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Act.02「Magic Users」#4


「お金を貸してください!」


 一体なにごとか。

 小さな体躯を折り曲げて何事かを頼んでいる。

 誰に、俺にだ。


「まずは詳しく話を聞かせてくれ」


 要約しよう。

 話があまりにも長く、要領を得なかったのでざっくりと聞いてこちらで纏めて聞き質した。

 つまり、彼女は失った武器の代わりに魔法使いに鞍替えをしようと思ったそうだ。

 弓を買い戻しても扱えなさそうだし、近接して戦うのは怖いという。

 なるほど、理解できる。

 そこで、魔法の伝授費用と最低限の装備である杖を買いたいのだがお金が足りないと。

 確かに、攻撃用の初級魔法はだいたい360G必要だし、杖もピンキリだが決して安くない。

 回復魔法を視野にいれると、初級二つで720Gに杖の価格を上乗せすることになる。

 彼女は最低限と言っているので360+杖Gと考えているようだが、ソロで活躍するにもパーティで活躍するにも回復魔法が習得できるなら覚えておいた方がいい。

 特に、後衛に徹するなら回復魔法は必須だろう。

 ギルドで支給される初期資金は500G、自分は討伐ボーナスで大目に貰っていたのでまだ441Gの余裕があるが、彼女は魔法ひとつ覚えれば杖も満足に買えないかもしれない。

 下手をすれば詰んでしまうし、だったらいっそ最初からとか思う人もいるだろうが、そこはやっぱりゲーマーならばできる限りのことをやり遂げたいだろう。

 元々、初期資金がもらえない可能性も視野に入れていたので、彼女が武器を得るまでは付き合うのは問題ないのだ。

 彼女の方からこうしてお願いしてきたのだ、MMOでは他人にものを強請る人がいて、その行為を受け入れる人も、嫌う人がいるのも彼女は理解しているだろう。

 どちらかと言えば、嫌われることを意識していたはずだ。

 他人に嫌われるかもしれないことを決意するのは難しいはずだ、俺はその勇気にも応えてあげたいと思うのだ。

 だって、ゲームだしな。

 一緒に楽しんだ方が楽しいに決まっている。


「あぁ、構わない。 もう杖は選んでるの?」


 俺の返事に顔を綻ばせると、彼女は短い棒をおずおずと差し出してきた。

 それは、丁度『指揮棒』ぐらいの長さだ。

 ナンシーに聞いてみる。


「短杖の一種、タクトですね。 杖として小さいので取り回しが容易く、スペースを取らない、重さを感じないので非常用や、護身用、剣と魔法の両刀を使うスタイルの方などに人気ですね」


