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Ep01.「Age of Darkness」#8

難産になりましたが本編再開となります。

感想や叱咤などお気軽にどうぞ。


 俺が習得した魔眼【天帝眼】の効果は微々たるものだ。

 意識の焦点を合わせることで対象を選択し、一部のステータス情報を読み取ってウィンドウに纏めて表示される。

 開示された情報は種族、性別、名前、称号の四種類。

 ジュゼットは見た目からも分かるがヒューマンの女性で、称号が宵闇の魔女とあった。

 彼女がもしプレイヤーキャラクターならば称号は自由に付けることが出来るので、ただのロールプレイの一環として意識する必要は無かったのだが、彼女は正真正銘NPCだ。

 俺が彼女に対して【天帝眼】を使用したことによって、自動でターゲットカーソルが彼女の周囲に投影される。

 ターゲットカーソルは対象の状態を表示する。

 主には敵対しているかどうか……ターゲットカーソルの対象がエネミーなのか、プレイヤーの味方をしてくれるNPCなのかを判断出来る。

 今の状況になってから初めて表示されたターゲットカーソルの存在が、今はどことなく不思議な印象を抱かせる。

 カーソルの形状が示す彼女のカテゴリはNPCだ。

 これが敵、もしくは敵対関係にある対象だとトゲトゲした見た目に変化する。

 俺のゲームをしていた頃の記憶では、NPCが称号を持っていたと言う話は聞いた覚えが無い。

 ……いや、確かチュートリアルやその後の戦闘スキルの習得で世話になるNPCは自称だったが二つ名を持っていたような気がするのだが、プレイヤーが名付けた『スキル道場』という二つ名の方が印象に残り過ぎているので思い出せない。

 深い彫りと黒く焼けた肌、そして濃いひげ面という顔面のインパクトの強さも相まって、記憶のサーチを的確に妨害してくるのだ。

 ……やめよう、彼の事を思い出すのは時間の無駄だ。

 そもそも、むさ苦しいおっさんを思い出すよりも、今は腕の中にいる彼女についてハッキリさせる方が先決すべき重要な案件なはずだ。


 腕の中に可愛らしい少女が居る、そのことに思い至った時に少し心臓が跳ねた気がするが、勤めて冷静を保つように意識し、ぽつぽつと彼女が口にする言葉を耳にする。


「私を助けて頂きたいのです、偉大なる魔法使い様」


「俺はそんな大層なもんじゃない」


「……先ほど亜竜を一撃で屠った手腕を見せつけておきながら、そのようなことを口にしても説得力がありませんよ?」


「それもそうか」


 亜竜がどの程度の強さなのか理解していないまま最初の一撃で倒せてしまったから、あまりその辺には意識がいっていなかったな。

 俺にとって奴は与し易い相手だったとしても、この砦の兵士達にとってはそうではなかった筈だ。

 自分の持つ戦闘力について、もう少し評価を改める必要があるかもしれない。

 そんな風に考えていると、何がおかしかったのか彼女がくすくすと笑っていた。


「何がおかしい?」


「まるで子供みたいに素直に頷くんですもの……疑いの目を向けている女の言葉に、ですよ?」


 言われてみれば、確かにおかしな話だ。

 もっとも、それを聞いて納得できてしまったのだから自分としては何も不思議では無かったのだが……それにしても、子供扱いされてしまったのは心外だな。


「君の言葉が間違ってないと思ったから納得しただけだ。

 嘘を吐いていると思えば簡単に首を縦に振ったりはしないし、同意もしないさ」


 そんな心情が漏れてしまったのだろうか、俺の口から出た言葉は自分でも分かるくらい不機嫌と言うか――拗ねたものになっていた。

 当然、他人である彼女もその事に気付いただろうが言及はしてこなかった。


「分かりました、ならば貴方様の耳と目で私の真偽を図ってください」


 むしろ、彼女は敢えて話題を変えるように話を切り出して本題に戻してくれた。

 さり気ない気遣いのようなものが何故か少し心地よかった。

 スッと預けられた重みが、まるで柔らかな布団のような温もりを俺の肌に伝えてくる。

 その行為がまるで信頼を預けられたように感じられて……俺は気を引き締めなければと改めて思うのだ。

 研ぎ澄まされた水とでも例えたくなるような、冷たく透き通った今の俺の思考は理性的に、中立な第三者の視点で自分を監視していた。

 彼女が魔女であると言う事、それも精神操作と言う危険な能力を自分に差し向けたと言う事実を、俺が彼女に対して柔らかな感情を抱くたびに意識に強く働きかけて冷静に思い出させるのだ。

