Act.08「Carnival」#5
「――≪火矢≫!」
迸る炎の矢が鎧を射抜く。
砕け散る鎧の中身は霧の様な、ガスの様な何かが漂っていた。
器が壊れたことで外へと漏れ出したそれは、徐々に大気に溶け込んでいるようだった。
一定以上のダメージを与えて鎧を破壊し、あの靄が消失すれば騎士を倒すことが出来る。
高い防御力と耐久性を兼ね備えた厄介な鎧だが、冒険者の持つ武器と技はそれを可能としていた。
地力でもこちらの方が上回っているのだろう。
この局面まで生き残っているのは腐っても名うてのVRゲーマー達だ。
VR世界を知り尽くし、VRゲームでの戦いを知り、その豊富な知識と経験に裏打ちされた実力が、一対一での戦闘においては確固とした実力を見せつけていた。
しかし、それでも限界がある。
グランドクエスト開始前から集まっていた俺たちは、既に体感時間が二十四時間を大きく超えている。
途中、波のインターバルや交代による休憩を取っていたりもしたが、戦力を大幅に削ぎ落とされた後半はそんな余裕は無かった。
集中力と疲労はピークに達しており、その張りつめた糸が切れたものから徐々に脱落していった。
正確な数は分からないが、生き残っている冒険者は最終決戦が開始した時から半分以下……いや、一割も残っているのかどうか分からない。
「おい、おめぇは逃げろ! 俺たちを守ってくれても意味はねぇ!」
ヴェルンドの親父が怒声を上げる。
喧騒の絶えない工房を一喝で黙らせる親父のそれも、今の俺には何ら感じられない。
「ジンさん、私たちはいいから逃げて!」
リーリアさんと親父は諦観の言葉を口にするが俺の都合で無視させてもらう。
腰のホルダーから引き抜いたそれを、敵に向かって投げつける。
金属を打ち付ける様な甲高い共鳴音を響かせ、直後、眩い閃光を伴った爆発が敵を襲う。
攻撃用の魔道具「マジックボム」による追撃だ。
ダメージを蓄積させていた騎士は、今の爆発の衝撃で上半身の鎧が消し飛んだことで、核となる薄闇色の靄を蒸気のように勢いよく噴出させて崩れ落ちる。
視線を配りながら、次に備えた詠唱を進める。
「ジン、無事か!?」
駆けつけたアカツキの装備は酷い有様だった。
自慢の特大剣は半ばから砕け、屈強な肉体を包み込んでいた重層鎧も、今や見る影もない程に壊されていた。
それでも彼が無事なのは、彼の持つ類まれなる戦闘センスと、優れたフィジカルを誇るドラゴニアという種族特性が遺憾無く発揮されている証しだろう。
俺は詠唱の手を止めることなく、ハンドサインで合図を出す。
俺の指示にアカツキは視線一つで応え、今にも崩れ去りそうな装備で敵陣へと突撃を敢行する。
彼が稼いだ時間を使い、詠唱を完了させると同時に杖で二度近くの石材を叩く。
アカツキは俺の要請にすぐに応じ、魔法を放つための射線を開放する。
「――≪雷蛇≫!」
地を這う幾筋もの雷の蛇が、絡みつく様に直線状に居る騎士を三体呑み込んだ。
直後に弾ける様に直立した騎士たちは、一時的な硬直状態、または麻痺の状態異常を受けているはずだ。
そこをすかさずアカツキが追撃する。
「≪ヘヴィスマッシュ≫!」
一定以上の重量を持つ武器用の攻撃スキルで損傷の激しかった一体にトドメを刺す。
「≪ヴォルカニックエッジ≫!」
次の一体へと一息に踏み込んで、モーションの大きい大技を放つ。
火山の噴火を思わせるその豪快な打ち上げは、重量のある騎士を易々と宙に浮かせた。
「≪タイランドダウン≫!」
無防備に浮かんだその体を、更に追撃の大剣技で真っ二つに両断する。
その一太刀で宙に打ち上げた一体だけじゃなく、別の一体も技の巻き添えにしていた。
強烈な攻撃を受けた騎士の鎧は歪み、砕け、破片をばらばらと撒き散らす。
