Act.08「Carnival」#7
――アカツキ視点――
その刹那の攻防をオレはただ見届けるしかできていなかった。
VRからして初心者だった彼女は、短い期間の中で真摯に打ち込み弛まぬ努力を続けた……何て言うと大袈裟に思うかもしれない。
たかがゲームで努力だとか、遊びなのに真摯に打ち込むだとか、何を馬鹿なことを――ってさ。
確かにこの世界は仮想のものであり、偽物と切って捨てることもできるさ。
ゲーム何て所詮は娯楽であり、趣向品であり、生きる上で不要だと言い切れるだろう。
だけど、例えそれが何であれ、彼女がこの世界で流した汗が、積み上げた経験が、全てが虚偽かと言えばそれは否だ。
彼女は一種の天才だとジンもオレも思っている。
だがそれは、決してポッと出た才能が優れているという意味ではない。
他人よりも多少は飲み込みが早いとは思うが、それは一つの事を習得するまでに払う労力が他人よりも少なく済ませられるなんて安直な話とは違うはずだ。
むしろ、他人よりも多くの練習を自らに課すことで、より高みを目指そうとするのが彼女の在り方だ。
そんな彼女が磨き上げた『Armageddon Online』における戦闘スキルは、長年VRゲームを楽しんできたオレから見ても相当のレベルだった。
速さと正確さを両立して繰り出される連続剣技は、プロゲーマーのボルドーさんや、彼が一目置いているマグナと同じレベルにまで迫っていると言っても過言じゃない。
単純な技量だけで言えば、オレなんかよりも上なのは明らかだった。
それでも、経験が不足しているからオレの方が何かとサポートしてやることは多かったし、彼女もオレを頼ってくれていた。
VRゲームの先輩として、一人の友人として、同じゲームを楽しむ仲間として良い関係を築けていると思った。
だから、本当はオレが助けてやらなければならなかったのだ。
彼女が狙われた時、オレは長年VRMMOで勤めて来たタンクの経験を活かし、すぐさま挑発系のスキルで敵のヘイトを奪おうと試みた。
しかし、結果はあっさりとレジストされてしまう。
普通、タンクが敵と殴り合っている間に、他の役割のメンバーが攻撃を仕掛けていくのが基本となる。
どんなゲームでも、基本となる戦闘の構築方法だ。
それもそうだろう、強力無比な敵がこちらの攻撃役や回復役ばかりを率先して狙えば、こちらが圧倒的に不利になってしまうし、だったら全員が防御の高い役職じゃないとその敵に立ち向かえないことになってしまう。
それじゃあ、ゲームとして偏り過ぎてしまい上手く成立しないのだ。
多少の例外はあるけれど、最も基本的な部分であり、MMOというゲームの根幹に位置しているともいえるバランスを支える一因にもなっていることだ。
だから、挑発系のスキルがレジストされたことでオレは一瞬の驚きを隠せなかった。
そうでなければならないと憤慨するほどの事ではなかったが、それでも受けた衝撃はオレの動きを鈍らせるには十分だった。
嫌な直感を吹っ切って再び駆け出すまでに数秒あったかどうか。
そうしてオレが時間を潰している間にも攻防は激しさを増し、そして呆気なく決着がついた。
彼女の戦闘スタイルは防御力を犠牲に速度と攻撃力を特化させた攻撃型のスタイルだ。
あのように正面から打ち合うことを前提にしていない。
それでも、彼女は受けるダメージを最低限に抑え、一秒でも長く、一撃でも多くと敵を苛烈に攻めたてた。
黒将軍の攻撃力も防御力も半端なく高い。
今までこの世界で戦ってきたどんなボスよりも強く、技も人間を相手にしているように複雑で多彩な攻撃を仕掛けてこちらを翻弄してきた。
そんな相手を前にして、彼女は善戦……いや、確実にその首元に迫ったのだ。
一癖も二癖もあり、扱いの難しい刀専用スキルの数々を駆使し、怒涛の連続攻撃で追い立てる。
大技を放とうと身構えた僅かな隙に、大技である≪五月雨突き≫を更に高度な技術であるモーション制御によって正確無比な集中攻撃で一気に押し切っていた。
このまま彼女が勝つかもしれない、そう思った次の瞬間だ。
彼女の胸から方に掛けて深々と突き刺さった曲刀は一撃でその命を奪い去っていた。
彼女は敗北し、その体を光の粒子へと変えて輝きの中へと砕けて消えた。
死力を尽くした彼女は、思いのほかすっきりとした表情で光の中へと消えていった。
自分の不甲斐無さに眩暈がする。
どうして、何故、もっと早くに駆けつけてやれなかったのか。
オレ以外の誰もが、上手く動けずにいた。
何故だ!
