ピンクオパールの風紀室
本編は全10話で終了です。
ここからは、おまけのような小噺になります。
風紀室に入り浸ることが多くなったリリヤ。
風紀委員の面々もそれを特に突っ込んだりしない。
今まで降りかかってきた様々な問題の根源が、心身共に我らが委員長と宜しい仲になったお陰で、めっきり物騒な事件が減り万々歳である。
今や委員長つきの補佐官の如く当たり前に椅子に腰掛けているリリヤは絵にして後世に伝えたい程麗しく、風紀委員たちの心の癒しとなっていた。
何だかんだで委員長を尊敬している彼らがリリヤに疚しい気持ちを抱くことなどなく、その点においてロアンのメンバーへの信頼も篤い。
しかしながら、リリヤの正体を明かそうとはしないロアンである。
現在リリヤを竜族出身であると知るのはロアンと、この男だけだった。
「神々しさが違うね」
うっとりとリリヤを眺めるのは副委員長のヴァサリエだ。そう言う彼の美貌も次元が違うのだが…。
いつかロアンがリリヤを連れてきた時、一目で正体を見破った彼は、流石悠久の時を生きるヴァンパイアといったところか。
そのとき瞬時にロアンの脳内に、思い切り頭を壁にぶつけて記憶を飛ばすべきか、一思いに心臓をシルバーで刺してやるべきかの二択が浮かんだ。
しかしリリヤの声で思考が妨げられたために、何事もなく終わったのである。
「…ヴィス、何故気付いた?」
ロアンの問いに彼は深いオクスブラッドの瞳を細めて甘やかに微笑んだものだ。
「顔でわかる。懐かしいなぁ…昔はたまに人里でも見掛けたもんなぁ」
見た目が同じくらいなので彼が数えきれない程の歳月を生きてきたという実感の薄いロアンは何とも言えない気になった。
「いつから生きてるんだか」
リリヤもつい、そんな呟きを漏らしていた。
ххх
「あれ、みんな出払ってんの?」
違和感なく風紀室へ入ってきたのはラビだ。
彼もちょいちょいここを訪れる。
「おい、歩いて平気か?」
「もう大丈夫だって」
心配そうなヴァサリエの声になに食わぬ顔で答え、ソファに腰掛ける。
「また飲みすぎたのか」
見ていたロアンが呟いた。
「あまりに極上で自制すんの忘れちまうんだよ」
ヴァサリエは言いながらラビに暖かい飲み物を渡している。
それから隣に座り込み、シルバーホワイトの髪を慈しむように撫でた。
「目眩は?」
「もうしない」
甲斐甲斐しくラビを労るヴァサリエ。
「ヴァンパイアのお相手は大変そうだ」
肩をすくめるロアンにヴァサリエは流し目を送る。
「お前のお相手だって大変だろ。このサディストめ」
「何故サディストの相手が大変なんだ」
否定しないんだとラビは喉を潤しながら内心でつっこむ。
「何故って、それ悦ぶのマゾヒストくらいだぞ」
「マゾヒストの相手などしても愉しくない」
「いや、お前の趣向は聞いてないから」
妙な言い合いを始めた二人に肩をすくめたラビはリリヤを見遣る。
呆れ顔でいた彼も視線に気付いて目を寄越した。
「お互い大変だな」
「…ああ」
たまに会話をする二人はけれどそれ程親しくはない。
「委員長、サドには見えないけど」
チラリとロアンに目を遣るラビ。
紳士的だと噂の委員長なのだ。
どうなの?とばかりに小首を傾げて澄んだトパーズの瞳を向けてくる彼に、リリヤはしばし黙り込む。
「…違うとは言いきれない」
ようやく発せられたのはそんな苦しい言葉だ。
「へぇ、意外」
ラビは目を瞬いてからビスケットを口に運ぶ。
配慮や気遣いを必要としなさそうなラビに、リリヤも気になったことを聞いてみることにした。
「…吸血されるというのはどんな感じなんだ?」
ラビはビスケットを噛みながら考えるように斜め上を向く。
「舐められると肌がジンとして、牙が刺さっても痛くないんだ。血を吸われるのは…何も考えられないくらい気持ちいいよ」
その時を思い出したのか艶やかに細められたトパーズにリリヤは目が離せなくなった。
年齢以上に幼い顔つきながら妖艶な雰囲気を纏うそのギャップが、魅力を増している。
「リリヤも経験あるんじゃない?委員長と」
「こーら。何の話してんだお前は」
その時、こちらの妙な空気に気付いたヴァサリエがリリヤの顎を掬い、その瞳に自分だけを映させた。
ラビは深いオクスブラッドにくすりと微笑む。
「気持ちいい話」
「はぁ?」
一方リリヤはつうと細められたアメジストに捉えられ、視線をそらしてしまう。
「何か?」
「…別に」
するとロアンは何を思ったか、リリヤの長めのブロンドの横髪をさらりと耳に掛け、露になった耳許へと唇を寄せた。
「サディストは嫌いじゃないよね」
吹き込まれた声は蜜のように甘い。
リリヤはうっすらと頬を染めながら小さく頷く。
その様子に満足したロアンは、ふわりと笑みを浮かべて見せた。
風紀室の扉の外にて。
中から漂う桃色の空気に、委員の人々はさも中で重要な聴取が行われているかのような雰囲気で立ち往生していたのだった。