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Act.05「PvP」#8


 俺の魔法の使い方はこのクローズドβテストが始まった頃から殆ど何も変わってない。

 幾つか気付いた点を付け加えて多少の改良はしているが、基本的には特定の魔法を重点的に使っていた。

 それは意図的でもあるし、無意識的でもある。

 やはり、相性の良い魔法や使い勝手の良い魔法というのは何かしらあるもので、結局は俺もそれに頼りきりになってしまっているということなのだが、俺はそれでいいと思っている。

 確かに「全ての魔法を使いこなせる」という肩書は格好良いのだが、それが強いかどうかはまた別の話だと思う。

 現に、少ない魔法の種類でも戦闘は問題なくこなせてきたし、何度も繰り返して使った魔法はそれ相応の成長が見られたからだ。

 このゲームには現在、かなり大量のマスクデータ……隠しパラメータが設定されている。

 おそらく、魔法やステータスの成長は数値として表記されていないが、使用回数などによって経験値が蓄積され、それに応じて攻撃力や範囲などに影響があるようなのだ。

 俺がメインに使っている魔法は基本の攻撃魔法である≪火矢の呪文≫、簡易防御魔法の≪防御膜の呪文≫、貴重な回復魔法の≪治癒の呪文≫、それに接近戦になった場合の火力を底上げする為の≪松明の呪文≫だ。

 特殊な性質を持つ魔法は極力省いた構成だ。

 魔法を使った戦闘での基本的な立ち回りを磨く為にはオーソドックスな性能の魔法が丁度良いと思い、これらの魔法を上手く扱うことや、いかに魔法というシステムを理解するかに努めて来た。

 そして、何よりも賢者という自分の種族の特性、ステータス面において魔法関係以外の特徴を削ぎ落とされた尖った性能を、戦闘中にいかに保ち続けるかを鍛えて来た。

 マギエルは戦闘に対する適正はからっきしだが、魔力の操作においては他の追随を許さない。

 通常の発動に必要な≪火矢の呪文≫の五倍の量を注ぎ込んで大きく減少した俺のMPは、既に急速な勢いで回復を始めている。

 魔法系にしか適性がない種族なのにMPの総量ですら他の種族に大きく離されているのだが、こと魔力の吸収と放出――MPの回復と消費に関してだけは、他の種族とは格段に速度が違う。


「≪儚きものなれど、ひと時の安らぎで包まん≫≪防御膜テスタカーン≫」


 薄らとした光の膜が俺の周囲を包み込む。

 この≪防御膜の呪文≫は防御系呪文の中ではやや軽視されがちな魔法だ。

 何故なら、魔法による防御効果はそこそこ高いのだが、一定量の負荷を受けるとすぐに崩壊してしまうからだ。

 他のゲームなどでは回復魔法系統におけるバリア型と呼ばれている仕様だ。

 一回の詠唱につき一枚の防御壁を一定時間展開することができる。

 しかし、同じく一定時間防御力を上げる効果を引き出すと言う意味では、事前にステータス強化の魔法を使った方が圧倒的にコストパフォーマンスが良い。

 破られるたびに掛け直した場合、HPを直接回復する魔法と比べても加速度的にMPへのコストが増大していく性能だ。

 ハッキリ言えば、魔法全体で見てもMPに対しての期待値やリターンは低い方だ。

 それでも、この初級魔法には大きなメリットが存在している。

 純粋なステータスの底上げではないし、効果時間もそこまで長くは無いのだが、展開しておけば不意打ちに対して高い防御性、信頼性を確保できることだ。

 短期間、単発とはいえ、敵の必殺の一撃による脅威を大きく削ぎ落とせるのは、主観視点での操作が基本となるVRMMOでは、モニター越しにプレイヤーを俯瞰視していた頃と違って視界が極端に狭まっている。

 死角からの攻撃に対応できるというのは非情に魅力的なメリットなのだ。

 ならば、魔法使いはみな自分に使っているのではないかと聞かれれば、どうもそういう訳にはいかないらしい。

 単純な話だ、魔法を使うたびに消耗するMPがネックになっているそうだ。

 効果時間一杯まで展開していても、一回の使用に対して消費したMPを自然回復するMPの量で補えないのだそうだ。

 だから、他の種族が常時≪防御膜の呪文≫を展開しようとすると、あっという間に満タンまで貯蔵していたMPが放出されていくし、それをMP回復アイテムで補おうとすれば今度は金が飛ぶ。

