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Act.06「Dungeon Attack !」


 閑静な森の一画に、開けた空き地が存在していた。

 別にモンスターが出ない訳でもないし、個人が所有できる空間だと言うわけでも無いのだが気が付けば修行場所として利用するようになった場所だ。

 町からも離れているし、森の中に入ってしばらく歩かなくては辿り着かない。

 そして、この森を通って冒険者が向かう場所と言うのは何らかのイベントがある町やダンジョンであり、そのメインルートから外れているこの場所はちょっとした隠れ家のような存在だった。

 度々ここを一人で利用していたのだが、最近になって――というと何日も前からここを使うようになったと聞こえるが、現実では一日も経っていないのだが――人が大勢増えて来た。

 まずはリアルでも友人をやっているアカツキとビゼンの二人。

 今は二人とも素振りに精を出しているが、たまに真剣での試合をしたりもしている。

 アカツキは身の丈を超えようかという大剣を、ビゼンは長短二本の刀を用いるようになっていた。

 VRMMO初心者のはずのビゼンにおいては、幾らゲームとは言え人を相手に良く立ち回れるものだと思うのだが、その動きの鋭さは熟練のゲーマーである俺やアカツキでも舌を巻く程のキレだ。

 流石に彼女が天才肌だからと言って、神様はエコ贔屓し過ぎなんじゃないかと思ってしまうな。

 まぁ、どうせ理由を付けるなら?


「ほら、私は実際に家で祖父から剣術を習っているし」


 とか何とか言うんだろうなと。

 創作物でお決まりのセリフを吐くんだろうなと思ったので、彼女には戦闘のことに関しては、この特訓場において特にこちらから声を掛けたりはしていない。

 聞かれれば真面目に答えるが、スポンジが水を吸うようにグングンと吸収する彼女の姿に、俺の胸の内には何とも釈然としない感情があるのも事実だ。

 我ながら子供っぽいと思うのだが、そういう張り合いたいと思う感情がまだ俺の中にもあったのかと少し安心したりもする。

 あんまり誰かと競い合いたいと思うような性格じゃないので、人並みのライバル心だとか、敵対心だとかがあるんだと思うと、情けない話だが自分はちゃんと人間なんだと自覚するのだ。

 こういう考えを持つのも、中二病とやらを患っているからなのだろうか。

 いつまでも成長しない気がするな、俺は。


 次にマグナコートとテンカイ、アリエルの三人組。

 彼らとは魔法使いとして話が合うので、今も一緒に遊ぶ機会が多い。

 それだけじゃなく、先日の……『PvP事件』と呼ばれた一件を切っ掛けに、魔法を使った戦闘のコツを俺に聞いてきたりしていた。

 むしろ、それは俺が聞きたい話だ。

 俺の魔法の使い方は必ずしも正しいものじゃないだろう。

 それに感覚的に使っている部分、選り好んでいる部分があるのでどうしても偏っているのだ。

 そういう胸の内を伝えると「だったら、お互いの意見交流会をしよう」と言う話になった。

 このメンバーにとってこの場所は、魔法使い同士の魔法談義を開く場所という感じだ。

 別に話だけなら街中でも出来るのだが、マグナの「ここならすぐに魔法を使って実験できるじゃんか!」という一言でここを利用することに決まった。

 今では、俺も含めた全員が冒険者カードのスロットを幾つか使って椅子やテーブルなど、ちょっとした寛ぎの空間を作れる程度の小道具を忍ばせる様になっている。

 サッと取り出すのは不便だが、こういう嵩張るものを収納しておけるのは冒険者カードの便利な点だな。

 空き地の隅では木陰が日差しを遮ってくれるし、森を吹き抜ける風は涼しくて心地が良いので意外とリラックスできる環境なのだ。


 新入りとしては、『PvP事件』で知り合ったボルドーとあの時ヒーラーを務めていた二人がいる。

 ボルドーは俺の魔法の威力を称賛し「是非それを打ち崩してみたい」などと変なことを持ちかけて来たのだ。

 要するに対魔法使い戦の相手になれと言う話なのだが、ボルドーが戦士としてズバ抜けて強いことを俺は知っているのでその誘いは断っている。

 断っているのだが「とりあえず撃つだけ撃ってくれ!」と要望、いや切望されて、放っておけば土下座までされるので、仕方なく付き合うことにしている。

 俺がリクエストされて撃つ様々な魔法を、如何にして対処すればいいかの研究と練習を重ねているのだろう。

 ヒーラーの二人はボルドーの練習に付き合うと言うか、そのサポーターに近いポジションだな。

 被弾で減ったHPを回復したり、俺が付き合わない間の魔法を撃つ役をしている。

 この世界には厳密に戦闘に関する『職業・ジョブ』というものは存在しない。

 あくまで、個人が自分を、他人が自分を、何と呼ぶかでしかない。

 一般的なゲームにおける役職、タンクやアタッカー、ヒーラーなどと言う呼び方は厳密には存在していない単語だ。

 あくまでゲーマー達が慣例として使っているだけなのだ。

 ヒーラーと称した彼女たちは、自他共に認めるパーティ内のヒーラーというポジションを務めているのであって、この世界の分類上に従えば魔法を扱うので『魔法使い』なのだ。

 もちろん、彼女たちも各種攻撃魔法を扱うことは可能だ。

 現にボルドーの練習相手を務めている。

 しかし、彼女たちはあくまでも使えるだけであって、使いこなせてはいないのだとはボルドーの、そして彼女たち自身の言葉だ。

 そういうロールプレイとも取れるし、実際に詠唱するというこの世界の法則が苦手だという理由もあるかもしれない。

 何にせよ、彼女たちはヒーラーなのだそうだ。

 ボルドーに付き従っている光景はただの追っかけやファンのようにしか見えないが……実際そうなのかもしれないが、いいようにこき使われているだけだとしても、それで楽しめているのなら別に構わないと言う話だろう。

