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Act.02「Magic Users」#3

 魔法屋マジックショップはギルド会館を北に見て、広場から東に行ってしばらくの所にあった。

 門構えは少々薄汚れているだろうか、何かの薬品で色が付いてしまったのかもしれない。

 ストリートの中では珍しく、木造ベースではなく煉瓦を組んだ建物というのも印象的だ。

 看板は魔法陣と杖、非常に分かりやすい。

 フェルチには町に入ってからギルド会館に行くまでの間に予定を伝えてある。

 特に一緒に行こうと誘ったわけではないのだが、「ショッピングって考えただけで楽しくなるよね」と言ったことから、今も自然と一緒に行動している。

 彼女が気にしていないなら、こちらも気にする必要はないだろう。


 木製のドアを開くと、カランと鈴の音色が響き渡る。

 俺のイメージとは違い、カラフルで明るい印象の店内だ。

 魔法を扱う店とは薄汚くてじめじめしていて、魔女のお婆さんが引きつった高笑いをしているという偏見があったが、ただの杞憂だったようだ。

 過去には延々と壺の中身を練りながら接客をする、そんな魔女のお婆さんが店を経営しているVRMMOがあったのだ。 どこの魔法屋にも全く同じお婆さんが居たのは印象的だ。


「うわぁ、なんだか素敵だね」


「思ったよりも小奇麗だよな」


 フェルチは目を輝かせながら店内を眺めている。

 確か君は弓を選択していたんじゃなかったか、なんて野暮なことは言うまい。

 魔法とは神秘、神秘には誰しもが憧れるものである。

 そう、中二病もまた神秘なのだ。

 神の力を宿すのもまた無理からざることなのだ。

 しばらく二人であれやこれやと店内を物色していたら、奥から一人の店員さんが現れて声を掛けて来た。


「何かお探しでも?」


 トーンは低いが可愛らしい声だ。

 青い髪に左右で結んだ三つ編みがチャームポイント、まだ幼さが残るその佇まいは、とても可愛らしい雰囲気を醸し出している。

 背もフェルチと同じか少し低いくらいか。

 近くで俺の方を見上げると首が辛くなりそうだ……だからだろうか、少し離れた場所から声を掛けてきていた。


「初めてなんだ、色々教えてくれないか?」


「……」


 俺がそう声を掛けると、彼女は少しむっとした表情をする。

 何が気に障ったのだろうか。


「興味があるんだ、色々教えてほしい……あー、ダメかな?」


 しまったな、今まで順調に会話ができていたせいで上手く言葉が出ない。

 AIが発達して受け答えが自然にできるようになったとはいえ、NPCは偶に反応不良が起きるときがある。

 会話が成立しないだけならいいが、下手すると思考ループに陥ってしまう。

 その結果、サーバーに負荷がかかり続けてダウンするという事故も過去にはあったぐらいだ。

 ネット上では「バルス事件」と呼ばれている。

 流石に最近は対策が取られているし、滅多に起こるものじゃない。

 起こったとしても、NPCにセーフティが働いて思考がリセットされるはずだ。

 万が一にセーフティや対策を全てすり抜けてサーバーがダウンした場合、俺はクローズドβテストの初日からやらかした奴として晒されてしまうかもしれない。

 幸い、まだ店内には自分とフェルチ以外に冒険者は居ないみたいだが、フェルチの中身が何をするかなんて知る由は無い。

 ネット上で晒されてしまうと、しばらく隠れるか別のキャラで遊ぶほかなくなってしまう。

 それは少しばかり面倒だ、頼む、復帰してくれ……!

 俺の真摯な祈りが通じたのか、店員の口元がすっと動き始めた。

 良かった、これで


「えっと、困ります……そういうセクハラは止めてください」


 ちょっと待って。


「いや、あの」


「わ、私が芋っぽいからそうやってからかっているんですか? だとしたら少し傷付きます。 き、生娘じゃあるまいし、私は色々と、その、し、知ってますからね!

 幼く見えるかもしれませんが、これでも成人してます!

 きっと貴方よりも年上です、お姉さんです! お姉さんをからかうのは止めてもらえませんか!

 きょ、興味があるって言ってくれたのは嬉しいですけど、いえ、そうじゃなくて、初対面の相手に色々と教えて欲しいとか、そういうの止めてください、止めた方がいいです!

