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Act.08「Carnival」#4



 ここじゃないどこかへ。

 そんな夢をずっと抱いていた。

 ヒーローになりたいと、本気で思っていた。

 伝説や神話、伝承、逸話、奇譚、物語の英雄のようになりたいと願っていた。

 俺が生まれ落ちた世界には既に超常の力は存在せず、英雄が活躍した時代は遥か遠い過去の出来事で、ともすれば彼らの全てが嘘や幻だったんじゃないかと思える程に、彼らの面影が希薄な世界だった。

 漫画や小説、ゲームやアニメ、映画などで彼らは活躍をつづけた。

 それらは完全に人の手によって創作されたのだと分かってしまい、楽しむ一方で堪らなく悲しくなってしまうのだ。

 彼らが己の命を、存在を賭して戦う時代に思いを馳せた。

 たった一度きりの人生が直視できないほどに眩く輝いているのだ。

 憧れるたびに、俺も強くなりたいとそう願ってしまった。

 現実は非常だ。

 この世界では既に個人の力、戦う為の力は暴力と呼ばれ、蔑まれ、疎まれる存在だった。

 人々が争いのない平和な世界を享受しているのは素晴らしいことだと思う。

 全員が幸福を享受しているとは言えなくても、本当に紛争や戦争が全て失われたわけじゃなくても、永き時間と多くの犠牲を払い辿り着いたのがこの場所なのだ。

 尊いものだと理解している。

 しかし、俺の中に宿ったこの想いは、熱は、衝動はどうすればいいのか。

 己の身一つで何を成せるのか……困難に立ち向かい、万難を退け、決して折れぬ強靭な心と磨き上げた肉体で栄光を掴み取る!

 現代の基準で言えば、その夢は社会の一部となり金を稼ぐことで達成されるだろう。

 起業して莫大な利益を上げ、素敵な伴侶を貰い、幸せな家庭を築き、それを後世に伝えるのが現代の英雄となる為の方法であり、万人が羨む叙事詩となるのだ!