 なるほど。

 俺の持っているある程度の太さと長さ、重みがある長杖よりも格段に小さいことで、同じ魔法を扱う武器としても方向性が違うということか。

 これでゴブリンや角兎を殴るのは難しそうだが、魔法に限れば十分なのだろう。


「値段は?」


「そちらのモデルですと315Gですね」


 む、結構高いな。


「短杖で魔法出力を維持したモデルなので割高ですね。

 もし、予算がお決まりでしたら丁度良いのを見繕いましょうか」


「あぁ、頼りにしてるよ」


「ふふ、任せてください」


 相変わらず声音は落ち着いているが、少し弾んだ声は嬉しそうに聞こえた。

 二階に上がっていく小さな背中を、俺も追いかけようとすると誰かにローブの裾を引っ張られ引き留められた。

 フェルチだ。


「……その杖じゃ、ダメですか?」


 どうやらこの杖が気に入っていたようだ。

 ぷーっと片頬が膨れた顔は、年相応の子供の様だった。

 もし、これがおっさんがやっているとすれば、その様子はさぞかし面白いに違いない。


「別に構わないけど、魔法を覚えるなら攻撃と回復の両方を覚えた方がいい。

 どれか一つしかできないというよりは、臨機応変に対応できることの方が重要だ。

 回復役はパーティでは必須だし、ソロでも回復魔法があれば安定感がある」


 俺のアドバイスを聞いて、彼女は裾をそっと離す。


「ごめんな、俺も魔法を三つ伝授してもらったからあまりお金がないんだ。

 だから、今は準備を整えるに留めておいて、お金を溜めて改めて自分で買うといいと思う。

 もしかしたら、魔法はやっぱり性に合わないってこともあると思うし」


 俺の説得に思う所があったのか、彼女は不承不承といった体ではあるが頷いてくれた。

 彼女と一緒に二階に上がると、待っていたナンシーが手招きをした。


「こちらが、指揮棒タクトのコーナーですね。

 先ほどのはこちらのモデル、当店でも系統の中では上位のモデルです。

 次のランクになると一気に値段が跳ね上がりますね。

 さて、オススメとなると……汎用と特化で分かれてきますね。

 汎用はどの系統でも一律同じで高いパフォーマンス、お値段が割高な感じですね。

 特化は系統一本に絞って適性を伸ばしているので、指揮棒タクトながら長杖にも劣らない性能を発揮してくれますが、その分、特化していない系統は威力が目減りしますね」


 なるほど、そういう方向性もあるのか。


「ちなみに、長杖にも汎用と特化があるのか?」


「そうですね、長杖の場合は汎用がオーソドックスでリーズナブル、特化がスペック強化の専用モデルといった感じで、特化以外も汎用と大差ない感じですね。

 指揮棒タクトが目的に合わせて機能を絞ったタイプの杖という感じです」


「なるほど」


 ナンシーのアドバイスを参考に、フェルチの杖を選んでみる。

 汎用性のあるものがいいかと思っていたが、フェルチから「風魔法を覚える」という話を聞いて風特化の一本を選んでみる。

 持ち手の部分に緑色の石をあしらった意匠の一本だ。

 お値段も150Gと初級魔法二つと合わせても俺たちの手持ちで何とか予算に収まる感じだ。

 早速その一本を購入し、続いて魔法伝授の代金を支払う。


 冒険者間のGのやり取りは簡単で、互いのカードを触れ合わせるとトレードウィンドウが表示され、そのウィンドウ内に必要な項目を記入して提示する。

 双方が合意したらトレードが実行される。

 カードの容量に収められたアイテムもこの方法でトレードできるらしいので、持ち運ぶには不便なものや、貴重品を入れておいてやり取りをする、という使い方が便利だろう。

 ちなみに、既にオブジェクト化――実体として存在するものは手渡しでやり取りができる。

 これは、裏を返せば他人の所有物を好きに扱うことができるということなのだが、例えば戦闘中に回復アイテムを受け渡すのに毎回トレードを行うというのは現実的じゃない。

 物はそこにあるのだから、すぐに利用できる方がプレイヤーにとっても都合がいい。

 そういう観点から見れば至極もっともなシステムだが、盗難などプレイヤー間でのトラブルの原因になるのも事実だ。

 この辺は賛否両論があるシステムだな。

 日本ではどちらかと言えば否定派の声がやや大きいかもしれない。

 個人的には、VRMMOなのでアリでいいと思うんだけどね。

 それを活かしたことで窮地を突破したシチュエーションとかもあるので、そういう時は非常にテンションが高まって楽しい。

 盗難についても、『Armageddon Online』では貴重品はカードに格納できるので安全な方だろう。

 一つの遊び方として「そういうロールプレイ」もあるだろう……まぁ、可能性として火事場泥棒もありえそうなので、その辺もクローズドβテスト期間に遭遇するか意識しておくか。


