Act.05「PvP」#9
改めて辺りを見渡すと、中々にドラマチックな戦場に仕上がっているな、などと思ってしまう。
曇天の空からは大粒の雨が降り、焼け焦げた草原は赤土と、焦げた草木、そして未だ勢いを残す炎の壁と、力尽き倒れ伏した無数の冒険者たちの亡骸。
まさに戦場といった様相だった。
地獄と呼ぶには些か生温いのかもしれないが、それでも凄惨な光景には変わりがない。
赤々と染まる草原は流れた血を、降り頻る雨は哀しみの涙を思わせる。
そして、今も尚そこで互いに死力を尽くして戦い合う戦士達。
どちらが勝つか、未だ勝敗の行く末は見えていない。
俺がすべきことは、討伐隊のメンバーとしてPK隊を討ち果たすことだ。
現状では最もフリーな立ち位置の俺ではあるものの、自由に動けているかと言えばそうじゃない。
何度となく現れる敵の伏兵を度外視すれば、という条件が付くからだ。
最初の伏兵は前衛と後衛を分断する為の小隊編成、続いての伏兵は後衛である俺を直接狙ったピンポイントな暗殺だった。
構成といい、伏兵といい、相手はかなり用意周到な様だ。
まだ敵の戦力は伏せられていると考えた方が良いだろう。
俺が討伐隊の一員として率先してすべきなのは、まさにその対処と言うことになるのだろう。
――とは言えど、何をどうすれば対応できるのか。
俺の脳内には気の利いたプランの一つも浮かんでこなかった。
「仕方ない、これは考えても答えはでないな……」
口にすることで気持ちをリセットする。
これも呼吸を整えるのと同じ、俺のルーチンの一つだ。
気分を落ち着かせ、脳内の情報を整理し直して今やるべきことを見つける。
とにかく、目に見えている敵をどうにかして片付けるのが必須になるだろう。
魔法による火力支援は最初から念頭に置いていたし、今までの経験から誤射をしてしまう可能性もそこまで高くは無いと思うのだが……当たった場合がやはり問題になるだろう。
少なくとも、フレンドリーファイアが発生してしまったことによる混乱やわだかまりは、この戦闘の後の流れに良くない禍根を残す気がする。
具体的に先の流れをイメージしたわけではないのだが、そんな小さな誤解、失敗を元にして後々に計画が瓦解する切っ掛けになるというのは定番のネタだ。
同じ討伐隊のメンバーとはいえ、互いを信用するには時間が足りない関係性だ。
俺の方から勝手な信頼を押し付けるのは良くないだろう。
だからと言って、このまま状況が動くのを待ってただ茫然と立ち尽くしていても仕方がない。
「何なら、一発仕掛けてみるか」
杖を構え、ふっと息を吐いて呼吸を整える。
目標を定めたら集中するだけだ、出た結果に合わせて動けばいい。
直接操作で魔法を起動しでMPの供給を開始しつつ、初めて使う魔法の呪文に目を通す。
全部で十四節、過去最大の詠唱時間になりそうだな。
「≪原初に生まれし始めなる存在、祖は暗闇、深淵にして絶対なる存在≫」
重く響き渡る低温が、杖に宿った何かが目覚めたような唸りを上げる。
「≪汝が抱きし篝火を、その爆ぜた火の粉の一粒を、今ひと時だけ我に貸し与え給え≫」
杖の先端にボッと灯が点る。
≪松明の呪文≫にも似たその光景だが、しかし炎の色が微かに暗い。
赤に闇という色を薄く溶かし込んだような、暗色の炎。
普段魔法を使う冒険者でも、≪松明の呪文≫の使用頻度はそこまで高くないだろう。
さらに周囲で燻る炎と煙が、曇天の空が、その炎の僅かな違いを隠していた。
他の魔法使いよりも圧倒的に多く使ってきたと自負している俺でも、今の環境下ではこの距離でようやく違いが分かる程度の小さな変化だ。
ともすれば、ただの勘違いなのかもしれない。
しかし、この弱々しくさえ見える火が、急速に、貪欲に、俺の持つMPを喰らっていく様には背筋がぞっとする。
