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Act.06「Dungeon Attack !」#3


―ビゼン視点―


 このゲームを始めてからというもの、私の中にはいつも驚きと感動が洪水のように溢れかえっていた。

 幼馴染たち……二人の男友達に勧められたVRMMOという遊び。

 それは、私が今まで想像もしなかったような壮大で果てしない世界への扉だったのだ。

 現実の肉体とは似て非なる仮想の体から異なる感覚を感じる度に、そこにむず痒い様な違和感を覚えることも多いがそれでも私は楽しかった。

 羽のように軽い体は、私のイメージをそのまま形にする。

 あれほど毎日苦労して打ち込む一本一本の振りが、この世界では何度でも繰り返せる。

 まるで理想の自分にでもなれたかのような錯覚に恐怖心が沸いて、一時は理由を付けて距離を置いてみたこともあった。

 でも、それもあまり長くは続かなかったみたい。

 だって、この世界に私を招待してくれた気の良い友人は、私のことを気遣ってしてくれていたのだから。

 その気持ちを無下にしてしまうかもしれない……そう考えてしまうとダメだった。

 結局、私は精神面で未熟だから、気持ちに折り合いをつけるのに三日も掛かってしまった。

 もしかしたら、彼は私を待たずにどこかへ行ってしまったかもしれない。

 それも仕方ないか、なんて未練を引きつつも諦めかけていた私の前に、二人は手を差し伸べて待っていたのだ。

 今日からは少しでも二人と長く居よう。

 この世界を楽しもうと、私はそう決めたのだ。




 特訓場で急遽決まったダンジョン攻略。

 詳しくない私に、二人は親切に教えてくれた。

 何でもダンジョンと言うのは『迷宮』と言う意味で、ゲームにおいてはお宝やボスがいるので、それを目当てにプレイヤーが挑む場所なのだそうだ。

 怪しい風貌の魔法使いが彼に提案したのだが、周りのみんなのテンションから何やら楽しい場所なのだなと漠然と理解する。

 最も、ボスだとか攻略だとか、物騒な単語が並んでいることからピクニックのようなことではないとも理解している。

 私が不安に思っているのは、ゲーム初心者の私がそんなところに着いて行っても良いのだろうか、と言う点だ。

 何も知らない私は足手纏いになるんじゃないか、私のせいで失敗したら嫌な思いをさせるんじゃないか……漠然とした不安が胸の内を過っていた。

 そんな時、ふと彼と視線が合ってしまう。


 この世界の彼は現実ではあり得ないような不思議な風貌をしている。

 艶やかな銀髪に金色の瞳。

 まるで悪魔にでも取りつかれたかのような色合いだが、その顔の輪郭や雰囲気には、どこか普段の彼を彷彿とさせる何かがあるような気がした。

 仮想世界でのアバターは、見た目を大きく弄る人が多いとも聞かされていたのだが、彼はあまり弄っていないからそう思ってしまうのかもしれない。

 彼曰く、「それなりに弄ってはいる」そうなのだが、長い付き合いのある私からすれば、元の彼の姿が一目瞭然で透けて見えるのだ。

 そう言うと、彼は何とも渋そうな顔をする。

 ばつの悪そうな顔と言ってもいい。

 だから、私はふんと鼻を鳴らして勝ち誇って見せてあげた。


 ――どう、貴方の事なんてお見通しよ!