 誤解させちゃいます! あと、初めてとかそういう嘘はすぐ分かりますから!

 嘘を言うぐらいなら、ちゃんと本音で向き合ってください!」


 何を言っているんだコイツは。

 えっと、何だ、何ていったんだ?

 何かがすれ違っている、そう、何か致命的な間違いを彼女のAIはしてしまっている。

 ……いやいや、まさかそんな、デフォルトのAIだとこうはならない……いや、まてよ?

 既にαテストでも変な人格づけされたAI「イコル」の存在を俺は知っている。

 ここの開発は相当に変態だ、魔改造が好きな変態だ。 間違いない、断言できる。

 システムの完成度もさることながら、強い拘りを持つ点は紛うことなく変態の所業だ。

 つまりあれか。

 この魔法屋の店員さんはその開発の手が加わっていると見るべきか。

 つまり、変態の毒牙に掛かっていると。

 三白眼を潤ませ、頬を赤らめ、変化の乏しい顔の表情とは裏腹に、戦慄いた肩と胸元で重ねるように握られた両手、しゅっとした小柄で細身な体型すらも、開発の仕向けた罠だとすれば……!

 その瞬間、繋げてはいけない線が繋がった気がする。

 横目でフェルチを見ると、彼女はまだ真実に辿り着いていないようだが、店員さんの告げた言葉に首をかしげている様だ。

 ……今なら、まだ間に合うはずだ。

 深呼吸を一つ、店員さんに語りかけた。


「……何をとは言いませんが誤解です。

 俺はこの店の商品を買いに来た冒険者です。

 彼女と一緒に、店内で売っている商品を見に来たんです」


 一語一句、しっかりと発音して伝える。

 AIは曖昧な表現だと応答の精度が鈍る。

 曖昧な表現はAI側が判断を省いて処理をする。

 つまり、しっかりと意味のある言葉を伝えてやれば、余程酷いことになっていなければ軌道修正できるはずだ。 これも過去のVRMMOでの経験、そしてVRMMOの先輩からの有難い助言だ。

 理解してもらえらのか、店員さんはこくりと小さく頷いた。


「……確かに店の中にあるのは全て商品で、その説明を店員である私に求めるのは理解できます」


 よし、作戦が功を奏したようだ。

 ありがとうございます、先輩!


「ですが」


 ですが?


「そんな言い掛かりで私を買いたいだなんて酷いです!

 私にだって感情はあるんですから、せめてもっとちゃんとした誘い方があるんじゃないですか?

 し、しかも、彼女さんと一緒に来たって、い、いきなりそういうのを求められても無理です!」


「あ、もしもしGMですか? 今すぐ来てください、早く、可及的速やかに」


 冒険者ギルドって、こういう時には保障してくれないんだろうな。

 チラッと様子をうかがうと、流石にフェルチも気付いたのか顔を真っ赤にして俺から距離を取っていた。 この世界にも事故保険があればなぁ。




「――いやぁ、ごめんね。 流石にちょっと遊び過ぎたみたいだわー」


 からからと笑うのは派手な格好をしたホワイトフェイス。

 本来ならお前が人を笑わせる立場だろと、心の中で道化師アバターのGMに言葉を投げる。

 GMの格好には見覚えがあった。

 αテストの時のイコルそのままだ。

 もっとも、胸に堂々と「GM」と刺繍されているので見間違いようがなかったのだが、動揺していた俺は思わず「イコルか?」と問いかけてしまった。

 その問いに彼は、

 

