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Act.06「Dungeon Attack !」#4



 そこは古戦場だった。

 崩れた石材や、苔むした舗装道路、干からびた水道跡など、かつての文明と生活のなごりを訪れる者に感じさせつつも、それが遠い過去のことだと一目で理解できた。

 石の表面に浮かぶ斑の模様は、石の成分に由来するものではなく、高温で焼け焦げた痕なのだろう。

 森の奥にひっそりと覆い隠されるように存在したその場所は、不気味な静けさに満ちていた。

 深い森の中にあって生物の鳴き声すらしない。

 在りし日の美しさ、その片鱗を今もなお残しているのだが、それを知る者が誰も居ない寂しい場所だった。

 それが、ダンジョン『廃墟エルゴン』の第一印象だった。

 道中は昼でも暗い程に鬱蒼と茂る森の中を、草木で覆い隠された旧街道を辿ってやってきた。

 急に開けた場所に着いたと思えば、そこが目的のダンジョンだったのだ。

 ダンジョンと聞いて一番最初に思い浮かんだのは『はじまりの洞窟』のような狭く薄暗い場所だと思っていた。

 迷宮という言葉がそういう印象を強調していたように思う。

 ミノタウロスの神話に出てくる迷宮、ラビュリントスのイメージが強かったのだろう。

 陰鬱で陰惨、恐ろしい怪物が潜む脱出不可能の迷宮。

 ダンジョンに対する私のイメージは、そういった負の感情を形どったものだった。

 この廃墟となった市街には同じように負の印象は見受けられるが、それはどこか退廃的な美しさを感じさせるものだった。

 過ぎ去った時に対して思いを馳せる。

 そんな感傷的な気分にさせる雰囲気がここには満ちているのだった。

 現実には存在しない世界において、創られただけの見せかけの廃墟だとは理解しているのだけど……かつてここに人の営みがあって、何らかの理由でそれが脆くも崩れ去ってしまった。

 今はもう訪れる人も無いだろうに、幾星霜の果てに今へと当時の面影を伝え続けていた。

 そこに一抹の寂しさや、悲しさ、切なさを感じてしまうのだ。

 この町は時に置き去りにされてしまい、永き年月を経た今もなお悲しみ続けているような気がして。


「クエスト名は『さよならを伝えて』ってんだが、ざっくり話すと約束を破って戻ってこなかった婚約者を探して、そいつに思い出の品を渡して欲しいって話だ」


 カンデラさんは先導しつつ、クエストについて教えてくれる。

 クエストとはNPCと呼ばれるゲームの世界の住人が、プレイヤーに対して持ち掛けてくる依頼のことで、ギルドで受ける各種の依頼も広義では含むらしい。

 今回の場合は一般的にネットゲームでサブクエストと呼ばれる類のもの。

 世界観の幅を広げるテキストと、特別な報酬などを得られるものらしい。

 この場合はクエストを進めることによって遊べるエリア、つまりダンジョンが解放されるのが魅力の一つとなるのだ、とジンが道中で説明してくれていた。

 今回のクエストのあらすじは、


『昔、キオッジャの町で一組のカップルが居た。

 互いに深く愛し合っていた彼らは婚約を誓い合う。

 しかし、何年待てども彼は戻らず、彼女は別の人と結婚せざるを得なくなった。

 それが懐かしい思い出となりかけた頃、彼の姿を見かけたものが現れた。

 今の彼女はもう彼に会うことは出来ない。

 そこで、旅の人に彼との約束の品を託し、彼へと自分のことを伝えてもらうことにした』


 と言うものだった。

 何とも悲しい恋の話だ。

 私はついうるっときてしまったのだが、意外とみんなはあっさりと聞き流してしまっている。

 そ、そりゃぁ、作り物の話だっていうのは分かっているんだけど!

 でも、やっぱり報われない恋とか、すれ違う想いとか、そういう悲劇的な話は胸が締め付けられると思うんだけどなぁ……。

 ジンにそう言ってみたら、「よくある話だ」の一言で片づけられちゃうし!