 この場所もプライベートエリアではないのだ、好きに使って頂いて別に構わない。

 ちょっと男としてイラッとくることもあるが、それを顔に出す程に飢えてる訳じゃない。

 飢えていないと言っても別に彼女が居るわけではなくて、単純に欲に支配されない程度の理性があると言うだけだ。

 男だもの、女の子にちやほやされるのは嫌いじゃない。

 ただ、俺は自分自身の価値を正しく理解してるつもりなので、そんな奇特な異性が普通は居ないことを知っているだけだ。

 きっと、「三度の飯よりゲームが好き」を地で行く俺は普通の奥さんを貰えない。

 例え貰えても、ゲームを止めるか夫婦を止めるかという話になってしまうんじゃないだろうか。

 自分が重度のゲーム中毒なのは理解しているし、それでも彼女の方が大事だと言うのは理解しているのだが、いざその場面で比重はどうなのかと聞かれれば「どちらも同じくらい大事だ」とか言って相手を怒らせてしまいそうなのだ。

 ――っと、話が随分逸れてしまった。

 そうそう、ヒーラー二人の名前はアルテイシアとララァだった。

 ボルドーの練習に良く付き合ってくる二人だが、どちらか一方がボルドーの特訓に付き合っていると、残りの一人の相手を俺が受け持っていることが多い。

 対人戦の練習相手としてではなく、ただの世間話をする相手としてだが。

 こちらからは別にアプローチを仕掛けていないのだが、やはり見ているだけでは暇なのだろう、何かと話題を見つけては話を振ってくれる。

 付き合う義理は別にないのだが、冷たく突き放す理由もないので話には付き合っていた。

 ただ、リアルでのファッションや流行の話の割合が多く、そっち方面に疎い俺は会話に困っているというのが難点だったりもする。

 今では向こうも俺のことが分かってしまったのか、出来るだけサブカルチャーを主体とした話を振る様に心掛けてくれいるようだ。

 そんな気恥ずかしさもあって、やはり彼女たちとの距離感は少し離れている印象だ。

 せめてもの罪滅ぼしと言うわけでも無いが、俺の冒険者カードには余分な椅子が幾つか用意されている。

 木陰から特訓に励む冒険者たちを観戦しつつ、彼女たちと雑談する為に用意したものだ。

 もっとも彼女たち専用というわけではなく、元々はアカツキとビゼンの分として活躍していたものが、彼らが自前で用意するようになったので転用するに至ったという経緯があったりする。

 まぁ、今ではすっかり彼女たち専用の椅子といった雰囲気はある。

 ピンクをアルテイシアが、緑をララァがそれぞれ使っている。

 ボルドーは立っているか寝ているかの二択なので椅子を使うことが無い。

 冷たい地面の感触が心地良いのだとか。

 彼の言動を鑑みるに、たぶん「用意するのが面倒だ」というのが一番理由として大きそうだ。

 彼はアバターの見た目通り、豪快で大雑把な気質を持っている様だった。

 しかし、こと剣技のキレとなれば話は違ってくる。

 練習を見ていて彼を異質だと思ったのは、まるで録画を繰り返し再生しているかのような寸分違わぬ挙動を見せたことだ。

 その異常なまでの再現性は、アバターの使い方から剣筋のブレの少なさ、全てが何度も繰り返しても同じ動きをして見せる程の腕なのだ。

 ハッキリ言ってアレはヤバイ。

 アバターの操作は慣れが必要だ。

 現実の体よりも、時としてこの肉体は軽やかに動いてしまう。

 それはつまり、自身の体を動かすイメージを素直に反映してしまうという事でもある。

 腕を振りたいと言う漠然としたイメージならば、ただ乱暴に振るわれるだけでそこに再現性は無い。

 しかし、剣を振る、水平に剣を振る、姿勢を正して水平に剣を振る、と細かな点まで瞬時に意識を張り巡らせて動かすとなると、これは難易度がドンドンと跳ね上がっていく。

 大雑把なイメージでもこの肉体は動いてくれるようにシステム側、つまりプログラム側で命令信号の増幅と解析の処理が行われる。

 それによってVR世界に来た人間は苦も無くアバターを操作できる。

 アバターの操作は直接操作だ。

 直接操作とは人間の思考をダイレクトに反映させるVRマシンの操作方式で、多くの人がそれを自由自在に扱うというのは難しい操作形態でもある。

 従来の使い慣れたタッチパネル方式の操作盤を用意し、それによって操作をアシストする間接操作が主流だということから、直接操作――人間がイメージだけで物事を自由自在に扱うというのが難解な作業だと言うのは理解してもらえるだろう。

 それでも、アバターの操作は直接操作なのだ。

 人間は普段から「こう動きたい」という大雑把な命令を、経験や練習といったフィルターを通して行動に移している。

 極端な話を言えば、誰もがプロのように自由に楽器を演奏したり、絵を描いたり、スポーツをしたり出来るはずなのだ。

 子供の頃にはボールを投げるのが下手くそな子と、上手く投げれる子が居たと思う。

 それが生まれつき投げれないとか、投げれる子は天才だったのかと言えば答えはノーだろう。

 正しく投げる為には体をどう動かせば良いのか、それを理解すれば誰だって投げることが出来るようになるのだ。

 逆上がりが苦手な子は成功するにはどうすればいいのか、どう体を動かせばいいのかが分からないから困っているのだ。

 かくいう俺も逆上がりは苦手だった。

 ある日出来るようになった時から急に成功するようになったが、何で成功したのかは未だに良く理解できていないが、それでも逆上がりはできるようになったのだ。

 ただ、そのレベルの逆上がりでは偶に失敗もするし、キレイに回れる時もあれば、不恰好ながらも成功した、というレベルのものまで程度にバラつきがあるだろう。

 ボルドーのやっていることは、簡単に言えば「何度もキレイな逆上がりをしている」ということだ。

 彼は「キレイな逆上がり」のイメージを正確に持っていて、それを何度も何度も再現しているに過ぎない……と言えば簡単だが、実際にそれをやるのは簡単じゃないということだ。

