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Ep01.「Age of Darkness」#13


 あれからしばらく、メイサを伴って露店の人混みの中を歩き回っていた。

 ここは本当に活気あふれた場所だ。

 飛び交う言葉は欲望を多分に含んだギラついたものではあるが、人のそうした活力や熱量に当てられて俺も内側に沸々と湧き上がるものを感じていた。

 それは理解や想像を超えた現状に対して積極的に頑張ろうと思う決意でもあり、この場に溢れかえっている人間がただのプログラムされたAI、ゲームを賑やかすNPCとは一線を画しているのではないかと言う漠然とした予感だった。


 この”目(天帝眼)”の能力を発揮すれば、周りに居る人間たちが全てNPCだと表示されている。

 それは紛れも無い事実だ。

 それでも、彼らの振る舞いや表情を見ていると俺の感情が強く揺さぶられるのだ。

 今まで良くも悪くもNPCとは数多の世界ゲームで出会ってきたし、その度に彼らの成長を見守って来た俺だからこそ、この突拍子もない一つのアイデアに確信を持ち始めていた。

 今までのAIは全て人工知能とは言う物の、星の数にも届くような無数のトライアンドエラーによって出来上がった一つの山の様なものだ。

 遠目に見ればそれは確かに立派な山なのだが、実際に歩み寄って見るとそれが自然に生まれたものではなく、様々な残骸や欠片を無数に積み上げてできた人工物であると気付かされる。

 巷ではNPCの対応が人間と比べてそん色ないレベルと言われているそうだが、それは普段関わりの無い人間だからそう錯覚するだけであって、熟練の職人が指先の感触だけで目視では決して見つけられないような微細な変化を感じ取るように、俺たちはAIと本物の人間の違いを見分けることに長けていると言ってもいいだろう。

 より正確に言えばAIに共通して見える……癖の様な何かを感じるのだ。

 それが立ち居振る舞いなどの仕草からなのか、会話の内容からなのか、はたまた魂や精神と言ったもっとオカルティズムな何かなのかは分からないが、ふとした瞬間に「あぁ、コイツはやっぱりAIなんだな」と気付く瞬間があるのだ。

 そう、本来この見分け方は「やはりAIだ」と気付くことにある。

 そんな自分が、今はこの無数のNPCたちに対して「実は自分と同じ人間なんじゃないか」と言う違和感と言えば良いのか何なのか……いや、これはおそらく願望なんだろう。

 期待してしまっている。

 違うな、自分の理解できるものに置き換えることで自我を保とうとしているのかもしれない。

 人は状況に慣れる生き物だと言う。

 今も理性では自分が巻き込まれた現状を異常なことだと正しく認識しているが、体のほう……本能と言い換えても良いだろう、それは状況を自らに取り込んでしまおうと働きかけているのだ。

 そうでもなければ、俺は彼らに対して何を望んでいるのだろうか……もしかして、俺はもう……いや、分からない。 俺は自分が分からない。


 ――思考が迷走している理由には、おそらく先ほど手に入れた『不死鳥のタクト』が影響しているのだろう。

 同名のアイテムが『Armageddon Online』の中にあったわけでは無い。

 少なくとも俺の記憶の中では同盟のアイテムの存在を記憶していなかったので、このタクトが本当に繋がりを証明する物証として機能するかと問われれば疑問が残るだろう。

 それでも、この”眼”を通して得た情報はあのゲームとの共通性を再認識するには十分だった。

 これから向かう場所である王国の中央に、この状況を紐解く何かのヒントがあるかもしれないと言うのは、ご都合主義のような展開によるクエストの発生を別にしても十分な動機と目的を俺に与えてくれたし、何よりもこのアイテムが流れ着いたことで今まで努めて意識していなかった他のプレイヤーが存在する可能性についても無視できなくなってきた気がするのだ。

 辿ることが出来る最後の記憶では、クローズドβテストの最終イベントにプレイヤーの一人として参加していたのが自分だったはずだ。

 つまり、それは自分と同じ境遇にある他のプレイヤーが居る可能性を考慮するには十分な要素だと言えるはずなのだ。

 今までは何らかのアクシデントに巻き込まれたのが自分ひとりであると言う可能性の方が強いだろうと……確立として、無数の人間が同様のアクシデントに巻き込まれる方が少ないだろうと、その方が良いという思いもあって、他に巻き込まれたプレイヤーが居ない事を前提に考えていた。

