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Act.02「Magic Users」#2


 結局、あれから四回も俺たちはエンカウントした。

 武器を持たない彼女をひたすらに庇いながら戦うというのは、大きな緊張感やプレッシャーがありつつも男心をくすぐるシチュエーションだったこともあって、テンションで乗り切れた感じだ。

 幸いにも森を境にゴブリンに襲われることはなくなり、モンスターの脅威も道を進むにつれて減少していったのは幸いだった。

 ゴブリン単体の処理は簡単だ。

 彼らは体格が小さく、リーチの短い獲物を使っている。

 敏捷性も低いので、しっかりと落ち着いて対処すれば大丈夫だ。

 魔術師の初期装備だった杖が意外とリーチが長く、丈夫で、バットや竹刀のように振り回して使えたのが功を奏した形だ。

 過去のVRMMOの経験から、魔法に頼り切ったプレイに拘っていないというのも大きいだろう。

 やはり蓄積した経験は活きる。

 ゲームは繰り返し行うことで学習し、技術を習得していくことで上手くなる。

 もちろん、それは操作技術の向上という面もあるが、ジャンルを問わず経験がものを言うのが思考する力だ。

 過去の経験に照らし合わせ仮説を立てたり、検討したり、実際に試してみる。

 失敗を恐れないことで、それによって大きな経験値を得ることができる。

 図らずも、最初に予定していたこのゲームに早く慣れるための戦闘体験ができたことは行幸だったと言える。


 むしろ、一番の収穫は「松明の呪文」の活用方法、そしてその応用だ。

 呪文はただの現象のようなもので、それを攻撃に利用したり、または冒険のサポートとして使えたりする……ということなのだろう、まだ仮説だが。

 少なくとも、杖で殴り続けるよりも「松明の呪文」を灯して攻撃した方が威力が上がっていた。

 仕様上、敵の名前もHPも表示されないので断言はできないけれども、体感的には戦闘に役立っていたと感じられた。

 最初の一戦の時は突然の火で敵を怯ませ、二戦目では最初から灯すことで敵の接近を牽制したり……三戦目は使わずに殴っていたら意外と長期戦になったので、一戦目と同じように追撃でマジカル根性焼きでトドメを刺した。

 三戦目までを鑑みると、どうやら押し付けた時に効果が高いようだ。

 魔法のことなのでよくわからないが、どうにも「松明の呪文」は火の核とも言うべき部分、杖の先端部あたりに威力が集中しているみたいだ。

 ファンタジックに言えば、魔力の密度が濃い部分が最も威力が高いとでも言うべきなのだろうか。

 検証などしていないので、あくまで個人の使用感だ。

 ただ、思い込みだったとしても「松明の呪文」には随分と助けられている。

 この唯一の魔法が攻撃にも使えると思っているからこそ、ゴブリンとの連戦に慌てることなく落ち着いて対処できたし、そこで得た経験が後に出た角兎との戦いにも役立っていた。