体勢を崩したものの、硬直が解けた騎士はすぐさま反撃に応じる。
鋭い踏み込みの斬撃をアカツキは紙一重で躱す。
「≪ソバット≫!」
勢いよく体を捩って撃ち出された重い一撃は、騎士を楽々と壁際まで蹴り飛ばしていた。
「――≪火矢≫」
動きを止めたそこに俺の魔法が突き刺さり、最後の一体も消し飛ぶ。
周囲を見渡し、敵が居ない事を確認して一つ息を吐く。
既に北部の防壁から始まった戦いは雌雄が決まり、市街戦に移行していた。
決戦開始当初は魔法や遠距離攻撃が可能な少数の冒険者で迎撃に当たっていたが、大して効果を上げることなく壁に取り付かれてしまった。
しばらくは壁上での散発的な戦闘があったが、敵の将軍があの大槍で町の門を打ち破り、そこから雪崩れ込まれてしまう。
壁の上は幅が狭く満足に戦えないことや、このままでは挟み撃ちにされることもあって、壁上での迎撃は終了となり、以降は各自散開して敵に当たることになった。
既に乱戦になっていた為、そうならざるを得なかったとも言えるが。
俺は近くに居た冒険者と町の中央まで退避することにし、遭遇した騎士の迎撃を手伝いながらギルドホールのある広場近くまできていた。
道中で一緒に居た味方も次々と討ち取られ、しぶとく生き残っていた俺が一人で六体の騎士を相手にする羽目になっていたわけだ。
一人ならまだ何とか誤魔化しつつ逃げられる予定だったが、合流した非戦闘員の生産職の面々を守る為に足を止めざるを得なかったのだ。
結果、ここにいた生産職で最後まで生き延びることが出来たのはリーリアと親父の二人だけになってしまった。
流石に六体の騎士を相手に、非力な魔法使いが一人で相手するのは不可能だった。
何とか二体を倒した時には既に騎士に殆どが討ち取られてしまい、アカツキの登場によってかろうじて撃退に成功した結果がこれだ。
間違いなく、あのままだと俺たち三人はやられていただろう。
「助かった」
「いやいや、助けられたのは俺の方だ!
いやぁ、装備も限界超えたからどうしようかと思ってたんだよ。
ジンと再会できて心底ほっとしたぜ!」
そう言って、アカツキは冒険者カードを取り出して壊れた装備を片付ける。
代わりに取り出したのは最初の頃に使っていた市販の量産防具だ。
性能はがた落ちだろうが、殆ど原形を残していなかった状態よりはマシといえるのかもしれない。
武器の方は取り出していないことから、半ばから折れた状態でもそれ以上の武器は無いようだ。
そんな様子を見ていた親父がアカツキに声を掛ける。
「そんな装備で大丈夫か?」
「一番いい装備が台無しになったからな、これしか無いんだわ」
「なら、コイツをもっていけ!」
親父が冒険者カードを取り出し、幾つかのアイテムをオブジェクト化する。
具現化されたそれは、美しい光沢を放つ籠手と分厚い盾、そして波打つ刀身を持つ両手剣だ。
「そんなボロよりもちっとはマシに戦えるだろ」
「おぉ、ありがとう親父! 感謝するぜ!」
「それとさっきダメにした武具をこっちに渡せ。
ギルドホールに辿り着いたら、出来る限り修理できないかやってみよう」
「マジか! 助かるぜ」
トレードを済ませた二人は、互いにグッと握手していた。
楽しそうで何よりだ。
俺は今にも角から騎士が飛び出してこないか不安で仕方ないのだが。
「あ、あのジンさん……」
少し怯えた声で俺を呼びかけるリーリア。
彼女に振り向くと余計に表情を強張らせたことから、俺の顔が酷いことになっているのかもな。
「……これ、どうぞ!」
彼女が手にしていたのは灰色の外套で、確か直前まで彼女が装備していたものによく似て……いや、彼女が今それを着ていないということは、彼女が差し出したこれが彼女のそれなのか?
