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Act.07「Crafter's Revolution」#4



 生産職の本気は凄まじいものがあった。

 いや、正確にはクローズドβテストに参加している廃人たちと言うべきか。

 翌日学校を終えてログインした時には、既に攻略状況が一変していた。

 新たな装備が市場を賑わし、活気あふれるやり取りは店外まで響いていた。

 各種のドロップ素材も盛んにやり取りされており、まるでバザーの中に降り立ったかのようだった。

 その変貌ぶりに圧倒されながらも街中を見物していると、唐突に呼び出しがかかる。

 ヴェルンドの親父からのコールだ。

 冒険者カードを取り出し、呼び出しに出るとバカでかい声で親父が叫んでいた。


「――っやろぉ! 温度は常に一定を保て!

 って、おう出たか! お前もすぐに工房に来い!」


「藪から棒に急にどうしたんだよ親父?」


「お前、こうなること分かってやがっただろ!?」


「……何の話だよ?」


「しらばっくれるんじゃねぇ! ドロップ装備よりも強い武器が出来るってんだったら、そりゃ目の色変えて飛びついてくる奴がわんさといるわけだ!

 おかしいと思ったんだよ!

 くそっ、それもこれもあの時のお前の反応が悪い!

 いかにも平然とした表情をしていたから、あいつよりも性能のいい武器を見慣れていると……」


 俺はそんな表情をしていただろうか?

 鏡を見ながら喋っていたわけじゃないので自信は無いが、それなりに驚いていたと思うぞ。


「で、何で俺が手伝いを?」


「人手が足りねぇんだよ! とにかく数が居るんだ!

 何でも手伝うって言っただろうが! 早く来やがれ!」


 そんなこと言っただろうか?

 言ったような気がしなくもないが……まぁ、鍛冶にも興味はあるし、予定も無いので別にいいか。


「分かった、行くよ」


「おう、四十秒で支度しな!」


 流石に武器屋までここから走っても五分は掛かると思う。


「善処するよ」


 そう答えて通話を終了させる。

 活気に溢れた街は俺の悩みなんてあっと言う間に吹き飛ばしてしまった。

 急かされるように町を駆け抜け、俺は鍛冶場で怒鳴る親父が紹介した武器屋のNPCからスキルを叩き込まれ、親父の手足となって延々と鉱石をインゴットに精製していく。

 高波のように怒涛の勢いで押し寄せる忙しさと熱気が、何かで悩んでいた事すらも忘れさせてくれた。

 黙々と装備作りの手伝いをするうちに、俺の鍛冶スキルも限界まで解放されたのだった。




 それからの毎日は激動の日々だった。

 システム面では大きな変化があり、スキルポイントが採用された。

 これはレベルが無く、強さの基準が不透明だったことを不満に思っていたテスターからのフィードバックによって実装された。

 問題の直接的な解決になるものではなかったが、専門に特化したいと考えていたユーザーには受け入れられ、以前のスキル入手条件が不明瞭だった時よりも、ポイントで入手できると言うのが理解しやすいと好評だった。

 従来通りの行動やクエストによって入手するスキルも存在するが、スキルのリスト化とポイント入手が可能になったことで、プレイヤーの目指すキャラクター作成に貢献できるならと、開発側も納得してのリリースとなったようだ。


 次に魔法。

 従来は直接操作できる一部のプレイヤー以外は、仮想パネルを操作して魔法の発動を始めていたのだが、杖を強く握るだけで魔法の発動準備を開始するように改良された。

 これは俺を含む数名のアイデアで、魔法の発動媒体をしっかりと握りしめることで発動の意思を示し、それをきっかけに詠唱を開始すれば直接操作無しでもシームレスに魔法を扱えるようになると言う、画期的なシステムとなる。

 現に、戦士優遇と言われて数が減少していた魔法使いの数が、この感圧起動の実装によって若干増えているらしい。

 また、何らかの事情で詠唱できないプレイヤー向けに、タッチパネルによるタイピング入力で詠唱をすることで魔法を発動できるようになった。

 無音で詠唱できるのは大きなアドバンテージになるのでは、と一部の戦術研究チームが沸き立ったが、タイピング入力は本来の出力の八割程度でしか発動しないそうだ。

 あくまで詠唱魔法を無理やり発動させることができるシステムであり、その代償としてゲームバランスを整える為に威力が損なわれるのだと開発側は言っていた。

 恥ずかしいからや、VR環境への適性的に発声が難しい人は、詠唱が不要な魔法を選んで使うか、威力が減ることを受け入れたうえでタイピングシステムを使ってほしいとのことだ。