「イコルを知ってるってことはαテスター? はは、流石優秀なテスターだ、デバッグ力がダンチだぜ!」


 とか、アホみたいなことを言っていたのでイコルと違うとすぐに分かった。

 ただ本質的には似ているんじゃないかとは思う。

 勘だけど、コイツが諸悪の根源に違いないだろう。

 彼は店員さん――名前はナンシーと言うそうだ――と、二言三言交わすと頷いていた。


「よし、これで君への誤解が解けたよ。

 本当にごめんね、彼女さんと一緒だったのに……」


「彼女は彼女じゃなくて、ただの冒険者仲間ですよ」


「あ、本当? ごめんね、ナンシーのログしか見てないから勘違いしちゃった。

 彼女さんもごめんね、彼女さんと勘違いしちゃってさ、まぁ、水に流してテストを楽しんでよ」


 俺の棘のある言い方にも笑って応じるあたり、よくできた対応をするなと思うのだが、日本語が少し怪しい使い回しになっているのが非常に気になる。

 分かっているけどよく分からないとか、そんな言葉を日常的に使っていそうだ。

 ただ、節々から感じる雰囲気から馬鹿じゃないんだとは感じる。


「まさか、初日のこんな時間で速攻問題が起きるとはね。

 いやいや、やってみないと何が起こるか分からないもんだよね人生って」


 この程度の話を人生規模で語らないでほしい。

 道化師が肩をすくめてふふっと笑う仕草は、少しバカにされているようにも感じてしまう。

 不機嫌が顔に出ていたのだろう、少し真剣な顔をした彼は深めのお辞儀をした。


「では、私はこれで失礼します。 この度は、ご迷惑をお掛け致しました。

 また何かありましたらお気軽にGMコールして構わないからね、ジン・トニック君」


 最後に俺の名前を呼んだ彼は、パンとクラッカーを鳴らしたような音と白煙を上げて姿を消した。

 それを区切りに、店内の止まっていた時間が動き出したようだ。

 はっとしたような表情で、ナンシーはこちらを見て深くお辞儀をする。


「も、申し訳ございませんでした!

 私ったら恥ずかしい勘違いをしてしまい……うぅ、もうお嫁に行けません……」


 本当に直したのか?

 相変わらずアクが強いAIのままな気がする。

 まぁ、過ぎたことは仕方がない、水に流すしかないだろう。

 こういうこともあるのがβテストってやつだ。

 それに、NPCと分かっていても女性にこうして平謝りさせるってのは気分が良いものじゃない。

 何と言えばいいのか、そこはかとなく罪悪感を感じてしまうよな。

 別に自分が悪いわけじゃなかったとしてもさ。


「いや、俺は気にしてないからいいよ。

 それよりも、魔法屋では何が買えるのか教えてくれないか」


 謝り合ったり、許す許さないの問答を避けるためにも、次の話題を先に提示しておく。

 彼女もそれを汲み取ってくれたようで、面を上げてくれた。


「そうですね……では謝罪の意味も込めて、しっかりと懇切丁寧に説明させて頂きます!」


 ぐっと小さな拳を握りしめる彼女の様子に、ふっと頬が緩む。

 彼女は何故か妙に人間臭いのだ。

 ギルドの受付嬢や女神様もナチュラルな受け答えができていたが、彼女は更に一段と人間味のある受け答えをしているのだ。

 さっきはそれが変な方向に働いていたけれど。

 GMも大丈夫だと言っていたし、問題は無いだろう。


「まず、魔法屋では魔法全般のアイテムを扱っています。

 武器、防具、魔法道具マジックアイテムの全てを揃えることができます。

 また、魔法の伝授も有料で受けることが可能です」


 お、魔法を覚えられるのか!

 なるほど、購入して覚えるタイプなんだなぁ。

 そういえば、αテストでもスキルの伝授が~とか言っていたと思うが、人から教わるということを伝授と言っているようだな。

 ……剣技一回おいくらで教えますってのも、考えてみれば妙な商売だ。

 魔法だとまだ納得できてしまうのが不思議だ。


「当店では武器、防具は二階に、魔法道具マジックアイテムは一階に展示しています。

 魔法の伝授はカウンターの傍に伝授できる魔法の一覧と価格を記載した本を設置していますので、そちらから選んで頂いてお支払い後に地下で伝授……という流れになります」


 なるほど、地下もあるのか。

 外から見た感じはそれほど大きくも無い印象だったけど、奥に広い造りだったり、上下階があるのならば、むしろ想定していたよりも広いぐらいだ。

 曲がりなりにも魔法の総合ショップということなのだろう。

 会計は各階のカウンターにある石版で行うらしい。

 カウンターに欲しい商品を載せれば、複数だと合計金額も表示されるそうだ。

 買ったアイテムはそのまま冒険者カードに収納される。


 そう、何を隠そう冒険者カードは『魔法の鞄』としても機能するらしい。

 容量は百スロット。

 これは銅のカードだからで、ランクアップして銀、金となれば容量も増えるそうだ。

 ただ、一見便利に思える機能だが制限がある。

 まず、カードを具現化していないと使えないのは当然として、片方の手でカードを握っていないと出し入れができない、出し入れは一個ずつ順番に少しの時間をかけるといった点。