 まさに、この魔法は「闇を払う灯」として活躍していたわけだ。


 角兎。

 彼らは何というか、カワイイものにも棘はあるというか……縫製工場で縫い針が混入してしまったというか……意外と強敵だった。

 実際にはゴブリンよりも撃たれ弱い。

 具体的には一度叩き落とした後に、追撃のマジカル根性焼きで一発だ。

 タフさで言えばゴブリンの三分の一から五分の一くらいだろうか。

 しかし、鋭さで言えばゴブリンの錆びたナイフとは比べ物にならないくらいよく切れていた。

 例えるならばフルーツナイフだ。

 畏怖を覚えるほどの危険はないが、少し扱いを間違えれば怪我をする。

 高い敏捷性から繰り出される角の一撃。

 ゴブリンと同じ突きによる攻撃なのだが、その狙いは全く違う。

 角兎の主な狙いは手足で、こちらを傷つけて自分へ危害を加える意思を砕こうとする。

 タイトルにもよるが、『Armageddon Online』には痛覚がある。

 現実と比べれば全く痛くない、むしろ圧迫された感じや、ちょっと熱いという感じだろうか。

 例えば致命傷を受けたとしても気怠さと強い息苦しさみたいなものがメインで、神経が焼き切れそうになるようなショックを受けるわけではない。

 しかし、角兎はその微かな痛痒を与えることで躊躇いを引き出そうしてくる。

 立体的な機動も織り交ぜ、攻撃の意思をもって跳んでくる小さなナイフというのは恐ろしい。

 VRMMO初心者なら苦手意識を植え付けられるかもしれない。

 そう、初心者ならば、だ。

 生憎自分を初心者だと言えるほど面の皮が厚くない。

 熟練者だとも言わないが、VRMMOにおいては痛覚があるのは当然と受け入れるぐらいの下地は既に出来上がっている。

 数回に一回、溜めた一撃を放つことを確認した俺は相内覚悟のスイングを合わせることで角兎を狩る方法を見つけ出した。

 角兎は倒れると赤い光を散らし、ゴブリンと違ってその場にぐったりと横たわる兎が残る。

 どうやら、モンスター状態なのは角が生えているからで、倒されると角が消滅するようだ。

 野生の動物が魔物化した、みたいな感じなのかもしれない。

 ゴブリン三匹、角兎二匹を倒し、収穫は兎二羽だ。

 多分、消え去っていないということはこのぐったりした兎がドロップアイテムなのだろう。

 ありがたく頂いていくことにする。

 その後も戦闘があるかと警戒していたので、兎は戦わないフェルチに持ってもらったのだが、耳を掴まれぐったりとした兎を受け取る時に、少し顔が引きつっていたように思う。

 ……まぁ、それくらいは我慢してほしい。


 その時に気付いたのだが、この手のゲームだとよくある『魔法の鞄』(マジックバッグ)みたいな取得したアイテムをデータにして収納しておく――容量内なら鞄の見た目よりも大きなアイテムがじゃんじゃん入る――システムは存在していないようだ。

 流石に、アイテムまで現実準拠でシミュレーションするとゲーム性にストレスをかけるので、そこまでシビアではないと思うのだが……ギルドに行けば解放されると思いたい。

 個人的にはリアリティ追求してくれるのも嫌いじゃないけどね。


 町に着いた時にはHPが残り三割、MPが一割と、思ったよりも結構使い込んでいた。

 明確に目標が定まっていたので、出し惜しみをしないように動いたつもりだった。

 MPの消費量は納得が行く部分だが、HPの消耗は食らった印象と比較すると随分と削れてしまったなというのが正直なところだ。

 自己ステータスは情報を確認できるので問題ない、マギエルのHPの少なさをαテストで確認していたから納得もできるが、それでも致命傷クリティカルを受けていないのにこの減りだ。

