Act.06「Dungeon Attack !」#5
私がそれに気付いたのはただの偶然だった。
巧みに連携を取り合う仲間の技術を前に圧倒され、感動と共に無力感を感じていた時だった。
もしかして、私が彼らの助けになれることなんて何もないのではないか。
そう思わせる程に、見事な連携で次々と襲い来る敵を撃破していた。
私がこの世界で身に着けた自信すらも揺らぐほど、彼らは熟練の戦士に思えたのだ。
ただ現実の延長戦で剣を振る事だけを続けて来た私では、この世界の戦いにはまだまだついていけないのかもしれない。
そう思ってしまうこと自体が、堪らなく胸を締め付けたのだ。
だから皆の戦いから目を背けてしまった。
それが幸いしたというのも皮肉な話だが、そうして私は忍び寄る脅威の存在に気付いたのだ。
悍ましい姿をした狼は、その薄汚れた牙を剥き出しにしている。
濁った眼は何も映していないのだろうが、ハッキリとジンやマグナコートさんを捉えているようだ。
そう、奴らの狙いは無防備な背中を晒している魔法使いたち。
戦場を支配し、パーティの優勢を一手に担う肝心要の大黒柱だ。
一人欠けただけでも戦況は大きく傾くだろう。
素早く対処できなければどんどん不利に……いや、一瞬で排除しなければ戦線が瓦解するのだと直感する。
前衛が全ての敵を引き付ける様に動いているのだ。
それは、後衛に敵を向けさせてはいけないという認識があるから。
突然現れた襲撃者は、まさにこちらの喉元を食い千切らんとする危険極まりない存在。
すぐにこのことを報告をしなければ!
だが、全員それぞれの仕事で手一杯で対応できるはずがない!
なら、私が打って出るべき……?
素人の私が対処するよりも、他のメンバーに任せた方が確実なのでは?
いや、それでも、なら――どうすれば!
様々なことを思案するにもかかわらず、私の思いは喉で堰き止められる。
何故声が出ないのか理解できない。
もしかして私がパニックに陥っているから、直感を反映して操作するアバターが上手くイメージを処理しきれていない!?
水の中にいるかのように、時間の流れをゆっくりと感じる。
体が重く、思考も靄がかかったように纏まらない。
視線の先には醜悪なモンスターがこちらに向けて駆け出していた。
奴らにとっては肉体の損傷など意味を持たないのだろう、驚くほどの俊敏さで瞬く間に近寄ってくる三匹の死した獣。
幸運にしてその奇襲に気付けたのにもかかわらず、このままでは、まともに対処することも出来なくて全滅の憂き目にあうだろう。
それは紛れもなく、私一人の責任だ。
本当の意味で私は足手纏いになってしまう。
……それも仕方がないか、だって私は初心者なのだ。
それもいきなり、熟練のVRゲーム経験者ですら難易度が高く全滅してしまったような、ハイレベルな戦闘領域に連れてこられたのだから仕方がないだろう。
私はゲームすら碌にしたことがない、正真正銘の素人で、本来ならこの場に居るのに相応しくない人間なのだ。
ただ、友人の誘いでこの場に付いて来てしまっただけの一般人。
そんな人間が、咄嗟の出来事に対処できるはずがない。
だからきっと、みんなも笑って許してくれるだろう。
カンデラさんだって、ジンだって、別にクリアできなくても仕方がないと言っていたのだ。
今度は私を含めないで、もっと腕の立つ人と一緒に行けばいいのだ。
そうすれば、きっと腕の立つこのメンバーならば問題なくクリアするかもしれない。
私は、きっとVRゲームが向いていないのだろう。
咄嗟のことでパニックになり、アバターすら満足に動かせなくなるド素人……いや、素人でも叫ぶなり何なりで異常を気付かせるきっかけを作れるだろう。
それすらできない私は、きっとVRゲームに向いていないのだ。
二人には悪いが、私は今まで通りこの世界とは無縁に生きて行けばいい。
ゲームで遊べなくても、二人との接点がなくなるわけじゃないのだから。
だから、私がここで諦めても仕方がないと許してもらえる。
それでいい、それでいいんだ……。
――そんなのは、嫌だ!