 俺がやればきっと十回やって十回別の逆上がりだが、彼がやれば一つの逆上がりを十回演技して見せるのだ。

 逆上がりマスター、それが彼だ。

 単純な話だが、それだけ正確なイメージが描けるという事が彼がプロになっている理由だろう。

 アバターを操作する上で一番重要なのは「生身の肉体以上に自由自在に扱える」ことだ。

 それにはコンマすらも細分化するような刹那の瞬間を、ミリにも満たない精度でやってのける、ロボットの様な正確さが求められる。

 より強固に、より正確なイメージを、それらを必要に応じて瞬時に読み出し、構築し、再現しなくてはいけない。

 ボルドーの反復練習はまさに、その極致にあると言っていい。

 言うなればアカツキやビゼンのやっている素振りの最終進化形だな。

 ステータスには出ないことだが、彼らのやっていることには意味があるのだ。

 偉そうに言う俺がだ、アバターの操作レベルはこの中ではおそらく中の上程度じゃないだろうか。

 マグナの挙動もわりとおかしい。

 ボルドーの動きは豪快に見えてその実は繊細なものだが、マグナの動きはまさに見たままの野性的で荒々しいものだった。

 良く言えば臨機応変、悪く言えば自由奔放な動きをする。

 初めて顔を突き合わせた日に連携をして見せたこともあったが、今見せつけられているマグナ本来の剣士としての動きは俺も読めない。

 あくまで、彼が中衛として、前衛として仕事に徹してくれれば連携を取るのは容易い。

 それは彼が連携を意識して動いてくれているからであって、あくまで俺が彼の動きに引っ張られているようなものだろう。

 すれ違いざまの振り抜き、変則的な宙返りで縦に横にと避けて見せる軽業、一撃離脱がメインの戦法かと思いきや、急に始まる烈火の如き激しさを見せる連撃。

 攻撃の緩急にパターンは見受けられず、その一瞬ごとに異なる判断によって動いているのだろうと思う。

 ただ運動量に身を任せて闇雲に暴れるのではなく、己の身体能力を駆使して如何に相手を翻弄するかに焦点を合わせた戦法だと言えるだろう。

 マグナはここにいるメンバーの中では誰よりも早くここに来ていたので、その特訓の成果を比較しやすいのだが……最近では魔法と剣技の連携も格段に向上していた。

 あんなにアクロバティックに動いているにも拘らず、まるで別の生き物が重なり合ってるかのように、唇は淀みないく詠唱を紡ぐのだ。

 宙を舞う風のように身を翻して直剣を振るいながら、指揮棒で魔法を操る姿はいっそ幻想的にすら見えてくる。

 彼の格好が黒塗りのマントに薄汚れた軽鎧ではなく、柔らかくしなやかな布地の衣装を着せてやれば、あれは妖精の舞だと言っても差し支えなさそうだ。

 もう一つ欲を言えば、男性ではなく女性の方がより幻想的に見えるんじゃないだろうか。

 左右に剣を持つことを二刀流と呼ぶイメージがあるが……特に、ゲームでも武器を左右の手に一本ずつ使うことを指し示す場合が多いのだが、彼が今やって見せた動き、あれもまた正しく二刀流ということだろう。

 俺も目指すところではあるのだが、マギエルの俺には彼ほど身軽に動けもしなければ、剣の方は更に拍車をかけてダメと来ている。


 剣技についてはコツコツと練習をしてみてはいるのだが、どうにもマギエルは武器関係は軒並み成長率が劣悪なようで、これといって目覚ましい成長が見られない。

 現状ではどうにかこうにかレイピアなどの細剣、ダガーやナイフ程度の短刀と言った、比較的軽い武器ならば扱えなくもない程度だ。

 直剣のカテゴリーになるとギリギリでショートソード、ロングソードくらいしっかりしたサイズの物は両手で扱うしかない。

 体感重量が増大すると言えば分かりやすいだろうか。

 装備に必要な要求ステータスが存在していて、それを満たさない場合は各種のペナルティが課せられる仕組みだ。

 主に筋力や技量などのフィジカル面でのステータスが足りなければ、単純なもので重量の増加から、振る度に重心がずれるという劣悪なものまで幾つかある。

 切れ味が格段に落ちるというものもあるくらいで、この仕組みはゲームらしくて面白いと俺は思う。

 おかげさまでマギエルの扱う一般的な直剣は、体感重量が二十キログラム近くあり、重心は中に液体でも入っているのか常にブレていて、切れ味はペーパーナイフにすら劣るというとんでもない兵器に仕上がっている。

 初心者向けの角兎を何と三十回殴れば倒せてしまうぞ!

 ちなみに杖で殴れば二発、≪松明≫を灯して押し当てれば一発だ。

 全くもって割に合わない。

 今の例はロングソードで、ショートソードならその状態から二割程度増しになると思ってくれればいい。

 一応、片手で扱えるし刃も通るだけマシという代物だけどな。

 レイピアなどは戦士系の冒険者が扱うのと特にこれといって遜色は無い。

 ただ、こっちはこっちでフィジカル面でのプラス補正が少ない分の差が出るので、やっぱり戦士系の冒険者の扱うレイピアとは同じ武器でも威力に顕著な差が出るのだが。

 MPが枯渇してどうにもこうにもならなくなった時に、護身用としては使えるかもしれないレベルだ。

 最も、これはあくまでマギエルの話である。

 アルヴは普通にロングソードくらいは扱えるし、弓だって持てる。

 ドワーフに至っては大槌持ちながら魔法が使えるそうだ。

 改めてマギエルだけはステータスが異常に悪いことを思い知らされる。

 どうしてここまで徹底して低いのか。

 唯一の特徴である魔力操作補正、つまりMP自然回復量や、魔法を使う際のMP消費ブーストのことだが、これがやはり評価が高いということなのだろうか。

 確かに俺は魔力操作補正を利用して、高速詠唱や魔力増幅など、魔法に対して様々な工夫を凝らしていたりするが、別に俺のやっていることって他の種族で同じことが出来ないわけじゃない。