 そんなことを考えながら、トレードウィンドウに金額を入力して条件を承認する。

 残金は71Gと割と少なくなってきた。

 雑貨屋や防具や、宿屋、酒場といった場所で市場価格のリサーチをしていないので、この手持ちの金額が冒険者の所持金としてどれほど頼れるのか分からないな。

 いっそ、ここで必要そうなものを整えられるだけ整えてしまうと割り切った方がいいかもしれない。


 一階に戻った俺は二人が地下へ行くのを見送って、そのままマジックアイテムを物色する。

 さっきも一通り見たが、今回は残金が確定したので購入する前提で眺めてみる。

 やはり重要なのは回復系のポーションだろう。


≪下級HPポーション≫

 体力を瞬時に回復し、活力を取り戻させる。

 もっともランクが低いが、初心者の大きな支えになる。

 価格:50G


≪下級活力ポーション≫

 活力を一定時間活性化させ、体力を徐々に回復する。

 もっともランクが低いが、初心者の大きな支えになる。

 価格:15G


 似たような表記で価格の違う二つのアイテム。

 おそらく、前者が瞬間的に回復するタイプで、後者は時間経過で回復するタイプだ。

 HPが大きく減ったタイミングでは活力ポーションを飲んでも耐えきれない、しかしHPポーションならば即座に余裕が生まれる、といったところか。

 逆に、多少のダメージならば活力の方が安上がりになる。

 効果のほどは分からないが、イメージとしてはそんなところだろう。

 MPが切れた時、詠唱が難しい時用に幾つか持っておきたいアイテムだ。

 大きさは掌の中に納まるぐらいの小瓶なので、薬液でお腹がたぽたぽになる心配もなさそうだ。

 かつて、プレイヤーの満腹度がポーションの飲める制限だったVRMMOがあった。

 自分はプレイしたことがないが、あれは恐ろしいゲームだったと聞いている。

 現実に戻った時に食事をしたくないくらいにポーションをがぶ飲みしていたら、ダイエットに成功しましたなんて嘘か真か分からない逸話まであるくらいだ。

 少なくとも、一般人はそこまで日常生活に影響のあるVRMMOはノーサンキューだ。


≪発火の魔石≫

 初級相当の火の魔法を封じ込めた魔石。

 強い衝撃を与えることで封じられていた力を解き放つ。

 5個セット。

 価格:60G


 これなんかは使い勝手が良さそうか。

 投げてぶつけると魔法が発動するという魔石だ。

 単発12Gと考えるとお安い感じもするが、人によってはお金を投げてる感覚がダメだったりするんだろうな。

 もちろん、投擲して使う以上は外してしまう可能性もあるので5回分きっちり効果があるわけでもない。

 ただ、器用なプレイヤーならば前衛で交戦中に敵を牽制したり、注意を引いたりと活用できる場面は多そうだ。


≪松明≫

 周囲を照らす明りを取る為の道具。

 それほど広範囲は照らせないが、闇を彷徨うよりは心強い。

 価格:5G


 俺の相棒トーラとして活躍した呪文の実物は、ゴブリン一匹相当の模様。

 松明にも同じだけの攻撃力がある……とは思わないが、先に進むにつれてMPを別の魔法に回したいと思えば買う場面もあるだろうな。


 ――しかし、こうやって色々と見てみると、改めて魔法の代替になるマジックアイテムが多い。

 そこから、俺の中で一つの仮説が立つ。

 魔法は重要な要素であり、そして不要でもある、ということだ。

 矛盾したタイトルだが、賢明なプレイヤーは同じくピンと来ていると思う。

 あぁ、なるほどなって。

 設定的な意味で言えば、マジックアイテムは高価なイメージを持ってる人が多いんじゃないだろうか。

 かくいう自分も、「マジックアイテム」と言われれば高価で「ここぞ!」と言う場面で使う印象だ。