 まるで、自分が数字を弾くだけのコンピューターにでもなったような不思議で落ち着かない気分にもなったが、その訴えるところは間違いではないのだ。

 彼女を信ずるかどうかは己の目と耳で、そして心で判断しなければならない。

 他の誰でも無い、俺自身が決めなければならない事なのだから。

 弦楽器のように染み入る声で、詩吟でも紡ぐ様に滑らかに、彼女は自分の置かれている状況と俺に接触してきた目的を語り始めた。


「私は代々続く血の家系です。

 強い魔力を濃く残した古の魔女の血筋……私の身に宿るそれは、些細な力として他人の好意を自在に操ることが出来ます」


 些細な力、か。

 使いようによってはどうとでもなりそうな力に思える。


「お察しの通りだと思いますが、人を誑かし、唆し、自らの意思に従順に従わせるこの力は使い手次第では劇薬にも成ります。

 現に、口伝では国を滅ぼした一族の者も居たのだとか」


 傾国の美女と言う奴か。

 確かに、彼女の目を引く容姿からもそれは納得が出来る話だ。

 それもただの美貌だけではなく、魔性の力すら秘めていれば尚更のことだろう。


「血の力を制御できなければ、その力は己を蝕む毒になる――厳格な祖母の口癖でした。

 辛く苦しい修練の日々の中で、己の呪われた血筋を恨んだこともあります。

 いえ、今でも少しはその気持ちがあるのですが、折り合いは付いています。

 そう言う運命にあるのであれば、受け入れた上でこれから先をどのように為すべきかを考えるべきだと――いつも優しい笑みで迎えてくれた母の口癖でした」


 厳しい祖母と優しい母。

 対照的な二人だが、彼女を想って育てたと言う事だろう。

 今一つ彼女の境遇が理解できてはいないのだが、その言葉から伝わる暖かさから、彼女は祖母のことも母のことも大事にしているのだと感じられた。


「ジン様は、魔王と言う存在を、ご存じですか?」


「魔王?」


 急に飛び出たRPG的な単語に俺は戸惑いを隠せない。

 魔王と言えばRPGではボスの定番であり、世界の破滅を目論む悪の首領に位置する存在だ。

 もっとも、作品や媒体、扱うテーマによっては魔王が複数いたり、味方だったりと、一概に善とも悪とも言い切れない存在だったりする。

 一般的には悪の首魁のイメージが強いが、ことゲームや漫画といった創作物では物語を彩る主演俳優の一人というべきだろう。

 魔王が居ると言うだけで、物語に華やかさが生まれる……言わば彼らは創作物のスターだな。


「魔王とは強大な力を持つ『魔を統べる者』のこと。

 王の名を冠するのは統率者を意味する言葉として、敬意と畏怖を込めてそう呼ばれています。

 国を統べる存在としての王ではなく、ただ純粋に強者の証として捧げられるものです。

 私も正確なことは知り得ませんが、過去には数多くの魔王が入り乱れた力の時代があったそうです……今ではお伽噺の中でくらいしか耳にすることはありませんけどね」


 小さく一息を入れて彼女は更に続ける。


「ある日、何の前触れも無く奴は私の前に現れました――」


 自ら魔王を名乗ったそいつは、出会い頭で彼女を嫁に欲しいと告げたそうだ。

 魔王の花嫁。

 うん、何かこれだけで物語が膨らんでいくキーワードだよな。

 確かに、彼女の見た目はとても目を引くし、魔王が目を付けても無理はないだろう。

 特に彼女の場合、持って生まれた力――魅了の魔力が備わっているわけで、もしかしたら魔王と言えどその魔力には抗えなかったりするのかもしれない。

 などと思ったりもしたのだが、どうにも彼女の様子がおかしい。

 ピンと張りつめた体からは極度の緊張が伺える。


「魔王のあの眼……欲望にギラついた瞳が見据えていたのは一族が受け継いできた魔女の力、魔性の魅力を欲していた……おそらく、彼は私を手に入れたならば、秘宝を奪い去り己のものとするつもりのはずです。