 しかし、こうして魔法を扱う事が困難なこの世界で魔法の発動媒体である≪指揮棒≫を発見したことは、それをどう扱うにしても無視できない強力な証拠である。

 例えば他のプレイヤーが剣士系であったり、制作系のスキルを所持しているなどの理由で路銀を得る為にアイテムを手放した可能性は十分にあるだろう。

 もっと穿って考えて見れば、敢えて行商人の手に渡るような市場で流すことで地方に潜在する他のプレイヤーの目に付かないかと考えての策と言う可能性もあるかもしれない。

 偶然と切って捨てられないのは魔法の存在が希薄なこの世界、特に自分のステータスを持ってしてもMP回復が極端に遅いこの世界において、不要なはずの魔法の発動媒体がこうして存在している事が強烈な存在感を放っていた。

 運命や奇跡を信じてるわけじゃないが、俺にはそれを無視することがどうしてもできなかった。


 この世界に他のプレイヤーが存在する。


 その確信は俺の心の底に重い鉛の様に深く沈みこんでいた。

 それは、そう遠くない内に他のプレイヤーと接触する可能性もあるだろうと予感させるには十分であり……その考えは俺の背筋に細い糸の様な冷気を這わせる。

 何故だか、他のプレイヤーの存在に光明を感じている感情とは裏腹に、直感的な部分でぞっとするような悪寒を感じているのだ。

 これがどういうことなのか、未だ予測も推測も立たないが――


「――トニック殿! どうかされましたか!?」


「え、あぁ、いや……何でも、ないですよ……」


「何でもないと言うには些か顔色が良くないようです。 汗も酷い。 この人の多さです、熱気に当てられたのかもしれません。 ひとまずあの日陰で休憩しましょう」


「そうですね、申し訳ないメイサさん。 心配をお掛けしたようで」


「私の事はメイサで結構です」


 この期に及んでも主張を曲げることなく、こちらの失言に対してもすかさず訂正を差し挟んでくるあたり彼女の対応は徹底しているなと逆に感心してしまう。

 常にこちらを一歩か二歩引いた場所から窺う態度は、彼女が若くとも騎士として経験を積んできた結果なのだろうと納得する。

 そう言えば、彼女は何歳ぐらいなんだろうか。

 聞いたかどうか……覚えていない、いや、教えて貰ってないんだなこれは。

 記憶力に抜群の自信がある訳じゃないし俺の記憶には多々曖昧な部分が存在しているが、どういう事かこの世界で覚醒してからのことはしっかりと記憶できているように思う。

 彼女の場合、雰囲気が大人びていると言うか騎士として見事な仕草を披露するからとても大人びて見えるが……肌のハリツヤと言えば良いのだろうか? 少し下卑た言い方かもしれないが、彼女の身体は見るからに年相応の瑞々しさを感じるのだ。

