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閑話『閃光の実力』




 始まりはとある雑談からだった。


「――つまり、ジンって今までは魔法使いはあまりやってなかったの?」


「あんまりって言うか、アカツキと一緒に前衛張れるタイプとか、あとは隙間産業みたいな職業をメインでやってた感じはある」


「その癖、どの職業やってもすぐにこなしちまうからな! その道一本でやってる奴に盛大にケンカ売ってるんだぜ?」


「売ってねぇよ」


 今までに経験してきたVRゲームの話題になり、そこから俺を持ち上げる様な話をアカツキが始めてしまったのだ。

 俺はあまり自慢したい性格でもないし、そもそも俺程度が出来ることなので、上には上がいるのだから、変に持ち上げないで欲しいと思ったのだ。

 しかし、そんな俺の火消の努力の甲斐なく……と言うか、率先して火に油を注ぐ人たちがいた。


「ほぅ、ならば一度手合せしてみたいな!」


 結構なバトルマニアのボルドーが乗っかってきて。


「ってことは、あれか! 最近は大分強くなってきたビゼンの嬢ちゃんよりも、ポッと作ったジンの戦士キャラの方が強い可能性ってのもあるのか?」


 などと、マグナが物騒なことを言って。


「おー、ならやってみれば早いじゃねぇか!」


 と、無責任に煽るカンデラ。


「……流石に、そこまで言われるとカチンと来るんだけど、ジン?」


「俺は何も言ってないだろうが……」


「折角だしやってみればいいじゃん」


「アカツキ、お前は少し黙ってろ」


「――いいから、さっさと準備してきなさいよ!」


 意外と負けず嫌いなところのあるビゼンに引火してしまった。

 おかげで俺は一度ログアウトしてキャラクターを作ってくるハメになる。

 待たせるのも悪いので、容姿データはマギエルのキャラを作った時のものをそのまま流用し、なるべく短時間で終わらせることにする。

 種族は……ダンクェールでいいか、割と平均的なステータスだし。

 見た目もマギエルの時とそう変わらないからな。

 サクッと完了させて、俺は新しいキャラでログインする。


「遅い! いつまで待たせるつもりよ!」


 ……言われると思ったよ。


「あのな、俺はこれでも最速でキャラメイクして戻って来たんだ」


「嘘つき! 三十分も掛かってるじゃない!」


「現実の四倍速く時間が進むから仕方ないだろ、そうカリカリするなよ」


 厳密には一分程で作って、町から二十五分ほど走ってここに来たのだから。

 俺だって、無駄に二十五分も走っていた感覚なのだから怒られる筋合いはないと思う。


「あれ、でも見た目が前と変わりませんよね?」


 ララァがそう聞いてくる。


「急いで作ってきたから、前の容姿データ設定を使ってきたからね」


「なるほど」


「種族はダンクェールにしたから、見た目の違和感はあまりないと思うし」


 その言葉に反応して、マグナが飛びついてくる。


「おぉ、ジンもダンクェールの良さが分かったか!

 これからは俺と一緒に一流の魔法剣士の道を歩むわけだな!」


「だぁー! 違う、単純に容姿と選択肢が近かったから選んだだけだ!

 暑苦しいから離してくれ!」


「照れなくてもいいんだぞー! 魔法剣士はいいよなー、ジーン!」


「やめてくれよマグナ! あんたのガラじゃないだろ!?


 ハスキーボイスな野郎の猫なで声と、頬ずりなんて考えただけでも恐ろしいものだ。

 半端に女性のようなしなやかさと、整った顔立ちをしているマグナだから、そっちの気があるかもしれないというのは背筋を這うような悪寒があるのだ。

 体質もマイルドな設定にしているのか、密着されると無駄に柔らかいコイツの体は、まるで女性アバターに触れているかのような錯覚を覚える。

 やめてくれ、本気で変な性癖に目覚めるきっかけになったりしそうで怖い!