 少し体が重いことから、瀕死によるパフォーマンスのペナルティはありそうだ。

 ただでさえ運動性能にボーナスがないマギエルは、例えかすり傷といっても受けない方がいいということなのだろう。

 次に外へ出るときは回復アイテム、もしくは回復魔法を用意しておきたいな。

 まずはギルド会館、次に魔法屋、道具屋と回ってみよう。

 今後の予定をざっくりと立てておく。


「うわぁ……! すごいなぁ!」


 感嘆の声を上げているのはアルヴの少女フェルチだ。

 失礼な話、中身をおっさんだと疑っている部分もあるが、とりあえず彼の事は今後キャラクターに則って彼女とする。

 キャラクターの設定年齢も分からないが、こちらよりも若い外見をしているので少女としておく。

 まぁ、VRMMOなんだから好きに楽しめばいいのだ。

 少なくとも、自分は「ネカマ」も「ネナベ」も嫌いじゃない。

 ネカマは「ネットオカマ」で、ネナベは「ネットオナベ」だ。


 話が少し逸れたが、ドミナの町に辿り着いた時には俺も感動した。

 小冒険をしたからと言うのも少なからずあるだろうが、町の堂々たる雰囲気、そこに息づく生活感が深い感嘆を見る者にもたらすのだろう。

 高さ五メートルほどの石壁、門の大きさも三メートルはありそうだ。

 その重厚なスケール感に圧倒されつつ門を潜ると、更に大きな衝撃を受ける。

 広く取られた道幅、そのメインストリートに整然と立ち並ぶ商店街の華やかさ、そして溢れ返り行き交う人の波を見て実感する。

 俺たちは今、町に来たのだ、と。

 田舎から都会に出た感覚というのも、こういうものなのだろうか。

 煙突から上がる無数の煙はこの町の呼吸だ。

 活気あふれる街並みには、いかにも冒険者という格好のものから、町の住人といった格好のものまで大勢いる。

 冒険者七、NPC三といったところか。

 VRMMOでは賑やかしのNPCをあまり置かないタイトルの方が多いのだ。

 ある程度自然な受け答えができるようにすると処理に負担がかかるし、かといって定型文しか喋らない、何も喋らないというのは味気がない。

 必然的に少なくなる傾向があるのだ。

 七三の比率はそこそこ多い方だと思う。

 あとでNPCの反応とかも試してみたいな。


 さて、いつまでも観光気分に浸っていたいが目的を忘れてはならない。

 フェルチのことだ。

 彼女のアフターケアをしなければならない。

 俺は「町まで辿り着きましたね、ほなさいなら」と言う無責任なことはするつもりがない。

 約束した文言をそのまま受け取ればそれでもいいのだろうが、流石にそんな白状なスタイルでは交流が重要なMMOというジャンルで遊ぶには物足りないだろう。

 多少お節介なぐらいが丁度いいんだ、とかつて先輩プレイヤーが言っていた。

 ……と言うか、メニューから各種情報を読み込み、プレイ開始初期から今に至るまでをモニターした結果、幾つか分かったことがある。


 まず、プレイヤーは開始当初に所持金がない。

 驚いたことに一銭も無いのだ。

 ちなみに、単価は「G」表記だがゴールドではなく「ギルドキャッシュ」だそうだ。

 まぁ、プレイヤー間では間違いなくゴールドと呼ばれるだろう。

 所持金がないということは、現状では彼女は武器を購入できない……つまり、ほぼ詰んでいる状態だ。

 流石にそれで放り出して「ゲームを楽しんでね」と言えるほど、俺は人間が出来上がっていない。

 予想としてはギルド会館で冒険者として登録することで、必需品となる初期資金や鞄を貰えるのじゃないだろうか。

 女神も最初にギルド会館に行け、みたいなことを言っていた気がする。

 次に、モンスターを倒しても所持金に変化がない。

 RPGではよくあるモンスターを倒してお金を得る方法の一つ「倒したら金を出した」というのが適用されていないようだ。

 ゴブリンは何も落とさず毎回光になっていたので、もしかしたらと思って情報ウィンドウをチェックしていたのだが変化は無かった。

 角兎も同様に倒しても所持金に変化なし。

 資金を得る方法が違うようで、状況から察すると「何かしら手順を踏め」ということになるのだろう。

 唯一の収入は角の取れた兎だ。

 これだけは光にならず、こうして持ち運べたということはアイテムとして……少なくともオブジェクトとして残っているという事だ。

 どこかで何かしらに使えるはずだと思う。

 換金できるのが一番良いが……まぁ、それについてもギルド会館で調べてみよう。


 こうして改めてみると、『Armageddon Online』はクローズドβテストの段階からプレイヤーを突き放しているような印象を覚えるな。

 大体のことが冒険者に放り投げてある。

 自分で調べて自分で気付け、と言外に述べているようなものだ。

 昨今の手とり足とりおはようからお休みまで、といった具合に懇切丁寧な初心者レクチャーが多い時代としては珍しいスタイルと言える。

 きっと、今頃不満がギルド会館の交流掲示板や、意見具申フォーラムで陳情されているに違いない。