「うぁぁぁああああああ!!」
迷いを断ち切るために上げた胸の内の咆哮が大気を震わせる。
声が戻っていた。
緩やかだった時の流れが、急激に加速を開始した。
敵はもう、すぐ目の前だった。
私の脇を通り抜けようとするその走りは、まるで私など眼中にないと言わんばかりの動きだ。
それも当然だろう、私はこの戦闘が始まってから一切何もしていなかったのだから。
刹那、濁った眼がこちらへと向けられた。
私の上げた悲鳴にも似た叫びが、パッシブスキル≪ウォークライ≫の効果で敵対心を煽る雄叫びとして効果を発揮したのだろう。
ぐっと体を沈み込ませ、ガクンと進路を切り替えて私に飛びかかる三匹。
恐ろしい牙が私に敵意を持って襲い掛かってくるという恐怖。
しかし、私の体はそれに怯えることなく、自然と何度も特訓で繰り返したことのある動きをなぞって動いていた。
「≪真一文字≫!!」
鞘から閃光と共に刀が抜き放たれる。
刀専用の斬撃系アクティブスキル≪真一文字≫。
その名の通り、真一文字を描く様に水平方向への斬撃を放つスキルで、パッシブスキルである≪刀マスタリー≫の効果「抜刀攻撃補正・一パーセント」を活かせる抜刀からの発動に相性がいいスキルだ。
このスキルの使い方はボルドーさんが教えてくれた。
スキル同士には相性があり、複数の効果を相乗して発動できるものもあると。
同じ斬撃系スキル≪スラッシュ≫は斬撃の基本と言える八方向の全てのライン全て、厳密にはありとあらゆる斬撃に対して発動ができる、基本にして最も重要なスキルなのだそうだが、制限として「両手で武器を扱う」必要があるらしい。
抜刀術は片手で武器を握るため、『抜刀攻撃補正』の効果を上乗せできない。
そこで、刀専用の斬撃スキル≪真一文字≫を使う。
刀専用と言うだけあり≪真一文字≫は使用する条件が厳しくなり、「武器が刀であること」が含まれるようになるが、片手でも発動が可能になるのが特徴だった。
あくまで「水平方向への斬撃のみ」という制限が付くが、刀を扱う上で基本と言えるスキルの組み合わせ効果が狙えるのだと教えてくれたのだ。
そういう相乗効果を積み重ね、威力を引き出していくのが戦士の醍醐味なのだとか。
刀身が鞘を走らせたことで、辺りに澄んだ金属の音を鳴り響かせる。
光の尾を引く剣の軌跡と相まって、幻想的な印象すら抱く光景だった。
その眩いまでの輝きは、襲い掛かって来た醜い獣を全て両断し一刀の元に切り伏せていた。
まだ頭では上手く理解できていない。
ふっと力が抜けて私はその場にへたり込んでしまった。
「おい、大丈夫か!」
マグナコートさんが心配そうに声を掛けてくれた。
私は振り向けないまま、首を縦に振って答えを返す。
「よし、無事ならいい!」
あえて大声で言ったのは、他のメンバーにも聞こえる様にということなのだろうか。
隣に寄って来たジンがそっと背中を叩いてくれる。
「良くやった」
相変わらず不器用で短い言葉だったが、それだけで私の胸の内に充足感が込み上げて来た。
ようやく実感が沸いてくる。
やった、やれた、私でも役に立てる!
みんなと一緒に戦うことが出来るんだ!
そんな嬉しさだろう、どんどんと溢れて来て止まらなかった。
この体が火照ることは無いのだろうけれど、興奮から頬が赤くなっている気がした。
労いの言葉を掛けてくれたジンを見上げると、ローブの内側から覗いたチェストベルトが目に入る。 それは彼が最近練習していた投擲用のナイフを収納する為に購入したもので、柄の短い苦無にも似たナイフが幾つか装備できるものだ。
収納のうち幾つかが開いており、中に納まっているはずのナイフはそこに見当たらなかった。
彼はすぐに詠唱しながら踵を返して戦線に復帰したが、気になった私は自分の周囲を見渡してみた。
すると、すぐ近くの二か所に彼が練習で使っていたナイフが落ちていた。
察するに、どうやら三体ゾンビウルフの内、二体には彼の放ったナイフが刺さっていたのだろう。
……通りで都合よく全ての敵を一撃で倒せたのだろう。
納得と同時に、少しの口惜しさが込み上げてくる。
たった一度の成功で何を驕っているのだと思われるかもしれないが、今の活躍でベテランのジンたちみんなを助けることが出来たと思ったのだ。
まさか、ジンが後ろからの襲撃に気付いていて、あの一瞬で投げナイフを命中させていたとは思っていなかった。
現実では平凡な男子高生の癖に、この世界では卓越した実力を持っていると言うのが理解できた。
私の知らなかった二人の素顔とでも言えばいいのだろうか、見たことのない二人の表情に、仕草に、実力に……それらの一つ一つが、幼馴染として知らなかった私に複雑な心境を抱かせる。
何だかなぁ。
ジンの癖に生意気だ!
