表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/64

Act.06「Dungeon Attack !」#2


 現在報告されているだけで、発見された新ダンジョンの数は十八箇所。

 実際には報告されていない――第一発見者の「権利」として一定期間の単独占拠状態にあるダンジョンがあると思われるので、実際に追加されているダンジョンの数は優に二十を超えるだろう。

 その数だけを聞けば、ただのテストにしては大掛かりな追加に思える。

 正式サービス後の定期アップデートでも、これだけの数のダンジョンを追加することなどは話にも聞かないくらいだ。

 ただ、サービス開始直後から最初の上限に到達するまでの間に踏破する数と考えれば、そこまで多いものでもなくなるはずだ。

 つまり、現在この世界に出現しているダンジョンは正式サービス以後で使われる予定のダンジョン、もしくは、それらの調整を目的としたコピーダンジョンじゃないかというのが俺の予想だ。

 ギミックの挙動や、プレイヤーの動き、発見から攻略までの状況など、様々なことがテスト環境から観測できる。

 それらを元にレベルデザインの見直しを始めとした、必要と判断された変更や修正を加えるつもりなのだろう。

 リアルタイムで更新され続ける情報を前に、とりあえずざっくりと洗い出した断片から現状の整理をしてみた。

 ダンジョン攻略の進捗はそこそこと言った所か。

 三千人超のプレイヤーの全てがインしている訳ではないだろうが、一部のゲームをやり込むことに特化した「廃人」と呼ばれるトッププレイヤーたちが率先して攻略を推し進めているのだろう。

 発見報告のある十八のダンジョンの内、既に四つの攻略が完了していた。

 ただ、ダンジョンと言う大雑把な括りで纏められているが、実際には決闘場タイプのものや、インスタンスエリアを活用したもの、フィールドの一部エリアがそのままダンジョンとなっているものなど、その形態や種類は多岐に渡っているそうだ。

 それによって攻略の進捗も差があるようで、中には「現状の装備じゃ全く太刀打ちが出来ない」敵の出現報告や、「多数の敵との集団戦を強いられるので参加者の人数が必要」と攻略に際しての要求条件も様々なようだ。

 現在突破された四つのダンジョンは次の通りだ。


・第三ダンジョン『大蛇の胃袋』


 大ボスとの戦闘をする討伐系ダンジョン。

 体長が三十メートルを超えるような大蛇と、その卵から孵る子供を相手に戦うボス戦。

 参加人数十五名で討伐に成功、発見から踏破まで三時間二十七分。


・第七ダンジョン『妖花の咲く森』


 クエストによって誘導されるフィールドダンジョン。

 再生する茨によって囲われた森の中を突き進み、出口に到達することでクエスト条件が更新されるのでそれを突破の条件とする。

 ダンジョン内は自然や地形を利用した天然の迷路になっており、普通の森と比べて鬱蒼と茂る木々や蔦、そして植物型モンスターの妨害によって方向感覚が狂わされるのだそうだ。

 戦闘面では状態異常を多用されるので入念な準備と、不安定な地形への適応力、そしてパーティの連携が試される。

 ヒントや一部の特殊な地形を把握することで踏破ルートを見分けられる。

 つまり、コツを掴めば短時間で突破が可能となる。

 発見から踏破までは八時間三十二分。


・第八ダンジョン『園芸師の邸宅』


 クエストによって誘導される第七ダンジョンを経由して訪れるダンジョン。

 屋敷内を探索し、隠された秘密を暴きながらミステリーの真相に挑むという趣旨のもの。

 戦闘ではなくフィールドワーク、そして謎解きがメインとなるので違った意味でプレイヤーを苦戦させていたようだが……流石は選りすぐりのβテスターと言うべきか、そういったものを得意分野とする冒険者をそこまで誘導することで、以後の謎解きはあっさりと解決したらしい。

 発見から踏破までは六時間一分。

 殆ど一人で謎を解いた探偵役のプレイヤーが来てからで言えば、一時間そこそこだったとか。


・第十七ダンジョン『岩窟の古城』


 こちらもクエストから誘導される導入のダンジョン。

 第二の町『キオッジャ』に夜な夜な訪れる亡霊のような魔物は、海岸沿いに進んだ先にある古城から現れているという……その原因を絶つべく冒険者による調査を依頼する、というのが大まかなストーリーになっている。