 ……だが、俺の意思はそんな安易なすり替えでは騙されてくれなかった。

 俺が求めていたのは、あくまで戦いの果てに掴む栄光だった。

 だって、俺は男なのだ。

 男なら一度は英雄に憧れるだろう。

 現代の英雄ならばスポーツ選手や社長、売れっ子漫画家や医者、スター俳優など、年棒が高ければ高いほど強いと感じるはずだ。

 それは間違っていないと思うし、大金持ちになれるならそれは素晴らしいことだと思う。

 それが一般的な感性であり――残念ながら、俺はそうじゃなかっただけの話だ。

 現代は窮屈だ。

 それは日本という国に生まれたから余計に感じてしまうのかもしれない。

 他の先進国と比べても圧倒的に狭い国土の中に、大量の人間や建物がひしめき合う異常な国。

 人も、物も、時間も、価値観も、全てが押し固められている。

 別に否定的な意見を述べるつもりはない。

 ただ、現代に生まれたこと、日本に生まれたこと、俺がそういう人間であったこと。

 運悪く集まってしまった要因が、俺と言う人格に多大な影響を及ぼしたのは事実だ。

 人が争い合う世界が良いとは思っていない。

 戦争していた頃の時代が良かったなんて思えない。

 それでも、たった一人の人間の存在が、人々を、戦場を、文化を、国を、世界を変えていくということに憧れていたのだ。

 たった一本の剣を振りかざし、たった一度の奇跡を信じ、一か八かで一以外を切り捨てて突き進むような生き方に憧れた。

 生まれてきたことに後悔なんてない。

 死んでいくことに不安なんてない。

 ただ一つ、俺は一生望んだものが手に入らないと言われていることだけが悲しかった。

 これから自分にとって無為な生を過ごすかもしれないと考えると、たまらなく怖かった。

 何のために生まれて、何のために死んでいくのか。

 己の命の価値を、己が生きた証を、どうして測ればいいのか分からないまま終わりを告げられる。

 そんなイメージが拭えない自分が嫌だった。


 俺は、英雄になりたかった。




――――――――――――


・グランドクエスト『怒りの日』


 クローズドβテストにおける最大の公式イベントで『Armageddon Online』の最大の売りである戦争をテストする為に開発が用意したサプライズクエスト。

 総勢三一七六人のクローズドβテストのプレイヤーの約九五パーセント(クエスト開始後に途中退場した者を除く)が参加したと発表されている。

 人間(プレイヤーとNPC)対魔物という構図で争われたこの戦いは、まさにテストの締めに相応しい壮絶で苛烈な内容となっている。

 冒険者プレイヤー側の勝利条件は「二十四時間(ゲーム内時間)生き延びること」と定められていることからも、その難易度の高さは窺える。

 サバイバル制も採用されており、死亡したプレイヤーはその時点で強制退場となる。

 魔物は四方のダンジョンに設置されたゲートを通じて出現し、冒険者たちを包囲するようにして進軍する。

 時間経過と共に段階的に魔物の強さが増していくシステムで、第一波から第六波までの六段階で構成されている。

 開発側の予想を裏切り、当初は堅実な防衛戦術を見せた冒険者側が有利に状況を進めていたが、ゲート攻略班が壊滅したことで形勢が大きく傾くことで防戦一方にり、徐々に冒険者側の被害が拡大していき戦線が押し込まれることになる。

 ゲートはそれぞれ方位からノース、イースト、ウェスト、サウスと冒険者の間で呼称されていた。

 冒険者たちはテスト期間中のモブの強さの傾向から推測し、難易度が低いとされたイーストゲートから攻略を開始し、見事予想を的中させてゲートの封鎖に成功する。

 続くウェストゲートも難なく突破し、冒険者全体に攻略への突破口が開けたことを予感させたが、サウスゲートにてゲート攻略班が壊滅してしまう。※1

 何とかゲートの封鎖には成功するも、戦力の大幅な減少と時間経過による敵の強化、アイテム補充の難しさ(NPCの販売アイテムには在庫に限りがあったので、生産職による補給を行っていた)から攻略班の再編成を断念して籠城作戦に移行する。

 この時でイベントの進行度は三分の二を経過しており※2、第四波で出現する敵はクローズドβテストにおける最難関ダンジョン『絶望の坑道』と同等の強さを持っていた。

 冒険者側は必死の抵抗を試みたが徐々に防衛戦でも被害が増大していき、第五波が開始した際には生存している冒険者の総数は千人を下回っていた※3。

 ラスト二時間を切ったところで最後に残っていたノースゲートが消失する。

 それを合図に第六波が起動し、約千騎の兵を従えた王が出現した。

 冒険者側がサブターゲットであるゲートの封鎖を達成できないと現れる仕掛けで、「その時に生存している冒険者と同数の強力なモブユニットと、それを統率するボス個体によって生存していた冒険者側を掃討する予定だった」(開発者後記より抜粋)とのこと。