 まぁ、この辺は対人戦を想定している以上、メリットとデメリットを作るのは必要な措置だろう。

 実際、八割程度と言っても常に同じ出力で魔法が使えると考えれば悪いシステムじゃない。

 音声詠唱の場合、下手に魔力量を増やしても燃費がかさむだけで、結果が変わらないなんてことは良くある話だ。

 常に一定の効率で魔法を打てる方が良い、と言う結論が戦術研究チームからも報告が上がっているので、単純に威力だけしか見ていないのは早計過ぎるだろう。


 逆に、音声を使う新たな魔法として詩魔法が実装されている。

 よくある吟遊詩人とか、その手の方向性の魔法だ。

 歌が聞こえる範囲の味方に影響を与える音の魔法で、ステータスの強化をはじめとした場を整える方向性の魔法が多い。

 面白いのは歌が上手くても下手でも効果は発揮するということだ。

 歌の上手い下手で差別されないだけ良いとも言えるが、下手な歌を聞かされて戦力強化されるという何とも言えない状況になることもあるらしい。

 俺たちのパーティにいるアリエルさんが最初に詩魔法を発見し、習得している。

 アリエルさんは嬉しいことに歌が上手く、その優しく透き通る歌声でステータスが強化されると言うのは、何とも勇壮な感じもして気合も乗るのだ。

 荒々しい戦場が詩魔法の登場で、一瞬にして舞台の上で披露されている英雄物語の一幕に変じたかのような、その出演者になったかのような錯覚を覚えるほど劇的な変化だった。

 逆に、歌の下手な詩魔法の使い手が居るパーティの戦いを見た時は、コメディでも見ているような笑いが自然と込み上げてしまうのだが、それも無理は無い話だろう。


 あとは奥義開発のシステムか。

 スキルがポイント割り振りになったことで、奥義の開発が可能になった。

 奥義開発とは、既存のスキルを発展させたり、強化させたりとカスタマイズできる機能だ。

 例えば、戦士系の冒険者ならば攻撃系スキルを強化して破壊力に特化した必殺技を作ることが可能だ。

 魔法使い系ならば、オリジナルの魔法が作れる。

 例えば、同時に生成する火矢の数を増やした≪火矢の呪文≫などを作れるのだ。

 これは奥義開発にスキルポイントを注ぎ込むことで拡張性が増していく。

 様々なスキルを取得して多芸な冒険者になるか、一点集中で必殺技を身につけるかなど、様々な育成スタイルが可能になったことで、みんな嬉々としてスキルを弄っていた。

 クローズドβテスト中は様々な組み合わせが楽しめる様にと、スキルのリセットを無制限に開放してくれている。

 その為、気に入る組み合わせが見つかるまでスキルを弄ることができた。

 大体のプレイヤーがこの奥義開発システムにスキルポイントを注ぎ込んでいるらしい。

 威力や範囲の向上などから、硬直の軽減や特殊効果の付与まで出来るそうで、各々が目指す独自のスキル体系を作ろうとしているらしい。

 漫画やアニメの好きなキャラクターの模倣を出来るかもしれないとあれば、それは熱も入ると言うものか。

 意外とアカツキは身体能力などの基礎ステータス向上系のスキルに振っているようで、むしろ熱心に奥義でスキル開発しているのはビゼンなのだとか。

 廃墟エルゴンでの攻略から、連続攻撃に目覚めたのか積極的に腕を磨いている彼女は、いまやボルドーやアカツキと並んで最前線に立つ頼もしい戦力だ。

 ぶっちゃけ、最大瞬間火力では他の追随を許さない勢いがある。

 その秘密は通常のスキルを組み合わせた連続攻撃と、奥義開発で作ったオリジナルのスキルによる高速高火力の連撃による二本柱からだ。

 本人は速さと手数に特化して腕を磨き、優秀な武器が火力の根底を支えると言うスタンスだ。

 いつの間に練習したのか、最近では状況に応じて居合、一刀流、二刀流と変幻自在なスタイルで戦うスピードファイターへと昇華していた。

 もう接近戦では俺も勝てない。