クローズドβテストをプレイし始めてから今まで、一度の魔法でここまでMPを消費する魔法なんて存在しなかった。
その事実が、この杖の先端に宿る火の力を雄弁に物語っていた。
「≪全ての存在に宿りし火の素因よ、我が呼び声に応えよ≫」
辺りが一段と暗くなる。
日が陰ったわけでも、火勢が弱まったわけでも無い。
ただ、色が薄くなったかのように周囲に闇が融けていく。
「≪命じるは力、純粋にして淀みなき其れをもって、一切合切を在りし形に戻せ≫」
あと一息で呪文の詠唱が終わる。
視界の端で揺らぐ幾つかの光を捉えた。
あれは魔法使いの放つ魔法の光だ。
輝きは青と黄、水系と雷系の中級魔法の詠唱と言った所だろうか。
辺りを支配した闇のおかげか、魔力の輝きを放つ魔法の挙動がくっきりと浮かび上がっていた。
その間にはこちらへ向かって駆けてくる四つの影、それらの影は間違いなく俺に対して殺意を向けていた。
彼らを認識した瞬間、別方向から雷系の呪文を浴びせ掛けられる。
ガラスが砕け散る音と共に、俺の≪防御膜の呪文≫が粒子を散らして解けていった。
どうやら背中から魔法を当てられたようだが、威力の全ては障壁が防ぎ切ったようだ。
頬を撫でる粒子の風を、俺の影を焼く雷を、緩やかに進む時の中で眺めていた。
すっと杖を構える腕を伸ばし、目標を新たに現れた敵に照準する。
「≪我らの前に立ち塞がりし、この世の全ての存在に、等しく滅びを与えん≫!」
呪文の締めを強く結ぶ。
俺の全てを喰らい尽そうとする化物を抑え込もうと言う意思か、敵の姿を認識したことで狙いが研ぎ澄まされたからか、自然と力を籠めていた。
雷が焼いた地面から、白い湯気が溢れて俺の体を包み込んでいるようだ。
しかし、目標から目は逸らさないし、例え目を塞がれようとも既に照準は終わっている。
絶対にはずさないという確信を持って、俺は杖の先に作り上げた怪物を解き放った。
「≪焼払暁星≫!!」
視界が、辺りが白に染まる。
いや、白に呑み込まれた。
先ほどまでの闇色が溶けた景色を欠片も残さず、瞬間、世界を純白に染め上げる。
どれくらいの時間、その光景が広がっていたのかは分からない。
ただ、きっと体感していたほど長くは無かったはずだ。
何十秒、何分にも感じたそれは、実際には一秒にも満たない刹那の時間だったに違いない。
世界に鮮やかな色が戻った時、俺は自分が杖を構えていたことを思い出した。
杖の先端に宿った炎は白々しい程の輝き、熱、いや存在を発していた。
その指向性を持った光は俺が構えていた方向、狙っていた向きへと放たれていた。
拡散する光の束は、程なくしてすっと風に溶けるようにして消えた。
光が照らしていた場所には、何も残っていなかった。
それは文字通りで、何もかもが消え失せていた。
こちらを狙っていた敵の魔法使い、それを守るように突撃してきていた四つの影、赤々と燃える炎、焦げた草原、疎らに生えていた木……光が全てを消し去っていた。
かろうじて、溶岩のように真っ赤に焼け焦げた地面だけが、そこでどのような惨状が起こされたのかを物語っているようだった。
それも、すぐに所々が黒ずんでいった。
降り注ぐ冷たい雨と、吹き荒ぶ風が、彼らを遮るものが何もなくなった大地から急速に熱を奪っていたのだ。
先ほどまで辺りに満ちていた喧騒が嘘のように消え、激しさを増し始めた雨風の音だけがこの場に響く。
「……な、何をしたんだ……?」
凍り付いた時を最初に溶かすことに成功したボルドーが声を上げる。
彼の傍には片手剣を抱くようにして体を持たれ掛けさせるヒューマンの男が居た。
あの様子だと既にHPも尽きているのだろう。
マグナの足元にも両手剣を握りしめたまま、前のめりに倒れ伏したラクシャーサの大男が居た。