ここに集まっているプレイヤーは誰もがベテランで、VRゲームに全力を注いでいる馬鹿ばっかりじゃないのか!
何で、VR初心者だった彼女一人に任せて傍観していたのだと、自分自身に言い聞かせるようにして怒りに震えていた。
激しい憤りで混乱していたオレの意識を引き戻したのは、眩い閃光と轟音だ。
「≪落雷≫!!」
一条の雷光がビゼンを貫いた曲刀に手を掛けていた黒騎士を焼き尽くす。
迸るエネルギーによって剥離された鎧の装甲が、その破壊の力に抗えずに幾つも砕け散って光となって消えていく。
誰もが凍り付いていた中、アイツだけは戦いを続けていた。
ボルドーさんも、マグナも、他の生き残った連中も、誰もが一瞬の攻防に目を奪われ、心を奪われ、そして、結末に言葉を失っていたにもかかわらず、アイツだけが変わらずに敵を見据えていた。
……負けてなんていられない。
オレだって、奴との決着を終わらせたつもりはないのだ!
黒衣の騎士王が髑髏の面に怪しく光る赤眼に狂喜の色を浮かべたように見える。
「フ、フハハハハ! やはり貴様か!
会いたかったぞ、貴様だけはここで必ず殺さねばらなぬと思っていた!
神の悪戯な運命によって翻弄されし全ての者の為にも、我が手によって禍根を絶つ!」
髑髏の口が大きく開き、濛々と蒸気が吐き出される。
その姿は、まるで飢えた獣のように貪欲で、獰猛な仕草に見えた。
頭の芯が一瞬痛むような感覚を覚える。
これは、あの時――オレが交通事故によって有望されていたサッカー選手生命が絶たれた――あの日に感じた、最悪を告げる予感だ。
オレはあの日、この直感を無視してしまった為に一生の後悔をする羽目になった。
今、オレはあの日と同じ予感を感じている。
ここで起こる何かを見過ごして、取り返しのつかないことにさせてはいけない。
直感を汲み取ると、アイツと黒将軍に何かがあるのは間違いがないと思えた。
VR世界で何かが起こるなんて聞いたことも無い。
トラウマや精神疾患によって廃人になったり、神経の麻痺があるなんて話は聞いたことも無い。
この世界は、現実世界よりも安全な世界だと言えるはずだった。
だが、否定しようと思えば思う程、そんなオレを諌める様に頭痛が鋭く突き刺さる。
迷っている時間は無いのだと、オレに訴えていた。
覚悟を決めるしかない。
やれるだけのことを、やれるだけやるしかない!
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!」
雄叫びを上げて突撃する。
装備は既に耐久度が限界に達しかかっているのは把握している。
それでも、最後まで死力を振り絞って戦うしかない。
この世界でのオレは戦士で、仲間を守る守護騎士なのだから!
右手で構えた両手剣を肩に担ぎ、左手の盾を正面に構えて突撃する。
「≪チャージ≫!」
体術系スキル≪チャージ≫は勢いよくぶつかるだけの単純な技だ。
速度と重量によって攻撃力を増す特性があり、オレのアバターが持つ優れた身体能力から生み出される攻撃力は、全種族でも最高値を誇っている。
鈍い衝突音を響かせながらオレは奴と肉薄する。
奴はオレの掛け声で気付き咄嗟に振り向いて受け止めたが、その巨体をオレの体当たりが力強く押し込む。
奴とオレの体格はほぼ互角。
多少は相手の方が上回っているし、ステータスで見比べればボスであ奴の方が数段上だろう。
それでも、だとしても、オレの意地とプライドに掛けて、コイツをしばらく押さえ込んでやると決めた。
「ぼさっとするんじゃねぇ! 全員突撃! 彼を援護しろ!」
ボルドーさんが号令をかけ、放心していた他の生存メンバーも加勢に来てくれた。
オレは奴と正面切っての打ち合いを続ける。
ビゼンが示してくれたように、常に攻め続ければ奴の好きには動けないはずだ。
一網打尽にした奴の≪真空波≫も、二発目は無いか、あっても再度使うには幾らかの時間がかかるはず……使えるならば、一気に勝負をつけられるはずだからな。
まだ、オレたちは諦めてない!