 一度、身体能力に劣るマギエルじゃなく、同じ見た目で作ったダンクェールで試合を挑んだのだが、想像以上に手強くて腕を一本もぎ取られてしまった。

 あの頃よりも数段強くなっているのだから恐ろしいやら頼もしいやら。

 最近、ボルドーやマグナがビゼンを見る目が物騒なのも気を付けたいポイントだ。

 戦闘狂に目を付けられるとは可哀想な話だ。


 他にも、細々とした修正はあったが全部を上げるには膨大な量があるので割愛しておこう。

 修正、調整によってよりゲームらしくもなったし、より快適に遊べるようになったとも言える。

 ただ、根幹としては変わっていない。

 相変わらず他人のステータスは簡単に見られないし、敵のステータスについても同じだ。

 敵のステータスを見る分にはスキルポイントを割り振って魔眼を習得する必要があるが、コストが重く、見れる情報も名前とHPくらいなもので、あまり流行ってはいない。

 何故なら、既にテストを長くプレイしてきたプレイヤー達は敵の残りHPや状態を見た目から判断することに慣れてしまっていたからだ。

 あると便利なのだが、それに大半のポイントを注ぎ込む価値があるのかどうか怪しいというのがプレイヤーの殆どの意見なのだ。

 俺もそう思うが、魔眼自体は習得していた。

 別の系統の魔眼で、『鑑定眼』と言う。

 こちらは敵のHPは分からないが名前は分かる。

 主にはアイテムの品質や名前、効果などが見ただけで判別できる……事があると言うものだ。

 絶対ではないのがミソだな。

 一度手にしたアイテムについては効果が高いようだ。

 これは俺だけじゃなく、生産系のスキルを育てている人には習得している人が多いことから、取得アイテム量などが関係あるスキルだと思われる。

 まぁ、気が向いたら魔眼にスキルポイントを試しに振ってみても良いかもしれないな。

 このゲームの良いところは全てが未鑑定だということもあると思っている。

 敵の名前も強さも分からないからこそ、緊張感が生まれる。

 同じ見た目でも違う攻撃方法を持っている敵や、HPが僅かになっても強さがブレない強敵など、そういう存在がいることは冒険のスパイスになるのだ。


 クローズドβテスト最終日が近付くにつれて、活気は減るどころか増す一方だった。

 冒険者全体のステータスも大幅に強化され、纏う装備の質も格段に良くなった。

 生産職も活き活きとしていて、PvPも盛んに行われていた。

 解放されたエリア全てを踏破したプレイヤーにより完全な地図が作られ、発見された総勢五十にも及んだダンジョンも全てが攻略された。

 いよいよ数時間後、このあっという間だったクローズドβテストの期間が終わる。

 あまりにも充実した日々だった。

 今まで過ごしてきたどんなVRゲームよりも、何倍も密度が濃い時間だったと思う。

 明日からこの世界でしばらく遊べなくなることを、どれだけのプレイヤーが残念に思っているだろうか。


「おーい、罠のチェックはまだかー?」


「……あぁ、大丈夫だ! 問題ない!」


 マグナの声に我に返り、チェックを終わらせる。

 今はいつものメンバーで第五十ダンジョン『絶望の坑道』の攻略を進めていた。

 攻略と言っても、ボスは既に倒していてあとは罠を回避しつつお宝を入手するだけだ。

 最後に発見されたこのダンジョンだが、文字通り最終ダンジョンと呼ぶに相応しい難易度だったと思う。

 それでも楽勝ムードが漂うこのメンバーは、やはりポテンシャルがずば抜けているのだろう。

 すっかりビゼンも馴染んでいるあたり、やはり彼女は天才なんだと再認識する。

 まぁ、才能が全てという意味ではなく、リアルでの剣術の腕が遺憾無く発揮されていると言うべきだろうか。

 本人曰く、VRゲームを始めたことで現実での腕も上がったと言うのだが、はてさて……まるで卵が先かニワトリが先かみたいな話だが、彼女がそう言うのだから、間違いは無いのだと思う。