 彼は王国を滅ぼすために魔物を支配下に置く術を身に付けていると言っていました。

 それはつまり、私の持つ魅了に近似した能力――だから、彼は己の力を更に高めるために私の力を狙っているのでしょう」


「予想は付くが、まさか秘宝って言うのは」


「多分、貴方様の想像の通りです。

 魔女の秘宝とは心臓のこと――つまり、私を生贄として彼は魔王としての高みにのぼるつもりなのでしょう」


 つまり彼女は魔王に見初められた麗しの花嫁であり、哀しき運命にある生贄だと。

 薄倖の美少女って奴か。 ゲームの設定ではお馴染みだな。

 今の自分の感覚で言うと、最初の町でヒロインと遭遇して彼女を助けるために行動を共にするイベントって事なんだろう。


 ……ぶっちゃけ、彼女を助ける理由は無いんだよな。

 例えばこれが幼馴染――まぁ、仮に忍がヒロインだったとすれば助ける理由はある。

 やっぱり、知り合いとして短くない時間を過ごした間柄だから情もあるからな。

 ただ、見知らぬ土地で自分の現状すら満足に把握していない、身も蓋も無く言ってしまえば自分の事すら何ともできない状態の俺が、他人を気に掛ける余裕があるかどうかと言う話だ。

 これが俺じゃなく、女と見れば全裸ダイブを決める下心マンマンの男だったりすると、一も二も無く協力を申し出て、見返りに一発とか何とか言ってしまうんだろう。

 むしろ、そのバイタリティとアクティビティは羨ましさすら感じてしまう。


 ただなぁ……今の俺はそれ以上に気がかりな点、言ってしまえば彼女のことに夢中になれない理由が幾つかあるのだ。

 彼女の可愛らしいながらも、どこか妖艶な女性の雰囲気がする美貌はぶっちゃけ好みと言うか――男性ならお近づきになりたいと思うレベルだと、俺も思うのだ。

 それこそ、成人男性向けのアダルティなVRMMOではこういった展開から発展して、とても浪漫あふれる関係を築いちゃったりするのだろう。

 リアルであれば尚更、男が女の子に良い格好を見せたがるのは当然だ。

 でも、俺は自分が何故ここに居るのか。

 その理由が分からないことがどうしても頭の隅に残り、いつまでも気になってしまうのだ。

 それに、数時間前にあったあの現象のことだ。

 伯爵の過去とも捉えられる映像の奔流……まるでダイジェスト映像を見せられたかのようなあの出来事の後から、どうにも彼女――アーリュシアのことが気に掛かっている。

 それこそ、こうして腕の中に魅力的な女の子を抱えている状態でも、ふとすれば彼女の顔が頭の隅を過るのだ。

 何より、あの瞬間に流れ込んできたとある『計画』が脳裏にこびりついて離れない。

 どうにか手を尽くしてもう一度伯爵本人と面会をし、それについて確認をしなければならないと強く思っているのだ。

 この感情については、自分でも何と言えばいいのか分からず戸惑っている。

 アーリュシアに対して恋慕の感情を抱いているのかと言えば、そういう訳ではないはずだ。

 会って間もない時間で他人を好きになることは無い……俗に言う一目惚れのような強烈な衝撃を受けたわけではないし、女性として魅力的かどうかだけで言えばそこに捕えている彼女でも十分すぎるくらいなのだから。

 もしもこれがただの夢だったならば、彼女の胸の一つや二つ揉んでも罰は当たらないだろうとか考えていたはずだ……俺だって、年頃の男子だからなぁ。

 そういう事には当然【興味があります】だ。


 せめて、何か状況について判断できる材料があれば――そう思っていると、唐突にウィンドウが開いていた。


「お願いします、私を助けてください……!」


>クエスト『魔に魅入られた花嫁』

>開始しますか?

 →はい  ・いいえ


「……ふむ」


 システムウィンドウが開いたな。

 やはり、ここはVRゲームの中と言う事だろうか?