 逆に、マギエルだと他の種族で出来ることが出来ない場合が多い。

 例えば、さっきの武器の装備ステータス制限においてもそうだし、魔法に関しては魔力操作には長けていても魔力総量――MPの最大値は並なのだ。

 この世界の魔法職に向いているとされる種族の中では下から数えた方が速い。

 ちなみに魔力総量にける序列一位はバーニアで、二位がマーレ、三位がアルヴで、四位がミトラ、五位がマギエルで、僅差でラクシャス、ダンクェール、ヒューマンと続く。

 バーニアとは兎の獣人の種族だ。

 獣人系はどの種族も競い合うように戦闘能力が高いのが特徴で、主に純粋なフィジカル面のステータスの高さが注目されることが多い。

 それで言えば、身体面ではヒューマンより総合力でやや下に位置するバーニアのステータスに違和感を覚えることだろう。

 その代わりと言っては何だが、バーニアは直接的なステータスには現れない特徴を持っていた。

 まずは先ほども上げた豊富なMPだ。

 オフィシャルでも魔法使い向きとされるこの種族は、最大MPがずば抜けて高いので長期戦において有利に働くとされている。

 咄嗟に消費魔力の大きい魔法を使っても、豊富なMP量で戦線を崩されにくいのだ。

 長期戦になって他の種族のMPが尽きかける頃でも、バーニアはMPに少しの余力があるはずなので、持久戦においても役割を果たすことが可能になる。

 また、兎と言うイメージからか脚力や聴力に補正が掛かるそうで、くっきりとした輪郭をもって立体的に音を捉えることが出来るので、斥候などもこなせるのだとか。

 人によってはそのあまりにもハッキリとした音が気持ち悪く感じてしまうこともあるらしいが。

 最大の特徴は何と言っても大きなウサ耳だろう!

 ふわふわとした耳や、ピンと反り立った耳など、獣人族の中でもケモ耳の種類が最も豊富で、その愛くるしさから男女問わず人気が高い種族だ。

 もっとも、男女でその言葉の意味が違っていて、男はバーニアを見る方が、女はバーニアをやる方での人気が高いという話。

 可愛いバーニアから大人の色気ムンムンのバーニアまで、ネット上では実に様々なバーニアのスクリーンショットが公開されている!

 ……のだが、テスター三千人が同じ町に集まるはずの環境において、あれほど目立つ種族のはずなのに俺はあまり見かけた覚えがない。

 なのに多数の投稿があるという事実から、俺はネット上に投稿されているスクリーンショットはネカマの自撮りという線が濃いと思っている。

 悲しい世界である。

 ちなみに、今まで見た中でゲーム内で一番インパクトのあったバーニアは物凄かった。

 艶のある黒塗りの革製防具同士とタイトに紐で縛り、溢れんばかりのワガママダイナマイトバディを強引に押し込めていた。

 ギルド会館に現れた瞬間、あの学校の休み時間かとも思えてしまう喧騒が、急にしんと静まり返ったのだからおかしい話だ。

 そりゃそうだ、俺も恥ずかし気もなくガン見してしまった。

 胸元も大胆に開いていて、隠しておくべき乳首が丸見えになってしまっていた。

 ミチミチと締め付ける音が聞こえてきそうな、ぴっちりとした衣装と肉体の織り成すコラボレーションに釘付けになってしまったのだ。

 そこには確かにエロスがあった。

 俺が会ったのはその一度きりだが……彼はその後も元気にやっているだろうか。

 世紀末の覇者にでもなれそうな奇抜な漢だったが、バーニアの枠に収まらない……実際あの装備には収まり切っていなかった肉体が今頃どんな活躍をしているのか……思い出してしまうと、急に気になってしまうな。


 少し頭を切り替えようか。


 よくよく考えれば、何であの髭バー肉のことを思い出したんだっけ?

 ――あぁ、種族特徴か。

 そういえば、極端にイメージを損なうアバターの作成はできなかったように思うんだけど、アレはその範疇内に収まっていたのか?

