孤高のペリドット
エロスな雰囲気になるよう心掛けました。
同じ世界観にて。
幾つかのカップルさんの出会いからお付き合いまでのお話です。
新春
賑やかな鳥の囀ずりとソプラノの声が学舎に響く。
新入生は12才。まだ幼気な少年たちだ。
これからこの鳥籠のような場所で6年間を過ごす事になる。
風紀室。
今年から風紀委員長となったロアンが片眉を上げる。
プラチナの緩く波打つ髪を左サイドだけ耳にかけた、穏やかなアメジストの瞳を持つ青年だ。
「そいつ、エライ別嬪なのに九組なんだと。もうそれで噂は持ちきりさ」
優雅に長い足を組み、投げ槍に話すのは副委員長のヴァサリエである。
社交性がなく、よく風紀室に引きこもっているロアンに、様々な情報をもたらしてくれる。
「…どこかのご子息か?」
「いや、一般人だ。今は様子見って感じだけど、時間の問題だぜ」
その言葉にロアンの眉根が寄った。
魔力の強い者ほど整った外見をしているというのに、その少年は何故一番魔力のない者が属する九組にいるのか。
魔力の高さイコール血筋の良さと言えるため、必然的にクラスは身分に準ずる事になるのだが、稀に一般人ながら魔力の強い者、血筋が良いのに魔力の弱い者もあった。
後者の場合、魔力が弱いのに整った顔立ちをしているケースがほとんどだ。
しかし、件の新入生はそうではないという。
力によって上下関係がはっきりしている学舎だが、大抵、魔力の強い者はできた人間が多いため、それ程問題は起こらない。
けれどこうして"例外"が現れるとそうはいかなくなるだろう。
この閉鎖的な空間で美しい者たちが何事もなく過ごせるのは魔力が強いからなのだ。
ロアンは小さく息を吐いた。
何事もなければいいが、など。言う気すら起きない。
χχχ
取り敢えず巡回を念入りに行う事に決めたロアンは、今日は学舎の周りを囲む豊かな森を巡っていた。
梢の揺れる音を聞きながら足を進めていると、風に乗って微かに人の声が耳に入ってくる。
足音を忍ばせて走った。
近付くにつれ、はっきり聞こえるようになった下品な笑い声や詰り声に眉根を寄せてしまう。
その時、屈んで何かしている生徒二名の後ろ姿が木々の合間に見えた。
瞬時に彼らの動きを止める魔法をかけてその場に躍り出てみれば、後退りしつつ立ち上がろうとしていた少年と目が合う。
時が止まった。
乱れた真ん中分けのブロンドから覗く意思の強そうなペリドットの瞳。水気を帯びて一層鮮やかに見える。
ゾクリと背に走った震え。強く煌めくそれはどんな宝石より綺麗で艶やかだった。
微かに寄せられた眉は色香を放ち、ローズレッドに色付く唇は僅かに開かれたまま。
無理矢理開かれたであろうブラウスから雪のように白い肌が露出していた。
首に嵌められたベルト式の黒いチョーカーが彼の肌の白さや首の細さを強調しているようだ。少年期特有の危うさにどうしても疚しい気持ちが掻き立てられる。
思わず息を呑んで芸術品のように美しくも艶やかな色気を放つ少年を凝視していた。
カサリ
少年が草を踏む音で我に返る。
「無事か」
見た感じ、酷く乱暴された様子はなく安堵する。
少年は戸惑い顔で小さく頷いてから、ロアンの後ろでびくともしない生徒二名に目を遣った。
ロアンもチラリと視線を送ってから口を開く。
「動きを止める魔法をかけているんだ。私は風紀委員のロアン。君は」
「…リリヤ」
やはり、と思いながら頷き、言葉を続ける。
「何故助けを呼ばなかった」
リリヤは声を上げる事すらしていなかった。魔法をかけられていたのかとも思ったが、そんな風でもない。
僅かに睫毛を下ろした彼はそのまま黙りこんでしまう。服を正す事もせず、強く握り締められた拳が震えていた。
懸命に何かを堪えている姿に苛虐心が湧く。
「ここでは力が全てなんだ。君のような子は、乱暴者にとってかっこうの餌食なんだよ」
