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Ep01.「Age of Darkness」#9

久しぶりに筆を握るので、人物像が多少ぶれてるかもしれません。

設定とかも、矛盾してるかもしれません。

余程酷いとアレですが、目を瞑っていただけるとありがたいです。


2014/12/25 誤字修正



「すまないな、昨晩はトニック殿の力によって助けられたようだ」


「いえ、恩義のある身ですから。 手をお貸しするのは当然です伯爵」


 ハルトナー辺境伯は目を伏せて礼を述べる。

 俺も彼に倣って深く腰を折って礼を返す。

 まだ時間は早朝だが、年齢を一切感じさせない彼の剛健な雰囲気は未だ彼が現役であることを言外に語っている様だった。

 一線を退いた理由について、俺は過去視と言う名のイベントムービーの中で目撃したので知っているのだが、もしその不幸さえなければ息子と共に戦場を駆け回っていただろうことは想像に難くない。

 彼の隣に立て掛けられている質素な造りの直剣が、彼の性分を雄弁に示しているように感じた。


 今こうして会話している場所は砦に設けられた伯爵の書斎だ。

 書斎と言っても、一度この砦で戦端が開かれたならば作戦指揮を執り行う心臓部となるのだろう、十人以上が腰掛けられる分厚い天板のテーブルと、シンプルながらも随所に丁寧な装飾が施された椅子の設えは、それだけで十分な威圧感を放っていた。

 壁一面に備えられた書棚には羊皮紙の束や巻物、更には皮革の表紙を持つハードカバーの本が整然と収められていた。

 俺と伯爵はその作戦机の両端に座り対面している。

 彼の背の奥には、この部屋の調度品の中でも更に一段と質の良いだろう執務机があり、あれが本来の伯爵が腰掛けている――現に、ここに俺が招かれた時は執務机に座していた――べきなのだろうが……きっと昨晩の亜竜種討伐を果たした俺に対する感謝を示す態度として、この場では対等な立場であると言うアピールなのかもしれない。

 ハルトナー辺境伯と言う人物は、まさに質実剛健をその身で体現したような男だと感じた。


「それにしても驚いた、いや、正直に言えば初めは耳を疑ったぞ!

 亜竜種を単独で討伐、しかも一撃でと言うのだからな……」


 やはり、亜竜種を一人で撃破できるのは異常なことのようだ。


「やはり、あのような魔法は異常ですか……」


「王都では魔法使いや魔法の研究がされていることは知っているが、何分ここは王国辺境の中でも最果ての地でな。 魔法と言う言葉を耳にしたことはあっても、奇術やまやかしの一種のような印象だった。 いやもっとハッキリと言えば、魔法など夢幻の話だと思っていた。

 昨晩の会食で魔法の灯りを見せて貰うまでは眉唾ものであったし、亜竜種の討伐に至っては王都の魔法使いどもで同じことを出来るものが居るかどうかも怪しいのではないか?

 事実、昨日までは神話や英雄譚のように人が天候を操作したり、天地を焼き尽くす竜を相手に死闘を演じるなど創作物の中でしかありえないと、な。

 もし、人の内にそれ程の力が眠っていると言うのであれば、この暗雲立ち込める世にこそ彼らが生まれ出でねばならぬはずだ。

 ……だが、現実は幾百、幾千の兵を束ねて挑まなければ、人は己の家を守ることすら敵わない」


 伯爵は両手を組み、両肘を机に置き、口元を隠すようにして体を預ける。


「トニック殿はどこまで理解しているのか」


「……多分、何も分かっていないと思います。

 この王国の事、人類が直面している危機、この辺境領域で起きている事を、何も……」


「話せる範囲で構わん、率直に行くがトニック殿は何者なのだ?」


「俺は冒険者です、ですが……自分の名前と技能を辛うじて覚えている程度で、どこの誰なのか、どんな生活をしていたのか、そう言った生い立ちに関する記憶が非常に曖昧なのです。

 あの日、あの時、場所に自分が現れたことも居合わせた偶然などではなく、本当に突然の出来事だったのです。 何故、あの場所に居たのか分からない。

 それでも、視界を埋め尽くす魔物の大群を目にした時、俺は自らの力を振るう事を直感的に選択していました。 魔物は俺にとっての敵である、自分は貴方たちと同じ人の立場であることは間違いない……筈です、自信はありませんが」