 特にボス個体はステータスこそ明確に定めらていたものの、当時の冒険者全員が生存していたと仮定してもボス単体で勝てる想定だった。

 結果として、約三千人の冒険者たちは二十三時間経過時点で七百人を割り込んでいたのが、イベント終了時にはたった三人のみが生存という結果になった。

 開発側としては冒険者側が王を召喚させてしまった時点で勝てるとは思っていなかったので、その結果には非常に驚くと共に敬意を表するとコメントしていた。

 公式サイトから各シーンのダイジェスト動画が公開されているので、興味のある方はコチラの動画リスト一覧から鑑賞するといいだろう※4。


※1

 攻略班壊滅の要因はボスの二段変化による初見殺し。

 古典的だが有効な手段だと改めて認識させられるので詳しくはコチラで確認して欲しい。

 運営の底意地の悪さと、廃人達の戦いは廃人に軍配が上がった。


※2

 第四波到来時点では内部時間の経過は十五時間程度。

 詳細な配分としては第一波から第三波がそれぞれ三時間、間に二時間ずつの休憩時間が挟まることで十五時間が経過となっている。

 以降は、第四波が三時間、休憩一時間、第五波が三時間、第六波が二時間(厳密には軍との戦闘が始まったのは二十三時間経過時点からなので、実質は一時間)となる。


※3

 約千人の生存者のうち、三百人未満が非戦闘員または戦闘に不慣れな普通のテストプレイヤー。

 実質的な戦力は七百人前後であり、対する敵は七万以上(約十万)だったと言われている。

 注:彼我戦力の総数予測はコチラの動画で検証された数字を参考にしています。


※4

 公式編集のグランドクエスト動画リストはコチラ。

 無駄に気合が入っていると評される程に手の込んだ仕上がりなので、下手なファンタジー映画を見るよりも面白いかもしれない。

 ただ、全部を視聴すると『現実時間』で『二十四時間』掛かるので、時間を持て余している方以外はダイジェスト版をお勧めする。

 それでも二時間三部作なので大作映画並の時間を取られるので注意。


――――――――――――


 既に昼も夜も分からなくなっていた。

 時間の感覚が削ぎ落ちているのは疲労のせいだけではないのだろう。

 イベントが始まってから実に二十三時間。

 この世界でも一日は二十四時間で太陽が一巡りする。

 イベントが始まったのは朝の六時だった。

 元々冒険者たちは一日中活動するのでこの町も眠らない町だった。

 俺だって何度も夜通し活動していたし、この街並みを見ながら朝を迎えたことも珍しくは無い。

 体感的には二十四時間に近いが、現実ではたったの六時間だ。

 精神的な疲労が無ければ、疲れを知らないこのアバターはいつまでも動き続けることが出来る。

 あくまでゲーム内で宿を取って休むと言うのは、集中力を維持するためにも休息を取った方がいいという話なのだ。

 しかし、こういう極限状況下での長時間の活動は流石に初めての経験だ。

 精神的な疲労の蓄積と、肉体的な疲労の無さ。

 その二つの状態があまりにもかけ離れ過ぎていて、奇妙な浮遊感を感じているほどだ。

 だが、今はそれすらも心地よかった。

 ささくれていた俺の心を忘れるにも、ただ無心で戦い続けた方が楽だったのだ。

 思い返すだけで惨めさと、子供っぽさが抜けない俺の思考に辟易とする。

 確かに、俺はヒーローになりたい、物語の主人公になりたいという強い願望がある。

 だからといって、小説や漫画のように、異世界に行けるなんて考えていないし、ましてやVRゲームから現実と妄想がすり替わるなんてあり得ないと知っていたはずだ。

 なのに、ちょっと特異な状況に置かれただけで簡単に勘違いしてしまった。

 もしかして。

 そんな単純な欲を刺激されただけで、俺は意図も簡単に都合のよい夢に騙されてしまったのだ。


「……しかも、まだズルズルと引き摺ってるなんてな」


 戦闘中は考えるべきことは全て戦いの事だけだ。

 いや、今はより強く望んで戦うことだけを考えていた。

 普段なら暇さえあればどうでもいいことを考えている俺だからな。

 少しでも気を抜けば、あの恥ずかしさと惨めさをこうしてすぐにでも思い出すのは分かっていた。

 女々しい奴。

 自分自身をそう非難するしかなかった。


「……」


 背中を壁に預け、辺りを見回して一つ息を吐く。

