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Act.02「Magic Users」#1

Act.02「Magic Users」


 濃い森の薫りだ。

 木々は青々としており、豊かな緑はここが穏やかな場所だと感じさせる安心感があった。

 しかし、それは間違いだ。

 窓辺から足を踏み入れ、ふと後ろを振り返って気付いた。

 そこにあったのは暗く茂った森の草木、その果ての無い深さに崖の底を覗いているような震えを連想させられた。

 これは過去の経験からくる恐怖だ。

 森は決して生易しい場所ではないと、現実でもVRMMOでも体験したことがある。

 この森は広く、深く、そして何かが潜んでいる……そう直感した。

 ま、それはさておくとしよう。


 女神からの説明が終わり、放り出された場所がここ。

 森の出口が見える小さな広場だ。

 小さい広場とは何だと思うかもしれないが、そういう空間なのだから仕方がない。

 草木が無く、地面が見えているスペースというのは周囲を見渡しても他にはない。

 焦げ跡や倒木、小枝などから野宿の後の様に思える。

 推測すると、冒険者である俺が昨晩ここで野宿した……とも思える状況だ。

 なるほど、中々悪くないな。

 こういういきなり世界に放り出される系の始まりは嫌いじゃない。

 人によっては戸惑うだろうし、状況が全くつかめない人もいるだろうが、些細なことだとすぐに気付くだろう。

 だって、目の前に町が見えているのだ。

 数分前に説明されたプレイヤーの最初の拠点、ホームタウン「ドミナ」だ。

 どこか懐かしい響きを持つその町が、目の前に見えているのだからそこへ行けば全て解決だ。

 後は目的が無くてもとりあえず冒険者ギルドに行けば、交流を目的としたプレイヤーが続々と集まっているはずだ。

 何せ、クローズドβテストの参加者なのだから。

 クローズドβテスターの募集には基本的にゲーム歴が長いこと、経験や知識が豊富なこと、個人の発言力などが考慮されるとあった。

 つまり、それだけ「できる人間」を絞った募集なのだから、この程度で躓くはずがないだろ?という、開発側からの挑戦状なのだろう。

 人によってはそう思い至るとあまり気分が良くない人がいるかもしれないが、逆に考えればプレイヤーへの信頼が厚いとも言える。 ま、考えの持ちようの一つだな。

 自分は気にしない、むしろ一部のプレイヤーは俺と同じく迷っているはずだ。

 何を迷うか?

 それは、町へ行くかどうかだ。

 単純な話だ、俺たちはどうせ町へ行ってもまた外へ出るのだ。

 モンスターを倒し、この世界を体験することで経験値を得る。

 ならば、このままソロでしばらく探索してもいいのではないかという話だ。

 また、そうして『普通』とは違うことをすることで「レアなイベントが無いか」と意識してしまうのもゲーマーの性というものだろう。

 この気持ち、同じ仲間ならきっと伝わるはずだ。


 さて、とりあえず動き出す前に現状を確認することが大事だろう。

 直接操作でメニューを展開し、ステータスの確認を行う。

 項目はHPやMP、STR……など見慣れた数値が表示されている。

 αテストで確認したが、俺の選んだ種族『マギエル』というのはおそらく「最も魔法に長けた種族」という設定なのだろう。

 MPやINTといった数値が高く、ステータスからも魔法への高い適性を示している。

 装備もローブや杖といった基本的な魔術師スタイルだ。

 続いて、武器を確認する。

 武器と言っても杖の方ではなく魔法のことだ。

 魔法使いの武器は握った杖ではなく、使うことの出来る魔法の性能だ。

 もちろん、装備やステータスでの補正も馬鹿にはできないだろうが、どのような状況に対処できて、どのような状況を苦手としているのかを知ることが重要だ。

 使いこなすにはまず知ることからだ。

 魔法リストを開くと魔法が一つだけ登録されていた。


松明トーラの呪文≫


 ……ん?

 これは確か、αテストで使った明かりを得るための呪文だったような。

 詳細ウィンドウを開示して、詳しい情報を見てみる。


松明トーラの呪文≫

 杖の先端に火を灯す初級呪文。

 儚く見える火も闇夜を照らす光となり、魔術の深遠への第一歩となる。

 『照らせ、闇を払う意思よ』


 これだけ……か?

 消費MPや威力数値など、役に立ちそうな情報は何もない。

 というか、フレーバーテキストくらいしか載ってない?

 最後の文章は何だ、もしかして呪文なのか……いや、『トーラ』と記載されているならそっちが呪文か……なら、最後のテキストは一体何だ?

