Ep01.「Age of Darkness」#6
俺が一つの閃きを得てしばらく、食事についての感想を語り合っていた時にそれは起きた。
チリッと小さな火花が散るような微かな感覚が、耳の奥、頭の中に響いたのだ。
それと同時に、扉越しだが城内が俄かに騒々しさを帯びて来たように思う。
何かが起きていた。
「外が少し、騒がしいようですね」
俺の言葉に、伯爵はピクリと眉を顰めた。
アーリュシアは気付いていないのか、俺の言葉に反応していない。
伯爵がベルを鳴らして執事を呼ぼうとする直前、扉が大きくノックされる。
「失礼します、守備隊から火急の連絡です!」
軽装の兵士が短く礼を捧げる。
彼の慌てようはかなりのもので、俺の存在に気付くと血相を変えていた。
部外者である俺の耳に入れてはいけない類の話なのか、それとも、慌てふためく兵士の姿を見せること自体が恥だとでも思っているのか。
おそらく、そんなところじゃないかと当たりが付く。
「構わん、話せ」
伯爵は短く許可を出し、伝令に来た兵士に先を促す。
金縛りから解けた彼は喉を鳴らした後、滑らかな言葉遣いで報告を行った。
「はっ! 南部平原方面より信号弾、赤の三連が三回に白の単発が二回!
魔の領域からの後発軍と交戦に入った模様です!
彼らは夜明けまでは持ち堪えるつもりかと!」
「……」
「また、塔から未確認の影が本拠に急速に近づくとの報告あり!
夜間の為、正確な報告ではありませんが、おそらく亜竜種の類ではないかと!」
「亜竜種だと!」
「観測速度から十五分以内に本拠に到達する恐れがあると……」
彼が全てを報告し終える前に、大気を引き裂く咆哮が響き渡る。
「……そんな、予想より早い!?」
「貴様、迎撃準備はどうなっている!」
「はっ! 既に本拠守備隊は壁上にて未確認飛行生物に対する対空防御を展開済み、同時に南部平原への増援の準備も進めていましたが……」
「伝令だ、各個に騎士の指示を仰ぎつつ現状を維持、私が全体の指揮をとる」
「承りました!」
矢の如く飛び出していった兵士を後に、伯爵がこちらに視線をくれる。
「トニック殿、貴殿には縁も所縁も無いのだが、恥を承知でお願いしたい。
我が軍に力を貸してくれんか」
「……トニック殿、私からもお願いします!
もし本当に亜竜種だとすれば、守備隊だけでは討伐に時間が掛かってしまう。
そうなれば、襲撃を受けている南部平原の増援を送ることが難しくなるでしょう。
貴方に私たちを助ける理由など無いのは重々理解していますが、多くの犠牲を少しでも減らすために、貴方の魔法の力をお借りしたいのです!」
俺の心臓が、大きく脈打つのを感じた。
痺れるような感覚が、背筋を這い上がっていく。
「……分かりました、こうして居合わせたことが何かの縁です。
微力ながらお手伝いさせて頂きます」
唐突に降って湧いた災厄に、俺の心は高鳴っていた。
これで、煩わしい思考の檻から離れて、不吉な閃きから少しでも遠ざかることが出来ると。
戦いに没頭すれば、この胸の内の不安も少しは晴れるだろう、と。
俺はどこか縋る様な思いで戦う決意を固めた。
喧々たる空気の中、場違いなドレスに身を包んだ彼女に手を引かれて塔を上る。
屋上に出た瞬間、吹き抜けるビル風のような強い夜の匂いを含んだ突風が、俺と彼女の体に叩き付けられる。
突風に眩んだ彼女は、俺の手を放して顔を覆ったのだが、それがいけなかった。
俺の目にバッチリと魅惑のシルクが映り込んでしまう。
ガーターベルトに現代のものと近いパン……ショーツって言うんだっけ?
