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Act.01「Hello,World!」#4


 操作インターフェースの説明はざっくりと終了した。

 一つ一つの細かな機能の説明ではなかったし、レイアウトや操作感に関する是非を問うのがメインだった。

 インターフェースのデザインも特に奇をてらったものではなく、質実剛健といったシンプルで整った様式のものだったので三人とも不満は無かった。

 レスポンスや複数操作時の画面状況などについて意見を軽く述べただけで終了した。


「では、次はいよいよお待ちかねの『戦闘』ですよ」


 イコルはそう言って手首をひねると、一瞬にして指の間に複数本の武器を取り出した。

 それらを宙に浮かべ、右、左と交互にどんどん取り出していく。


「武器は大小様々な種類、特徴を備えたものが用意されています。 剣や杖といったオーソドックスなものから、鞭や弓といった扱いの難しい装備まで。

 『Armageddon Online』では戦闘システムに『RATSリアルアクショントレースシステム』を採用しています」


 RATs。

 リアルアクショントレースシミュレーションとも呼ばれる、仮想世界でアバターが実際に行った行動を元に結果を計算するシミュレーションシステムのことだ。

 VRMMOでは度々話題になる「リアルさ」と「ゲーム性」の共存問題。

 一般的に現代人の多くは弓など使ったことがないだろう。

 リアルさを追求するなら弓を使えない人間が弓を使って敵を倒すことなんてできないし、重い鎧を着て身軽に動き回るなんてことはできない。

 ゲームとして楽しんでもらうならば多少はリアルさを減らし、ユーザーが選択した結果をしっかりと反映、リターンさせる方がストレスにならないだろう。

 しかし、旧時代のコマンド式でしか結果を表示できなかった平面のゲームとは違い、折角の立体的な空間、しかも仮想世界という言わば『第二の現実』とも呼べる空間で、リアルな体感や感動、苦労を削るのは醍醐味を損なうのではないかという反対意見。

 VRMMOが幅広く認知された今でも、この「リアル」と「ゲーム」の二つの世界の対立は続いているのだ。

 聞く話によるとこの話題は世代や世紀を跨ぎ、かつてVRMMOが紙面の上、空想の中でしか存在しない頃から喧々諤々と議論が交わされていたのだとか。

 未だ存在が無いものについても思考することができるというのは、人間の持つ想像力の凄まじさの一端を垣間見ることができるエピソードだ。


 そして、RATsはリアルさを追求した方のシステムだ。

 アバターが実際にどう動いたかを直接反映し、そこから導かれた結果をリターンする。

 これによって、不自然な動作から振りぬいた剣は威力を十分に発揮できない場合もあるし、逆に偶然構えていた盾が視覚外からの攻撃を防いでくれることもあり得る。

 相殺やカウンター、回避なども都度プレイヤーの判断によって成否が導かれることになる。


 逆のゲーム性を優先したシステムだと、先ほど例に挙げた弓を撃つシチュエーションの場合、既に「視覚外からの不意打ち」で命中の確定やクリティカルボーナスなどが発生し、弓を放った時点で綺麗なラインを描いて目標に命中するという結果が表示される。

 他にも、ステータスの補正が高い方が影響力は高くなるのは当然で、ある意味ではアバターの強さが遺憾無く発揮できる、反映されるとも言える。

 VRMMOでの身体操作が不慣れでも選択したコマンド、意識した行動にシステム的なアシストがかかるので安心して遊べるのも利点かもしれない。

 最も、VR世界に慣れたプレイヤーだとシステムによるアシストが「引っ張られる」ように感じて嫌だという意見もある。

 万全の構え、命中を確信して放った一撃が、ステータス補正とシステムによる働きかけで敵の体を避けていくのを感覚的に理解してしまう程に慣れたプレイヤーにとっては、その不満も無理からざることだろう。


