Act.05「PvP」#6
最終的に討伐隊の編成は二十八人とかなりの人数に達した。
その中で戦闘スタイルによって五人パーティを五つ、端数の三人でパーティを一つ作っての、合計六小隊が今回の討伐隊の戦力になる。
敵の戦力、規模は殆ど未知数だが、断片的に得られた情報からは少なくとも三人以上のパーティであると推測され、そのうちの一人は上級魔法を扱える強力な魔法使いだ。
現在、広場にリスポーンされた被害者は全員が東の草原で狩りをしていたものに限定されている。
既に多くの犠牲者は出ているものの、それでも被害は最小限に抑えられていると言えるだろう。
ボルドーの指示で討伐隊の中から機動力に優れた三小隊を先行させた。
東の草原はその名の通り、町から東へ向かってすぐの狩場だ。
情報の確認も優先事項だが、これ以上のPK被害の拡大を懸念し、二小隊には南北のゲートから初心者向けの狩場の様子を探りつつ東へと移動してもらうことにし、残る小隊で東ゲートから狩場へと直線距離を行くことにした。
時間が経てば向こうが逃走する可能性がある。
今のところはまだ時間に猶予があるようだ。
敵は狩りを続行しているようで、広場には悔しげに表情を歪めた冒険者が、まだぽつぽつと転送され続けていた。
事件発覚から既に二十分は経つだろうか、敵はそれだけの時間を継続して戦闘を行える用意、または人員がいると予測できるのでこちらも油断はできない。
先行偵察に向かった小隊の報告を待ちつつ、こちらも最大限の準備を整えて東の狩場へと行動を開始していた。
準備と言っても時間は掛けられない。
多少、道具店で各自が回復アイテムを買い込んだ程度だ。
先行した部隊には会議後に集まっていた冒険者たちから、その場で手持ちのアイテム類を託されている。
俺も魔法屋でMPを回復するポーションを戦闘中にもすぐに使えるように、実体化した状態で持ち運べる量だけを購入しておいた。
余分に買い込んでも良いのだが、戦闘中にそんな隙があるとは思っていない。
ましてや、冒険者カードを実体化するのは色々とリスクがある。
もし実体化したまま無くせばことだ、なんて非常時にはあるまじきリスクへの懸念が俺の脳裏には浮かんでいたりする。
他人がそんなことを知れば、この事態の緊迫感の中で気が抜けているんじゃないか!と怒鳴られてしまうかもしれないな。
とんとんと腰のポシェットや薬瓶の蓋を指先でなぞりながら、俺は討伐隊の面々と一緒に東の草原へと駈けていた。
貧弱なマギエルの俺が、意外とこの面々と一緒に移動できている事実に少し感動する。
もしかしたら、冒険者のベースとなる体力はそうそう差がないのかもしれない。
ステータス的には愕然とするほどの差があるのだろうが。
冒険者カードを使って念話でやり取りをしていたボルドーの横顔に緊張感が走る。
「東の草原へ先行していた部隊が敵を確認したそうだ。
現在も東の草原で狩りを続けているらしい、先行部隊は交戦中の一般プレイヤーに加勢するそうだ。 南北の偵察隊は異常がなかったそうなので、予定通り東の草原へ向かっている。
俺たちも急いで現場に向かい、一人でも多くのプレイヤーを救うぞ!」
「「「「おぉ!」」」」
この場に居る冒険者たちは声を揃えて雄たけびあげる。
俺とマグナはそれに参加していなかったので、何人かにちらりと横目で見られてしまった。
そんな顔をしないでくれ、俺はみんながそういうノリだと思ってなかったんだ。
マグナは道の先を睨みつけたままだから、既にこの先のことへと集中力を向けているのだろう。
多少なりと付き合いがあるはずの俺が、彼の横顔を見てぞっとするくらいの威圧感を放っていた。
こんな彼の様子は見たことがない。
