Act.07「Crafter's Revolution」#1
生産職。
それは、ネットゲームにおける憧れの職業の一つでもあり、ゲームバランスを左右する重要なファクターでもある。
前者は、自分が作った武器や防具、道具などが他人の役に立つことが嬉しいというものから、それによって莫大な利益を稼ぐことを目的とするもの、そして、ただひたすらに最強最高のアーティファクトを己の手で創造することに意義を見出すものまで実に様々だ。
その魅力に一度でも取り付かれたら、止めるのが難しくなると言われる程の中毒性がある、噛めば噛むほど味が出るスルメの様な職業なのだ。
後者は、プレイヤーの生産装備やアイテムがどこまで有用性があるのかで、その価値が大きく影響するからである。
強力な武器防具を簡単に作り出せてしまってはレベルデザインが崩壊するし、かといってレアドロップの装備に劣る性能しか作れないならば一気に価値も減ってしまうだろう。
ネットゲームは特にインフレが起こりやすいゲームでもある。
RPGでは始まりの町で武器が百ゴールドで買えていたのに、最後の町で買える武器の値段はその百倍していたりするだろう。
それだけの額をプレイヤーがお金を稼げるようになっているという証でもあるのだが。
しかし、ネットゲームはそれに輪をかけてインフレが起こりやすい環境だ。
システム側からプレイヤーに供給される流通貨幣の量が増える一方で、プレイヤー側からシステム側に還元する貨幣はごく一部。
それによって貨幣が市場に溢れかえってしまう状況になるというのはよくある構図だ。
生産職があるゲームは更にそこに、プレイヤー間での貨幣の循環が発生する。
プレイヤー間での商売が成り立つと経済が活発に動いているように見えるのだが、実際には一方的な貨幣の流れが生まれてしまっているだけだったりする。
当然、そこにシステムが介入する機会は多くないのは仕方がないことだとも言えるが、一度流通してしまった通貨の回収が難しいというのは、ネットゲームの大きな問題点の一つだろう。
そういった要素が絡むからこそ生産職を目の敵にするプレイヤーや開発者も少なくないのだ。
暴力的な見方をすれば、インフレを引き起こすのは彼らのせいだと言えなくもないのだから。
それはそれとして、生産職は魅力的な職業だ。
やはり自分で作り出した武具やアイテムというのは、特別な感じがする人は多いはずだ。
古くから製作者の銘が入ることで特別さを演出してみたり、好きな色に変更できたりなど、付加価値を設けることでハンドメイドの良さをアピールしてきたところがある。
さて、VRMMOという長期にわたって熟成した土台の上に立つ最新のネットゲームにおける、生産職事情とは一体どうなっていると思う?
これが意外と変化が無い。
結局、生産職に対してどう接すればいいのか分からないまま時は過ぎてしまったのだ。
プレイヤーに対してどこまで門戸を広げればいいのか、どういう距離感で、どこまで許せばいいのか、どこまでがバグが少なくて済むのか、面倒な仕様を削れるのか、工数と納期……様々な問題を抱えているそれは、無数の悪徳を詰め込んだ『パンドラの箱』のような存在だからだ。
もちろん『パンドラの箱』だと言うのならば、その箱の底には一筋の希望が残っているのだが。
では『Armageddon Online』において、生産職事情はどうなっているかと言うと――
俺とビゼンはドミナの町の武器屋に来ていた。
アカツキは明日の朝練に備えて先に落ちてリアルで寝ると言っていた。
ダンジョン攻略のメンバーは打ち上げ後一旦解散となった。
次回の攻略については未定である。
気が向けば行こうぐらいの軽いノリだったし、二度目があるかどうかは分からない感じだけど。
武器屋に来ている理由は単純だ。
ダンジョンの攻略で武器が壊れたビゼンの付き添いだな。
前回ここに来た時に店売りの武器を買ってプレゼントしたわけだが、それもあってか彼女は自分一人で上手く買い物ができるか心配だったとか。
そこで、暇をしている俺に白羽の矢が立ったわけだ。
まぁ、俺は俺で別の目的があるので、同行するのに文句は無いということだ。
武器屋のラインナップは以前訪れた時よりも豊富になっている。
武器の種類自体には変わりないようだが、それぞれの最上位装備が更新されている感じだ。
早速、新しい刀を見繕ってみる。
「これなんか良いんじゃないか?」
俺は躊躇いなく最も高い一本を選ぶ。
ファンタジー世界だからとも言える、赤みを帯びた刀身が美しい刀だ。
本当にほんのりとした赤なので、遠目には普通の刀とさして違いは分からないと思うが。
刀身が照らし返す輝きの鮮やかさを見れば、何とか判別できるかもしれないな。
性能もこの場にある刀の中では紛うことなく最高の一本だ。
「いや、流石にちょっと予算が足りない……と言うか、全然足りない……」
刀の美しさには俺と一緒にテンションを上げていたビゼンだが、その金額を見た途端に顔が青ざめていた。
む、確かに俺の懐事情でも少々お高いと感じるくらいには高い。
彼女のプレイ時間やスタイルから考えると、金策はあまりしていないはずだから到底手が出る額ではないのは頷ける話だ。
「何なら、俺が出しておいてやろうか?」
「うぅ……いや、いい! 前のもジンに買ってもらったし、今回は自分の身の丈に合ったものを買います!
