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2)奉仕活動という名の労役

 モノが姿を消したのは、それから一週間してからだった。

 その一週間を、俺たちは、いわゆる『神殿への奉仕活動』という名目の罰を受けて過ごした。司祭長はさすが年季の入ったハゲで、騒動の主犯である俺たち四人には、連帯責任としてもっとも重い仕事を押しつけてきた。

「オルスコット村? どこですそれは?」

「ここだ。ほら」

 司祭長は自分の執務室に俺を連行すると、書類が積み上がった机の上に地図を広げて、何も印のない山間の一角を指さした。

「何もありませんが」

「開拓村のひとつだからな。四年前に開かれたばかりだ」

「命知らずにも程がありますよ」

 俺は地図に付箋で貼られた数字を指で追った。それぞれの観測点での、次元境界反応。

「これだと、周辺地域にかなり強力なモンスターが彷徨い出てるはずです」

「うむ。それゆえに防護結界は不断のメンテナンスを必要とする。そいつを君たちのパーティーに頼む」

「見て回るだけですか」

「それだと奉仕活動としてはちょっと不足だな。ちゃんと結界の弱い場所は修復しておくように」

 俺はげんなりした。人里や街道にかけてある防護結界は、だいたいどこも一緒の作りになっている。岩か金属で作られた道祖神が置かれ、その周囲は神官によって清められ、道祖神の中に設置された錬金術の秘薬によって次元境界を押し戻している。

 神官役は、ゴル姉の仕事だ。

 錬金術は、モノの得意分野。

 野良モンスターと遭遇した時の対処は、ティオだ。

 となると、俺の仕事は。えっちらおっちらと山道を、道祖神を抱えていくということになる。

「馬車は貸してもらえませんか?」

「甘えてはいけない……と言いたいところだが、神にも慈悲はある。荷車は貸してあげよう。君が引いて行きたまえ」

「とほほほ」

 俺がよほど情けなさそうな顔になっていたのだろう。司祭長は豪快にガハハハと笑うと、俺の背中を強く叩いた。

 むせる俺に、司祭長は真面目な顔を近づけてきた。アップ怖い。

「ルーよ。言わずもがなだが、ひとつ注意しておこうか。モノちゃんには十分注意しておくように」

「……」

 俺が何も言わないでいると、司祭長は眉を寄せて苦笑した。

「そう怖い顔をするな、ルー。この老いぼれの心臓が止まったらどうする」

 ないない。俺よりも耐久年数が長い心臓を持ってるくせに。

 司祭長はもう一度俺の背中を叩いた。

「明日の出発はあまり早くするなよ?」

「見せ物になれってことですか」

「それも神への奉仕活動のうちだ」

 このおっさん、奉仕活動と名前がつけば何やっても許されると考えてないだろうな。


 翌日。ずっしりと重い石造りの道祖神をどっさりと乗せた荷台を引き、ゴル姉にモノ、そしてティオというきれいどころを連れて町の通りを進む。

「なんだ、ルー。そのへっぴり腰は」

「モンスターに食われるなよー。ルー以外は」

「早く帰って来いよー。ルー以外は」

 町の人のからかい混じりの声援を受けながら町を抜け、山道を登ること二日。

 肉体よりも先に、心の限界が来た。

「お兄ちゃん、大丈夫……じゃないよね?」

 小休止が終わっても立ち上がれないでいる俺を心配そうにのぞきこんでティオが顔面で掌をひらひらさせる。細くて長い指に、薄い掌。剣を握り始めて一年足らずの子ですら、豆ができて潰れてを繰り返し、ゴツゴツした手になるだろう。ましてや、ティオは十年以上、自分の背丈ほどもある両手剣を振り回しているのだ。

「やっぱり、ボクが替わってあげようか? ボクなら魔力で肉体を強化できるし」

 ティオの掌に豆ひとつ存在しないのは、こいつの肉体は少しの負荷、擦り傷すら魔力で強化・防護してしまうからだ。

「ありがとう、ティオ。でも、今のお前の魔力放出じゃ一刻も引けやしないよ」

「で、でも。少し抑えれば……」

「やめておきなさい、ティオ。あなたの今の制御能力では、魔力の放出を抑えても、無駄に魔力を消費してしまうだけでしてよ」

「ゴル姉の言う通り。今のティオは、魔力の蛇口が開くか閉じるかのオンオフしかない。使用する量を抑えても、魔力は垂れ流されている」

「うう……ごめんね」

 ぺたん、と俺の横に座ったティオがしょんぼりとうつむく。俺はよっこいせと上体を起こし、ティオの髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。