マグナはどうやら今回の事件にかなり苛立ちを感じているようだ。
ニヒルな仕草が似あう外見からは想像が難しいだろうが、彼は意外と正義感が強いようだ。
正義感と言っても、一般的な道徳観念における正義ではなく、曲がったことが嫌いとでも言えばいいのだろうか……意図的な不正や不平等、それらを始めとした悪意に対して敏感なのだ。
彼の過去について詮索するつもりはないが、つい昔に何かあったのだろうと思ってしまう。
マグナたちは久々にこのゲームでVRMMOを再開したと言っていた。
それは裏に返せば、一時期はVRMMOを止めていた時期があるという事だ。
明け透けにそこそこ大きなギルドに所属していたことや、攻略勢として名が知れていたことを語ってくれたのだから、その入れ込みようは並ではなかったはずだ。
そんな彼らがVRMMOを去る決意をしてしまった。
彼の今回の事件への苛立ちも、そういった過去に何かしら繋がっているんじゃないかなどと邪推してしまう。
自分の暴走しがちな思考をそこで押し留める。
俺が今すべきなのは友人の過去を勝手に掘り返すような行為ではなく、これから先に待ち受けている対人戦についてだ。
こちらの戦力は戦士系の冒険者が十人、魔法剣士が三人、魔法使いが十人、盗賊系が三人に僧侶系が二人だ。
先行偵察部隊の構成はどの小隊も盗賊一人、戦士二人、魔法使い二人だ。
敵と最初に遭遇することになる部隊なので、様々な状況に対応できるようにバランスを優先した構成になっている。
本隊となるここには戦士が四人、魔法剣士が三人、魔法使いが四人、僧侶が二人いることになる。
チームAは戦士二人、魔法剣士一人、魔法使い一人、僧侶一人の前衛を多めの編成だ。
チームBは戦士一人、魔法剣士一人、魔法使い二人、僧侶一人の後衛を多めにした編成だ。
そして最後、余りもののパーティが戦士、魔法剣士、魔法使い(俺)と言う構成だ。
余りとは言ったが、ボルドーは指揮官として全体を把握する為にこのポジションに付いている。
その護衛としてマグナが付き、また同じくマグナに守られる対象として俺が付属する形だ。
一応、名目上は「上級魔法を習得しているので戦術についての補佐ができる」と、ボルドーが尤もらしい理屈で断言してくれたからで、実際にはPvP経験がこの場に居るメンバーの中では極めて乏しいからだろう。
今回の討伐隊の編制メンバーは対人戦の経験が豊富な猛者ばかりだそうだ。
もちろん、確認する方法がこれといってあるわけじゃないから自己申告だ。
なので真偽のほどは正確に測れないだろうが、少なくとも彼らの態度から相応の自信は見て取れた。
ボルドーは今回のまとめ役、中核を担う存在だ。
仮に彼がやられてしまったとすれば、それは色々と不味いことになる――例えば、彼のプロ生命にも影響があるだろうし、犯人や仲間の心理状況を悪化させてしまう恐れもある――のだから、司令官ポジションとして前線に立たないのは当然の流れと言える。
ただ、ぼそりと「俺も暴れたい」なんて会議の後に呟いていたのを俺の耳は偶然捉えてしまった。
今回の事件をイベントに昇華させようと言う発想も、彼自身がこういう騒ぎを好んでいる部分があるからなのかもしれない。
これも誰かに言いふらすような内容でもないし、多分に憶測が含まれているので胸の内に留めておく内容だな。
ちなみに、戦士と一括りにしたが得物は様々で、剣から槍まで武器の種類は様々だし、防具や装備から見て取れる戦闘スタイルも実に多岐に渡っているようだ。
近接職とはあまり関わりが無かったから情報が乏しかったのだが、向こうも向こうで色々と戦術が発展していそうだなと、俺は考えていた。