 もちろん、マギエルなんてMPの最大値が低すぎて選択肢に入るわけがない……と、思われているらしい。

 実際にはMPの回復量が高いので、やろうと思えば常時展開できる唯一の種族だ。

 もっとも、張る度に割られていればやはりMPは枯渇する。

 それどころか、そんな目に合えばMPの最大値が低すぎてあっという間に魔法の選択肢が狭まってしまう。

 マギエルの魔法戦闘のスタイルはいかに少ない手数で、限られたMPを効率的に運用するかにある。

 幾ら補充が速いとは言えど、戦闘中に自主回収できる量はほぼ一定だ。

 数発の魔法を使っても選択肢が幾つも選べる他の種族とは違い、連続して魔法を使った場合には僅かに残ったMPで対処しなければならないのがマギエルだ。

 その種族特性はやはりピーキーに過ぎるだろう。

 現に、テストが始まってしばらく経ってもマギエルの数は一向に増えない。

 他の種族はわりと均等な人数に落ち着いたのに対して、一種族だけごっそりと抜け落ちているのだから笑えないな。


 ――さて、兎にも角にもこれが最初の一手だ。

 次の一手を打つ為に杖を握り直す。

 ここから先は未体験の領域、ぶっつけ本番だ。

 俺は杖で地面に簡単な図形、三角形の底辺に線を一つ引いたものを三つ扇状に並べて描く。

 出来上がった図形をそれぞれ杖の先端でトントンと突いてやると薄く光が宿る。

 どうやら成功の様だ。

 そう安堵した瞬間、眩い閃光が俺の横顔を殴りつけると同時に、ガラス質の砕け散る音と稲妻の迸る音が鼓膜を打ち付けた。

 仕込んでおいた≪防御膜の呪文≫が上手く動作したようだ。

 攻撃魔法が放たれた方角は左後方、まさに本来ならば死角として警戒がおろそかになっている方角だ。

 雷の輝きは一瞬で収まる。

 何条もの焼け焦げた痕が走る土を見れば、一目で敵の位置は特定できた。

 雷撃系の呪文は発動後の到達速度や、威力の高さ、状態異常の発生するものなどがあり、総じて高性能、高レベルな魔法と言う印象がある。

 単純に雷系の魔法はファンタジー世界でのイメージとしても力強く、実際にこの世界の魔法系統においても総合力が高く纏まっているので、先手必殺の呪文として人気を博している。

 だが、撃てば必ず必殺になるわけではない。

 このように防ぐ手段が存在しているのだから。

 俺の視線と敵の視線が絡み合う。

 悔しそうに歪む表情、しかしそれもすぐに敵意で塗り固められ、口元が次の魔法の詠唱を始めようと開き始めていた。

 この局面での選択肢は幾つかあるが、お互いに魔法使い同士なのだ。

 先に相手を潰しきるだけの高威力の魔法で殲滅するか、もしくは魔法を使えない状況に追い込むのが妥当な線だろう。

 敵がどちらを選択するにしろ、ある一定上の威力は必要になってくる。

 先ほど敵の≪風針の呪文≫を相手に≪火矢の呪文≫でやって見せたように、威力に劣る魔法は高威力の魔法によって霧散させられる。

 詠唱の速度、妨害能力などで秀でる≪風針の呪文≫だが、一方では威力の不足からくる相殺優先度の低さと、またある程度の射程は確保できるとは言えど、相手を妨害をする上での必要最低限の威力を確保できる距離は短いはずだ。

 相手の行動に対して影響力がある威力を出せるのは精々が七メートル程度までで、それ以上の距離となるとHPを微かに削ることはできても決定打には成りえない。

 奴はこちらに気付かれない様に遠くに潜伏していたので、こちらとの距離は十五メートル以上はありそうだ。

 雷の呪文の射程の長さを活かしていると言えるだろう。

 その場からすぐに動かないことを見ると、それなりに高威力の魔法を選択しているのだろう。

 こちらが焦って短詠唱の魔法を選べば、威力差によって押し切れると踏んでいるはずだ。

 腕に自信があるということか。

 ざっくり推測してみたが、とはいえやることは既に終えている。

 今更何かが分かったところで、特にこれからの行動に影響はないだろう。


「≪熾れ≫!」


 呪文詠唱のキーワードに反応して魔法陣から赤い光が迸る。

 魔法陣から生み出された光の粒子は渦を巻き、拳程度の大きさの火球をそれぞれ一つ、合計で三つ中空に作りだして浮かべた。


「≪放て(スート)≫≪火矢ファン・ボウ≫!」


 俺の鋭くはなった呪文、命令オーダーに従って生み出された魔法の火球は三本の矢となって放物線を描く様に目標に飛び込んで行き、驚愕に足を縫いとめられた対象に抱き付いて盛大な炎の花を咲かせた。