良く見れば、他にも知らない敵が何人か転がっている。
二人は俺が魔法を準備し、放っている間に相対していた敵を全て討ち果たしたのだろう。
そんな剛腕のボルドーですら、今の出来事には声を絞り出すのがやっとといった様子だ。
戦闘の流れで持ち替えていたのであろう、背負っていた両手剣を構えている腕が力なく垂れ下がって刀身が地面に沈んでいた。
マグナの表情はここからだと上手く見えない。
しかし、浮かんでいる表情はきっとボルドーと大差が無いだろう。
何故なら、俺自身ですら状況に愕然としているのだから。
当事者ですらこの様なのだ、俺を含むこの場の誰もが、置き去りにされた感情の処理に追われているはずだ。
「おいおい、マジかよ。 オレの魔法とは違うんだな……ってか、威力高すぎだろチートかよ!」
誰もが動けないでいたこの場で、ただ一人だけ気軽な声を上げる男が居た。
俺が声のした方角、背後を振り返るとそこにはアルヴの男性が居た。
どこに潜んでいたのか、それともこの距離まで駆け寄ってきていたのか。
男は俺の背後十メートル付近まで接近していた。
俺が振り返ったことで、彼も歩みを止めてその場で構えていた。
見える分には武器も装備もほぼ互角、俺と同程度の実力者といった印象だ。
俺の装備は基本的に店で買える最高級品であり、これが今の段階のクローズドβテストで入手できる最高クラスの装備なのは間違いない。
それを購入できるだけの金銭的余裕があるとすれば、魔法のコンプリートなど、戦闘面でも熟知していると考えるべきだ。
対峙する姿勢にも気負いがなく、ともすればリラックスしているようにも見える。
しかし、油断も隙も無い。
今の俺の精神状態でしっかり対峙できているかどうかは分からないが、精々気を張っておくことにする。
そうと言うのも、俺の中の勘が「奴がヤバイ」と告げているのだ。
ゲーマーとして色々な修羅場を潜り抜けて来た俺が導き出した答えを、俺は信じない訳にはいかない。
おそらく、目の前のこの魔法使いこそが今回の事件の首謀者……少なくとも、最大のキーである「上級魔法の使い手」であることは疑いようがない。
さらに俺の勘はこうも告げていた。
――奴とはここでやり合う運命だ、と。
俺と彼の間に明確な違いがあるとすれば、彼は現状最強とも呼ばれる魔法職に最も適した種族と言われるアルヴだと言う事で、一方で俺の方は、そもそも戦闘には向かないとまで断言されている最弱なのだ。
加えて俺のMPは≪焼払暁星の魔法≫でほぼ底を尽いている。
消耗したMPは今この瞬間も徐々に回復しているが、消費量が大きすぎてまだ≪防御膜の呪文≫を掛け直せる程にも溜まっていない。
かつて経験したことが無い程の逼迫した状況の中で、俺は打てる手を模索する。
一度は雷系の魔法を使用していると思われるのだが、彼が撃ったと決めつけるのはまだ早計だろう。 決めつけて掛かるのは危ない。
ただ、放っていたとしても消費量と総MP量から見ればそこまで大きな損耗ではないはずだ。
「おっと、自己紹介が遅れたな。 オレの名はカンデラ、“獄炎”のカンデラだ」
いきなり宣言する男の言葉に、ただただ息を飲むしかない。
本気で言っているのか……本気なんだろう、本気のようだ。
ニヤリと浮かべた笑みには、これ以上ない「してやった感」が滲み出ていた。
ファンタジー映画で二枚目俳優として出てきそうな、金髪碧眼で長身の美丈夫が、悪戯を成功させた子供のような無邪気な笑みを浮かべたのだ。
もしかしたら、中身も子供なのかもしれない、色々な可能性で。
しかしそれは俺も人のことばかり言えないけれど……ちょっと二つ名にキュンと来てしまった。
異名を持ってるって言うのに、何か無性に憧れたりしないか?