 でだ、バーニアは他にも生産職に向いているんだったか。

 それもズバリ薬関係で、総じてバーニアは癒しのポジションというイメージが付いているな。

 設定的には種族として非力な分を、学力や魔法で補って今までを逃げ延びて来た種族と言う印象なのだろう。

 少し前に例外の話をあげたばかりなので、自分としても説得力に欠けているのは自覚している。


 マーレはレアな種族だな。

 ユーザーの使用率は低い方で、マギエルより少し多いくらいだったと思う。

 しかし、男女の比率は珍しく女性の方が圧倒的に多いらしい。

 中身の話じゃなく、アバターの性別の話だ。

 まぁ、マーレは魚人系の種族なので、男性は半魚人、女性は人魚というイメージを抱いてしまうので、比率が女性に傾くのも無理は無い話だろうか。

 実際、マグナの友人であるアリエルはマーレの女性だ。

 足は普通に二足歩行だし、魚人系と言ってもあまり人間と見た目は変わらない。

 耳ヒレとか肌の色とか、ちょこちょこと人外っぽい特徴を兼ね備えているくらいだ。

 男性も同じような外見的特徴なのだが、やはり半魚人のイメージ……魚頭でぬっぺりてかてかしているという印象や、邪教の先兵みたいなイメージが拭えないようだ。

 先入観というのは厄介なもので、かく言う俺もわりと偏見が抜けないところはあるんだよな。

 ただ噂に聞くと、第二の町はNPCにマーレが多いそうなのでイメージが大きく変わるそうだ。


 俺は『PvP事件』での疲れがまだ抜けきっていないので、新規エリアの開拓にはまだ乗り気じゃないのだが、アカツキたちと明日にでも行ってみようと言う話にはなっている。

 海に臨む町ということで、ビゼンが嬉しそうに目を輝かせて誘ってきたのを覚えている。

 喜色食む顔色だけでなく、ゆらゆらと揺れていた尻尾からも彼女の興奮が十分に伝わってきた。

 夏と言えば山よりも海と言ってはばからない彼女のことだ、さぞかし楽しみにしているに違いないだろう。

 今は素振りの最中で真剣そのものといった鋭い面差しだが、何気ない風を装って第二の町の話題を出せば、面白いくらいに剣筋が乱れるに違いない。

 昔、彼女が彼女の祖父に剣を見てもらっている時に、ちょっとした悪戯心から彼女の気を逸らしてみたら涙目でカンカンになって怒られた。

 その後なんと一か月も口を聞いてくれなくなったこともあり、それ以後、彼女に対して迂闊な真似は避けている。

 それでも、からかった時の反応が面白いのでちょくちょく悪戯はしてきた。

 俺が絶対に悪戯をしないのは彼女が真剣なとき、特に道場などで剣を振るっている時の彼女はそっとしておかなければならないと決めた。

 むしろ、積極的に邪魔になりそうなものを遠ざけて陰ながら見守ってやるくらいの気持ちだ。

 彼女は天才だと思う。

 紛うことなき天才、それがビゼンの中に居る少女への嘘偽りのない俺の評価だ。

 学業もスポーツも、祖父から教わった剣術も、彼女は素直に直向きに、愚直とまで言えるほどに真面目に取り組むことで吸収してきた。

 他人よりコツを掴むのが異常に速く見えてしまうので「才能がある」と周囲には見られているが――実際、俺は天才だと思っているので彼女が天才だと言われても否定しないが、彼女の習得した技能を才能の一言で片づけるつもりはない。

 自分の持つ素質を見つめ、それを引き出すための努力を惜しまない姿勢。

 それが彼女の本当の才能であり、彼女を『天才』と呼ぶに足る所以だと俺は思っている。

 俺は彼女が悩んだり、悲しんだり、苦しんだりしている姿も見て来た。

 それは、天才特有の理解されない悩みだとかではない。

 一般的な出来事、ほんの些細なことばかりだ。

 誰もが一度は経験する、悩んだり苦しんだりするようなことを、彼女も同じように経験している。

 多くの人が気にしないような些末な出来事ですらも、彼女は真剣に見つめてしまう正直な心を持っているのだ。

 快活でいつも明るい表情が持ち味の彼女だが、長年付き合ってきた俺やアカツキには彼女の表情の僅かな差異が、その裏に隠された感情が少しだけ透けて見えるのだ。

 今年に入ってからどこか陰のあった彼女の息抜きになればと、今回はアカツキと一緒になって俺たちのホームであるVRゲームというジャンルでもてなそうと思ったのだが、今のところ上手く行っているようなのでホッとしている。

 人間は今までに体験したことのない世界を経験すると、その情報量の多さに圧倒されて他の事を一時忘れることが出来る。

 忘れることが解決になるわけじゃないだろうが、こうしてこの世界に居る間は外の世界を気にせずに息抜きが出来るだろうと思ったのだ。

 まだ彼女自身は悩みがあるとか、相談を持ち掛けたりはしてきていない。

 だいたい自己解決してから、彼女はようやくそのことを俺たちに打ち明けてくれるのだ。

 そして何故か、いつも感謝の言葉もくれる。

 もしかしたら、「男の考えることなんて女にはお見通しよ」とか言う例のアレかもしれないとアカツキと話し合ったこともあるが、それはそれで仕方ないことなのだろう。

 ただの杞憂で終わったことも何度もあったし、今回ももしかしたらそうかもしれない。

 彼女と俺たちの距離感は、いつもこんなものなのだ。

 味気ないかもしれないが、俺たちはこの距離感が居心地がいい空間なのだと思っている。

 少なくとも、俺は今の関係を悪くないと感じていた。

 願わくば彼女もこの世界を楽しんでくれればと思うし、好きになってくれれば幸いだ。

 過去に一度だけ、あまりにも二人してVR世界に入り浸っていた時には激しく怒られもしたが、きっと彼女もこの世界を好きになってくれると俺は思っている。


 いや、俺は彼女だけじゃなく人間は誰もが一度でもこの世界に訪れれば、この世界の事が好きになるだろうと確信している。

 現実での様々なしがらみや、重圧……逃げ出したい欲求や、満たされない不満、そう言ったものをこの世界で補うことが出来る。

 VR世界は現実に疲れた人の心を癒すことが出来る場所でもあり、押し込めていた感情を解放できる場所でもあると思っているのだ。

 それらには善も悪も含まれるだろうが、人間が純粋無垢な生き物ではないと俺は知っている。

 ただ、その両面を持ちながら上手くバランスを取り、他者と交流して生きていくというのが今の人間の生き方なんだろう。

 ……まぁ、こんなことを他人に話しても「人生たかだか十数年のガキが何言ってんだ」と一蹴されるだろうが、俺の見ている現実世界はそういう世界なのだから仕方がない。

 人それぞれ、同じ世界でも住む世界が違うというのはこういう視点にあるのかもしれないな。


「よぉ、考え事かい?」


 俺の思考が物凄い脱線事故を引き起こしている最中に、急に知らない声がかけられたので驚いて振り向くと、そこには意外な顔が居た。

 あの事件の首謀者だった魔法使いのカンデラだ。

 思わず身構えてしまいそうになるが、先に向こうが両手を上げてひらひらと掌を振った。


「へへ、何もしねぇよ! ちょっと噂にこの場所を聞いてさ、何でも複数人のプレイヤーが集まって特訓をしてるとか何とか……興味があって覗きに来たら、なるほどどうして、中々イイ面子が揃っているじゃないかと思ってな?

 しかも、よぉーく見れば“暫定”最強の魔法使いであるお前さんがいるじゃんか!