 ナンシーが教えてくれた魔法の知識、言うなれば『魔法理論』を教わることによって、俺には新たなスキルが備わっていた。

 一つは『魔法陣』の習得。

 これは以前から存在は知っていたのだが、詠唱魔法をメインと決めて使っていたので覚える機会が無かったものだ。

 システム的には、魔法陣を媒体を使って描き、その図形によって発動する魔法が異なるというものだ。

 メリットは消費MPの少なさや、先に描いて置くことで任意のタイミングに素早く使えること、複数の魔法を管理しやすいことや、そこから転じて手数を補えると言う魔法使いにとってはかなり魅力的な魔法体系だ。

 また、起動に必要なキーワードを幾つかのタイプから選べるのだが、詠唱魔法と同じく呪文による起動を選択しても詠唱魔法よりもずっと短くできる。

 逆にデメリットはというと、単純に手間暇がかかるというのが特に大きいだろう。

 図形を描くというのは口で呪文を詠唱することと比べると、どうしても必要な手順が増えてしまう。

 魔法陣は基本的に一度効果を発揮すると消えてしまう。

 折角時間を費やして描いたにも関わらず、一回の使用で消失してしまうとなると、イメージするだけで少なくない徒労感があるだろう。

 道具や魔法陣の描き方によっては何度も繰り返し使えるようにも出来るのだそうだが、それはそれで魔法陣へのMP充填の時間、つまりクールタイムが存在するなど別のデメリットがある。

 そして、個人的には魔力の調整が自由にできないというのがもどかしい。

 詠唱魔法も基本的に使う分には画一的な威力しかでないのだが、魔法陣は性質上として更に輪をかけて即応性が低くなるので、状況に沿った魔法を展開し辛いのだ。

 などと言うと、ネガティブなイメージが先行しそうになるが、モノはすべて使い方次第だ。

 先に魔法陣を用意し、敵の攻撃を受け止めてから迎撃として使用する。

 複数用意することで手数を増して威力を底上げし、起動の為の呪文が短い点は相手が対応する時間を削り取る。

 前々から考えていた「対人戦が来た際に魔法使いが絶対的に不利な点」として、呪文による魔法の判別が可能だということが気に掛かっていた。

 特に魔法使い同士ならば最初の一文を聞けば、ほぼ何の魔法なのか正確に把握できてしまう。

 そうなると、対処する方法も簡単に取れてしまうというわけだ。

 逆にお互いに十分距離を取れば高威力の魔法――おそらく、中級程度の魔法をいかに素早く撃ち続けられるかという根競べのような試合になってしまう。

 それでは芸がない、何かその状況を覆す状況や要素は無いかと考えていたのだ。

 土壇場で手に入れた魔法陣という新しい武器だったが、イメージしていた戦術を実行に移す為に十分な働きを示してくれたと言えるだろう。


 火柱が地に伏すのを確認して、再度≪防御膜の呪文≫で奇襲に備える。

 どうにもPK側はPKK――PKをするプレイヤーをキルするプレイヤーのこと――側がやってきた際にそれを徹底的に叩きのめしたいという意思があるようだ。

 何度も現れる入念、周到な伏兵や、未実装だった対人戦への考察から戦士を重視した構成など、PKする側の準備としては当然と言えば当然なのだが、ここまで明確に討伐隊を敵視するということに何かしらの意図があるのではないかと考えてしまう。

 先ほどの彼らの主張から推測するならば、もしかしたら彼らもこの戦闘の後に俺たちと同じようなアクションを予定していたのかもしれない。

 今後のこの世界でのPvP実装について、対人戦闘の技術の研鑽と普及、其の為の地盤作りとしてPKの脅威や理不尽さとプレイヤーに広く知らしめ、こうして現れるだろう有志の討伐隊すらもPK側に敗北したと言う事実が重なれば、プレイヤー全員がPKに抗う術を持つべきだという風潮になる……と、彼らは考えていたのかもしれない。