 流石にこれだけでは経験による知識を動員しても正解と思える答えに行きつかない。

 αテストからの仕様変更なんて珍しくないのでそれはいい。

 問題は、結局何をどうすればいいのかわからないということだ。

 こんな状況じゃ、町へ行くしかなさそうだ。

 流石に「火矢の呪文」くらいはあると思っていた。

 舐めてた、完全に舐めてた……こんなことなら近接職にしておけばよかった。

 何を隠そう、俺はこのシチュエーションで真っ先に探索を開始したかったのだ。

 軽く戦闘を経験して勘を掴み、いち早くこの世界に親しみたかったのだが……まぁ、仕方ないか。

 気持ちを切り替えて町へ行こう。

 もしかしたら、魔法屋で魔法を買うことで「覚える」のかもしれない。

 過去にはそういうゲームもあったはずだ。


「――――!」


 ……。


「――! ――ッ!」


 微かに届く声らしき音、どこからだろうか。

 耳を澄まし、意識を集中する。


「――! ――けてっ! 誰かぁ!」


 女性の声だ、こちらに近寄ってくるようだ。

 ふふ、嫌いじゃないぜこういうシチュエーション!

 声がした方に向けて俺も走り出す。

 徐々に草木を揺らす音も近寄ってくるので、合流は早そうだ。

 走り出して一分もしない内に遭遇を果たす。

 声の主は女性だ。

 耳が長いところを見るとアルヴ族だろう。

 身長は低く、俺の胸の高さまでしかない。 ロリヴらしい。

 しかし、胸はしっかりと膨らませているあたり、女性らしさをアピールしたいようだ。

 失礼な話だが男かなとあたりを着けておく。

 別に中身がおっさんでも何でもいいのだ、VRMMOとはそういうものなのだから。

 今ここにあるのは、逃げ惑うアルヴの女性の前に、颯爽と俺が駆けつけたことが重要なのだ。

 このシチュエーションが実に格好良い!