 ま、たいした問題でもないか。


 ……あ、思案に耽ってフェルチを放置していた……怒っていないだろうか。

 そう思って彼女に目をやる。

 ――あれだ、どこかで見たことある表情だなと思ったら、エレクトリカルパレードを見た時のシノブもこんな表情をしていたな。

 両手を胸の前で合わせ、驚きと感動で胸いっぱい、頭もいっぱいといった感じだ。

 ふと胸を意識してしまいそうになる自分が少し悲しい。

 男の性からは逃れられない。

 こほんと一つ息を吐いて気持ちを整える。


「フェルチ、とりあえずギルド会館まで行こうか」


「……はっ! り、了解です!」


 魂が戻ってきたのだろう、びくっと背筋を伸ばしてこちらに敬礼をしてくる。

 意外とお調子ものな部分もあるんだな。

 そして背筋を張るということは、豊かな胸も強調されるということで……鋼の意思で視線を逸らし、雑踏の中に足を踏み入れた。

 俺の後ろをちょこちょこ、きょろきょろとしながらフェルチがついてくる。

 冒険者の群れは思った以上に凄い。

 選べる種族の数が十三もあるせいだろう、本当に多様な人種がごった返している。

 面白いのは獣人系の冒険者だ。

 男と女でガラリと雰囲気が変わるのが、獣人族の特徴的な要素だ。

 例えば、あそこの金属製の胸当てを装備したネコ科の男性は、人の顔をしていない。

 男性の獣人は、それぞれの獣の顔をマスク状に覆う設定ができる。

 引き締まった逞しい筋肉、重厚な装備を携えた豹頭の武人が出来上がる。

 もちろん、犬耳や猫耳、尻尾といった種族固定の部分だけで人間に近い外観の人も多いが、獣人男性アバターは動物頭が圧倒的に支持されている。

 そのダイレクトな野生の格好良さは男心をくすぐって仕方がない。

 しかし、獣頭とは言えど表情はとても豊かだ。

 くしゃっと笑ったり、きりっとしたり、だらしなく鼻の下を伸ばしている奴もいる。

 よくできているな、と思わず感心してしまう。

 見られていることに気付いた何人かがこちらに手を振ってきた。

 楽しそうにしている彼らにはとても共感を覚えるので、こちらも手を振り返した。

 後ろのフェルチも俺たちのやり取りを見て同じように手を振った。

 獣人たちは食い入るように、はしゃぐように一際強く手を振る。

 ……まさかとは思うが、いや、何も言うまい。

 ちょっと恥ずかしい気分だ。

 女性の獣人はやはり可愛らしい人間+耳+尻尾という姿が多かった。

 雰囲気もカワイイ系が多いようだ。

 ただ、中には獣頭のカッコいい系のメスもいた。

 え、「何故、獣頭なのに分かったのか」って?

 まつ毛が少し長かったからだよ。

 それと、胸が発達して……いや、これ以上は言うまい。


 他に目についたのはドラゴニアだろうか、とにかく大きいため目立つ。

 人ごみのあちこちでぽつぽつとバストアップで映る人影、それが彼らだ。

 ふと、「待ち合わせに便利だな」なんて考えてしまうのも無理はないだろう。

 彼らの特徴は巨大で無骨な武器を背負っていることだろう。

 やはり巨漢のパワーファイターは大きな獲物を振り回すに限る。

 さっきの獣人の雄は獣頭が多いというのと、ドラゴニアの武器チョイスはPVの影響が大きいだろうと思う。

 PVの激しい戦場、その最前線で活躍する彼らの雄姿を見せつけられたら、単純と言われようとも触発されるのは仕方ないことだ。


 あとは、やはり人間系は多いようだ。

 一番少ないのはラクシャスかな、角付きなので比較的すぐに見つかるのだが数は少ない。

 もう一つ目立つのはダンクェールか。

 種族固有の特徴として、銀髪金眼になるので見分けがつきやすい。

 そして、服装も似通っているのが面白い。

 どいつもこいつも黒や赤といった濃い色のローブ、マントを羽織っている。

 まさに中二病の塊といったところか。

 自分のアバターもパッと見だとダンクェールに見えているんだろうな。

 あ、目があった。

 目のあったダンクェールはふっとニヒルに笑い、これ見よがしにマントを少し靡かせる。

 たぶん「お前、マント着てないのか?」という嘲りの表情だアレは。

 ぐぬぬ、今に見てろよ……大魔法を覚えた暁にはより重度な中二病患者の『真なる詠唱』を見せつけてやる!

 アルヴは長耳で見つけやすい。

 ドワーフはたまにすれ違った時に気付くぐらいか、背が低いのだ。

 ただ、たまに人ごみの中をスペースが移動しているのを見かけると、あそこにはドワーフかミトラがいるのだろうと察しが付く。

 ミトラは確か小人族のはずだ。

 VRMMOでは戦闘に体格も大きく影響するから、極端な種族というのは選び難い要素だ。

 一概に良し悪しは語れないが、自分は縁がない種族だろうな。

 たまに見る薄らと青い肌でヒレ耳をしているのがマーレだ。

 魚人的な種族だが、獣族よりも人間の姿を強く残している。

 なんと、脇腹にエラがあって水中で呼吸できるという特殊能力がある!

