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Ep01.「Age of Darkness」#7




 亜竜種を討伐してから、俺は屋上の隅に背をもたれさせながら夜空を見上げていた。

 満天の星空と言う言葉がぴったりと当て嵌まるほど、空は無数の星で満たされている。

 戦いの熱気が薄れたからか、一段と寒さを増した風をローブに包まることで暖を取り、最後まで形を保ってくれていた杖を労うように抱きしめた姿勢で、俺はあの星の海を眺めていた。

 別に、センチメンタルに浸っている訳じゃない。

 ぼんやりと、ただただ見上げていただけだ。

 ステータスを見るでも、ログを確認するでもなく、ただ時間が過ぎていくのを肌で感じていた。

 まぁ、他人からは「それこそ感傷に浸っているんじゃないか?」と言われてしまうかもしれないな。

 しかし、何もそういう下らない事を考える為に俺は此処にいるわけじゃない。

 名目上、亜竜の再来を警戒して塔に詰めている訳だ。

 城塞の中で眠ると言う気分でも無く、妙にサッパリとした意識を維持していることが逆に不自然に感じて落ち着かなかったから、こうして地味な仕事に志願したわけだ。

 もしかしたら、退屈な任務をこなしていれば、そのうち疲れて精神状態も落ち着くかもしれない。

 しかし、こうして夜空を眺め始めてから既に五時間は経過しているが一向に睡魔が訪れない。

 モンスター的な意味ではなく、本来の意味での眠気が来ないのだ。

 確かに十日間も寝たままだったと言うのが本当ならば、寝飽きているというのは間違いじゃないだろうが、それにしたって一日の終わりには眠気が訪れるものだろう。

 今のような異常な状況に晒されているならば、精神的な疲労は知らず知らずの内に蓄積してしまうというのが普通だと思う。

 幾ら俺の神経が図太いとしても、いい加減、覚醒状態からクールダウンしても良いと思うのだ。


 ――とは言っても、治まらないものは仕方がない。

 俺は暇つぶしがてら、スキルリストを再確認していた。

 俺が取得しているスキルは少ない。

 実を言えば、奥義開発にスキルポイントを多く振っているのであまりスキル取得数を稼げないという事情がある。

 最も、それで何か困るとは思っていなかったし、事実として、クローズドβテストの最終イベントでも問題は無かった……ように思う。

 記憶が曖昧なので、イベントの内容は事細かには覚えていないが。

 ざっくりと洗い出してみると、俺のスキル構成はこうなっている。


******************************


【杖装備適性】ランク:B+(A+)

 武器系装備スキル。

 魔法の触媒となる杖全般に対する装備適性を得る。


【軽装備適性】ランク:C(B)

 防具系装備スキル。

 布、皮などで出来た軽量の装備に対する装備適性を得る。


【棒術】ランク:D+

 武器系フィジカルスキル。

 棒状武器による攻撃、スキルへの適性を得る。


【体術】ランク:C-

 体術系フィジカルスキル。

 基礎身体能力の向上、体捌きへの補正と、体術による攻撃、スキルへの適性を得る。


【魔力操作】ランク:A+(S+)

 魔法系フィジカルスキル。

 魔力を魔法に注ぐ効率が強化され、威力や発動速度の向上が見込める。


【魔力吸収】ランク:A+(S+)

 魔法系フィジカルスキル。

 大気中の魔力吸収効率を向上し、MPの回復量を高める。


【魔力効率】ランク:A+(S+)

 魔法系フィジカルスキル。

 魔法を使用する際のMP消費量を軽減する。


【元素魔法適性】ランク:B+

 魔法系フィジカルスキル。

 元素魔法への適性が強化される。


【奥義・沈黙の鍵】ランク:A(EX)