 そう、言葉にせず告げてやるのだ。

 すると彼は、ニヤリと口の端を上げながらふんと鼻を鳴らして返すのだ。


 ――いずれ、その鼻を明かしてやる。


 とでも言わんばかりに、挑戦的な目を私に向けるのだ。

 懐かしいその眼を見るたびに、彼が昔と変わっていないことを思い出して私は嬉しくなる。

 もう大分古い話になるが、負けず嫌いの彼が私の家の道場に通っていた頃があった。

 その頃は、男女と言ってもまだそれほど体格に差は無かったし、歳の頃も近くてよく稽古相手になっていたのを今でも鮮明に覚えている。

 私の方がずっと長く稽古をしてきているのに、私に負けるたびに悔しそうに吠えて、挑発して、もう一回負けて、捨て台詞を吐いて逃げて……道場の裏に隠れてこっそり泣いていたのだ。

 その頃から、まるで手のかかる弟のような存在として彼はそばに居た。

 私よりも背が低くて、強がりで、見栄っ張りで、だけど泣き虫な世話の焼ける男の子。

 そんな男の子を弟のように思い、世話を焼いていたのが私だ。

 きっと、お姉ちゃんになったつもりでいたのだろう。


 ――私がしっかりしないとダメだ、格好良いお姉さんにならないと!


