真摯な眼差しを向ける。


「フィオレ。もしかしたらお前には失われた貴族の血が流れているのかもしれない」


ラピスラズリが大きく見開かれる。


「姓はクラトルといったな。家には古に栄えた純粋な血筋の家系図がいくつか保管されているんだが、その中にその名があったのを確かに覚えている」


予想外な話に頭がぼんやりしてきた。


「クラ…その響きも神の血を引く者の意を秘めている。そして何より…」


言いながら長い指でフィオレの目許をそっと撫ぞる。


「ここまで見事なインディゴブルーは一般人には有り得ないだろう」


それはとても神聖な色なのだ。


フィオレは言葉を失い、唖然とオルキスを見詰めていた。


「…俺が…貴族…?」


「ああ。家と肩を並べる程に神の血の濃い血族だ」


オルキスは温かな眼差しでラピスラズリを捉え、優雅にお辞儀をしてみせた。


「おかえり。インディゴの君」


長い歴史の中で失われてしまった血筋も幾つかある。そもそも尊い血筋は神の血を引く七人の兄弟から始まったと言われていた。


だからだろうか。

彼の存在にこんなに心が癒されるのは。


湧き出るように瞳から零れ落ちる温かな涙がフィオレの滑らかな頬を濡らす。溢れる想いは言葉にならなかった。


後から後から流れる雫を甲斐甲斐しく拭いながらオルキスが口を開く。


「フィオレ…親睦会が終わったその後も、俺と共に過ごしてくれないか」


フィオレは微かに眉根を寄せて小首を傾げる。


「その瞳を誰より近くで見ていたい」


鮮やかなラピスラズリはどんな宝石より美しい。


「…親睦会の後も、一緒にいてくれるってこと?」


ぼんやりした頭がようやくオルキスの言葉を理解する。


「ああ。お前が離れたいと思うまでずっと」


愛しさを含んだ温かなジェイドの瞳に捕らわれて、誰が離れたいと思うだろうか。


「ずっと…」


大事に噛み締めるように落とされた言葉。

その表情があまりに可愛いくて、オルキスは思わず華奢な躰を抱き締めていた。


「フィオレ…」


こんなに彼に溺れていたとは気付かなかった。




幾年振りの再会に喜ぶ血。

しかしそれ以上に、彼らの想いは深く甘く互いを結びつけてゆく。

ずっと。ずっと…

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