勝てるかどうかは正直分からねぇ……けど、ここまで皆が繋いできた闘志を、ここで簡単に砕かれるわけにはいかない!
「ウォォオオオオオオ!」
それに、まだジンが生きてる!
オレとアイツは何度もVR世界で一緒に旅してきた最高の戦友だ!
アイツなら、どんなに困難な場面でも決してあきらめない!
最後の瞬間まで攻略の手を模索しているし、いまだってオレに支援系魔法によるバフを掛け直してくれている。
何度も展開しては砕ける≪防御膜≫の光が、まるで花火のようにオレの全身を取り巻いていた。
アイツの援護が無ければ、スキルで底上げしたオレの防御力ですら奴の滅茶苦茶な攻撃力を前に維持できなかったはずだ。
他の魔法使いが全滅しても、アイツだけが生き延びていたのは不幸中の幸いだった!
まだまだ、オレたちは戦える!
「≪ブルストライク≫!」
奴の攻撃を弾き、空いた胴体に突進系の複合スキル≪ブルストライク≫で再度肉薄する。
体当たりによる攻撃から、掬い上げる様な斬撃を放つ多段攻撃技だ。
意図的にモーションに身を任せながら、より大きく体を動かす。
狙いは左手に構えていた盾が動きに引き摺られて天高く掲げられるタイミング――ここだ!
「≪シールドバッシュ≫!」
盾専用スキル≪シールドバッシュ≫によって、奴の頭部を思いっきり殴りつける。
既に限界を迎えていた盾はその一撃で全ての耐久度を失ってしまい、光の中へと還って行った。
鍛冶屋のおっちゃんから託された装備は、このハードな戦いに最後まで付いて来てくれた。
今度会う機会があれば礼を伝えに行かないと……三人で!
オレは両手を大きく開いた隙だらけの構えになるが、奴にも十分な手応えがあった。
今度はさっきの挑発のように効果をレジストされてはいない。
短いかもしれないが、しっかりとスキルによって行動を束縛できているはずだ。
「≪降り飛龍≫!」
槍専用スキルによるジャンプ攻撃。
「≪インパクトスイング≫!」
斧専用スキルによる超高威力の一撃と、強烈な衝撃による拘束時間の延長。
「≪ピアシングバン≫!」
小剣専用スキルによる防御貫通効果のある刺突攻撃。
「≪ポイズンバイト≫!」
短剣専用スキルによる継続ダメージを付与する攻撃。
他の面々もそれぞれ高威力のスキルを次々と叩き込んで離脱していく。
オレも彼らに呼応して両手を開いた構えから、大上段に両手で剣を構える。
全身の力を絞り、一気に振り下ろす。
既に武器にも限界が近づいていた。
オレはコイツに最後の力を振り絞ってもらうことに決めた。
「≪ファイナルストライク≫!」
空気が切り裂かれる悲鳴を上げ、奴の足元から石畳が放射状の亀裂を走らせる。
威力だけに特化した大剣専用スキルの中でも、更に攻撃力だけを突き詰めた一撃。
フランベルジュに残っていた耐久力の全てを消費し尽し、折れた刃が無数の破片となり宙を舞い……その破片すらも攻撃力を持った千の刃となり、正面の敵目がけて光刃が喰らい付いて行く。
この技を解き放った武器は、それを最後に燃え尽きて灰になってしまう。
武器の性能の全てを燃やし尽くして放たれる一撃は、まさに最後の一撃と呼べる威力を秘めていた。
解き放たれた流星群は奴の漆黒の鎧を次々と砕き、剥がし、消滅させていく。
奴の背後まで光が突き抜けたことで、オレは今までにない最高の手ごたえを感じた。
「スイッチ!」
「後は任せろ!」
合図を受けて、オレはその場を離脱する。
武器を全て失ったオレの代わりに、温存していたメンバーが奴に張り付いてくれるようだった。
このまま押し切ればいける。
オレたちは勝てる!