そう言ってやりたい気分になってしまう。
別に、怒ってはいないんだけど……ちょっとムカっ腹が立つ感じだ。
そもそも、考えてみれば何でアイツにスカした感じで「良くやった」なんて言われないといけないのよ!
沸々と怒りにも似た感情が込み上げてくるのと同時に、新手のゾンビウルフが姿を現した。
丁度いい、私のこの憤りをあいつらに思いっきりぶつけてやる!
「やぁぁああああ!!」
前衛の動きを見て学習した戦闘方法を駆使する。
まずは、スキルによる補正を活かした雄叫びによって、敵の注意を私にしっかりと引き付ける。
ピリッとした静電気が走るような感覚が駆け抜ける。
この軽い痺れは私に対するモンスターの敵意だろうか……ならば、スキルはしっかりと効果を表しているということだろう。
敵の数は先ほどと同じく三体。
出現した順番にばらつきがあるので接敵するまでには若干の差異があるだろう。
同時に薙ぎ払うのではなく、まずは単体を相手にする。
その後に来る波状攻撃を躱しつつ、順番に対処していけばいい。
ボルドーさんの特訓を思い出す。
――まずは敵の視線や挙動を見ろ、攻撃とその狙いを割り出すことで対処がし易くなる。
――何度も戦えば攻撃の前兆や種類を見分けられるし、初めて戦う相手でも何かを仕掛けてくるタイミングを見極められれば、そうそう簡単に後れを取らずに済むからな!
濁った眼が本来の役割を果たしているのかどうかは分からないが、さっきは確かに私が注意を引き付ける前にはこちらを見ていなかった。
眼が私に向けられているならば、狙いは私で間違いないだろう。
私は抜身の刀を上段に構えて対峙する。
思い出すのはアカツキのアドバイス。
――複数の敵を相手にする場合は、まずは数を減らすことを意識するんだ。
――回避や防御も大事だが、致命傷に繋がるもの以外は無理矢理になってしまうなら対処しようとしないこと。
――無理をすると余裕が無くなるし、それが癖になるといざという時の切り札を持てない戦い方に慣れてしまうからな。
――敵の数が多い限り、相手の優位は揺らがないってことを理解しよう。
――状況にもよるが、敵の数を削ぎ落としていくことが、一体多では重要なことなんだ。
だから、まずは一匹目を全力で倒す。
精神を集中させ、アバターの全身に神経の根を張り巡らせるイメージ。
これは、ジンから聞き出した彼の極意。
――奥義ってワケじゃないけどさ、VRのアバターってのは結局生身と変わらないんだよ。
――生身の体も目を閉じた状態で動かせば、イメージ通りに動かしたつもりでも結果が大きくずれているなんてことは良くある。
――だから、まずはイメージと結果を強く結びつけるのが重要なんだ。
――アバターは考えるよりも先に動くことも良くあるぐらい、イメージに敏感な所があるから……あまりにも自然にアバターが動くから、「操作している」って感覚が薄いんだよな。
――まずは、アバターは「自分が意識して動かしているんだ」と体に覚え込ませるといい。
――……あ、胡散臭いって思っただろ? まぁ、言ってしまえば「気合が重要だ!」みたいな話だもんなこれ……でも、実際に動きが良くなるんだぜ?
今回の攻略で本気で戦うジンの姿を初めて見て、その視野の広さと的確さに私は舌を巻いた。
前衛で忙しなく動き続ける三人や、彼らをサポートする魔法使いの面々、それらと比べても圧倒的に多い作業量を彼は黙々とこなしていた。
魔法使いじゃない私には理解できない動きの方が多いのだが、常に何かしら動きをしてみせている。
先のゾンビウルフをあしらったナイフの一撃は、襲い来る敵を注視していたはずの私が見逃すような早業だった。
それが、彼のいう極意の成果なのだとしたら。
説明してくれた時は感覚的な話だからと難しい顔をして懸命に説明してくれていたが、幸いにも私には直感的に理解できる話だった。
剣術の型の修練と同じ。
繰り返し同じ型を行い、常に一定の動作を正確に行う練習を体に刷り込む反復練習。
それが目指す先と言うのが、彼の言った「イメージと結果を結びつける」ということ。
小さく息を吐きつつ、高鳴る鼓動を感じつつ、タイミングは……今!