 何て言うか、アイツって本当にドライって言うか、サバサバしてるって言うか……うー、むかつく!


「これがそのイベントアイテムの『一輪のドライフラワー』だ。

 コイツを持った状態でこの先に行くとクエストの開始……本格的なダンジョン攻略の開始となる」


 カンデラさんが立ち止ったのは少し開けた広場の手前。

 今までの場所もダンジョンだったのだろうが、攻略の開始となるのはここから先らしい。

 いかにも、この広場で集団戦をしてくださいって意図が感じられる。


「分かってるのは、この広場での戦闘を突破して更に先へ進むこと。

 最終目的地があの丘の屋敷だってことだ」


 丘までは緩い坂道が続いているらしい。

 距離はそこまで無いようだが、道中は多くの敵が沸くので油断はしない様にとのこと。

 敵は死霊系と呼ばれるタイプらしい。

 攻略の陣形として、前衛を勇者ことアルスさん、ボルドーさん、アカツキの三人、そのすぐ後ろに先導役としてカンデラさん、前衛の補助としてテンカイさん、続いて魔法系のメンバーであるアルテイシアさんとララァさん、アリエルさん、最後尾にジンとマグナコートさん、そして初心者の私という配置になった。

 

「うむ、まさに質実剛健なドイツスタイルだな!」


 と、アカツキが言っていたが私には何のことか分からなかった。

 どうやらサッカーのフォーメーションに例えた話らしい。

 経験者の布陣がディフェンス役の近接三人、それを直接サポートする二人、戦線を支える中衛の要となる三人に、敵へと強力な攻撃をお見舞いするツートップ。

 実際のサッカーのフォーメーションで言うならば配置が逆なんだけど、役割も丁度逆転しているからこの並びで間違ってないな、だそうで。

 詳しくは分からなかったが、さり気なく私を戦力カウント外と言われているようでムッとする。

 VRゲーム初心者の私にはしばらく見学に徹して欲しいと言われていたが……そうあからさまに言われてしまうと、お荷物になっているような気がしてちょっと悲しい気持ちになる。

