アンバーの思い出
12才から全寮制の学舎に通わねばならないという決まりが、ロアン少年には憂鬱でならなかった。
何故、全寮制。
他人と関わるのが面倒な彼にとって、そこは最悪な環境なのである。
一年生は首席のみ一人部屋を与えられると知った時にも気は晴れなかった。
彼は確かに由緒正しいヴィオレの家の者だが、同い年にヴェルデの家の者がいることを知っていたからだ。
どちらの魔力が強いのかなんて分からない。
しかし望みはそれしかなかったので、彼は祈るような気持ちで入寮の手続きをしたのである。
結果を言うと、ロアンは次席だった。
しかも同室者はあのヴェルデの家のオルキスだ。
どういうこと?
自分たちより魔力の強い者がいるとは予想もしていなかったロアンは脱力してしまった。
「あなたと同室になるとは思わなかった」
オルキスは素直にそう言って苦笑する。
彼にも予想外だったらしい。
オルキスは七家の一員だけあって、波風を立たせない程度に打ち解けたような雰囲気を作るのが上手かった。
ロアンもありがたくそれに乗じる。
そんな絶妙な距離感が出来つつあった彼らの前に唐突に現れたのは、見事に首席をかっ浚った人物だった。
初めてヴァサリエを目にした時は、人間離れした甘やかな美貌に目が離せなくなったものだ。
少年の姿をした彼の容姿は実に愛らしく可憐でもあり、チャコールグレイの癖っ毛に陶器のような白い肌が際立って見え、血のように赤い瞳は深く落ち着いていてどこかミステリアスだった。
神が造りし至高の造形を持つ彼は、その色合いから聖なる者には見えず背徳的ですらある。
ヴァンパイア特有の匂いたつような色香を放つ少年はひどく倒錯的で、ロアンは目眩すら覚えた。
「さすが、綺麗な顔してる」
オルキスとロアンを交互に見てからローズレッドの唇に弧を描いた彼についつっこんでしまう。
「あなたが言うのか」
人間なんて目じゃない美貌に。
ヴァサリエは呆れるロアンのアメジストに一瞬瞳を揺らしてから小さく苦笑する。
「自分を人間と比べる気はないさ」
少し寂しそうな声だった。
χχχ
ヴァサリエは見た目に反して人懐こい性格をしている。
あまり話し掛けて欲しくないという雰囲気を纏うロアンだが、ヴァサリエは気にせず普通に隣にいたりする。
普通に接してくれるなら気にならないといった感じのオルキスはすぐに打ち解けていた。
ヴァサリエも外見のせいで普通に会話のできる人があまり見つからなかったためか、よく彼らといるようになった。
ある日の昼休憩のとき。
オルキスがふとヴァサリエに視線を遣った。
「ヴィスは何故学舎へ?」
ヴァンパイアの彼には学舎へ通う義務は適用されない。
それに、ヴァサリエは学舎に通うような年齢ではないはずだ。
ヴァサリエはまったりと口を開く。
「美味そうな赤薔薇を見つけてな、世話をしてたのがおばさんだったから子どもの姿の方が親しみをもたれそうだと思って、この姿になって薔薇をもらおうとしたんだけど…」
どう見ても子どもにしか見えない外見でワインの入ったグラスを傾けるヴァサリエ。
白く細い喉がこくりと動く様が艶めかしい。
「人間だと思われて学舎に連れて来られちまった」
肩をすくませた彼にロアンが小首を傾げる。
「だからといって律儀に入学する必要はないだろう」
「俺を孤児だと思って学長にくれぐれもよろしくと頼むおばさん見てたら断れなくてさ。学長も望む者は誰でも受け入れるって言うし」
このヴァンパイアはつくづく気が優しいのだ。
ロアンはもはや感心してしまった。
オルキスも呆れ顔でヴァサリエを見ている。
「子どもの姿で子どもに混じって過ごすのはどんな気分だ?」
生徒たちはヴァサリエがヴァンパイアであると知りながら、外見の印象で彼を捉えてしまう。
大人なのに子ども扱いされるのは自分だったらとても堪えきれないとオルキスは思った。
しかしヴァサリエはといえば、ゆるりと口許に弧を描いてみせる。
「結構愉しいぜ?お前らにも会えたし、たまには悪くない」
オクスブラッドの穏やかな瞳に捉えられた二人は何だかこそばゆく感じてしまう。
「…それは何より」
澄ました顔で応えたオルキスの声は、いつもより柔らかいものだった。
エロスは感じていただけましたでしょうか(笑)R15の範囲で痺れる文章をと思い挑戦してみたんですが、どうだろう。
これにて宝石のような瞳は完結です。
これからもきっと、彼らの煌めきが失われることはないでしょう。
ご愛読、ありがとうございました。