 グランドクエストも佳境に入り、敵の強さは加速度的に上昇していた。

 第四波が来た時には『絶望の坑道』と同じ強さの敵が出現するようになり、これがいよいよ最終段階だと気合を入れて踏ん張っていたのを思い出す。

 誰もが分かっていた。

 戦闘面において頼みの綱だったゲート攻略班が壊滅した時点で、こちら側が詰んでしまったことに。

 そして、第四波の時点で残り時間が九時間も残っていたことで、それ以上の強さの敵が出現する可能性に。

 残っていたノースゲートの光が消えてから一時間が経っている。

 ゲートがどこかのパーティによって攻略されたとは聞いていない。

 おそらく、時間経過による消失……それが何を意味しているのかは分からないが、残り一時間と少しの間に何もないはずがないだろう。

 ゲートは攻略する度にその方面の敵の出現が止まった。

 今は北からしか敵の攻撃は無いので包囲されていた時より幾分かやりやすい状況とも言えるが、敵の質は比べることができないほど差が開いている。

 第五波だと思われる襲撃を阻止したが、こちらも戦闘に出ていた冒険者の半数近くが討ち取られていたはずだ。

 幸いと言っていいのか、ボルドーを初めとした俺の知り合い連中は生き残っている。

 しかし、装備もボロボロで消耗品も底が見えている状況では、いつ誰が脱落してもおかしくないと言えるだろう。

 防衛線が瓦解したことで町まで攻め入られ、美しかった街並みも面影が失われていた。

 驚いたことに、町の住人であるNPCも敵と戦ってくれたのだ。

 彼らは俺たちのように強くは無かったが、それでもその必死の抵抗は幾らかの敵を倒し、俺たち冒険者の疲れ切っていた心を支えてくれた。

 姿は見ていないが、彼女も戦っていたのだろうか……そして、彼ら勇敢なNPCと同じように、敵の手で倒されてしまったのだろうか。

 砕け散り、去って行ったNPCたちを思い出す。

 口々に叫び、怒りの声を上げ、そして、俺たち冒険者に後を託していった彼ら。

 彼らの切なる行動、意思のある生身の人間のように思えて仕方が無かった。

 悔しくないと言えば嘘になる。

 彼らを助ける力は俺には無く、俺はただ冷静に、彼らが稼いだ時間でMPを回復して敵を屠ることに専念していた。

 俺がもっと頑張れば、彼らを助けることも出来たのだろうか……彼女も他のNPCのように散ってしまったのだろうか……俺が傍に居れば……いや、何とかできるわけがないな。

 俺はただの勘違い野郎で、この世界はデジタルとロジックで動いている世界なんだ。

 現実でさえ気合で全てが片付くわけじゃないのに、最弱のステータスと魔法使いという持久力も即応性もない俺が、いくら気張ったところで何も変えられないだろう。

 物語の主人公に、英雄になりたかったと言っても……所詮、ゲームの中ですら……この世界のプロにすらなれないのが俺という個人なのだ。

 ――止めよう、これ以上考えても無駄だろう。

 今の俺ではネガティブなイメージを払しょくできそうにない。

 早く次の戦闘が始まればいい。

 そうすれば、何も考えずにただひたすらこの感情をぶつけることが出来るのだから。

 じわりと、日が昇り始めたのか果ての地平線が光の線を滲ませる。

 あぁ、綺麗だな。

 感傷に浸るのも束の間、警戒鐘のけたたましい音と連絡用に定めた魔法が空に打ちあがる。

 俺は装備の状態と自分のステータスを確認して準備を整える。

 MPは最大値の四割程度か、貴重なMP回復アイテムだが使っておくべきだと判断して残しておいた内の一つを使う。

 これでしばらくすればMP自然回復と合わせて全快まで届くだろう。

 HPは言うまでも無く全快だ。

 俺の場合、多分どの敵の攻撃も当たれば即死だからな。

 攻撃を貰わない様に立ち回っていたが、そもそもあってもなくても無意味かもしれない。

 武器の耐久度は不安が残る数値だ。

 ただ、これ以上の品が無いので壊れた時が最後という構えで行けばいいだろう。

 どうせ予備の杖を使っても性能が下がれば有効打ではなくなってしまう。

 そうなれば戦力の低下から消耗が激しくなり、いずれはやられてしまうのだから。


「人間、あきらめが肝心ってな……」


 色々と未練たらたらな俺が言うセリフでもないが、ここは一つ腹をくくる。

 そうさ、どうせこれはゲームなんだ。

 楽しくやって、ダメならそこで笑って終わればいい。

 そうだろう?