 ……とはいえ、それを必須とするようなものは無いだろうから、あくまでロールプレイの一環で役に立つ要素かもしれないな。

 一応、公式のアナウンスではずっと潜ってられるほど高率がいいわけでも無いらしい。

 ただ世界観の幅を広げるという意味では、中々に重要なポジションだ。

 あと、人魚のイメージがあるのか女性が多い傾向があるみたいだ。

 お姉さん系の雰囲気の美人が多い。

 こうしてみると普通の人間っぽいのは少ない。

 獣人系は四種族ほど、ドラゴニアやマーレ、ラクシャスとダンクェールなど特徴の強い種族をいれれば全種族の半分以上、更にドワーフやミトラ、アルヴも見分けがつくので除けば、残りはヒューマンとマギエルになるのだが……うーん、勘だがマギエルは遭遇していない気がする。

 何というか、マギエルは確かに外見的な特徴は少ないというか、魅力はあまり無いよな。

 実を言えばステータスも総合的に見るとかなり低い方……ぶっちゃけ最下位だし、魔法使いたいならアルヴとか他に得意な種族がいくらでもいるんだよな。

 何せ、マギエルは『賢者の一族』とかいう設定があるが、具体的にプレイヤーが賢者になれる要素って無いんだよね。

 頭の中に各種データを全部叩き込めばリアル賢者になれるけど、それは個人のスペックであってアバターのステータスとは無関係だ。

 ま、細かいことはいいだろう。

 別に「理論値最強じゃないと嫌」みたいな宗教は持ち合わせていない。

 出来ることで遊ぶ、楽しむというのがゲームを最も美味しく味わうコツだ。


 ギルド会館まで辿り着いた。

 意外と町が広いのか、それなりに歩いた感覚はある。

 仮想の体は肉体的な疲労を溜めたりはしないが、精神的には疲労が溜まることもある。

 長く歩いたという認識が、そろそろ疲れたはずだという思い込みによって、精神的に疲労を感じてしまうことがある。

 そういう場合はもちろん、無理せずに小休止を取るべきだ。

 ゲームを止めてもいいし、酒場や宿屋で軽く休憩してもいい。


「フェルチは疲れてないか?」


「うん、全然平気! いやぁ、街並みを眺めるだけでも楽しいねー!」


 どうやら彼女は観光がいたく気に入ったようだ。

 最初に会った時の緊張も解けたのだろう、自然体での会話ができているように思える。

 両手にはしっかりと兎を二羽掴んでいる。

 笑顔で兎を握りしめている、とだけ言うと急にホラーになってしまうな。

 まぁ、もうしばらくは握っておいてもらおう。


「では、ギルド会館に入って情報を集めよう」


「オッケー! わくわくだね!」


 ギルド会館と広場もジオラマで見た時以上の迫力がある。

 広場のクリスタルと女神像は大きく、優美で、噴水による虹のカーテンと相まって幻想的だ。

 クリスタルの大きさは高さで六メートル幅で三メートルはあるんじゃないか。

 女神はクリスタルよりも二回り以上は小さいが、光り輝く杖を片手に寄り添う姿は言葉にするのが躊躇われる程の神秘的な存在感で溢れていた。

 どうも、最初にレクチャーをしてくれた女神と同じようだ。

 彼女も何かしら世界観に関わりがあるのだろうか。


 ギルド会館の面構えは、一言で表すならば「威厳」だ。

 外壁は白で塗り固められ、黒木の枠と対比した上質な色合いが質実剛健な印象だ。

 屋根は目が覚めるような赤、窓も扉も大きく、重厚ながら開放感もある造りだ。

 まるで、海外の宮殿や美術館を思わせるほどだ。

 扉を潜ると、そこは広大なロビーだ。

 暖かい色、落ち着いた色、引き締まった色、様々な種類の木材を惜しげなく使い、装飾にも一つ一つ凝っているのが伺える。

 木材だけじゃない、マーブル模様のあれは大理石か。

 ところどころにあしらわれたそれは、木材が彩る長い歴史の中に、今のギルドが持つ権威をさり気なく示しているかのようだ。

 ソファーや椅子も多く、吹き抜けの天井からは二階、三階も見渡せた。

 俺たちよりも先に辿り着いた冒険者たちは、それぞれが思い思いにギルドの中を動き回っていた。

 観光する者や張り紙を眺める者、雑談に興じる者もいれば、パーティ募集を行っている者も見受けられた。

 流石、選ばれただけあって行動力に溢れたプレイヤーが多い。

 俺は「負けてられないな」と心の中で闘志に火をつけながら、目星をつけていたギルドの受付NPCに声を掛けることにした。