 だから、俺たちの登場に驚きは無く、逆にいかにして迎え撃つかを考えていたのだと。

 なるほど、そう考えればこの状況にも納得が行く。

 初心者向けの狩場を敢えて狙ったのも、心無いPKが初心者を襲うという可能性をテスターに強く認識させる為だったのかもしれない。

 最も、そんなことはさて置いても、さっきの雷に撃たれたヒーラー二人を見て下卑た笑いを上げた彼らの内の何人かに、薄らと暗い情念が垣間見えていたのは気のせいじゃないとも思っている。

 俺は良くも悪くも思わないが、ゲームの中だからそういう鬱屈した気持ちを発散させたいと考える、そういうロールをプレイしてみたいと考えることは十分にあり得る話だろう。

 受け入れられるかどうかはともかく、プレイスタイルは人それぞれだから何と言う話でもない。

 彼らの真の目的がどこにあるかはまだ推測の域を出ないが、この戦いに何らかの決着が必要なことだけは理解した。


 推移する戦場の状況把握に努めながら、俺は麻痺している二人に駆け寄って治療を行うことにした。

 俺もこの世界で麻痺の状態異常を喰らったことが何度かあるが、実はそんなに辛い物でも無いというのが本当の所だ。

 多少、息苦しい感じ……ちょっと全身が圧迫されるような感覚と、声が出せない、体が動かないっていう感覚が分離される感じが気持ち悪いの状態異常だ。

 この辺はVR世界が偽物だってことを実感させられる部分だな。

 彼女たち(中身は男かもしれない)も、今まさに居心地の悪いぼんやりとした感覚の中で意識を泳がせていることだろう。

 視覚と聴覚も微かに制限がかかるので、本当にスクリーン越しに周囲を把握しているような曖昧な情報しか受け取れないのだ。

 ただ、彼らの投げかけた下品な言葉や無遠慮な視線は、例えスクリーン越しでもしっかりと伝わっていた事だろう。

 悔しさや恥ずかしさなどで気を荒げなければいいのだけれど。

 一先ず、治療を進めてしまおうか。

 魔法による治癒は遠くからでも可能だが、回復量のロスが距離によって発生してしまう。

 もっとも効率がいいのは接触しながらの魔法の使用だ。

 俺は無難に彼女たちの手を握って接触による治癒の呪文を二人に施し、体力を回復させたうえでウェストポーチから万能薬を取り出して使用する。

 彼女たちを一人ずつ抱きかかえ、薄らと開いた口元に薬液を流し込むと、全身を包む柔らかい緑のライトエフェクトが瞬き、ゆっくりと戒めから解き放たれた彼女たちが起き上がる。


「大丈夫か?」


「え、えぇ……助かったわ」


「あぅ、ありがとうございます!」


 一人は手を開いたり握ったりして感覚を確かめながら、もう一人は俺の手を握りしめて額に擦り当て……泣きながら感謝していた。

 いやまぁ、彼女の気持ちは分からんでもないが特に何かしたわけじゃないので複雑だ。

 俺は行動に対する評価が高く買われ過ぎてもしっくりこない、そんな小市民的な感覚の持ち主なのです。

 まぁね、俺も一人で麻痺持ちの敵と戦って相討ちに倒れた時、死ななかったものの麻痺が延々解けなかったときは本当に心細かったよ。

 麻痺した程度では全滅、死亡扱いにならないのが辛い。

 結局、通りすがりの誰かも現れなかったので、麻痺が解けるまで俺は地面に転がっていたし、倒した敵のドロップも時間経過でオブジェクトの粒子を撒き散らして消えてしまったけどな。

 それでも私は元気です。

 きっと、彼女たちも大丈夫だろう。


「二人は前衛のサポートに回ってもらえるか?」


「分かった!」


「が、頑張ります!」


 先ほどの挽回をしたいのだろう。

 気合十分といった表情で二人は俺に頷いてくれる。


「二人とも使えるなら≪防御膜の呪文≫の呪文を自分にかけておくこと、回復の際には意識を対象に集中し過ぎないようにして、全快を目指すのではなく全体を維持できるように回復を配ってあげて欲しい」