もしまた壊れた時に、高いのだとショックも大きいし!」
そんな考え方もあるのか。
確かに、消耗品として考えればコストパフォーマンスは重要か。
雑魚相手に名刀の耐久値を減らしても旨味は少ない。
自分の収入に見合った武器を使っていないと、いざその一本が無くなった時に武器のランクが落ちたことで、今まで通りのパフォーマンスを発揮できない……という事態になるしな。
意外と的を得た判断かもしれない。
今回のダンジョンの報酬の分け前だけで考えると、壊れてしまった刀を買うには少し足りない。
多少、手持ちから上乗せして何とか前の一本と同じものを買うのが最善かもしれない。
彼女もそのつもりなのか、唸りながら刀を眺めていた。
ランクを落とせば性能が落ちるのは当然で、系統を変えれば使い勝手も変わる。
以前は普通の反りを持った攻撃力重視の刀を使っていたから、反りの無い耐久力重視の刀を選べば破損を気にしなくて済むと言うわけだな。
ただ、手に持って何やら握って見たり、少し鞘から抜いてみたりとしていたが、反りの無い刀は何か納得が行かなかったらしい。
「感覚的な問題なんだけど、何だかしっくりこないのよね……予備として装備しておく分には良さそうだけど」
今の彼女の腰には最初に装備していたルーキー用の直剣が下げられている。
和風な格好に西洋風の直剣という組み合わせは違和感が凄い。
これがまだ軍刀風の洗練された物なら無理では無いのかもしれないが、無骨さの残るショートソードではお世辞にも似合ってるとは言い難い。
二人であーでもないこーでもないと話をしていると、一人の人物が俺たちに近づいてきた。
恰幅の良い筋肉親父こと親方だ。
武器屋にいるとたまにアドバイスをくれるNPCだ。
俺に気付いたのか、気さくな感じで声を掛けてくれた。
「何だ、今日は武器の新調か?」
「あぁ、コイツの武器が逝っちまってな……何か良いのが無いかと思って探していたんだ」
「どれ、壊れた武器はあるか?」
親父がそう言うと、ビゼンが刀を手渡す。
鞘から引き抜いてすぐに、痛々しい破損した姿が晒される。
「ほう、こいつぁまた……完全に逝っちまってるな、修理が出来ねぇ段階だ」
やっぱりダメか。
あわよくば修理が出来るかもという思いもあったのだが、それはどうやら無理なようだ。
「じゃあ、お勧めの刀を教えてくれないか、彼女の予算は……幾らだっけ?」
「全部出せば五万……ちょっとくらいかな」
予想よりはある様子。
と言うか、本当に有り金を全部出す勢いなんだろう。
侍の魂は刀とは良く言ったもので、彼女もまた心身共に侍のようだ。
俺もどちらかと言えば、武器に金を掛けるタイプなので反対意見は無い。
ターン制のRPGとかなら防具にも金を掛けるが、アクション要素のあるゲームは立ち回りでカバーすればいいと思っている。
VRゲームなんてその最たるものだしな。
「ふむ、だとするとコイツとコイツ、あとコレもそうだが……もう選ぶ際のメリットもデメリットも検討してるんだろ? それで答えが出ないってなると――」
親父が幾つか武器を手にして見せてくれるが、先ほど目を付けていたのと殆どラインナップは変わらない。
予想出来ていた親父の反応に彼女も自然と肩を落としていた。
「ですよね」
さて、どれを選んだものかと再び悩み始めそうだった俺たちの思考を、親父さんの一言が遮った。
「――いっそ、俺の生産武器を使ってみるか?」
武器屋の奥は工房になっている。
そこでは武器の修理などが出来るとは軽く聞いていたのだが……まさか、鍛冶の生産職の工房を兼ねていたとは気付かなかった。
魔法使いとしてプレイしているから武器屋に縁が遠かったのが原因だな。
そして、余りにも武器に精通しているからNPCだと思い込んでいた親父はまさかのプレイヤーだった。
彼はドワーフでヴェルンドというらしい。
伝説に語られる名工の名を借りるだけあり、今までも幾つものゲームで鍛冶師プレイ一本で遊んできた筋金入りの変態である。
「ガッハッハ! 確かに俺は変人だな!」
見た目はゴツイが性格はとても気さくな人だ。
軽い冗談を交わしつつ、俺と彼はすっかり仲良くなってしまった。
あまりにずけずけとした俺の様子に、ビゼンは逆に畏まってしまったけど。
「本当、馴れ馴れしくて申し訳ありません……」
「なーに、良いってことよ! 親しき仲にも礼儀ありとも言うが、これぐらいざっくばらんに付き合えるってのも大事だと思うぜ!