 例えこの世界が仮想現実と言う偽りの世界だとしても、そこで体験することは紛れも無く現実に起きた出来事なのだから。

 ……そう思うと、いつもの昏い感情が沸々と浮かび上がってくる。

 あの日以来、彼女とは少し疎遠になっていた。

 いや、疎遠と言うのは間違いだ。

 余所余所しくなったと言うか……お互いに壁を隔ててしまっている印象だろうか。

 表面上、関係性に変化は無い。

 と言っても、変化が生まれる程深い関係でも無かったとは思う。

 それでもどこか一歩を踏み込めないような、近寄れないような雰囲気が漂っていた。

 結局、そのままの状態をずるずると引き摺ってしまい、俺は今もこうしてそのことを……何度も思い出してしまうのだ。

 そもそも、何故俺は頑なに否定をしてしまったのか。

 漫画やアニメで好きなキャラクターぐらいいるし、オタク仲間と俺の嫁は○○だと言い合ったりしたことも無くはない。

 本気でぞっこんになって、一生を添い遂げたいと思う程に傾倒してしまうことは当然ながら無かったのだが、普通に好きや嫌いと言えるくらいの度量は持ち合わせていたはずだ。

 なのに、何故か彼女の事に関しては妙に胸がざわつくと言うか、焦りの様な、不安の様な、形容のしがたい感情が胸に芽生えてしまうのだ。

 それも、まるでその先に何か悪い予感がして、必死で俺を引き留めている様な……そんな意識すら感じていた。

 時間があれば、そのことについて考えてしまっていたが、結局答えは何も出なかった。


 ……もしかしたらと思う事はある。

 この世界のNPC全てに言えることだが、妙に人間臭いと言うか、自然な対話が当然のように成り立つのだ。

 それが、逆に俺に違和感を訴えているように思う。

 今までのどのVRMMOと比べても『Armageddon Online』のNPCの反応は革新的な進化と言っても過言じゃないくらいだ。

 開発者の努力の結晶なのだろうが、あまりにも良く出来過ぎているそれに恐怖を感じているのかもしれない。

 ロボットや人形が人間に似せて作られると『不気味の谷』と呼ばれる現象にぶつかるという。

 とても良く人間に似せているのだが、どこかで些細な違和感を感じてしまい、それが本能的とも言える深い部分で恐怖を促す。

 今回の場合はそれを更に通り過ぎた先にあるように思う。

 あるはずだと聞いていた『不気味の谷』を、いつの間にか通り過ぎてしまっていた。

 はたして、ここにいるのは本当に人間じゃない何かなのだろうか、と。

 ……自分でも何を言っているのか今一つ分からなくなってきたが、彼らは間違いなくNPCのはずだ。

 異世界の住人全てを人力で操作することなんて不可能だろう。

 人件費も馬鹿に出来ないし、どれだけ徹底しても世界観を壊しかねない齟齬が発生するはずだ。

 現実的なプランじゃない。

 なのに、彼ら……彼女の存在感や反応が、どうしても気になってしまう。

 いや、正確には彼女一人で十分なのだ。

 俺と初めて会話した時から、彼女は何かが変だった。

 今にして思えば、まるで彼女は最初から俺を知っていたんじゃないかとさえ思える。

 あの時の彼女の顔は、付き合いが長くなった今だからこそ理解できる気がした。

 彼女はあの時、舞い上がっていた……ように思う。


「ジーン! ここら辺に罠は無いかー?」


「えーっと……多分、あるな。 ちょっと待ってくれ」


 何故彼女は舞い上がっていたんだろうか。

 考えるまでも無い、それは俺に会えたからだ。

 でも、何故彼女は俺に会えたことが嬉しかったんだ?

 少なくとも俺は初対面だったはずだ。

 では、彼女の中の人が俺と面識がある……いや、それも根拠が薄い。

 そもそも、アバターを見ただけで中身が誰であるかを推測するのはあり得ない話だろう。

 確かに俺は生身と近しいアバターだが、別段アイドルや俳優に似ている訳でも、ルックスに秀でているわけでも無い俺に、それこそ興味を覚えるような人はいないはずだ。


「どうだー?」


「もう少し待ってくれ……これだな」


 だが、彼女は俺に会ったことがある?