 私がそうして一人悶々としているとぽんと肩を叩かれた。


「最初なんだから無理に気を張らなくていい、どうせ俺たちだってこのダンジョンに来たのは初めてなんだ。 ビゼンと大して変わらないよ」


 ジンはそう優しい言葉を掛けてくれたのだが、無表情なせいでいまひとつ説得力に欠けていた。

 それでも、長い付き合いから彼なりの気遣いなのだと私には分かっている。

 お返しとばかりにぽかりとジンの胸を叩き返してやる。


「余計なお世話よ、ある程度なれたと思ったら自分で前に出るからね!」


 そう軽口を添えて。

 自分でもちょっと気を張り過ぎたかと思ったが、ジンは口元をニヤリとさせて、片眉を上げた。

 ニヒルな表情を浮かべる彼は、相変わらず感情表現が下手だ。

 もっと素直になってくれていいのにと思ってしまうけど、不器用なところもまた、それはそれで彼の良いところなのかもしれない。

 彼が得意とするこの世界でも、まだまだ頼りなさを感じさせるその仕草に、私は何故かホッとしていたのだ。


「あぁ、別に構わんよ。 その時は俺たちがフォローする」


 そう言って、彼はアカツキに目配せをした。

 その瞬間、打ち合わせた様に振り向いたアカツキがジンと視線を交わし、彼の意図を悟ったのか私を見て頼りになる笑みを見せながら大きく頷いていた。

 男の子特有の以心伝心を見せつけられ、私の胸の中に微かな痛みが走る。

 こんな場面に出くわす度に、私も男だったらなと思ってしまうのだ。

 ……アバターを異なる性別で作る人の気持ちが、何となく理解できる気がした。


「そうそう、好きに動いてくれて構わないぜ! 何かあればジンだけじゃない、俺様が助けてやっからよ!」


 気安く請け負ってくれるマグナコートさんのぶっきらぼうな言葉に私は笑みで答えた。


「はい、頼りにしてますよ!」


「へへ、任せとけ!」


 ビッと親指を立ててアピールするマグナコートさん。

 このラフな態度が何とも様になる人だった。


「マグナー、気張り過ぎてこけるなよー」


「あんまりヒール飛ばせないかもしれないんだから、ちゃんと躱さないとダメよー」


「はぁ、馬鹿にすんなよな!」


 テンカイさんとアリエルさんの暖かい野次に、同じく野次で返すマグナコートさん。

 その距離感の近さが何とも羨ましく思えた。

 中学を経て、私たちの距離感は少しあいてしまったと感じていたのだ。

 見えない壁……と言う程ではないが、どことなく他所他所しさを感じる程には。

 私たちも、またあれぐらいの距離感になれるといいなと思う。

 きっと、そうなる為に彼らが私をここへ誘ってくれたのだから。

 胸の中にぎゅっと握りこぶしを作って、全身に気合を入れる。

 まずは今から始まる戦いに慣れること!