 これは“暫定”二位のカンデラさんとしては挨拶しておかないとって奴よ、殊勝だろ?」


「……全く、馬鹿げたことを言ってんな。

 暫定も何も、俺とお前だけじゃ最強は決められないだろうし、そもそも俺には興味が無い」


「手厳しいことで……ま、丁度いいや。

 あんたとはあの後に話がしたくて探してたんだ、少し……あぁ、睨まないでくれよ嬢ちゃん!

 俺は別にあんたの事を取って食いやしないし、雷魔法をあんたらに当てたのも、性的な目で見てたのも俺じゃないって!」


 カンデラは流れる水のようにスラスラと喋っていた。

 会話というよりは、ラジオのようだな。

 一方的にリズムよく喋られるので、彼の話を遮るつもりで発言しないと延々とこちらには発言権が回ってこないようだ。

 カンデラが言った彼女とは、もちろんヒーラーのララァさんのことだ。

 ララァさんは少し大人しそうな印象があり、実際、彼のマシンガントークを前に怯んでいた。

 気持ち的には事件の際に辱められた怒りをぶつけたいのだろうが、彼のその独特な空気感にやられて言葉にする前に潰されてしまっていた。


「まぁ、性的に見れないほど魅力が無いわけじゃないとは思うんだけどな?

 俺の好みはもっとムッチリボインでムンムンな姉ちゃんなワケよ。

 ただ、アドバイスするなら……鈍感な奴には少しくらい過激なアピールをしておいて、初めて丁度良いくらいなんだぜ?」


 謝ってるのか、煽っているのか、飄々とした態度のカンデラはどこか掴みどころがない。


「見た感じ、今のままじゃあまり印象に残ってないみたいだからな!

 そのままプレイヤーAとして忘れ去られたくないなら、バシッとアピールしておいた方が……って、待て待て! 杖をこっちに向けるな、ほら、俺は杖持ってないから! 無抵抗だ!

 おい、頼むよ最強様ぁ助けてくれぇ!」


 彼のこの態度はどこまでが本気なのか。

 まぁ、クラスに一人はいるお調子者みたいな感じなのかな。

 大分コイツはアクが強そうだけど、あまり嫌味な感じはしないので構わないか。

 と言うか、自分で事態を招いておいて、あっさりと他人に頼るとかいい神経してるな本当に。

 助け舟を出す義理もないが、話があるらしいのでさっさと本題に入ってもらう為にも、少しだけ手を貸してやることにしよう。


「カンデラ、お前が悪い」


「だな、すまん! ちょっと調子に乗り過ぎた! 勘弁してくれ!」


 俺の判断に上手く乗っかって謝罪をする。

 立場がハッキリとすれば、状況は丸く収まりやすいものだ。

 彼女も持ち上げた怒りをすっと下ろして元の席に収まった。


「……分かりました。 でも、二度とそれでからかわないで下さいね!」


「それはあんたに取って不利益になるじゃないか?」


「もう、あなたは反省してないんですか!」


「あー、何だ、ララァさんも落ち着いて。 カンデラも一旦そこに座れ」


 再び熱を持ちそうだった空気を俺は無理やり抑えつける。

 全く、どうやらお調子者はお調子者でも、やたらめったら火を付けて回るタイプの様だ。

 コイツの口は禍の元、危険に満ちた火元の取り扱いには注意しないといけないな。

 ……俺が心配してやる義理は無いんだが。

 二人が席に座ったことでどうにか場が落ち着きを見せる。

 感情を露わにしたからか、ララァさんは少し恥ずかしそうにしている。

 そこまで畏まることは無いのだが、まぁ、怒ってる姿を他人に見られるのはあまり良い気がしないだろう。

 カンデラは飄々とした態度のまま、腰を深く落としてまるで我が家のように寛いでいた。

 彼のこのどこまでも不敵な態度を貫き通せる豪胆さは、ある面では見習うべきなのかもしれないな。


「――で、話があるとか言っていたよな」


「おう、本題に入るとしようか」


「それをお前が言うのか?」


 脳内思考脱線の常習者である俺が言う事でもないが。


「はは、それを言われちゃザマぁねぇや!」


 しかし、カラカラと笑うカンデラは特に意に介した様子は無い。

 煽るのに慣れ、煽られるのに慣れているとは、大した火耐性だと感心してしまう。

 俺のそんな内心の評価について彼が知る由は無いが、カンデラは徐に机に身を乗り出すと、少し声を潜めて告げた。


「……実はよ、アップデート前からネットで囁かれていた噂話がある」


 彼の語りだしはそうだった。

 何でも、この『Armageddon Online』のクローズドβテストの最終段階において、大規模な人体実験が企画されているという話だった。

 開発チームの中でも一部の者しか携わっておらず、水面下で極秘裏に進められているそのプロジェクトは、プレイヤーに一切の詳細を明かすことなく、告知されているβテスト終了日のイベントと同時に大々的に執り行われる、と言う噂話だ。

 その為に選抜した精鋭メンバー三千余人。

 実験の哀れな犠牲者となるか、試練を乗り越えて新たな神話を作り上げる英雄になるか、二つに一つの悪魔のオールインゲーム……彼の告げたそんな言葉に俺は呆れた顔をしていたはずだ。

 アホ臭い。

 ネットを題材にした小説の読み過ぎ――というか、感化してこじらせた感じだな。

 しかも使い古されたデスゲームネタとか……古典と言っても差し支えない内容に、俺はカビたパンを口に押し込まれた様な渋い感覚を覚える。 カビたパンなど食べたことは無いが。

 幾らゴシップ都市伝説ネタが好きな俺でも、今の噂話は三流ネタもいいとこだと鋭く断言せざるを得ない。

 酸っぱい表情をしているだろう俺の顔を見て、カンデラは何が嬉しいのかニヤニヤと笑っている。

 そこで気付くが、何故かララァさんは少し青ざめた表情をしている。

 まさか、今の話を少しでも信じてしまったのだろうか。

 現実とリンクしてる要素なんて、最終日のイベントというワードだけの三文シナリオだ。

 よくあるツッコミだが極秘裏なのに噂話として漏れてる段階で信憑性が低い。

 この手の話が得てして創作物では現実に起こるフラグに成りえるが、じっくりとよく考えても見て欲しいのだ。

 そこまで情報が漏れているのに、肝心の実験の目的や内容が一切語られていない。

 意図的に情報をリークしたのならば、肝心要のそこを抜きに語ることなどできないはずだ。

 仮にひょんな偶然からそのことを知り得たとして、では一体、その実験で彼らは何を得ようとしているのかが問題となる。

 慌てふためいて知り得た情報だけ流した?