 魔法系ユニークスキル。

 極限まで高めた魔力操作によって、魔法に必要な詠唱を大幅にカットすることが出来る。

 代償として、発動中は最大MPが半分になる。


【鑑定眼】ランク:C

 魔眼系サポートスキル。

 アイテムの性能を視認しているだけで閲覧可能になる。


【鷹の目】ランク:C

 魔眼系サポートスキル。

 フォーカスを強く意識した相手に合わせ、視野の拡大投影を行う。


【乗馬】ランク:C-

 体術系サポートスキル。

 騎乗動物全般に効果を発揮し、基本的な操縦を可能にする。


******************************


 判別可能なスキルはこれらの合計十二個だ。

 と言うのも、幾つか文字化けしていて判別できないスキルが存在している。

 自分が取得を覚えていたのはこの十二個で合っているので、イベント中に追加で取得したのかもしれない。

 ただ、【真実の眼】は名前だけは把握できるが、取得経緯も効果内容も不明だ。

 他に不明なスキルは七つ程ある。

 都合、二十のスキルを取得しているようだ。

 クローズドβテストの中盤以降にスキルポイントシステムが導入されてから、テストプレイヤーはこぞってスキルポイントを注ぎ込んでいた。


 大きく分けて傾向は三タイプ。

 一つは、俺のようにフィジカルスキルと呼ばれるステータス強化に割り当てているタイプ。

 手前味噌な感じだが、VRゲームでアバターの操作に慣れているプレイヤーが選ぶ傾向があるタイプだと思う。

 極論だが、VRゲームの自由度の高さを『己の腕があれば何とでもなる』と考えているプレイヤーがこれを選んでいる。

 特に、『Armageddon Online』では余程のことが無い限りはダメージが通らない状況が無い。

 つまり、最低値でもいいのでダメージさえ与えられるならば、あとは敵が死ぬまでヒットアンドアウェイを続けられれば、どんな相手だろうと勝てると言う思想だ。

 現実的にはその方法で全ての勝利を得るのは途方も無いことで、特に数値の桁がおかしい数字になりやすいオンラインゲームでは夜を幾つ明かせば倒せるのかという話になってしまう。

 一年間ずっと殴り続ければ勝てると言われても、それは実現不可能というものだ。

 なので、基本的には自らのフィジカルを鍛え、装備を最高のものにして、基礎ステータスを最大限まで高めていくと言うスタイルになる。

 そのシンプルな主義主張から、よくVR筋肉脳と揶揄される原因かもしれない。


 もう一つはアクティブスキル特化型。

 これは強力な各種攻撃系のスキルに、ポイントを割り振ることで更に強化するというアプローチだ。

 見た目も派手で威力にも優れた戦闘の要である攻撃系スキルを強化するので、単純だが効果的な強化を実現できるのがこのスタイルの特徴だ。

 しかし、攻撃系スキルにはメリットもデメリットもある。

 例えば、大技を一点強化すれば破格と言える攻撃力のスキルを得られるが、それ意外は並以下の性能しか発揮できなくなる。

 基本ステータスではフィジカル型に劣るので、アクティブ型は如何に攻撃スキルの特徴を正しく把握し、それらの組み合わせを考えたり、切り札を積極的に組み込む戦術を立てるかが肝になる。