 それが私の次のステップだ。

 私はそう気を引き締めて、ダンジョンの攻略に臨んだ。


―クエスト『さよならを伝えて』 攻略再開―

―ダンジョン『廃墟エルゴン』 攻略開始―


 視界に装飾された文字が次々と粒子を伴って浮かび上がり、また粒子となって溶けて消えた。

 荘厳華美な演出に、否が応でも緊張感が漂い、興奮で胸が高鳴る。

 広場へと進むと入口が崩落して退路が塞がれる。

 突然の事に驚いているのも束の間、けたたましい音を立てながら石壁を突き破って続々と敵が出現した。

 ホラー映画でよくみるゾンビや、スケルトンといった感じだろうか、まさに死霊の名に相応しい悍ましい姿の怪物が次々とこちらに向かって襲い掛かってきたのだ。

 左右正面から湧き出る敵に、私たち一向は三方向を囲まれたことになる。

 どう対処すれば良いのかと私が思う間もなく、先頭に居た三人は即座に三方に展開していた。

 気付けば他のメンバーも既に布陣を終えていて、私だけが状況に取り残されていたのだ。

 慌てて腰の刀に手を掛けたが、その手をそっとジンが抑える。

 急な感触に思わずびっくりしてしまったが、ジンは特に気にしていないようだ。


「まだ大丈夫だ。

 警戒はしたまま、まずは気持ちを落ち着かせて……あとは周囲の状況を見る。

 さっき打ち合わせたとおりに、まずはしっかりと見学するんだ」


「わ、分かった」


 私が頷き返すと、ジンは重ねていた手をそっとどけて杖を構えながら周囲の様子を探り始めた。

 握られていた手がほんのりとした熱を持っている気がするが、VR技術って人の温もりまで再現するのかと驚きを隠せなかった。

 まるで生身の体のような感触に驚いてしまったのだ。

 油断していると、あまりにもリアルな感覚についつい驚いてしまう。


「ウォォォォオオオ!」


「ウラァァアアアア!」


 アカツキとボルドーさんが雄叫びを上げる。

 声を上げる二人の体を薄らと光が纏っていた。

 確かあれは、声を上げることで敵の注意を惹きつける基本スキル『ウォークライ』だ。

 そのままずばり和訳すると「雄叫び」という意味のスキルで、ゲームではお馴染みの技らしい。

 挑発系と呼ばれるスキルで、モンスターの敵対心を稼ぐことで攻撃を一手に引き受けることが出来るようになるそうだ。

 戦士系ならば誰もがチュートリアルで教わるスキルなのでもちろん私も習得している。

 この辺りの事はよく理解していないのだけど、スキルには基本的にアクティブとパッシブと呼ばれる二種類の分類があるそうだ。

 アクティブは自分から行動を起こしていくことで使用できるスキルのことを示していて、斬撃の基本技であるスラッシュ』などがそれにあたる。

 技名を叫び、特定のモーション……技の型を再現することで発動させるのだ。

 自発的に行う必要があるので、アクティブと言うのだそうだ。

 パッシブとはその反対、受動と言う意味の言葉で「何らかの行動に対して効果を発揮する」という受け身のスキルのことを示す。

 つまり、常態で発動しているスキルのことだそうだ。

 例えば、私は『武器マスタリー・刀』というパッシブスキルを持っている。

 これは刀を装備する際に、その武器の性能を引き出すために必要な条件になっている。

 また、スキルの効果で刀を用いた攻撃いよるクリティカル率が一パーセント上昇する効果もある。

 もし私が刀以外の武器を使う場合には、この効果も消えてしまうということらしい。


 そして、ここが一番難しかったのだがスキル『ウォークライ』はパッシブであり、アクティブでもある。

 分類としてはパッシブであり、使用に関してはアクティブという性質があるという話で……初めて聞いた時はピンとすらこなかったので、ジンに尋ねてみるとこう返って来た。


「つまり、『ウォークライ』を習得しているプレイヤーが雄叫びを上げると、その行為に対してモンスターへの敵対心ボーナスが入るんだろ。

 ゲームの中で言う敵対心ってのは感情じゃなくて数値、ポイントカードのポイントみたいなものだからな。

 モンスターを殴ったり蹴ったり、または見つかっただけでも、プレイヤーが行動をするとモンスターに敵対心ポイントが加算されるんだ。

 そのポイント加算行動の一つであるモンスターへの声での威嚇、つまり雄叫びと言う行為に対して『ウォークライ』を習得していると会員様限定のポイント追加サービスをしてくれるってわけだ。

 習得してない一般買い物客と、習得しているプレミアム会員。

 どっちがお得にポイントが貯まるかは一目瞭然だろ?」


 何でそんな例えなのかともちろんツッコミは入れた。

 けど、実際その例えはゲームをしない私には分かりやすくて助かったのも事実だ。

 ちょっと悔しかったのはこの際置いておこう。

 いま目の前で起きているのは、まさにその時にされた説明を端的に表していた。

 雄叫びを上げた二人に対して、敵がドンドンと群がっていく。

 さっきまではばらばらとした行進だった敵が、明確に二人に向かって進路を取っていたのだ。

 アカツキが右、ボルドーさんが左をカバーし、敵も近い相手に狙いを定めている様子だ。

 前衛で一人だけ『ウォークライ』を使用しなかったアルスさんの元にはあまり敵が向かっていない。

 最も近い一体だけが彼を敵と見定めて襲い掛かろうとしていた。

 その敵は骨に鎧を着せたような敵で周りのモンスターとは纏っている雰囲気の質が違っていた。

 鎧は錆や破損も目立つが肉厚で、剣も刃こぼれがあるもののギラギラとした禍々しい輝きを放っている。

 身の丈を見ても二メートルを超え、その圧迫感は他のモンスターとは一線を画していた。

 その骸骨騎士を正面に悠然と歩み寄るアルスさん。

 すらりと抜き放った直剣はシンプルだが、並々ならぬ威圧感を放っているように思えた。

 アルスさんは剣と盾を扱うこのパーティの戦士の中では珍しいスタイルだ。

 一見すると優しそうなお兄さんといった印象の彼なのだが、その背中から感じる迫力は骸骨騎士にも勝るとも劣らないように思えた。

 間合いに入ったからだろう、体格に合わせた長大な剣を骸骨騎士が振り下ろす。

 速い!