 それは、魔法の粋を集めた道具がマジックアイテムであり、それは貴重なアイテムなのだ……という世界観があっての話だ。

 この世界は魔法を宿した道具を作る技術が広く出回っているのかもしれない。

 今のは世界観的なアプローチだが、今度はゲーム的な視点で見てみよう。

 魔法の効果を発揮するアイテムの存在は、つまり「魔法を使うと便利な場面がありますよ」と言っているのと同じだ。

 特に価格の設定帯が低くなっているのは、日常的に使っていっても大丈夫なようにと設定されていると思われる。

 つまり、多くのプレイヤーが魔法による恩恵を得られるように設計されていると言えるのだ。

 単純に考えれば、それは良いことだと思う。

 キャラクターの向き不向き、育て方に関係なく、魔法の恩恵を分け隔てなく得られるのだ。

 もう一歩踏み込んで考えれば、穿った見方をすれば「魔法を使わないと厳しい場面」が存在していて、その時にマジックアイテムに頼ることになるのだろう。


 じゃあ魔術師は何がメリットなのか、と。

 もちろん、MPの許す限り使い放題、覚えてる数だけ選択肢があり、お金もかからず準備の必要が無いというのは魅力だろう。

 しかし、魔法は現状で見ているだけでも不安な要素が多い。

 まだ実験してはいないが、詠唱を間違えた場合にどういう判定、処理が行われるのかといった点や、MPと消費魔力の関係、継続戦闘力としての魔法、パーティ戦での立ち位置など、気に掛ける部分が多岐に渡る。

 もっと細部まで問題になりそうな点を挙げていけば、『Armageddon Online』の魔法システムは俺の知り得る限り、歴代のVRMMOの中でも格段に面倒くさいのだ。

 一番簡単なものが、コマンドウィンドウでターゲット指定から魔法の発動まで全てが決定するものだと考えると、その煩雑さはまさに比べるべくもないだろう。


 そして、一番気になっているのは魔術師の絶対数だ。

 VRMMOは遠隔職が多くなるゲーム、それはしっかりと統計を取って出された確かなデータだ。

 しかし、思い違いでなければ町で今まで見かけたプレイヤーの多くは近接職だった。

 現に、魔法屋の中は冒険者の数がまばらでやや閑散としている。

 三千人に及ぶプレイヤーが存在している今回のクローズドβテスト、軽く見積もっても数百人は居てもいいはずの魔法職を殆ど見かけていない現状は異様だと言える。

 ……まぁ、ただタイミングが悪いという可能性もあるか。

 俺たちは戦闘を経験してから町に来た、つまり後発組とも言える。

 先に町に到達し、魔法屋でさっさと魔法を覚えて戦闘訓練に行っていると考えるのが妥当だよな。

 それに、初日と言えど全員がログインできているわけでもないだろう。

 実際、カツキとシノブも残念ながら本日は予定が入っていて、ログインできないかもしれないので各人バラバラに遊ぼうということになっている。

 VRMMOをしながら外部の通話アプリなどは起動できないので連絡が取れない。

 一応、緊急着信設定をしておけばVRMMO中でも誰からか連絡があれば告知させることもできるのだが、三人の間ではそこまでする必要があるとは思わないという結論が出ている。

 予定では明日、軽く向こうで打ち合わせ、ゲーム内での集合場所を決めて合流する手はずとなっている。

 クローズドβテストの期間は限られているが、だからと言って焦るようなことでも無いのだ。


 ――話を戻そう、結局、魔法についての認識が変化したということだ。

 このタイトルにおける魔法、それは非常に大きなウェイトを占めている。

 それは設定やシステムの拘りだけじゃなく、戦闘バランスにもシビアに関わっているだろうってことだ。

 ……ふふ、燃えてくるな!