 十中八九、その可能性が高くなったような気がする。

 たった三行のシステムメッセージが表示されただけで、自分の足がようやく地に付いたような……何とも言えない安心感が生まれる。

 あまり自覚していなかったが、やはり異常な状態に直面して内心酷く狼狽していたのだろう。

 まだ少し覚束ない感じもあるが、漸く全身に神経が渡り切ったような安心感が沸いてきた。

 それと同時に本当に神経が繋がったのか、指先や、直接触れ合っているわけではないが全身から伝わる彼女の震えが、温もりが、より鮮明に俺の心に突き刺さって来た。


 ……ははっ、マジかよ。

 一瞬前までは俺、「彼女を助ける理由は無い」とか思ってたはずだぞ?

 なのに、今では無性に守ってやりたくなってる……小さな体が硬く震えている様を全身で感じて、か弱い女の子がそこに居るんだって、この上ない程に鮮明に伝わってきていたのだ。

 何とかしてあげられないか、何か出来るんじゃないかと思い始めてる。

 驚いた理性が慌ててログを確認しているが、当然ながら彼女からあれ以降に精神操作や魅了を受けた形跡は無かった。

 つまりこれは、至ってシンプルな話なのだ。

 俺の男の子としての部分が、目の前の女の子を守ってあげなければならないと思っている。

 本当に、ただそれだけのシンプルな話なのだから。


「悪いがここで即答は出来ない、少しだけ考える時間が欲しい」


 その言葉に彼女の身体が強張る。 おそらく、拒絶されたと思ったのだろう。

 だから俺は彼女の拘束を解き、構えていたナイフを仕舞って両手で優しく彼女の肩を叩いた。


「やっておかなければならない事、確認しなければならない事が幾つかある。

 それらを片付けてからならば、手を貸してやれるかもしれない……いや、助けてやりたいと思っている」


 俺の言葉に、彼女が勢いよく振り返る。

 抱き合うような距離、触れ合うような近さにある彼女の顔は、薄明かりの中でも鮮明に目に焼き付く美貌だった。

 その顔が、様々な色を湛えながら頬に一筋の線を描いていた。

 思わず俺は息を飲んでいた。

 魔女の力に惑わされなくても、彼女の持つ魅力は男心を揺り動かすに十分なものだ。

 そんな彼女の表情を歪めた原因の一端が自分にあると思うと罪悪感が這いよってくるようだ。

 震える声で彼女は言った。


「……本当に、私を助けてくれる……のですか?」


 この世界はゲームで、彼女はNPCだ。

 おそらくそれは間違いない。

 それでも、俺の胸中に湧き上がるこの感情は紛い物などではないはずだ。

 少しでもその涙を拭えるのならば、俺は優しい言葉をかけてやるべきなのだ。

 そう思っているはずなのに、俺の口から零れるのはぶっきらぼうな言葉だった。


「確約は出来ないが善処はする」


 これは俺の性根の問題だろう……俺は嘘を吐くのが滅法苦手だからな。

 自分でも不器用な人間だと思うくらいに。

 きっと、また彼女を悲しませることになると思っていながら、それでも俺はその言葉を口にしてしまうのだ。


「……はい、待っています……私、信じます……私の言葉を信じてくれた、貴方の言葉を……!」


 彼女は感極まったからか溢れる涙を受け止める様に両手で顔を覆いながら、体を預けるように俺の胸に頭を下げたのだ。

 あぁ、ダメな奴だな俺は。

 彼女(NPC)の方がよっぽど誠実な人間じゃないかと思う。

 クエストの確認ウィンドウが待機状態になって小さく折りたたまれ、視界の隅へと格納されるのを確認しながら、俺は内心でそう独り言ちた。




 夜空は未だ無数の星が瞬いている。

 彼女――ジュゼットはあの後しばらくして、この場を後にした。

 俺は再び、独りで闇夜を眺めていた。

 改めて俺は自分がゲームの中、VRMMOの中に居るのだと強く意識する。

 何故ここに居るのか、どうして前後の記憶が曖昧なのか……いつこの世界から脱出できるのか、大小様々な疑問が数多くあるのだが、それらを全て一旦捨てておくことに踏ん切りがついた。