 騎士と言うだけあって目立つ訳ではないが筋肉は付いているようで、褐色の肌と相まって実に健康的と言うか、オリエンタルな魅力を醸し出しているように思う。

 俺にとっては褐色の肌なんて精々が夏の時期に小麦色に焼けるくらいで、地の肌が彼女の様に綺麗でムラのない濃さをしていると言うのは滅多にお目にかかるものではない。

 だから彼女から目が離せないのかもしれない。

 色の薄いブロンドヘアも肌の色と対照的で、白く抜ける様な、それでいて陽光を照り返して金色に煌めく姿は彼女の印象を見る者の瞳に強く刻ませるためとしか思えない程だ。

 ……なんて、益体も無いことを考えつつ彼女を視線で注視していたのは、この日陰の場所まで先導する彼女と人混みの中ではぐれないようにする為であり他意は無いんだよなぁ。

 いや、メイサが魅力的かどうかと聞かれれば即答できる。

 ただし、それよりも今は彼女に気遣われる程に消耗して見える俺の状態の方が問題だろう。


 俺は彼女が見つけてくれたベンチに腰掛けながら、意識を集中してメニューを操作して自分のステータスウィンドウを開いて詳細情報を確認する。

 思った通り、状態異常はもちろんのことHPにもこれといった変化は無い。

 装備欄には新たに購入したばかりの不死鳥のタクトが自動的に登録されているが、これは特に問題があるわけでは無いので気にする必要は無い。

 むしろ、心なしか装備の効果でMPの回復量が増えているような気がする。

 この短期間にミリであろうと回復するわけも無いので完全に気のせいのレベルなのだが、それでもそう感じてしまうぐらいには期待していると言う事だろうな。

 マギエルにとってのMPとは命そのものと同義だと断言しても決して過言ではない。

 肉体の性能は並の人間と同程度かそれ以下、魔法の単純な出力だけで言えばエルヴには及ばず、ダンクェールと比べても育成次第ではトントン。

 額から止め処なく噴き出る汗の正体が、種族の設定から影響しているのならば昔の自分を恨まざるを得ない。

 確か記憶が正しければマギエルは最低最弱の種族としてクローズドβテストでも忌み嫌われていたはずだし、実際、俺の評価も『クソ弱い』と言う身も蓋も無い物だったはずだ。

 俺はどちらかと言えばゲーム内での戦闘を楽しむプレイヤーであり、友人と一緒に前衛で駆けずり回る方がどちらかと言えば性に合っている。

 そう言う意味では、クローズドβテストが終わって正式版が始まったらダンクェールでゲームを遊ぼうと考えていたらしい俺の判断は大正解だろう。

 少し人混みで露天市場を眺めていただけで体力が底を尽きかけるようじゃ何もできない。

 いや、まだそう決めつけるのは時期尚早か。

 本当に人気の多さに当てられただけかもしれないしな……祭りとかの賑やかさはどちらかと言えば好きな方なんだけど。


 そうして、ぼんやりと思考を散らしているとひやっとした空気が頬を撫でる。

 振り返るとそこにはメイサが手に金属製のコップを手にして立っていた。


「どうぞ、良く冷えた果実水です。 これで少しは熱が和らぐと思いますよ」


「すまないメイサ、ありがとう」


 俺は彼女が居なくなっていたことにも気づいていなかったのだが、どうやら俺を気遣って冷たい飲み物まで用意してくれたらしい。

 至れり尽くせりと言うか、言葉にする前に察すると言うか……どちらかと言えば無口な印象のある彼女だが、その心配りや対応はまるで良く出来たメイドのそれと同じようにも感じてしまう。

 本物のメイドなんて会ったことも無いけどさ。

 でも、騎士である彼女にメイドのようだと言ったら侮辱だと思われそうなので口にはしない。

 その思いごと飲み下すように、果実水を口に含んで喉を潤した。

 イチゴと梨をミックスしたような、爽やかで仄かに甘酸っぱい味わいがすっと喉をすり抜けていく。

 この炎天下にも関わらず良く冷えていて、確かにこれを飲めば体の火照りなんてあっという間に吹き飛んでしまうのもうなずける。


「……あぁ、とても美味しいよ! これは何の果実なんだい?」


「ピアベリーと言う果実です。 辺境領の特産物の一つで、丁度先日から旬を迎えたので味の良い初物が出回っているんですよ」


「なるほど、これは本当に美味い。 俺の好みの味だ」


「……そうですか、それは良かった」


「メイサもこのピアベリーが好きなのか?」


「どうしてですか?」


「いや、どうしてって……何となく、そうなんじゃないかと思っただけなんだが」


「……えぇ、好きですよ。 子供の頃から良く口にしていましたから」


「なるほどね。 今が初物の時期だって言ってたよね、メイサは見分けとかできる?」


「ピアベリーの良し悪しについてですか? まぁ、下手な手合いよりは良い物を見分けられると思いますが……」


 彼女にしては珍しくハッキリとした物言いではないが、要するにそれは「当然でしょう、私がピアベリーの良し悪しを見分けられないはずがないです」ってことだよな?