 なんて、本気で思っていた気がする。


 中学の時に彼の家の都合で二年ほど離れていた時期がある。

 久しぶりに会った彼を、私は別人だと思ってしまった……そう、見違える程に彼は成長していたのだ。

 男子三日合わずば括目して見よ。

 私はそんな言葉を思い出していた。

 でも、何故か私はそのとき非常に腹が立ったのを覚えている。

 今では理由も分かっているんだけど。

 自分の知らない彼の表情に、誰かが私が可愛がっていた弟を取り上げてしまい、代わりに知らない男の子が返ってきたことに……私は無性に腹が立った。

 それは嫉妬だったのかもしれない。

 そして、彼が羨ましくもあった。

 目覚ましいまでの彼の成長に、見違える程の彼の成長に。

 彼は私に一目で気付いた。

 彼の眼から見て、私は見違えられる事が無かった……その事がとても苛立たしく感じたし、悲しくも感じたのだ。

 自分では自分が成長したかどうかを客観的に見れなかった。

 上達した、流石だと褒められても、私の中の感動は薄かった。

 張り合いがなく、毎日がただただ過ぎ去っていくだけの色のない風景のような、寂しいという感情が私の心を削り取っていたように思う。

 変化のない日々に焦りと不安を感じ、それをひた隠しにしてきた毎日が嫌だった。

 何でもない、私自身の理不尽な怒りを、憤りを、帰って来たばかりの彼にぶつけてしまったのだ。

 ハッと気づいた時には遅かった、私は自分の胸の内の濁った物を、彼に容赦なく浴びせ掛けてしまっていたのだ。

 恥ずかしさと後悔と、例えようのない恐怖に私は身を震わせた。

 私と言う人間が音を立てて崩れていきそうな感覚に襲われている中、彼は言ったのだ。


「とりあえず飯食おうぜ、俺さ、今日一食も食べてないんだよね……」


 その一言を聞いた時、私の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。

 空気を読まない彼の発言が、こんなにも暖かく感じるとは思っていなかったのだ。

 吐き出したことで空いた胸の中に、彼のそんな馬鹿みたいな言葉がするりと入り込んできて、ぽかぽかとした陽気で照らしてくれたのだ。

 私が真剣に悩んでいたことを、彼はまともに取り合ってくれなかった。

 一人で勝手に騒いでいた私の馬鹿馬鹿しさが、彼のその一言でありありと自覚できた。

 そして、それはもうどうでもいいことなのだと思えたのだ。

 ただ、その時の私は素直になれなくて、追加で彼を「アホ」だの「馬鹿」だの「乙女心が分かってない」だの、散々に罵倒し尽くした。

 ばつの悪そうな顔をしつつ、頬をかきながら立ち尽くすしかない彼の姿がおかしくて、いつの間にか私の機嫌は直っていた。

 それからも、なんだかんだと言い合ったりしてきたが、彼なりの気遣いをしている時の眼は見抜けるようになったと思う。

 彼が空気を読めない発言を「敢えてしている」タイミングに、決まって彼は同じ目をしていた。

 それ以外でも、彼は他人を気遣う時にはいつも同じ目をしているのだ。

 優しい色の目だ。


 今の彼は、まさにそんな目をしていた。

 これはつまり、初心者の私への配慮という事だろう。

 いきなりダンジョンへと連れて行っても平気だろうか、知らない人と付き合わせても平気だろうか……など、彼が色々と考えているのはお見通しだ。

 彼は誰に似たのかとてもお節介焼きなのだ。

 私がズバッと問題ないことを伝えると、彼は一瞬目をパチクリとさせると、ニヤリと笑って鼻を鳴らすような仕草をしていた。


 ――はっ、要らぬ心配でしたね。


 とでも言いたげな表情だ。

 えぇ、そうよ。

 それは私の事だから、貴方に心配されることじゃないわ。

 そして、私は大丈夫……この世界がイメージを反映するのなら、私が心に強く思い描けば万事上手く行くと言うこと。

 この特訓場で続けていた素振り、そこで得た手応えも、私の中で確かなものになった。

 今の私ならこの世界でも通用する、そんな自信が体の奥からふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。

 それに、もし何かがあったとしてもここにいる二人の友人が私を助けてくれると、心の底から信じている。




 ダンジョンへ向かうにはまず、第二の町『キオッジャ』へと向かう馬車に乗るらしい。

 キオッジャ行きの馬車停は西の門を出てすぐの場所にあり、現地は大勢の人で賑わっていた。

 ドミナの街中でも結構な人数が行き交っているイメージだったのだが、それよりも一段と多い人の混み具合に軽い眩暈がしそうだった。

 西の門は出てすぐが小さな林に面していて、爽やかな緑の薫りが優しい風と相まって素敵な雰囲気を醸し出していた。

 小川の近くにある水車小屋から響く槌の音が、何とも言えない牧歌的な景色を演出している。

 踏み固められた道端の脇には野花が咲いており、小さな花が多様な彩りを添えているのが愛らしい印象だ。

 ひっきりなしに旅立つ馬車の音がリズミカルで、何とも幻想的と言うか、本当に中世ヨーロッパの世界に迷い込んだような、そんな気分にさせてくれた。

 確か、彼らもこの世界の作り込みには舌を巻いていたはずだ。

 こういう細かな景観の造りや、雰囲気の演出にかけるこだわりが随所に見れるのは素晴らしいと珍しく絶賛していたのだ。

 ふとしゃがみこんで野花に触れてみると、か細い感触が指をくすぐって来た。

 こんな繊細な感覚や表現が、現実の世界じゃないだなんて……俄かには信じがたいぐらいだ。


「正式版では三人で各国を旅して回ろう、きっと気に入ると思うよ」


 ――と言っていた彼らの言葉の真意が伺えるような気がした。

 確かに、この世界はとても美しいと感じられた。

 新たな町キオッジャは水上都市だと言う。

 その名前自体がヨーロッパの都市名、同じく水上都市のものだったはずだ。

 まだ見ぬ街並みに思いを馳せていると、私を呼ぶ声が聞こえたので手を振り返して応える。

 馬車の用意が出来たようだ。

 私は期待に胸を弾ませながら、少し駆け足でパーティの元へと急いだ。




 馬車の窓を流れる景色を眺めながら、その美しさに心がときめいてしまう。

 この辺りの林は、林と言ってもかなり疎らな方で、どちらかと言えば並木道といった印象に近い。

 その並木の向こう側に覗くのは広大な田園の景色だ。

 一面に広がる緑の絨毯、風に揺られて海のように雄大に波打つ姿はとても現実とは思えない光景だった。

 ……そうだ、現実じゃないんだった。

 でも、きっと現実でも同じ光景を目の当たりにすれば、同じような感想を抱くに違いないと思う。

 普段はずっと東の森から出てすぐの草原や、その先の林で少し実戦をするか、あの特訓場でひたすら自己鍛錬をするかだったので、こんな景色が広がる場所があるとは夢にも思っていなかったのだ。

 そう、思い返せば私が西の門から町の外に出るのは初めてのことだった。

 仮想世界における私の肉体……確か、アバターと言っていたような?