 北門の上には残っていた全ての冒険者……だけじゃないな、あそこにいるのはNPCのようだ、とにかく生存者が集まっていた。

 全員いるようならもしかして。

 そう思い、周囲を見渡したが彼女の姿はなかった。


「……まだ、未練があるのか」


 自嘲する。

 結局、彼女がNPCなのか中に人がいるプレイヤーなのか――中に人間のいるアバターだったとして、何故俺にあのようなことをしたのかは理解しかねるが――保留していた。

 保留と言うより答えの見つけようがなかったからだ。

 探しているのはそれを問い質したいと思っていたからだ。

 もしかしたら彼女は運営側の人間で、このイベントを盛り上げるためにレアなアイテムを特定の個人に配布していたのでは……それが俺の立てた仮定だ。

 もし本当にNPCだったとしたら、その方が行動原理に説明が付かない。

 好感度によるレアイベントなどの線もあるのかもしれないが、どうにも信憑性が沸かない。

 まだ、荒唐無稽に聞こえるがイベントを盛り上げる為のサクラだと言った方が納得が出来た。

 できればその謎を解明したいと思ったりもしたのだが……まぁ、いいか、仕方ない。


「未練か、俺も未練だらけだなぁ」


「アカツキ」


 ぽつりと呟いてしまった俺の言葉を、いつの間にか隣に居たアカツキが耳にしてしまったらしい。

 アカツキは地平線を眺めたまま、妙に達観した顔で言葉を続ける。

 俺の方を見ていないのは彼なりの気遣いだ。


「ノースゲート攻略班を無事に敵中突破させる護衛戦力の役目。 突破さえ成功していれば、きっと今頃は勝ててたと思うんだよ、俺は」


 サウスゲート攻略班が壊滅した後、少数精鋭で結成したノースゲート攻略部隊が結成された。

 早々にゲートを破壊したおかげで余力が有り余っていた、東部方面の防衛を買って出ていた部隊の独断で決行されたそれは、結果としては失敗だった。


「お前のせいじゃないさ、護衛部隊は最後まで懸命に死地で活路を開こうとしていたじゃないか」


 タイミングよく戦線に突入した部隊は層の薄い場所を狙って突破を敢行し、その破竹の勢いはまさに鬱屈した状況を打破する為の一手に思えた。

 しかし、予想外の敵の増援によって突破した攻略班は孤立状態になってしまう。

 後に気付いたが、第一波、第二波、第三波のそれぞれの敵の数はほぼ同等だったのだろう。

 ゲートの残存数で出現数が頭割りにされていたのだ。

 第一波から第二波は四から三へと変化したのだが、元々多い敵を前にしてそこまで総数に変化を感じられなかったのだと思う。

 だが、三から二へと変化したことで総数は激増する。

 第一波の倍の数にも到達していたとすれば、その増援の終わるタイミングを第一波以降はスポット参戦を繰り返していた東部防衛部隊では測れるはずもない。

 まして、彼らが増援との間に挟まれ、それを護衛部隊が救援している間にサウスゲートが閉じるというのは予想外だったはずだ。

 壊滅したサウスゲート攻略班だったが、生き延びたメンバーが決死の思いで攻略を完遂したのだ。

 それがまさか仇となり、数をさらに倍に増やした敵の増援によって包囲された有志攻略班と護衛部隊が殲滅されるとは想像できるはずもない。

 一度に優秀な戦力を削ぎ落とされた冒険者たちは苦戦を余儀なくされた。


「だがよ、結果的には起死回生のゲート攻略班諸共、俺たち護衛部隊も全滅の憂き目にあったわけでさ……生き延びちまった俺としては、不甲斐無い思い出いっぱいなんだわ」


 アカツキはその一件に参加していたようだ。

 彼の表情には影が差してはいるものの、悲観的な感情は無いようだ。

 あるのはきっと、口惜しさなのだと思う。