 フェルチは相変わらずきょろきょろと目を輝かせて見物していたが、俺が受付へと歩き出すとすかさず後ろをついてきた。

 まるでカルガモか子犬の様だな。

 俺は栗色の髪をシニヨンで一つに纏めた受付の元へ行く。

 受付は全員女性のようなので、とりあえず近場で空いている場所を選んだ。

 別に、ちょっと好みのタイプだったとか、そういうわけではない。


「いらっしゃいませ、ようこそ訪れてくださいました冒険者様」


 ふむ。


「今から冒険者ギルドについて説明させて頂きますが、質問があればその都度で構いませんので遠慮なさらず仰って下さいね」


 まだギルドには登録していないはずなのだが、俺たちは既に冒険者という扱いらしい。

 冒険者とはどういうシステム何だろうか。


「まず、貴方様にはこちらの『冒険者カード』をお渡しします」


 そう言って、一枚の銅色のカードを受け取る。

 磨かれた銅の赤茶色の輝き、サイズは手のひらに乗せると少し大きい――手のひらから指先くらいまでを占めている。

 受付嬢は同じカードをフェルチにも差し出した。

 しばらく物珍しげにカードを見ていると、じわりと文字が浮かび上がってきた。


≪冒険者 ジン・トニック≫

 総討伐数 五体

 所持金 21G


 簡素な情報が浮かび上がる。

 さらっと所持金の表記があるな。

 総討伐数は町にくるまでの敵の数と相違がないことから、自動でカウントされたようだ。

 所持金はおそらくモンスター討伐を読み取って支給されたといったところか。

 俺の様子とカードの記述を見て、受付嬢は小さく驚いた後に微笑みを浮かべた。


「あら、既にモンスターを討伐されたのですね?

 当ギルド最初の討伐報酬を獲得されましたので、ボーナスを授与させて頂きますね。

 こちらの石版の上にカードをかざして頂けますでしょうか」


 ほう、ボーナスとな。

 言われるがまま、手にしたカードを装飾された木枠で囲まれた石版にかざしてみる。

 石版が微かに青く光ると、聞きなれた電子音のような効果音が鳴る。

 光はすぐに収まりを見せ、石版は元の灰色の表面に戻っていた。

 冒険者カードを眺めると、所持金が一気に千五百も増えていた。

 モンスター討伐の報酬Gと比べると、もはやこれはボーナスというよりも、宝くじにでも当たったかのような額だ。


「はい、これで完了です。

 説明が前後してしまいますが、そちらのカードが冒険者の身分を証明する為にギルドが発行している魔法道具『冒険者カード』となります。

 普段は収納しておき、使用する際に取り出してください。

 取り出す際、収納する際には≪カルド≫と唱えて頂ければ大丈夫です」


 魔法道具だから扱うには呪文が必要なのか。


「≪カルド≫」


 早速唱えてみると、冒険者カードはふっと光の粒になって消えた。

 もう一度唱えると再び手元に現れ、もう一度唱えればまた消えた。

 中々面白いなこれ。

 フェルチも楽しそうに呪文を唱えていた。


「さて、冒険者ギルドと冒険者の関係になりますが基本的には「ギブアンドテイク」、つまり、ギルドが提供するサービスを得る代わりに、冒険者はギルドに貢献をしてもらうという形です。

 我々は冒険者の皆様の自由を保証し、快適な冒険のサポートの為に、地元住民との円滑な関係を構築する橋渡しを行います。

 その代わり、冒険者は実力に見合った範囲でギルドへと協力をして頂きます。

 お互いに良い信頼関係を築きましょうね」


「具体的にはどういう感じですか?」


「ギルドが冒険者に提供する一番大きなサポートは『通貨』と『自由』です。

 通貨とは、今お渡しした冒険者カードを介してほぼ全ての国や地域での支払が可能になります。

 少なくとも、国家の影響圏ならば滞りなく金銭のやり取りが保障されます。

 自由とは、国家間の移動や冒険の活動範囲に対する制限を、個人のレベルを大きく超えて保証するというものです。

 余程の事情がない限り、冒険者が踏み入ることができない場所はありません。

 例えば個人の家や、国家・部族の保有地などのプライベートな空間は保証の対象外ですが、迷宮や秘境の探索、交易ルートなどでは最大限に冒険者としての権利を発揮するでしょう」