俺以外にも何人か、ざわっとした雰囲気を見せた奴がいる。
きっと、彼らは同志に違いない。
美男子がちょっと子供っぽいところを見せるというギャップも、別の意味で女性陣に受けるかもしれないな……実際、俺らとは別の雰囲気を漂わせた冒険者も何人か見える。
あー、男女の別を問わないってところを見ると、やはりアバターの外見と中身は全然違う可能性ってのは大きいようだな。
もし、中身もアバターと一緒だとして、ガチガチの筋肉をしてるあのキャラクターがあのアルヴにときめいちゃってるとか言うのなら……いや、この考えは危険だ、この辺で止しておこう。
見ない方が、知らない方が、この世の中で生きる上で幸せなことだって多いはずだ。
わざわざ覗かなくて良い闇を見る必要もあるまい。
「あんたが今使った魔法は……上級魔法ってことで間違いないか?」
カンデラはビシッと指を俺に差し向ける。
褒められた仕草ではないが、中々堂にいったポーズだ。
人によってはこのキザったらしい所作が気に食わない奴もいるだろうが、俺は別に気にならない。
むしろ、相手のペースに呑まれる行為だ。
俺は薄く笑みを浮かべることで気持ちを軽くして答える。
「あぁ、そうだ」
端的に答えた俺の返答は素っ気ないものだったが、彼はどうやら満足しているようで、より一層笑みを深める。
笑みと言っても喜色を浮かべたものではなく、好戦的で挑戦的な、好奇心と野心に満ち溢れたギラギラとした笑みだった。
「いいね、いいねいいね! そうでなくちゃ困る! オレだけが上級魔法に到達していないんじゃないかと心配していたんだ……この世界に絶望してしまう所だった!
別のゲームで名を馳せたプレイヤーが多く参加していると謳った今回のクローズドβテスト、でなきゃ今回のような馬鹿騒ぎはまるで意味がない!
オレだけじゃない、オレたちはみんな思っているはずだ!
強い奴と戦いたい! なぁ、お前もそうだろう!?」
やたらとテンションが高いな。
さっきの伏兵で喋ってた奴もそうだが、PKしたい奴は自己主張が激しい奴ばかりなのだろうか。
あー、でもそうか、最強になりたいっていうのは、ある意味で俺が一番だと自己主張してる奴らばかりが、最後の一人になるまでぶつかり合うことだと考えれば納得はいくな。
なるほど、理解した。
しかし、俺は別にそういう欲は無いからな……彼の意見に賛同できないんだよな。
「悪いが、俺はそういうのにはあまり興味がないんだ」
「おいおい、あんたは魔法を極めておいてそう言うのか……おかしな奴だ、最強の称号を求めずして何で魔法をそこまで極めたんだ、極められたんだ?」
「それこそ、ただの趣味だよ」
「あー、趣味か。 なら納得だ、歓迎するぜブラザー」
淡々と会話をする俺に対して、彼は表情をコロコロと変えながら、大げさな身振り手振りを交えて語り続ける。
奴は俺を何に歓迎するつもりだと言うのか。
「オレは最強になるのが趣味なんだ、分かってくれるだろ?」
「……まぁ、分からなくはないさ」
これはゲームだ。
ゲームは種類や環境によって遊び方は色々とあるが、不特定多数の人間により長く遊んでもらうオンラインゲームというジャンルには明確な終わりや超えるべき、到達すべき目標が存在しない。
それこそ、プレイヤーが自分自身に対して定めるので、プレイヤーの数だけ目標や到達点が設定される。
ただ異世界での生活に思いを馳せる者もいれば、用意された最新のコンテンツをいち早くクリアすることに全力を賭ける者もいる。
そして、対人戦の要素があるゲームには多くのプレイヤーたちの頂点に立つことを目的にする者がいる。
彼はそのオンリーワンに、最強の称号に魅せられたプレイヤーなのだろう。
人によってはそういう遊び方、わざわざ他人と競い合うことが辛い、面倒臭いなどと思って理解しない、理解しようとしない人もいるが、俺は彼の望んでいることが正しく理解できた。
俺も男だ。