「了解、ただ私は≪防御膜の呪文≫は覚えていないわ」


「あ、私は覚えています!」


「わかった、何かあったら彼女に掛け直してあげて。

 その代り、回復の方は率先して担当してもらおう。

 何かあれば遊撃の魔法剣士にサポートしてもらえるように場所に注意して戦うこと、いいな?」


「えぇ、任せて頂戴!」


「うん、頑張る!」


 二人のヒーラーを未だ緊迫した戦いを繰り広げている前衛のサポートに送り出し、改めて戦況の確認を行う。

 戦士同士がぶつかり合う前線はヒーラー不在の為に、互いに消耗戦を強いられていたようだがまだ誰一人として脱落者が発生していない。

 動きを見ても派手さは無いが互いに堅実な立ち回りを見せている印象だ。

 討伐隊の方は事前の打ち合わせで援護を妨害される可能性を指摘していたのもあって、後方支援が途絶していたことに対しては戸惑いが少なかったのだろう。

 むしろ、後がない状態と知りつつもその場に踏みとどまって戦線を維持している胆力と技量は流石に対人戦慣れした精鋭メンバーだと感心させられる。

 ボルドーを取り囲んでいた敵は気が付けば数が減っていた。

 魔法使いを討ち取ったマグナが参戦し、状況は一対一のタイマン勝負に持ち込まれていた。

 ボルドーは剣と盾を構えたヒューマンの男と、マグナは両手剣を構えた筋骨隆々のラクシャスと対峙していた。

 ボルドーの嵐の様な双剣から繰り出す剣戟を、左右の剣と盾で受け止める彼も相当の実力者というところだろう。

 マグナは両手剣を軽々と振り回す大男に対し、距離を保ちながら応戦していた。

 片手用の直剣と両手で扱う大剣ではリーチが圧倒的に違うので、その攻防は一方的な展開を見せつつある。

 しかし、彼の顔に浮かぶ表情には焦りも不安もない。

 ギラギラとした鋭さを隠した笑みを浮かべていた。

 大剣の豪快な振り下ろしを剣でいなして受け、瞬間で懐に踏み込んでスキルによる強烈な一閃を打ち込む。

 金属の擦れ合う甲高い音が響き、鎧に胴を薙ぐ様な浅い傷跡が刻み込まれた。

 男が纏う鎧はピンポイントで急所を賄うことで全体の重量を下げるタイプのものだが、見た目の軽装さとは裏腹にそれぞれの装甲はかなりの厚さを維持しているようだ。

 マグナの攻撃は一瞬の隙間を縫った、まさに致命的な一撃だったのに対して、彼の装備していた鎧がしっかりとその役目を果たしたのだ。

 男はすかさず獲物を振り回しマグナを懐から追い払う。

 戦闘力では一歩マグナが上回っているようだが、あの大剣が繰り出す圧力の中を潜り抜け、更に硬い鎧に守られた中身を討たなければならないのだ……マグナの装備は軽装、あの男の膂力と大剣の重量から繰り出される一撃は、マグナの命に十分届き得るかもしれない。

 そんな状況下で一度もミスをせずに敵を圧倒し続けられるかどうかは分からない。

 サポートをするならマグナからだろうが――


「……っ!」


 草を踏み鳴らす音に気付いた俺は、瞬時に反転して杖を構えていた。

 反射的な動きだったが、それが功を奏したようだった。

 またもや湧いて出た伏兵の一人の攻撃を受け止めることに成功した。

 最も、それだけで俺のHPはガクンと削られて七割を下回って六割に近づく。

 防御して一撃で四割近くものダメージを与えられたのだ。

 幾らステータス面で最弱とは言え、スキルでもない一撃でここまで減らされるというのは内心穏やかではいられない。

 だけど驚いている余裕なんてないのだ。

 受け止めた杖の重心をずらし、敵の攻撃を後ろへと逸らす。

 バランスを崩した敵が抱き付くような形で倒れて来たところに、俺は腰のポーチからアイテムを取り出して腕を抱きしめるように背中に回して瓶の中身を浴びせる。

 柔らかな感触が胸にぶつかるが、それを気にする余裕もあまりない。


「……がはっ……あ、あぁ……ぅあ……!」


 そのまま、俺の腕の中で痙攣を始める襲撃者。

 その度にふにふにとした感触が伝わってくるが気にしてはいけない。

 顔を隠すローブからは細く金色の髪が零れていたし、微かに見えた口許は小ぶりだが形の良い弧を描いていて、白い肌に映える真っ赤なルージュを差していたが、それは今は関係ない。