 意外なことに、助け舟を出してくれたのはさっきまでお怒りだったビゼンだった。


「マグナさん、いい加減にしておかないと怒られますよ」


 落ち着いた優しい口調で窘められたのが功を奏したのか、マグナもあっさりと退散する。

 ……ん?

 何故か、マグナの顔が青ざめているような……いや、マグナだけじゃなく、他の面々もどこか驚愕に目を見開いているような?

 俺も気になって振り返ると、そこには特に何もなく。

 もう一度振り返ってマグナ達の様子を見ると、各々が別々の方向に視線を逸らしていた。

 一体、彼らは何を見てしまったのか。


「ジン」


「うぉぁ!?」


 いきなり耳元で声を掛けられ、思わず俺は飛びのいてしまう。

 いつのまにか隣に居たビゼンが声を掛けてきていたのだ。

 いやいやいや、忍者かよ! お前は侍じゃなかったのか! 実は忍者かよ!


「……何をそんなに驚いているのよ、さっさと始めるわよ」


「お、おう……」


 色々と思う所はあったが、一旦忘れることにして俺はビゼンと距離を取って構える。

 審判はボルドーがやってくれることになった。


「じゃあ、準備はいいか……ってか、ジン? 本当にその装備で良いのか」


「大丈夫だ、問題ない」


 ボルドーが気にしたのは俺の装備が初期装備のままだという事だろう。

 対するビゼンの装備は、俺が初期に購入した元市販最強装備と、現状最強の一本であるヴェルンドの親父が作った刀だ。

 装備の差があり過ぎて勝負にならないんじゃないかという懸念だろうが、まぁ模擬線みたいな軽いものだし、そこまで装備を整える必要もないと俺は思うんだよね。

 スキルについては十分ほどもらってマグナやアカツキ、ボルドーから教われる分は教わっておいたので、特に不自由することは無いだろう。

 スキルポイントを割り振れるシステムによって、作り立てのキャラでもある程度は育成が可能というのも現環境では嬉しいポイントだ。

 まぁ、あまりにも無様な戦いになってしまったら、防具を整えて再戦してもいいかもしれない。

 そのやり取りを憮然とした表情で見ていたのは対戦相手のビゼンだ。

 自分が侮られていると感じてしまっているのかもしれない。

 ダンジョン攻略を経験し、装備の重要性も知った彼女だからこそ、事前に俺が説得をしておいたにもかかわらず、やはり納得が行っていないということなのだろう。

 無理も無いので、その視線による抗議は甘んじて受け入れるつもりだが。


「分かった。 では……はじめ!」


 ボルドーの合図で、俺とビゼンは共に大地を蹴った。




 飛びかかりざまに一閃、剣と刀がぶつかりあう。

 壮大に火花を散らし、数拍の鍔迫り合いの後に互いに間合いを取る。

 今の打ち合いで俺のHPは五パーセント程度削れていた。

 想定よりは全然少ないのでホッとしている……というか、俺のマギエルの数倍HPがあるので全然余裕だと思ってしまうのだ!