 クエストの発生は良い意味で俺の意識を切り替えてくれた。

 やはり、目的意識が無いとふとした瞬間にどうしても思考のループに陥ってしまっていた。

 何度も切り捨てる、考えることを止めようと意識しても、何故やどうしてが脳裏を過っていた。

 理屈っぽく言えば、クエストの存在が今の状況をゲームの中だと確信させてくれたし、やるべきことが見えなかった俺にとって当面の目標になってくれると言えるだろう。

 感情で言えば、女の子を助けるということに男として積極性は生まれても拒否感は無い……悪く言えばジュゼットに泣き落とされただけの単純馬鹿だと言えるだろうが。

 積もり積もった迷いや戸惑いが、彼女の登場によって純化、淘汰されたと言っても良いかもしれないな。

 ……などと言いつつ、あの場でのクエストの開始を躊躇った理由があるわけで。


「……メタな考え方だが、あともう一つはイベントが発生しそうだよな……」


 そう、例の不思議体験でもある――過去視とでも言えばいいだろうか、あの体験で得た情報だ。

 ゲーム的に言えばイベントムービーで得た情報からは、辺境伯が胸の内に秘めていた重大な情報、そして彼が温めていた計画が予想出来た。

 辺境伯の最愛の一人娘にして、伯爵家最期の血統を継ぐアーリュシア嬢の王都移住計画。

 俺の思い違いでなければ、彼は魔物との戦いで疲弊し続けるこの領地の行く末を案じている……だけじゃないな、おそらくは訪れるだろう結末について悩んでいた。

 優秀な息子たちの若すぎる戦死、それの要因となった近年の魔物の増加と人類領域への進出頻度の増加、あとは明確なイメージではないが作物の実りも数年間で落ち込んでいたように思う。

 過去を覗いていた時に瞬間的に映った断片的なイメージからの類推なので、正解か否かは直接問いたださなければ把握する術は無いのだが、あの時に流れ込んできた伯爵の気持ちと言うのだろうか……俺の中に転写された強い意思のような感情から、日増しに厳しさを増す領民たちの生活を案じているようなものがあったのだ。

 この手の話でありがちなのは魔物絡みなら瘴気による土壌汚染などがありそうだが、単純に十年単位での異常気象による環境の変化から生態系に及ぼす影響があり、それが結果として魔物が比較的豊かな人間の住まう土地へと踏み込む切っ掛けになっている可能性がある。

 メタ的に言えばゲーム世界ではそういう時代、世界観を舞台にしているだけとも言えるが。

 実際、今を【暗黒の時代】と呼んでいるそうだし、強ち俺の推論は間違いでも無いはずだ。


 ――少し話が逸れたが元に戻そう。

 つまり、ジュゼットからのクエスト『魔に魅入られた花嫁』の開始条件を満たす前に、同じくして『伯爵令嬢の護衛・護送』のようなクエストの前提条件が進みつつあったように思うのだ。

 実際、一つ前の亜竜種との戦闘だって急に戦場に現れた得体の知れない俺の実力を測る為のイベントであり、それを突破したことでクエスト受注の為のフラグが立ったと考えられるわけだ。

 順番が多少前後するが、ある程度は状況を割り切れている今の俺に迷いは無い。

 現状の把握を優先してメタ思考による展開の進行を避けていたのだが、今となってはジュゼットより先にイベントが進んでいたであろう『アーリュシアクエスト』を受けることに異論はない。

 ならば、『アーリュシアクエスト』を発生させた上で受注し、同時に『ジュゼットクエスト』を進めると言うのが俺のやるべきことだと思ったのだ。


 ……まぁ、人によっては二股だとか、ふらふらしてると思うのかもしれない。

 踏ん切りがついた順番としてはジュゼット、アーリュシアの順番に対応するべきはずだし、それに対して因果関係を前後させているのは他ならぬ俺だからな。

 ジュゼットのクエストが発生したことで俺の中で吹っ切れたのだから、ジュゼットの方がアーリュシアのクエストよりも優先されるはずだ――それは俺も正しいと思う。

 だが、前提として俺は伯爵との食事会で映り込んでしまった感情を処理しなければ気が済まなくなっているのも事実なのだ。

 それは、アーリュシアのことを家族のように大切に思う感情だ。

 自分の事を単純と称することもあるが、流石に好き嫌いについてすぐに感化されることは無い――と、今更言ってもジュゼットに対する俺の態度の変化から説得力は一切無いだろうが、それでもアーリュシアに対する感情は自分でも不思議なほどにあの瞬間に突然芽生えたものだし、脳裏に閃きのように焼き付いた『辺境伯領から彼女を遠ざける計画』にしても、最優先とまではいかないまでも可能な限り成し遂げてやりたい、出来る限りの手助けをしたいと思っていた。


