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Act.05「PvP」#5



-マグナニート視点-


 魔法の伝授は相変わらず妙な感覚だ。

 ある種の二日酔いに似た気持ち悪さと、酔って気持ちの良い時の感覚の丁度間くらいだと私は感じていた。

 出来ればあまり歓迎したくない感覚だが、ジンから教わったオススメの魔法は確かに戦術の幅を広げたい私にとって便利そうだったので覚えることにしたのだ。

 さて、今日はどこで狩りをしようかと思いながら、クエスト受注のためギルド会館へと向かっていた。

 やはりアプデ後は人が多い!

 気合が入ってるプレイヤーも多いのか、周りの奴全員がギラついた目をして見えてくる。

 そう、PvPの解禁日だからだ。

 腕に覚えのあるプレイヤー達が武器屋で試合のルールについて話し合っていたり、対戦カードを組み合っていたりと中々積極的な動きがあるようだ。

 コホン、俺様は別にPvP勢では無いんだが……対人戦でもそうそう引けを取るつもりはない。

 これでもギルド対抗戦イベントがあれば常にメインパーティーの一角を担ってきたんだ。

 そんじょそこらの奴にはやられてやるつもりはない。

 言っちゃ悪いが、ジンの奴にだってPvPの土俵でやり合う分には負けないと思っている。

 ジンは純粋な魔法職だからな、俺様の近接戦闘には分が悪いだろう。


 広場に到着した丁度その時、奇妙な光景を目の当たりにした。

 冒険者が突然わんさかリスポーンしたのだ。

 その様子に対して、初日の様な調子にのったプレイヤーに対する嫌悪感は抱かなかったが、どこかに引っかかるものを覚えて意識を集中させる。

 復活するプレイヤーは互いに周囲を見渡したり、「お前もか!?」と何かの確認を取っていた。

 中には急に崩れ落ちて泣き始めたりした奴もいる。

 私の隣にリスポーンしたプレイヤーは呆然としていた。

 そのまま、崩れ落ちそうになったところに手を伸ばして支えてやる。


「おい、どうした……何があった?」


 私の言葉に意識が覚醒したのか、彼女はこちらをゆっくりと振り向くとか細い声を上げた。


「えっと、その……たぶん、PKを……されたんだと、思う……」


 自信なさげな言葉には偽りがなさそうだ。

 彼女自身、己の身に何が起こったのか分かっていない。


「よく思い出せ、何が、あったんだ?」


「えっと……炎、突然、炎に囲まれて……東の草原で狩りをしていたら急に……」


 東の草原は比較的低レベル――便宜上、弱い敵ということでそう呼んでいる――の敵が多く生息している初心者向けの狩場だ。

 よく見れば、確かに彼女の装備はまだまだ安物ばかりなので初心者といったところだろう。

 その中に火を使う奴は居ないし、そもそも範囲攻撃でプレイヤーを追い詰める様な狡猾な敵は今のところはまだ居ない。

 彼女も利用する狩場に出てくる敵の特徴くらいは覚えていたのだろう。

 炎を使う敵がいないことを思い出し、他の可能性としてPKだと判断したということか。

 それでも、決定的なシーンを見ていなかったから判断が付かない。

 もしかしたらアプデで敵が追加されていた可能性も……なくはないと思いたいのだろう。

 PKされる、他人に殺されたなんて、そうそう認めたくないものだ。

 私はウェストポーチから水筒を手渡してやる。


「水でも飲んで気を落ち着けておくんだ、ゆっくりとしていればいい」


「あ、ありがとう……」


 ぞわりと逆立つ感情を押さえつける。

 まだ、そうだと決まったわけじゃない。

 決定付ける為には、より詳しい情報が必要だ。

 次々とリスポーンしてくるプレイヤーを前に、気持ちを押さえつける為に理性を働かせる。

 そうだ、情報源はどんどんやってくる。

 彼らから情報を集めなければ……私と同じように情報を聞き出しているプレイヤーも多いだろう。

 そいつらとも連携すれば、事態の把握はそう難しくないはずだ。




 結果は最悪だった。

 初心者向けの狩場を重点的に狙ったPK行為、それが今回の大量連続リスポーンの原因だった。

 掲示板によってテスターに共有されている攻略情報。

 そこには当然、今回の被害者が利用していた初心者向けの狩場が網羅されている。

 彼らがそれを見て利用しているのだから当然だろう。

 そして、同じく首謀者もこれを見て狩場を選んだのだ。


「おい、どうする?」


「しばらく初心者向けの狩場は利用しなければいいんじゃ……」


「そういう問題かよ!」


「何だよいきなり……」


「初心者狩りなんて見過ごしていいのかって話だよ!」