 その、アバターの操作の習熟を、私はテストの初日から一番の課題と決めていた。

 二人から教わっていた情報だと、「すんなりと動けるはず」という事だったが、とんでもない!

 私はこの世界での一挙一動の全てが綿に包まれた様な、ふんわりとした感覚と言うか、輪郭がぼやけてしまうような、妙な違和感を感じてしまっていた。

 時折、体の方が考えに先んじて動いてしまうこともあり、そういったイメージとのズレや、微かな違和感が付き纏っていた。

 相談してみると、そういう経験をする人は少なくないのだと言う。

 斯くいう俺たちもそうだったしな、と笑い合っている二人を見た時は、流石に動けるはずだと保証していたくせにと表情を歪めてしまった。

 そんなこともあって、私はアドバイス通りにアバターの挙動を常に意識している。

 成果があってか、今では現実の体よりも反応がいい様な気さえしていた。

 それもそうだろう、彼ら曰く、化物や怪物と人間が戦うゲームなのだから、身体能力も現実の人間のそれとは比べるべくもないはずだ。

 そんなこともあって、現実でもVR世界でも変わらず修行の日々を続けていた私にとっては、ダンジョンの攻略といっても、そこに馳せるべき思いはまだ何もなかった。

 ただただ、見慣れぬ景色の鮮やかさに、吹き抜ける風の爽やかさに、この創られた世界の美しさに圧倒されていた。


 まさに、ちょっとした旅行気分だった。

 気心の知れた友人と、その友人たちとも合同旅行でハイキング。

 そう思うと、自然と足取りも軽くなっていた。

 気付いた時にはもう手遅れだ、私を除いた仲間の全員が、こちらを暖かな眼差しで眺めていた。

 私は気恥ずかしさを隠すよりも、弾んでしまう胸の気持ちを素直に吐露してしまうことにした。


「凄いですね、VRって! こんなに凄いなんて夢にも思ってませんでした!」


「はは、そう言って貰えるなら開発者も作ったかいがあるだろうな」


 あっさりとした笑みで答えてくれたのはボルドーさん。

 プロの方だそうで、その実力は折り紙付き何だとか。

 ゲームのプロって言われても、私にはピンと来ないんだけれど……その道を究めた人「達人」なのだと考えれば、ボルドーさんの凄さを少しだけ理解できるような気がした。

 私はまだまだ未熟な腕前だけど、お祖父ちゃんや兄弟子たちの実力がどれほど凄いのかを理解できるくらいにはあるつもりだ。

 特に祖父の剣捌きは神懸り的と言う言葉がぴたりと当てはまると思う。

 男の子が好きな漫画に出てくる剣の達人、まさにそんな風格を祖父は漂わせていた。

 ボルドーさんはこの世界において、その祖父と同じような腕を持つ人――あるいは、それに準ずるような人なのだろう。

 今もリラックスした表情をしているが、その挙動の節々にはピリッとした緊張感が漂っているように思う。

 それは何かを警戒しているからではなく、人に見られることを意識した振る舞いといった印象だ。

 VRゲームは老若男女問わず人気だと聞いているし、そのプロともなればアイドルのようなものなのかもしれない。

 私には、常に人の視線を意識して生活するのは無理だなと思う。


「いいなぁ~、その新鮮な反応! カワイイわ~!」


 そういって私に抱き付いてきたのはマーレという種族のアリエルさん。

 少し青みが掛かった白い肌に、サファイアのような目の覚める綺麗なブルーの髪は、それこそ波打つ海のように豊かなウェーブを描いていた。

 碧眼の瞳はくりっと大きくて、まつ毛も長くて可愛らしい。

 スタイルも抜群で、とても女性的で憧れるプロポーションだった。