微かな光沢感から滑らかさが分かる上質な下着と、彼女の磨かれた白磁のようでありながら、瑞々しさを思わせる肌を見せつけられて、思わず意識を塗りつぶされそうになる。
そんな俺を現実に引き戻したのは、甲高い亜竜種の叫びだ。
今から戦う相手なのだが、彼には感謝せねばならないだろう。
我を取り戻したことで無意識に鼻の下を触ってしまうが、特に異常は無かった。
だから、何も問題は無い。
「指揮官、状況を!」
「姫様!? そのようなお姿で――」
「状況を!」
「はっ! 敵は亜竜種の『空歩き』です、数は一!」
指揮官が指し示す方角を見ると、小さな翅の生えた蜥蜴が空を這うようにして飛んでいた。
なるほど、確かに奴は「空を歩いて」見える。
全身が黒地に白の斑模様なことも、闇夜に溶けるカムフラージュとなっていると言う事か。
ちらちらと覗かせる舌と二つの瞳だけが赤々と輝き、その宙を逆さに這うという奇妙な動きと相まって異様な迫力がある。
「現在、全力で弓兵による対空迎撃を行っていますが……やはり、亜竜種相手では分が悪いと言わざるを得ませんな」
空中を縦横無尽に駆け回る敵に対し、城壁の上に陣取った兵士たちが必死に矢を射かけているが、闇夜に姿を紛れさせながら素早く動き回る奴に命中させることは難しいようだ。
当たっても硬い鱗に弾かれてしまうのか、ダメージを与えることが出来ずにいるようだった。
ふむ、亜でも竜種と言うだけあって高い防御力を誇っているようだ。
今のところは不気味な動きをしながら見えない壁を這っているだけにしか見えないので危険度が測り切れないが――
「あぁっ!」
アーリュシアが悲鳴を上げる。
塔の一つに向けて『空歩き』が真っ赤な口腔を向けたかと思うと、宙づりの姿勢のまま涎でも垂らすかのように業火を吐き出した。
正体は粘性のある油か何かだろうか。
猛烈な熱気と臭気が、塔に当たって弾けた炎の爆風に乗ってこちらにまで届いてきた。
思った以上に厄介でエゲツない攻撃方法だ。
「奴が人を襲う理由は何だ?」
俺が指揮官に問い質すと一瞬怪訝な顔をされるが、アーリュシアと一緒にこの場に現れたことから察したのか、すぐに返答を寄越してくれた。
「良く分かりません!
ただ、亜竜種の中でも『空歩き』は積極的に人を襲うようなタイプではないことは知られていますが……現実として、ここに奴は居る。
奴がこの砦に現れたのは初めてのことです」
「何か、普段の奴と違う点は無いか?」
「遭遇例自体が少ないんですが……確か奴は縄張り意識が強いタイプの魔物なので、こんなところまで出歩いてくる筈がないと思います。
住処も南部平原の向こう側にある山の麓の湿地帯だったはずで、ここからは馬でも二週間は掛かる程の距離はある筈です」
つまり、奴は何らかの理由で縄張りから遠く離れたここまでやってきた。
住処を奪われた?
場所が南部平原の向こう側と言う事は。
「魔の領域の敵襲……いや、魔物の大移動によって縄張りを荒らされ、住処を追われた一体と言う事か?」
俺の独り言に、指揮官も驚愕の表情を作って頷く。
「なるほど、それなら辻褄が合う!
くそっ、まさかそんな魔物の生息域にまで波の影響が及んでいるとは……溶熱液を吐く程の暴れ方も、そのせいで気が昂っていると言うのなら納得が行く!」
「他にも、そういう魔物がいるかもしれない。
『空歩き』にしても、あの一体だけとは限らんからな……心当たりがあるなら、今すぐに早馬で伝令を用意して各地の守備隊に報告するべきだ」
「そうですね。 ライガッツ卿、支給緊急伝達網の構築を!
この場の指揮は私が引き継ぎます」
俺の言葉にアーリュシアも驚愕の表情を打ち払って頷く。
強い意思を秘めた瞳で、指揮官に向き直って命令した。
しかし、ライガッツ卿と呼ばれた彼は、最前線にアーリュシアを置いていくことを是とは出来なかったようで、彼女の決断に食い下がっていた。
「姫様! この場所は危険です!
貴女様は安全な場所へと非難して頂かないと……」
「ハルトナーの家に生まれたものとして、私には果たすべき義務があります!
ライガッツ卿、貴方にも果たすべき義務がある。
上官としての命令です、すぐに情報拡散を行ってください!
……大丈夫、私にはそこのトニック殿が付いております」
それもアーリュシア本人の強い言葉と表情に抑え込まれる。
彼女の鋭い剣幕に、歴戦の勇士であろうライガッツ卿も言葉を飲み込んでいた。
しばらく葛藤していたのだろうが、やがて俺の方を一目見て小さく頷いた後、彼女に向き直って彼は命令を承った。
「……承知! 姫様、どうか御武運を!