 古城のモンスターはテキストにあったように亡霊系と言えるような恐怖感を煽る見た目をしているが、別に実体がないわけではないので武器や魔法などの攻撃手段を選ぶわけではない。

 ただし、その見た目の悍ましさに見合うだけの強力なステータスを有していて、今までこの世界で経験してきた戦闘の中では一番難易度が高かった言われている。

 クエスト発生させる為の条件が多少迂遠で難しかったのも、挑戦するに足る条件を満たしているかどうかを確認されているようだ。

 それもあってか、進捗は他のダンジョンと比べても遅々として進んでいなかったのだが、前提条件の確定によって挑戦者が増えたことで突破に至ったと言う。

 発見から突破まで十二時間四十六分。

 突破時の参加人数は過去最多となる百五十七人。

 ダンジョンのナンバリングである第十七というのは、冒険者が発見を報告した順番によってつけている数字なので、現在踏破されたダンジョンの中では最も新しい方となる。

 参加した冒険者の多くが、現在のレベルだと本来は踏破できる難易度じゃないと口を揃えて証言していたことからも、戦闘の難易度は格段に上がっていることは間違いないだろう。

 それも、どうやら装備やステータスといった、プレイヤーの戦闘に対する熟練度よりもゲーム的な数値の要素が大きく影響しているという見方が大多数だ。

 該当するダンジョンの周囲に出現するフィールドモンスターと比較しても、その強さは「桁が違う」というレベルだそうでダンジョンは事実上、現在のテスト環境におけるエンドコンテンツに相当しているようだった。


 エンドコンテンツとは、基本的に明確な終わりが存在しないと言われているネットゲームにおいて、どうしても訪れる限界地点――その時点における最終到達点のことを示している。

 ネットゲームに終焉が無いとされるのは、「アップデートが永遠に続くとすれば」という見えない但し書きが付いている。

 実際には、用意された範囲でしか遊べない。

 それは当然だ、この世界を作り上げるのには膨大な労力を必要とする。

 山や町を、ダンジョンを、イベントを、アイテムを……用意しなければならないものは実に多岐に渡り、その量も想定している規模に比例してより膨大になっていく。

 それこそ無限に続く世界を創造しようとすれば、それと同じく無限の労力を必要とすることになる。

 ネットゲームにおいてプレイヤーに用意されるのは完成された世界ではなく未完成の世界、自由な大地ではなく、区切られた領域だけの世界となる。

 現段階における到達地点、地平の果てがエンドコンテンツだ。

 ある意味、この『箱庭』を拡大したものがそのまま正式サービス後の世界と言っても過言じゃないだろう、逆に言えば正式サービス後の世界を縮めたものがこの世界なのだ。

 それで言えば、第二の町とその周辺のダンジョンと言うのは、ゲーム内ではある程度の時間が経過した後の大きな区切りで用意される舞台で、そこで更に冒険者は新たな強さを要求される。