 あー、楽だ。

 攻撃を受けたり流したりするたびに、いつ死ぬかとヒヤヒヤするキャラでずっとこの世界を冒険してきたからだろう。

 すっかり死ななければ安いという感覚が染みついていた。

 死な安どころかHPが有り余っているように感じられる程の余裕がある現状では、恐れるものなど何もないのではないかと思えてしまう。

 再度距離を詰め、互いに剣を振り被り――


「≪バックステップ≫」


「!」


 目の前を剣閃が過ぎ去っていく。

 間一髪の距離だが、それこそが俺の狙いだ。

 特訓に実践に、仮想現実にリアル現実にと、彼女の剣捌きは何度もこの目にしていた。

 ギリギリのタイミングを見計らってスキルを発動させての回避に成功する。

 体術系に属する≪バックステップ≫は瞬時に後方へと距離を取るスキルだ。

 フェイントとして織り交ぜると有効なこの技だが、スキル同士の連携に使えないし、わざわざ口にしなければならないスキルの都合上、的確なタイミングで使うことが難しい。

 咄嗟に使うことはまずないと言っていいほど、使い勝手の悪いスキルとして認知されていた。

 まぁ、身体能力が高いキャラならこの程度のステップはスキルに頼らなくても再現可能という事情もあるので仕方がない。

 ただ、俺のキャラは作り立て。

 言ってしまえば極限低レベル縛りでストーリー中盤のボスを相手にしているような現状なのだ。

 使えるスキルは何だって利用するべきであり、そういう意味ではこういう『死にスキル』というのは相手の盲点を突きやすい。

 案の定、彼女はスキルによる回避を予想出来ていなかった。

 俺は振り抜いて隙を作った彼女の胴に、スキルによる一撃を叩き込む。


「≪アーマーブレイク≫!」


 これも割とマイナーなスキルだ。

 敵の鎧を攻撃した際に、その耐久値を大きく奪う効果があるスキルだ。

 対人戦では使用率が高いのだが、対モンスター戦闘では鎧を着ていない敵が多いので使い勝手が悪い。

 良くあるゲームのように相手の防御力を下げるのではなく、あくまで防具、しかも鎧に限定して耐久値だけを下げるので今一つ恩恵を得にくいのだ。

 当然、鎧と判定されない部位に当たった場合は何も効果が無い、ただの斬撃にしかならない。

 そして、一番厄介なのは削った耐久値の一部を使用した武器も反動として受けると言う性質か。

 こちらのメインウェポンを削ってまで、相手の鎧を破壊しないといけない状況でもない限り、滅多にメリットが無いというスキルになっている。

 耐久値の低下は性能の劣化に繋がるので、折角相手の防御力が耐久値の現象によって得られるようになったとしても、こちらの武器も劣化しては攻撃力と防御力の差はあまり埋まらないということになってしまう。

