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8)“巨人殺し(イッスンボウシ)”

 町の北側、城壁に近い我が家から五百メートルと離れていない場所にこんもりとした裏山がある。町が今の場所に出来る前から、この裏山とダンジョンはあったという記録が残っている。一説には、大昔にこのあたりを治めた巨人族かオリュンポス神族末裔の居城か墳墓であると言う。

 出入り口には封がしてあったので、子供の頃に探検して見つけた秘密の出入り口から中に入る。カビくさい臭いが鼻をついた。

「ここに来るのも久しぶりだね、お兄ちゃん」

「最近は、練習用のダンジョンとしても使ってないからな」

 荷物の中から光石を取りだして掲げる。光量は小さいが、歩き馴れたダンジョンの中ならば問題はない。それに目立たないことは今回の場合、重要だった。

「あら、どうしてですの? 何か強いモンスターが住み着いたとか、そういうことかしら?」

 ゴル姉の言葉に、ふと十年前のケルベロス騒動を思い出す。あのころの俺たちには、ケルベロスですら、強いモンスターだった。全員が石化の呪いにかかってなかったとしても、餓えたケルベロスに襲われれば死を覚悟するほどの。

「ボクが聞いたのは、老朽化が原因みたい。下の方の通路や部屋が崩れてて、危ないからって」

「……大丈夫ですの? さすがに中で生き埋めになってはどうしようもありませんわよ?」

 ゴル姉が眉をひそめて天井や壁を見回す。潜っているダンジョンが埋まる、というのはどれだけ経験を積んだ冒険者であっても致命的な結果へつながる。俺たちも例外ではない。

 生き埋めを回避できる禁忌呪術のひとつに、空間転移がある。だが、もちろんゴル姉もモノも使えない。ティオが持つ勇者としての超高速移動は、魔力によって自らの時間を引き延ばし肉体反応を加速させるもので、埋まった後では意味がない。

「崩れてるのは最深部だ。上層なら、一箇所や二箇所が埋まっても、脱出口はいくつかあるからな」

「それは知っていますけど……子供の頃に通れた割れ目が、今も通るかどうか……ちょっと心配ですわ」

「あー……ゴル姉はね」

 ちらり、とゴル姉に目を向ける。やたら数が多いオリュンポス神族の中でも、ゴル姉は特に多産な地母神の血筋をひく。ゴル姉自身も安産型の体型をしており、本人としてはもうちょっとお尻を小さくしたいらしい。それほど気にすることでもないだろうに。

「ルー、あまりじろじろ見ないでくださいましな」

「そうよ、ルー。女の子はデリケートなんだから。そんなエッチな目をしたらダメって言ってるでしょ」

 ゴル姉が恥じらう隣で、腰に手を当ててうんうんとうなずく小柄な女性。

 いつものエプロンに、いつものフライパン。ダンジョンの中では場違いすぎる日常の格好。

「か、か、か……」

「やっほー。ルー、ティオ、それにゴルちゃんも」

「母さん! どうしてここに?」

「おばさま!」

「すごいやお母さん。ボク、全然気が付かなかったよ」

「ふふーん。母さんを甘くみてはいけないのよ」

 母さんは、びしっとフライパンを掲げて不可思議な“お母さんのポーズ”を取る。

「モノちゃんがどこかに逃げちゃった、と聞いて母さん、びびっと来たの。四人とも、ちっちゃい頃から何かあるとここに隠れてたものね」

「おばさまに先に見つかってしまうとは不覚だった……」

 おそるおそる、という様子でモノか母さんの後ろから現れる。

「モノ、無事だったか!」

 俺はモノに駆け寄った。身体をすっぽりと覆う不燃繊維で織った厚手の外套は“箒”に乗るためだ。ところどころ焦げているが、怪我はないようだ。俺はぎこちなく微笑む幼なじみを、しっかりと抱きしめる。