 どっちのシステムが好きかは本当に人ぞれぞれだが、どちらかと言えばリアル系が主流というイメージはあるだろうか。

 それは単純に、VR世界に慣れた人が増えたという社会事情が照らされていると思う。


「武器を持っての直接攻撃はそのまま正しい使い方をすれば問題ありません」


「正しい使い方って?」


 ゲーム慣れしていないシノブがイコルに問いかける。

 イコルは一つ頷いて答えた。


「剣は敵を斬る為の武器です。

 使い方はシンプルですよね、この刃の部分で敵を斬るわけです。

 逆に言えば、刃以外の部分では斬ることはかないません。

 なので、刃の部分をしっかり使って敵を斬ればいいのです」


 浮いていた剣を手元に引き寄せ、指先で刃先を示しながらそう答える。


「もちろん、鋭い先端で突く、鈍い腹や峰での打撃、敵の攻撃を受け止める、そして敵の飛び道具を切り捨てたり、魔法を切り裂く、魔法を纏わせるなども正しい使い方ですね」


「魔法を……?」


「少し話が飛びますが、『Armageddon Online』の世界では魔法が存在しています。

 魔法には武器に付与することで攻撃力を上げるものがあり、これを纏わせて戦うのは正しい使い方なのです。 ファンタジー小説やアニメ、マンガなどでお馴染みですよね?

 また、飛び道具である矢や投げナイフを切り落とすシーンなども映画などで見たことはありませんか?

 それもまた正しい使い方……そして、魔法のある世界なので敵の放った魔法を切り払うのもまた正しい使い方なのです」


 堂々とイコルはそう言い切った。

 表情が変化するはずのない仮面の上からも、自信に満ちた彼の表情が伺えるかのようだった。

 話すほどに人間臭さを感じるNPCだ。

 さっきのメニュー説明でも度々脱線していたし、どうにも『Armageddon Online』の開発スタッフには遊びや悪戯が好きな人種が多くいるようだ。

 彼の外見が道化師という設定も、何となく理解できたような気がした。


「さて、話を戻しましょう。

 武器を使った直接攻撃は正しい使い方ならば――つまり、大抵の現象、状況において判定が発生しますので、直観的に使って頂いて構いません。

 その際に、よくわからない結果が起こりましたらご報告下さい。

 次に、魔法についてご説明します」


 そう言って手首を捻り、一冊の本を取り出す。

 シンプルな装丁ながら、さり気ない装飾が目を引くハードカバーの本だ。

 最も、現代の殆ど紙でできた本ではなく、カバーは革製だと思う。

 その本を帯を解いて開くと、中から紙がばさりと散らばっていった。

 呆気にとられて見ていると、それらのページは一枚一枚がひらひらと宙を舞い、あるものは燃え盛る炎の塊に、あるものは湧き出す水で球形を作り、あるものは粉々に千切れて逆巻く風を生み出していた。

 それぞれが別々の演出でもって超常的な現象、つまり魔法の力を再現して見せたのだ。


「魔法とはファンタジーにおける力と神秘の象徴。

 我々開発も『Armageddon Online』をファンタジー世界であると宣言する以上、その世界を構築する上で魔法という存在には大きな影響力を持たせています。

 魔法にも幾つかの形態、体系を用意することにしました。

 キーワードは呪文、魔法陣、媒体です」


 本からまた新たなページが抜け落ち、宙を舞って新たなオブジェクトを生成する。

 見知らぬ文字と円で囲まれた図形、そして杖や宝石などの道具。

 彼が言う三つのキーワードを具現化したものだろう。


「詳しい世界観的な設定は今は置いておくとして、シンプルに進めていきましょう。

 まず、呪文とは魔法を発動する定型文です。

 一定の条件を満たし、呪文を示すことで魔法を発動させるというプロセスです。

 この『Armageddon Online』において最も基本的な魔法の発動方式となるのは、プレイヤー自らの音声詠唱による魔法です」


「つまり、魔法を使おうと思うと実際に口に出して呪文を唱える必要がある、と」


「はい、その通りです」


 今普通にさらりと凄いこと言ったな。

 つまり、『Armageddon Online』のマジックユーザーはみんな魔法を使う際に中二病よろしくな感じで魔法を詠唱しなければならないと。

 ……うわ、それって滅茶苦茶恥ずかしくないか?