 俺はこの果実水がとても気に入った。

 と言うか、梨もイチゴも好きなのだ。

 特に梨の瑞々しさと爽やかな香り、シャキシャキとした食感が好きだった。

 イチゴは甘いものも酸味が強いものもどちらも味わいがあって好きだが、このピアベリーはどちらかと言うと甘い香りがイチゴっぽい感じだな。

 ともあれ、方針は決した。

 俺は立ち上がると一息に残りの果実水を飲み干し、メイサに道案内を頼むことにする。


「ピアベリーを買いに行こう、メイサの目利きには期待してるぞ」


「……青果は保存食としては適していませんよ?」


「まぁまぁ、良いじゃないか。 保存食にするかどうかはさて置いても、こんなに美味しい旬の果実があるなら買わないって選択肢は無いだろう! それにメイサには今日一日ずっと俺に付き合って貰っているからな、そのお礼も兼ねてプレゼントさせてくれよ」


「いえ、このお金は伯爵様から旅支度の為にと渡されたもので」


「英気を養うのも大事なこと、旅仲間と親密になるのも大事なこと。 俺とメイサは一緒に旅をする仲間、つまり一緒にピアベリーと買うべきであり、食べるべきなんだ。 特に、美味しい目利きが出来る仲間がいるならばその能力は積極的に発揮するべきだ」


「いえ、ですが」


「いいからいいから! ほら、メイサ俺はもう大丈夫だから行くぞ!」


 俺は正論を盾に渋るメイサの手を引きながら人混みの中へと再び飛び込んでいく。

 目的地がどこにあるか分からないまま飛び込んだが、甘い匂いを頼りに方角を定めてその方向へと足を進める。

 メイサも流石にここまですれば諦めたのか、途中からは俺の先を歩いて青果を取り扱う市場まで先導してくれた。

 ふと、彼女の横顔を見るとなかなかどうして、彼女がピアベリーを好きだと言うのは本当のようだ。

 普段は凛々しい彼女の表情が、少し穏やかなものになっていた。

 子供の頃によく食べていたと言っていたから、彼女に取ってピアベリーの味は思い出の味なのかもしれないな。 俺も楽しみだ。




 腕一杯に抱えるほどの量のピアベリーを買ったのは流石に多すぎたかもしれない。

 購入後しばらくはそんな風に軽く後悔をしていたのだが、いやはやどうしてこうなったのか……存外にメイサにも可愛らしいところがあると言うか。

 ピアベリーを一杯に詰め込んだ麻袋は彼女が持ってくれると言ったので、その重さと体積を懸念しながらも任せてしまったのだが、二人で手に取って食べながら露店を眺めているうちに気付けば最初に見た時とは印象ががらりと変わっていた。

 口紐を縛れず溢れんばかりに詰め込まれていたはずのピアベリーは、一時間程度で口紐が縛れるほどに数が減り、三時間経った今では両手で抱えなければならない程だったはずの麻袋は肩紐で背負うことが出来るほどに小さく、軽くなっていたのだ。

 今もメイサの手には食べかけのピアベリーが握られているが、形と色の濃さが違うので先ほど見ていたピアベリーとは違うものだとすぐに気が付いた。

 いや、別に構わないんだ。

 メイサには色々と露店で物色する際に助言を貰ったりもしたし、騎士を同伴しているだけで融通を聞いてくれる店主も多かったりと商談が非常にスムーズに進む裏の立役者でもあったのだから。