 わざわざこのスキルに拘るよりも、より強力なスキルを使う方が経済的にも戦闘力的にもメリットが大きいと言うのは検証でも実証されているくらいだ。


 では、何故俺がそのスキルをあえて使っていくのか。

 仕掛けは俺の使っている初期装備にある。


「……くっ、≪逆巻き風≫!」


 裏拳の要領で放たれる刀専用スキルによって俺へのカウンターを狙うビゼン。

 その選択は悪くないが、生憎その動きは俺の予想通りだった。

 居合切りもかくやと言う高速で振り抜かれるスペックの高いカウンター系のスキルなのだが、打たれると分かっていれば対処自体は難しくない。

 あくまで軌道が固定されているので、彼女の腰の沈み具合と肩の位置を把握しておけば、放たれる剣筋の位置はすぐに割れる。

 あとは身を屈めてその一撃を躱せば、スキル使用による技後硬直によって大きな隙が出来る。

 モンスター相手や並レベルの対人戦ならば今の一撃で勝敗を決することが出来たかもしれないが、残念ながら俺もそうそう簡単にやられてやるつもりはない。


「≪アームショック≫!」


「あぁっ……!!」


 伸びきった腕を目がけて放ったスキルは≪アームショック≫という状態異常メインのスキルだ。

 対象の腕に攻撃を成功させた場合、腕部拘束の状態異常が付与される。

 一度当てても多少痺れる程度なので戦闘にあまり支障はない……と思っていると、大参事を招くタイプの搦め手だ。

 二回、三回と蓄積されていき、最終的には腕が上がらなくなるほどのペナルティを課せられる。

 これもスキルとしては威力が低すぎるし、発動条件が腕に命中と範囲が絞られているせいで使い勝手が悪いスキルだ。

 ただ、こえれは他のスキルと違って使い勝手は悪いが、上手く使いこなせば化けるスキルとして熟練のプレイヤーには信者も多いスキルだ。

 玄人好みなスキルともいえる。

 斬撃の軌道についても、スキルモーションによる制限が無いタイプなので、アバターの操作に自信がある人や、リアルでも剣技などを嗜んでいる人の一部には受けている。

 俺は以前遊んでいたVRMMOで盗賊をやっていた時に、似た様な搦め手スキルを使って楽しんでいたので、その頃に得た経験を活かして……と言う感じだ。

 更に、スキルポイントを割り振って状態異常系の効果付与を強化している。

 この潜在的なパッシブスキルは、相手の見た目からは推し量れないので厄介なステータスだ。

 こうして搦め手のスキルを打たれた次の瞬間には、想定以上の深手を負うことになる。

 ビゼンも今の一撃で利き手である右手のステータスが二割減少し、行動阻害の痺れがじくじくと集中力を削いでいるだろう。

 上手く握力が入らなくて、剣の握りに不安を感じるはずだ。


 もう一発くらいならスキルを叩き込めそうだが、俺はさっさとその場を離脱した。

 深追いはしないのが搦め手のセオリーだ。

 ぶっちゃけ、純粋な戦闘スキルには天と地ほどのステータス差があるのだから、真っ当な手段では太刀打ちするのは難しい。

 開幕の鍔迫り合いだって、先に相手の攻撃に威力が乗り切る前の場所に剣を滑り込ませ、ある程度威力を削いでおいたことで何とか刀を止めていただけにすぎない。

 あのまま力押しで押されていれば、俺のHPは容赦なくガリガリと削られていただろう。

 そもそも、初期装備の特殊な性能によるカラクリが無ければ、打ち合った次の瞬間には、装備のレベル差で俺の方が一瞬で武器ごと両断されていたのは間違いないだろう。


「……なるほどな」


「ほう、そういうことか」


 マグナとボルドーは俺の仕込みに勘付いたようだ。

 興味深げに俺の手にするビギナーソードを眺めていた。

 ゲーム開始初期に支給される装備には、実は本来はあるはずのものが無いのだ。

 それは『耐久値』だ。

 耐久値が下がれば装備が劣化して性能が徐々に落ちていき、最終的には破壊されてしまう。

 全ての武器、防具などには耐久値が設定されており、どんな装備でも最終的には寿命を迎えてしまうことになるのが、このゲームの特徴と言える。

 つまり、武器防具とは消耗品であり、それによって経済を回すと言うシステムだ。

 しかし、初心者がVR世界ですぐに武器防具を何度も買い揃えられるだけの金銭を稼げるかどうかと言うのは難しいだろう。

 何度も冒険に失敗し、初期装備を全てロストしてしまった彼らは、裸一貫でモンスターに挑むのであった……なんて、よっぽどのマゾプレイヤーでもない限りはやってられないだろう。