魔法使いは主に攻撃系の魔法、僧侶は主にサポート系の魔法の取得構成をしているメンバーのことを暫定的に呼び習わしたものだ。
この世界には祈るべき神はいない。
それは言葉通りではなく、神職に付かねば回復が使えないといった設定がないという意味だ。
まだ詳しくは調べていないが、町の中には教会に相当する外観を持つ建築物があったと思う。
暇があれば世界観の一端を覗けるかもしれないし、街中を調べてもいいのかもしれない。
魔法剣士は片手武器と指揮棒を腰に差したスタイルの冒険者を暫定的にそう呼んでいる。
指揮棒を扱う理由はコンパクトさからくる片手での扱いやすさだ。
武器として魔法の威力に劣る媒体なので、魔法を使うならばちゃんとした杖を使う方が有利だ。
しかし、近接戦闘に魔法を組み込んでいく稀有なスタイルを持つ冒険者ならば、そこから繰り出される戦術の幅の広さから優位に立ち回ることも可能だろう。
どうにも、この戦闘スタイルを実戦である程度以上に使えるプレイヤーというのは少ないようだ。
まぁ、理由は聞かなくても分かる。
魔法の起動から長い詠唱や対象の指定、それらを近接武器を振るいながらやれと言われるのは少々難易度の高い話だ。
基本として魔法の対象指定は視線による対象の視認が必要になる。
それだけで撃てば対象の指定レベルが甘く、視界の中にいる狙っていない誰かにまで魔法が向かってしまう事もあるので、手にしている杖などの媒体で指し示すことで精度を上げるのだ。
指揮棒はその姿形から、まさに魔法を指揮するのに相応しい形状をしているとも言える。
他には指輪や腕輪といったアクセサリー系のものもあるが、高価だったり威力の低下が著しい為に使用者はあまり多くないそうだ。
今回の討伐隊メンバーの三人も指揮棒で魔法を使うタイプの魔法剣士のようだ。
また、近接戦闘に混ぜて使うスタイルというよりは、武器による接近戦と、魔法による中遠距離戦闘のカバーといった交戦距離の調整を主な目的としているのが主流だ。
積極的に近接戦闘に魔法を組み込もうとしているマグナですら、まだ主な使用方法は中距離以遠での牽制や、間合いを取る際の足止めに使うことが多いそうだ。
純粋な魔法使いたちはもっと極端だ。
長時間、安定して詠唱する時間を味方が作ることで高威力の魔法で攻撃すると言う、パーティの大砲、支援火力としての性質がより強い。
魔法剣士のような数ある戦法として選択肢の一つになるのではなく、それをパーティ全体の中核に置いて運用しなければならない。
現在の一般的なパーティでは魔法使いは必須とまで言われており、その彼らを中核にして戦術を組むパターンは珍しくない。
今回の討伐部隊も魔法使いをそれぞれに配した構成なのは、バランス面もそうだが、何よりもこの世界で一般的なパーティの戦闘スタイルに則っている部分が大きい。
戦士は近接武器による接近戦のみで戦うスタイルの事だ。
この『Armageddon Online』の世界でも、全体で実に五割ものテスターが近接戦闘のスタイルを選んだ理由としては、魔法の詠唱や媒体の所持などの制約を様々な理由で嫌っているからとも言えるし、VRMMOならではの『思い通りに動ける体』という魅力に取りつかれたからとも言えるだろう。
アニメや漫画、小説に映画など、様々な場所で一騎当千の活躍で人々を魅せた英雄の真似事が、VRMMOならばリアルに体感、再現できるのが戦士スタイルの最大のウリだ。
身の丈を超える長大な武器での豪快な一撃や、刀による目にも止まらぬ神速の居合切り、空中を舞いながらの連続攻撃など、現実では再現の難しいことでもステータスと練習次第で大抵のことが実現できてしまうのだ。
派手な魔法職が人気に思われがちだが、どのVRMMOも近接職は意外と多い傾向がある。