 構えるまではゆったりとした動作だったにもかかわらず、振り下ろしが異常に速いのだ。

 直前の動きで攻撃をイメージしていると、対処を見誤ってしまうかもしれない。

 私が普段練習をしている東の森のモンスターは、あんな風な動きの変化をしてはこない。

 ダンジョンに出現するモンスターの実力は、私の知る敵とは格段に差があった。

 しかし、驚きはその動きに対応しきっているアルスさんだ。

 彼は骸骨騎士のその一撃をしっかりと盾で受け止めている。

 あれほどの速度で振り抜かれた一撃、剣の大きさも考慮すればかなりの威力を伴っていたはずだと思う。

 それでも、彼は一歩も退くことなくその攻撃を受け止めきったのだ。

 あの細身の体に片手であの攻撃を耐えきる程の膂力があるようには思えなかったのに。

 これがゲームだから、そのステータスに左右されているということなのだろうか。


「≪ヘヴィスラッシュ≫!」


 彼はそのまま敵の剣を盾で弾き上げると、がら空きになった胴に重い一撃を叩き込んだ。

 斬撃系スキル『ヘヴィスラッシュ』。

 打撃属性を兼ね備えた剣技は、武器の重量を活かしてその重みを敵へと叩き付ける。

 骸骨系や金属系の敵は打撃に弱いのだそうで、その相性を考慮したスキル選択なのだろう。

 盛大に砕けた骨や金属片を撒き散らしながら吹き飛ぶ骸骨騎士。

 重そうな見た目のわりには、やはり肉の無くなった骨だからなのか意外と軽かったようだ。

 後ろに控えていた他の敵を巻き添えにして大きく姿勢を崩す。


「――≪ファン・ボウ≫!」


 それを見てカンデラさんが魔法で追い打ちをかけていた。

 それがトドメになったのか、骸骨騎士の全身が砕け散り、光の粒子となって消え去った。

 実に鮮やかな手並みで敵を一体退ける。

 高火力の魔法を活かすために、出来る限り敵からの注目を引き付けつつ、連携しやすいように相手の動きをコントロールする。

 それが前衛の仕事なのだそうだ。

 敵の攻撃の後、無防備な状態を狙うと言う強かさ、誤射をしないように敵を弾き飛ばし、ついでに後続の進軍をも遅らせると言う集団戦のテクニック。

 アルスさんの第一印象だった柔らかそうな雰囲気が一転、冷静沈着で狡猾な一面を見せつけられたのだった。

 それだけで彼は終わらない、姿勢を崩した一団へと駆け込んで豪快な水平切りを放つ。


「ハアァアァァァ!≪スラッシュ≫!」


 巻き上がるのは無数の骨。

 凄まじい威力の斬撃が、無残にも砕かれた敵の体を周囲に弾き飛ばしていた。

 攻撃魔法にも匹敵するかのような派手な威力と光景に思わず目を剥いてしまう。

 彼の追撃によってそのまま三体の亡者が塵と消える。

 やっていることは基本的でシンプルなのだが、その結果が絶大なのだ。

 さらに、突撃する際の雄叫びで周囲の敵の注意を引き付けていた。

 彼に群がろうとしたモンスターは悉く魔法によって殲滅されていく。

 魔法使いとの連携を意識した立ち回り、次に繋げる一手の打ち方が上手いのだ。

 彼は常に攻撃魔法の射線から外れる様に位置を取っており、敵と切り結んでもすぐに相手の姿勢を崩して離脱する。

 再び現れた大物相手にはその堅実で高い防御力を活かして隙を窺い、チャンスと見れば即座に畳み掛ける。

 周囲を囲まれようとも攻撃スキルを駆使して突破口を開き、逆に範囲魔法で一網打尽にするチャンスを作り出していた。

 まるでお手本のような立ち回りながら、高い戦闘力を発揮していた。

 私とは違うスタイルだけど、彼の戦い方で参考になる場面は多いと感じた。


「っはっはっは! そうだ、掛かってこーい! ≪スラッシュ≫!」


 ご機嫌な声を上げているのはアカツキだ。

 彼のアバターはドラゴニアという龍の血を引く種族で、筋肉質でがっしりとした巨漢だった。

 その圧倒的な肉体から生み出される力を、巨大な武器に全て注ぎ込んで敵にぶつける!