 こうして物語の主人公然とした体験ができるのが、やはりVRMMOの最大の魅力だろう。


「……あ、あう、た、たたた、助けてください!」


 アルヴの少女はしどろもどろになりながら俺に助けを乞う。

 彼の演技も中々なもの、迫真の雰囲気が滲み出ている。


「――分かった、下がっていろ」


 ちょっと気取ったセリフを吐きつつ、杖を構えて少女を庇うように後ろへ隠す。

 ルビーような赤い瞳がうるっと輝き、小さく頷いて少女は従った。

 さて、とは言ったもののどうしたものか。

 わりと考えなしに飛び出したが、覚えてる魔法が「松明の呪文」だけなんだよなぁ。

 これ、攻撃に使えるのだろうか。

 そんなことを呑気に考えていると、繁みの奥から緑の体をした何かが飛びついて来た。

 ギラリと光を返す何かが視界に映ったことから、刃物で武装していることが理解できた。

 咄嗟に杖を振り回し、高め一杯に飛んできたそいつを打ち返す。


「ゲバァァァァッ!?」


 スイングを受けたそれは少し先の木にぶつかり、重く鈍い音を立てていた。

 苦しそうに呻き、口からぼたぼたと涎を垂らす様は、見ていて気分のいいものじゃないな。

 可哀想という意味ではなく、単純に汚らしい。

 汚れた布を纏い、錆びたナイフを片手にした緑のそいつ……おそらくゴブリンだ。

 ファンタジーの敵役としてお馴染みの妖怪、悪鬼の類だ。

 まぁ、中には家事手伝いをする妖精のゴブリンもいるそうだが、専ら憎い畜生として活躍されていることが多いだろう。

 体が小さいからだろう、十分な溜めの無かったスイングだったが効果はあるようだった。

 球技大会でもバッターとしてはそこそこ鳴らしたのだ、大きい的に当てるぐらいはどうってことない。

 ただし、球を投げたり捕ったりする方はお世辞にも上手いとは言えないレベルだったけど。


「ギャ……ギャッハァァァ!」


 一瞬の間を置いての再突撃。

 またも飛びかかってくるので再び叩き落とす。

 魔法使いなのに物理、もはやこの手にあるのは杖ではなく棍棒である。

 知識人の面をした蛮族が私です。

 流石に二度もやられると学習するのか、飛びかかることをやめてナイフを突き出して攻撃してくる。

 突きは点の攻撃だ。

 漫画などではそうそう当たるものじゃないみたいにさくさくと躱している奴が多いが、個人的には非常に厄介な攻撃だと思っている。

 まだ線の攻撃である薙ぎ払いの方が動きを予測できる。

 ゴブリンは小さいので杖を振り回すことで先に退けているが、もし人間くらいのサイズの敵が突き攻撃をしてきたら躱す自信は無いな。

 捉えにくいというか、対処しにくい印象だ。

 盾があればその後ろに籠ってしまいたい。

 それに、実は背中にしたアルヴがぴったりとくっついているのでこれ以上は身動きが取れない。

 捌き切れないと刺さるしかないのだ。

 あの錆びたナイフが刺さる、少し考えただけでも嫌な結末しか出ない。

 じわじわとプレッシャーが俺の思考を縛り付けていくのが分かる。

 もう、アルヴの少女だかおっさんだかが、わざと俺をMPKするためにしがみ付いてるんじゃないかと勘繰ってしまうぐらいだ。

 現状のままでは埒が明かない。

 打破するためには何かしら新しい要素を取り入れなくてはならない。

 よし、使ってみるか。

 直接操作で魔法を起動し、杖の先端をゴブリンに向けて呪文を詠唱する。


「≪トーラ≫!」


 しかし、何も起こらない!

 呪文が違います。

 マジかよ。

 ならば、こっちか!


「≪照らせ、闇を払う意思よ≫!」


 叫びは虚しく響き渡る。

 えぇい、呪文! 何故働かん!

 魔法が使えないマギエルなんてただのカカシですわ!

 頼れる相棒がガリッガリの杖一本。 正しく棒。

 くそっ、ならばこうか!


「≪照らせ、闇を払う意思よ≫!≪トーラ≫!」


 ぐっと力が漲ると共に杖の先端にボッと勢いよく火が点る。

 突然の出来事にゴブリンが驚きとも悲鳴とも似つかない声を上げる。

 怯んだ隙を逃がすほど呆けてはいない。

 そのまま杖を地面に寝そべったゴブリンに上から押し付ける。

 短い断末魔の叫びをあげ、ゴブリンの四肢が力なく大地に投げ出された。

 ジャラーンというガラスが砕け散るような音と共にゴブリンは赤い光の粒子となって四散した。


「……ふぅ、やったか」


 どちらかと言えばやれた、という感じか。

 まさか、魔法の仕様が変わっていたとは驚きだが、前よりも面倒になっているとは。

 ただ、理屈は変わっていないな。

 魔法の詠唱はそれを引き出す為に「呪文」をパスワードとして要求する。

 テキストの最後に囲まれていた文言が、クローズドβテストにおける「呪文」だ。

 そして、パスワード認証の決定キーが「魔法の名前」……と、言うところだろう。

 仕様変更の理由は分からないが、戦闘バランスの観点から見直しでもあったんじゃないか。

 詠唱句を長くすることで大技を撃つには時間が必要になる。

 噛まずに、正確に、長いパスワードを入力する必要があるから魔法は頻繁に行使できず、それを前衛が守ることで余裕を作ることでサポートする。

 その分、しっかりと決定力があるのが魔法……って、ことなんじゃないかなぁ。

 そう考えれば、今から大魔法を使うのが楽しみになってきた。

 むしろそれよりも、「松明の呪文」が明かり用ではなく攻撃用だったことに驚いた。

 さしずめ、今さっきの攻撃は『マジカル根性焼き』とでも言うべきなのだろう。

 正しい使い道だとしたら恐ろしい話である。

 魔術師がオタク系モヤシ族ではなく図書館系ヤンキー族だったという歴史的大事件だ。

 やだ怖い。


「あ、ありがとうございました……!」


 そんな妄想に耽っていると、後ろからローブを引かれていた事に気付く。

 お礼の言葉を述べる彼女の顔は、その、何ていうか酷いな。

 比べるべきじゃないんだが、さっきのゴブリンもかくやというぐちゃぐちゃっぷりだ。

 もっとも、こちらは元の顔が美人だから嫌悪感は無い。

 あるのは故の知れない罪悪感だ。 違う俺じゃない、冤罪だ!