トニック殿、姫を……アーリュシア様を頼みます! そこの三人、私に続け!」
ライガッツ卿は近くに居た三人の兵士を引き連れて塔を滑る様に駆け下りていく。
その姿には最早迷いは一遍も無く、与えられた任務を全うすべく全身全霊を掛けて臨む男の背中があった。
それにしても――
「アーリュシア様には随分と俺の事を買って頂いているみたいですね」
俺がいれば大丈夫と、彼女はライガッツ卿に告げていた。
それが彼にどれほどの説得力を発揮したのかは不明だが、少なくともアーリュシアに勝算があると見てライガッツ卿は俺に彼女のことを託したのだろう。
「はい、私は貴方の事を信じています。
……いえ、信じたいのです。 伝承にあるような英雄達のような存在を。
この『暗黒の時代』と人々が口にする希望無き世に、人の命が朝露よりも儚く消えていくこの土地に、一条の光をもたらすのが魔法使いの貴方だと、私はそう願っているのです」
祈るような口調で彼女は告げた。
ハルトナー伯爵の半生を見た俺には、彼女の言う言葉の意味が理解できる。
「トニック殿……いいえ、トニック様! 我々に力をお貸しください!」
懇願。
彼女もまた、ハルトナーの血筋を憂う者なのだろう。
それも、己の身を案ずるのではなく、おそらくは血の宿命に苦しめられた父である伯爵を想って。
「俺は、そんな大層なもんじゃないよ」
ぽつと、俺は皮肉を口にしていた。
この状況に巻き込まれてから――見知らぬ場所で目覚め、夢か現かも分からず、ゲームの続きだと思い込むことすらできず、いっその事、小説や漫画のように神様からチートのような能力を与えられて、自分に都合の良い展開だけが巻き起こればいいとさえ願っていた俺が。
誰かの願いや祈りを捧げられるような存在じゃないのは、俺自身が一番良く知っている。
ただ、それでも。
「……それでも、何とかしたいって思ってしまうんだよな、俺は」
すぐ傍にいる彼女にも聞こえない様に、吹き荒れる風に溶かす様に、細く息を吐きながら胸の内を吐露する。
言葉にすることで幾分か胸の内がすっきりとした。
意識は相変わらず怖い程にクリアなのだ。
燃え盛る塔の上で興奮からか赤い目を強弱に輝かせている奴を睨みつけ、俺は覚悟を決める。
今までの俺の経験からしても見知らぬ敵なのだが、それは特に問題ではないだろう。
ゲーム(あの世界)ではいつだって、初めての戦闘を乗り越えて来たのだから。
杖を構え、小さく息を吐いて集中する。
もう何度も繰り返したか分からない直接操作による魔法コマンドの起動は、最早UIに表示されるメニューを見る必要すらない。
全身を流れる血液を杖に注ぐ様なイメージで、全身を駆け巡るMPと名付けられた魔力を活性化させていく。
敵は目の前の一体だけとは限らないが、実力のほどが分からないので全力で当たらない訳にはいかない。
俺と言う単体戦力の限界を出し尽くすつもりでやる。
「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫」
杖に宿した魔力が、その内包する元素に応じて仄かに赤い光を放つ。
俺の紡いだ言霊によって、構えた杖を指し伸ばすことで、漂うだけだった力の欠片に道を示す。
「≪火矢≫!」
俺の放った≪火矢の呪文≫が、夜空に赤い彗星のような帯を引いて亜竜に吸い込まれる。
先ほど奴が吐き出したブレスの余波よりも、更に熱量を増した爆風が、亜竜の絶叫を飲み込むほどの轟音が、爆ぜる火花の爆炎が――周囲の音を、闇を、一瞬にして染め上げていく。
「おぉぉぉぉ!?」
「な、なんだ、何が起こった!」
「これが……魔法……!」
周囲の兵士の驚愕やアーリュシアの呆然とした呟きが微かに耳に入るが、俺はそれら全てを意識の外へと追いやる。
視線の先にいる奴がまだ息をしているのは、手応えからも疑いようがない。
魔法の火は厳密には火ではない。
自然現象としての火と、破壊のイメージとしての火の混在した姿だと教えられた。
これは他の属性でも同じことが言える。
だから、例え火に耐性を持っている敵が相手であっても、火の魔法の攻撃力が完全に無効化されると言う事は少ないのだと言う。
火のイメージをしているだけで、そこにあるのは魔力による純粋な破壊の力なのだから。