「気にするな、ティオ。いつも親父と母さんが言ってるだろ? パーティーは役割分担。役割の大きい小さいを卑下するなって。お前の役割は、いざという時に皆を連れて逃げることだ」

「うー」

 少し不満そうなティオ。やはり見習いと言っても、そこは勇者。戦うためではなく、逃げるための切り札として自分がいる、というのは素直にうなずけないのだろう。

「でも、これは必要なことなのでしてよ、ティオ。勇者見習いのあなたもそうですが、私も、モノも、むろんルーも、冒険者としてはまだまだ未熟。自分たちの手に負えないものに出くわす危険は常にありますわ」

「そう。負けて逃げてもいいから、生きて帰る。私たちがどうしようもない脅威であればなおのこと、その情報は町の人に伝えなくてはいけない。情報がなくては、脅威に備えることもできない」

 ティオを諭すモノの言葉に苦いものを感じ、俺とゴル姉はティオとモノを間に挟んで視線を交わす。

 ――やっぱりまだ、モノは引きずってるみたいですわね。でも、こればっかりはどうしようもありませんわよ。

 ゴル姉の表情と視線から、そうした思いを読み取る。

 時間だけが、モノの心を癒す。とはいえ、漫然と時間を過ごせば良いというものでもないだろう。正直、俺は神官長のこの計らいに感謝をしていた。

「どれ、それじゃあ、そろそろ……ぐああっ!」

 立ち上がろうとしたところで、びきん、と右の太ももに鋭い痛みが走り俺はまた仰向けにのけぞり倒れた。

「お兄ちゃん?!」

「ルー、大丈夫?」

 モノとティオが俺の顔をのぞきこむ。ゴル姉がやれやれと肩をすくめた。

「私の魔法とモノの薬で誤魔化してきましたけど、どうやら限界のようですね。今日はここに天幕を張りましょう」

「ゴル姉、お兄ちゃんはどこが悪いの?」

「肉体はどこも悪くありませんわ。毛細血管の一本、筋繊維の一束にいたるまで、きちんとつなげてあります」

「化学的にも問題はない。乳酸などの疲労物質の蓄積は閾値以下に抑えてある」

「じゃあどうして、俺の足は動かないんだ」

「脳、ですわ」

 つん、とゴル姉が俺の額をつついた。

「お兄ちゃんの頭が悪いってこと?」

 ぐさり。ティオが無邪気にひどいことを言う。

「頭というか、心が限界に来たのですわ。ここまでの旅路で治癒魔法と錬金術がなければ、生涯、足が使いものにならなくなるほど筋肉を酷使したのですもの。痛みの信号が頭の中で飽和状態。実際には傷ひとつなくても、心の方がそれを信じられなくなっているのです」