自分が持てる「強さ」というものや、それを端的に示す「最強」という称号に胸が疼かないほど錆びれちゃいない。
男として生まれたからには、少しでも強くありたいと願うし、そう望み行動するものだと思う。
俺自身、この世界にのめり込み、魔法を突き詰めるプレイをしていたのも、少なからずそういう感情が存在していたのは自覚している。
最強になりたいと言う明確なヴィジョンこそ無かったものの、強さを求める姿勢がないわけじゃないのだ。
上級魔法を覚えた切っ掛けも、好奇心や探求心だけじゃなく、新たな力への憧れがあった。
だから、彼が趣味と言った「最強になる」という望みも十分に理解できていた。
そして俺は、どこか自分と共通点を持っている彼が、まだ口にしていない言葉も読み取れた。
彼の視線が俺の視線とぶつかり合う。
カンデラの目元が少し細まり、俺が彼を正しく理解したことが伝わったようだった。
「つまりだ、俺は魔法使いなんだよ」
それでも、様式美なのか迂遠な言葉遊びを続行するカンデラ。
「あぁ、そのようだな」
その意図するところは、西部劇のガンマンのような、江戸時代の武士のような、近代ヨーロッパの騎士道精神のような、意地と誇りを賭けた試合を始める合図なのだろう。
決闘の準備を互いに済ませる最後の時間。
俺は軽く答えを返しながら、直接操作で情報を広げて素早くステータスをチェックする。
「そしてオレは最強になりてぇんだ」
さっき撃った上級魔法で消費したMPの回復は今までの会話(時間稼ぎ)で三割程度まで回復していた。
何とか≪防御膜≫を使った短時間の戦闘を展開できる程度だ。
ただし、それはMOBとの戦いであって、少なくともボスを相手に挑めるような状況でもないし、まして未知数の対人戦においてはハンデにしかなりようがない要素だ。
「さっきも言っていたな、で?」
ローブの下に隠れた左手で腰のポーチや、幾つかの目立たない様にしつつ手が届く範囲でホルスターのアイテムを数える。
HPの方はさっき強襲された分はしっかりリペアして全快にしてある。
やはりMPの消耗がネックとなりそうだが、MP回復系のアイテムは稀少で――戦闘中に効果があるほど優秀なものはという意味だが――手持ちのものを使っても、それだけで好転するとは思えないな。
状態異常を引き起こすアイテム類も遠距離で使えるわけでも無いし、魔法使い同士の駆け引きでは特に重要な要素には成りえないだろう。
そもそも、さっき上手く言ったのもまぐれでしかない。
アイテムに頼ると言うのは今回に限って言えば有力な手ではないだろう。
「クローズドβテストの今この段階で、情報開示も無く上級魔法に辿り着いた奴ってのは間違いなく最強の魔法使いだと思わないか?」
具体的な言葉を出してきた、そろそろ開始という事だろうか。
「そうかもしれないな」
手持ちの戦力、今までの戦闘経験、全てをざっと思い出して今と言う状況に当てはめる。
何もかもが初めてだらけの今回の状況に一致するような経験は無い。
しかし、それらの断片的な欠片を一つずつ集めて、パズルのように組み合わせることはできるはずだ。
お互いに魔法使い、そこに勝機があるのかもしれない。
「もう分かるだろ、ブラザー?」
意訳すれば、もうそろそろいいかと言う事だろうな。
何とも親切な話だ。
「分かっていれば何だと言うんだ」
俺も素直に了承だと相手に伝えてやった。
「やることはシンプルだってことだ!」
「ぬかせ!」
二人同時にスタートを切る、一足飛びに駆け抜けて開いていた距離を詰め、杖と杖を俺たちはぶつけ合った。
ガコンという硬い木がぶつかり合うくぐもった音がやけに高く響く。
奇しくも魔法使いという遠距離職の二人、そのどちらもが示し合せたかのようにいきなり近寄っての殴り合いを仕掛けたことに、周囲の冒険者は驚いているかもしれないな。
魔法使いが対人戦で何を苦手とするのかはPvPが始まる前から明確だった。