 ある種の大規模アップデートのようなものになるわけだな。

 この段階的なテスト内容の解放と実装は、まさにそのMMOというゲームの辿る道程すらも縮尺したような形と言えるかもしれない。


 敵が単純なステータスで強いということは、冒険者の装備やステータスにも何らかの向上が求められるという事でもある。

 つまり、何らかの形で冒険者の強さの限界も突破が可能ということだ。

 このゲームには明確なレベルが存在せず、種族の特性や開示ステータスが少ないことからも強さの基準が曖昧で、強さの比較をすることが難しい。

 ステータス面は先の理由から、あくまで強さの「目安」にしかならない。

 そこで、現在最も頻繁に使われる強さの情報は「討伐」と「装備」の二点だ。

 討伐とは簡単に言えば「どのモンスターまで倒せるか」で強さを測る、とてもシンプルで原初的な方法だ。

 手段や装備を整えればステータスの比較なども行えるが、旧時代のゲームとは勝手が違うVRゲームでは主に「対象となるモンスターに勝てるか否か」だけを重要視する。

 VRゲームはコントローラーやキーボードなどの入力操作を完璧に行えば誰でも強さが等しくなれるという事があり得ないゲームだ。

 実際には、入力端末を正確にコピーすることも一般人には難しいだろうが、VRゲームはよりダイレクトにプレイヤーのアバター操作技術や戦闘センスが問われることとなる。

 それらを均一化した条件付けというのが難しく、結局、物差しの長さを常に一定にすることはできないのだ。

 なので余程悪質な強さの水増しさえ無ければ、特定のモンスターを「倒せるか否か」だけを重視する実戦本意な算出方法が、シンプルで信頼性が高いという結論になる。

 現在までに『Armageddon Online』のβテスト内で提唱され、使われている戦闘力の基準は次の三段階だ。


<ランクB>

 条件:ホーム『ドミナ』より北の山にて出現する『ストーンゴーレム』をソロで討伐できる。


<ランクA>

 条件:ホーム『ドミナ』街道周辺に現れるクエスト『街道を塞ぐもの』に登場するボスモンスターの内どれかをソロで討伐できる。


<ランクS>

 条件:ソロで『始まりの洞窟』を踏破し、最深部ボス『鉄の騎士』を撃破する。

     もしくは、ソロで討伐クエスト『南の森の獣騒ぎ』を攻略できる。


 現在のところはかなり大雑把に纏められているが、大体この基準を用いられている。

 この三つで分ける以外にも、「○○というモンスターの討伐」という討伐本位の基準が幾つか設けられてもいるのだが……その辺は神経質というか、A型向けと言うか、より細かくランク付けしたい一部の人向けだ。

 少なくとも、現段階のテスト状況ではこの三つを達成できるかどうかで、強さの基準としての役目を果たしている。

 難易度で言えば、実は<ランクB>なんてあって無いような基準で、正直それが達成出来ないんならVRゲームそのものが向いてないんじゃないか……と、廃人に言われてしまうのだ。

 実はこの基準には簡単なクリアの方法が存在していて、ある程度の距離を保ちつつ魔法などで遠隔攻撃、近接戦闘ならば鈍足なゴーレムの挙動をしっかり見て対処すればいいだけだからだ。

 それらの発想に至れるならば問題なく狩れるし、無様でも殴り合いで勝てるならステータスと根性の面で問題が無いとされるわけだ。

 例えゲーム経験が少なくても、勝つために、倒すために何をすればいいのかという事を、自分で試行錯誤してみればいいのだ。

 そういう意味でも、ランク付けの中では比較的簡単な達成条件なので、あって無いような基準だと言われている。

 もちろん、三千人のテスターの殆どは達成しているが、一部ではそこまで到達していないものがいるのも事実だ。

 戦闘が致命的に苦手だったり、戦闘に興味が無かったり。

 それはそれでいいと俺は思う。

 VRMMOにおいて戦闘を主体においたプレイをするつもりなら、突破できて当然と言うだけの話であって、このゲームをプレイする上で必須の条件と言うわけではないからだ。


 ポイントとなるのは<ランクA>と<ランクS>の達成条件か。

 クエスト『街道を塞ぐもの』は繰り返し受注可能な金策クエストであり、そして『道場』とも呼ばれている戦闘練習用のクエストでもある。

 もちろん、そんな紹介のされ方をするわけではなく、プレイヤーが勝手に『道場』と呼んでいるのだが。

 クエストを受注することでドミナの町から東西南北に延びる街道のどこかでランダムにボスモンスターと遭遇するようになる。

 そうして出没したクエストボスをソロで討伐できれば一人前の戦闘職という話だ。

 ソロ討伐をタイマンと解釈すると、魔法職には不利な条件に思えるかもしれないが、実際の達成基準はそうではない。

 該当クエストでは数体のボスモンスター候補の中から一体が登場するのだが、中にはゴーレムのように鈍重な動きの熊型のボスや、群れを率いているからか個体性能が低い狼型のボスなどが居るので、自分の戦闘スタイルと照らし合わせて戦えれば決して不可能ではないのだ。

 ただ、やはり難易度としては高いと言えるだろう。

 さっき言ったように相手を選べばこちらが有利にもなるが、逆を言えば相手によっては難易度が跳ね上がることもあるのだ。

 あたかもじゃんけんのように、他の出現ボスには勝てても特定のボスには勝てない、などという状況も十分にあり得るのだ。

 それをあえて考慮しないとしているのは、あくまで一つの強さの基準作りだからだ。

 まだ細かな検証が進んでいない現状で、共通して設定できる状況を用いた基準作りとして採用されているに過ぎない。

 より細かいランク分けを行っているリストの方では、フィールドモブを多用した基準を作っているが戦闘時の状況が条件がバラついてしまうので、それでも正確とは言い難いだろう。