平均化すれば近接が全体の五割を占め、遠距離が四割、残りがその他という分布になるそうだ。
人気武器は剣系統が最多で、次に格闘、槍系、斧槌系……と続いていく。
今回の討伐隊の面々も半数が剣だ。
装備も肉厚な金属装甲による防御重視の装備が多い。
ボルドーもその例に漏れず重装甲だ。
背中に背負った大剣はツーハンドソードだろう、マグナが腰にしている直剣の二倍近くありそうな立派な剣だった。
アカツキの装備している大剣と比べると刀身の幅が細いが、これは重量による衝撃力よりも軽さによる扱いやすさを優先しているのかもしれない。
ただ、彼は背中のその得物以外にも左右の腰に直剣を一本ずつ差している。
都合三本の剣を装備していることになるが、一体どういうつもりなのだろうか。
それらは平均的な直剣といった印象だが、背中のツーハンドソードの存在感と共に、彼の独特な戦闘スタイルを暗示しているのではないかと予感させた。
マントを靡かせる彼の足取りは大地を強く蹴り上げ、仮想世界の土を天高く舞い上げていた。
東の草原に辿り着いた時、その光景に討伐隊の面々は、俺自身も含めて愕然としていただろう。
まさに文字通りの焼け野原だった。
轟々と音を上げて焼ける大地、風に煽られて靡く黒煙が曇天に吸い込まれていく。
赤々と燃え盛るフィールドの異様に、普段の穏やかな草原の様子を知っているからこそ、誰もが衝撃を隠せないでいた。
「先行部隊はすぐそこらしい、急いで合流しよう!」
ボルドーの号令に全員がすぐに意識を正し、彼の後を追う形で進軍を進めた。
炎の回廊を突き進んで行くと、爆ぜる火の海の向こうから微かに剣戟の音が聞こえ始めた。
その事実が討伐隊の面々、その気持ちを急速に冷やしていった。
どこかまだ現実味の無かった事件が、俺たちの前にはっきりとした輪郭を現した瞬間だった。
そして、遂に目的の場所へと辿り着いた時、俺たちは自分の目に飛び込んできた光景に思わず絶句してしまう。
先行部隊として出発したメンバーの死体が三つ、既に転がっていたのだ。
生き残っていたのは盗賊一人と戦士一人、そして巻き込まれた被害者が二人。
対する敵の数は彼らを包囲する形で七人いた。
完全に劣勢に立たされていた彼らの命運は、今まさに尽きようとしていたところだったのだ。
「全員、突撃!」
「「「「うぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
ボルドーの号令に駈けつけた討伐隊の面々は雄たけびを上げて鉄火場に突貫する。
突然現れた援軍の存在に、一瞬だがその場で睨みあっていた敵も味方も、思わずといった感じで驚きの顔を上げていた。
そして、囲まれていた側は安堵の表情を浮かべた後、一転して怒りを押し出した攻撃的な表情に、反転した敵の表情は恐怖をありありと描き出していた。
「!?」
「な、何だこいつら!」
「畜生、来やがったか!」
「落ち着け、一旦陣形を引き下げて迎撃態勢を整えろ!」
敵の中で冷静な何人かが号令をかけて陣形を動かし始める。
そうはさせまいと、討伐隊の魔法使いと魔法剣士が魔法による援護射撃を開始した。
短詠唱の風属性、距離に影響しない火属性の初級魔法による牽制射撃だ。
赤く染まったこの場所を更に熱波が駆け抜け、風に煽られた炎が荒々しく身を捩る。
魔法による攻撃を予期していたのか、敵はしっかりと回避行動を取って攻撃を対処した。
「≪尖れ≫≪風針≫」
その一瞬の隙を狙いすまして、俺は風の魔法を最後尾を逃げる敵の足元に撃ち込んだ。
ダメージはそれ程でも無いだろうが、魔法による攻撃を躱したことへの油断と、足元への攻撃によるバランスの欠如で大きく姿勢を崩して転倒した。
