輝けるダイヤモンドの日々
中庭の丘ですやすや寝息をたてているロゼ。
隣のノルはぼんやり空を眺めていた。
そこへやって来たのはラビだ。
ロゼを起こさないよう静かにノルの隣に座り込む。
「ロゼの趣味は読書と寝ることだな」
学舎へ来た当初はいつも気を張っていた彼も、最高学年となった今では、ノルがいればこうして安心して意識を手放すようになっている。
「女王様って言われてたなんて、下の子たちは信じないだろうよ」
当初中性的だったロゼは今ではハンサムな顔つきで、黒馬の王子様などと呼ばれていたりする。
黒馬をチョイスされる辺り、彼の性格が窺い知れるというものだ。
結局、見た目が凛々しくなろうがロゼはロゼだった。
ノルは軽く肩をすくませる。
「…お前はあんま変わんねぇな」
相変わらず童顔のラビは目を瞬いてからふっと笑う。
「ノルは老けた」
「年とったんだから当たり前だろ」
「違うよ。ニュアンスで察しろって」
「どういう意味だああ゛?」
「ロゼが起きるぞ」
飄々としたラビを睨みつけていたノルは、舌打ちをして怒気をしまった。
「二人は卒業したらどーすんの?」
小首を傾げるラビにチラリと視線を遣る。
「どっか合う場所見つけてやってくつもりだ」
「帰んないんだ」
「…なるべく近づけたくねえ」
何がきっかけでロゼが狂うか、きっかけなんてなくとも狂うのか分からない。
しかし考えうる可能性は潰しておきたいのだ。
「お前は?」
「おれ?ヴィスと旅する」
簡潔な答えである。
ちなみに今ヴァサリエは、首席ということで一人部屋のラビの部屋に居座っている。
少しは親しくなれたリリヤは、ロアンの卒業と共に学舎を去って既にいない。
「…んじゃあどっかで会うかもな」
「目立つから近くにいたらすぐ分かりそうだ」
そこで一時会話が途切れ、風に揺れる草の音が心地よく耳に届いた。
ふと、ノルが空を眺めながら口を開く。
「お前、ヴァンパイアになるのか?」
ラビも上向いたまま答えた。
「おれはそれでもいいと思ってる」
とはいえ、お人好しのヴァサリエがその決断を下せるかは謎だなとノルは思う。
「副委員長だからなぁ…」
一年間、委員会の先輩だったヴァサリエは、ヴァンパイアのくせに人間より人間に優しかった気がする。
その時、フィオレが偶然通り掛かった。
ロゼが黒馬の王子様ならフィオレは白馬の王子様だろう。
片手を上げたラビに答えるように足音を忍ばせてやって来る。
フィオレはあっさり断ったラビのせいで生徒会長を務めることになった忙しい身だ。
ちなみにノルは風紀委員長、ロゼは図書委員長である。
ロゼの場合、推薦される前に自分からその地位を名乗り、誰も反対する勇気がなかったのでそのまま承認されることになった。言うなれば力業である。
「おつー」
フィオレは適当に労うラビに小さく苦笑してからノルに目を遣る。
「委員の子が探してたぞ?委員長」
「ああ?どうせ書類の処理についてだろ」
後でいいと投げてしまう。
今は学舎が実に平和なため、委員長が出向かねばならないような凶悪な事件などそうそうないのだ。
「なぁ、フィオレは卒業したらどーする?」
先程の話題を振れば穏やかな眼差しが返ってきた。
「オルキスの所に行く予定だ」
オルキスは土地を治める領主の後継ぎではなかったか。
「お、早くも嫁ぐのか」
にやにや笑うノルを睨みつけるフィオレ。
「…務めを手伝うんだ」
「へぇ〜」
しかしノルの茶化すような態度は変わらない。
そこでラビが澄んだトパーズの瞳でフィオレに問い掛けた。
「オルキスは後継ぎ作らなくていいのか」
フィオレとノルは一瞬固まってしまう。
それからようやく思い出した。
ラビはあのジョーヌの家の出だったと。
「…妹がいるからいいって」
「そういうもんか」
目を瞬くラビにノルは眉根を寄せる。
「お前、デリケートな問題にそうアッサリ踏み込むなよ」
ラビは純粋そうな顔でホイホイ心臓に悪いことを言うのだ。
「デリケートか?ただの世間話じゃん」
ダメだ、感覚がズレている。
「大体、それがこいつらの地雷だったらどうすんだよ」
「えー?子作りくらい許してやんなよってアドバイスするかな」
「全然アドバイスじゃねぇし」
本人を置いて進む会話にフィオレはたじたじだ。
「じゃあ、卵の樹にお願いしてみたら?って言う」
「卵の樹…?」
ポンと飛び出した聞き慣れない単語にノルとフィオレは目を瞬く。
「おう。二人の愛を受けると子を宿す、卵みたいな実のなる樹があるんだって」
「へぇ…」
ノルから流し目を受けたフィオレは目を泳がせた。
「子どもって欲しいもんなのか?」
「俺は別に…」
「ノルはどうなんだよ。ロゼと」
急に矛先を向けられたノルは眉根を寄せる。
「どうって何だよ」
「え、付き合ってないの?」
「ああ゛?俺らはそんなんじゃねぇ」
「…ぇえ…?」
ラビは目を丸くしてフィオレに視線を遣った。
フィオレも驚いた顔をしてノルを見ている。
「…んだよ」
ノルは益々顔をしかめた。
「いやだって、絶対そうだと思ってたし。なあ?」
「え…あ、うん」
ラビやフィオレだけでなく、学舎中の生徒がそう思ってるんじゃなかろうか。
「…そんな甘い関係じゃねぇよ」
苦々しく落とされた声にフィオレが眉尻を下げた。
と、そこでロゼがおもむろに上体を起こし、ぼんやり眼でラビとフィオレを見遣る。
「おはよー」
「…ああ」
ラビの挨拶に答える声はまだふわふわしている。
「ノルと付き合ってなかったんだな」
「…あ?誰の話だ」
どうやら本当にその気はないらしい。
冷たい視線を受けたノルは少々身を引いた。
「…俺にそんなヤツいるわけねぇだろ。お前で手一杯なのに」
ロゼは全力で向き合っていないといけないと思わせるのだ。
「……お前にそんな余裕があったら俺はここにいない」
ノルが全力で向き合うからこそ、ロゼは彼を信じていられる。
「確かに甘いだけじゃなさそうだ」
ぽそりと呟いたラビ。
フィオレは小さく頷いたのだった。