 VRがどうとか、そういう事は当然口にするつもりはない。

 NPC相手にそれを言った所でどうとなるわけでもないから――と言う意識もあったが、気付けばすらすらと口をついて言葉が出ていた。

 記憶が無いという言い訳は定番だが、実際に今の俺はVRゲームを始める前の記憶が曖昧なので、多少のニュアンスの違いはあっても嘘でも無いからだろうな。

 ただ、一瞬の間を開けることも無く言葉が浮かんできたのが自分としても驚いていたりする。

 俺は口下手なつもりはないが、口達者な部類でも無かったはずだ。

 急なことで沈黙してしまい、その後も一言も切り出せないとかよりは随分マシだと思うので特に気にもならないが……目覚めた時から思考が澄み渡っていることが原因なのだろうか?


「なるほど。 単なる記憶障害などではなく、神隠しの類かもしれんと言う事だな。

 曖昧だと言う事は、多少なりは以前の記憶も思い出せるのであろう? ならば身の上を悲観する必要も無い、王国の全ての情報は王都に集積される……トニック殿さえ良ければ、紹介状を用意するので王都まで向かわれると良い。

 記憶の断片から身元を割り出すことや、解れた記憶の糸口となる何かを掴めるかもしれん」


 そう言うが早いか、彼は立ち上がると執務机の上に備え付けていたインク壺と羽ペン、羊皮紙を手にして何事か書き込み始めた。

 最期にそれを飾り紐で結び、その結び目を蝋で封じて右手に嵌めた指輪の印を押し付けていた。

 あっという間に出来上がったそれは、受け取るとログに「特殊アイテムを入手しました」と表示されていた。


―――――

『ハルトナー辺境伯の紹介状』

・特殊アイテム ・譲渡不可


 所有者の身分を証明する直筆の書状。

 カルカミック王国内において効果を発揮する。

 この書状は所有者の身分は「カルカミック王国・準子爵」として扱われる。

―――――


 どうやら結構なアイテムのようだ。

 特殊アイテムは大抵イベント関連のアイテムだったり、ゲーム上重要なキーアイテムの際にそれを示す分類として機能していたはずだ。


「宜しいのですか? 身元の定かでない流れ者に、このような物を与えてしまっても」


「構わん、その人物が如何な者かはこの眼で見れば分かる。

 いや、分からなければ人の上に立ってはいかんのだ」


 きっぱりと言い切るその表情は堂々としており、溢れる自信の中にちょっとした悪戯心が垣間見えた様な気がした。

 なぜ悪戯心が垣間見えたのか……何となく分かるような気がするが、今は置いておくことにしよう。


「それで、見返りに俺は何をすれば良いんですか?」


「……」


 無礼極まる態度かもしれないが、俺は気になっていたことを直接突き付ける。

 こうして面を向い合せて会話を交わしていると分かるが、彼の視線は終始何かを訴えかけるように俺に射掛けられていた。

 俺の言葉に、伯爵は初めて深く椅子に背を預けた。

 彼は丁寧に整えられた立派な髭を撫でながらゆっくりと静かに息を吐いた。

 少しの躊躇いを見せた後、ぽつりと独り言を呟くかの様に声を発した。


「アーリュシアのことを頼みたい」


「突然ですね」


「つい先ほど、早馬からの報告があった。

 南部平原で昨夜、魔物の群れとぶつかっていた歩兵師団が半壊したそうだ。

 増援を送ったことで何とか持ち堪えはしたようだが、補給や再編の為に戦線を大きく下げざるを得ないだろう……つまり、魔の領域がまた一歩迫って来たと言う事だ。

 遠くない未来、この砦が落ちることも視野に入ってくる距離だ」


 そう告げる彼の顔には、一切の表情が浮かんでいなかった。

 これが彼の冷徹な指揮官としての顔なのだろう。


「現状の見立てではよくもって五年。

 近年の魔物の襲撃規模の拡大を含めれば、一年で陥落する可能性もあるだろう。

 それを考慮した上で、領内の軍備と補給線の強化、本国への支援の打診を行うつもりだ。

 我が辺境領が決壊すれば王国は滅亡の危機に瀕する。

 ことは一刻を争う事態であり、それについての手段の是非を問う時間よりも、次の一手を指す速さこそが人類の命運を握っていると考える。

 全軍の指揮は私以外に務まらないが故ここを離れられない……しかし、ただ使節団を送った所で直接的な脅威に晒されていない王都の連中はことの重さを理解しないだろう!」



 グッと拳を握り、彼は語気を強める。

 その心中には一体どんな思いが渦巻いているのだろうか。

 彼の視線が俺の目を射抜く。

 そこに籠められた強い意思の輝きが、俺の口を無理矢理こじ開けた。


「そこで、次期辺境伯の継承者であるアーリュシアを使者として立てる――そういう名目で、彼女をこの辺境領から逃がすつもりなんですね?