 戦闘スタイルの向き不向きによっては、上位ランクを突破できるのに下位ランク相手にてこずるという逆転現象も往々にしてあり得てしまうのだ。

 細分化された方のランクが一部でしか使われていない理由も、その徹底し過ぎた基準によって矛盾がおきてしまうようでは仕方がないと言う話からだ。


 そして最後の<ランクS>はわざわざSと名付けるだけあって達成が困難とされている。

 実は当初は『鉄の騎士』のソロ撃破だけだったのだが、後から追加条件として「ダンジョンからソロで踏破」という一文や、別口の達成条件である討伐クエスト『南の森の獣騒ぎ』が加えられた。

 大雑把に言えば、現段階においての<ランクS>という肩書は、名乗ることでトッププレイヤーと称えられたいという思惑によって難易度が設定されていた。

 要求される戦闘レベルも、以前の基準では「タイマンでの戦闘力」を重視していたのに対して、「個人としてどこまで強いか」を示す単位に変質している。

 と言うのも、このランク作成当時は少なかった<ランクS>到達者が、ランクの認知度が広まると同時に数倍に膨れ上がってしまい、その役目をあまり果たしていないと一部の廃人プレイヤーが思ったのだろう。

 条件だった『鉄の騎士』は確かに当時のモンスターとしては最大の戦闘力を誇る個体だったと言えるが、必ずボス部屋での一対一、しかも妨害が一切入らない安定した状況で戦闘が行えるというプレイヤー側に有利な条件が揃っていたので、選りすぐりのプレイヤーである三千人の冒険者にとっては思っていたほどの難易度ではなかったのだ。

 そこで、増えすぎた<ランクS>を削ぎ落とす為に、条件の改正を行う運びとなったのだ。

 わざわざ面倒なことをせずに、ランクを一つ足せばいいと思ったのは俺だけじゃないだろうが、別に公式のランクじゃなく、あくまでユーザーの「自称:俺様の強さランキング」でしかないので、変更に関しては特に何も言われなかったようで、俺自身もどうでもいいと思っていた。

 ただ、改正後にはやはりひと悶着起きたな。

 先に述べたとおり、強さの基準が大幅に変わってくる。

 どうしても<ランクA>と<ランクS>では求められる強さが違ってくる。

 VRMMOと旧来のモニターで遊ぶMMO、この二つの間で最も大きな難易度の変化があるとすれば、それは間違いなく一体多という状況での戦闘だ。

 モニターで見ていた時はキャラクターを俯瞰して見ることが出来るゲームが多かった。

 三人称視点と呼ばれるそれは、本来なら主人公が見えていないであろう背後の状況や、仲間の状態が鮮明に把握できる。

 情報の表示をカスタマイズできるゲームでは、更に高度な情報管理をすることも可能だろう。

 プレイヤーは自分の管理できるモニターの数だけ目を持ち、それによって状況を有利に展開できたのだ。

 しかし、VRゲームではそう簡単にはいかない。

 俯瞰視点は言うなれば神の視点、傍観者の視点だ。

 現実の自分には危害が及ばないし、安全な場所に居ると言う自覚から冷静に見ていられる。

 それが主観視点、つまり生身の自分と同じ視野だけになればどうだろうか。

 背中は当然見渡せないし、目の前のことに集中すればあっという間に視野はより狭くなってしまうだろう。

 各種情報を表示すれば、それは自分の視界を簡単に覆い尽くす壁となりえる。

 例え、複数のモニターを同時に見ることができたとしても、要求される集中力や判断力は桁が違うと言えるだろう。

 さらに、痛みを感じるVRゲームだとどうなるか。

 向けられた害意、敵意はそのまま己の身を傷つける鋭い痛みとして襲い掛かってくる。

 例えそれが仮想の体だと理解していても、痛みも精々が痺れるような、平手で叩かれる程度だったとしても、それを痛みとして脳が受け止めた時に本能は冷静でいられるだろうか。