 早くも魔法職を選んだことを後悔しそうだ。

 俺が魔法職を選ぼうとしてることを知ってるカツキは既に笑いを堪えて震えてるし。


「開発当初、魔法はこれ一本で進める予定だったのですが、他の部署から批判が出ましてね……長く協議を行った末に世界観をより深く掘り下げる方向性で妥協したそうです」


 色々と突っ込みどころがありそうな弁明だが、俺の表情を読んだのだろうか補足してくれる。

 要するに、詠唱が恥ずかしくてできない人でも魔法職を遊ぶ方法があると。

 というか、本当にこの開発は何かがおかしい気がする。

 具体的にどことは言えないんだが、ひしひしと危ない匂いがする。

 あれだ、こういうのをマッドサイエンティスト気質というのだろう。


「それが二つ目の魔法陣です。

 魔法陣にも幾つか差異はありますが、概ね『何か道具を用いて記号を描く』という共通の手順を踏むことに変わりはありません。

 中には呪文をこうして魔法陣として描くことで使用することもできます」


 こちらに見えるように開いた本に文字を書き込み、そこから魔法が迸る様子を見せてくれる。

 どうやら、呪文を魔法陣に置き換えて発動することができるようだ。

 単純に二つの関係は発動方法の違いなのだろう。


「三つめは媒体、これは呪文と魔法陣の応用です。

 魔法の道具を作り、そこに必要な魔力を込めて使用するという設定ですね。

 媒体にも大きく分けて二つあり、使うだけで効果を発揮する『マジックアイテム』タイプと、使う際に使用者の魔力を込める『魔法具』タイプがあります。

 前者は誰でも使える便利な使い捨てのアイテム、後者はプレイヤーをサポートする装備品という扱いになりますね」


 要約すると、魔法職は『呪文詠唱』と『魔法陣』の二タイプで魔法を扱うことができる。

 それとは別の手段として『マジックアイテム』が存在し、設定的には杖や指輪といった装備はそれと似た位置づけをされているということだろう。


「今回はαテストですので是非積極的に二つの発動方式を体感し、率直な感想をフィードバックしてください」


 そう、これはαテストなのだ。

 周りにいるのも身内なんだし、気軽にやればいいじゃないか。

 ……身内だからこその恥ずかしさもあるのだが仕方ない。

 シノブもカツキの様子から先の展開を予想したらしい、憐れむような目線で俺を見ていた。

 安心しろ、後で二人にもたっぷり詠唱させてやる。

 何せ今回はαテストなのだ、積極的に参加しない手は無いからな。


 その後、一通り説明を終えたタイミングで一度休憩を挟み、再度集まってαテストを進める。

 いよいよ実践だ。

 イコルが最初に用意したのは丸太を組み合わせたような図体の簡素な人形だ。

 人形と言っても巻き藁に近いかもしれない。

 ただ地面から生えているといった印象だ。

 これを目標として武器や魔法を実際に使う練習をするのだそうだ。

 まずは当てる、そこから始めろと言うことだろう。

 武器はイコルが指を弾くと広場の隅にオブジェクトが生成され、そこに様々な種類のものが用意されていた。

 魔法に使う媒体である杖や、さっき彼が手にしていたのと同じような本タイプもあるようだ。

 とりあえず、まずはオーソドックスな木製の長杖――先端が湾曲して弧を描いた、いかにもファンタジックな風貌のもの――を選び取った。

 カツキは背負っていた大剣を、シノブも同じく腰に佩いていた刀を手にしていた。