今の俺の力の源である『Armageddon Online』の設定を借りれば……の話ではあるが、俺の魔法はそこから引用しているのだから、強ち間違いではないだろう。
奴は俺の魔法による強烈な炸裂で堅牢な防御壁となっていた鱗と皮の一部を失っている。
そこから覗く鮮やかな緋色と白の柔肉になら、兵士たちの有する武器でも有効打となるはずだ。
「アーリュシア、あの剥げた所を狙わせろ!」
「……なるほど! 総員、構え! 目標は剥き出しのあの部位だ……放てぇ!」
この場に居る兵士が、一糸乱れぬ連携で矢の雨を集中させる。
先ほど前は硬皮に弾かれていた矢が、次々と奴の肉に突き刺さっていく。
苦悶の叫びをあげ、身を捩る奴の様子を見て、もう一つの塔からも矢弾の密度が上がる。
その怒りを示す様に奴は一段と赤々と輝く双眸をこちらに向ける。
完全にこちらに狙いを定めている。
己の体を無残にも傷つけた俺と言う存在を、率先して矢を射かけて来た兵士たちを、優先して排除すべき存在だと認識したのだ。
チリッと火花が肌を焼くような間隔が走る。
俺は直観に従い使うべき魔法を選定する。
「≪気高き守護者よ、脅威を打ち払わんとする我々に、慈悲と加護の盾を授けたまえ≫」
杖を励起した魔力の白い輝きが包み込んだのを見てから、払うように、前へ打ちだす様に水平に構えたそれを薙いで言葉を締める。
「≪防御圏≫!」
紡がれた呪文によって集められた魔力に形が与えられることで魔法が完成する。
俺の注ぎ込んだ魔力は呪文に従い、塔の前面に光すら歪む程の強固な魔力の障壁を張る。
初級魔法の一つ、防御系統に属する≪防御圏の呪文≫。
同系統の≪防御膜≫とは比較するのが馬鹿らしいほどの圧倒的な防御力を誇るこの魔法は、使用中は術者が移動やアイテムの使用など、一切の行動が出来ないというデメリットがある。
その為、回避を重視するVRMMOの定石としては使いにくい魔法だ。
初級魔法というだけあって、序盤は防御力が言うほど高くは無く、後半では敵の火力と機動力が高くなる上に、そもそも詠唱が必要な魔法は即応性が低く、どうしても扱いが低かった。
特に、この手の防御系の呪文は≪防御膜≫もそうだが消費魔力が少なくない。
上位の戦闘でシビアな判断が要求されるにつれ、どうしても序盤から感じていた使い勝手の悪さがいよいよ無視できなくなってくるのだそうだ。
俺から言わせれば、微かにでも使えるシーンがあるなら十分価値はあると思うのだが。
障壁の強度にしても魔力の注ぎ方、詠唱時間などの工夫一つで十分に向上する。
俺が展開した≪防御圏≫は『空歩き』の吐き出した粘液状の熱毒ブレスを受け止め、それを激しい光の渦の中で蒸発させる。
≪防御圏≫は何かと制限も大きい魔法だが、止めるだけではなく完全に相殺して消滅させるという特性があるので、地形にまで効果を及ぼすような攻撃に大して副次的アドバンテージがある。
UIに追加で表示された展開中の≪防御圏≫の耐久値は三割を残しているのみだ。
……おいおい、俺が想定していたよりもコイツは強いぞ!?
この様子じゃ≪防御膜≫程度では確実に抜かれていただろう。
見ればMPの回復もいつもより遅い気がするが……原因の究明は後にしよう。
俺は展開中の障壁を解除し、兵士たちに攻撃を促す。
「今だ、全力で仕留めろ!」
俺の一言で凍り付いていた兵士が再び必死に奴へと矢を射かけていた。
その矢を受けながら、『空歩き』はもう一つの塔へと逃げる様に移動する。
障壁でブレスが防がれたことを学習し、別の塔を先に攻め落とすつもりなのだろうか。
だが、そうはさせない。
見るにあのブレスには油を溜めるための時間が必要なようだ。
その隙に、こちらで次の一手を完成させられるかどうかが勝負の分かれ目になる。
俺はここで王手をかけるべく、とっておきの一手を打つことにした。
「≪漆黒の闇に沈む暗き炎よ、光すらも焼き焦がすその熱で、我が敵を灰塵へと滅せよ≫!」
杖が注がれた魔力によってガタガタと震え始める。
耐久値の底が近いのだろう。
せめてこの一撃、保ってくれよと願いながら更に魔力供給を加速させる。
「≪灼熱よ星と成りて輝け、終末の時は来た≫!」
臨界まで達した魔力が、今にも弾けそうな杖の中で雄叫びを上げている。
俺は荒ぶるその力を、次の言葉と共に解き放つ!