 お化け屋敷やジェットコースターなど、人の恐怖心を煽る為の作り物だと分かっていても怖いものは怖いものだ。

 VRゲームでもまた、仮想世界だと理解していても体が、脳が恐怖を感じることはあるのだ。

 VRゲームにおける一体多とは、そういう極限状況をいとも簡単に生み出してしまう。

 それは時に「レベル差」というゲーム世界における絶対的な強さすらも簡単に打ち砕いてしまうことすらあるのだ。

 過去に何度、調子に乗った『最強のプレイヤー』達がゲームを引退する切っ掛けとして無謀な挑戦に挑み、そして散ってしまったのか……その正確な数は分からないが、百や二百じゃきかないだろう。

 新たに制定された<ランクS>は、そういう危険性も孕んだ『とびっきりのVRゲーム馬鹿』だけが挑戦することを許され、その中でも異常なほどに卓越した戦闘力を有して初めて到達するランクへと変貌したのだ。

 結論だけ言えば、このクローズドβテストに参加してるプレイヤーは『とびっきりのゲーム馬鹿』が大多数であり、その実力を見込んで誘われた『実力者』が居るのだから、改定後の<ランクS>達成者は当然ながら相当数いる。

 ただ現在は、改定前の基準で<ランクS>を名乗る者と、改訂後の<ランクS>が入り混じってしまっていて、結果的に<ランクS>を名乗る奴は胡散臭いという空気が出来ている。

 風評被害も良いところだと思うが、まぁ、集団心理とはそういうものかと納得もする。

 ちなみに、クエスト『南の森の獣騒ぎ』はモンスターが大量に沸いてくるクエストで、百匹以上のモンスターを相手にしろという“複数パーティ”向けのクエストだ。


 さて、何を言いたいのかと言うと、今回の攻略メンツには<ランクS>が四人いる。

 旧<ランクS>ではなく、新<ランクS>の方だ。

 ボルドー、マグナ、カンデラ、そして俺の四人が、その馬鹿どもである。

 まぁ、ボルドーはプロのVRプレイヤーであり、ユーザーランクの発表後にアピールとして挑戦したと言うのだから、彼の理由は十分に理解はできるだろう。

 残る二人……俺も含めて三人は残念ながらただの馬鹿だった。


 俺とカンデラは魔法の試し撃ちとして、死ぬことを前提でクエスト『南の森の獣騒ぎ』を受注した結果、見事突破してしまったという経歴だ。

 自己弁護をする形になるが、まだ納得はしてもらえると思う。

 実際、上級魔法の威力を知っている人ならば、アレをあらかじめ用意して現れた敵を群れごと薙ぎ払ってしまえば簡単にクリアできるというのは想像に難くないはずだ。

 ただ、俺もカンデラもそれを達成したのは上級魔法の習得前である。

 先ほどのメンバー集めの時にユーザーランクの話題になった流れでうっかり答ええてしまったのだが、そこにいたボルドー達が「確かに、上級魔法を当てれば簡単に達成できそうだ」などと解釈してしまったのだ。