 つまり、世界共通貨として「ギルドキャッシュ」が存在し、冒険者があちこち行っても「冒険者なら仕方がない」と許してくれると。

 現実準拠で言えば凄く恵まれている条件だろう。

 むしろ、リアル過ぎる説明で困るかもしれない。


「冒険者がギルドへと提供するもの、それは力です。

 ギルドでは常に様々な依頼を引き受けております。

 それらの解決に尽力していただくのが、冒険者の義務となります。

 ただ、義務と言っても必ずしも一つのやり方で行うもの、というわけではありません。

 例えば張り出されたクエストを達成するにしても、モンスター討伐からアイテムの採取まで色々とございますし、アイテムを生産する技能をお持ちならばその売買でも賄えます。

 ――あ、丁度良いですね。

 その兎をギルドへと販売していただければ、貢献度として加算されますよ」


 ほう。


「ギルドは買い取りもしているのか」


「はい、冒険者ギルドとは『冒険者の活動を支援する統括ギルド』のことでして、実際には鍛冶ギルド、魔術ギルド、薬学ギルドなど、多くのギルドの上位組織として存在しています。

 なので、こちらで買い取った素材はそれらのギルドに分配し、適切に市場に卸される仕組みとなっています。

 もちろん、それはあくまで活動の側面の一つであり、冒険者の方がそれらのギルドに直接持ち込んでも構いません。

 時と場合によっては特定都市のギルドが高価に買い付けている場合もありますし、個人や商店規模でクエストとして収集依頼が出されているものもあります。

 基本的に、冒険者ギルドで買い取った商品は各ギルドとしかやり取りを行わないという規則がありますので、冒険者ギルドに売却したから依頼が減少するということもありません」


 本当に現実的な話だな。

 世間をそれ程知っているわけでもないけど、話を聞く分には「冒険者の仕事」と「ギルドの仕事」をしっかりと区別し、お互いが必要以上に干渉しないシステムのようだ。

 もっとも、ゲームだと世界観の設定と言う側面が強そうだが。


「ちなみに、ギルドでの買い取り価格はどんな感じに?」


「そうですね、冒険者ギルドでは一定の相場を守る為に基本的に最低価格と言っても良いかもしれません。

 冒険者ギルドの買い取り金額は市場の相場に原則左右されないという規則がありまして、稀に市場の方が買い取りが安い時もありますが、平均すれば安い査定になると思います。

 なので、冒険者ギルドの買い取り価格を基準に計算を行えば、最低でも生活が困窮するという事態は起こりえないと思われます」


 冒険者という住所不定、給与所得も不安定な職業。

 彼らの立場を守る為にサポートをするというスタンス、なるほど納得できる話だ。

 そういう無茶ができるのも巨大な組織であり、多くのギルドの元締めになるから……ということか。

 世界観的な話になるけど、このギルドの設立の歴史が気になってしまうな。

 現実にもこういう世界経済を牛耳ってる組織はありそうだ。

 この世界の世界番長は表舞台で堂々と居座ってるみたいだけど。


「ギルドが発行している各種依頼については、あちらの扉の奥にあるクエストルームから、クエストボードをご確認ください。

 引き受けたいクエストがございましたら、張り出された紙を壁から剥がし、冒険者カードと一緒に受付で提示して頂ければ受注完了です。

 現在受注しているクエストの数と期限は冒険者カードからでも、それぞれの詳細についてはメニュー画面からクエストの項目を参照してください」


 お、ようやくゲームっぽいことを口にした。

 意外とゲームらしいセリフを吐かないことに驚いていたのだが、この辺はスタッフの拘りなんだろうか……VRMMOだとその辺のデザインは割とシビアだと思うのだが、最近はゲームというのを前面に押し出した作品の方が多い。

 RATSというゲームシステムや詠唱の存在、NPCの立居振舞といい、『Armageddon Online』のスタッフはかなり世界観の設計に凝っているようだ。

 そういう拘りは個人的に好感が持てる。


 それからも館内施設の案内や、クローズドβテストの注意などを確認して受付嬢の元を後にする。


「――それでは、良い冒険を! またのお越しをお待ちしています」


 良く透る声でエールを送られ、俺とフェルチは意気揚々とギルド会館を後にした。

 次に向かうのは魔法屋、道具屋、武器防具屋だ。

 楽しいショッピングの時間である。

またも説明回。

すっ飛ばしたい気持ちを抑えつつ、大事なことなので書いてます。

次回はショッピング。

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