 ただ、少し心配になってしまう。

 今もまた気付けば新しいピアベリーが手に握られていた。

 色味は似ているが、歯形の無い真新しいものだからすぐに気付いた。

 食べないのだ。

 幾つ目からそうなのか分からないが、彼女は俺が見ている前では極力食べている姿を見せようとしていない……いや、もしかしたらつまみ食いをしている感覚なのかもしれない。

 こうして俺が商品に目をやり、店主と話をしているとシャリシャリと微かに音がするのだ。

 それとなく視線をずらしてメイサの様子を目の端に捉えると、やはり彼女はいつも通りに騎士然とした不動の姿勢で立っている。 手には欠けたピアベリーを握り締めて。

 口元が湿っているのも一目で分かる。

 形の良い彼女の唇がぷるぷると光を放っているからだ。

 俺が商品の物色に戻るとまたシャリっと音が鳴る。

 完全に確信犯だ。

 さり気なく振り向くと、やはり直立不動の姿勢で立っている……が、手にしているピアベリーはあと一口分しかと残っていなかった。

 やはり減っている。 間違いない。

 別の店へと向かう間にも、シャリシャリとリズムよく音が鳴る。

 そう、彼女は雑踏に紛れるよう俺の歩みに合わせてリズムよくピアベリーを噛んでいるのだ。

 徹底しているその隠ぺい技術は、まるでつまみ食いの常習犯のような周到さだ。

 彼女はもしかして腹ペコキャラなのだろうか?

 意外と言えば意外だが、別に俺に隠さなくてもいいのではないか。

 何とも言えないもやもやが俺の胸中を占めていく。

 隠されると暴きたくなるのが人の本性であり、ムラムラとした衝動がどんどん膨れ上がっていく。

 俺は宝石の原石を扱っている露店で品定めをしながら、作戦を実行に移す。

 ここに来るまでに何度かフェイントを試してみたりもしたが、彼女にはその悉くを見破られてしまっていたようで未だ成功には至っていない。

 俺は慎重に店主と会話を弾ませながら、原石を手にして太陽にかざすように持ち上げながら、順調に商談を進めていく……フリをしつつ、結晶の表面に反射するメイサの様子を観察する。

 勝負は一瞬で決まる。

 ここで外せば次の機会は無いだろうと言う確信にも似た予感があった。

 これが今後の前哨戦……俺に課せられたクエストの成否を占う試金石だと自分に言い聞かせながら、静かにじっとそのタイミングを窺っていく。

 ――今だ!


「これなんかメイサに似合うんじゃないか?」


 あらかじめ目を付けて置いた原石を手に素早く振り返ると、そこには予想通りピアベリーを口許に運んでいるメイサの姿があった。 驚いたように目を見開く彼女の顔を見て俺は満足する。

 彼女はと言えばピタリと動作を停止してしまっていて、表情からもその心中を察することは出来ない。

 しまった、いつもの癖で悪戯心に火が付いてしまったが、別にこの後彼女をどうしてやろうとか考えていたわけじゃないので俺も次の行動を考えていなかった。

 完全にドツボに嵌っている。


「お客様、お目が高いですな! そのパライバの原石の澄んだ青色は、そちらのお綺麗な女騎士様の瞳の色に似てとても美しいものです! きっと気に入っていただけますよ」


 そんな俺たちの金縛りを解いたのは空気の読めない石売りの商人の声だった。

 積極的に売り込んでくる彼のセールストークを先ほどまでは半ば聞き流していたのだが、こうして耳にして見るとなるほど確かに今手にしているトルマリンの透き通った空色は、メイサの瞳の色とよく似ているなと納得した。

 何となく似合うんじゃないかと思って手にして見たのだが、彼に言われてこの石のどこに俺の琴線が触れたのかをようやく理解した気分だ。

 この原石を加工してアクセサリに出来れば……例えば、イヤリングでもいいしネックレスでも良い、メイサに身に付けて貰えばとても似合うのは間違いないだろう。

 そうだ、つい後回しになっていたがスキルリストを精査して生産系スキルを確認しておかないといけないな……記憶の曖昧な部分なので確証を持っている訳じゃないんだが、生産系スキルの幾らかを俺は覚えていた筈なのだ。

 もしかしたら、亜竜討伐後に確認したノイズ混じりのスキルがそれかもしれないし、大本のスキルリストをもう一度確認してみれば見逃していたスキルの中にあるかもしれない。

 露店を一通り回って見て俺の装備として有効な物は不死鳥のタクト以外は全くの皆無だった程で、魔法使い系の装備の調達が見込めない以上は自作する以外に他は無いのだ。

 低レベル向けでも良いから装備が流通していれば、ここまで頭を悩ませる必要も無かったのだが……まぁ、無い物ねだりをしても仕方がないだろう。

 それにアクセサリを自作できるようになっておくのは悪く無い選択肢の筈だ。

 確かアクセサリは装備としてステータス補正は殆ど無いが、特殊効果を幾らか付与することで戦闘のサポートになる系統のアイテムだったはずだ。 これから道中で何が起こるかはわからないが、出来れば協力関係になる彼女たちにもそれとなく装備を提供しておいた方が良いのではとも考えているのだが……それは俺がスキルを使って装備を作成出来る事を前提にした上で、NPCが装備しても効果が発揮されるのかなど幾つかの疑問点や、あと二日しかないという時間的な課題もクリアしないとならない。