「へー」

 ティオは感心するだけだが、俺の方は心配もある。

「どうすりゃ歩けるようになるんだ?」

「心の緊張をほぐすことですわ。もちろん、それ用の魔法や薬もありますけど、多用すれば中毒になりますから、最後の手段にとっておきましょう」

「どのくらいかかるんだ?」

「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫ですわ。明日には回復していますわ」

「そうか」

「だから、それまでは私たちが交代で世話をしてあげますわね」

 ぎらり。ゴル姉がそう言うや、モノとティオの瞳が光った。

「はい! ボクお兄ちゃんにご飯食べさせる係!」

「上半身は動くよ! ひとりで食べられるって!」

「なら私は、一緒にお風呂に入ってルーの身体を洗う係」

「こんな所に風呂はないし、身体拭くだけなら自分でできるよ!」

「じゃあ私は、ルーの足をマッサージしてあげる係ね」

「う……」

 それはして欲しい。歩けるようになるためにも。

「ゴル姉ずるいっ! ボクもボクも!」

「それは時間を決めて公平に分担すべき」

 必要ないという俺の意見は三対一の多数決で押し切られた。俺にできることは、パンツをはく権利と、パンツの裾から上には触れないというルールを制定することだけであった。

 最初はティオ。

「んしょ、んしょ、んしょ。お兄ちゃんの、太くて堅いねー。あ、ここ、毛が生えてる!」

「こら、つまむな! 抜こうとするな!」

「いいなー。ボク、全然生えてないから、ほら」

 ティオの細くて白い素足が、俺の足の上に載る。すべすべの肌が、柔らかな弾力で俺の足にこすりつけられる。くすぐったさと気持ち良さが入り交じった感触。

 すりすり。すりすり。ティオが足を絡めるようにしてこすり合わせてくる。

「ん、ん、ん……どう、お兄ちゃん?」

「いや、どうって……おま……何やってんだ……うおっ」

 思わずヘンな声が漏れる。

「何って、魔力でのマッサージだけど、ダメかな? 痛い?」

「あ? そういえば、だいぶ足が楽になった感じがあるな」

 ティオの生足は、よく見れば白い燐光を放っていた。勇者ならではの魔力による肉体強化だ。

「さっきは手に魔力を集めてやってみたんだけど、あまり良くなかったみたいだから、足でやってみたの。こっちの方がいいみたいだね」

 ティオは俺の胸に自分の額を押しつけるようにしてのしかかり、俺の足に自分の足をからめたり、こすりつけたりした。

「ん……ふふ。お兄ちゃんとボク、やっぱり兄弟なんだね。放出したボクの魔力がお兄ちゃんに吸収されてるのが分かるよ」

「お、おう……おおう」

 天真爛漫に足をこすりつけてくるティオ。計算がないだけにタチが悪い。

「はーい、時間ですわよ」

「ちぇー」

 二番手はゴル姉だった。

「ティオは足を使ってきましたか……じゃあ、私は胸で」

「待て待て、その理屈はおかしいぞゴル姉」

「冗談です。神言宗の侍祭として治療でふざけたことはしないわ」

「じゃあ、その瓶は?」

「マッサージ用のオイルに決まってましてよ」

 指ですくうとぬらりと糸を引く、蜂蜜のように濃厚なオイルを掌にすくい、ゴル姉は婉然と微笑んだ。

 意外なことに、ゴル姉のマッサージは良く効いた。オイルを塗って揉まれた足は、真っ赤に火照って熱いほどだが、不快ではない。試しに立って屈伸してみたが、痛みもなかった。

「ふほひひゃはひは、ほるへえ(すごいじゃないか、ゴル姉)」

「ほおひらひまひれ(どういたしまして)」

 汗と混じると、臭いがとんでもないことになる、というのをのぞけば。カメムシの臭いをきつくしたもの、と言えば想像はつくだろうか。目に入ったら涙がこぼれ落ちるほどだ。

 匂いが消えるまで誰も近づけず――俺は鼻に詰め物をして耐えた――ようやく我慢できるようになったのは、夜になってからだった。

「従来のオイルに独自のアレンジを加えたのがまずかったようですわね。次の昇梯試験に提出して功徳ポイントを稼ぐ計画だったのですが」

「ああ……それで」

 ゴル姉以外は全員が納得の展開である。

「最後は私の番」

 ずい、とモノが前に出る。

「さすがに夜も遅いから、今日はもう寝て、明日にしないか?」

 今日の分を取り戻すためにも、明日は夜明けと共に進みたい。

 だが、モノは首をぷるぷると振った。

「大丈夫。これは眠る時に焚くお香だから。ルーの枕元においておけば」

 モノの手には小さな陶製の香炉がある。

「そりゃいいや。じゃあ今日はもう休むか」

「外に警戒線、張っておいたよー」

「防護円も、セット完了ですわ」

 道々確認した街道沿いの結界は補修が必要ないほどだったが、用心に越したことはない。魔物でなくとも、野生の狼や熊が出没することは常にあるのだから。

「それじゃ……おっと、モノ。この香りって眠りが深くなったりしないか?」

 いくら周囲に警戒線を張っておいても、それが切れた時の警報で目覚めなければ意味がない。

「大丈夫。でも、安全のため香の量を半分にしておく」

「よし。じゃ、それで頼むよ」

 そして真夜中。

 物音と気配に、俺は目覚めた。危険は感じないので起きあがらずに耳をすます。

 かちゃ。かちゃり。寝ている俺の頭の上。香炉をいじる音。

「モノ」

 小さく囁く。暗闇の中から返事が聞こえる。

「ルーは寝てていい。香を交換してる。すぐ終わる」

「そっか。ありがとう」

「……ルー?」

「ん」

「いつもありがとう。感謝してる」

「こっちこそ。モノが俺のそばにいてくれて、うれしい」

 皆の手当のおかげか、翌日からは俺の足がおかしくなることはなかった。開拓村の周辺で古い道祖神を置き換えて結界の強化をする仕事も、特に危険なことはなかった。

 けれども、この一週間の旅の間に。

 事態は俺たちの知らないところで急速に悪化しつつあった。


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