 そういえば、自分だけ初期装備に武器が無かったのか。

 さっきの説明で魔法職は詠唱できれば魔法が発動できるということから、生粋の魔法種族として設定されたマギエルには不要なのかもしれない。

 もっともイメージ優先なら杖を持たせてくれても罰は当たらないと思うのだけど。

 各々が割り当てられた標的を前に身を構え、全員が整ったタイミングで一斉に練習を開始した。


 仮想の世界では呼吸をすることに何の意味も無いのだが、一つ意識的に息を入れて集中力を高める。

 自分の持つ一つのルーチンワークだ。

 目の前に用意された標的に集中し、やるべきことを明確に意識する。

 教わった基本呪文を頭の中に思い描き、魔法の発動手順を確認する。

 詠唱による魔法の発動手順はシステム的にまず「魔法を使用する」というコマンドを選択する所から始まる。

 これは視界に浮かぶシステムメニューから、アバターの手による『間接操作』で選択するか、明確に意識することで『直接操作』による選択が可能だ。

 詠唱は実際の発声、決められたキーワードを喋ることで構築していく。

 アバターによる声での操作なのでこれは『間接操作』だ。

 必要な手順を追えれば、あとはシステムが判断して魔法に使用するMPを消費し発動するそうだ。

 コマンドの起動は直接操作で行い、口から呪文を吐き出す。


「≪トーラ≫」


 呟きに応じて杖の先に火が点る。

 呪文として紡いだ言葉にはエフェクトが掛かるようだ。

 軽いエコーのように音がぶれて聞こえるのは、魔法を使った雰囲気がして悪くない。

 この呪文はシンプルな明かりを作る呪文で、直訳すれば「灯れ」という所だろうか。

 呪文の詠唱は最初に聞いた時に思ってた以上にテンションが上がってしまう。

 実は攻撃用の魔法は呪文が少しあるので、まずは別の呪文を先に撃とうと咄嗟に切り替えてしまったのだが杞憂だったようだ。

 特に音節や韻が必要というわけでもないようなので、安心して詠唱して良さそうだ。

 杖を一振りして≪トーラ≫をキャンセルし、次の魔法を使う準備を整えた。

 ふっと息を吐いて集中する。


「≪ファン・ボゥ≫」


 目標に向かって構えた杖の先端に火が点り、拳ほどの大きさの球が形成されると「ボッ」と音を立てて直線軌道で目標に吸い込まれていく。

 命中すると轟々と音を立て、火の粉が花を咲かせるように舞った。

 中々の派手さにカツキとシノブもこっちを見ていた。


「うぉぉぉおお!! かっけぇぇぇ!」


「すっごく綺麗ね!」


 火球が当たった人形は特に焦げたり、砕け散った様子がないのは練習用だからだろうか。

 その結果には少し残念に思いつつも興奮は膨らむ一方だ。

 呪文を詠唱して完成させるというプロセスを踏むというのは、思っていた以上に自分が魔法を使ったという自覚を強めてくれる。

 つまり、自分が魔法使いになったという気分を強力に後押ししてくれる作用があるのだ。

 煽て褒められ担がれて、どこかそんな感じでもあるが、自分の行為に対してリアクションが明確に帰ってくるというのは楽しいものだ。


「ほう、素晴らしいです!

 杖を対象に向けるという行為は目標を明確に定める働きがあるので、攻撃魔法では狙いをつける上での重要な要素になっています。

 それを説明も受けずにされるとは、中々堂に入った魔法使いっぷりですね!

 あと、コマンドの起動も直接操作でなされていますね? 素晴らしい!