 初心者を脱した新米冒険者でも、無茶な冒険を繰り返した結果、全ての資産を溶かしてしまうこともあるかもしれない――と言うか、わりと良くある事案でもある。

 その救済措置として存在するのが『絶対に壊れない』初期装備の存在だ。

 ゲーム開始時に支給されるビギナー装備は、耐久値を持たない装備品だ。

 それはつまりどんなに使い込んでも劣化しない、壊れないということであり、性能面では最低であったとしても、プレイヤーの最後の砦として機能してくれるのだ。

 もちろん、意図して装備しないことも自由だが、それは個人の自由であり勝手にやってくれとしか言いようがない。

 あくまで、そういう救済措置を用意しているのも、このゲームの良い点だという話なだけだ。


 転じて、このような裏ワザを編み出すツールにもなる。

 武器耐久値減少のデメリットがあるスキルを、コストを気にせずに使用できる。

 本来なら相殺などで削り合う耐久値のダメージを受けないので、常に一定の威力を保持できる。

 性能の良い装備は壊れるとステータスの補正は完全なゼロになるが、ビギナー装備はたとえ火の中水の中であったとしても、常に変わらない性能を発揮してくれる。

 逆に、一部の条件を満たさないと使用できないスキルが全く使えないというデメリットもあるだろうが、そもそも、そんな特殊なスキルはビギナー装備で使う意味が無いのだ。


「どうした、威勢が良いのは最初だけか?」


「くっ、舐めないでよ!」


 ビゼンに挑発をするが、別に馬鹿にしているつもりはない。

 彼女の攻めは的確で鋭く素早く、僅かな隙を見逃さない程の正確な技術の上に成り立っている。

 逆を返せば、隙さえ作っておけば、そこに必ず攻撃が来てしまう。

 俺はこっそりと目立たない様に隙を作って誘導し、そこを目がけて放たれる斬撃を対処することで、防戦におけるイニシアチブを確保していた。

 少しずつ俺のHPが減少していくが、これだけの苛烈な攻撃に晒されながらも、ダンクェールの肉体には五割ほどの余力が残っていた。

 マギエルならとっくに三回は死んでいるかもしれないのに、羨ましい限りだ。

 しばらく通常剣技の応酬を続けていたが、一瞬ビゼンの姿がブレた気がした。

 俺は、直観的に身構えて迎撃に移る。


「≪雷光≫!」


 刀専用スキル≪雷光≫。

 ジグザグに刻む独特な高速ステップで距離を詰める突進系のスキルだ。

 変幻自在の角度から襲い来る一撃は、高速で刻むステップによって左右どちらから襲い来るのか判別が難しいスキルだ。

 警戒していても対処が出来ない、更に高威力と、対人戦における侍系の冒険者の強さを象徴する代表的な剣技ともいえる。

 まず間違いなく命中すれば俺の命は消し飛ぶだろう。

 そこで、俺は左半身に振りかぶった剣を、勢いよく薙ぎ払いつつ構える。


「≪ストライク≫!」


 俺の放ったスキルはビゼンの影を捉えて貫いたが、それは残像でしかない。

 一か八かのスキルによる迎撃を外したことで勝負あったと誰もが思った……だろう。

 俺はそこからスキルを繋げる。


「≪サークルブレード≫!」


 ゴリっと鈍い手応えを得る。

 スキルの連携において≪ストライク≫からの≪サークルブレード≫は戦士系ならば良く多用する連携だろう。

 最初に≪ストライク≫で対象に剣を深々と突き刺し、さらに≪サークルブレード≫で二度、三度と斬撃を重ねる。

 トドメにも使える程の優秀でお手軽な連携技だ。

 俺は今回≪ストライク≫を囮にして≪サークルブレード≫で迎撃をするという作戦を取った。

 確かに≪雷光≫は変幻自在の高速剣だが、基本的には左右どちらか、または少し捻って正面からの斬撃を放つができる技だ。

 俺が最初に左に構えて振り抜いたことで、左の斬撃を受けるわけにはいかないので選択肢から外れ、直後に放った≪ストライク≫によって正面の迎撃、そして左から右へとサイドを入れ替えるステップ中を狙ったと錯覚させる。