この瞬間のオレは、そう確信していた。
――ボルドー視点――
各々が最大限の攻撃技を叩き込む中で、俺も勝利を確信し始めていた。
しかし、俺を長年の間VRゲームのプロとしての活かし続けて来た直感が、俺が攻撃に参加することを良しとしなかった。
千載一遇のチャンスだと頭では理解している。
俺の心も、ここで攻めない手は無いと、今までの鬱憤を晴らすチャンスだと叫んでいた。
なのに、体だけが動かなかったのだ。
たった一つの直感……俺をプロ足らしめてきた、たった一つの存在だけが俺を支配していた。
仮想現実のアバターは無意識にも反応して考えるより先に体が動くということは良くある。
だからこそ、プロは己の思考に絶対服従するアバターになるように、操作技術を磨くのだ。
直感が、思考が、一瞬のタイムラグも許さず全て反映され、刹那の隙すらも生まない様に、と。
その俺のアバターを制御する能力が、この大事な場面でバグったとでも言うのか?
……違う、それは絶対にありえない。
プロとして、日本を代表するプロの一人として、それだけは絶対にありえない。
ならば、考えにくいことなのだが。
奴は――
「ぬぅぅぅぅうんっっっ!!」
奴の気合が迸ると同時に全身から強烈な勢いで真っ白な蒸気が噴出し、抑え込もうと近寄っていたプレイヤーが弾き飛ばされる。
先ほどの≪真空波≫ほどではないが、衝撃によって飛ばされたのだろう。
吹き飛ばされたプレイヤーにダメージは無いようだが、突然のことで状況の把握と体勢を立て直すことに手間取っているようだ。
冷たいようだが、彼らのことに気を掛けている場合ではない。
俺はすぐに正面の敵を見据えた。
奴の姿は濛々と立ち込める白い霧の中に包まれ、その濃い白の中に、奴の黒い影と燃え盛る様な灼眼が薄らと見えるだけだった。
「クッ、ククク……いやはや、流石は流石は……大したものだ。
侮っていたわけではないが、些か軽視し過ぎたやもしれんな」
奴は鷹揚な態度を崩さず、どこかゆったりとした雰囲気で周囲を睥睨する。
「……≪ストライク≫! えぁ!?」
奴の態度に隙があると見たのか、槍使いの一人が基本技で様子を見るつもりだったのだろう、攻撃を仕掛けていた。
次の瞬間、乾いた音を立てて砕け散ったのは、攻撃を仕掛けた槍使いの方だった。
さきほど、ビゼンにトドメを刺した曲刀の投擲。
霧で互いの動きが満足に測れない中で、先に手を出してきた槍使いの動きを察知して、カウンターとしてやり返したのだろう。
今のやり取りを見て、他のメンバーも攻撃を仕掛けるかどうか迷いが生じていた。
間合いに優れた槍をもってしてあの結果だ。
既に遠距離から攻撃可能な武器を持つものはいない。
投擲くらいなら俺も可能だが、今の奴を相手にそれで致命傷が得られるとは思い難い。
愛用の双剣を失った以上、残っているのはこのバスタードソードだけだ。
そして、こいつもグランドクエストでの長時間に渡る戦闘によって、耐久度の底が見えていた。
奴の攻撃力を考慮すると、それこそ数度打ち合っただけで限界を迎えるだろう。
他のプレイヤーの装備状況も似た様なものだろう。
俺たちの闘志が折れることが無くても、残された時間はそう多くないだろう。
このまま生き長らえるだけではジリ貧になるのは明らかだろう。
どこかのタイミングで、雌雄を決する為に全力を賭する必要がある。
「我が宿敵、我が因縁……百年を掛けて蓄積されし憎悪と憤怒の深さよ!
我が身を焦がした尽き果てぬ慷慨憤激を今こそ晴らす時ぞ!」
怒号と共に霧が地を這うようにして吹き去っていく。
霧の中から現れたのは黒い人影だったが……それは鎧の黒ではなかった。
先の猛攻によって奴の鎧も完全に砕けたようで、足元には僅かに原形を留めたパーツが残骸として転がっていた。
漆黒の鎧を脱ぎ去ったにもかかわらず、奴の全身を黒く染めているのは一体何なのか。
罅割れた溝を赤い液体が滴り、石畳を瞬く間に染めていく。
あれは……血か?