 瞬間的な火力が伸びる傾向があるので、DPSと呼ばれるアタッカーのポジションを好む人がこのスタイルを選ぶことが多かった。


 最後の一つは奥義特化型。

 スキルポイントを割り振ることで独自の攻撃スキルや、発展スキルを開発することが出来る。

 このシステムのことを奥義開発と呼ぶのだが、それにスキルポイントの大半を注いでいるプレイヤーのことがこう呼ばれていた。

 俺の友人もドラゴニアと言う龍の血を引く種族でのみ発現するユニークスキル【奥義・龍血解放ドラゴニック・オーラ】を開発していた。

 一時的に自分のステータスを大幅に引き上げる効果があったはずだ。

 俺の【奥義・沈黙の鍵】も同じく奥義開発で得た特殊なスキルだ。

 他には、独自の剣技スキルを複数作って自己流の剣術体系を作り上げた人も居たはずだ。

 実は独自スキルの開発と言っても、俺や友人が得たユニークスキルは他の人も手に入れることが出来る。

 その手のスキルに限って言えば、奥義開発は既存のスキルをベースにしてユニークスキルという隠しスキルを探すようなものなのだ。

 だから、俺の切り札である【沈黙の鍵】や友人の切り札だった【龍血解放】も、オンリーワンの特殊スキルと言うわけではない。

 真の意味でオリジナルスキルと言えるのは、独自剣技スキルなどを作り上げた時だろうか。

 それも、既存のスキルをベースに、太刀筋などを弄れると言うのがメインになる。

 この辺はシステムを介して行うものなので、その枠組みを超える突飛も無いスキルは誕生しないということだろう。


 スキルポイントはそのキャラクターの所持するトータル経験値的な数字だと言われている。

 例えば、俺が魔法を使えば使う程、魔法の使用に関連したスキルに熟練度が蓄積されていく。

 敵を倒す、ダンジョンやクエストを攻略する、アイテムを生産するなど、様々な行為に対して経験値が蓄積され、それがスキルポイントとしてプレイヤーに還元される。

 還元されたポイントはキャラクター性能の拡張に任意で使用できるので重宝された。

 それと言うのも、『Armageddon Online』では明確にレベルが存在しないからだ。

 戦えば戦う程、使えば使う程、性能が向上すると言うのは分かっているが、一般的なMMOのような効率の良い育成方法やレベル稼ぎの為の経験値狩りなどが無い。

 汎用性の高いスキルポイントシステムにも振れるポイント数やスキルにある程度の制限があるものの、明確に育成の方針や強化段階を確認できるのが恩恵として大きい。

 特徴を伸ばせば強くなったと実感しやすいし、種族的に適性が無いスキルもポイントさえあればある程度は習得が可能になる。

 長所を伸ばす、短所を補う、幅を増やす、ゲーム的なサポートを強化する。

 スキルポイントで得られる恩恵は実に多岐に渡るのだ。


 ちなみに、ランクはレアリティ兼熟練度の高さを示している。

 同じランクの中でも幅が広すぎるようで、あくまで参考程度にしかならないのだが。

 Sを最大にA、Bと順番に進みFが最低で七段階。

 プラス表記は種族適性による補正あり、マイナス表記は種族適性の無いスキルをポイントで取得した場合に付く。

 括弧の中のランクはポイントを追加で割り振ったことによる強化補正込みでのランクになっている。

 EXというのは特殊な分類のようで、実はあまり良く分かっていない。

 詳細不明な七つのスキルもランクが分かれば多少は分かることもありそうなのだが、どれもこれもランクすら判別できない状態なので何とも言えない。

 分からないものは当分放置しておくしかないかな。


 色々と考えた結果、俺は余っているポイントを新規スキルの取得に割り振る。

 少なくとも、現状はゲームのステータスが活きているようだ。

 ならば、新しいスキルを取得しておくのは悪くないだろうと思ったのだ。

 芸は身を助けると聞くし、余っているポイントを腐らせておく必要も無いだろう。


 新規獲得スキルは以下の通りだ。


******************************


【鑑定眼】ランク:C(A)

 アイテムやオブジェクトの詳細な情報が獲得できる。


NEW【天帝眼】ランク:B

 魔眼系サポートスキル。

 人や魔物の情報を閲覧、表示することが出来る。


NEW【暗視】ランク:C

 魔眼系サポートスキル。

 暗所でも自動的に光量が調節されて視界が確保しやすくなる。


******************************


 見事に魔眼系で揃えたわけだが、これは意図的に行っている。


 スキルポイントで取得できるスキルには、直接的な戦闘力を増す武器や防具などの装備に関連した強化を行う「装備系」スキルと、ステータスを向上させる「フィジカル系」スキル、剣技などの各種攻撃スキルを直接強化する「アクティブ系」スキル、そして、情報の追加や表示の拡張を始めとしたプレイヤーを補助する「サポート系」スキル、奥義開発による「ユニークスキル」の取得と五種類もある。

 俺が欲していた情報量の強化をするスキルは主に魔眼系として扱われていた。

 魔眼は取得時からランクが高い傾向があるので習得に必要ポイント数も多く、ポイントに余裕がある時でないと取得が出来ない。

 今後スキルポイントをどれほど獲得できるのかは不明だが、魔眼系を入手しておくならばこのタイミングでしか獲得は出来なかっただろう。


 魔眼系は他にも戦闘に使えるものもあるのだが、スキルポイントで獲得できるスキルにも取得制限があるものもある。

 取得条件不明なユニークスキルと比べれば、それらのスキルは前提条件が分かっているので取得するのは幾らか容易だが、それでも入手難易度が高いので上位スキルとして見られていた。