 ……伯爵が憎む血の呪縛から、彼女だけでも救い出したい、と」


「頼めるか、ジン」


 伯爵が初めて俺の名を呼ぶ。

 まるで永きを共にした盟友のように、信頼を感じさせる声色でだ。


「何故、俺なんです? 護衛としての質ならば伯爵の配下にも武芸に秀でた者は多い筈です。

 身元も定かではない……むしろまだ会って一日も無いどころか、交わした言葉も多くない怪しげな男に、大事な一人娘を預けようと思うなんて、親として間違っているのではありませんか!」


 気付けば俺は叫んでいた。

 胸中に渦巻いていたのは出所の分からない苛立ちと、不安感だ。

 俺の中に芽生えた親心のような何かが、無責任にも思えるその状況を強く訴えいていた。

 娘を案ずる親として、その判断はどうかしていると。

 ……でも、俺だって本当は分かっているのだ。

 共有した彼の思いを元に発した言葉だからこそ、今の彼の心情も、次に帰ってくる彼の言葉も。


「……親だからこそ、だ。 アーリュシアは本当に良い娘に育ってくれた。

 今でも彼女が七つの時に贈ってくれたお守りをこうして肌身離さず付けている」


 そう告げながら、伯爵は首から下げていたロザリオを取り出して俺に見せてくれる。

 銀で出来た円の中に十字が組み合わさったデザインで、その中心には緑色の小さな石が嵌められている。 宝石ではなく、クリームのような淡い緑をした石だ。

 おそらく、何の変哲もないありふれた石なのだろう。

 それを飾りの中に組み込んで大好きな父親にプレゼントした。

 そんな娘の思いを、今も彼は大事に身に付けているのだ……胸が、詰まる。


「出来れば嫁になんぞ出したくない。

 それでも、いずれ人は別れを迎える時が来るもので……それはある日突然に訪れることもある。

 人生で悔いなき選択を取り続けることは、戦に勝ち続けることよりも何倍と難しいのだ。

 だからこそ時には直感を信じ、後悔なき選択を取らねばならん!

 ジン、不思議と貴殿ならば私の感情を、想いを、願いを――正しく理解してくれると直感が告げているのだ。 それこそ、生涯を共にした幼馴染のように、生死を共にした戦友のように、生まれを同じくした半身のように、な。

 ……不思議な感覚だった。

 あれだけ深く沈めて来た感情の塊が、今まで誰にも明かしたことのない胸の内の全てが、あの時は何故か次々と湧き上がって来たのだ。

 暴露した後、空っぽになった胸の内に満ちたのは安らかな充足感だった。

 悲しみも、喜びも、恨みも、後悔も……全てを打ち明けられることの、何と心地良いことか」


 次第に和らぐ表情の中には、先ほどまでの張り詰めていた弓のような鋭さは無かった。

 ふっと息を漏らすと、彼は柔らかな笑みを浮かべて俺に頭を下げた。


「――君と言う男こそ我が生涯において唯一無二の友と見込んで頼みがある。

 出来れば我が娘アーリュシアを助け、導き、守ってやって欲しい。

 アリューは非常に良く出来た娘だが、その裏にはおそらく我がハルトナー伯爵家の全てを背負っているはずだ……いつか必ずそれが娘を蝕む日が来るだろうが、その日まで彼女の面倒を見てくれと頼むつもりは無い。

 ただ、私の身勝手な我儘を少しで良いから聞き届けて欲しい。

 アリューのことを、どうか王都まで頼めないだろうか」


 最初見た時、その全身から溢れる威圧感に圧倒されていた。

 会食の時、彼の内面に触れてどこか他人だとは思えなくなった。

 三度こうして出会った時は、やはり為政者としての威風堂々とした態度に畏敬の念を抱いた。


 ――でも、今はただただ娘の身を案じる一人の親でしかなかった。


>新たなクエストが発生しました。

>クエスト『グランツの願い』

>開始しますか?