「良かった」

「ん」

「あまり心配をかけないでくださいましな」

「ごめん」

「そうだよ。夜中に“箒”を飛ばすなんてモノ姉、無茶しすぎ」

「申し訳ない」

 俺たちの様子を見て、うんうん、とうなずいていた母さんは、少し背伸びをするとぽんぽん、とモノの頭を撫でた。

「四人だけでお話したいなら、母さん席をはずすけど、良かったら何があったか教えてくれない?」

 母さんの言葉に、モノが俺の様子をうかがう。

「うーん。もうここまで来たら母さんにも聞いてもらった方がいいな」

 俺が言うとモノがうなずき、母さんが満面に笑みを浮かべる。

「そうこなくっちゃ! あ、ふたりにもお弁当持ってきたのよ。一緒に食べましょ」

 母さんが持ってきたお弁当は、俺とティオが家を出る時に持ってきたものと同じ、ほぐした魚肉を詰めた米の飯。これを母さんの一族がかつて住んでいた東の言葉では「オニギリ」と呼ぶ。炊いた米の飯は日持ちしないが、すぐに作ることができるので、急いで出かける時などに母さんがお弁当として作ってくれる。

「久しぶりですわね、おばさまのオニギリを食べるのも」

「でも、お父さんはあまり好きじゃないんだよね」

「親父は米を炊く時の匂いがダメだからな」

「私は好き。少し硫黄っぽいけど、いい匂いだと思う」

「母さんは逆に、お父さんの故郷のチーズの匂いがダメなのよ」

 全員がダンジョンの床の上で輪になって、もぎゅもぎゅとオニギリを口に運ぶ。十年前、このダンジョンを探検していた頃を思い出す。あの頃もこうやってオニギリを食べていた。

「さて、お腹も膨れたし。モノの話を聞こうか。と、その前に」

 ごちそうさま、と手を合わせる。これも母さんの一族に伝わる古い風習だ。食材となった命と、その命をはぐくんでくれた自然と、収穫した人、運んでくれた人、作ってくれた人、そしてそれを食べることのできる自分への感謝を示す仕草である。

 一緒に手を合わせるのは、母さんとティオだけ。オニギリは皆好きでも、こうした自然崇拝的な宗教感の残る仕草は、オリュンポス神族とつながりの深いゴル姉やモノにはよく分からないらしい。

 モノは、ごそごそと外套の下から羊皮紙を取り出して広げた。びっしりと小さな文字が刻まれている。

「書いてある文字は、南部の……ヘラスの言葉ですわね。どうやら名前が書いてあるようですが」

「そう。このあたりに住むサイクロプス族の家長の名前。三百もの家長の連名で、彼らはバラスに来た帝国巡回裁判所に訴訟を持ち込もうとしている」

「そういえば、巡回裁判所が来てたな。内容は?」

「私の父と兄の殺害犯として、帝国選帝侯がひとり、ラマンド侯の罪を問う」

「え?」

 素っ頓狂な声を出したのは、ティオだった。

「去年亡くなったモノ姉のお父さんやお兄さんって、病気や事故で死んだんだよね?」

 モノはこくり、とうなずいた。

「そういうことにしている」

「しているって……本当は違うの?」

「本当のことが分からないから、そういうことにしてきた。サイクロプス族の族長であった父が病死し、その父を継いだばかりの兄がすぐに事故死した。どちらの死も不審ではあったが、証拠はなかった」