「いや、でもなぁ」


「ネトゲのマナーの問題だぞ、これは!」


「その展開の仕方はまずいだろ」


「PKは仕様として認められているんだし、マナーとかそういうのは……」


「じゃあ、何もわからないまま帰ってきたあいつらを見て何とも思わないのかよ!」


「俺が言いたいのはマナーとか言うとうるさい奴がいるって」


「俺たちが言ってるのはマナーの話じゃなくて、今回の初心者狩りの」


「関係ないことは無いだろ!」


「あー、もう! やっぱり拗れるだろ、そういうのはどこぞの掲示板でやれよ!」


 おかげで広場は喧々諤々の大会議……いや、野次の飛ばし合いが始まっていた。

 もう既にこの流れはまともに機能していない。

 ただの怒声と罵声で作られた雑音だ。

 イライラする。

 何でコイツらはいつもこうなんだ!

 解決のために話し合っている風を装って、実際には一歩も動きだそうとしていないのがありありと見て取れた。

 答えが出ない問答を繰り返して、でも参加してますよというポーズだけ見せて、別にそれを誰かが評価するでもないのに、必死に言い訳だけを作り続けている。

 そんな奴らの態度に反吐が出る。

 そんな奴らのせいで、動き出せないでいる自分にも苛立ちが募る。

 ……ダメだ、冷静にならないと。

 いつもは諌めてくれる仲間がいるから私は怒ったままでいられるのだ、今は頼りになる彼女たちはログインしていない。

 この世界で知り合った仲間もそこそこいるが、いざ頼れる奴はと聞かれると即答できない。

 いや、アイツはどうだろうか……ぱっと浮かんだ彼に、連絡をしてみることに決めた。

 冒険者カードを実体化させ、遠距離でも通話が可能な『念話機能』を使う。

 町の中に居なければ繋がらないなど色々な制限があるので万能ではないが、数少ない便利な連絡手段でもある。

 呼び出しを掛けているはずなのだが中々繋がらない……ように感じる。

 一分一秒がとても遅く感じているのだろう。

 周囲の喧騒はその度合いを増し、混迷は更に深いものとなっていった。

 燻っていた煙が炎に成り変わろうとしているのかもしれない。

 パニックを押し留めていた見えないダムが、今にも決壊しようとしているのだろう。

 相手が呼びかけに応じないのは、外に狩りに出ているからではないだろうか……だとすれば、今まさに集団PKに巻き込まれているのではないか。

 焦りと不安が胸を締め付けて来た。

 ここがリアルならば、震えと手汗で冒険者カードの代わりに握っている携帯を落としていただろう。

 そんなこちらの心情を全く考慮しない、軽い電子音の響きが念話が繋がったことを示した。


「無事か!?」


 自分の口から出たとは思えない程の緊迫した声。

 思っていた以上に、この事態に危機感を覚えていたのだろう。


「あぁ、何かあったのか?」


 彼はこちらの剣幕に戸惑いながらも、落ち着いた声音で喋っていた。

 良かった、まだ何ともなっていないようだ……胸の締め付けが若干緩くなる。


「やばいぞ、かなりやばい。 緊急事態だ、ゲームが終わるかもしれない」


 思いついたまま、伝えるべきことを口に出す。

 そうだ、私が危惧しているのはゲームが終わると言う可能性。

 今はテストだが、この状況を見たプレイヤーの中には『最悪の可能性』を意識したプレイヤーは多いはずだ。


「それはどういうことだ?」


 突然の話にやはり驚きの色が強いが、それでもこちらの心を汲んでくれているのだろう、彼の声に真剣味が増した。

 そんな彼の姿勢に、気分が幾らか落ち着いてきた。


「やりやがった奴らがいる、討伐隊が編成されているんだ!」


 彼が通話に出るまでの間、騒いでいるだけの無益なプレイヤーとは別の場所で、既に血気盛んなプレイヤーが討伐隊を編成していた。

 この世界で知り合った武闘派、VRMMO古参のメンバーで構成されているそうだ。

 私の所にも参加要請のメールが来ている。

 次の瞬間に事を起こそうというほとではないが、急を要する事案だろう。


「だから、どういうことだ? 何があった!」


 思考が上手く纏まらず、彼との会話にも支障が出ているようだ。

 多分、上手く言葉にできていなかったのだろう。

 気持ちが急いているのは自覚しているところがある。


「……まだ町の中か? なのに町の様子を知らない?」


 口に出すと彼の状況が理解できた気がした。

 ならば、まずは彼にことの次第を知ってもらった方がいいな。

 一つ呼吸を落ち着けてから、彼をここに呼び出すことを決めた。


「屋内か、ならばすぐに広場に来てくれ!