「≪スラッシュ≫!」
飛び込んできたゾンビウルフに上段からの打ち下ろしを叩き込む。
激しい光を伴ったその一撃は、何度か目にしたことのあるクリティカルヒットのエフェクトだ。
真っ二つに裂けたゾンビウルフは、そのまま光の粒子となって砕け散った。
振り切った姿勢のまま、次の敵を視線に捉える。
今まさに私の首筋を狙わんと飛びかかってきていた。
恐ろしい牙がギラギラとした輝きを放っていたが、不思議と私に恐怖は無かった。
小手を返し、迫る脅威を冷静に打ち払う。
「≪弧月≫!」
斜め上に切り上げる刀専用のアクティブスキル≪弧月≫。
直剣と刀、両方のスキルを交互に扱う戦法はマグナコートさんの裏ワザだ。
――いいか、この手のゲームには専用技と汎用技が大体ある。
――刀だから専用スキルばっかり使えばいいってわけじゃないってことだ。
――専用スキルは確かに相乗効果があるし、それだけ強力な一撃も出せるだろう。
――だがな、スキルを使った後は技後硬直って言ってゲームシステム的に行動できなくなるんだ。
――単純にスキルに頼り切った戦闘をするのは愚の骨頂な訳だが、しかし、それを使わないってのもまた宝の持ち腐れだ。
――そこで、スキルとスキルを最小限の隙で放つ裏ワザがキャンセルアクションだ。
――実演しながら行くぞ? 直剣だと刺突技≪ストライク≫からの≪サークルブレード≫!
――とまぁ、スキルを連続して繋げられるわけだ。
――コツはある。 それぞれのスキルで要求されるモーション、体の動きに無理なく移行できるように技を出せばいいんだ。
――≪ストライク≫を打つ際に剣を縦ではなく横に寝かせて放つ、すると、回転切りである≪サークルブレード≫の動きを無理なく発動できるってワケだな……もちろん、それだけじゃダメだ。
――しっかりと、全身の全てを次の技のモーションに移行させる準備をしておけ!
――そうしないと、途中で体がもつれて技も失敗するし、敵の前でアホ面晒すことになるぞ!
――見た感じ、刀のスキルは技の後の硬直が大きいようだから、刀でも使える直剣系のスキルを混ぜて使っていけ! 使いどころを抑えた連続剣で隙を潰すんだ!
アドバイスとは逆に直剣から刀へと技を繋げたが、問題なくスキルが発動した。
こちらもクリティカルが発生し、光の粒子が風に乗って宙を舞い、私の傍をすり抜けていく。
あと一匹!
そう思った次の瞬間、腹部に鈍痛が走る。
敵の遺した粒子で見えていなかったのだろう、最後の一匹が体当たりを仕掛けて来たようだ。
斬り上げの動作で伸びきっていた私の体は耐えきれず、姿勢を大きく崩してしまう。
私の上に圧し掛かるようにしてゾンビウルフが重なり、その鋭い牙が私の首を――
「≪風針≫!」
ドドドっと言う鈍い音が突き刺さり、獣が苦悶の雄叫びを上げる。
「っだらぁ! ≪ストライク≫!」
よろけた所をすかさず蹴り上げ、浮き上がった体を追撃の刺突剣技でトドメを刺す。
ピタリと息の合った連係が、敵に反撃の暇を与えることなく瞬時に撃滅させた。
離れた所から戦場を見通し魔法を的確に命中させるジンと、その意図を即座に汲み取って体技すらも組み合わせた連続攻撃で仕留めるマグナコートさん。
さらに、現れた増援のゾンビウルフを、私が呆然としている間に蹴散らしてしまう。
「カハハッ、だから直剣が後だっつっただろ! ま、失敗はいい経験になる!」
マグナコートさんはそう言うと、私に手を差し伸べて起こしてくれる。
ジンは後方の安全が確保されたのを確認すると、すぐさま前衛の援護に戻っていた。
結局は二人に助けられてしまったことで、やはり私は実力不足なのだと思い落胆を隠せずにいると、前を向いているはずのジンから声が掛かる。
「いいフォローだった、助かる」
我ながら単純だとは思うのだが、感謝の一言が聞けただけで胸の内のもやもやは全部どこかへ吹き飛んでしまった。
「……ふふ、任せてよ!」
戦闘中にもかかわらず、私の顔には笑みが浮かんでいた。
アバターは直観的に操作されてしまう。
私はまだまだアバターを完全に操作できていない、という事なのだろう。