 特に最後が致命的で、戦闘中に回復アイテムを使いたいとしても、カードを出して片手で握りしめた状態で呪文を詠唱し、しばらく待って取り出せたアイテムを使用する、という手順を踏まなければならないのだ。

 カードで片手、アイテムで片手を使うので武器や防具を構えるには難しい。

 そこで、ベルトのポーチやリュクサックなどに日常的なもの、常備しておくものを入れておくべきなんだそうだ。

 また、大きさの大小にかかわらず容量を使うので、生卵五十個とキングサイズベッド五十個が同じ扱いになってしまう。

 ただ、ものが大きいほど収納と展開に時間がかかるそうだ。


 まぁ、それらを差し引いても便利な機能である。

 もちろん、自動で収納したくない場合はオプションで機能をカットできるそうだ。

 俺は既にカットしておいた。

 便利だが、自分のスタイルとしてはあまり効果的に使えなさそうだ。

 消費アイテムは結構使い込むタイプなんだよな。


 一通り説明を聞いた俺は店内を物色する。

 フェルチも店内を物色しているが、少し俺と距離を取っているのが分かる。

 誤解だったと分かっていても、あんな会話のあとだ、距離を置きたくなるのも無理はない。

 逆に、ナンシーは俺に付いてきてあれやこれやとアイテムについて説明してくれる。

 有難いことだが、何故か居心地が悪い。

 多分、ぼちぼち増えて来た他のプレイヤーの視線だろう。

 ここはじっと耐えるしかあるまい。


 魔法屋で扱っているアイテムはざっとこんな感じだった。

 武器は長杖、短杖、本、筆記用具。

 防具はローブやクロークといった羽織るものが殆どだ。

 それ以外の服は防具屋の仕事だそうだ。

 魔法道具は種類が多いが全部が消耗品だな。

 呪文を記した巻物、呪文を封じた魔石、呪文を込めた薬液。

 基本的にはどれもこれも攻撃用アイテムって感じだ。

 種類の多さは使用方法の違いで、巻物は中の呪文を唱えて使うものと、魔法陣が書き込んであり一定のワードで起動するもがあった。

 魔石は投げてぶつけることで起動するタイプだ。

 巻物と違い、投げて敵に当てることで効果を発揮するので、戦闘中では咄嗟に使いやすいのだとか。 確かに、前衛職が使うなら魔石の方が使いやすいだろう。

 ベルトのポーチからさっと投げて使えるのだ。

 薬液はものによって様々だが、主には振りかけて使うそうだ。

 広範囲に巻けば影響範囲が広くなるし、瓶ごとぶつけて当てるという芸当もできるのだとか。

 HPやMPを回復するものも含まれるが、それらは雑貨屋でも取り扱っているそうだ。


 今必要なのはHP、MPのポーションぐらいだろうか。

 あとは魔法の伝授、これが一番優先度が高い。

 ぱらぱらとリストを捲ってみると、これまた種類が結構ある。

 その中に見知った呪文を見つけたので目が留まる。


松明トーラの呪文≫

 杖の先端に火を灯す初級呪文。

 儚く見える火も闇夜を照らす光となり、魔術の深遠への第一歩となる。

 『照らせ、闇を払う意思よ』

 伝授費用:120G


 お世話になった「松明の呪文」に少し頬が緩む。

 120Gというのは物価的に考えると高いのか安いのか。

 一応、攻撃用ではないと考えて明かりを取るだけの呪文なら大分高いんじゃないだろうか。


火矢ファン・ボウの呪文≫

 火の礫を生み出し投擲する初級呪文。

 小さな種火と侮るなかれ、やがてそれは大きな炎となるのだから。

 『熾れ、爆ぜて、飛びかかれ』

 伝授費用:360G


 ふむ、攻撃魔法だといい値段するな。

 ゴブリン換算で七十二匹分くらい、角兎換算で百二十匹にもなる。

 αテストでは散々使ったが、基本的な魔法として使いやすかった印象だ。

 軌道は直線的だが速度はそこそこ早いので狙って当てられる。

 これは買ってもいいかもしれない。


火剣ファン・ソー・ダ・ガーレの呪文≫

 噴出する魔法の火を剣の形に押し固める中級呪文。

 圧縮された破壊の力は、触れるものを全て灰塵へと返す。

 『猛き怒りが火を灯し、暗い情念は復讐の牙を剥く、あぁ焦がれる程に強く抱かん、我が手に剣を』

 伝授費用:1080G


 ……ちょっと流石に、これはやりすぎじゃないか?