 ……私もアバターを作るときに、色々と手を加えてみようかと思ったんだけど、やっぱり気分が乗らなくて止めておいたのだ。

 一つはアドバイスとして、現実の体に近い方が感覚のズレが少ないと言われたこと。

 もう一つの理由としては……幼馴染が居るのに、見栄を張ってもすぐにばれてしまうことだ。

 幾ら二人があほっぽいところがあるからと言って、バレた時に恥をかくのは私で、それを意識してしまうと無性に腹が立ったのだ。

 だから、敢えて殆ど弄らず……本当に、少しだけ、ちょっとお化粧する程度には弄ったけれど、現実に近い体型を維持してアバターを作ったのだ。

 ただ、私の種族は普通の人間であるヒューマンではない。

 最初は種族もノーマルであるヒューマンにしようかと思っていたんだけど、折角の機会だと思い直して何か別の種族にしようと決めたのだ。

 それで色々と試した結果、最後に選んだのがウルヴァンと言うイヌ科の獣人族だった。

 ウサギの獣人であるバーニアと最後まで迷ったんだけど、直接体を動かして戦うのはウルヴァンだったのが決め手だった。

 髪の色や瞳の色も自由に選べたのだが、これは気が付けば全て黒になっていた。

 私は根っからの日本人だったみたいだ。

 現実でも一度も髪を染めたことが無いから、他の色だと何だか落ち着かなかったと言うのがある。

 どうやら私の中では、犬耳と尻尾が生えているというだけで、心のキャパシティがパンク寸前だったみたいだ。

 不思議なことに、現実には存在しない犬耳と尻尾にも感覚が通っている。

 百歩譲って犬耳は現実の耳から感覚を引っ張ってきているのだろうと理解しても、尻尾は一体どこから引っ張ってきているのか……と、謎に思っていた。


「そして、このツンと張った耳も、シュッとした尻尾もカワイイ~!」


 ぐりぐりと遠慮なく触られる耳と尻尾。

 そこから伝わる奇妙な感触に、思わず変な声が飛び出そうになったのを必死に堪えた。

 尻尾は腰のあたりから背骨の辺り……背筋の延長線のような感覚なのだ。

 毛に覆われているからか、それほど敏感というわけではないのだが、触られると独特のもぞもぞとしたこそばゆい感触が背筋を這うようにして伝って来るのだ。

 どうにか無様を晒さずに済んだ私は、すぐさま、犯人である彼女に抗議をする。


「もう、やめてくださいよ! くすぐったいんですから!」


「いやよいやよも好きの内って言うやんか~!」


「ちょっと、本当にやめてくださいよ! ん、もう!」


 私の反応が気に入ってしまったのか、さらに念入りに触られてしまう。

 背筋を這うようなぞわぞわとした感触に耐えながら、私は必死に尻尾を庇った。

 最終的に、股の間を通して抱きかかえるようにして守ることになってしまった。

 これはこれで尻尾への圧迫感があるのだが、好き勝手に他人に触られるよりは遥かにマシだ。

 まだ触り足りないといった表情で、名残惜しそうに耳をなでなでする彼女に私はため息をつく。

 第一印象では綺麗で大人っぽい雰囲気の方だったのに、いざ知り合ってみると本性は大きく違っていたりするのだから困る。

 まだ私はこの世界での人付き合いに慣れていないから、どう接すればいいのかなかなか距離感が掴み切れていない。

 彼女の様な反応を示す人をどのようにあしらえばいいのか、その匙加減が難しいのだ。

 誰かに相談しようにも、この世界で唯一の知り合いは彼ら二人だけで、この手の話は苦手そうだからなぁ……アリエルさんみたいな人は、私の現実の友人には居ないタイプなので扱いに困ってしまう。