 学校の勉強となると誰かの知恵をなぞるだけという感覚で退屈だけど、こういう異世界での法則を体感的に経験して蓄積する、学習していくというのは楽しい。

 好奇心を満たしてくれることが勉強を楽しむ一番の方法とは誰が言ったのだったか。


「お待たせ、伝授してきた」


 相変わらず無愛想な言葉遣いだが、律儀にナンシーは声を掛けて来た。

 彼女に連れらて来たのはフェルチだ。

 なんだか目が凄い勢いで輝いて見える。

 本当に星が飛び出してきそうなくらい喜色満面といった様相だ。


「伝授凄いよね、神秘的ですっごく感動しちゃった!」


 あぁ、なるほど。

 伝授の雰囲気に圧倒されてきたのか。

 確かにあの雰囲気は幻想的だった……気がする。

 あまり気付いてなかったけど自分も圧倒されていたんだな、伝授の様子をぼんやりとしか思い出せなかった。

 ただただ感動していたような覚えはある。


「それは良かった」


「うん、借りた分はちゃんと稼げたら返すね!」


 返してくれる気があるようで、ふんふんと唸っていた。

 やる気があるみたいで何よりだ。

 いちいち動作が芝居じみているが、彼女の幼い外見と相まって妙に違和感がない……ないというよりは、むしろしっくりくるというのが正しいか。

 そう、彼女はそういうあざとい仕草が似あうのだ。

 失礼な話、俺の中では事あるごとに彼女の後ろにおっさんが透けて見えるようになってきたが、ロールプレイとしては高いレベルにあるような気がする。


「それで、どうやって稼ごうか?」


 彼女はお金を稼ぎたい。

 しかし、方法が分からない。

 ギルドのお姉さんの話をあまり聞いていなかったのだろうか。


「確か、ギルド会館にクエストがあるはずだ。

 その中から幾つか適当なクエストを受けてみよう」


「あー、それいいね!」


 思い出したのか、彼女は二つ返事で頷く。

 単純に、目の前のことで一杯一杯なのかもしれない。

 来た道を少し引き返すことになるが、パーティの準備も整って戦力も把握できたのだ。

 適切なクエストを受けるという意味では今がベストだろう。

 俺たち二人は魔法屋を後にした。


「ちょっと待ちなよお兄さん」


 呼び止められた。

 振り返ってハスキーな声の持ち主を見る。

 俺と同じく銀髪金眼の優男……いや、俺と外見が同じだとしても彼はきっとダンクェールだ。

 左腰には剣を吊り、右腰にはフェルチと同じで短杖の指揮棒タクトを差していた。

 きりっとした顔のパーツの中、金色の双眸だけがギラギラしていた。

 金色だからというよりも、彼の中の抑えきれない興奮や、野心みたいなものが溢れている感じだ。

 黒いマントに赤いバンダナ、チェーンメイルが鳴らす金属の擦過音。

 とにかく目を引く派手さだった。


「何か?」


 とりあえず適当に返答をする。

 まずは相手の出方を見よう。

 俺の不躾な物言いに、ハッと小さく鼻を鳴らし、彼は俺に指を突き付けて言った。


「お前が欲しい!」


「言葉を選べドアホウが!」


「アダッ!?」


 唯我独尊といった態度でバシッと言い放った彼は、隣に居たハゲ男に殴られる。

 ハゲ男の肌は少し浅黒かったが、何よりも目を引いたのはハゲ……ではなく、輝くハゲ野に生える二本の突起、角だ。

 禿頭の男はダンクェールの彼よりも二回りほど大きい。

 二メートルはある巨躯は引き締まっており、どこから見ても肉体派だ。

 大男は角という特徴から鬼人族ラクシャスだと分かる。

 鍛えられた印象のある肉体とは裏腹に、彼の手に握られているのは形の整った棒だ。

 あれは中国拳法の少林寺とかでよく出てくる棍という武器じゃないか?