 ……辺境伯とのこのやり取りの方が、ジュゼットの精神操作魔法よりもよっぽど人格や思想に影響を与えていそうなんだよなぁ。


 それからも今後について彼是と考えていると、気が付けば空が少し白んできていた。

 地平線から昇る細い光の束が、朝日の訪れを一足早く告げている。

 俺は徹夜をしても不思議と疲れの欠片も感じていない自分の意識に一抹の不安を覚えつつも、凝り固まった体を何とか立たせて四肢を軽く伸ばしてストレッチを行う。

 VR世界の肉体アバターに筋肉があるわけではないからストレッチを行う意味は特に無いのだが、こういった習慣に基づく癖や反射と言うのは生身の感覚から多分に影響を受けるものだ。

 やらなくても問題は無いはずなのに、何故かしっくりこないって事が良くある。

 だから自分は、念入りに全身を捻ったり伸ばしたりして体を解す動きを取る。

 偉そうに言っておいて何だが、別にスポーツマンみたいにルーチンワークとしてやっているわけじゃなく、その時の気分次第で適当な動きをしている我流とも言えないストレッチのやり方だ。

 いつだったか、何となく「自分がイメージする通りに体を動かすにはどうすればいいのか?」と思い始めたことが切っ掛けでするようになった自己流の体操なんだよな。

 最後に一つ、杖を背の側から両脇を通し、それを支柱にして背骨を伸ばす気分で一つ伸びをしてストレッチを切り上げる。

 眩い輝きで地平線を染め上げる朝陽に目を細めつつ、俺は目覚めてからようやく頭が冴えたかのような心地よさを心の中で感じていた。

 パンパンと少し強めに頬を張って気合を入れる。


「……よし! それじゃ一丁やってみますか!」


 今から俺は一人のゲーマー『ジン・トニック』としてこのVR世界に一歩を踏み出す。

 俺だけの力で何ができるのか分からないし、リアルの俺がどうなっているのか、これから俺はどうなってしまうのかと言う不安はある。


 それでも、VRゲーム世界に居る間は全力でこの世界を攻略してやろうと決意した。

 それが、俺と言う人間の一つの趣味に対する姿勢、ゲーマーとしての矜持でもあるからだ。

※楽屋裏話※


忍「ところで遅れた理由の一つだって言ってた破棄したシナリオの方だと、どんなお話になっていたの?」


仁「……」


忍「ジン?」


仁「俺がグチャグチャに私刑されて人間不信になったり、突然現れた魔王に瞬殺されて絶望したり、アーリュシアもジュゼットも助けることが出来ない、ずっと鬱展開の鬼畜難易度ルート」


忍「う、うわぁ……」


仁「流石にそれは読んでる方が辛いと軌道を修正した結果出来たのが、最初は順調に行くもやっぱり最後にグチャミソにされて失意と自己嫌悪の中でひっそりと幕を閉じるルートで、しかも――」


忍「もういい、もうそれ以上は聞きたくない! ……リアルで何か辛いことでもあったのかなぁ」


仁「と言うよりは、奇を衒い過ぎた結果が誰得展開になっていたってオチじゃ?」


忍「……だとしたら哀しい話だね」


仁「まぁ、本当のところは別なようだけどな。

 『ナルニア系異世界転移モノでゲーム設定引き継いで無双する量産型VRMMOものを謳っているはずなのに、気が付いたら寄生獣とベルセルクの痛そうなシーンばかり五巻ほど見せ続けられていた』

 みたいな感じになっていたそうだから、流石に一人称視点の小説なのに鬱々でドロドロな負の感情の独白を見せ続けられるのは酷じゃないか?」


忍「はい、この話はここでカットでお願いしまーす。

 ――そう言えば、私の出番っていつになるの?」


仁「……当分無いと思うけどなぁ」


忍「ガーン!」


克己「お前らワリとこういうのノリノリだよな」


仁&忍「まぁね」


克己「俺が三人で一番出番少ないんだけどなぁ……はぁ」

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