 悪い人じゃないってのは雰囲気で分かるんだけど……何だろう、私のアバターの耳と尻尾を見る目だけが尋常じゃないって言うか。

 弄るときだけ正気を失っていると言うか。

 そうやって、私が警戒心を露わにしていると大柄で禿頭、更には角と厳つい外見のテンカイさんが暴走気味のアリエルさんを諌めてくれた。


「アリエル、嫌われる前に止めておきなさい。 そして、ちゃんと謝る」


 寺院の僧侶といった格好の彼は、ジンの知り合った三人組の纏め役みたいなポジションだ。

 以前からマグナコートさん、アリエルさん、テンカイさんの三人とは何度か顔を合わせたことがあるが、二人のどちらかが暴走した時にストップを掛けてくれるのがテンカイさんだった。

 見た目はやや厳ついが、態度はとても紳士的で好感が持てると思った。

 現実でもきっと、面倒見が良くて包容力のある素敵な人なんじゃないかな。


「カハハッ! 相変わらずアリエルはケモ耳や尻尾に弱いんだな」


 ちょっと下品な雰囲気が目立つのがマグナコートさんだ。

 見た目も襟足の長い赤髪や、キツめの目つき、八重歯の目立つ口元など不良っぽい。

 でも、言動も見た目もアウトロー全開といった風なのに、意外とカワイイものが好きみたいだ。

 ドミナの町の雑貨屋通りで買い物をしていたら、偶然マグナコートさんが同じ店に来ているのに気が付いた。

 女性向けの小物を扱うショップだったので意外に思ったのだが、よく見ればマグナコートさんの体型に女性特有のラインが出ていた。

 普段からマントを羽織っていたことや、ぶっきらぼうな言動から、先入観で男性じゃないかと思っていただけで、本当は女性だったようだ。

 気付いてみれば、確かに女性らしい箇所がちょこちょこと見つけることが出来た。

 高めの声だと思っていたのも男性を基準に考えていたからで、女性としてみればハスキーで格好いい声なのだ。

 そう言えば、ジンが「マグナはアバターになりきって楽しんでるタイプだからな」と言っていた気がする。 という事は、彼女の普段の言動は全て演技ということ。

 一つのゲームでも、色々な楽しみ方があるんだなと再発見させてもらった感じだ。

 私は不良は好きじゃないけど、マグナコートさんのことは嫌いじゃない。

 確かに言動はそれっぽい感じを演出しているが、その実は他人に対しての優しさが隠れている。

 今も、私が困っているのを見て助け舟を出してくれているのだ。


「だ、だって可愛いじゃない!」


「なら、自分でやって自分で触ればいいじゃねぇか」


「いやよ、自分のを弄っても楽しくないの! 他人のを愛でるのが楽しいのよ!」


「……じゃあ、俺様がお前を触りまくっても問題は無いな!」


「ちょ、ば、やめてよー! いやーん!」


 私にウィンクを一つしつつ、アリエルさんの体を揉みくちゃにしていくマグナコートさん。

 さっきの私にされた事への意趣返しだと言わんばかりに色々なところを遠慮なく弄っていた。

 そこまでしてくれなくても良かったのだが、多分、マグナコートさんにとってそれは半分建前で、アリエルさんとじゃれ合うのは日常茶飯事なのだろうと思った。

 アリエルさんも嫌がっているというか、他のメンバーの居る手前恥ずかしいという感じだ。

 ある種の微笑ましさを感じなくもないが、この空間に気まずい空気が漂っているのは事実だ。

 気心の知れてる仲間内だし女性同士だと理解している私はいいけれど、唐突に始まったその光景に他の男性陣が目のやり場に困っていた。

 いや、聞こえる声も問題なのだろう。

 耳を塞ぐかどうか迷っているのか、手を膝の上で開いたり閉じたりしながら視線を必死に逸らしている。

 それも、男性陣全員が揃って同じ行動を取っているのだ。

 男って馬鹿だとは良く言うが、本当に同じレベルで馬鹿なのね……。

 そんなことを思いつつ、私は知らず溜息を一つこぼしてしまった。