 敵に包囲されること無く突破口さえ開くことが出来ていれば、起死回生の一手に繋がっていた……そう思わずにはいられないのだろう。

 アカツキは戦友が次々と散っていく戦場のど真ん中で、守備隊が敵を殲滅するまで生き延びていただけの話だ。

 おそらく彼は、最後の瞬間が来るまで戦い続けるつもりであの場に居たのだと思う。

 そのとき彼は、彼なりのケジメを付けようと思っていたはずだ。


「お前が生きてたおかげで助かった味方も居るはずだ、そう悲観するなよ」


「俺としては、そんな俺以上に悲壮な顔をしているお前の方が気になるわけで」


「……」


 なるほどな。

 はは、そりゃあそうだ。

 俺が言えた義理じゃなかったわ。


「どうしたよ、らしくないぜ?

 ……何があったのかは聞かないけどさ、ジンのこと、俺は良く知ってるからさ。

 嫌なことがあっても、あまり自分を責めるなよ?

 ジンのおかげで救われた人間だっているんだ……お前は嫌な奴どころか、最高にいい奴だよ」


 付き合いが長い友人――いや、親友の彼だからこそ、俺以上に俺の事が見えているのかもしれないな。

 正直、買い被りが過ぎると思うのだが、唯一無二の友にそう言われると、簡単にそれを受け入れられる気がした。

 我がことながら、都合のいい奴だと思うよ。


「……ありがとう」


「へへ、おう!」


 こちらに振り向いて、親指をグッと立てる彼の顔ははにかんでいた。

 自分でも臭いこと言ってると分かってるなら言わなければいいのに……なんて、口が裂けても言えないな、こりゃ。

 アカツキのおかげで幾らか気持ちも楽になり、改めて俺は地平線へと目を向ける。

 黒真珠のような妖艶な輝きを放つ鎧の群れ。

 一糸乱れぬその動きは、明らかに今までの波と様子が違うことを俺たちに雄弁に告げていた。

 まだそれなりに距離はある。

 なのに、遠く離れたこの場所にまで微かに軍靴の奏でる音が聞こえるのだ。

 規則正しいリズムで刻まれるその音は、まるで死の宣告を行う死神の足音の様だった。

 一際目立つのはその群れを統率している一体の巨漢。

 とげとげしく禍々しい外観の重鎧に、完全武装の軍馬、長大な突撃槍と物々しい出で立ちだ。

 何よりも、薄らと纏う闇色の光が放つ威圧感が格の違いを物語っていた。


「アイツがおそらくラスボスだな……」


「だな、これ見よがしにラスボスオーラを放ってくれてるぜ」


「せめて、あいつと切り結んでから散りたいもんだ」


「じゃあ、あの周りの黒騎士もぶっ潰さないとな」


「ジンの魔法で一発ドカンと頼むぜ!」


「おいおい、流石に俺の魔法でもあれは無理だと思うぞ……」


「じゃあさ」


「あ、こんなところに二人ともいたの?」


 適当に軽口を叩きあっていた俺たちの間に、ビゼンが割り込んでくる。


「ビゼン、生きてたのか!」


「ビゼン、死んでなかったのか!」


 生きていたのは知っていたが、わりとピンピンしていたので驚きを隠せない俺だが、てっきり死んだものと思っていたらしいアカツキの驚きは俺以上だった。

 何より、俺たちの装備は満身創痍な感じなのに、彼女の装備はクエストが始まる前と同じピカピカな状態なのだ。

 どこもかしこも結構な激戦だったと思うんだが、何故そこまで万全な状態なのかと。


「あんたたちって、ほんっとーに、失礼ね!? 私だって、やる時はやるんです!」


 許せないと怒り心頭のビゼンさんに、流れる様な土下座で謝るアカツキ。

 まぁ、いつもの光景なので気にしない事にしよう。


「お、何だお前らはこっちに居たのか!」


「なんだよ、ジン! お前のとこは全員生きてんのかよ!