そのタイミングで先陣を切っていた討伐隊の戦士が追いつき、彼に非情な一撃を打ち込む。
「ガハァッ!」
苦悶の叫び声をあげる彼を、そのまま縛り上げて拘束する。
あとに続いていた面々は囲まれていた味方の前を庇うようにして敵と対峙した。
逃げるつもりはないのか、向こうも体勢を整えてこちらに向かって武器を構えていた。
一人欠けた敵は戦士五人に魔法使い一人。
順当に考えれば、あの魔法使いが今回の騒動の主犯、上級魔法を使って不意打ちを行うことで大勢の冒険者を灰にした奴だろう。
ボルドーが一歩前に進み出て声を上げる。
その傍らには捕縛したPK犯の一人が突きだされていた。
彼の表情は悔しさが滲み出ていたが、口元には薄ら寒い笑みが張り付いていた。
「お前たちが今回の騒動の主犯だな!」
高らかに声を上げて問いかけるボルドーに、敵のグループからもリーダー格と思われる男が一歩踏み出して返答する。
「……あぁ、そうさ! 俺たちがこれをやったのさ!」
彼は両手を広げ、大仰にこの場の惨状を示して見せる。
そんな奴の態度に、討伐隊の面々は苦々しい表情を上げていた。
苛立ちを前面に押し出し、怒りを隠さない者もいた中で、逆にマグナは冷ややかな表情で鋭い視線を押し付けていた。
「目的は何だ!」
「PvPが解放された。 テストへの貢献は俺たちテスターの義務だ、俺たちは有志を募って積極的にそれを果たしているに過ぎない!」
「その言い草、こうして誰かに咎められることも織り込み済みと捉えて問題ないな?」
意図的な含みを持たせた彼らの言葉に、ボルドーは真意を問い質す。
その反応にニヤリと笑みを浮かべ、満足そうに男は言った。
「あぁ、その通りだ! むしろ反応が少し遅くて退屈していたところさ……さぁ、おっぱじめようぜ! 楽しい楽しいPvPの時間だ!!」
彼らの目的はPvP。
つまり対人戦が望みであり、その手段も手順も関係ないのだろう。
他の冒険者をPvPによって倒し続けることで、それを見兼ねた冒険者が現れる。
そうして、自ら望んで対人戦の部隊へと足を運ぶような『気概のある相手』とPvPを行うことこそが、彼らの真の目的といったところだろう。
乱暴で身勝手な論理展開だと言える。
PvPが解放されたのだから、PKはしても構わないはずだ。
だから、俺たちのやり方に文句は言わせない。
一方的な持論の押し付けによって、何も知らない多くの冒険者が犠牲に捧げられたのだ。
ある意味、状況を好転させる為に取った行動とはいえ、彼らの思惑通りに動かざるを得なかった討伐隊の面々にとっては、彼の言葉は耐え難い屈辱を伴っていた事だろう。
腰の剣を抜き放ったボルドーが、水平に剣を一閃させる。
青い残光を引く軌跡の先には捕えた敵の戦士、その斬り飛ばされて首を失った死体が、力を失って地面へと吸い込まれるように倒れ、一度弾んだ後に炎の中にその身を投じ、焼かれることでガラス片のように砕け散って消えた。
どうやら、PvP要素追加による一分間の死体維持は、遺体にある程度の損傷を受けると従来通り、速効で消失するようになっているようだ。
広場への同時大量のリスポーンは、今のように倒された後に草原の炎で焼かれたからだろう。
抜き放った剣を天高く掲げ、振り下ろしながら彼は宣言した。
「……総員、戦闘開始! 敵パーティを全滅させる!」
瞬間、風が止んだ草原に開戦を告げる鬨の声が上がる。
ボルドーの号令を合図に、烈火の如く戦士系の冒険者たちが攻勢を仕掛けた。
本隊の僧侶によって回復を受けた先行部隊の二人が戦列に加わり、五人の冒険者が待ち受ける敵とそれぞれ打ち合いを始めた。