 いや、嫌いじゃないけどさ。

 これは唱えられない、唱えてられないよ。

 イメージして欲しい。

 戦闘中に魔法使いが前衛に出てきてこれを唱えるんだぜ?

 そして敵に向かって炎の剣を振りかざしに行く。

 もう真っ赤ですよ、魔法使いの顔は真っ赤ですよ。 炎じゃなくて羞恥で真っ赤。

 何を抱いちゃってるの? 焦がれる程に?

 強く抱きしめてホールドミータイトってか、じゃかましいわ!

 ……しかも伝授費用さらに高いし。

 ゴブリン二百十六匹相当。

 ゴブリンを二百十六匹も屠っておいて焦がれる程に強く抱いちゃうんですよ。

 暗い情念は復讐の牙を剥くって、もうね、なんだこの呪文考えたやつ!


 ――でも、ちょっと覚えたい気持ちもあるんだよなぁ。


 現実的に考えて他にも費用を割り振りたい、何よりまだ目を通していない項目が多い。

 魔法について知識を仕入れよう。




 ざっくりと読み進めた感じ、どうやら魔法は四大元素に分類されるようだ。

 風、土、火、水の四つの元素から構成されている。

 ざっと見た感じでは、多少の性格付けはされているがそこまで偏りがあるわけではない。

 また、四大元素の分類とは異なる魔法もあるようだ。

 回復や補助がそれにあたる。

 風は詠唱が短いものが多い。


風針アーダの呪文≫

 風を針の様に鋭く飛ばす初級呪文。

 威力は低いが風の様に早く、目にすることも難しい。

 『尖れ』

 伝授費用:360G


 最初に覚えていた「松明の呪文」と比べても圧倒的な詠唱の短さ。

 これは詠唱が苦手な人でも簡単に唱えられる。

 ただ、威力が低いと明記されているので、攻撃力よりも取り回しの早さを追求しているのだろう。


石礫エッダの呪文≫

 石礫を魔力で打ち出す初級呪文。

 一つ一つは小さなつぶてだが、積み重なれば大山となる。

 『集え我が意思の元に、石の牙よ敵を穿て』

 伝授費用:360G


 土は詠唱が少し長いようだが、どうも表記から察すると範囲攻撃なんじゃないかと思う。

 例えるなら、これはショットガンのような攻撃なんじゃないかと思うのだ。

 石ころ一個を飛ばすのではなく、幾つかのつぶてを同時に飛ばす。

 面で攻撃できるので使い勝手は良さそうだが、詠唱に少し意識を取られそうだ。


水弾ヴィーダの呪文≫

 魔力で集めた水の流れを解き放つ初級呪文。

 流れる水の力強さは、穏やかな裏に冷酷な顔を隠している。

 『高きより低きに、ただ流るるが儘に』

 伝授費用:360G


 水は表記からは物理的な衝撃を伴っていそうだ。

 火や風、土の様に敵を直接傷つけるわけじゃないが、衝撃や圧力で敵の姿勢を逸らしたりといったことができるのかもしれない。

 鉄砲魚が空を飛ぶ虫を落とすようなイメージの魔法なのだろう。


 それぞれの属性の中級以降は進化、強化型のものから、発展として雷や氷といったものもあるようで、中々に種類が豊富だ。

 ここにあるリストを把握するだけでも一苦労だが、これ以上に近接武器のスキルがあると聞くと空恐ろしいものがある。 当分は魔法一筋で良さそうだ。

 とりあえず、現状で使えそうな魔法をピックアップし、費用と相談して伝授してもらうことにしよう。

 さて、どれがいいだろうか。

 彼女にアドバイスを聞いてみてもいいかも知れない。

 それまでとは打って変わり、俺がリストを読み進める間ずっと隣で静かに待っていたナンシーに訪ねてみることにした。


「オススメの魔法とかってある?」


「オススメですか……まず、貴方は何を覚えていますか?」


「≪松明トーラの呪文≫だけだな」


「え、それだけですか?」


「え、そうだけど」


「普通は幾つか習得している方が多いのですが……あ、すいません! 凹ませようとしたんじゃないんです! そうですね、ではこの魔法とか――」