「そんなにボロボロの装備じゃ心許ないでしょうから」
言われてみると、確かに俺の装備も度重なる戦闘で丈が半分くらいになり、裾は穴あきチーズのようにボロボロの状態だった。
これなら、まだカーテンでも纏っていた方がマシなレベルでみすぼらしい格好だ。
敵の攻撃を掠めたり、爆発やらなんやらの余波から身を守ってくれていたのだ、この惨状もある意味では勲章のように思える。 格好としては全く良くないのだが。
確認すると、既に装備は大破した状態になっており、ステータス補正の恩恵も無くなっていた。
道理で急に敵が手強くなったと感じたわけだ。
杖の方は目につくので耐久度に気を配っていたが、まさかローブの方が先にやられているとは想定していなかったな。
武器至上主義な俺は、外套の予備はあまり持ち合わせていなかったので素直に好意を受け取ることにしよう。
「すまない、ありがたく頂くよ」
俺は手渡された装備に着替え、具合を確かめる……動きに問題は無さそうだ。
地味に元の装備よりも性能が良くなっているのが少し悲しかった。
どれだけ防具を適当に扱っていたのかが窺えるな。
「いえいえ! 戦う方に使って頂けた方が、武具も満足すると思いますから」
嬉しそうに微笑むリーリアは、普段の作業着姿だ。
胸のラインが強調される服なので中々目のやり場に困る。
早く予備の装備を取り出して、その素敵な誘惑兵器を隠して頂きたいところだ。
俺の予想に反して、彼女はそのままの格好で俺の隣を進んでいた。
予備は無いのだろうか……俺が無理矢理に彼女の一張羅を奪ってしまったような罪悪感がある。
「普段は武器ばっかり作ってるから、防具の出来にはあまり自身が無いんだけど……」
どうやらこの防具はリーリアの手作りの様だ。
いやさ、確かにステータス確認した時に見たけども。
改まってこう言われると、なるほどそうだったのかと思い直すような感じがね。
「そうか? 結構いい出来だと思うぞ」
「あれ、気に言って貰えました? ふふ、嬉しいなぁ」
ふにゃっと表情を崩すリーリアの仕草はとても可愛らしかった。
うーん、何だか緊張感が抜けてしまったな。
まぁ、あまり張りつめ過ぎるのもダメ――
「!!」
俺は咄嗟にリーリアを突き飛ばす。
その際に胸をしっかりと揉ませていただいたが、それは不可抗力であり役得だ!
振り下ろされた斬撃に対して、俺は手にしていた杖を掲げて防御を試みる。
もってくれよ、俺の体!
激しく、そして重い一撃を俺は何とか踏みとどまって受け切った。
次の瞬間には飛び出したアカツキが盾による体当たりからフランベルジュによる追撃で、奇襲をしかけてきた騎士を押し込める。
俺のHPはゲージの端に僅かに残っていた。
彼女がくれた防具が早速役に立ったようだ。
想像以上のダメージを受けたが、俺の場合は死ななければ安いのだ。
マギエルの貧弱ボディでは、敵の攻撃を受け止めておきながら生きてただけで、儲けものと言い切っていいだろう。
俺は速効性のある回復アイテムと、遅行性のリジェネポーションを併用してHPの回復に努める。
杖はさっきの防御で寿命が近いが、この戦闘くらいは大丈夫だろう。
「リーリアのおかげで早速助かった、感謝する! そっちも無事だな?」
「……はい」
突然の出来事に呆然としていたリーリアは、体を両手で抱きながら大きく頷いた。
もしかして、胸に触れたことに怒っていたりしないだろうか。
思いっきりがっしりいってしまったからな……その胸の前の手はまさに敵ではなく俺から身を守る為の構えだったりして。
顔も見れば真っ赤になってるし、確実に触れてしまったことは互いに分かっている状況だ。
ヤバイ、俺は変な表情をしていないだろうか。
もし鼻の下を伸ばしてでもいようものなら確実にアウトだ。
こんな局面でセクハラによるアカウント停止とかシャレにならない。
ある意味では伝説になれるかもしれないが――。
不吉な思考を強制的にカットして、意識して真剣な表情でアカツキの援護をする。
「十秒だ!」
「了解!」
一声かけて魔法を詠唱する。
きっかり十秒で放った≪火矢≫は、アカツキがしっかりと騎士の動きを≪シールドバッシュ≫で止めていたことで吸い込まれるように命中する。
騎士は灰になり、オブジェクトの光を散らしながら溶けて消えた。
……よし、問題は何もなかった。
さぁ、ギルドホールへ急ごう!