 豪快な戦い方がアカツキのスタイルだった。

 今も彼の身の丈ほどもある特大の剣で群がる敵をバッタバッタと薙ぎ倒していた。

 そこには連携も何もあったものではない。

 彼一人で敵の集団に突っ込んで行き、その圧倒的なパワーだけで押し切っていた。

 まさに、ドラゴニアの恵まれた体格を生かした豪快で単純な戦法だった。

 しかし、そのシンプルさが逆に彼を止められない理由でもあった。

 群がる亡者は耐久力が低いのか、はたまた彼の生み出す破壊力が圧倒的なのか、武器を振り回す度に敵が吹き飛び、ボウリングもかくやといった光景になっている。

 時にはひと薙ぎされただけで敵が全て光の粒子へと砕け散っていた。

 あの戦い方は参考にならない。

 あれは馬鹿じゃないと出来ない戦い方だとそう結論付けた。

 ……まぁ、楽しそうで何よりだと思う。


「ウォオオォオオォォォアアアッ!」


 そんなアカツキの逆サイドでも、激しい雄叫びを上げながら戦う男がいた。

 その姿はまさに鬼をも彷彿させる激しいものだった。

 ボルドーさんは二刀流だ。

 左右の剣を巧みに扱い、一人で複数の敵を器用に捌ききっている。

 いや、あれは果たして器用と呼べるのだろうか。

 彼は群がる敵の真っただ中に居たのだ。

 目を離している間に突出し過ぎたのか、はたまた敵が纏わりついて上手く下がれなかったのか。

 あの位置では魔法による支援を受けることは難しい。

 回復魔法は距離によって効果が落ちてしまうと事前に聞かされていた。

 だから、HPが減った際は速やかに下がって治療をうけること、または回復アイテムを使って凌ぐことと強く念を押されていた。

 パーティメンバーのステータスを見れる情報ウィンドウに視線を送ると、ボルドーさんのHPはじわじわと削れていた。

 それもそのはずだ、彼は常に雄叫びを上げながら戦っているのだから。

 アカツキのように一気に纏めて敵を倒せるわけでもなく、アルスさんのように支援を受けられる場所で戦っている訳ではなく、敵陣の奥深くにただ一人で突っ込んでいってしまっているのだから。