 それはあり得ない。

 冷静に考えればリークしたことで自分の存在に勘付かれるリスクを負ってまで、他人を新設に助けてやる義理は無いし、仮に正義感に突き動かされてリークを決意したとして、ならばどうして、信憑性の低い情報のまま流してしまうという愚行が犯せるというのか。

 聡い人間でなくても、その程度の事には気付くはずだろう。

 仮に全てを悪い方向に解釈して、その情報だけが唯一ネットに流れたのだとしても、それが真実ならば必ず揉み消そうとするはずだろう。

 いくら荒唐無稽で信じて貰えないだろうと思い込んでも、秘密を他人に暴かれると言うのは気が気じゃなくなるはずだ。

 隠している部分には出来る限り触れないでいて欲しいと考えるのが人というものだろう。

 それに何より、よりにもよってそんな話を「この場所」で言うと言うのは如何なものか。

 この世界はまさに『Armageddon Online』の中であり、ここでのプレイヤーの行動はその全てが記録に残ってしまう。

 わざわざ相手の膝元まで来て、おまけに記録が残るような場所でそれを語るというのは、「私はあなたの後ろめたい秘密を知ってますよ」と親切に告白しに来ているようなものだ。

 少なくともカンデラの事を俺はアホだとは思っていないので、さっさとこの話を片付けることにする。


「とりあえず、そんなゴシップは今のご時世では到底、信用できるものじゃないとだけ言っておく。

 ララァさんも気にしない様に、良くある創作物の内容をモチーフにした与太話ですから」


 俺がそう告げると、ララァさんはあからさまにほっと一息ついて胸をなでおろす。

 信じ込みやすい人――いや、素直な人なんだな、きっと。

 悪い奴に引っ掛からなければいいが……既に悪いボルドーに引っ掛かっているとも言えるが。

 カンデラへと憮然とした顔を向けてやると、嬉しそうに笑いながら手をひらひらと振った。


「へへ、まぁそんな噂が出るくらいには最終日のイベントが注目されてるってことだな!

 俺もクローズドβテストの抽選から漏れた奴の僻みからでた作り話だと思ってるぜ?」


 放っておけばまた脱線しそうなので、机をトントンと指で小突いて続きを催促してやる。

 カンデラは俺の合図を理解したのだろう、小さく肩を竦めると少し真剣味を帯びた表情を作って語り始めた。


「実はよ、お前らの腕を見込んで頼みがある。

 今回のアップデートによる解放要素の一つ、未踏破エリアで発見されたばかりの新規ダンジョンの攻略に力を貸して欲しいんだ」


 今回のアップデートと言うのは、PvP要素を代表として拡張されたテスト内容のことだろう。

 項目数が多くて俺もまだ全てには目を通せていないのだが、確かPvP要素に次いで大きな見出しを付けられていたのが新規エリアの開放と、それに伴う町やダンジョンの増加だったはずだ。

 町は既に発見されている第二の町『キオッジャ』以外にも幾つか用意されているらしく、そちらは有志メンバーが目下捜索中とのことだ。

 現在の新規エリアの開拓状況は第二の町を拠点に探索が行われていたはずだ。

 おそらく、カンデラの言う新規ダンジョンとはその一つだろう。

 しかし――


「そんな貴重な情報を何で俺たちに教える?」


 お世辞にもテスターというのは協力関係を結ぶプレイヤーばかりじゃない。

 発見した技術や知識を溜めこみ、ひたすらに自分の利益を追求するプレイヤーは多く存在する。

 そういうグループや個人はテストの経験や知識を活かして、正式サービス後にスタートダッシュを仕掛けて利益を独占するのが狙いなのだ。

 偏見と言えるかもしれないが、いま第二の町に集まっているプレイヤーの多くがそうした目的を多かれ少なかれ持っている連中で、カンデラは確実にそうした独占行為を気に留めない、所謂『トッププレイヤー』と呼ばれる人種の一人だと思っていた。

 多分、その見立て自体は間違いじゃないと思うのだが、だとすれば何故、敵と言っても過言じゃない関係の俺たちにそのことを打ち明けたのだろうか。

 そういった興味や不信感を、意図せずして言外に含んでしまった発言だったのだが、カンデラは気に留めるでもなく、むしろ嬉しそうに頷いて気軽な様子で答えた。


「ほら、俺たちPKグループがあっただろ? ギルドってわけじゃないが、わりと付き合いの良い連中でさ、偶然にもダンジョンの探索に成功したメンバーが居て、その手引きで俺たちはダンジョンに意気揚々と挑んだんだが……これがまぁ、酷い結果になったわけよ」


 そう言って、カンデラは腹を抱えて笑い出した。


「だってよ、『俺たちこそは精鋭だ!』って意気込んで突っ込んでいった奴らがよ?

 ものの一時間もしない内に町に死に戻ってやんの!

 武器も防具もボロボロだし、中で収穫を得る前に門番に負けたとかで大損だったってさ!」


「その口ぶりだと、お前は行かなかったのか?」


「いや、そのあと散々そいつらをからかった後に格好つけて一人で挑んでみた。

 多少は善戦したんだが……まぁ、魔法使い一人じゃ出来ることは限られるわなぁ。

 適当に様子を見た後は、迷わず逃げの一手で無事に生還ってわけだ」


 強かな奴である。

 それにしても、パーティで挑んだ冒険者が完膚なきまでにボコボコにされた相手に、魔法使いがソロで立ち向かっても何とかなるものなんだろうか……担ごうにも話が大きすぎて信憑性が無いな。

 担ぐつもりだとして考えてみても、それをするメリットが無いと思うんだよな。

 事件の仕返しの為の騙し討ちだろうか?