折角の出会いなんだ、その瞬間を全力で楽しまないと損だからな!」
ニッと笑う髭面の親父は、不思議と嫌味が無く愛嬌を感じる。
内面が滲み出ていると言うのだろうか、とても気の良い御仁なのだろう。
俺は更に遠慮なく踏み込んで行く。
「で、親父さんは生産職を進めてるんだよな……ぶっちゃけ、どうなの?
あんまりにも生産に関する話を聞かないから、てっきり現段階では未実装なのか、それとも話題にならない程微妙なのかと予想していたんだけど」
「生産に関してはそうだな……俺は鍛冶専門でやってるが、生産好きな馬鹿が集まる交流会みたいなのはギルドの掲示板などを通じてやっているな。
情報交換や、その場での販売などもしているぞ。
まぁ、生産をメインにやっているプレイヤーの人口はいいとこ二、三十を数えるかどうかという程度しかいないから、本当に細々としていた感じだな」
なるほど、やっぱり人口が少ないから話題になりにくかったのか。
にしても、細々としていた、か。
過去形という事は、何かしらあったのだろうか。
「今は何かが変わったのか?」
「それは見てもらった方が早いな」
そう言うと、親父は丸太の様な腕から冒険者カードを取り出して一つのアイテムを具現化する。
それは、何の変哲もないショートソードのようだ。
店売りで一番安い武器で、性能は初期装備のルーキー用より少し強い程度。
なので、あまり見向きもされていなかったはずだ。
大抵の人は最初の段階で微妙な差しかない武器を選ばずに、しっかりと安定させるために防具を購入するのがVRゲームの定石なので、それに従ってプレイをしているはずだ。
被弾しやすいVRゲームは防御力を上げるのが最も確実な強化方法だからだ。
ただ、このテストに参加している殆どのプレイヤーは腕自慢ばかりなので、初期装備のままある程度まで狩りをして、資金を溜めてから何ステップか上の性能の良い装備を購入するスタイルを取っているだろう。
俺の場合は魔法使いとして魔法を購入することが一番の強化だと考えてそう動いたしな。
差し出された剣を手に取って見る。
見た目は本当に差が無いと思う。
性能を確認するためにメニューを操作して武器のステータスウィンドウを表示し確認する。
▼ショートソード(ヴェルンド・スミス作)
分類:直剣 品質:良 STR+4 DEF+1
む、市販武器には無い項目が幾つかあるな。
徐に商品棚のショートソードを手に取りステータスを確認する。
▼ショートソード
分類:直剣 STR+3
えらく淡白だが、これが見慣れた市販武器のステータスだ。
生産武器には製作者の名前、品質の項目が追加され、ステータス補正も追加強化されている。
この数字にしてたった一ポイントの差がどれほどかと言われれば難しいが、少なくともショートソードの上位武器という見られ方をしている市販のロングソードと、親父の作ったショートソードのSTRの補正は同じであり、さらにDEFの補正まであるというのはかなり上等に思える。
段階で言えばざっくり一つ二つは上の性能と言える。
「そいつは試し打ちの一本だが、なかなかいい感じだろう?」
「確かに、生産武器の可能性を感じさせる一本だな」
少なくとも生産職がただの劣化NPCではなく、アイテムに独自の付加価値を付けることが可能な創造性を持っていることが分かった。
ゲームによっては、単純にNPCが販売している高額な市販武器を安価に市場に供給するだけという面白味のない生産システムのものも多いのだ。
市販武器よりも強い武器を作れると言うのは、それだけで大きな魅力と言えるだろう。
「実はな、PvP解禁前はそれこそ市販武器と変わらない性能の武器しか作れなかったんだが、テスト段階の開放が進んだことで生産関係も劇的に変化しててな……レシピの追加を始めとして、色々と制限されていた要素が盛り込まれたんだ」
「なるほどな……で、親父は刀を打てるのか?」
「おう、元々あったレシピは全部覚えてたからな!