 いいか、絶対に町の外には出るな! すぐに合流しよう、詳しくはそこで!」


 簡潔に用件だけを伝えて通話を終える。

 私は近くに来ていたプレイヤーに振り返って応える。


「すまない、待たせたか?」


「いや、大丈夫だ。 そっちこそ、連絡を取っていたようだが……仲間は無事だったか?」


 まばらなアッシュグレイの髪を短く刈りそろえた中年の男。

 それが討伐隊を編成しているリーダー格のプレイヤーの風貌だ。

 ヒューマンの剣士、ボルドーだ。

 彼はVRMMOの世界において羨望と称賛を一手に受けるプロの一人だ。

 今回のテストにも『Armageddon Online』の運営企業側から依頼を受ける形で参加している。

 一般のテスターとは異なり、システム的な面や戦闘バランス、UIの利便性など、様々な角度からの検証や評価などを仕事として引き受けている。

 国外でも有名なプロのVRMMOゲーマーの一人だ。

 一応、この世界の外で何度か剣を交えたことはあったが、俺様が勝てたことは一度もない。

 正真正銘、本物のプロゲーマーだ。


「仲間ってわけじゃない、この世界の知り合い程度だ……腕は立つんだけどな」


「ほう、血塗れブラッディソードと呼ばれるお前が一目を置く程の強さねぇ」


 ニヤリと頬の端を上げて笑うボルドー。

 渋い中年のアバターだから、そういった仕草が中々様になっている。

 ちなみに、中身はそこまで渋くもないし、歳もまだ三十代のはずだ。

 イタリア親父の様な溢れる色気みたいなものは持ち合わせていない。


「あのな、その呼び方は止めてくれ。 この世界では真っ新な状態から始めてるんだからな」


「いやいや、それくらい良いじゃないか! 互いに殺し合った仲だろ!」


 最低の言葉だよな、事実だけどさ。

 ちらりと周囲に視線を巡らせるが、不審に思われた様子は無いようだ。

 この状況で殺すだのどうだのと口にすれば要らぬ誤解を受けるだろう。

 ボルドーもそれを弁えているから、声をすぼめて言っているのだ。


「俺を殺せるくらい強いお前が一目置くんだ、尋常じゃない程に強いに違いないからな……出来れば、討伐隊に加わって欲しいんだが」


「それはアイツが来てから勝手に交渉してくれ」


「分かった、そうしよう……状況は芳しくないな。 討伐隊の方は何とかこちらでコントロールしているから暴走はない、気持ちの方は既に爆発寸前だがな。

 ただ、被害者の方でPK慣れしていない奴は多少のトラウマを受けていると思う。

 それが一気に開いてパニックにならないかどうかが鍵だな……」


 ボルドーは唸る様にそう言った。

 俺様もそれを聞いて頭を悩ませる。


「不幸中の幸いと言うべきか、PKされたという自覚が少ない殺され方をした奴が多い。

 ハッキリと殺された奴、それを自覚している奴はまだ少ない。

 怒りや恐怖で暴れ出されるよりはマシと言えるだろうが……それでも困ったもんだ」


「自覚している奴がいるってことは、PKの手口も掴んだのか?」


「……あぁ、眉唾だがな」


 言い淀むボルドーの表情には苦々しいものが含まれていた。


「どういう手口なんだ?」


「……おそらく魔法、それも広域殲滅用の未確認魔法だ。

 情報を統合すると、狩場を覆い尽くす程の炎の嵐が吹き荒れて、草原を丸ごと焼いたような形だったと言う。

 そして威力は見ての通り、焼かれたことに気付かないくらいということは、まさに喰らえば一撃必殺というところかな」


「おいおい、冗談は勘弁だぜ……」


 俺様も魔法を齧っているから理解できる。

 いや、より正確に言えば魔法に特化したアイツがいるから余計に良く理解している。

 例え雑魚でも魔物を一撃で屠るレベルの威力を出す方法は限られている。

 少なくとも、魔法に特化していない私の魔法では、精々が初心者狩場の敵が一撃で倒せるだろうラインだ。

 冒険者としてのプレイヤーのステータスが、剣で数回切っただけで倒れる様な相手に劣っているとは考えにくい。