 →はい ・いいえ


「頭を上げてください、伯爵」


 ハルトナー辺境伯はゆっくりと、神妙な面持ちで顔を上げた。

 それを見届けてから、今度は俺が頭を垂れた。


「友として、約束すると誓います。

 貴方の大事なアーリュシアは必ず、俺が無事に王都まで送り届けます」


>開始しますか?

 →はい

>クエストの受注を確認しました。


 俺の発言を汲んで、システムがクエストを受注した。


「……済まない、恩に着るぞ!」


 力の籠った手で両肩を叩かれる。

 肩からじんわりと広がる痺れは、どこか心地良さを伴っていた。



~~~~~~~~~~



「あ、おはようございます、トニック様!」


 声のした方を見ると、そこに居たのはアーリュシアだ。

 彼女も確か亜竜を討伐した後から夜明け前まで、指揮官の一人として砦内を駆けずり回っていたはずなのだが……一目見た感じ元気溌剌としているようだ。

 まぁ、徹夜してる俺が言う事でもないがな、はっはっは。

 何故かそんな状態でも疲労感が無いのは逆に怖いのだけど。


「おはよう、よく眠れたかい?」


「はい、他の士官の方に気を遣わせてしまうようだったので、お言葉に甘えて早めに休ませてもらいましたから……ところで、トニック様は何故ここに?

 この辺りは騎士の詰所に向かう意外には用事の無い場所になりますが……」


 はてな?と、言うように小首を傾げて見せる彼女の仕草は、どこか小動物のような可愛さがある。

 昨夜の戦場で指揮していた凛々しい姿はまさに戦乙女と言った雰囲気だったが、今の彼女には普通の乙女としての年相応の魅力が満ちていた。

 ……いや、親の贔屓目とかじゃないし! 世界一可愛いとか思ってないぞ?

 そこまでグランツ――辺境伯の思いには染められていないはずだ。

 何て思いつつ、内心では可愛らしい彼女の一挙一動に沸々と温もりが湧き上がってくるのだが。


 そんな彼女に、こんな事を言わなければならないのはとても辛い。


「それが、道に迷っちゃってさ」


「……ぷっ! あ、ごめんなさい! 分かりました、では私がトニック様を案内しますね」


 くすくすと笑いのツボにでもはまってしまったのか肩を震わせて笑う彼女のおかげで、羞恥心がストップ高まで一気に駆け上っていく。 もう、これ以上ない恥ずかしさだ。

 そんな居たたまれない気持ちとは裏腹に、彼女が涙を浮かべるほどに朗らかに笑っていることが堪らなく嬉しいと感じていた。

 別に絆されたわけじゃないぞ、本当だぞ!


「では、行きましょうか!」


 日の光を照らして明るく煌めく彼女のライトブラウンの髪に目を奪われる。


「ぶふぉっ!?」


「えっ?」


 あまりに突然の出来事に俺は思わず盛大に吹き出してしまっていた。

 俺を案内しようと背中を見せた彼女だったが、その時に目を奪われた美しい髪が問題だ。

 正面からでは全く気付かなかったが、側面から見ればその惨状は一目瞭然だった。

 盛大に広がった寝癖によって、彼女の髪はまるで翼を広げた鳥のように羽ばたいていたのだ。

 俺の笑いに戸惑いながらも自らの惨状に気付いた彼女は、その顔を瞬く間に朱に染め上げながら慌てて髪を手櫛で整え始めるのだが……これはどういう事だろう、絡まっていた髪が解かれたことで自由になった髪のひと房がぴょんとアンテナのように飛び跳ねた。

 あぁ、これアホ毛だわ。


「わ、わわわ! トニック様、こっちを見ないで下さい! わぁわぁ!」


 アホ毛を必死に抑えながら彼女は涙目で俺に訴えてくる。

 俺はやんわりと彼女を宥めながら、望み通りに背中を向けてあげることにした。

 いやぁ、人には色んな側面があるものだけど、ピシッとした印象の強いアーリュシアにこんな間の抜けた……いや、可愛らしい一面があるとは思わなかった。

 立ち居振る舞いからは大人びて見える彼女だが、年相応に幼く見える部分もあるものなんだな。

 まぁ、幼くって言っても彼女の年齢は俺と同じか少し上くらいだと思うんだけどね。


「……もう、いいです。 こちらを向いて頂いても構いません」


 どこか諦めた様な声で彼女が俺に告げる。

 振り返ると、そこには立派なアホ毛が二本に増えたアーリュシアが居た。

 ……何故だ。