暗色の赤は、時折波打つように昏く発光をしていた。
対照的に、奴の瞳は爛々と鮮やかな赤で輝いていた。
漆黒の中に浮かぶ赤の色は、まるで夜空に輝く双星のような存在感を放っていたが、俺たちにとってその二つの星は、災厄を告げる凶星にしか思えなかった。
溝を伝う血液からは、白い湯気が立ち上がり……まさか、鎧から漏れていた蒸気はあいつの血液だったとでも言うのだろうか。
鎧は外骨格で、血液が発する蒸気が奴の攻撃力を底上げしていた?
ならば、鎧を剥ぎ取られた奴は大きく戦力を削がれたことになるが……そうだとは思えなかった。
髑髏の面の下から現れた顔もまた禍々しい髑髏の顔だ。
死霊系のモンスターのようにも見える。
そう勘付いた時、奴の姿の謎が解けた。
焼け焦げた死体、それが黒騎士を統べる将軍の正体だ。
罅割れた黒い体は炭化した肉体であり、所々に覗く白は骨、湯気を立てる血液は業火によって焼かれ、沸騰した熱を今も留めているということなのだろう。
多くのVR経験があるが、あまり目にしたことのない造詣のモンスターだ。
人間の持つ狂気をその身に宿したような外観はインパクトが強い。
最初に鎧を着せられていたことで、俺たちから奴への恐怖感は薄れていて、むしろこうして戦闘をしていたことで敵対心が優っているが……それでも、心の奥底から湧き上がってくる、底冷えするような寒気を感じていた。
奴の口にする怨念めいた言葉は、奴がそうだと示唆していたのかもしれない。
少なくとも、奴が激しい感情に突き動かされている存在だとは理解した。
「ぐ、おぁああああああ!」
「があぁああああ!?」
奴が腕を振り、飛んだ血液が近くに居た二人に付着し……一瞬にして彼らのHPを溶かしつくした。
全身が炎に包まれ、踊るようにして苦しみながら彼らはこの世界から弾きだされる。
他にも少量の飛沫を浴びたプレイヤーがかなりの大ダメージを負っていた。
俺もあと一歩でも踏み込んでいれば、少なくない手傷を負っていたはずだ。
既に用意していたアイテムは全て尽きている。
もう俺たちに後は残されていない。
悠々と俺たちの視線の中を歩き、奴は再び曲刀に手を掛けた。
もうもうと立ち昇っていた蒸気も止み、溝が淡く赤い発光を続けるだけだった。
あの液化した熱による攻撃はもうないと判断していいのかもしれないが、それで奴の脅威度が薄れたわけではないだろう。
「――そろそろ約束の時に至る」
グランドクエストの残り時間を見るとあと五分を切っていた。
せめて、それだけの時間を凌ぎ切らなければ――
「我が為に、死せよ英雄!」
全身を震わせる奴の咆哮を前に、俺のアバターが金縛りを受けたように動かない!
まさか、俺が怖気……違う、状態異常付与!!
奴は鬼気迫る表情で手近なプレイヤー目がけて凶刃を振り下ろしていた。
両断されたプレイヤーは瞬時に肉体を光の粒子と化して消え去っていく。
次に狙われるのは近さから考えてアカツキか!
「ハァアッ!」
裂帛の気合を込めてスキルを発動する。
その名もズバリ≪闘気≫という体術系の技で、行動を阻害する状態異常を解除するスキルだ。
この世界でも常に前線で戦い抜いて来た俺のアンチデバフ系のスキルは高い熟練度を得るに至っている。
奴に付与されたデバフも相当な威力を持っていたようだが、俺のスキルで何とか対抗できたようだ。
俺の鍛え上げたアバターでも、奴との間にあるこの距離を埋めるのは難しい。
磨き抜いてきた経験が、瞬時にスキルを使用することを選択する。
「≪ソニックリープ≫!」
剣士用の高速移動剣技≪ソニックリープ≫によって肉薄し、奴の無防備な背後からバスタードソードを一気に叩き込む。
威力で勝るスキルは幾らでもあるが、短距離ならば瞬時で間合いを詰められるこのスキルの有用性は非常に高い。 使用条件に一定以上距離が離れていないと使えない制限もあるのだが、それを考慮しても価値の高いスキルだ。
難点を上げれば、攻撃対象に指定した敵に向かって直線的に距離を詰める特徴があるせいで、上手く効果を発揮しない、地形によっては足元を取られて失敗するといった欠点もあるのだが、奴の衝撃波によって瓦礫は軒並み片付けられた上で、元々舗装された石畳のここならば最悪の事態にはなり得ない。
狙い通り、俺は奴に奇襲をかけることに成功した。
しかし――
「クッ!?」
硬い!