 まだ詳しい検証が済んでないとはいえ、いくら装備の整っていない初心者を狙ったとはいえ、それだけの規模、それだけの人数を一度に、一瞬で倒す魔法の存在は確認されていない。

 現在確認されている魔法は中級まで、その中で範囲や威力、即効性に優れているものと言えば、水や土が範囲、威力と速度で雷などが上げられるが、火属性となると心当たりがない。

 未だ誰も見つけていない魔法が存在し、それがPKに使用された……この事実が知られればプレイヤーらがどんな反応を示すかは予測が付かないだろう。

 少なくとも、好意的な反応ではないことは分かるが。


「そして、返り討ちにあったものの証言では、何人かでパーティを組んでいるそうだ。

 集団PKを目的とした組織的な犯行、それをPvP初日からいきなり敢行するとは……中々味な真似をしてくれる奴らもいたもんだな。

 少なくとも、この世界が初めてってことは無いだろう」


「つまり、運営が自らそういう素性のプレイヤーをテストに招いていた?」


「可能性はあるだろう、プロの俺が居るんだ。 プロのマンハンターが居てもおかしくは無い」


「……胸糞悪い話だな」


「もちろん、確定じゃない。

 ただ、そういう噂が立っても困るだろうと言う話だ」


 要するに、今のままだとパニックは起こるし、それを運営のせいにする、最悪はマッチポンプだと騒ぎだてる奴も出る。

 過剰に反応されれば、ネガティブキャンペーンに繋がっていき、それが波及すればゲーム自体の生命が絶たれると。


「運営がそんなリスクを背負うか?」


「だから仮説というか、可能性の与太話だ。

 俺としては「そういう素性の奴も拒まなかった」という程度だと思うけどな」


「それでも十分だろ」


「もしかしたら、ただの無能、もしくは完全にランダムなのかもしれない」


「どっちにしろ酷い話だろ」


 こうやって、悪い方向に考えて行けば運営にネガティブなイメージが付く。

 大前提として今テストに参加しているプレイヤーは、あらゆる状況、良いことも悪いことも受け入れなければならないと規約では言われているが、それでも感情の面から限度がある。

 これが偶然の事故にしろ、仕組まれた必然にしろ、何らかの決着を付けなければならない。

 そして、ここにいるボルドーはそれを『有象無象(ただ騒ぐだけの奴ら)』に任せる気もないし、運営に任せる気もない、と。

 この世界(VRMMO)で活動しているのはプレイヤーであり、プレイヤーこそがその世界の問題に立ち向かうべきなのだ、とは彼の言葉だ。


「討伐隊については、既に俺の伝手で十五人は確保した。

 お前と彼が参加してくれるならば非常に心強いのだがな」


「俺様は構わない、この怒りをぶつけてやりたい。

 ただ、アイツについては……ほら、自分で聞けよ」


 そう言って、広場の入り口を指してやる。

 銀髪金眼の魔法使いが、肩で息をしながらそこに立っていた。



――――――


-ジン視点-


 ギルド会館の一角、パーティ構築用の部屋を借り切って会議が開かれていた。

 話を聞かされて最初に思ったのは、すごいモチベーションの人達だなという感動だった。

 集団PKする側もそうだし、それに対する報復、討伐部隊の編制も素早い。

 まだ正式サービスが始まっていないこの世界の為に、自ら率先して動こうと言う人たちがそんなに多く居るなんて、まるでこの世界の住人の様だなと感心してしまったのだ。

 そして、それとは別に苦々しい思いも抱いていた。

 集団PKとその手口、計画的、組織的犯行というのはまだ憶測の段階でもあるが、聞いていて胸が重くなる類の話だ。

 特に、未確認の広域殲滅魔法というのは……間違いなく、上級魔法のことだ。

 俺と同じように上級魔法を覚えた冒険者が存在し、それを試用してみたのだろう。

 その対象がモンスターではなく人だった、と言う話なのだ。

 ……いや、万に一つの確立かもしれないが、PK集団とは別に上級魔法を覚えた魔法使いが居て、試しに使うからと初心者向けの狩場で試したところ起きた事故という可能性もあるはずだ。