 ゲームや漫画などで有名な凝視することで敵を倒すような魔眼はリストに存在していないが、対象の行動を阻害するような魔眼は存在している。

 その前提スキルとなるのが「魔眼系スキルの熟練度を一定以上集める」ことだ。

 酷く曖昧な条件だが、要するに魔眼を使いこめばそのうち習得できるということだ。

 逆に言えば、その手の魔眼については当分取得できない。

 ならば、魔眼なんてスキルポイントが重いスキルではなく、もっと幅広く使った方が飛躍的にステータスを伸ばせるのではないかと思うかもしれない。

 しかし、俺はそれを踏まえてでも魔眼系統を伸ばすことへのメリットを感じていた。


 魔法使いの基本的な戦闘方法は前衛が壁となって時間を稼いで貰っている間に、詠唱や準備を整えて強力な魔法で戦局を決定付けることにある。

 それはパーティとして戦っていることを前提とした発想だ。

 フレンドと連絡も取れない、味方になってくれる人がいるかどうかも分からないこの状況、個人で戦える戦闘力、戦闘スタイルが必要となる。

 敵の攻撃を躱し続けて魔法を詠唱するという手段しか取れない現状では、遠からず限界が訪れることは目に見えている。

 特にマギエルという種族の俺のステータスは、HPを始めとして各種ステータスがほぼ全て最低ラインとなっている。

 個人での戦闘に適性が全くない、もっと言えば戦闘力に難のある種族なのだ。

 そんな俺が今後どんな環境、どんな状況で戦うにしろ、パーティを頼れない状況が予想されるのだから、個人での戦闘力を可能な限り引き上げるしかないのだ。

 相手の行動を阻害する魔眼系スキルを獲得できれば、詠唱の時間を稼ぎやすくなるはずだ。

 敵のHPや名称が追加表示されるようになる【天帝眼】や、暗所での光量を自動調節してくれる【暗視】のスキルは戦況を把握しやすくなることに一役買ってくれるはずだ。


「おぉ、何か一気に周囲が明るく見えるようになったな……」


 先ほどまでは松明の火だけだと五メートルより先は暗くて視認し辛い状態だったが、今では蛍光灯で照らされているかのように石材の目まで見えるほどにハッキリと把握できる。

 夜空の星の数も更に倍する数で見えたのは予想以上だ。

 城壁の上から警戒する歩哨の姿もハッキリと捉えることが出来た。

 しっかりと暗視のスキルが効果を発揮しているようだ。


 さて、目下一番の問題は目的の設定だろうか。

 今まではただ状況に流されるままだったが、明日以降はそのままというわけにも行かないだろう。

 少ないながら今日得た情報では、現在地がカルカミック王国のハルトナー辺境領に居ることと、王国全体の地図を確認することが出来た。

 もし、これがゲームの世界のままならば、流石に王都周辺ならば他のプレイヤーが居るはずだ。

 何らかの理由で俺のVR機器や環境にエラーが発生している、それが原因で文字化けなどのシステム異常や記憶障害が発生しているのならば、王都に着けば別のプレイヤー経由で運営に対処をお願いできるかもしれない。