 いや、確かにカンデラの性格から搦め手を使いそうではあるが、どうにもそういうつもりじゃない気がするんだよな。

 何と言うか、同じ匂いを感じると言うか……ゲーマー特有の、困難な壁に敢えて立ち向かいたいというマゾ気質の匂いだ。

 俺はマゾではないが、ゲームにおける個人的な縛りプレイ――制限を設けて難易度を上げて挑むことは、わりと好きな方だ。

 今のカンデラからは、どうもそういった空気感を纏っているように感じるのだ。

 もしかして、これが類は友を呼ぶと言う奴なんだろうか。

 思い悩む俺をよそに、カンデラはダンジョンの話を幾つか語って聞かせてくれた。

 取ってつけたようないい加減な話と言う印象は無いし、信憑性も高いように思えるが……ただなぁ、さっき突拍子もない話を聞かされているから感覚が鈍っている可能性がある。

 もしかしたら、あんな噂話を持ち出したのはこのための伏線だったのかもしれない。

 底値からスタートすれば、後は上がるだけと言う奴だ。


「別にいいんじゃねぇか? 俺は付き合っても良いぜ」


 俺が一人唸っていると横から声が掛かる。

 いい汗かいたとでも言いたげな、爽やかな表情をしたボルドーだ。

 途中からだが新ダンジョン挑戦の件を聞いていたようだ。

 躊躇う様子もなく、あっさりと返答を返していた。


「いいんですか、そんなにあっさり決めてしまって」


「まぁ、話を持ってきた相手が相手だけに色々と考えてしまう気持ちも分かるが……この世界はゲームだからな、何事もまずは楽しんでみようという姿勢でいるのが大事だろう。

 それに、俺だって新ダンジョンの攻略と聞かされれば疼くものがあるしな!」


 ボルドーはニッと笑みを作ると腕に力瘤を作ってアピールして見せた。

 まぁ、彼の言う事は俺も同意する所だ。

 ゲームは楽しむことが大事。

 楽しむというのは、何も選り好みした状況の連続を差すわけじゃない。

 時には大きな障害にぶつかったり、理不尽な目にあったりもするが、それらを含めてゲームは楽しいのだと言うのは俺も理解する所だ。

 山あれば谷あり、楽あれば苦あり。

 まぁ、だからと言って他人の悪意を嬉々として受け入れるような異常な精神性は持ち合わせていないし、それに他人を付き合わせようとは思わないのだが。

 ようやくそこに至って、俺は重要なことに気付いた。

 俺だけじゃなく、周りに確認を取るべきなのだ。

 カンデラは「お前ら」と、つまり、この場に居る複数人に向けて言葉を発していたはずだ。

 近くにいてカンデラから話を直に聞いていたのは俺とララァさんだけだったが、何もそれは俺たちだけを指名しての話と言うわけじゃなかったのだろう。

 すっかりカンデラのペースに注意がいってしまっていたからか、視野が極端に狭まってしまっていたようだ。

 もっと広い視野を持たないと絶対にいつか何かやらかすな……注意しないと。

 そう自戒しつつ、俺はこの場に居るメンバー全員を呼び集めてカンデラが持ち込んだ話を伝えた。

 彼が話題の『PvP事件』の中心人物だと言うのは伏せておいたが、それについてはマグナやボルドー、ヒーラーの二人からも特にお咎めは無かった。

 意外とみんな割り切れているものなのだろうか……いや、無用な混乱を避けてくれただけかな。

 そして、もう一つ意外といえばここに居るメンバーは揃いも揃って積極性が高いという事か。

 ゲーム素人のビゼンですら、ダンジョンの攻略に付き合うことに乗り気だった。


「ダンジョンには強いモンスターが居るんでしょ? 特訓の成果を見せてあげるわ!」


 と、なかなか逞しいことを言ってくれる。

 カンデラは一部始終を見守る間ずっと気味が悪いくらいににこやかな笑みを浮かべていた。

 機嫌が良すぎて薄ら寒さすら感じる笑顔だ。

 胡散臭さもあそこまで極めると一つの芸になるようだ。

 軽く予定について話をまとめた後、「他にも数人ほど腕に覚えのある奴に声を掛けてくる」と言ってカンデラはその場を後にした。

 俺たちは各々の特訓を切り上げて一旦町に戻ることにした。

 ダンジョン攻略のための準備をするのだ。

 実を言えば、少々疲れが抜けてない俺はあまり乗り気ではないのだが、折角の機会だからと周囲に流されることにした。

 まぁ、別に俺が常に気を張っていなければいけない訳じゃないし、今回は仲間を頼るつもりで気楽に行くことにしようか。

 対人戦と違って気を張ることは無さそうだしね。


 ちなみに、俺が今日していた特訓は今流行りの『投擲』の練習だ。

 魔法以外の攻撃手段を幾つか用意しておきたいと言うのが建前で、本音は自分がやられたスキルについて学ぶことで、対処法についても模索できないかという考えによるものだ。

 相手に使われて厄介だったものは、自分が使えるようになれば便利なものになるはずだ。

 読書の片手間で初歩としてナイフを的に投げることで練習していた。

 もっとも、命中率はまだまだ安定していないので実践レベルになるのは当分先のことになりそうだ。

 魔法使いらしくない技能だと思わないでもないが、俺の戦闘スタイルが純粋な魔法使いかと言われれば既に全然違う何かだと思うので、魔法使いとしての是非を問うのは今更という話だろう。

 気にせず練習に励むことにしよう。

 何だかんだと考えていると、大分気持ちが前向きになってきた気がする。

 よし、ここは一発未踏破ダンジョン突破と意気込みますか!

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