 全く、もっと紳士的な態度を取れないものなのかしら、アイツ。


「いい加減にしなさい、二人とも」


 テンカイさんの拳骨で事態は収拾がついた。

 突っ込みにしては激しいんじゃないかと思わなくもないが、そこはそれ、気心の知れた仲間だからできる匙加減なのだろう。


「……ぐぉう! あ、あとで覚えてやがれよ、ぶっ殺す……」


 ぼそりと物騒なことを呟いたマグナコートさんの声は聞こえなかったことにした。

 仲が良いっていいことだな。


 そんなこんなで第二の町『キオッジャ』に到着した。

 海辺の町というだけあって、風に潮の匂いが香る。

 心なしか日差しも強く感じるし、空もより青く、雲もより白く感じた。

 町の外観は私のイメージにあった白塗りで統一されている地中海の方ではなく、煉瓦の赤をや茶色をベースに温もりのある木材の色がふんだんに取り入れられた落ち着いた印象だった。

 建築様式もドミナとそう大きく変わらないようなのだが、やはり水上都市というだけあってカラフルなゴンドラが水路を行き交っているのを見ると感動を覚えた。

 本当にヨーロッパに旅行にでも来た気分だった。

 VR技術を使ったトラベルツアーとかも最近では一般的になったとニュースなどで聞いたことはあったけど、実際に出かけなくて何が面白いのか、なんて考えていた。

 けど、こうして自分の目の前にこうして存在している、そういう体感を得られるのだから案外と馬鹿に出来たものじゃない。

 下手したら、旅行準備すらも要らないVRツアーの方が気楽かもしれないのだ。

 うーん、普及した理由が分かってしまった気がする。

 卒業旅行にVRツアーなんていうのも、意外といいのかもしれないなぁ……。

 そんな風に私が街並みの美しさに思いを馳せている間に、残りのメンバーと合流が出来たようだ。

 と言っても、都合がついたのが一人だけだったらしく、メンバーの総数は合計で十一人。

 その最後の一人と言うのが、先にこの町に着いていたので待っていてもらったのだ。

 迎えに言っていたカンデラさんが紹介をしてくれた。


「コイツは勇者様だ、よろしくな」


「どうも、勇者です。 よろしく頼む!」


 正直に言えば、変な紹介だなと思った。

 勇者と言うのは職業でもないし、そのように自称するようなものでもないと思ったのだ。

 確かにカンデラさんも勇者だと言っていたが、個人が決めるものでもないんじゃないかなと。

 他のみんなも同じように思ったのだろう、少し気まずい間が生まれていた。

 それを打ち破ったのはジンの驚きの声だった。


「あぁ、勇者!」


「おぉ、賢者か!」


 どうやら、ジンの知り合いだったようだ。

 アイツの周りはどうにも変な人が集まるらしい。

 類は友を呼ぶとでも言うのだろうか。

 そう言ってしまうと、まるで私まで変人になってしまいそうなので口には出さないけど。

 それにしても、賢者って……いつも宿題をサボるし、テスト勉強もロクにしないアイツには似つかわしくない呼び方よね。

 本当のアイツを知る私に言わせてもらえば、ジンはそのまるっきり正反対の愚者とでも呼ぶべきだと思う。

 軽く二人の出会いについて語ってくれた後、いよいよダンジョンへと向けて移動することになった。


「場所はこの町から更に西だ。

 一応、本来は連続クエストを受注して発生させるタイプのダンジョンなんだが、参加資格を持ってる冒険者が居れば、ダンジョンに突入する他のメンバーについては制限は無い。

 その辺は、攻略に挑戦した後で結果に問わず共有してやる」


 カンデラさんはそう言うと、町の馬車停へと向かって新たな馬車を手配した。

 私たちはそれに乗り込んで目的のダンジョンへと向かう。




 キオッジャまでの馬車の中では雑談に沸いていたメンバーも、ダンジョンへ向かう馬車の中では攻略の手順についての打ち合わせや、武具、アイテムの確認だけに時間を費やしていた。