 俺のとこは俺以外既にくたばってんだぜ? 根性ねぇ奴らだろ、ギャッハッハ!」


 ボルドーたちとカンデラ、その後ろに続いてマグナたちが見えた。

 疲労の色も濃く、装備も見るからに万全では無いようだが、無事な様子で何よりだ。


「ジン、俺様は見てたぜ? 市街地戦で魔法無双してるお前の姿をよ!

 あれだけ火剣の魔法に頼る魔法使いってのも他には居ないからな!」


「あんだよ、ジンはまーた火剣使ってんの?

 お前はもう魔法使い辞めて魔剣士になった方がいいんでねぇの?」


「お、ジンも魔剣士やるか? やっぱ男は魔剣士だよな!

 ダンクェールのキャラ作ってたみたいだし、正式版では俺様と一緒に魔剣士一緒にやろうぜ!」


「いやいや待て待て!

 ジンは俺と一緒に大魔導士ライフを満喫すんだよ!

 正式版では俺が構想中のスーパーなオリジナル魔法を一緒に研究開発するんだ!」


 さっきまでのアカツキと二人でしんみりしていた空気もどこへやら、カンデラとマグナの底抜けの明るさで沈んた空気も吹き飛んでしまう。

 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人はおいておこう。


「クエストもラスト一時間、いよいよって雰囲気ですね……」


 ララァさんが不安そうな声で言う。


「あの黒騎士たち、下手なボスの何倍も強そうよね」


 アルテイシアさんも表情が硬い。


「統率も取れていますし」


 テンカイさんがいつになく硬い声を口にする。


「何よりあの一際大きな将軍っぽい奴は桁が違いそうよね……」


 アリエルさんが両手を胸の前で合わせながら告げる。


「……ま、何にせよやるしかねぇんだがな!」


 一同が不安な顔を見せる中、ボルドーさんだけは余裕の顔だ。

 ただ、その表情にも普段は見せないビリビリとした熱を帯びているように思う。

 きっと彼も、これから起こる決戦に緊張を感じているのだ。


 鳴り響いていた軍靴が突然止んだ。

 北外壁まで数百メートルのところで止まった黒の軍は異様なプレッシャーを纏っていた。

 将軍が一人前に出て、槍をこちらへと突き付けてくる。


「……時は来た、長きに渡る因縁に終止符を打とうぞ」


 ……気のせいだろうか、その槍の穂先が、奴の視線が、俺を差しているように感じた。

 錯覚だ、自惚れだ、お得意の勘違いだ。

 そう思って馬鹿げた考えを払拭しようとするも、吸い込まれるように、縫い付けられたかのように、俺も奴から視線を逸らすことが出来なかった。

 まるで成長していないな俺は。


「たかが神如きに操られし哀れな愚者よ、神に欺かれし悲しき愚者よ」


 将軍は睥睨する。

 槍の穂先を滑らせながら、壁上に集まった人々を視線で射殺すかのように。


「我が齎す死を持って、尊き慈悲と恩寵の手向けと思え!」


 奴が天に向かって突き上げた槍が、陽光を反射して怪しく煌めいた。

 まるで星を砕いたかのように無数の小さな輝きを放っていた。

 大地の底から這い出た様な声で、雷鳴の如き鋭さで命令を下す。


「全軍、突撃!」


「「「ウウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」


 鋭く抜剣した騎士たちが、途轍もない速度でこちらへと迫ってきていた。

 瞬きする間にも壁に取り付かれそうな勢いだ。

 そのあまりの迫力に、誰もが我を忘れ見入っているかのようだった。


「狼狽えるな! 総員、迎撃! 撃ち方始め!」


 ボルドーの張り上げた声に全員がハッと我を取り戻して行動を始める。

 魔法使いと遠距離攻撃手段を持つ冒険者は率先して迎撃を開始し、戦士系の冒険者は近寄る敵に対して彼らを守る為に身構える。

 指揮を執ったボルドーも腰の双剣を抜き放っていた。


 グランドクエスト最終決戦、その火蓋が今切って落とされた。

#3→#4に修正。

わざわざ教えて下さった方、有難うございました。

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