 それでも、敵の合間を掻い潜って、必死に動き回っていた。

 敵に進路を阻まれているのか、なかなかこちら側へとは寄ってこない。

 それどころか、ドンドンと敵集団を引き連れて奥へ奥へと移動していた。

 もしかしてボルドーさんはピンチなんじゃないか……そんな不安が胸を過る。

 私だって仲間なんだ、何かしないと――そう思い、私は彼を助けるべく一歩足を踏み出そうとした。

 それを静止したのはマグナコートさんだった。


「まぁまぁ、ボルドーのおっさんには考えがあるからな」


 もうしばらく見守っておくといいと言われ、私は彼の動きを観察する。

 確かに、あれだけの数を一人で相手にしてまだ生き延びている。

 HPの減りと照らし合わせると、しっかりと敵の攻撃に対処できているようだった。

 このゲームには攻撃を防御してもHPが削られるというルールがある。

 無傷でやり過ごすには攻撃そのものを回避、または何らかの形で相殺しなければならない。

 雨のように降り注ぐ攻撃の数々を紙一重で躱し、受け流し、被害を最小限に抑えながら彼は目的を持って行動していたのだ。

 一つの生き物のように、彼を狙って追いすがる敵の流れが構築されていた。

 その最果てまで突き抜けた時、彼が今まで隠していた獰猛な牙を剥き出した。


「ウゥォオォオォォォォオオッッッ!!!!」


 彼は闘志を露わにより一層強く、速く、双剣を振り抜いていた。

 すると、彼に群がる敵が剣に触れるたびに光り輝く粒子へと変じて行った。

 アカツキのようにスキルを上乗せした圧倒的な破壊力ではなく、アルスさんのようにスキルや連携による攻撃力ではなく、ただただ武器を振り抜くだけで敵が溶けていくのだ。

 決して彼の一撃がアカツキの攻撃力をも上回っているという事は無いだろう。

 おそらく、左右それぞれの攻撃力に関してはアルスさんと同じか少し上回るくらいのはずだ。

 それなのに、スキルを使うことなく敵を瞬殺していく。

 一心不乱に剣を乱舞させる姿は、まるで腕が何本も生えているのではないかと思わせる程に苛烈なものだった。

 誰よりも早く群れを掃討し、コンディションを整えるためにアルテイシアさんとララァさんのサポートを受けるボルドーさん。

 私が呆気にとられた表情で見ていると、得意げな顔で種明かしをしてくれた。


「最初に敵を全部攻撃してしっかりと自分に引き付けつつ削っておくわけだ。

 あとは、頃合いを見計らって全部一気に砕いちまえば終了ってワケだ。

 確かに負担は掛かるが、俺一人で数人分の働きが出来るからパーティの負担が減って、結果的にはお得ってわけだな!」


 なるほど、そういう考えもあるんだなと私が驚いていると、


「単純に目立ちたがりなおっさんってだけだぜ?」


 とマグナコートさんが言って、


「効率が良いわけじゃないから。

 結局やった後のケアも必要になるので成功してもそこまで劇的な効果は無いし、もし失敗でもしたら目も当てられない惨状になるから、安易に真似しない様に」


 と、ジンに釘を刺されてしまった。

 別に感心はしてしまったけど、同じことをやろうとは思ってませんから!

 ジンの呆れたような目線に、ボルドーさんは頭をポリポリと掻いて答える。


「いやぁ、手厳しいな! はっはっは!」


「笑い事じゃないですよ、こっちは気が気じゃないんですからね!」


「本当、ヒーラーの心配ごとを増やさないで下さいよ!

 第一、やるならやるで事前に声を掛けてください」


「は、はは……すまん……」


 アルテイシアさんとララァさん、二人の回復役にツッコミを入れられてボルドーさんは小さくなっていた。

 付き合いも長いはずだし、こうして怒られるのを分かっていただろうにやってしまうとは……アカツキと似た様な性格をしているのかもしれない。

 渋くて落ち着きのある人なのかと思ったら、ボルドーさんも意外とただの男の子のようだ。

 女性陣二人と目が合うと、「本当に男っていつまでも子供よね」って言っている気がした。

 同感。


 コンディションを整えたボルドーさんは、再び湧き始めた敵を抑えに向かう。

 先ほどとは違い、連携を意識した距離での立ち回りだ。

 打って変わって慎重な動きを見せ、HPの減りも比べ物にならないぐらいに落ち着いていた。

 アルスさんの守る正面はどうにも大型のボスが常に沸くようで、上手くその相手をしつつ雑魚も引き付ける立ち回りを見せていた。

 アカツキは未だに元気よくブンブンと武器を振り回していた。


「おい、ここ無限沸きじゃねぇだろうな!?」


 終わりのない気配に焦れたのか、マグナコートさんがカンデラさんに問いかける。

 言葉から察すると敵が無制限に沸き続けるという事だろう。

 もしそうならば、ここで戦い続けるのは得策じゃない。

 じわじわと疲弊していくだけになってしまう。

 例え現状では負ける要素が無いとしても、集中力が切れたら対処できなくなるかもしれない。

 何より、ゾンビや骸骨ばかりを見続けるのは精神衛生的によろしくない感じだ。

 ホラー系が好きな人はこういうシチュエーションは歓喜かもしれないが、私はちょっと気分が悪くなってきた……やっぱり、見た目がグロテスクなのは精神的にダメージが蓄積される。