追加されたレシピの習得もそれなりに進んでいる所だ。
丁度、経験を積む為にも武器を生産しようと思っていたところだからな、いい機会だと思って提案してみたんだがどうだ?」
「確かに、悪くない話だな」
「だろ? 生産しようにも素材の購入費用がカツカツでな……すまんが、盛大にぼったくるぞ」
「はは、勘弁してくれよ」
「……えっと、作ってもらう流れで良いのよね?」
俺と親父の間でトントンと話が進んでいたので忘れていたが、武器の購入を検討しているのは俺じゃなくて彼女だった。
まぁ、いいか。
「おう、作って貰おうと思う」
「分かったわ、宜しくお願いします」
文句の一つも言われるかと思ったが、案外あっさりと話は決まってしまった。
歯切れのいい彼女の言葉に、親父も大きく頷いて見せた。
「よっしゃ、それじゃサクッと名刀を仕上げてやらぁ!」
親父の中では既に名刀が出来上がることが確定しているようだ。
まぁ、俺も期待はしている。
ここはひとつ、親父の腕に期待をするとしよう。
工房のこの一画が親父の作業場だ。
別にこの工房で貸し出しているスペースは全てフリーで予約制なども特に無いのだが、暇さえあれば一日中工房に籠っている親父は常連過ぎて、いつの間にかこの一角は親父のテリトリーだという認識が他のプレイヤー、果てはNPCにまで認知されているらしい。
熱と汗で噎せ返る様な工房内においても、ドワーフの低い身長をものともしない確固とした存在感を放っていた。
親しみをもって親方とか親父と呼ばれているあたり、やはり彼は頼りになる存在なのだろう。
あとは腕の方だが、それもこの慕われ方だと心配はなさそうだ。
今も待ち構えていた一人にあれこれと指南している。
「そうだ、丁度いい。 リーリア、そのままサポートに入れ!」
「え、いいんですか!?」
「未来のお得意様に最高の一本を打つ! 鍛冶組が今持っている技術の全てを注ぎ込むぞ!」
「はい、親方!」
指南を受けていたリーリアはそのまま親父の後に付いて作業場に入る。
どうやら、複数人で一本の武器を作ったり出来るようだ。
実際の鍛冶場などでも相槌を打つという言葉がある様に、複数人で作業をするのは珍しくなかったようだし、珍しいシステムとは言っても変な感じはしないな。
むしろ、共同で作業をするメリットや手順など、システム的な補正がどうなるのかが気になる。
生産系には興味あるから、βテスト期間中に一通り齧っておくのも悪くないかもしれないな。
「さて、改めて自己紹介しよう。 俺の名前はヴェルンド・スミス。
ドワーフで鍛冶屋をやってるしがない冒険者だ」
「私はリーリア・コッペと言います! エルヴですが一流の鍛冶屋を目指して、ヴェルンド親方に日々鍛えてもらっています!」
「ま、そんな感じだ。 人に教えられる程に理解してるわけじゃないが、慕われるってのは悪くねぇからな!」
快活に笑う親父に釣られて、リーリアもはにかみながら笑っていた。
笑顔の溢れる職場、いい雰囲気じゃないか。
ファンタジーだと仲の悪いドワーフとエルフ――この世界ではエルヴか――だが、こうして中の良さそうなカットを見れるのも一つの楽しみだと思う。
リーリアはエルヴにしては小柄な様子だが、それでも親父よりも身長が高いので、見ていて自然と頬が緩んでしまいそうになる組み合わせだったりする。
ただ、リーリアさんは小柄ながらモデルさながらの整ったプロポーションをしていて、何だかエルヴってずるい種族だよなと思ってしまう。
鍛冶作業用の分厚くて無骨なオーバーオールを着込んでいるものの、隠しきれていないわがままなボディラインの主張が中々にグッとくるものがある。
隣から研ぎ澄まされた刃で突きされたかの様な鋭い視線を感じるが、気付いていないことにしておこう。
「嬢ちゃんはどういう武器が良い? 生産装備はある程度の方向性を絞れるからな、より性能を特化させることができる」
親父の言葉にしばらく迷っていたビゼンだったが、しばらくして答えを決めた。
「攻撃力を第一に、出来るだけ耐久力のある刀……って、出来ますか?」
遠慮のない彼女の言葉に、親父は少し目を丸く見開いた後、愉快そうに大きな声を上げる。
「はっはっは、そりゃそうだ! 任せておけ、簡単に折れるような鈍は打たねぇって約束するぜ!」