 とりあえず精神衛生上よろしくないので、襲撃者をその場で……乱暴に扱うのは気が引けたので、そっと腰を下ろしてゆっくりと草原に寝かせてやる。

 ジロジロと見るものでもないので、顔や体は極力見ないようにした。

 それでもチラッと胸に視線がいったのは男子として正しい姿だろう。

 あのたわわな双丘が俺に触れていたのか、特に何も考えず横にして寝かせたのだが、地面に張り付くようにローブが沈んだので全身のプロポーションが分かってしまう、腰のあたりも滑らかな曲線を描いていて実に……えっと違う、そうじゃないな。

 そう、俺が使ったのは結構強力な麻痺の状態異常を引き起こすアイテムだ。

 ポーション系は大抵が飲んで良し、かけて良しと使い勝手が悪くない。

 ただ、この状態異常を引き起こすアイテムの使い方は基本的には刃物系の武器に塗るなどして、敵の体内に入れることで効果を発揮させるのが前提だ。

 肌に触れるだけで相手を麻痺させるほどの効果を引き起こす程の強力なアイテムは、基本的には販売されていないし、使う側が逆に麻痺する事故の可能性もあってそもそも流通していない。

 というか、厳密にはさっきのは麻痺薬ではなくその原料だ。

 西の地域の沼地には毒や麻痺といった状態異常を扱う敵が多く生息しており、その中のボスMOBからのドロップ品で、いつかは使うかと思っていたものなのだが……まさかこう使うことになるとは思ってもいなかった。

 説明文には「触れるだけで全身を麻痺させる猛毒」とあったから試し半分に使ってみたのだが、目論み通り上手く成功してくれたようだ。

 さっきの解毒薬も、自分や味方に麻痺を撒き散らすことがあればと、事故の対応を思って用意していたのだが、何がどう役に立つかは分からないな。

 上手く成功していなかった場合については、多分抱き付いたままならば致命的な一撃は無いだろうと、誰かが救援に来てくれるのを待つ考えだったのだが……その場合は俺の方がやられていたかもしれない。

 それは俺が下心に屈するからではなく、主にハラスメントコードに抵触する可能性からだが。

 戦術的には正しくても、ゲーム倫理的にアウトと取られれば俺のアカウントがやばい。

 今回の戦場で一番肝が冷えるシーンだったかもしれない。

 何気に今の一撃に対して≪防御膜の呪文≫が発動していなかったのが気になる。

 杖で受けたせいで反応しなかったのかもしれないな。

 条件起動型のアクションは、色々とバグが出やすいものだ。

 ある時はそれが仕様となることもあるし一概にバグと切って捨てることはできないが、想定と違う動きをしているものは基本的にバグだからな。

 大体、特殊なパターンで規定の範囲を無視した挙動をするのはバグだ。

 今のパターンは何度も使ってきた≪防御膜の呪文≫使用中の対処としても初めての事だったので、運営にはあとで確認のために報告をしてみよう。

 さて、残りの問題はこの襲撃者にトドメを差すことなのだが……あー、女性って分かると途端に罪悪感が湧いてしまう。

 ここら辺の判断が直ぐに下せないのは対人戦に慣れてないから何だろうか。

 いや、多分直前に触れてしまったのが良くないな。

 中途半端に接点を持ってしまったせいで、ほんのちょびっとだけ情のようなものが湧いてしまったのかもしれない。

 間違っても劣情ではないのは確かだが。

 ……とはいえ、ここであれこれ考えても仕方がないな。

 俺は腰から短剣を左手で抜き放ち、遠くからでも見えるように大きく振りかぶる。

 そして俺は腰を屈め、襲撃者の耳元で囁いた。


「じっとしてろよ」


「……ぁっ……!!」


 俺は握っていた短剣をそのまま地面に突き下ろした。

 焦げた地面に突き刺さった刀身は、周囲の残り火に照らされ赤々と揺らいでいた。


「こういうの慣れてないんだ。

 麻痺が解けてもそのまま動かないで、やられたフリをしていてくれると助かる」


「……!!」


 麻痺した彼女の口からは漏れでた微かな空気が音を立てるのみだった。

 了承してくれたかどうかは分からないが、まぁ、どっちでもいいか。

 お願いしてダメだったのなら戦うしかないだろう。

 その時には、今抱いている迷いも薄れているはずだ。

 少なくとも、互いの呼吸が聞き取れる間合いじゃなければ、この世界で他人と戦うことに対して俺はそこまで忌避感がない。

 次に会う時はちゃんと一人のゲーマーとして迎え撃つ。

 そう決意して俺はその場を離れた。

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