本命は敵の後方に位置する魔法使いだが、それを敵側の戦士五人が行く手を阻む形だ。
魔法剣士と魔法使いが魔法によって、前線の援護、後方の魔法使いへの攻撃と支援を行うが、肝心な場面で混戦の裏に隠れられてしまい有効射程に上手く収めることが出来ないでいた。
討伐隊の魔法剣士は魔法使いの護衛も兼ねている。
迂闊に前に出ることは危険だと、事前にボルドーが決めた作戦に従っているのだ。
俺と僧侶二人は運悪く巻き込まれた二人の被害者のケアを行っていた。
HPも危ない状況だったが、それ以上に彼女たちは精神的に大分参っているようだった。
僧侶二人には魔法での回復と同時に、安心させらる様に言葉をかけて貰う事でメンタル面のフォローをしてもらっていた。
俺は治癒魔法を使いつつ、敵の魔法使いの様子をつぶさに観察していた。
いざ、彼が上級魔法を使おうとした際に、それを最初に察知できるのは自分のはずだ。
前線で戦う味方の為にも、俺にできることを成し遂げねばならない。
マグナは治療と警戒に専念している間、俺の傍で静かに佇んでいた。
視線は前線を睨んでいたが、その眼光の鋭さは今までで一番強烈だろう。
ダンクェールの身体的特徴である金色の瞳が、妖しい程にギラギラと威圧的な輝きを放っていた。
ぽつりぽつり、それは次第に勢いを増して、ほどなく雨は降り始めた。
草原が燃えたことで雨雲が育ったのか、はたまたこの世界の天候システムの乱数によって、自然の成り行きとして雨が降り始めたのかは定かではないが、草原を包むように降り始めたこの雨は、周囲の火勢を弱めるのに一役買ってくれているようだ。
しかし、それを喜ぶ者はだれ一人いない。
特に討伐隊の面々は、そんなことを気に掛ける余裕がないほどに、じわじわと焦りを募らせていた。
敵の数は六人、それに対してこちらは十五人と二人。
前線にいる人数は互角としても、倍を超す人数が居ながら未だに戦況が動かない。
その事実が、ゆっくりとこちらの動きを鈍らせているようにも思えた。
ともすれば前線の状況はこちらが劣勢に思える。
一体、この場所で何が起こっているのか。
正体のわからないプレッシャーが、討伐隊の面々に更に重くのしかかっているようだった。
その理由は思い付けば至極簡単なことだろう。
後衛の更に後ろ、戦列の最後尾と言えるこのポジションで見ているからこそ理解できた。
魔法による援護、前衛との戦術的な連携が全く機能していないのだ。
昨日までならば、きっとこの陣形で何も問題は無かったのだ。
しかし、今はPvP要素導入による味方への誤射が存在している。
下手に魔法で横槍を入れてしまえば、味方を害してしまう可能性が高いのだ。
だから、後衛の魔法使いが積極的に攻撃魔法を使えない。
数で勝る討伐隊だが、そのうち実に半数が戦闘にまともに参加できていない状況なのだ。
そうなれば数の内では互角、むしろ敵の魔法使いは回復役として立ち回っていることから、敵の前衛の方がこちらよりもサポートが充実する分、僅かに有利と言えるかもしれない。
その微妙な差が――誰の仕掛けたものでも無いこの状況が生まれたことで、目に見えない負荷が精神を削り始めたことで――討伐隊の戦士たちを苦しめているのだ。
ボルドーもその事に気付いたのか、苛立ちを顔の端に募らせていた。
一瞬、俺と目が合った。
「すまん、前衛が苦戦している。 二人で彼らを助けてやってくれないか」
ボルドーは俺の後ろにいる僧侶二人に声を掛けた。
彼の言葉に力強く頷いた二人は、急いで回復魔法の有効射程へと駆け出して行った。
「俺はまだ何もしなくていいのか?」
俺と目を合わせまいとするように、前線へと視線を戻した彼に問いかける。
「……嫌な予感がするんだ」