 前後関係が全く繋がらないし、考える程に矛盾しかない予想なのに……何故か俺の胸の中ではストンとはまっている。

 直感的に、それが正解だと思っている。

 俺が他人に興味を持たれるとか在り得ないだろう。

 自惚れの入った予測なんて自分自身が嫌うような内容だったはずだ。


「ちょっと離れてくれ……よっ」


「うぉわぁ!? 爆弾で罠ごと吹き飛ばしたのか……ん、この先の通路は攻略情報には無かったな……」


「ひょっとすると、未踏破エリア……か?」


「おいおい、いいじゃんいいじゃん! さっすがジンだぜ!」


「ん、あー、じゃあ先導してみよう。 ビゼン、マーレ、敵の気配を警戒しておいてくれ」


「了解」


「分かったわ」


 答えを出すにはピースが足りないな。

 一先ず、彼女は俺を知っていたと言う前提で話を進めてみよう。

 彼女は俺に出合い、俺を導いてくれていたことになる。

 俺の為に、コイツを作ってもくれた。

 俺はローブの上からジャケットの内側に仕込んでおいた小瓶に触れた。

 硬質な感覚が指先に伝わり、中から液体の揺れる感触が返ってくる。

 この指先の微細な感触すらも、従来のVRゲームでは再現し得ない精度だった。

 VRゲーム史においても、これだけの技術が一度に変革を遂げたことは無かったはずだが……まぁ、それは今は置いておこう。

 彼女は俺にコレを託し、秘密にしろと言っていた。

 必要になるとも……まるで、この先に何が起こるのかを知っているかのように。

 という事は、彼女は俺のことだけじゃなく、この先に何があるのかも知っていることになる。

 彼女がそれだけ多くの事を知っているとすれば、運営や開発側の人間だと考えるのが筋だが……その場合、あれだけの変な言動や、そもそも最初にGMコールでGMに対応してもらった時になんらかの措置を取られるはずだ。

 そうでなければ、GMすらも巻き込んだ壮大な茶番になる。

 俺個人を騙すのに、そんな茶番が必要なのだろうか。

 ……茶番、茶番か。

 もし、これが何らかの意図を持って仕組まれている、シナリオのある劇なのだとしたら。


「――解除した」


「本当、魔法系は詠唱魔法から魔法陣、果ては召喚魔法までマスターしておいて、システムサポート抜きで罠の探知と解除ができるとか……ジンも大概チートだよな」


 劇だとしたら、冒険者……プレイヤーが役者なのか観客なのかで大きく方向性が異なるな。

 VRゲームをト書きだけの即興劇だとすれば、やはりプレイヤーは役者だろう。

 では、観客は別に用意されているという事になるかもしれない。


「アカツキ、お前は何かあいつの秘密しらないか? 仲が良いんだろ?」


「ジンはVRゲームを本当に色々とやってますからねー。 そして、大抵のゲームをそつなく熟してしまうんですけど、何故か極めちゃうと次のゲームへ移っちゃうんですよね」


 観客は開発になるのか?

 いや、多分開発は大道具や照明などの舞台の裏方のはずだ。

 観客がプレイヤーでも開発でも無いとすれば、他に誰が居るのだろうか。


「ボルドーさんも薄々気づいてると思うんですけど、ジンは膨大な経験値の塊が人間の皮を着て歩いてるような存在ですから。

 今も昔やってたハクスラ系のVRゲームで盗賊をやって培った技術を使ってますね」


「……VRゲームでハクスラ系、しかもリアルスキル頼りってことは……そのタイトルってもしかして」


 もしかして、他に誰かが居るのか!