「いや、気にしなくていい。 怪我は?」


 そんな内心の葛藤を隠しつつ、勤めて冷静に聞いてみる。

 少女は自分の体を見て確認する。

 彼女の服装は何だろう、しっかりとした軽装だ。

 布と革でできた装備は物音を立てないように配慮されているのだろう、腰のポーチ類の多さや、ベルトの配置と数が印象に残る。 背中に回したベルトからは中身のない筒が覗いていた。

 弓を扱う職業なのだろうか。


「お陰様で大丈夫です、でも、逃げる途中に弓を落としてしまったみたいで……」


 お、当たった。

 ちょっとうれしいものがある。


「そっか、まぁ無事で何よりだよ」


「本当にありがとうございます! えっと、お礼をしたいんですけど、どうすれば……」


 申し訳なさそうな、嬉しそうな、恥ずかしそうな、そんなはにかんだ笑顔を浮かべこちらに訊ねてくる。

 わりと丁寧な物腰の人なので好印象だ。

 こちらも自然と気持ちが柔らかくなる。


「お互い、まだ始めたばかりでしょう? なら、俺は別に構わないよ」


「え、でも……」


「それより、他の武器は持ってない?」


「えっと、うーっと……無い、みたいですね……あぁぅ、どうしよぉ……」


 拙い操作でメニューを操作――手や視線の動きで間接操作だと分かる、というか普通は間接操作か――しているのをしばらく眺めていると、彼女は悲しそうな顔をしてその場でへたり込んでしまう。 軽い絶望感すら漂わせている。

 それもそうだ、どうやらこの辺りは敵と遭遇するようだ。

 なのに武器を持っていないとなると、戦う手段は拳だけだ。

 このゲームにおいて素手での戦闘はおそらく可能だろうが、システムは可能でもプレイヤーが可能かどうか別問題だ。

 VRMMOは遠隔攻撃職と呼ばれる職業が多くなる傾向がある。

 それは、少なくないプレイヤーが敵と接近しての戦闘、つまり直接的な命のやり取り……を疑似体験と言えども恐怖に感じているからだ。

 デジタルのデータとはいえど、VRMMOの敵はこちらと同じ肉体を持ち、敵意をもって襲ってくる恐ろしい存在だ。

 現実でも喧嘩に巻き込まれてもやり返せる人と、委縮して一切手を出せない人がいるだろう。

 そういう、委縮してしまう人はVRMMOでも近接職を選ぶことは滅多にない。

 彼らの場合はやりたくて遠隔職ではなく、近寄りたくないから遠隔職という選び方なのだ。

 俺は彼女の言動から、そういうタイプなんじゃないかと推察した。

 別に、それが悪いとは言わないし、そうして始めた遠隔職で一流のVRMMOゲーマーになった人も少なくない。 何より、同じゲームを楽しむ仲間だ、含むことなんてあるはずない。

 ただ現状においては、それがネックとなっているのは間違いない。

 彼女は弓を選んだ、理由は知らないがゴブリンと遭遇し、接近されたので逃げたのだろう。

 多分、彼女は戦ったはずだ。

 クローズドβテスターだからという理由ではなく、矢筒の中身がないという事から、弓矢で懸命にゴブリンと闘ったんじゃないだろうかと思うのだ。

 しかし、健闘虚しくゴブリンにはかすりもしなかった。

 その理由はおそらくこのゲームのシステムである『RATS』のせいだ。

 弓の場合、しっかりと弦を弾いて敵を狙って当てなければならない。

 矢を自分で番える必要があるし、弾道も計算しなくてはならない。

 しっかりと引き絞って、動く目標を見定めて射抜く――慣れてない人間にできる芸当じゃない。

 少なくとも、俺は無理だと思う。

 当たらないならいっそまだ、と矢を手にして槍の様に使ってしまうだろう。

 きっとすぐに折れてしまうだろうな。

 そういう臨機応変な戦い方もできることがRATSの良い点でもあるのだが。


 何はともあれ唯一の武器を失った彼女をここに放り出すのは忍びない。

 他のモンスターに遭遇してやられて、俺を逆恨みしてしまう可能性だってある。


 例えばこうだ、俺が町に着いた時に彼女が先に着いている。

 驚いた俺に彼女が可愛らしい顔には似つかない表情、ギョロリと見開いた目でぽつり告げるのだ。


「何故殺した」


 俺がやったんじゃないのに、まるで俺がやったかのように。

 下手すればそこでPK認定されてしまう。

 PKとはプレイヤーキルの事で他プレイヤーを殺すこと、そこから他のプレイヤーを殺す人って意味でプレイヤーキラーとも言われる言葉だ。

 さっきちらっと出したMPKはそれをモンスターを使って行う行為、人の事を指す。

 何にせよ、オンラインゲームでは古くからある迷惑行為の一つだ。

 中にはPK公認のゲームデザインのものもあるが……そういえば、『Armageddon Online』はPKありだったような? まぁ、少なくともクローズドβでは無かったはずだ。