 それを確認する為にも、PKを行った、行ってしまった冒険者と話を付ける必要がある。


「……さて、一応それが今回の事件の顛末だ。

 そこのマグナから腕が立つって聞いてる、討伐隊に参加してくれないか?」


 ナイスミドルな風貌の灰髪の剣士がそう言った。

 彼はボルドーと言い、この討伐隊のリーダーをしているそうだ。

 威風堂々とした佇まいや、堂にいった話し方は、彼がそういうポジションに慣れていることを示していた。


「一つ、質問があります」


「話してくれ」


「ボルドーさんたち討伐隊は、今回の事件についてどうしたいと考えているんですか?」


 俺の質問にボルドーさんは黙り込む。

 口許に手を当て、しばらく俺の眼を覗き込んでいたが、徐に立ち上がって発言した。


「分かった、みんな聞いてくれ!

 俺は今回の事件の決着について、『ユーザーイベント』という体で終わらせたい」


 彼はそう宣言した。


「もし、このまま事態を放置したとすれば、大勢のプレイヤーの負の感情によって決着がついてしまう……それはあまりにも危険だ。

 感情のまま、勢いのまま押し流されてしまうと、どんな結末が待っているかは想像が難しいだろうが、それが良い結果に繋がっているとは言えないだろう。

 同じく、運営に全てを委ねるというのも同様だ。

 事態を放置している間に悪化する恐れもあるし、運営の良しとする判断に納得できない、その裏を疑ってしまう意見も多数出てしまうだろう。

 そうなれば、やはり感情の赴くまま、煽らるままに火が上がると思われる」


 彼が言っていることは理解できる。

 このまま放置すれば、誰かの悪意で取り返しがつかない程の火傷を負う可能性があるのだ。

 それは、この世界の存亡だけではなく、無実のプレイヤーかもしれないし、自分自身にも何らかの火の粉が降りかかる可能性がある。

 ネットでの無作為な悪意は、どこに飛び火するか分からないのだ。


「だから、俺は今回の事件をプレイヤー自身の手で解決することで、一つのお祭り騒ぎとして納めてしまいたいと思っている。

 その為に、討伐隊のみんなにはその腕を貸してもらいたい。

 あとのことはVRMMOプロゲーマーとして、野崎孝雄が責任を持つ」


 その名前を聞いて驚いた。

 野崎孝雄とは日本を代表するプロのVRMMOゲーマーで、その年間獲得賞金額は毎年世界のトップ10に数えられる程の若き天才ゲーマーなのだ。

 そんな大物が今目の前に居ると思うと……意外と感動が薄いな。

 多分、現実の彼の見た目と、今の彼のアバターの風貌が一致しないこともあるのだろうが、何より今の彼は俺と同じ一人の冒険者だと思っている部分が強そうだ。

 尊敬や畏敬の念よりは、同じゲームで遊ぶ仲間という印象の方が強い。

 それも一重に、彼が普段メディアへの露出でフランクな人柄を演じているからかもしれないが。

 周りを見渡すと、既に知っているのか驚かないものや、驚いて思わず椅子からずり落ちたものまで反応は様々だ。

 ちなみに、マグナは動じなかった方だ。

 むしろ、彼が堂々と名乗った時に「へっ」と嫌そうな顔をしていたくらいだ。

 何事にも不敵な姿勢で動じないマグナの胆力には脱帽だ。

 プロVRMMOゲーマー野崎孝雄こと、冒険者ボルドーの主張は理解した。

 彼は冒険者の始末は冒険者で取ることで、この一連の事件を冒険者たちが自ら作り上げたイベントに昇華してしまおうと考えている。

 過去にもいろいろなプレイヤー主体のイベントが企画され、その中には後世に語り継がれるような爆笑ものや、教訓じみたものまで様々な種類が存在していた。

 今回の事件についても、その前例に従って一つの大きな歴史に組み込んでしまおうと考えているのだろう。


「分かった、俺も力を貸すよ」


 意を決して、俺も参加を表明する。

 すると、ボルドーはニカッと笑みを浮かべた。


「おう、期待しているぜ!」


 どことなく彼の明るさはカツキを思い出すな。

 カツキが居れば、ボルドーと仲良くなっていたかもしれない。


「では、期待してもらったことだし情報提供をしよう」


「ん、情報提供?」


 ボルドーは得心がいかないのか疑問を顔に浮かべていた。