 とすれば、彼らを楽しませる為に色々と派手なことを劇に仕込むのかもしれない。


「アルティマオンラインか!」


「お、流石ボルドーさん!」


「マジかよ!? あんなマゾゲーの、しかも盗賊とか……どんなゲーム人生歩んでんだよ」


「アルティマオンラインはとにかく強奪した方が早いですからね。 ちなみに、俺はゴリゴリの白豚プレイでした!」


「あー、俺も白豚だったわ」


「ガッハッハ! 俺様も白豚だったわ! なんだ、気が合うな!」


「白豚って名前だけ聞くと弱そうですね」


「ビゼンはVRゲー初心者だもんな! いいか、まずアルティマオンラインってのはだな――」


 派手なことと言えば丁度あるじゃないか。

 数時間後に運営からのイベントがあると告知されている。

 何かあるとすればそのタイミングだが、それは俺以外のプレイヤーも全て分かっていることだ。

 おそらく、それがこのクローズドβテスト最大の目玉であり、最もプレイヤーの人口が多くなるタイミングの筈だ。

 間違いなく何かはある。

 だがそれに、彼女が何か関係しているというのは……三流小説も良いところだ。

 普通に考えて、イベントなのだから何かはあるのだ。

 それを何かしらに結び付けて考えるというのは、如何にもありきたりな話だ。

 何でもかんでも伏線にして結び付けようと考えてしまうのは、サブカルチャーに毒され過ぎだと言っても過言じゃない。

 やめだやめだ、考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「――だから、実際には盗賊ってのは肩身が狭いだけなんだよな」


「その筈なんですけど、あいつはどうやってか盗賊なのに純粋な戦士職に勝つんですよね」


「マジで言ってんの? それだったら、名前ぐらい知られてそうだけど」


「別ゲーなら一応異名持ってますよ。 閃光のベルガモットって奴なんですけど」


 ん、アカツキが何か言ってるな。

 それはともかく、罠をまた見つけてしまった。

 意外と厳重だなこの通路。


「げぇ、もしかしてシルクロードオンラインの!?」


 懐かしい名前だ。

 貿易商人による経済を描いたVRゲームで、当時は旅行プレイヤーのメッカと呼ばれるくらいにリアルで美しい世界観が好評を得ていたゲームだ。

 別に全員が貿易するわけじゃなく、旅の武芸者や、雇われ傭兵をしているプレイヤーの方が全体的には多かったはずだ。

 あと、正確なシルクロードではなく、それをモチーフにして作られたファンタジーゲームなので、魔物なども居た普通のゲームだ。

 俺とアカツキは同じ商会の傭兵をやっていた。


「それですねー」


「マジか、正真正銘の変態じゃねぇか……」


 ボルドーさんが変態扱いとかやばいな……って、俺の話だったか?

 おいおい、俺を変態扱いとかどういうことよ。

 と言うか、あのゲームやってたのって随分前なので何をしたか覚えてないぞ?


「え、変態ってどういうこと!?」


 ビゼンがそのままの意味で捉えたな……まぁ、無理もないか。


「当時そのゲームで無限攻撃のチートが流行っててさ、対策されるまでに無数のプレイヤーがチートユーザーの前に敗れ去ったんだ。

 対策されるまでに一日を要したんだが、その間にたった一人だけチートユーザーを打ち破った凄腕の剣士が居たんだ」


 ……そんなこともあったような、無かったような。

 アカツキの説明が他人事にしか思えない。


「その驚異的な剣捌きにチートを疑われたが、正式な検証の結果チートを使っていなかったと判明して一時期騒然となったんだよ」


 ボルドーがそう補足する。

 んー、言われてみれば騒がれたことがあったような、無かったような。


「ジン曰く、あのチートはスキルをノータイムで出してるだけだから、それに勝てるスキルを使うか、いっそスキルを使わずに攻撃してれば楽に勝てるとか言ってましたけどね」


 それは言った覚えがある。

 つまり、俺はどうやらチート野郎をぶちのめしたことがあるらしい。

 確かに、ジン・ベルガモットという名前でプレイしていた覚えがあるな。


「……お前それ出来た?」


「あっはっは、出来るわけないじゃないですか! 変態じゃあるまいし!」


 マグナが訝しむようにアカツキに尋ねると、彼はあっけらかんと笑いながら答えた。

 つーか、お前も変態扱いするのか。


「という意味での変態って意味だ」


 ボルドーまで!


「……あのさ、俺の居ないところで俺の話題で盛り上がるの止めない?

 しかも変態扱いって酷いだろ!」


「いや、チート使う相手に勝てる奴が言っても説得力無いわ」


「おまけに盗賊マゾプレイしてるし」


「いやいや、マゾじゃないですよ!」


「……手を抜かれてたのかなぁ」


 不貞腐れる様にビゼンが言うが、そんな汚い真似はしない。

 俺はいつだって真剣に取り組んでいる。

 そのことをちゃんと伝えて誤解を解かなければ!