 また、懐疑的だがこれが万が一にもっと異常な事態に巻き込まれていると言うのならば……それこそ、ここが異世界で俺が何らかの理由で紛れ込んでしまったのだとしたら。

 情報を正確に集める為にも王都に向かう価値はあるはずだ。


 俺の直感は、既に体感しているこの感触がVR世界のものじゃないと判断している。


 現実では学生の身分でこういうのも何だが、俺の人生の殆どを占めるVR体験から判断して、この全身で感じている感覚が、VRで再現可能なレベルを超えているのは明らかだ。

 それでも、ここが異世界だと信じきれないのは、俺の中に残っている一般的な常識が、「そんなことあるはずがない」と言う希望的観測を述べているだけに過ぎない。

 本能に近い部分では、ここが自分の知るあらゆる常識からもかけ離れている場所だと告げていた。


「本当に、どうすればいいんだろうな……」


 自分自身に問いかける様に呟く。

 答えを期待しての言葉じゃなく、ただ松明の爆ぜる音と風の吹き荒ぶ音だけを聞き続けていた状況に、幾許かの変化が欲しかった故の無意識の行為だったと思う。

 だから、その独白とも言えない無為な呟きに対して――


「だったら、私と一緒に来ない?」


 そんな声が掛かるとは思ってもみなかったのだ。

 しかも、暖かい風が首筋を舐める様に這ったのだ。

 俺は慌てて振り返ると、そこには円らな瞳をした少女が居た。

 本日三度目の邂逅となる駄メイドの彼女だ。

 ローブ越しに抱き合うような近さで体を密着させている彼女に、何故俺は気付けなかったと言うのだろうか。

 あまりの事態に混乱するが、一先ず冷静な部分で彼女を引き剥がそうと試みる。

 ぷるんとした唇が頬に触れそうな位置にあり、先ほど感じた温い空気は彼女の吐息だと理解した。

 驚きからか高鳴る心臓を落ち着かせる様に俺は大きく息を吸う。

 仄かに甘い香りがするのは、おそらく気のせいだと思いたい。


「……どういう意味だ」


 努めて冷静な口調で彼女に返答する。

 肩を抱いてそっと引き離そうと試みたのだが、思った以上に強い力で抵抗されて引き剥がせない。


「もう、外は寒いんだから、そんなにいけずしないでよ~」


 からかうようにクスクスと笑いながら、彼女は俺に語り掛けてくる。

 その瞳は、揺れる火に照らされて妖しい色が揺らめいているように見えた。


「魔法使いの少年……いや、ジン様とでも呼んだ方が良いかしら。

 それとも、今まで通りトニック様とお呼びした方が宜しいですか?」


 幼い外見とは裏腹に、グッと迫ってくる彼女の表情はどこか大人びて見えた。

 艶のある白い肌が、滑らかな髪が風に揺れる仕草が、微かに潤む瞳が、全てが男を誘惑する為に出来ているように、俺の脳の奥をガンガンと刺激してくる。

 待ってくれ、俺に幼女趣味は無いぞ!

 明らかに異常な状態だと言える。

 そうして感じている違和感すらも何処かに消えてしまいそうなくらい、俺は彼女の魅力に惹きつけられ始めていた。

 このままでは危ないと本能が警鐘を鳴らしている。

 いや、本能ではなくこれは直感かもしれない。


 具体的に何がとは言えないが――俺がこんなに魅力的な少女に心を許さないのがおかしいと頭では理解しているのだが、まるで俺の体を支配する別の誰かがそれに抵抗している感覚だ。


「……好きに呼べばいい」


「では、ジン様と呼びましょう!

 その方が親しさを感じていいでしょう、ね?」


「あぁ、別に構わない」


「では、ジン様! 私と一緒に来ていただけますね?」


 可愛く小首を傾げて訪ねてくる彼女は、まるで恋人におねだりをする彼女の様だった。

 華やかな笑顔はそれだけで男性の心を溶かしてしまうだろう。

 一も二も無く頷きそうになった自分は、脳が感じたズキリと鋭い痛みによって意識を改める。


「……それは駄目だ、出来ない」


「あら、何故ですか? 私はこんなにも貴方をお慕いしているのに……」


 そう言って、彼女は俺に体を預けてくる。

 小柄な彼女は軽く、俺の身体には全く負担を感じない。

 むしろ、彼女の高い体温が心地よく、接している場所からじわりと伝わってくる熱に、心まで蕩けさせられそうな心地良さがあった。

 俺の胸元で「の」の字を描く彼女の仕草は、幼い少女のそれではなく、男女の仲を熟知した妖艶な魅力を隠した大人の女性のように思える。

 彼女の体が描く曲線が、まるで羽毛布団のような安心感を俺に感じさせていた。

 今すぐ何もかもを捨て去ってでも、その柔らかさを堪能したい……そう思う程に、強烈な誘惑を感じていた。


 だからこそ、俺はそこで意識の手綱を取り戻した。

 あれほどクリアだった意識に知らぬ間に掛かっていた薄靄が晴れる。

 俺の胸の中に蹲っているのは、可愛らしい外見をした少女なのは変わりが無いが、今では劣情を抱える程ではないとハッキリと分かる。

 十分に可愛いらしいけど、俺は幼女趣味ではないのだ。


 俺は彼女を迎え入れるかのように右手で抱きかかえ――


「お前の目的を言え」


 左手で腰のベルトに刺しておいた投擲用のナイフを逆手に構え、彼女に見える様に首元まで持ってくる。

 俺の右腕を嬉しそうに握りしめ指に指を絡ませてきた彼女だったが、俺の左手に握られた鈍い輝きを見て驚きに目を見開く。


「も、目的何て……ただ私は一目見た時から貴方様をお慕いして……」


 少し上擦った声で懸命に弁解する彼女を後目に、俺は直接操作でメニューを操作し、ログを戦闘用のものに切り替えた。

 そこには予想通り、俺に対する精神操作系の魔法効果に対する抵抗が成功したことが記載されていた。


「こうして夜更けに人目を忍んできたのも、私の身分では公の前で気持ちを打ち明けるのが困難だった故のことで、他意は無いんです……」


 俺がプレイしていた『Armageddon Online』のクローズドβテストには精神操作魔法何て存在しない――いや、VRMMOというジャンルにおいて、精神操作系の魔法自体がまず存在しない。