 よっぽど酷い顔をしていたのだろう、慌てるようにフォローをしながら幾つか魔法を選び、何がオススメのポイントなのかを丁寧に教えてくれる。


「――と、こんな感じでしょうか。

 魔法はもちろん多く覚えても良いんですが、どれか一つを絞って鍛えるというのも良いですよ。

 体に馴染むというか、より魔法本来の力を深く引き出せるようになりますからね」


 と、彼女はそう言ってアドバイスを締めくくった。

 最後の言葉は非常に気になるな。

 安直に考えれば魔法を使うことでレベルがあがって威力などが強化されるとも取れるが、もっと単純に詠唱のミスや選択の最適化みたいなことを言っているのかもしれない。

 ちょっと気になるので試しにメインの魔法を決めて育ててみよう。

 このゲーム、数値的なステータスが驚くほど少ないから難しい部分がある。

 レベルという概念もあまり無いので、自分が今どれくらい強くなったかを客観的に知るのは難しいと思う。

 最悪、HPやMPといったステータスの数値だけで図るんだろうが、その場合、マギエルは全種族最下位のステータスが足を引っ張って弱く見られてしまいそうだな。

 何か公的に強さの尺度になるものがあればその点は解決しそうだけど。

 とりあえず、今はその話は置いておこう。

 ナンシーの勧めを参考に、ピックアップした魔法はこれだ。


火矢ファン・ボウの呪文≫

 火の礫を生み出し投擲する初級呪文。

 小さな種火と侮るなかれ、やがてそれは大きな炎となるのだから。

 『熾れ、爆ぜて、飛びかかれ』

 伝授費用:360G


治癒アークの呪文≫

 生命の源を活性化させる初級呪文。

 生ける者の活力を引き出し、生命力を大幅に高める癒しの魔法。

 『恵みの喜び、生の喜び、祝福せよ生命の輝きを』

 伝授費用:360G


防御膜テスタカーンの呪文≫

 使用者の周囲に脅威を払う結界を作る初級呪文。

 冷たい恐怖に立ち向かう者に、一枚の布が温もりと希望を与えん。

 『儚きものなれど、ひと時の安らぎで包まん』

 伝授費用:360G


 攻撃、回復、防御とバランスよく一つずつ。

 合計費用も1080Gと多少の余裕が残る感じだ。

 ナンシーにその三つを覚えたいと伝えると、少し嬉しそうにこくりと頷いてくれた。

 彼女が勧めてくれたものから選んだからだろうか、そのリアクションが可愛らしく見えた。

 俺は何かを悩んでいるフェルチに魔法の伝授を受けてくることを伝え、ナンシーの案内で店の地下へと進んでいく。

 そこにあったのは澄んだ青い光を発する泉だった。

 泉から湧き出た水は台座を伝い、床に刻まれた溝を通ってどこかへと流れていく。

 隙間なく並べられた石はどれも均一に揃えられ、紙一枚を通す隙間すらないように思える。

 神秘的で、静謐なイメージを湛えた部屋だ。

 その光景に感動していると、彼女は呆けていた俺の手を引いて台座の前へと誘ってくれた。

 泉を挟んで対面する形で彼女が位置をとり、可憐な白い指で台座のふちをすぅっと、静かになぞっていった。

 青い光はより一層輝きを増し、泉の底から緑の光が新たに立ち上った。

 続いて赤、黄と四色の色が立ち上り、やがて全てが混ざり合って部屋は白い輝きで満たされた。

 泉が強く輝いているにもかかわらず、部屋の中は最初と同じく薄闇に包まれていた。

 いや、それどころか泉の輝きが増したことでより闇が濃くなったようにも思える。

 まるでこの空間にある光の全てを、台座がかき集めて束ねたかのようだった。


「では、魔法の伝授を行います」


 落ち着いたトーンで紡がれる彼女の声音が、耳の奥からゆっくりと染み込んでくる。

 彼女の差し出した右手、その人差し指が泉の中心の水面にそっと触れる。

 また光が絞られて、部屋が闇に飲み込まれていく。