 貴方なら練習を重ねることでより複雑な魔法の扱い方も習熟できるでしょう。

 ――そうだ、次はこの呪文を使ってみてください」


 イコルもどこか楽しそうだ。

 道化師がすっと指を振ると、視界の端に情報バーがポップし「新たな魔法を獲得した」と表示されたので、これが彼のリクエストした魔法なのだろう。

 確か、こういう場合はシステムメニューから魔法のリストを開けば良いはずだ。

 直接操作でメニューを操作し、追加された魔法を確認する。

 どうやら、リストでは普通に「松明の呪文」や「火矢の呪文」といった感じで表示されるようだ。

 呪文はあくまで呪文であり、詠唱は起動するためのパスワードみたいなものなのか。

 新たな魔法の名前は「火剣の呪文」とこれまたシンプルなものだ。

 選択すると呪文が表示されたので、それを唇でなぞらえていく。


「≪ファン・ソー・ダ・ガーレ≫」


 杖の先端から噴き出した炎は、燃え盛るその身を捩らせながら見る間に大きな剣を形作る。


「うぉぉぉおお!! 何それカッケェ!!」


 カツキのテンションがうなぎ登りだ。

 火の剣は轟々と音を立てながら時折火の粉を散らしていた。

 しばらく火の剣を眺めていると、急にふっと蝋燭の火が吹き消されるように消えてしまった。

 何故だろう。

 不思議に思い剣の柄の役割を果たしていた杖の裏表を眺め見ていると、ふと脳裏に答えが閃いた気がした。

 思い当たる節と言えばおそらくそれしかないだろう。

 ステータスを確認すると、予想通りMPが尽きていた。

 自分が答えに行きついたことを悟ったのだろう、イコルは満足そうに頷いていた。


「今の呪文は火で剣を作る魔法ですね、扱い方は普通の剣と同じです。

 ただ、魔法で作った剣、魔法で作った炎なので、燃やし続けるための薪として魔力をくべ続けなければならない訳ですね。

 みなさんは呑み込みが早いので一足先に説明させていただきましょう。

 今のままずっと魔力を垂れ流し続けなければならないのでは使い勝手が悪い。

 そこで、更にこの魔法を『改良』します。

 さきほどの魔法をもう一度使ってみてください、呪文が新しくなっているはずです」


 再び情報バーがポップし、魔法の獲得を知らせる。

 確認すると、確かに同じ魔法なのだが呪文が長くなっていた。

 間違えない様に何度か確認しつつ、一息ついて詠唱を始めようとして……気付く。

 なるほど、なかなか嫌らしい。


「イコル、試しただろ?」


 道化師の表情は仮面の下だ、伺えるわけがない。

 そもそもNPCなのだから感情があるわけも、読めるわけもないのだが。

 あの仮面の下にはニヤけた笑みが浮かんでいるのではないか……そう思ってしまう程に悪戯が過ぎていた。

 なんてことは無い、俺のMPがまだ回復していないからだ。


「いえいえ、試したわけではありません。

 MPの回復は所持品にアイテムを用意していますので、そちらでお願いします。

 アイテム使用のレクチャーを兼ねていただけですよ」


 言い訳がましく聞こえる言葉を受けながら、システムメニューを操作してアイテムをオブジェクト化させる。

 左手の手のひらに緑の光が収束し、液体の入った小瓶が生成された。

 蓋はすでに空いているようで、ぐっと一息で飲むと風が吹き抜ける様な感覚と共にステータス表示のMPが一気に全回復する。

 気を取り直し、新しくなった呪文を詠唱する。


「≪ファン・ソー・ダ・ガーレ・ルス・アータ≫」


 先ほどと同じく杖の先端から燃え盛る火が渦巻き、猛々しい大剣を生成する。

 視界の端に浮かべておいたステータス表示を確認すると、MPを大きく消費しているがそれ以上は減少していないようだった。

 しばらくそのまま眺めていたが、先ほどのように勝手に消えたりはしないようだ。

 試しに剣を素振りしてみるが変化は無い。

 ならばと人形を斬りつけてみる。

 火矢の呪文よりもさらに激しく、今度は人形を剣が包み込むように火が燃え移っていった。

 火の爆ぜる音と、儚く舞い散る火の粉を残して剣は再び消失していた。

 自分の中で一つの予想を立てイコルに問いかける。


「使用回数を限定して使い勝手を良くしたのか?」


「はい、その通りです。