それは、「魔法の詠唱中に攻撃を受けて魔法がキャンセルされること」だ。
攻撃の手番を奪われるだけじゃなく、魔法が中断された際のMPの消費も避けられない。
それに照らし合わせて言えば、相手が近接戦闘を得意とする戦士系なら、そもそも近寄られた時点でアウトだろう。
なら、魔法使い同士で近接戦闘を仕掛ければどうなるだろうか。
俺の予測では、詠唱に入っていればイニシアチブを取るのはこちらだったはずだ。
魔法使い同士の勝負ならば魔法で競うはずだと言う先入観があれば、その想像の埒外にあるこの一手に動揺すれば、混乱した思考は次に取るべき行動を阻害する枷になる。
逆に相手も同じ手で来ると言うのは、普通ではあり得ない事だろう。
しかし、俺はそうなってくれれば楽に勝てると考えた一方で、俺が考えることが出来る程度の作戦なのだとも割り切っていた。
仮にも最強を目指す、いや最強にならんとする猛者が相手だ。
特にそんなイメージを抱いていない、俺程度の思考した戦術くらいは対処する、または対応してくるだろうとは思っていた。
全く同じ一手だったと言うのは確かに予想外だったが、それに対した俺の動揺は無い。
むしろ、この杖の使い方や装備の構成の被り方から見て、もしかしたら彼の戦闘スタイルは俺に近いのかもしれないとすら思えた。
ビリッとした熱を感じ、杖を握る手にも自然と力が籠る。
「≪照らせ、闇を払う意思よ≫≪松明≫!」
「≪照らせ、闇を払う意思よ≫≪松明≫!」
互いに杖を打ち合わせたまま呪文を詠唱し、押し合って弾く様に距離を取りながら魔法の炎を杖の先端に灯す。
流石に俺もこの魔法を相手が選択するとは思っていなかった。
近接時においての杖による格闘戦の有用性、さらには≪松明の呪文≫を攻撃力強化に転用できるということを知っているのだろう。
俺だけじゃなく、カンデラも少し目を見張り驚きを露わにするが、それもすぐさま凶暴な笑みに塗りつぶされる。
どことなくマグナを思わせるあの笑みは、間違いなく彼が重度の戦闘中毒であることを示していた。
全く、よくよく思えば何故俺はこんな状況に巻き込まれているのか。
その切っ掛けを作ったのは間違いなくマグナなのだろう。
類は友を呼ぶと言うが、俺にもどこかにそっちの気があるのかもしれない。
流石にそれは無いと思いたいんだけどな。
ワンステップ踏んで再度接近し杖による突きを放つ。
先端には炎が点っており、地味な見た目とは裏腹に存外馬鹿に出来ないな威力を秘めている。
今の俺が扱えば、角兎程度ならばこの一撃でケリが着く。
カンデラは杖を横から打ち付けて突きの軌道を逸らしつつ、肩を前に押し出してそのまま体当たりを仕掛けて来た。
俺は逸らされた流れに逆らわず、そのまま一歩を強く踏み込んで体当たりを寸での所で避ける。
すれ違い交差した瞬間、踏み込んでいた足を軸に全身を使ったバックハンドで杖を振り抜く。
カンデラはそれを呼んでいたのだろう、杖を縦に構え両腕を使うことで俺の一撃を受け止めた。
互いにぶつけ合った衝撃で一歩、二歩と距離を取り、再び杖を構え直す。
今、この状況下で使うべき魔法を瞬時に選択する。
「≪尖れ≫≪風針≫!」
今は守るべきじゃない、攻めるべきだ。
俺は最短で放てる呪文である≪風針の呪文≫を使って攻撃を仕掛けた。
杖の先端の火が残光の尾を引きながら敵を指し示し、その誘導に従うかのように風の刃が唸りをあげて駆け抜ける。
甲高い音が木霊し、続いてガラスが弾ける様な光が宙を舞った。
これは≪防御膜≫が効果を発揮した瞬間の光景だ。
彼の唇は淀みなく動き続けていた。
――しくじった!
先の攻防で決定打を奪えていなかったのだから、当然敵が≪防御膜≫を展開しているものとして動かなければ行けなかったのに……やはり、知らず知らずの内に焦りが滲み出てしまっていたのだろう。
いまさら後悔しても遅い、カンデラの魔法はすぐに完成するだろう。
ここからもう一度≪風針の呪文≫で妨害を試みるか?