 MPKはPKがシステム的に可能かどうかに左右されないので、他人からの恨みを買えば事故を装ってMPKされる可能性が生まれてしまう。

 一度、不特定多数を狙ったMPKテロに巻き込まれたことがあるのだが、その場に居るプレイヤーの何十倍もの敵がうじゃうじゃと包囲してくる様は恐怖を通り越して笑いすら浮かんでしまう。

 至る所からプレイヤーの乾いた笑い声が響いてくる様は、後で思い返せばMPKのモンスターが津波の様に襲い掛かってくる様子よりも恐ろしかったかもしれない。


 ……っと、ダメだ。

 また妄想が暴走してしまった。

 たまにはこの連想ゲームじみた自分の思考がプラスに働くが、普段はあまり歓迎されるべきじゃないよな。 自粛しないと。

 何だったか。

 そうだ、結論は決まっていたのだ。


「とりあえず、町まで一緒に行こう。 もしかしたら、また奴に遭遇するかもしれない」


 情けは人の為ならず。

 よく勘違いしてる人がいるが、人のためにならないから良くないって意味じゃなく、人のために情けをかけたんじゃなく、自分がしたいと思ってするべきだという事を言っているんだよな。

 どちらとも取れてしまう日本語って難しい。

 ま、困ってる人を助けるってのは悪いことじゃない。

 特にMMOというゲームは他人との交流が一番の肝となるゲームだ。

 袖振り合うも他生の縁、その場その場での交流は楽しむべきだ。

 こちらの提案に対して、彼女の反応は面白かった。


「え、えっと、その、えっと、えーっと? あっと、あぅ、えっと、あーっと」


 喜怒哀楽の百面相とでも言うべきか。

 いや、怒りの表情はないな。

 そのうち煙を上げるんじゃないかと思うぐらいに、顔を真っ赤にしつつあれこれと思案してはうんうんと唸っていた。

 こちらを警戒しているのだろうか。

 全く、迷惑な話だ。

 オンラインゲームには女性キャラクターとみるとナンパせずにはいられない病気を患った人間が少なからずいる、いてしまう。

 それは彼らなりのロールプレイだったりするので一概に否定されるべきものではないのだが、その中にはキャラクターの向こう、アバターの奥にいる生身の人間を意識している輩がいる。

 女性キャラクターだから中身も女性、美人なキャラクターだから中身も美人……そんな短絡的な思考で女性との接触を図ろうとし、自分の欲望だけをひたすらに突き出していく屑。

 ……気分のいい話じゃないので割愛しよう。

 とにかく、彼女に自分が「そういった類」だと勘違いされている可能性がある、かもしれない。

 だから空気が変な重みを伴っている、かもしれない。

 まだ、かもしれない、だ。

 とにかく、こちらからは出ずに相手の出方をまとう。

 こういう時は思っている以上に時間の経過が遅いものだ。

 何分も経った気がしていても現実には数秒だったりすることは往々にしてある。

 とにかく、少し熱を持った気分を抑えることに努めよう。


「……そ、その、ご迷惑じゃありませんか?」


 ……ハッ、呼ばれたのか!

 危ない、意識がどこか彼方へ飛び去っていきかけていた。

 百秒くらいは数えていたと思うが、どこまで数えたか忘れてしまったな。

 おずおずと言った表情で告げる彼女の声は少し震えていた。

 顔は相変わらず赤いが、先ほどよりはすこし薄れているように見える。

 気持ちが落ち着いたのだろう、こちらも落ち着きすぎてガンダーラまで行きそうだった。


「さっきも言ったが俺は構わないさ。 武器がないとモンスターに遭遇した時に危ない……同じ冒険者なんだ、困ったときはお互い様だろ」


 少しぶっきらぼうな言い方になったかもしれないが、バカ丁寧に言うよりは親しみがある、もしくはさっぱりとした付き合いができるんじゃないかと思うので悪くは無いはずだ。

 彼女は目をパチパチと瞬かせると柔らかく微笑んで頷いた。


「はい、ありがとうございます!」


 そういって手を差し出してくるのでこちらも握り返す。

 小さな手のひらからは少し熱い体温を感じた。

 VR世界なのに体温というのも不思議だが、自分はこの暖かさが嫌いじゃない。


「よろしくな、俺はジンだ」


「はい、私はフェルチです! ……よろしく、お願いしますね!」


 目指すはドミナの町、距離もそれほど遠くない。

 短い付き合いになるだろうが、今は初めてのパーティ、初めての仲間ができたことを嬉しく思う。

 踏み出した一歩に、俺はしっかりと力を込めてVR世界の大地を蹴った。


ようやく初戦闘です。

ゴブリンの戦闘力は5。

次回は町から、次の投稿は流石にこのペースではないです。


多分。

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