 アイテムによって確かな効果が見込めるならば着手する意味もあるが、一番は自らの装備を万全に整える事であり、次いでスキルを使用した戦闘に身体を慣らす必要があると考えている。

 短い時間の中で俺に何が出来るのか、時間は刻一刻と進み否が応にも取捨選択を迫られる。


「あのぉ、お客様……じっと見つめ合う程にお熱いのは良いことなんですが、そちらの商品の方はご購入して頂けるんですよね?」


「――あぁ、そうだな! 君の店は品ぞろえも良いし質も良さそうだから、購入しても良いと考えている。 どれくらいになるかは……正直、懐と相談と言ったところかな」


 ついつい思考の海に沈んでしまうのは俺の悪い癖だな。

 以前はここまで露骨に意識が跳ぶことは無かった筈だが、様々な可能性を考慮せざるを得ないからか懸案事項が浮かび上がる度に意識を引っ張られているような気がする。

 この世界で俺が目覚めて二日か三日ほど。


「お客様のことは既にワタクシめも小耳に挟んでおりますよ。 何でもあの赤鼻がお認めになられたとか。 お求め頂く商品の量にもよりますが、きっとご満足頂ける商談にしてみせますとも!」


「そうか、それは有難い! では、これとそれと、あとこんな色の石があれば――」


「それでしたら、おそらく在庫に幾つかございますな。 さっそく弟子に確認させてきましょう」


 増え続ける情報の断片を脳が高速で処理する為のラグが、度々起きている唐突な沈思黙考の正体なのかもしれない。

 未知の状況に晒されていることで増え続ける膨大な情報量に対応するため。

 そうだとすれば、俺の思考も大分システマティックになってしまったものだと我が身のことながら驚いてしまうな。 どちらかと言えば、俺は感情に身を委ねやすいと何度も指摘されていたぐらいなのだから、知り合いが今の俺の様子を見れば腹を抱えて爆笑するだろうな。