「はい、任せてください!」
リーリアも気持ちのいい相槌を打つ。
「お願いします!」
ビゼンも深く腰を折って頭を下げる。
その時に勢いよく跳ねたポニーテールが俺の顔を打ったのは偶然だと思いたい。
武器の生産はまず素材を選ぶところから始まる。
素材によって加工方法や、要求されるスキルなどが変化するのだとか。
今回は最高の一本と言うだけあって、親父が扱える中で最大のポテンシャルを秘めているパラミデン鉱石を使うそうだ。
パラミデン鉱石は複数の金属を含有している鉱石なのだが、それ自体が合金になっているようなもので、非常に加工が難しい鉱石なのだとか。
親父もついさっき、武器屋で悩んでいる俺たちを見つける前に利用できるようになったばかりの、まさに鍛冶業界最新の素材らしい。
パラミデン鉱石で作られた武器がこちらだ。
▼果物ナイフ(ヴェルンド・スミス作)
分類:短剣 STR+6 DEF+2
刃渡り十センチ程度のこの小さなナイフが、ショートソードの倍以上の威力を秘めているというのだから驚きである。
確かに、ゲームなのだからステータスに優れた変わり種の武器とか触ってきたが、ここまで素材の性能による差が顕著なのは意外なところだと思う。
果物ナイフを作った理由は生成できたパラミデン鋼の量が微量だったからだとか。
親父はパラミデン鉱石を精製しつつ、ざっくりと生産のシステムを教えてくれた。
「基本的にはレシピがあって、そいつを選択して生産を開始すれば素材の生成から完成まで自動で体が動いてくれる。
ただ、そうやって作った生産アイテムは市販品と性能に変わりはない。
しかし、何度かそうして経験を積むことで、スキルを覚えると話が変わってくる。
自動生産の途中でスキルを使ったアクション……まぁ、ミニゲームみたいな感覚で作業のクオリティを高めることが出来るようになる。
すると、完成時にちょっと性能が良くなったりするわけだ」
なるほど。
VRゲーム特有のシステムアシストでアバターを動かしてくれるので、そういう知識が無くても生産を気軽に楽しめるようだ。
もちろん、勝手にアバターを動かされているだけというのもつまらない、そこで生産を続けていくにつれスキルを覚えて、だんだんと自動生産からマニュアル生産へと切り替わっていくわけだ。
ある種のチュートリアル要素だな。
「一通りのスキルを覚えてからが本当の生産職の開始だ。
既存の手順を改良してもいいし、すっ飛ばしても良い……かなり自由な発想で生産が出来る。
基本としては、レシピを選んで、素材を選んで、スキルを使って仕上げるのは変わりがない。
例えば、全身鎧を作るとしよう。
レシピから全身鎧を選んで、素材を用意して生産を行う。
ここで面白いのは、延々と肩のパーツだけ作ることも可能ってことだ。
肩パッド専門の鍛冶師にもなれるわけだな」
絵面としてはかなり面白い。
「実は、レシピってのも大まかな設計図に過ぎない。
パーツが欠けていても、完成だと製作者が決めた時点で能力の評価がされる。
変な話だが、胸当てだけしかない全身鎧なんてものも作れる」
確かに変な話だ。
「ようはアレだな、レシピってのは練習用のテキストやイメージ図みたいなもので、実際の完成品にはそういった制限は特に設けられて無いんだ。
生産者が作りたいイメージを元に、既存のパーツを様々に組み合わせることが出来るってんで自由度は見た目以上に高い。
まだ知名度や熟練度が低いからお披露目は出来てないが、そろそろカスタマイズされた鎧なども市場に流せるんじゃないかと思ってる。
問題は――」
「開発資金、か」
俺の先回りした答えに、親父は大きく頷く。
「そうなんだよ。
今はまだ生産職の存在自体があまり知られてない……例のPvP騒ぎやエリアの拡大で興味が対人戦に向いているってのも要因の一つだ。
こればっかりは、俺たちにはどうしようもできねぇ」
「それなら、何とかなるかもしれないな」
「お、なんだ? 何か心当たりでもあるのか!」
「エリア解放で追加された新規ダンジョンはかなり難易度が高く、市販の最上位装備でも攻略が難しかったんだ。
もし、市販の装備を超える性能の装備を供給できるなら、すぐにでも買い手はつくはずだ」
「……なるほど、そいつぁ朗報だな!