気恥ずかしさを覚えながら、もっと精進しようと私は心に誓った。
その後、ジンからの指示でヒーラー二人の傍まで行って回復してもらい、そのまま最初と同じように戦闘の行方を見守ることに徹した。
戦闘はほどなく終了し、三体のボスを順次撃破することに成功した。
「ふぃー! いやぁ、これは骨太なダンジョンだな!」
「始まりの洞窟とは比べ物にならないな……まぁ、このメンツならまだまだ余裕はありそうだ」
「このメンツで一番余裕がありそうなのは間違いなく勇者様、あんただろうよ!」
「はは、これじゃあいつらもザマァねぇな! まだ先はあるんだけどよ」
わいわいとはしゃぐ前衛三人とカンデラさん。
「まだ俺様もジンも本気出してねぇからな! 楽勝だぜ」
「おい、俺を脳筋に巻き込むなよ!」
「なんだ、歓迎するぞ?」
「そうだぜジン、こっちこいよ!」
高笑いするマグナコートさんの言葉に嫌な顔をするジンに、ボルドーさんとアカツキの二人がウェルカムと言って手招きしている。
「……本当、男の子って感じね」
「いいじゃないですか、元気で」
「もうちょっと大人になって欲しいですけどね」
「落ち着きが欲しいわよね」
アリエルさん、テンカイさん、ララァさん、アルテイシアさんがわいわいと騒ぐ彼らをそう評価する。
私は笑いながら頷くしかできなかった。
私の頭の中は戦闘の余韻が残っていてそれどころではなかったのだから。
そこから五分の休憩を挟み、各自のコンディションを整えて攻略が再開される。
カンデラさんの話では、彼の知り合いのパーティが壊滅したのはこの次のボス戦だそうだ。
ただ、この第一区画は突破できたものの敵の苛烈な波状攻撃や、先ほどのゾンビウルフによる奇襲で戦線の一画が崩れたことで、半壊してしまったそうだけど。
パーティの人数も多かったそうなので、誰一人欠けることなく突破できたのは上出来だという。
「――それもこれも、一応は情報が役に立ったってことだから、あいつらも少し早くに立ったって」
「いやいや、ちょっと待って! 私たち、ゾンビウルフのこと知らなされてなかったわよ!」
「……ん?」
「あぁ、聞いてないぞ」
「え、なに? ゾンビウルフって何?」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「ま、まぁ、突破できたんだし! 難いことは言いっこなしで! な!」
慌てるカンデラさんが全員に睨まれつつ、次のボスエリアの攻略会議が行われる。
どうやら、半壊したパーティではそこまで探れなかったようで、とにかく物量で押されたのだと言っていたそうだ。
さっきの戦闘も敵の数は凄まじいものがあったし、これ以上となると対処できないような気もするのだけど……何故か、他のメンバーはやる気に満ち溢れていた。
「もうそこの侍も立派な戦力になったしな!」
マグナコートさんの言う侍って私の事だろうか。
「俺も準備運動は済んだところだ、次からは本領発揮だぜ」
ボルドーさんはアレでまだ本気じゃないという。
「よぉっし! 俺もバリバリやるぜぇ!」
アカツキはいつも通りだが、ちょっとテンションが高い。
「お前ら、あまり突っ込み過ぎるなよ……」
ジンが呆れた様な、諦めた様な声で忠告している。
「いよいよ、俺たちの出番ってわけだ! ドカンと一発、派手にやろうぜ?」
カンデラさんはジンを肩を組んでそんなことを言っていた。
女性陣とテンカイさんはそんな男性陣の様子を温かい目で見守って……いや、生温かい目かな、で見守っていた。
どうも、この世界でも男性と女性の精神性は現実と大差が無いようだ。
道中、何度か死霊系のモンスターが行く手を阻んだが、ことも無く前衛だけで瞬殺していく。
廃墟の町を抜けて進んだ先、丘の上の屋敷まで難なく到着する。
しかし、本当の戦いはこれから始まるのだろう。
一同は気を引き締めて、その屋敷の中へと足を踏み入れた。
錆びついた門扉は不気味な軋む音を辺りに響かせ、それでもなお深い静寂に包まれたままのこの場所が、酷く恐ろしく感じた。
この先に待ち構える脅威、自然と高まる緊張に、私は知らず汗を握りしめていた。