 日本でも僧兵とかが使っていたような気がしないでもない。

 一瞬、布を体に巻き付けただけのワイルドな格好かと思ったが、こうしてみると僧衣のようにも見えるかもしれない。


「はは、すまないね突然呼び止めて。

 実は君たちに頼みたいことがあるんだ」


「俺様のものとなれ!」


 あ、また殴られた。


「頼みと言うのも変な話なんだが……自分たちは今、全員が魔法を使えるメンバーでパーティを組んでみようとしているんだ。

 クローズドβテスト初日だからね、魔法について色々な人と交流したり、意見交換できる良い機会になると思うんだ」


「なるほど」


 有難い提案だ。

 個人的には二つ返事で了承してもいいくらいだ。

 ただ、成り行きとは言えフェルチと一緒に行動するような雰囲気になっていたし、すぐに頷くことはできないか。

 さて、どうやって話を切り出そうかな。


「……特にほら、魔法って詠唱するだろ?

 知らない人の前で詠唱するのって、VRMMOの中とは言っても抵抗があるはずだ。

 だから、全員が同じ境遇、恥ずかしさを共有できると思えば、受け入れやすいんじゃないかって」


「確かに」


 俺はそういうのを気にしないが、フェルチは結構緊張しそうだ。

 今後も魔法職として遊ぶかどうかは分からないが、そういう経験をさせてもらえるのならば有難いお誘いだと思う。

 あとはどうやって彼女も入れて欲しいと切り出すかだな。

 あ、ダメだった場合はどうしようか。

 俺は別に他のパーティ、知らない人の前でもたぶん大丈夫だから、彼女だけでも入れてもらえるように頼んでみるか。


「いいから、俺の傍に居ろ!」


 考えをまとめているとダンクェールの彼がそう叫び、またラクシャスにどかんと一発殴られていた。

 彼はなぜ、俺に執心しているのだろうか。

 見た目が同じだから、同志同族と思われているのだろうか。

 なんだか申し訳ない気分になってきた。


「そうですね、お誘い有難うございます。

 隣にいる彼女も一緒に参加させて貰えるなら、こちらとしても願ったり叶ったりです」


「えぇ、是非どうぞ」


 ラクシャスは厳つい顔に仏のような笑みを浮かべて了承してくれた。


「ふふ、嫌よ嫌よも好きの内と言うからな……ま、俺様の魅力にかかればイチコロだったな」


 同じ場所に四度目の拳骨は流石に痛かったのか、苦悶の呻きを上げてダンクェールは蹲った。


「いやぁ、うちの馬鹿がすみません……ほどほどにしろとは言っているんですが」


「いえいえ、別に気にしていませんから」


「え、気にもならないってのか!」


「はい」


「ガーン」


 壁に手をついてどんよりと落ち込んで見せる彼と俺のやり取りに、フェルチはくすくすと笑っていた。


「大分騒がしくしてたみたいだけど、話はまとまったのかしら?」


 二階から降りて来た女性がそう問いかけて来た。

 壁際に手をついているダンクェールを見て、くすっと小さく笑みをこぼす。

 現れたのは、濃紺の髪を豊かに波打たせたマーレの女性だ。

 豊かな膨らみから足先へと描かれる優美な曲線を、歌姫のようなワンピースドレスで包んでいた。

 右手に長杖とクロークを抱え、ゆったりとした動作で降りてくる。


「アリエル、こちらの二人が参加してくれる」


「よろしくね」


「はい、こちらこそ」


「よろしくお願いします!」


 ナンシーに騒がしくしたことを軽く謝罪し、彼らと共に魔法屋を後にする。

 禿頭の鬼人、彼はテンカイ。

 俺様な魔人、マグナコート。

 豊かな海人、アリエル。

 そして、ロリっ娘アルヴのフェルチと見た目詐欺のマギエルである俺。

 この五人が暫定的にパーティを構成する。


 『魔法使いのパーティ』


 それがこの世界でどのように作用し、どのような活躍ができるのか。

 今から期待と不安で胸が高鳴っていた。

 ギルド会館はもう目の前だ。

パーティ結成。

次回はお待たせ戦闘パート……のはずです。

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