途端に強い視線に射抜かれる。
凛とした光の宿るペリドットの瞳は気品を漂わせ、どう見ても弱者のものではない。
それなのに近距離にいて尚感じられない魔力に違和感を覚えた。
何者にも屈服しないと主張する高潔な精神を持ちながら無防備な服装で無力ときたら、誰でもちょっかいを出したくなるだろう。挑発しているとしか思えない。何よりやはり、
この目はいけない
ロアンはおもむろに乱れたリリヤのブラウスへ長い指を伸ばした。ビクリと跳ねた肩にふっと笑う。
「これでは誘っているのかと思われるからね」
その言葉に再び強く睨み付けてくるペリドット。
ロアンは微笑を浮かべ、流れる仕草でリリヤの服を正す。
「もう少し自分の見目を自覚しなさい」
悔しそうに唇を引き結んだリリヤは全てから逃げるようにその場を走り去ってしまった。
取り残されたロアンは微動だにしない生徒に目を遣ってから深く溜め息を吐いたのだった。
χχχ
リリヤはいつも世界を拒絶するかのように睫毛を軽く伏せ、ペリドットの瞳に影を落としている。
手の届く場所にある至高の存在。
高潔で凛とした美貌を持ち、危うい色香を漂わせながら魔力の感じられない彼は、中級から下級クラスの者たちのかっこうの標的となってしまう。
本人の知らぬ間に誰が手に入れるか闘争が頻発していた。
誰かのものになれば身の安全は保証されるだろうに、上級クラスの者から礼儀正しく申し入れをされても彼は全て断ってしまうのだ。
人がいない所に行かないように気を付けていたリリヤは、ロアンに助けられて以来、風紀の巡回のお陰もあり何事もなく過ごせていたのだが、それも束の間の事だった。
他人を避ける協調性皆無のリリヤにも気を配ってくれる優しいクラスメイトたち。しかし彼らは所詮九組だ。自分より弱い者のなんと少ないことか。
リリヤが四組の生徒に連れ去られたと報告があったのはついさっき。
彼絡みの風紀の出動はもう何度目か分からない。
思わず一番に駆けつけたロアンが目にしたのは無残にも俯せに床に転がされたリリヤの姿だった。
床に散るブロンドの髪。辛うじて身に纏っている衣類から、白い肌に映える赤や青のアザが覗いている。
荒い息を繰り返すリリヤは何も言わない。
暴行を加えていた生徒を締め上げてから眠らせる魔法をかけたロアンがリリヤの元へ駆け寄る。
抱き起こして細い肩を抱き、素早くアザに回復魔法をかけた。チョーカーを強く引っ張られたのだろうか。滲む血に苦々しい顔になる。それからハンカチーフを取り出して軽く濡らし、ベタつく滑らかな肌を拭う。
しなやかな肢体に湧き上がる情欲、乱暴者への怒り…それらを必死に圧し殺していた。
力なく躰を預けていたリリヤの長めの前髪をさらりと退かし、赤く腫れている頬にも回復魔法をかける。
「他に痛いところは?」
あまり機能を果たさなくなってしまった彼の服を正し、自身の羽織で細い躰を包んだ。
ようやく息が整ったリリヤはペリドットに睫毛の影を落とし、何かを失ったようなどこかボンヤリした顔をしている。
最後までではなかったとしても、躰を暴かれた事へのショックからだと想像したロアンは、悲しみも怒りも現さないリリヤに胸が痛くなった。
彼はどこまでも孤高だ。
その気高さは何者にも汚せやしないのだと確信する。
「リリヤ、君は本来、九組にいるべき存在ではないんだろう」
ぽろりと言葉が出ていた。
リリヤは何の反応も示さない。
ロアンは気高く美しい彼を誰にも弄ばれたくないと、壊れ物を扱うようにそっと腕に閉じ込める。
「…私に護らせてくれないか。君を…リリヤ…」
自分のものになれと幾度となく言われたリリヤだが、このような言葉を聞いたのは初めてだった。
自分のためだけでなく、リリヤを慮るような言い方に睫毛が震える。
一人では穏やかに過ごせないと身に染みて理解したリリヤは、蒼白い目蓋を下ろすと力なく頷いたのだった。