「モノちゃん家のご不幸に関してはね、お父さんやバラスの警備隊長さんも調べたのよ。でも証拠も、もちろん犯人も見つからなかったわ」

 母さんの言葉に、モノがうなずく。

「怪しい、というだけで誰かを犯人にすることはできない。母と、新しく長になった叔父が一族を説得して話を収めた。けれど……」

「不満が、残ってたんだな」

「そう。理屈では、父や兄の死を誰かの責任にはできない。それは分かっていても気持が収まらなかった。そこに、付け込まれた」

「それで巡回裁判所に持ち込んだ。けれど相手は選帝侯。帝国貴族の中でも大物中の大物だ。証拠はあるのか?」

「私に接触してきた男は、ある、と言っていた。選帝侯の公文書用の紙に、父と兄の暗殺を命じるラマンド侯直筆の文書が手に入った、と」

「そんなことありえませんわ! たとえラマンド侯爵が犯人だとしても、そのような文書に残る形で暗殺を命じるはずがありません。ましてや、自分の直筆でなど」

「私もそう思った。だから、父を死に追い込んだ原因が分からぬままでは訴訟に協力できぬ、と言った」

 モノはうつむいて唇を噛んだ。膝の上の握った拳が、小さく震えている。母さんがそっとモノの拳を掌で包んだ。

 しばらくの沈黙の後、うつむいたままモノは言葉を続けた。

「私は気付くべきだった。すでに叔父や母を説得している以上、男と、男の背後にいる組織は十分な証拠を集めているのだ、と。男はすぐにラマンド侯が人間族至上主義の純血騎士団幹部であることや、南方で人間族に融和的なサイクロプス族の内紛を期待していることを並べ立てた。そしてやたらもったいぶりながら、コレを私に見せた」

 モノは腰に下げていた袋から小さな黒い箱を取り出し、俺に手渡した。

「開ける時は気をつけて。それと私には見せないで」

 モノが目を閉じ、顔をそむける。

「ん……これは、針か?」

 箱を開けると、内張のビロードの上に乗っていたのは、青黒い針だった。ゴル姉が鼻にしわをよせた。

「見ただけでオーラが立ち上ってきそうなほどの、強い呪いがかかってますわ。なんですの、これ?」

「“巨人殺し(イッスンボウシ)”と呼ばれる伝説の呪いの武器。私だと、見るだけで吐き気がする。刺せば、どれだけ頑健な巨人族でも昏倒して数日以内に死ぬ」

「前に先生のところの古文書の目録で名前だけは見たことはある。実在していたのか」

 俺は箱を閉じ、モノに返した。

「父を殺した明らかな証拠品。これがある限り、一族は血の報復を叫び続ける。けれど相手は帝国の選帝侯。訴え出るだけでも、騒動になる。さらに有罪にせよ無罪にせよ、ラマンド侯が報復として軍を起こせば、ことはサイクロプス一族だけの問題では済まなくなる。バラスの自治権や、南部地域での人間とそれ以外の一族の共存すら危うい。それが分かったから私は――」

 モノは顔を上げ、挑むように胸を張った。ぎゅっと握った拳はかわいそうなくらい震えているのに。

「男を殺し、これを奪って逃げた」

 モノが口を閉じると沈黙が下りた。

 母さんを含む全員が、俺を見ている。なんだか分不相応な決断を迫られている気がする。

 俺が想像していたのより、状況はややこしいものだった。俺はてっきり、モノの親父さんや兄さんを殺した相手への報復をモノの一族が訴えて爆発した、くらいのことだと考えていた。それなら犯人が分からないのだから、収束はたやすい。

 ところがどうだ。犯人として選帝候という大物が持ち出されるてきた。本当かどうかは、分からない。どうもでっち上げっぽいが、本当そうでもある。

 いやいや。待て待て。

 俺はとりとめもなく拡散していく思考に手綱をつけた。考えるべきことは、南部地域での乱がどうこうではない。そういう大きなレベルの問題は、親父たちに任せれば良い。俺がまず為すべきことは、ただひとつ。