 確かに、上級魔法の威力をもってすれば薙ぎ払えるかもしれない。

 ただ、実際に上級魔法を使え、なおかつクエストを攻略してる俺だから言えるが、アレはそういう単純な方法じゃ突破できないだろう。

 そもそも、俺の覚えている上級魔法≪焼払暁星の呪文≫は直線放射型の魔法だ。

 テキストは次の通りだ。


焼払暁星リィ・ヴァ・ディーンの呪文≫

 かつて伝説となった魔導師が遺したとされる、圧倒的な破壊を齎す魔法。

 全てを灰燼へと帰すその威力は、星々の輝きにすら匹敵すると称えられ、恐れられた。


『原初に生まれし始めなる存在もの、祖は暗闇、深淵にして絶対なる存在もの

 汝が抱きし篝火を、その爆ぜた火の粉の一粒を、今ひと時だけ我に貸し与え給え

 全ての存在に宿りし火の素因エレメントよ、我が呼び声に応えよ

 命じるは力、純粋にして淀みなき其れをもって、一切合切を在りし形に戻せ

 我らの前に立ち塞がりし、この世の全ての存在に、等しく滅びを与えん』


 何度見ても長い詠唱文である。

 我ながら、よくも実戦で一発で詠唱しきったと感心せざるを得ない。

 現実ならば絶対に舌を噛むし、とちって詠唱文を忘れたり、読み間違えたりとグダグダになったこと間違いないだろう。

 今気付いたのだが、いつもはテキストに初級魔法、中級魔法とランクが記載されていたように思うのだが、この魔法には上級魔法と書かれていないな。

 まぁ、テキストの打ち間違いとか、上級は無しで統一とかそういう理由なんだろう。

 とにかく、この魔法はとにかく詠唱文が長くて発動まで時間がかかるし、MPも無尽蔵に使い尽くすので簡単には使えない。

 あの時は軽い気持ち……上級魔法を使うことで敵の魔法使いを挑発できればいいかな、程度で撃ってみたのだが、実戦で使うには思ってた以上に度胸が必要な代物だ。

 簡単に言えば使ったら後が無い一か八かの大技だ。

 威力についてはどこまで出るのかは分からないのが残念としか言えないだろう。

 多分、『PvP事件』で使った時の様子だと、倒したPK側の冒険者の死体が残らなかったという事からオーバーキルしていたんだろうし、現状の冒険者のステータスってそこまで高くないからな。

 考え始めると気になってきたな。

 まだ、あの一回でしか使っていないので、そのうち機会を見つけて使ってみるとしよう。


 ――っと、話が逸れた。

 でだ、実は俺が<ランクS>の条件を達成しているのは偶然の産物だ。

 まだ碌に情報が出回っていない頃に俺は一人で適当にクエストを受けて消化していたのだが、その時にたまたま『南の森の獣騒ぎ』を受注してしまったのだ。

 あの時は、それはもう死ぬほど驚いた。

 結果だけ言えば俺が死ぬことは無かったし、「ソロ討伐達成ボーナス」というささやかなお祝いもクエスト報告時に支払われたが、そんなことはどうでもよかった。

 俺がその時までに溜めこんでいたアイテムを全て使い果たし、無尽蔵のように次々と襲い来るモンスターの猛攻を避けるために延々と林間マラソンを敢行し、捕まれば即死を免れないであろうデス鬼ごっこを制するのに実に半日以上の時間を費やしたのだ。

 モンスタートレインによって他のプレイヤーを巻き込まない為に森の奥へ奥へと逃げた結果、クエストモンスター以外の強力なMOBまで引っ掛けてしまい、その対処をしつつひたすらに逃げ撃ちをし続けると言う……今でも思い出しただけで背筋が震える。

 集中力に熟練度などがあれば、あの一件は相当な量の経験値を稼げたに違いない。

 つまり、必勝法というか一つの攻略法として、逃げ撃ちさえできれば魔法使いなら誰でも突破できるのだ。

 俺がそう実証してしまったし。

 カンデラも「まぁ、そんなとこだな」と言っていたので、おそらくは似たような手段で突破したんだろうと推測している。

 含みのある笑い方してたしな。

 もしかしたら、上級魔法の試し撃ちとしてクエストを利用したのかもしれないが、どちらにせよ、カンデラが達成しているというのは想像に難くない。

 上級魔法の性能だけで言えば、カンデラの炎を渦巻かせる竜巻のようなあの魔法は、広範囲の敵を相手取るにはおあつらえ向きだ。


 問題は、そんな魔法組とは違ってマグナの方だろう。

 魔法剣士だから魔法使いの俺と同じ突破方法ができるから無理もないか……そう思っていた俺の前で、彼はとんでもないことを言い始めた。


「ブランクを取り戻そうと思って剣一本でどこまでやれるかなーっと思ってさ。

 いやぁー、危なくなったら魔法を撃とうとか思ってたけど、次から次から沸いて出るから、構えるだとか詠唱だとか、もうそれどころじゃないんだよね!

 気が付けばクリアしてたけど、武器も防具もボロボロで貯金が全部すっ飛んでビビったわー」


 気恥ずかしそうにしながらもガハハと笑うその姿は、どこか冒険者らしい堂々としたものに感じた。

 しかし、話の内容は何と言うか……無茶苦茶もいいところだ。

 ただでさえ一対多での戦闘は難しく、特に該当クエストでは開始地点を取り囲むようにしてモンスターが出現するので、一手遅ければ簡単に包囲殲滅されてしまうのだ。

 例えパーティで挑んでも、連携が上手く行かなければ瓦解して失敗してしまう難関クエストだ。

 それを剣一本で、しかも彼はステータス面で突出した何かを持っている訳ではないダンクェールなのだから、その信憑性は本来なら限りなく低くなるだろう。

 ただ、彼が見せた『PvP事件』での活躍は記憶に新しく、また、ボルドーに至ってはこのゲームの前からの知り合いなのか「まぁ、それぐらいはやるだろうな」などと恐ろしいことを言っていた。