 それと言うのも、VR機器を介して人間の意識を操作することは倫理的に危険だとして、何重ものセーフティロックを用いて偶発的な事故すらも発生しない様に厳重に対策されている事項だ。

 端的に言えばVR機器、VR環境は洗脳に適した装置とも言える。

 だから、そう言った要素が万が一にも人体や人格に悪影響を及ぼさない様に、厳重に、細心の注意を払って、VR機器の基本システムから幾重ものセーフティが仕掛けられている。

 古くからRPGなどのゲームでは混乱や魅了などは有名な状態異常として採用されてきたが、VR環境を利用したゲームでは精神に直接的な影響を及ぼす効果は徹底的に排除されていた。

 だからこそ、行動阻害系と呼ばれる状態異常……麻痺や移動制限などが主流となっているのだ。

 これは今までのどんなジャンルのVRゲームでも同じだ。

 強制的に人間の精神に影響を及ぼす効果は、VRゲームには存在しないというのは、一般的な常識とさえ言える。

 だから、その万が一にも存在しないであろう精神操作系魔法に対するレジストが成功したというログを見て、内心ではかなり大きな動揺を感じていたのだが、俺に抱きかかえられている彼女には見えていないだろう。

 それは、幾つもの根拠を挙げて置いてなお否定してきた、「この世界がVRゲームの中だ」という希望を打ち砕く決定打にも成り得るからだ。

 彼女の目は俺の手にしたナイフに引き付けられているし、彼女は俺に言い訳するのに必死なようで、こちらの様子を窺うどころか状況に対応するので手一杯の様だった。


「……ジ、ジン様は冒険者の方だから、見知らぬ他人を警戒するのは分かります!

 でも、私の言ったことに偽りが無いのはご理解頂けるとも思っています!

 本当に、私は一目見た時から凛々しい貴方様の虜になってしまったのです……」


 憶測だが、彼女が精神操作魔法の使い手であり、そして、その魔法に絶対と言っても良い程の自信を持っていたのだろう。

 だから、それが俺に破られた事で彼女も激しく動揺しているのだろう。

 俺は残念なことに拠り所としている所が無いのだが、彼女はその切り札(精神操作)が無効化されたことで窮地に立たされているのだと思う。

 初手から最強の手札を切るのは戦術的にも正しいとは思うが、破られた時に次善の策を用意していなかったのは手痛いミスと言えるだろう。

 裏を返せばそれを必要としない程、彼女にとっての必勝の策だったのかもしれないが。

 次第に、俺の腕の中で必死に弁明する彼女の声に薄らと陰りが見えて来た。


「……はは、信じて貰えないのも無理はありませんね。

 私はこうして幼い外見をしていますから、男性から見て女としての魅力が欠けているのも自覚していますし、多少なら胸はあるのですが、肉付きの少ない矮躯の私では逞しい殿方にとっては抱き心地が心許ないでしょう。

 えぇ、自覚はあるんです、自覚は……」


 いや、抱き心地は別に悪くないと思うぞ。

 何と言えばいいのだろう?

 こう、丁度良い感じに包み込めるサイズと言うか、全身をフィットさせるのに丁度良いと言うか……もちろん、そんなことは口には出さないが。

 代わりに別の事を問う。


「なら、正直に答えて貰おうか。

 精神操作魔法を仕掛けてまで、俺を取り込もうとした目的をな」


 その言葉に彼女の全身が硬直する。

 魔法の存在に気付かれていたことまでは予想外だったのか。

 腕の中で微かに震える少女を凝視すると、魔眼によって彼女のステータスが浮かび上がる。


 彼女の名はジュゼット・マウリーヤ。

 宵闇の二つ名を持つ真性の魔女だった。

更新が大分あいてしまい申し訳ないです。

もう少し時間を確保できればと思うのですが、なかなか……頑張りたいと思います。

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