「よくやった、モノ」

 俺はモノの手を握り、彼女を褒めた。え? という表情を浮かべる単眼の幼なじみ。そのモノの頭を、母さんがぎゅっと抱きしめる。

「そうよ。怖かったでしょう。もう大丈夫だからね」

「でも……私は人を……」

「男を殺したのは、最善の判断だった」

 俺は断言した。もちろん嘘である。ひょっとしたらモノの壮大な勘違いで、男はただの善人であったかもしれない。その場合の後悔や償いは、後ですれば良い。

 じわり。モノの大きな瞳に、涙があふれた。

「う……うう……うわあああああっ」

 モノが母さんにすがりつくようにして泣きはじめる。逃げ出してからずっと、強いストレスと、後悔にさらされていたのだろう。子供のように泣きじゃくる。

「ゴル姉、悪いけどお湯を沸かしてくれないか? 薬湯があれば、それも」

「いいですわ。みんな落ち着いて考える時間が必要ですわね」

「ティオ、周辺の警戒を頼む。誰かがモノを探しにここに来るかもしれない」

「うん。見つけたらすぐに戻って報告、だよね?」

「分かってるじゃないか」

 さらさらの髪の毛を撫でると、ティオはくすぐったそうに笑う。

「えへへ。じゃ、行ってくるね」

 ふたりに仕事を頼んだ後、俺は状況の整理とこれからの行動について考えた。

 まず、現在の状況には不透明なことが多すぎる。男の正体は? その背後には誰が? 彼らの目的は何か?

 分からないことだらけだ。つまり、どうやっても現状で問題の解決は不可能である。

 では、出来ることから考えてみよう。モノを連れてここから逃げる。可能だ。追っ手はあるのか? 不明だが、あると考えよう。“巨人殺し”はどうする? 破壊して隠蔽するのも良い。しかし、最悪の場合の取引材料としても使える。今のところは保留だ。

 結局、出発前にティオやゴル姉に言ったことと基本的に変化はない。仲間であるモノを守る。そのためには“巨人殺し”という証拠を持ち込んできた男とその背後について調べた方がいい、というだけだ。

 タイミング良くゴル姉が薬湯を作ったので、俺は母さんに声をかけた。

「母さん、ちょっと話がある。いいかな?」

「うん」

 それまでモノを慰めていた母さんを、ダンジョンの隣の部屋へと連れ出し、先ほどまとめた内容を説明する。

「ということは、しばらく家には戻れないってことよね」

「ああ。だから母さんには町に残って連絡役をして欲しい。この先、何をするにしても、町の中での情報が欲しいんだ」

「お父さんには?」

「黙っていてくれ。親父は勇者っていう立場があるから。モノが殺人犯で逃亡中なのに、その情報を隠しているわけにはいかないだろ?」

「むー。それだと、母さんがお父さんとあなた達の間で板挟みじゃないの。ぷんぷん」

「ごめん。でも、こういうことになると母さん以外に頼れる人がいないんだ」

「んー。それもそうよね。これって、犯罪の幇助だから。共犯になれってことだものね。いくら仲が良くても友達には頼めないわよねー」

「う……そう言われるとつらい」

 現時点では、どう言い逃れしてもモノは情状酌量の余地がないタイプの殺人犯だ。“巨人殺し”を持ち込んだ男の裏にどれだけ陰謀が隠されていたとしても、それはモノの推測、妄想でしかない。

 それでも、友人のうちの何人かは侠気を見せて引き受けてくれるだろうが、そこまで甘える気にはなれない。なら、母さんはいいのかと言うと……

「バレたら母さん、捕まって拷問されちゃうかもよ?」

「うぐ」

「ルーはどこにいる、言え、言えってムチで、ばしばしぶたれたり」

「うぐぐぐ」

「お父さんも、勇者としてのお役目があるから、母さん離縁されちゃったり」

「俺が責任取るからっ!」

 言った後で、何を口走っているのだ俺は、という後悔が押し寄せた。

 母さんはけらけらと笑っている。

「そうかー。ルーが責任取ってくれるなら、やってあげてもいいかなー。うふふふふ」

「ごめん、ちょっと俺もてんぱってる。何しろ、昨日の今日でこんなことになるとは思わなかったから」

「いいのよ。それが当たり前」

 母さんは笑うのをやめて、俺に抱きついた。十年前、このダンジョンで助けられた時、俺は母さんの胸に抱きしめられた。今は母さんが俺の胸に顔をうずめている。

「でも今のルーはパーティーのリーダー。あなたの判断ミスが、仲間の命を奪うことになるわ。だから、あなたは柔軟でなくてはいけない。冷静でなくてはいけない」

「できるだろうか?」

「できるわ。あなたは母さんの自慢の息子だもの。でも、そうね……出来なかったら、その時は」

 母さんが俺を抱きしめる腕の力が強くなった。

「母さんが責任取ってあげるわ」

 これだから、男の子というのは母親に勝てないのだ。

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