「それはない、むしろビゼンの方がよっぽど強い。 つまり、ビゼンが真の変態」


 という事になる。

 完璧な論理展開だ、矛盾は無いな。


「ちょ、私に擦り付けるのやめてよ!」


 わいわいと騒ぎながら、そのままVRゲームの過去話に花を咲かせる一行。

 俺はと言うと、再び見つけた罠に四苦八苦している。

 今までは小手調べだったのか、この罠は急激に難易度が上昇していた。

 いつの間にか生えていた罠解除スキルによってサポートしつつ、慎重に罠を無力化していく。

 ……そうだ、俺はいつだって真剣に取り組んでいたはずだ。

 チートを使うような相手にだって正々堂々と挑んでいたし、職業の差も、プレイスタイルの不利も、全てあるがままに受け入れてきたじゃないか。

 なのに、彼女に対してだけ不誠実なのは……ずるいよな。

 ……俺は決めた、この攻略が終わったら彼女を話をしよう。

 俺は彼女にちゃんと謝らないといけないはずだ。

 そう、帰ったら――


 カチリ


「あ」


「「あぁ?」」


「「「うあぁー!」」」


 ドドドドドドド…………


 最後の最後で解除に失敗し、罠を起動させてしまう。

 気が緩んだ一瞬、ほんのわずかにトラップワイヤーに触れてしまった。

 それがこの大参事である。

 濁流に押し流され、かなりの距離を押し戻された。

 道中の罠を無力化しておいたのが功を奏したのか、誰一人として死亡するには至らなかったが、再び道を歩くと言う労力を支払う必要があった。

 誰も俺を責めなかったが、気もそぞろになっていた……と言うか、フラグを立ててしまった自分の不甲斐無さを反省する。


 結果としては、未知の先には宝は無く徒労に終わったと言える。

 ただ、その先にあった空間。

 そこにある巨大な建造物の姿に俺たちは息を飲んだ。

 ここは山の中腹にある洞窟をひたすらに下るダンジョンだ。

 その最下層のさらに奥に潜むように存在しているこの場所は、どれほどの深さにあるのか想像できなかった。

 目の前にあるのは高層ビルにも匹敵する巨大な二本の柱。

 そしてその間に刻まれているのは門だ。

 禍々しくも荘厳なその姿は、天国の門とも、地獄の門とも言えそうなものだった。

 細部に渡って細かな装飾が施されており、見る者を圧倒するその威容はまさに神々しさを兼ね備えていたように思う。

 これが最終日までひっそりと見つけられることも無く存在していたのが勿体ないと思える程に、深い感動を俺たちは味わっていた。

 アカツキが試しにと門を押してみたが当然開く気配は無い。

 調べてみると、完全にこの門は彫刻で作られたモニュメントのようなものだった。

 開くような構造になっていないのだから、開かないのは当然なのだ。

 それを少し残念に思いつつも、この景色を堪能した俺たちはその場を後にする。

 宝箱を回収した後、このダンジョンで入手できる転移系のアイテム――このダンジョンが攻略組に人気な理由はこの便利な帰還アイテムが手に入るからでもある――を使って町へと帰還する。

 既に町はイベントムード一色に染まっており、気の早いユーザーたちの一部で既にお祭り騒ぎが始まっていた。


 俺たちはイベント開始まで一旦解散することにしてもらった。

 各々はそれぞれの目的をもって残りの時間を使うべく、または、この祭りの雰囲気を見学するべく人混みの中に消えていった。

 俺は彼らを見送った後、一人で彼女の元へと向かった。

 その足は重いような軽い様な不思議な感覚で、心も痛むような安らぐ様な、安定しない状態だった。

 結局考えは纏まっていないし、何を話すのかも決めてはいない。

 思い出すのはあの時に違えてしまった先輩の言葉だ。

 自分に素直になる。

 俺自身、自分のことが分かっていないが……今回は出来るだけ素直になってみようと思う。

 ふと気が付けば、俺もお祭りのムードに当てられたのかもしれない。

 足取りが軽くなっていた。

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