 慣れないことを無理してやってるのが見え見えだ、と。

 こうして商人たちと渡り合って見てはいるものの、正直に言えば一杯一杯だったりするのだ。

 想像以上に材木屋との一件が効果を発揮しているようで、赤鼻の名前もあってか、それとも金払いの良さから彼らも商機と見てくれたか……ともあれ、素材の調達は順調だった。

 今回の商談も上首尾に話を纏められそうで内心ほっと胸を撫で下ろしているところだ。

 伯爵からは支度金としてかなりの量の額を頂戴していたのだが、露店は物価が著しく高かったので交渉の成功無くしては想定していただけの素材は集められなかっただろう。

 そう言う意味では、現状は自分にとって都合が良い形で話が進んでいる。


「如何でしょう、お気に召して頂けますか?」


「うん、悪く無い条件だ、さっそく支払わせて貰うよ。 メイサ、支払ってくれるか?」


「有難うございます、是非今後ともご贔屓に」


 でも、こうして順調に物事が進み過ぎると何故か不安になるのはどうしてだろうな。

 だからこそ俺は出来る限りの最善を尽くすしかない――例え今、こうして過ごしている時間がいつか夢になるとしても。


「……あの、お客様? お付きの方が、その」


 そんな商人の言葉で意識を正し、彼の視線を追って振り返ると立ち尽くすメイサの姿があった。

 少し前に見た姿勢と同じままで、まるで時間が止まっているかのようにも思える程だ。


「メイサ? おーい、メイサー!」


 放心しているような彼女に強く声を掛けて見ると、虚空を見つめていた目の焦点が戻って俺に合わさってくる。

 どうやら少しばかり意識が逸れていたようだ。

 まぁ、延々人混みの中を行ったり来たりしながら露店を隅々まで巡ったのだから、疲労が溜まっていても無理はないだろう。


「ぁ、はい」


「商談が纏まったから支払いを頼むよ」


「はい、申し訳ありません! 今すぐ対応させて頂きます」


 騎士らしく自らの失態を恥じ入るように堂々と謝意を示し、言葉通り素早く行動を開始する彼女の様子に俺は感心すると同時に少し申し訳なく思ってしまう。

 彼女が相応の態度で職務に臨んでいると言うのに、俺は度々呆ていたとしても咎められることも自らを律して罰することも無い……俺は利己的な人間だから、な。

 とは言え、俺が彼女を長時間連れ回したことが原因で彼女に恥をかかせてしまったのだろうから、その埋め合わせくらいは何か考えておく必要があるだろう。

 それこそ、少し前に自らが口にしていたようにスキルで装備を調達できる目途が立ったなら、都合を付けて彼女の分くらいは出立までに間に合わせてみるのも良いだろう。

 今日こうして彼女が尽力してくれたお陰で目標を滞りなく達成しているのだから、その感謝の意思も込めてプレゼントするのは悪く無いアイデアだと思う。 うん、そうしよう。


「確かに全額頂戴致しました。 では、こちらが商品のお渡しになります」


 そう言って、頬を弛めながら商人は原石の入った袋を差し出してくる。

 すかさずメイサが受け取ろうと手を伸ばすが、俺が間に入って先に受け取ってしまう。


「ありがとう、また縁があったら寄らせてもらうよ」


 商人にそう告げて、俺は露店を後にする。

 ここが最後の購入になるので、あとは城砦に戻ってスキルの精査とアイテムの試作だな。

 既にスキルが存在していることを前提で離しているが、記憶の中には生産系スキルの存在と一部のレシピがあるので、ほぼ間違いなく可能なはずである。

 自然と疲れているはずの肉体が軽くなったような気がした。

 大事の前の小事とはいえ、一つの物事を達成したと言う事実が気分を高揚させているのかもしれない。

 にこやかな商人の声を耳にしながら、ふと冷たい視線が背中に突き刺さっていることに気付いた。

 ……誰の視線かは言うまでもないが、理由が分からない。

 いや、直前のあのやり取りだろうか。


「何か言いたい事でもあるのか、メイサ」


 分からなければ考え込むよりも聞いてしまった方が早いだろう。

 そう思って彼女に訊ねてみたのだがどうにも反応が悪い。

 購入してからは常に手にしていた食べ掛けのピアベリーも今は無く、じっと見つめる様な視線でこちらの様子を窺っていた。


「なぁ、メイサどうしたんだ? 長時間露店に居たから疲れたのか?」


「……そうかもしれません」


「なるほど、だったら俺も同じさ。 いや、俺の方が体力に自信がないから、メイサよりもよっぽどくたくたになっていると自負しているぞ!」


「でしたら、先ほどの露店で購入したお荷物も私が運びましょう。 私は騎士ですから体力にはまだまだ余裕があります」


「構わないさ。 この後はもう他に買うものが無いから砦に帰るだけだ。 俺も男だからな、メイサにばかり頼ってちゃ格好がつかないだろ?」


「私は男だから、女だからとは気にしませんが」


「メイサは気にしなくても俺が気にするんだよ」


 今のやり取りで、やはりメイサの機嫌は仕事を取られたように感じたからだろうと言う俺の予測は概ね正解だったんだろうと確信する。

 職務に対して懸命で生真面目、そして射抜くような鋭い眼差しから第一印象は冷たさを感じた彼女だが、ピアベリーを一心に貪っていたりするお茶目な部分や、俺の為に飲み物を用意してくれたりと気を回してくれる姿が見れて心理的な距離感がだいぶ近づいたような気がする。

 彼女とならアリューを中央まで警護するという大役、そして長い旅の道中でトラブルが起きたとしても難なくこなせそうだなんて、今の俺は思ってしまうわけだ。

いつもの如くお久しぶりです。

更新速度が著しく遅いタイトルですが、それでも見て下さる方が居るようでいつも感謝しています。

それに報いる様に努力したいと思います。


せめて今年中に王都までは話を進めてしまいたい。

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