 同時に、技後硬直の隙が出来たと。

 そこに、満を持しての≪サークルブレード≫による迎撃だ。

 他の可能性を潰して右からの斬撃が来ると予測しているのだから、あとはタイミングさえ合わせれば勝手に相手が飛び込んで来てくれる。

 実は高威力の斬撃を放つ≪雷光≫のモーションの構えは、腰の捻りが大きく、振りも全身を駆使した大振りの一撃になる。

 必殺剣と言えば聞こえはいいが、変幻自在のステップを隠れ蓑にした大味な剣技なのだ。

 さっきも言ったように、来る場所とタイミングさえ見切ってしまえば、あとはこちらのカウンターの方が先に決まってしまう。

 それらのメリットとデメリットを踏まえた上で、相手との読み合いを制さなければならないスキルなのだが、普通はそこまで気にする必要が無いくらいに優秀なスキルだと思う。

 殆ど霞んで見える様な、それこそ雷光のような速度で肉薄して放たれる斬撃は、スキル発動の発声が先に来るか後に来るかと言う程のテンポの速い技なのだから。


「うぁぁっ!?」


 耐久値を削っておいた胴鎧に、大技に対するカウンター判定が加わったのだろう。

 俺のスキルによって大ダメージを受けたビゼンは盛大に吹っ飛ばされる。

 まだ刀を手離さないだけ、大したものだと言えるかもしれない。

 目前にまで迫りかけていた刀に肝を冷やしたが、事前に仕込んでおいた≪アームショック≫による拘束がしっかりと効果をはっきしているようだ。

 仕込んでいなければ今頃俺の首が宙を舞っていただろう。

 痛む体を引き摺る様に、彼女は体勢を持ち直す。


「ま、まだ……ハァァァアアアアッッ!!」


 HPには決して無視しえないダメージを負っているだろうが、それでも裂帛の気合を放ちながら攻めの姿勢を崩さないビゼン。

 全く、つい先日までVR初心者だったとは到底思えない。

 VRゲームを遊んでいる殆どの層は、彼女程真剣に勝負に打ち込むことすらないだろう。

 やはりVRMMOでは圧倒的優位な状況を用意して、ド派手にガッポリ設けるだけ儲けると言う所謂『狩り』をして遊ぶのが主流だ。

 鍛錬を重ね、ステータスやスキルを磨き、アバターを自在に駆使できるようになって、攻略が困難な条件の中でいかにそれを突破するかに精を出すプレイヤー。

 一部の人々が尊敬と妬みを持って呼ぶ『トッププレイヤー』としての素質が彼女にはある。

 直向きに高みを目指すという彼女の真摯な姿勢。

 それが遊びであろうとも、決して手を抜くことなく向き合ってきた結果がこうして現れている。

 鋭い踏み込みから放たれる一撃は、確実にこちらの隙を狙ってくる。

 徐々に露骨な誘いを避けるようになってきているのは、この短期間での目覚ましい進歩じゃないだろうか。

 装備さが徐々に響き、俺のHPが目に見えて減っていく。

 自らの意思で攻め方を調整し、常にイニシアチブを取りながらマイペースに戦闘を展開する。

 それが、どんな相手と戦う際にも重要になる一番の要素だ。


 こうして彼女と剣を交わし合っていると、昔の事を思い出してきた。

 いつだったか、俺もVRゲームの先輩に同じような手解きを受けた。

 あの時の俺は彼女のように善戦することすらできず、完膚なきまでにボコボコにされた。

 少しはゲームにも慣れ、多少は自分の腕を自覚した矢先のことで、あまりの実力差に泣きたくなったくらいだ。


「男の子なんでしょ? シャンとしなさい!」


 そう言って、また遠慮なく俺をボコボコにしたあの先輩の教えは、今にして思えば理不尽な教育方法だったと思うのだが……それでも、悔しくて、負けたくなくて、必死でついていった甲斐があったのか、今でもこうして少しは実力として身についているのかもしれない。

 一見すると強いスキル、弱いスキルというものも、視点を変えれば全く逆の印象になることもある。

 全てのスキルを活用するぐらいの勢いで、戦闘の数をこなし、知識と経験で戦術の幅を広げることが強さにつながるのだ、と。

 もっとも、俺の到達できるレベルなんてそこそこ程度だ。

 先輩たちのように誰もがその名を語るような英雄には、俺はなれなかった。

 でも、それでもいいと思うんだ。

 こうして他の世界に意識を広げる切っ掛けにもなったし、そのおかげで得るものも多かったのだから、全てはそういう巡り会わせだったのだと思う。

 俺がやるべきことは、きっとそうやって伝えられたことを、別の誰かに伝えることなんじゃないか。

 そう思うのだ。


「≪弧月≫!」


 ビゼンが懐に潜り込むようにしてスキルを宣言する。

 この技の入りは、彼女が得意とする必殺の連続剣技の始動スキルのはずだ。

 対応を間違えればそこで俺の命運が尽きる勝負所。

 俺は彼女の動きをよく見て、迅速かつ正確に技の軌道上に剣を構えた。


「ぐぅっ!」


 スキルは強力な技だが、どうしても見切られると弱い部分がある。

 VRゲームにおけるスキルは、こうした音声による宣言の有無にかかわらず、どうしてもアバターをシステムに任せて自動で動かすという都合上、次の動きのパターンを読まれることがある。