 うぅ、食欲がなくなってきた気がする。


「そろそろ最終フェーズのはずだ! デカイのに囲まれたらそれがラストだ!」


 カンデラさんが叫ぶのが早いか、丁度その時に三方に巨大な影が姿を現す。

 ……うえぇ、最悪の見た目だ……。

 ぶよぶよの大きな肉の塊に、不釣り合いな小さな手足。

 私の身長の倍はあろうかと言う巨体に比べて、驚くほどの短足でひょこひょこと寄ってくる。

 いや、歩く様子はひょこひょことしているのだが、実際にはズシリという重量感のある音を歩くたびに響かせていた。

 顔は醜い痘痕顔で、潰れた鼻が豚のようにも思える醜悪な姿だった。

 手には血糊と錆びに塗れた大きな肉切り包丁を構えている。

 肌の色はゾンビと同じ腐った土のような不快な色をしていた。


「そいつらでラストだ! やっちまえ!」


 カンデラの号令と共に戦況はより一層激しくなる。

 今までの死霊系と比べて格段に耐久力が高いのか、スキルはおろか攻撃魔法を受けてもびくともしていない。

 何事にも動じることなく、淡々と目の前の敵に対して敵意をぶつけていた。

 重厚な肉切り包丁のひと薙ぎは、空気を裂いて地面を穿つ。

 あのアンバランスな体型のどこからそれだけの威力を捻り出せるのか理解に苦しむが、繰り出される一撃をまともに受けてしまえばきっと無事では済まないだろう。

 三者三様の戦い方だが、上手く肉巨人の攻撃に対処して見せていた。

 アリエルさんを含めたヒーラー三人は防御で削れたHPの回復に専念し、コンディションを常に維持することを心掛けているようだった。

 アルスさんが盾で攻撃を受け止めただけで、そのHPを二割も削られていた。

 ボルドーさんは見た目にそぐわない俊敏な身のこなしで回避することで、アカツキは敵の攻撃に対してスキルによって攻撃力を底上げした一撃をぶつけることで相対していた。

 アカツキやボルドーさんも剣と剣がぶつかり合うたびにHPをガリガリと削られていた。

 今の状況から予測すれば、確かにHPが全快でもないと万が一の時に一気にやられてしまうかもしれないと思わされる。

 それ程の馬鹿げた威力があの攻撃に宿っているのだ。

 カンデラさんとテンカイさんは攻撃魔法によるサポートをしていた。

 効果があるのか見た目から判断できないのが悔やまれるが、それでも有効であると判断して攻撃を続けていた。

 今はボルドーさんと敵対している一体を集中して狙っているようだ。

 順番に火力を集中して倒すのが基本的な戦術なのだという。

 全員が必至で戦っている。

 そんな中でただ見ているだけしかできない私。

 胸の内にふつふつと怒りが込み上げてくるのが分かる。

 彼らの熟練の立ち回りを見て、確かに自分とのレベルの差を感じていた。

 私は彼らのように動けるのか不安に思う気持ちと、今こうして安全な立場に居ることに安堵している気持ち……そんな情けない自分に対する苛立ちが募っていた。

 では、私はどう動くべきなのか。

 何かできることはないのだろうか。

 ジンは全員がボスに集中できるように一撃必殺の攻撃魔法で雑魚の処理を担当していた。

 このメンバーの中で最も魔法の威力が高く、命中精度があるからだ。

 もし、ジンによる支援を失えば数の不利によって前衛三人が致命傷を負うかもしれない。

 一人でも失えば戦線が崩壊し、サポート役の魔法使いに危害が及べばあっという間にパーティは全滅してしまうだろう。

 マグナコートさんも全体を見渡し、ジンと一緒に雑魚の処理を担当していた。

 魔法剣士の彼女は、前衛がいざとなればいつでも飛び出せるように身構えているのだろう。

 全員の意識が三方向に集中している。

 まさにその時だったのだろう、ふと何気なしに振り向いた私の視線の先、崩落して閉ざされた入口の瓦礫を飛び越えて三体の獣が侵入してくるところだった。

 ところどころ骨が剥き出しになっているゾンビウルフ。

 その牙が、パーティの意識の間隙を突いて後方から襲い掛かろうとしていた。

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