「≪獄炎爆破≫!」
杖から閃光が幾条も迸って対象と定めた地点、今まさに『空歩き』が塔を襲わんとして身を乗り出した場所に集束していく。
周囲が一瞬色素を失い、直後空間が収縮と爆発を引き起こす。
中級の火属性攻撃魔法である≪獄炎爆破の呪文≫は、平たく言えばファンタジーRPG好きには馴染のある爆発の魔法だ。
しかし、この魔法の扱いにくい点はターゲット指定ではなく、空間座標を対象にして攻撃を行うと言う事だ。
この仕様のせいで『Armageddon Online』のテスト中では、空間座標指定の使い勝手の難しさに習得を挫折してしまうプレイヤーが後を絶たなかった。
性能も他の属性の範囲攻撃系と比べると破格の攻撃力を持っているが範囲は狭く、攻撃手段としての扱い易さが全然違うので、どうしても便利な他の系統魔法に流れる人が多かったようだ。
頑張って使ってみても、思ったような戦果が得られないという実情もあったが。
しかし、この魔法の真の強さというのは空間座標の指定にこそある。
魔法の発動タイミングを完璧に魔物の体内に合わせてやれば、その高い攻撃力の全てがたった一体の魔物に降り注がれる。
MPの効率だけで言えばこの使い方は悪いだろうが、瞬間火力の高さは他の同レベルの魔法の追随を許さない。
条件さえ整えば、その攻撃力の高さは上級魔法クラスに匹敵するだろう奥義だ。
その条件が整えにくいからこそ、残念な魔法として認知されていたのだが。
ともかく、俺にとっては大きく鈍重な的だった『空歩き』は≪裏・獄炎爆破≫の格好の餌食だ。
渾身の一撃をその身で受けた奴は、花火のように空中でその体を爆ぜていた。
それにしても、まさか亜竜種をすら一撃で屠る程の威力を秘めていたとは……的がでかいなら、俺としては扱い辛さが解消されるので、俺にとっての≪獄炎爆破≫はまさに『対竜魔法』とでも呼べばいいのだろうか。
いっそ、心の中では「ドラゴスレイヤー」とでも叫んでおくべきかもしれないな。
「あの亜竜種を……たった一人で……」
空を見上げながら、呆然と呟くアーリュシア。
俺もまだ火と煙を吐いている爆心地を眺める。
真っ二つに裂けた胴体は既に轟音と共に地面に落下しているが、『空歩き』の四肢はまだ空にぺたりと張り付いたままで、それは何処かシュールに思えた。
「一人じゃないですよ。
俺やアーリュシア、それに城壁の兵士たちも含めて、全員が奴を倒すのに貢献したんだ」
アーリュシアは俺が魔法を詠唱している間、人智の及ばぬ怪物を目の前にしながらも、必死に兵士を鼓舞しつつ、自らも弓を手にして戦っていたのだから。
俺がそう言うと、彼女は呆けていた顔をキュッと強く引き結び俺の方を振り向いた。
しばし見つめ合った俺たちだが、彼女は不意に目を逸らして兵士たちに指示を与える。
「我々の勝利だ! 勝鬨を上げろ!
そこの者は討伐の成功をすぐに伯爵にお伝えして……残りの者は負傷者の救助に当たれ!
ライガッツ卿の副官は居るか、ここの指揮を引き継いで防衛陣地の再構築を頼む。
敵はあの一体だけとは限りません、兵に疲労もあるでしょうが、くれぐれも警戒を怠らない様に」
テキパキと支持を出す彼女を眺めながら、俺は限界を迎えている杖にそっと指を這わせる。
冷たい夜気をはらんだ風が、俺の火照った体を心地よく冷ましてくれるのに身を預けながら。