 最後に追加された呪文が魔法の性質を変え、効果を限定することで無駄な魔力の消費を防いだという仕組みですね。

 このように、魔法は呪文を組み立てることで改良することができるシステムを予定しています。

 同じやり方で、魔法陣も記号の組み合わせで性質を変化させることができます。

 まだ詳しい仕様などは決まっておりませんが、是非βテストでは様々な魔法をプレイヤーのみなさんで開発してみてください」


 このシステムを面白いと捉えるか、面倒と捉えるかは人それぞれだろう。

 自分は間違いなく前者だ。

 呪文を適切に組み立てることで状況に即した性能を発揮させる。

 知的な魔法職としてこれ以上に楽しいことはないだろう。

 呪文は魔法リストを開くことで確認できるし、万が一ど忘れしても大丈夫と言うことか。

 ぞくりとするものを感じながら、魔法を自在に操る自分の未来の姿を夢想する。

 中二病と呼ばれても仕方がないが、こんなに楽しそうなことは抑えられるものじゃない。

 カツキが少し恨めしそうにこちらを見ていた。


「なぁ、近接職にも魔法みたいな面白ギミックは無いのかよ!」


 不満をイコルにぶつけるカツキ。

 その発言をどこか待っていましたという風に受け止めながら彼は語り始める。


「スキルも魔法と同じようにユーザーカスタマイズできるようになります。

 例えば、Aというスキルを元に改造スキルを作ったり、複数のスキルを組み合わせてオリジナルの奥義を生み出したりできます」


「奥義!」


「また、スキルは魔法と比べてもかなり数多く用意していますので、中には特定の条件を達成しなければ習得できない隠しスキルも存在します。

 戦闘を多く経験したプレイヤーほど多くの技を獲得し、習得した技の数がそのまま開発できるオリジナルのスキルの強さになっていくわけですね」


 バトルジャンキーは是非近接をやってくれという事だろう。

 魔法のカスタマイズ性は方程式で、スキルの開発はパズル系なのだろう。

 早速、基本スキルとカスタムスキルを体感させてもらっているカツキ。

 大剣の豪快な横薙ぎの一振り、その軌跡を光が描き出していた。

 続くカスタムスキルでは剣の軌跡に遅れて地面を走るように突風が巻き起こっていた。

 受け止めても躱しても、あの強風に煽られれば体勢を崩してしまいかねないだろう。

 なるほど、なかなか厄介なスキルかもしれない。

 味方に使い手が居ればこころ強いが、敵に使われれば非常に苦戦を強いられそうだ。

 逆に言えば、あれはカスタムスキルなので使用できるプレイヤーや敵などは序盤はあまり居ないのかもしれない。

 シノブもカツキと同じく、下からの素早い切り返しをするスキルと、そのカスタムスキルで突風を巻き上げるスキルを教わっている。

 前言撤回、意外と基本的なカスタマイズなのかもしれない。

 何にせよ、魔法職が杖一本であの鋭い一閃を受け止められる気がしないので、カスタムスキルの有無はあまり大勢には影響しないんじゃなかろうか。

 やはり基本は後衛に徹することだよな。

 近寄られたら負けだと思っているくらいで丁度良いはずだ。


 αテストは三日ほどで終わった。

 少し短くも感じたが、それほどやれることが多いわけでもないので丁度良いぐらいだろう。

 それでも俺たちの関心を惹きつけるには十分だった。

 ほどなくしてβテスト優待権利を贈呈したことと、αテストへの参加とモニター意見の提出を感謝する旨を記載したメールが届いた。

 逸る気持ちを抑えつつ、万全の状態で挑むために本気で勉強を始める。

 苦手な科目はシノブにも手伝ってもらい、テストに臨む準備は万全に整ったと言えるだろう。

 カツキは予想外に部活の方が忙しくなったらしく、嬉しい悲鳴を上げていた。

 勉強する時間がなくてテストに響かないか心配だと言っていたが、いつも通りの調子だったのできっと問題は無いのだろう。

 俺のクローズドβテストへの熱意がそのまま気温にも表れているかのようだった。

 青空に浮かぶ大きな入道雲が、今年は例年よりも一足早く暑い夏が近づいていると告げていた。

次回からクローズドβテスト編。

ようやく本編の開始です。

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