中央広場の乱戦を何とか制して俺たち冒険者はようやく合流を果たした。
緊急時には中央広場、ギルドホールへと集合する手筈だったからだ。
広場に集まっているのは非戦闘員を含めて六十五人。
その殆どが戦士系の冒険者であり、魔法使いはヒーラーが殆どで、生産職に至ってはリーリアと親父しか生き残っていないようだ。
随分と数を減らしてしまっている。
やはりと言うか、流石と言うか、ボルドーたち主だったプレイヤーが生き延びていた。
俺が驚いたのはビゼンがまだ生存していたことだ。
表情こそ険しいが、この場に居る冒険者の中で装備の損傷が最も少ないように感じる。
彼女は機動力と攻撃力に特化した瞬間火力に特化したスピードファイターだからな。
強力な黒騎士相手にも、持ち前の速さを武器に十分に立ち回れたのかもしれない。
声を掛けると安堵した表情でこちらに駆け寄って来た。
「良かった、ジンもアカツキも無事だったんだ!」
「ビゼンこそ、まだ生きてたんだな」
「もう、そういう言い方って酷くない?」
「はは、これでも褒めてんだよ」
アカツキがそうビゼンにフォローを入れて、三人で小さく笑い合う。
周囲の面々は親父とリーリアによて簡易の修理や装備の提供を受けていた。
消耗したアイテムも可能な限り分配していく作業をしている。
束の間の小休止と言った雰囲気だ。
クエストの残り時間もあと僅か十五分。
これだけの冒険者が揃えばそうそう簡単にやられはしないという安心感もあって、誰もが疲れた表情をしているものの、悲壮感などは無い。
元々ゲームなのだ、そこまで思い詰めてやっているようなプレイヤーはいないのだろう。
「……私、助けられなかったんだ。 NPCだからって言うのも分かるんだけど、今まで町で一緒に過ごしてきたし、このイベントでも一緒に戦ってくれたりして……目の前で赤いエフェクトを撒き散らしながら倒れていく姿を見るのが辛くて……」
ビゼンが落ち込んでいた理由はそれのようだ。
俺もここに辿り着くまでに何度も同じ光景を見て来たが……彼女の様には思えなかったな。
きっと昨日までの俺なら違う思いで見ていたはずだ。
ただ……俺の勘違いが正されてからは特に何も感じていない。
もう俺はその事に関しては吹っ切れたのだから。
次々と襲い掛かってくる敵を薙ぎ払い続けることで、俺の中に溜まっていた感情はすっかり吐き出されたのかもしれない。
今は伽藍とした空洞のように、胸の内の風通しが良いと感じていた。
「まぁ、素直な感じ方でいいんじゃないか?
NPCと思えない程にしっかりした受け答えしてたからな、情が沸くってのも分かるよ」
「ありがとう、ジンも魔法屋の女の子と仲良かったもんね」
「……そう、だったな」
彼女の一言で、青い髪の少女が浮かび上がる。
彼女と話していたのも、随分遠い日の事のように感じられた。
「あの人も無事だといいね」
「……そうだな」
ビゼンは純粋にそう思って言ってくれているのだろう。
そうだったらいいね、と。
ただ、俺は既に結論を出していた。
こんな状況で助かっている見込みは無いだろうと。
もしくは、彼女がNPCじゃない何かだったとしたら、こんな場所に居続ける道理は無いのだ。
さっさとこの場を退場して、今頃は好きに寛いでいるかもしれない。
……やめよう、やめだやめだ。
答えの出ないことに頭を悩ませても仕方がない。
もやもやとした思いが思考に霧を掛ける前に、俺はさっさと迷いを打ち払うことにした。
今はグランドクエスト攻略の目前なのだ、そちらに集中すればいい――
ビリビリッと、背骨が痺れるような熱を感じた。
跳ねる様に俺は飛び上がり、誘われるように彼方へと視線を向ける。
そこに現れたのは、人の身の三倍はある巨大な影。
足音ひとつ立てずに現れたそれは、軍馬に跨る黒衣の死神だ。
白い湯気を漏らしつつ奴は告げた。
「よくぞ生き延びたものだ! 艱難辛苦を乗り越えし猛き魂の冒険者たちよ、我はそなたらに敬意を表そう! 見事である!」
大仰に両手を掲げる様は、異様な程の重々しい雰囲気を纏っており、その場の誰もがその空気に呑み込まれていた。
「――だが、所詮は鎖に繋がれた獣に過ぎぬ身だ。
塵芥の如き存在に貶められた、哀しき末路に立たされた者たちだ。
よって、我が直々に貴様らを称え、評し、労い、至上の栄誉を授けよう!」