要は、これから最高の一本を仕上げれば勝手にお前らが宣伝してくれるってことだろ!」
「その通りだ!」
「ははっ! そりゃ、悪くねぇ話だな!
……よし、そろそろ頃合いだ」
親父は炉から柔らかくなったパルミデン鋼を一つ取り出して状態を確認した。
満足そうに頷いて、それを一旦炉に戻した。
炉の温度管理を任されていたリーリアさんに指示を出し、熊手のような道具で炉から一気に鉱石を掻き出した。
一気に室内の熱気が上昇し、アバターには無縁のはずの汗が湧き出る錯覚を感じた。
ヒリヒリと焼ける肌の感覚に、喉が張り付く程の渇き、そんなイメージを抱いた俺は、思わず唾を飲むようにして口を閉ざしてしまう。
親父が取り出したのは立派な金槌だ。
彼の太い腕と比較しても遜色がないくらい重厚な存在感を放っていた。
ぶんと風が唸る音を響かせながら、手にした金槌で赤熱した鉱石を激しく打ち付ける。
その衝突は、想像していたのとは違う小気味の良い音を辺りに響かせた。
リーリアさんは親父が打ち付けた鉱石に……油だろうか、粘性のある液体を塗布していた。
打ち付けるたびに散る火花と、テンポの良い打音が室内を瞬く間に満たしていく。
ある程度の形が整うと、次々に鉱石を継ぎ足して打ち付けてその大きさを増していく。
何度もその作業を繰り返したことで、気付けば幅が三十センチ、長さが九十センチぐらいの大きな金属塊が出来あがっていた。
全体が赤熱したままの鮮やかな朱に染まっているのが印象的だ。
他のVRゲームで生産系をやったこともあるが、ここまで演出や工程にリアルさというか、存在感の重みがあるのは初めてだった。
大体がスキルをポンポンと押すことで生産したり、形だけ叩いたりくべたりはするが、こんなに細かな作業を求められることは無かったと思う。
「これで、元となる形が出来た……リーリア、ここからは一気に行くぞ!」
「はい、親方!」
リーリアは立て掛けてあった長柄の金槌を手にして親父の対面に構えた。
親父は大きなペンチのような鋏で金属塊を持ち、それを一気に水の中に沈める。
激しい音と煙が意識を塗りつぶす。
サッと取り出した塊は、先ほどの鮮やかな色味を失って青黒くくすんでいた。
それを、左手の鋏で抑えつつ右手の大金槌で力強く叩き付ける。
腹の底を抜ける様な低音を響かせて、塊が弾ける様に揺れる。
いや、実際に変色した表面が金槌に砕かれて弾けていた。
その下からは黄金色の熱を帯びた鋼が姿を現す。
親父が振りかぶった隙に、リーリアが相槌を打つ。
抜ける音、弾ける欠片、揺れる双丘、輝く鋼と俺の瞳。
幻想的な光景が目の前に広がり、今まで感じたことも無い感情が俺の中を駆け抜けていた。
家事もいいが鍛冶もいい。
俺の脳内で誰かがそんなことを囁いていた。
激しく揺れるそれらと共に、俺の心の中に住む俺も激しく頷いていた。
何故かこの熱気溢れる作業場の一角――正確には右後方辺りから、首元に抜身の刀を突きつけられたような感触……感触を伴った視線が向けられているように思う。
茹だる様な熱気と、体の芯まで縮み上がりそうな寒気に晒されて、俺の心は至福の光景に素直に歓喜することもできず、ただただ熱い眼差しを注ぎ続けることで耐えるしかなかった。