彼は短くそう言った。
「嫌な予感?」
「あぁ、この想定外とも呼べる苦戦の状況、これは相手に取っては想定していた内容なのだと思う。 つまり、こちらの手の内が読まれているのと同じだ」
ボルドーは顎に手を当てて唸る。
「だとすれば、こちらは状況を打破するべく動かねばならないのだが、動くという事は横腹を晒すという事だ……もしかすると、俺たちはもう一つ罠に嵌められているのかもしれない」
彼の独白の様な言葉に、俺が言葉を投げかけようとしたまさにその時だった。
横合いから現れた眩い紫電の蛇が焦げた草原を這いずり、前衛をサポートしようとして駈けていた僧侶の二人を舐めるように噛みついた。
突然の出来事にボルドーも俺も言葉を失う。
地に倒れ伏した彼女たちは、突っ伏した状態のまま激しい痙攣を起こしていた。
あれは状態異常の『麻痺』だ。
直前の輝きは雷の魔法≪雷蛇≫による攻撃。
≪雷蛇≫は雷の中級魔法で、対象とその周囲の直線距離を進む雷の蛇により、強烈なダメージと麻痺を引き起こす強力な魔法だ。
昨日までは洞窟などの狭い範囲で敵を狩る際に重宝された魔法で、中級魔法の中でも詠唱時間が長いタイプのものだ。
討伐隊の魔法使いは戦士のやや後方に位置しているし、そもそも味方を巻き込む仕様になった今この状況で、そんな強力なバッドステータスを引き起こす魔法を使うはずがない。
状況的にも戦術的にもあり得ない、ましてや彼女たちの周りに敵はいないのだ、味方だけを狙って攻撃するような奴はここにいない。
つまり、彼女たちを狙ったのは、この隙を伺っていたのは――
「カカッ! 見ろよ、いい様だぜ! あんなに嬉しそうに腰を振っちゃってまぁ……俺たちを誘ってるみてぇだぜ?」
「へへ、いいねぇいいねぇ……やっぱ雷蛇ちゃんはこういう使い道が一番だな」
「俺は右のロングヘアーの女が良いと思うぜ、良い声で鳴きそうだ」
「左のショートの方が気が強そうだから、もっと楽しめそうだぜ?」
下品な会話が辺りに響く。
燃え盛っていた炎の壁が揺らぎ、その奥に隠れていた男たちの姿を晒し出す。
戦士系が五人、魔法を使うと思われる奴が二人。
彼らはその会話の内容に反して整った外見をしていた。
しかし、そうにも拘らず彼らの顔はどこまでも醜悪に歪んでいたのだ。
俺はVRMMOの世界で初めて見るその表情に、背筋が凍り付くような怖気を感じていた。
余裕の表情を張り付けて、敵を前に下卑た談笑に花を咲かせる。
使い古された文句だが、「獲物を前に舌なめずりとは三流のやることだ」などと言っている余裕は俺たちには無かい。
これで敵は十三人、こちらは僧侶二人が脱落したことで数の上では互角となったが、状況は決して楽観できるものではなく、むしろ最悪に近いと言っていいだろう。
敵は戦士が多い構成であり、こちらは魔法使いが多い編成になっている。
魔法を迂闊に使えないPvP仕様、更に事前の下馬評から問題があるとされている、戦士対魔法使いの構図が浮かび上がっていた。
まともな神経ならば、こちらが圧倒的に不利な状況だと瞬時に理解できてしまう。
前衛はこちらで何かがあったことを察してはいるだろうが、各々が正面の相手に必死になっていることだろう。
目を逸らす隙も、こちらを気遣う余裕も無いだろう。
百戦錬磨のVRMMOゲーマー野崎孝雄、そのアバターたるボルドーも表情に焦りと陰りが見て取れた。
彼の中に芽生えた恐怖が、俺の中にも伝播したようだ。
胸の内が冷えていく感覚と、遠慮なく注がれる敵意の視線に足が地面に縫い付けられる。
「さぁ、楽しい楽しい“狩り”の時間だぜぇ……」
醜悪な表情を浮かべた男たちの一人が、ナイフに舌を這わせながらこちらへと殺意を向けた。