いや、既に相手が構えている状態で撃ってもどれだけ効果があるのか分からない。
対MOB戦では無類の強さを見せた妨害呪文とは言え、それが対人戦でどこまで効果があるかはまだまだ疑わしい。
最悪、攻撃に成功しても相手が痛みに耐えて詠唱を続けることで手酷いカウンターを決められるかもしれないのだ。
ただでさえステータスに劣ると自負するこの体だ、魔法に長けたアルヴの一撃をまともに受けてしまえば即死する可能性すらある。
思考が明確に決断を下すよりも早く、体は跳ねる様にカンデラから距離を取っていた。
跳ねる様にと言ったが、実際には姿勢を低くして地面に這いずらんとするが如く、足をベッタリとつけていた。
この両足が地面をしっかりと捉えられなければ、咄嗟の回避すらままならない。
安易に体を浮かせて、射的練習の的になってやるつもりは更々ない。
退いた体の替わりに戦意を乗せた杖を右手で突き出して牽制の意思を示す。
相手の魔法への対抗手段を左手で準備する。
腰の後ろに備え付けていたホルダーから引き抜いて指の間に挟んでホールドする。
俺もカンデラも同じ魔法使い同士、使う魔法も同じ。
呪文を聞き取れるこの距離ならば、相手がどの魔法を使うつもりなのかは予測できる。
後は適切なタイミングを見計らって――コイツをぶつける!
「≪石礫≫!」
「ぐぅっ!」
至近距離からの≪石礫の呪文≫は凶悪な威力を秘めている。
一発一発の飛礫が使用者を中心として緩やかな放射状に放たれるこの魔法は、その性質上、距離によって弾幕の密度が変化する。
遠間の敵にはあくまでヒットを狙いやすいが威力は低いという印象だが、近距離で命中させた場合の期待値は並の魔法を遥かに凌駕する。
多少は距離を取ったとは言えど、直前まで近接戦闘を行っていたほどの近さだ。
両手で顔や体を庇うようにし、極力面積を狭めることでダメージを最小限に抑えようと試みる。
布製のローブが上手く衝撃を吸収してくれたのもあってか、思っていたよりはダメージは抑えられているようだ。
俺のHPはまだ二割も残っている。
別の視点から言えば今の一撃で八割削れているのだが、死ななければ何でも安く済んだと言えるという奴だ。
しかし、このままこの場所に突っ立っていれば間もなく自爆するのは明らかだ。
すぐにバックステップで距離を稼ぎ、その場から可能な限り離脱する。
俺が低く大きく後ろに跳躍したのとタイミングを同じくして、幾つかの閃光と轟音が連鎖的に生まれて大気を揺らす。
その煽りを受けて俺は地面へと転がる様に伏せて衝撃をやり過ごす。
先ほど敵の魔法を防御するために両手で体を庇った時、左手に握っていたスティック状の魔法道具を投擲しておいたのだ。
その名も『マジック・ボム』と言う攻撃系アイテムだ。
使用してから五秒、または衝撃を受けることで爆発を引き起こす。
威力のほどはスキルや魔法と比べると今一つ欠けるものだが、わりと気軽に使える攻撃系アイテムという事で俺は便利だと思っている。
もちろん、剣や魔法で戦う方が何かと強いし早いのでユーザー数は少ないマイナーなアイテムだろう。
予想していた最高のパターンだと、飛んでくる礫に当てることで爆発させることで他の石も一斉に弾き飛ばすことが出来れば、今のように痛打を受けることもなかったのではないか、と思っている。
何にせよ、対人戦での使用は初めてなのだ。
どのような結果が出たのかは、この目で実際に確かめてみるしかない。
土煙が収まると、先ほどより離れた場所に片膝をついてよろめいているカンデラの姿が見えた。
どうやら奴の想像の上を行けたようだ。
直前で≪防御膜≫を張った相手に対して威力の低い魔法を撃つと言う握手を取ってしまったとは言えど、おかげで防御壁を失った状態で攻撃を命中させることが出来たようだ。
対人戦の威力は想定していたよりも効果が出ている印象だ。
やはり、モンスター相手よりも対人戦の方が現状だと要求火力が低いようだ。
魔法使いの扱える魔法の中には生半可なMOBなら一撃で倒せる程の威力が出せるクラスのものも存在している。
それを基準に考えれば、対人戦における魔法の最大威力は最早必殺の域に達しているのかもしれない。
しかし大技は隙がでかいものだ。
今の攻撃の応酬で既に俺も相手もHP面は吹けば飛ぶ程度しかないだろう。
技の隙がどうかとかはあまり問題じゃない。
そんなものを使わなくても、俺たちの戦いには決着がついてしまうのだから。
向こうも今の結果から同じ結論を導いているはずだ。
次の仕掛けで決着が決まる。
ぐっと強く杖を握りしめることで、俺は次の一手に賭ける覚悟を決めた。