黒衣をまとった将軍は高らかに宣言する。
その存在感に誰もが気圧される中で彼は動いた。
「おい、お前は何が言いたい?」
刃が欠けた双剣を構え、将軍の前に進み出た男はボルドーだ。
彼の装備も他の冒険者同様に満身創痍といった感じだが、彼が発している並々ならぬ気迫は空気を振動させているかのように少し離れた場所にいる俺にもビンビンと伝わってくる。
将軍が馬を下りてボルドーを睥睨する。
馬は将軍が下りたことで霞のように消え去って行った。
召喚獣か何かだったのかもしれないな。
人間では大きい方のボルドーだが、将軍はさらに一回り大きい体躯を誇る。
骸骨を模った兜の装飾が、その目に宿る怪しくも強烈な赤い眼光がボルドーを見下ろし、二人の間に見えない火花を散らしていた。
「知れたことよ――我が手によって、貴様ら全員ここで死ぬがよい!」
言うが早いか、ボルドーは将軍の宣告と同時に斬ってかかる。
瞬間で間合いを詰めた彼によって放たれる斬光。
閃く双刃が将軍を挟み込むようにして撃ち込まれる。
描いた軌跡は光の帯を残しながら敵を討滅せんと迫っていった。
「クハハ、思い切りが良いな!」
その必殺の一撃を下がりながらの一閃で受け止める。
片手で抜き放った曲刀がボルドーの渾身の一撃を受け止め、弾き返し……いや、違う!
奴の放ったその一撃で、ボルドーの双剣は完全に砕け散っていた。
将軍が引きながらだったことで辛うじて浅く掠めるだけに留まったが、ボルドーの肩は撫でる様に切り裂かれ、ダメージを受けたことを示す鮮やかなエフェクトが宙に巻き上げられる。
ボルドーはホルダーから回復ポーションを割って受けた傷を治療しつつ、背中に背負っていた大剣を抜き放って身構える。
「遠慮せずに掛かってくるが良い――結果は変わらぬ、貴様らはここで死ぬのだ!」
その挑発に我を取り戻した冒険者たちは、それぞれが得物を手に将軍に仕掛け始める。
「ヌハハハハ! ここまで生き延びて置いてその程度か、傀儡よ!」
全方位から襲い掛かる冒険者たちの苛烈な攻撃を、曲刀一本で次々と受け流し、弾き返し、斬り返していく。
武器を使う敵はこれまでも多数いたが、奴の動きは別格だった。
まるで中に人が入っているかのような、巧みで変幻自在な動きを見せる。
普通のAIによって動く敵は多少の誤差はあれど、機械的に同じラインを描いて攻撃を仕掛けてくるので対処もしやすいのだが、奴の場合は常に軌道が変化するので、対人戦のように即座の対応がシビアで、一瞬の判断ミスが致命傷に繋がる。
今も受け損ねた冒険者が真っ二つに切り裂かれ、HPを全損させて光の粒子になって消え去って行った。
奴が振るう一閃で周囲の冒険者が数人纏めて吹き飛ばされる光景は、まるでプレイヤーがモブモンスターを相手にするそれと同じような光景だ。
数が多い方が有利。
それは揺るがない事実の筈だ。
現に、冒険者たちの即興の連携が上手く決まれば対処しきれない攻撃が、彼の鎧を深く傷付けることに成功している。
このままなら勝てるかもしれない、そう思わせる一方で、それでもなお奴は一対多の状況で冒険者を圧倒し続けているのだ。
一人、また一人と冒険者が討たれていく。
悔しそうな表情で散っていくプレイヤーを目にしながら、俺はその光景を傍観し続けていた。
あれだけ一か所に群がられては、魔法を撃ちこむ隙が無いのだ。
ひとまず≪防御膜≫だけ使い、しばらくは様子見に徹することにした。
アカツキも俺と同じ発想なのか、混戦に参加する気は無いようだ。
ビゼンは目の前の光景に圧倒されているのだろう、しかし、真剣な眼差しで状況を見守っていた。
適時、支援魔法で戦線を支えつつ膠着しつつある状況を打破する為に、様子を窺っていたのだ。
一進一退の攻防がしばらく続いたのだが、先に状況に変化をもたらしたのは奴だった。
「少しはやるではないか……ならば。
喰らえ! ≪真空波≫!」
彼を中心に解き放たれた強烈な衝撃波が、周囲全てのものに襲い掛かった。
見えない衝撃によって宙に投げ出された俺たちは、そのまま弾き飛ばされて地面に叩き付けられる。
奴によってHPを削られていた戦闘中の冒険者、そして油断していた魔法使いのHPを一瞬にして消し飛ばした大技を放った奴は、全身から激しい排気音を響かせながら蒸気を噴出させた。
「他愛もない! これが神の用意した尖兵か!