 ピリッとした緊張感や、表所の変化、そういう瞬間を見ると、本当に彼らがゲームに対して真剣なんだと理解させられた。

 ゲームなんて遊び、しかも子供のやるもので、大人が熱中するようなものじゃない。

 そんな風潮は未だに根強いんだとジンは言っていた。

 それは、ゲームがこの世に出た時から変わらないのだと言っていた。

 特に真剣に遊べば遊ぶほど馬鹿にされるのだとも。

 私もゲームには詳しくないし、まずそれほど遊んだ経験も無いのだ。

 ある意味ではゲームに対して無知であるし、嫌味も執着も全く持ってない、まっさらな状態で受け止めているとも言えるかもしれない。

 そんな私が、いま目の前にいる彼らの表情を見て思ったことがある。

 私は決して、彼らを馬鹿に出来ないという事だ。

 それは、同じゲームを遊んでいるから、そういう内輪を庇うような心理では断じてない。

 彼らの直向きな姿勢、その真摯な表情に、伝わってくる熱意に、自分の中にある真っ直ぐな部分と似た何かを感じ取ったからだ。

 私が剣術を学ぶこと、剣術と向き合うこと、勉強も、家事も、全てに対して実直に取り組もうと思う部分と、彼らがゲームに対して挑む姿勢は、何ら変わりのないことなのだ。

 少なくとも、彼らはただ楽しいからという自分の快楽でゲームをしているのではない。

 そんな矛盾した考えが浮かぶほど、その表情は真剣そのものだったのだ。

 ゲームとは遊ぶためのもの、遊ぶとは趣味であり、それは生きる上で絶対に必要なものではない。

 確かに、趣味は趣味だ。

 でも、いま目の前のいる彼らの瞳には、そんな「ゲームだから」「遊びだから」といった柔らかい感情は一切映っていない。

 ともすれば、己の全てを掛けて挑むかのような、そんな決意を感じさせる輝きを覗かせていた。

 VR技術で作られたこの現実味のある世界ゆえの錯覚がそうさせるのだろうか、彼らはまるでこの世界で生きる本当の冒険者のように、これから訪れる未知への冒険に思いを馳せていたのだ。

 彼らゲーマーという人種。

 その中でも、最もコアでディープだと自他共に認めるであろう重度のゲーム中毒者。

 彼らが何故そうまでしてゲームに、遊びに夢中になるのかは私には分からない。

 確かに人によっては、そんな彼らの事を馬鹿にしたり、見下したりする人もいるのだろう。


「たかがゲームに夢中になるなんて」


 自分がそこまで凄いと思っていないものに、そんな得体のしれないものに夢中になる人のことなんて、理解できなくて仕方がないのだ。

 少し視点を変えてみれば、彼らがただ「真剣に物事に取り組んでいる」だけのことなのに。

 それに気付かなければ……私もこうして誘われてやってみなければ、今でもVRの凄さも、この世界の素晴らしさも、何もかもを知らないままだったに違いない。

 まだゲームの面白さが何なのか、彼らがそれほど真剣になる理由が何なのかまでは、私も分かってはいない。

 それでも、私はその切っ掛けを得たように思う。

 私の中にある真剣な部分を、この世界にぶつけてみればいいのだ。

 きっと、そうすることで答えが返ってくる。

 彼らをそこまで熱くさせる理由、私が彼らにシンパシーを感じた理由が。


「――それじゃ、行くとしますか!」


 ボルドーさんの掛け声に全員が頷き声を返す。

 みんなの表情は嬉々としてるが、その瞳の中には滾る様な火が点っていることを私は感じた。

 その火の粉が飛び火して、私の中にもじんわりと熱が籠ったのが分かる。

 この世界に私の存在を思いっきりぶつけてみる。

 一つの予感を胸に、私は決戦の舞台へと足を踏み入れた。

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