 それを読み切れるならば、こうしてモーションの予測地点にこちらの攻撃を合わせておけば、相手は自ら飛び込んでくるしかなくなってしまう。

 俺のアンチスキルトラップに引っ掛かったビゼンは、カウンターによるダメージで深手を負った。

 右腕が遂には上がらなくなってしまったようだ。

 これで条件は互角になるかどうか……そう思って少し油断してしまったのだろう。

 彼女が咄嗟に切った札を見逃してしまった。

 彼女の刀の構えが、逆手になっていたのだ。

 思うように動かない右手ではなく、左手を主とした構えにスイッチしていた。

 不味い、やらかしたな。


「≪巻き打ち≫!」


 手首を返すようにして刀を回し、素早く構えて剣を打ち込まれる。

 次の瞬間、俺の右手は切断されて宙を舞っていた。

 鮮やかなライトエフェクトが技の軌道と、俺の受けたダメージの深刻さを表していた。

 彼女の顔には、この勝負始まって初めて小さな笑みが浮かんでいた。

 ようやく出し抜けたのだ、嬉しさも一塩だろう。

 やらかした俺が言うのも何だが、それはしてはいけない油断に繋がっている。


「≪ソバット≫」


 強烈な蹴り技が彼女の体を打ち抜き、衝撃で姿勢を崩したところを左手で掴む。


「≪背負い投げ≫」


 片手背負い投げという変則技になるが、その辺も自動的にシステムはアシストしてくれる。

 この辺は、システムによるアシストがあるスキルの良い点とも言えるな。

 もしこれが現実ならば、俺にこんなことをしでかす技量は持ち合わせていないのだから。

 突然の世界の動転に思考が追い付いていないのだろう、驚愕に目を見開く彼女に、俺は追撃の手を緩めない。

 と言うか、ここで決めてしまわないと俺の方に後が無い。


「≪スタンプ≫」


 体術系のスキルでも特殊な条件じゃないと使えない≪スタンプ≫は、ダウンしている相手への追撃スキルだ。

 行動阻害の追加効果があるので、更にそこから追撃を仕掛けることが可能となる。

 大型のモンスター相手にはあまり効果が無い技らしいが、対人戦ならば有力なスキルとなる。

 俺は動けなくなった彼女から一歩引いて、腰のホルダーからビギナー装備の指揮棒を取り出す。

 ダンクェールを選んだ最大の理由、それは初期から魔法が使えるという事。

 卑怯と言うなかれ、別に剣技を比べる試合をしていたわけじゃないのだから。


「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢ファン・ボウ≫」


 爆炎に包まれた彼女のアバターは、しばらくして光の粒子になって宙に舞った。

 きっと、彼女はこの敗北すら糧にして強くなるのだろう。

 ……うーん、末恐ろしい話だ。

 正直な話、もう彼女の方が俺よりも強いんじゃないかとさえ思ってしまうくらいだ。




 ちなみに余談となるが、戻って来たビゼンにはリベンジに挑戦する旨を申し渡され、俺はしばらくダンクェールのキャラを育てざるを得なくなったり、試合後にアルテイシアとアリエルに「例え戦士でも、女の子にはもっと優しく接してあげなさい」と叱られたり、血の気の多い連中から俺も俺もと勝負を申し込まれ、案の定、初期装備の俺が一方的にボコボコにされたりと散々な目にあったりする。

 ……理不尽な扱いだと思わなくもないが、別に殺伐としているのではなく、和気藹々とした雰囲気なので気安く付き合えたのは幸いだろうか。

 何だかんだで集まったメンバーだが、自然と気の合う人種だったみたいで何よりだ。

 まだ少し先の話になるが、正式版でも一緒に冒険をしたいと思えるメンバーだと思う。

 機会があれば、そう言う話をしてみようと思うのだ。

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