 それもそうだろう、今まではずっとこちらが説明を求めていたのだ。

 事件についてほとんど知らなかった俺が、何を情報提供できるのかと思うのも無理はない。

 しかし、俺は一つこの件において重大な情報を握っている。


「その集団PKで使われたと推測されている魔法は上級魔法といって、広域殲滅用の大規模で高威力な戦術級魔法と呼ばれるものです」


「お、おぉ!?」


「そんなの、聞いたことねぇぞ!」


「おいおい、上級魔法なんてあったか!?」


「魔法屋では見たこと無いぞ!」


「詳しくは俺も知りませんが、何らかの特定の条件を満たすことで……恐らく、魔法についての熟練度が一定の基準を満たすことで解放されるんだと思います。

 俺もつい先ほど、上級魔法の習得を済ませています」


 きっぱりと言い放つ俺の言葉に、当たりがしんと静まり返る。

 ボルドーすらも驚きを隠せない中で、マグナだけがニヤリと不敵な笑みをこちらに向けていた。


「おいおい、マジかよ……」


 絞り出すような声でボルドーが呻く。


「マジです。 上級魔法は多分、今後実装予定であるこのゲームの肝となる『戦争』への布石となるんだと思っています。

 その分、普通に使う分には詠唱時間や消費MPなどのコストが掛かり過ぎるので、まともに扱うことはできません。

 その性質上、出会い頭にいきなり叩き込まれるというの心配は……ほぼあり得ません」


「ほぼって言うのは?」


「魔法は一定時間の無詠唱状態が続いたり、詠唱句の間違いなどでキャンセルされるなどペナルティが多いのですが、上級魔法は更にシビアだと思ってください。

 少なくとも詠唱に三分程度は必要となるので、こちらの突入タイミングを正確に読み当てなければならないので、事前に準備しておいていつでも迎撃に使える……といった、出会い頭に全滅してしまうような事態は避けられるはずです」


「……なるほど、ならば上級魔法をあまり警戒する必要はないな」


 上級魔法の弱点は規模が大きすぎることにある。

 初級から中級へは二倍になる程度だとすれば、中級から上級へは規模が十倍に膨れ上がると思ってもらえばいい。

 まだ一度も使っていないので、実際にはもっとリスクや規模が大きい可能性がある。

 なので、対人戦での上級魔法はまっとうな手段では役に立たないはずだ。

 俺の情報を元に、ボルドーは作戦を幾つか修正していた。

 全体の空気も軽くなり……やはり、未知の広範囲殲滅魔法というのを誰もが恐れていたのだろう、会議室が俄かに熱を帯びて来た。

 そんな中、視線を感じて振り向くとマグナがこちらを見ていた。


「どうかしたか?」


「へへ、いや何……やっぱりジンはすげぇなって、そう思ってさ」


「そうかな」


「そうだよ」


 落ち着き払ったマグナの表情は普段よりも柔らかく見えた。

 そう言えば、念話が来たときは大分焦っていたと言うか、苛立っていたような印象もあったのだが……俺の錯覚かもしれないな。

 今も俺の方が励まされている、応援されているような感覚だ。


「自覚はあまりないな……」


「そんなもんさ。 ま、ジンのおかげで俺様たちが勝機をより強く見出したってのは確実だ。

 お前の働きに、俺たちだって答えて見せるさ」


 そう言って、腰の剣を軽く見せつけてくれる。

 彼の格好はまさに旅の冒険者といった感じだが、その仕草からは騎士のような頼もしさがにじみ出ていたような気がした。

 彼の実力はもう何度も一緒に戦ったことで知っているし、これ以上心強い言葉も無いかもしれないなと思う。


「はは、マグナがそう言うと頼もしいな」


「大船に乗ったつもりで任せな! これからは『楽しいイベント』の時間なんだからよ」


 その後、会議は幾つかの作戦を練り上げ、追加の人員を含めて幾つかのパーティを分散させた。

 まずはPK犯を捜索することから始まる。

 図らずもこの世界での対人戦が集団戦闘になるとは思っても居なかったな。

 何が起こるか分からない、それが現実というものなのだろう。

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