 彼が以前活躍したゲームで、どんな逸話を持っているのか少し気になってしまう。

 千人斬りを達成し、戦いの後で築いた屍の山の上に腰掛けて、ゆっくりと風を感じながら黄昏ていたりでもしたのだろうか。

 やばい、それは格好いいな。

 まるで映画のラストシーンみたいじゃないか。

 完全に俺の妄想でマグナの株を上げているが、確かにあの事件の時に彼は八面六臂の大活躍をしていたように思う。

 それこそ、第三者の視点であの時の戦いを見てみたいものだ。

 俺の主観でしかあの戦いを見れていないのだから同然だが、マグナやボルドー、他にもあの場に居た冒険者がどう動いていたのかを俺はあまり把握していない。

 気が付けばマグナは俺の視界からも消えていて、いつの間にか敵側の魔法使いを倒していたり、伏兵を切り捨てていたりした。

 冷静に思い返せば、あの時のマグナは凄い動きをしていたんじゃないのだろうか……かなり気になるな。

 今度ボルドーとかにでも聞いてみよう。


 と、奇しくも三人ともクエストの方で<ランクS>の条件をクリアしていると公言したのだが、普通は『鉄の騎士』討伐の方の条件で達成するのが一般的だと思う。

 何よりも、そっちの方が簡単だからだ。

 ソロや縛りでのボス討伐とは、ヘビーゲーマーならば誰もが行きつく一つの到達点なので『鉄の騎士』のソロ討伐は誰もが思いつく遊びだと言える。

 普通は、友人と協力して道中を攻略し、ボスにだけ一人で挑むのが楽でいいだろう。

 ただ、俺はそんな個人的趣味に友人を付き合わせるつもりが無かったし、何よりも道中もソロで経験する方が色々と戦闘スタイルを完成させる参考になるかと、色々と挑戦していた時期でもあった。 まだユーザーランクが発表される前、ダンジョンが追加されてすぐ後の話だから、条件の達成はこちらも偶然だ。

 そもそも、俺はゲームの中でのことを他人に誇りたい訳ではないので、披露したくてやり込みをしているわけではないのだ。

 そしてこれは俺の予想だが、マグナとカンデラも、多分『鉄の騎士』討伐の方も条件をクリアしていると思う。

 この二人は重度の戦闘狂であり、そんな二人がその時々の最難関と思われるシチュエーションに挑まない訳がないと思うからだ。

 今も、こうして高難易度と言われている新規追加ダンジョンに挑もうと言うのだから筋金入りだな。


 ――それにしても、俺は何を考えていたんだったか。

 連想するままに考えを巡らせていたら、すっかり元の話題を忘れてしまっていた。

 気が付けばアイテムの補充を済ませて町の西門、集合予定地点まで来ていた。

 自分で言うのも何だが、気もそぞろってのは良くないよな。

 何故か『PvP事件』の後から、少し浮ついたと言うか、ふらふらとしたと言うか、メンタルが安定してないような感覚がある。

 こういうことを言えばきっと、アカツキやビゼンからは「VRゲームのし過ぎで脳みそ溶けてんじゃないか?」などと言われてしまうだろう。

 そうかもしれない。

 今回のダンジョン突入が終わった段階で、勝ったにしろ負けたにしろ、今日は落ちることにしよう。


 俺はそう決意して――空をぼんやりと眺めた。

 今日はいい天気だ。

 この世界に吹く風は、どことなく柔らかくて懐かしい匂いがする。

 たまにはこうして、頭を空っぽにするのも悪くないな。

 絶対に、他人には見せられないのは自覚している。

 俺の脳内は言うなればゴミ屋敷だからな。

 いつか清掃業者がやってきて片付けてくれればいいのだが……まぁ、無理だろう。

 家事の得意な彼女ができれば、甲斐甲斐しく片付けしてくれたりするのだろうか。

 ……いや、脳内に彼女が済むって何だ、どういう状況だ。

 自分で言って、自分で理解できないとは、俺の頭はやはりどこかおかしいな。

 それを自覚しているというの事実が一番おかしいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