奴の体はさっきの鎧ほどでは無いにしても途轍もなく硬かった。
ベキリと剣が嫌な軋みを上げる。
想定していた以上の硬度によって、剣に予想以上の負荷が掛かってしまったのだろう。
これは不味いな。
「カァッ! やるな、ヒューマンの戦士よ!」
奴は体勢を崩しながらも踏みとどまり、振り向きざまの一閃でこちらに反撃を仕掛けてくる。
それを何とか回避するも、耐久度の限界に達したバスタードソードは半ばから切り裂かれてしまう。
コイツはもう、お役御免の様だ。
俺が作った隙に、斧を構えた戦士が吶喊して一撃を加えるも、やはり固い表皮に防がれて思っていたようなダメージを与えられなかったようだ。
そのことに動揺したのだろうか、動きが鈍ってしまったところを容赦なく奴に両断される。
遂に冒険者陣営の生き残りはジンとアカツキ、そして俺の三人になってしまったようだ。
しかし、感傷に浸る余裕も時間も無い。
残り四分!
せめて誰か一人でも生き残らせなければ、今までに散っていった仲間に顔向けができない!
その誰かが折れである必要は……無い!
「アカツキ! 全開だ!!」
「うっす!」
「「ハアアアアアアアアアアアアア!! 奥義!!」」
「≪闘気解放≫!」
「≪龍血解放≫!」
俺とアカツキは最後の手段を解放する。
奥義開発によって様々なスキルの強化、改造の果てに生み出した、身体能力を大幅に引き上げる自己強化スキル。
体術系のスキルをベースに生み出すことに成功したエクストラスキル。
それが、俺の≪闘気解放≫とアカツキの≪龍血解放≫だ。
全身を膨大なエネルギーが駆け巡り、瞬間的にダメージを回復し、全ての身体能力を強化する。
俺はこのクローズドβテストの間、純粋な戦士として出来る限り基礎ステータスの向上に勤しんできたおかげで、純粋なステータスの高さならヒューマンの中ではダントツの数値を誇っている。
俺は≪闘気≫から派生したこの奥義を、俺と戦闘スタイルが近く、気の合ったアカツキにも教えることにしたのだ。
アカツキは優れた竜人の種族としての身体能力を遺憾無く発揮し、種族としての色を濃く反映した≪龍血解放≫を習得した。
この奥義は種族によって若干の変化があるようだ。
全ての身体能力を飛躍的に高める反面、この奥義には大きなデメリットも存在する。
使用中は徐々にMPを消費していき、MPが尽きれば奥義はそこで終了してしまう。
更に、奥義が終了してしまうと反動としてステータスの大幅なダウンと重度の行動制限デバフを受ける。
つまり、起死回生の一手になるが、そこで決着をつけられなければ後が無い、諸刃の剣としての性質を備えていた。
俺とアカツキが最大で展開していられる時間は三分。
互いに今まで死力を尽くしていたので、残存していたMPは半分にも満ちていないはずだ。
奥義が止まっても死にはしないが、奴がそこで見逃すわけがない。
実質、長くても残り一分で俺たちの命運は尽きる。
できればクエスト終了までの残り時間を考慮してもう少し温存しておきたかったのだが……ここでやらなければ殺られるのだ。
出し惜しみをして負けるなんて死んでも御免だ!
「ウォォッォオオオオオ!!」
だから!
「ウガアアアアアァアアアア!!」
俺たちは!
「ゥラァァァアアアァアァアアア!!!!」
今、ここで!
「ダァァアアアァァアアッッ!!!!」
全力を出し切るしかない!
「≪獅子崩拳≫!」
全身全霊を拳に籠めて打ち貫く!
「≪龍咆蹴撃≫!」
龍の雄叫びのような轟音を伴うアカツキの猛烈な蹴りが、奴を激しく打ち据える!
まだだ、まだ俺たちの命は燃え尽きちゃいない!
「≪獅子連脚≫!」
爆発的なエネルギーに突き動かされるように、俺たちはその力を奴に叩き付ける!
例え全てを賭けたこの攻撃で倒せなかったとしても!
俺たちの全てをぶちまけるんだ!
……短い付き合いだが、俺も信じていた。
アイツが居れば、アイツに繋げることが出来れば、必ず最後は決めてくれる、と。
――なぁ、そうだろう? ジン!