「私、こう見えて結構癖のある毛先をしてまして……特に寝癖が酷くて、日によってはこんな感じになってしまうんです」


 恥ずかしそうに頬を染めながら、俯きがちに話す彼女は居心地が悪そうだ。


「まぁ、誰しもそう言う悩みはあるよな」


 少し適当過ぎるかもしれないが、フォローを入れておく。


「うぅ、いつもはちゃんと身嗜みを整えるのですが……普段なら侍女に手伝ってもらうのですが、昨日の今日なので自分で姿見を見ただけで問題ないと判断して出てきてしまい……あぁ、よりによってトニック様に見られてしまうなんて、お恥ずかしいです」


 しゅんとしている彼女の落ち込み方は半端ない。

 思春期の女性の扱いの難しさについては男性の永遠の課題であるが、まさか俺の身に降りかかってくるとは思っていなかった。

 一体、どうすれば彼女の機嫌を直してあげられるのか。


「しかも、今日に限って触覚が二本も生えるなんて……」


 風に揺れているのか、ぴょこぴょこ揺れる……跳ねてる? 髪を視界の端に収めながら、どうしたものかと思案を巡らせる。

 どうやら、あのアホ毛がお気に召さない様子。

 そう言えば、VRMMOのアバターではアホ毛にしてるユーザーってあまり見ないよなとか、どうでもいい考えを巡らせてしまうのは、多少の現実逃避からだろうか。

 女性関係で困った時のマニュアルなんて便利なものは俺の中にはインストールされていない。

 全く、不甲斐無い話であるが。


 とりあえず、VRゲームで困った時はアイテムウィンドウを開くのが俺の癖だ。

 何か無いか……あ、これなんか良いんじゃないか?

 丁度良さそうなアイテムを見つけたので、藁にも縋る思いでそれを取り出してみる。


「こちらを差し上げますので、一先ず髪を束ねてみてはどうでしょうか?」


 そう言って俺が彼女に差し出したのは朱色のスカーフだ。

 これが何故、俺のアイテムウィンドウに入っていたのかは思い出せないのだが、まぁそれは大した問題ではないだろう。

 きょとんとした彼女が一向に動かないので、俺は自ら動いてしまう事にする。


「少し失礼しますね」


 彼女の背に回り、一言かけてから彼女の髪を手早く束ねてしまう。

 想像していた以上に滑らかな髪の質感は、まるで絹のようで変な罪悪感が沸いてきた。

 それを必死に押し込めつつ、後頭部でざっくりと一纏めにした髪をスカーフをリボン代わりにして素早く抑え込んでしまう。

 スカーフが厚手だったことが功を奏したのか、あの頑固そうなアホ毛も今では大人しくなっている。

 と言うか、見た目は中に芯でも入っているのかと思った立派に聳え立つアホ毛だったが、手で触れた感じは他の髪と変わらず羽毛のように軽い手触りだった。

 最期にキュッと軽く締めておいたので、これで激しく動かさない限りは万が一にもずれたり崩れたりはしないだろうと思う。

 ポニーテールではなく、普通に纏めて下げただけの簡素なものだ。

 残念ながら、女性の髪を弄る機会とか無かったのでその手の心得が無いのだから仕方がない。

 終わったと言うと、彼女は恐る恐る自分の髪に触れていた。

 あまりな彼女の様子に、「別に化物じゃあるまいし」とツッコミを入れたくなったのは余計か。


「あ、ありがとうございます……」


 気に入ってくれたのかどうかは定かじゃないが、目に見えて落ち着きを取り戻してくれた。

 こちらとしても一安心……のはずだ。

 なんだか、最初に会った時以上にしおらしくなってしまった気がする。

 まだ少し赤く染まった頬に手を当てながら、彼女は俺を促して歩き始めた。

 俺は彼女に導かれながら、その場を後にすることとなる。

 後姿から眺める彼女の髪は朝陽をきらきらと瞬かせながら、微風にのってゆらゆらと気持ち良さそうに揺れていた。


 彼に託された願い。

 アリューシアを王都まで送り届けると言う誓いを果たすことは、俺の当面の目標になる。

 そして、もう一つ。


「――約束は守らないとな」


 二つの約束を果たす為、俺は決意を固めつつ思うのだ。

 ジュゼットに返事をするには、どこへ行けばいいのだろうか、と。

次回は多分、本編継続します。

いつか設定関係の纏め回はやる予定。

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