脆い、脆いぞ! 全く持って手緩いわ! クァッハッハッハッハァーッ!」
俺は鈍く痛む全身を引き摺り上げ、状況を確認する。
無事……と言っていいかわからないが、ボルドー、アカツキ、ビゼン、マグナ、あと数名の俺の知らない戦士。
奴の一撃を耐えたのは俺を含めてたったの十名未満だ。
案の定、俺のHPは≪防御膜≫を掛けた上で先ほどの攻撃によって九十五パーセント以上もっていかれている。
不意を打たれた魔法使いはどの種族でもおそらく全損は免れなかったのだろう。
俺もリーリアの外套が無ければ死んでいた。
これを託してくれたリーリア自身は、さっきの一撃でやられてしまったが。
……その事実が、俺に重く圧し掛かる気がした。
立ち上がろうとする体に、更なる負荷が掛かったような気がした。
気休め程度にしかならないが俺は≪防御膜≫を掛け直しつつ、最後のHPポーションを全て割ってコンディションを整える。
無駄かもしれないが……手癖だろう、気が付けば準備を整えていた。
まさに圧倒的な実力だった。
間違いなく、奴は俺たちを倒すために送り込まれた使者だ。
強靭な体躯を支える圧倒的なステータス。
人間と同等かそれ以上の高度な戦闘AI。
対する俺たちは装備もボロボロで精神力もガタガタ、誰が見ても満身創痍の傷病兵だ。
それでも、残った全員が立ち上がって奴を見据える。
その目には消えることのない闘志が宿っていた。
俺は、まだ負けていない。
俺は、まだ諦めていない。
俺は、まだ死んでない。
訴えかけるように強く輝く瞳と瞳が交差し、奴を取り囲んで構えを取る。
「――ほう、折れぬか。
見事だが……故に残念でならぬ。
世が世であれば、別の形で会い見えておれば、共に肩を並べる同志となれたやもしれぬ。
そのような感傷に、何の意味も無いが、な!」
この勝負で初めて奴が自ら仕掛けて来た。
鈍重そうな外見とは裏腹に、素早く、力強く大地を蹴り上げて疾走する。
漆黒の風となって駆けた先にはビゼンの姿がある。
最も近い位置に居たから狙われたのだろう。
奴の≪真空波≫によって傷の無かったビゼンの防具も無残な程にボロボロになっていた。
迫る白刃が弧を描く様にして彼女の首を刈らんと襲い掛かる。
その光景を前にしても俺には成す術がない。
魔法使いの詠唱や事前準備という致命的な隙は、どうしても覆せないハンデなのだ。
頼みの綱となりそうなアカツキやマグナも、気付いて駆け寄ろうとするが距離がかなり遠く到底間に合いそうもない。
万事休すという状態だ。
「≪荒ぶる御霊の剛力≫――」
それでも、俺は呪文の詠唱を始めるしかなかった。
俺はまだ、この戦いを諦めていないのだから。
そして、彼女もまた、目前にした死に屈していないのだから。
その時、小さく歪んだ薄紅が赤い三日月を描いた。