 しかし、それが何だと言うのだろうか。

 彼女の指先に集う光の強烈な印象が、目に焼き付けられていく。

 指の動きに合わせて光が線を描く。

 どこかで見覚えのある動きだ、すぐには思い出せないが新しい記憶に刻まれているのは分かる。

 くすぐられるような感覚を覚えつつ、光の動きを目で追った。

 一つ、一つ、意味のある形が紡がれていく。

 そして物語が完成した。


「始まりの火、原初の火種、その温もりは魂を焦がす」


 滔々と流れる言葉は、心を徐々に染めていく。

 気が付けば地下室は失われ、周囲は天をも貫く業火に包まれていた。

 恐ろしい光景なのだろうと、どこか遠くから眺める感覚を抱いた。


「渇きとは渇望、火は与える、豊穣なる下地と再生を成す活力を」


 一際大きく炎が燃え盛ったあと、ふっと急に戻っていた。

 あの暗くて小さな地下室だ。

 台座は変わらず白い光を集め、光を奪われた周囲は闇を強いられていた。

 何か随分と長い旅をしていたような、時間と感覚の大きなずれのような感覚が芽生えていた。

 いつから居たのだったか、目の前の少女を見つめていると目が合う。

 絡み合う視線、その瞳の奥を吸い込まれるように覗いていると――そこには俺が居た。


「≪火矢ファン・ボウの呪文≫伝授完了しました」


 感情は薄いが、優しく微笑んでくれる少女の額には薄らと汗が浮かんでいた。

 頬を滴る一滴が、宝石の様な、星のような輝きを瞬かせて流れる。

 流星を追いかけた先には赤い月が二つ浮かんでいた。

 蠱惑的なその三日月に、視線が縫いとめられて、俺は、俺は


「……えっと、大丈夫ですか?」


 彼女のその言葉でハッと我に返る。

 何を考えていたのか思い出せない。

 そもそも、ここで何をしていたのだったか……確か、魔法の伝授を受けていたはずだ。

 さっき、彼女は何といったか。


「ごめん、ぼーっとしてた」


「ふふ、リラックスして頂けてるなら幸いです。

 ≪火矢ファン・ボウの呪文≫は伝授の儀式が終了しましたよ。

 続いて、残り二つの伝授を済ませてしまいますね」


 彼女の表情は薄い。

 しかし、その儚げな笑みはどこか惹きつけられるものがある。

 一体、俺はさっきまで何を考えていたのだろうか。

 VRMMOをやっていて、前後不覚とでもいうべき感覚に襲われたのは初めてだ。

 ただ、不快な感覚ではなく、どこか親しみを感じたのは何だったのか。

 思い出せない今となっては、何をもってそう思ったのかも分からなかった。


 残り二つの儀式は滞りなく終了した。

 光の線を描く指先、そこから紡がれる図形を見て、αテストの時の魔法陣を思い出した。

 そう、どこかで見た覚えがあると思ったのはαテストの時だったのだ。

 伝授の最後は実際に詠唱をしてみること。

 詠唱を見てもらい、正しい詠唱ができているかを彼女が確認してくれる。

 三つとも合格を貰い、彼女に礼を言って地下室を後にする。

 気のせいか、自分の内に力が渦巻いているような感覚を覚える。

 早く試してみたいと思わせるこの気持ちの正体は、きっと新しいおもちゃを貰った子供の心とそう違いは無いだろう。

 隠すことでも無い、早く新しい魔法を試してみたいことに違いは無い。

 少し眩しい地上の光に目を細めながら一階に戻ると、待っていてくれたフェルチが俺の元へ駈けよって来た。

 いや、表情から察すると待ち構えていた、というのが正しいのかもしれない。

 彼女は頭を下げると俺にこう告げた。


「お金を貸してください!」

魔法が複数出ました。

色々使わせたいのですが、まだ先の話になりそう。

次回はアルヴの少女の決断について。

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