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Act.05「PvP」#3


「では、本題に入りましょうか」


 俺のアホな葛藤は他所に、彼女は話を進める。

 煩雑な思考をスパッと切り裂いて響く彼女の声が、今の俺には清涼剤のように爽やかで心地よい。


「まずは……あー、何から話せばいいのやら。

 自分で持ちかけておいて何ですが、教諭の経験があるわけじゃないので誰かに教える時にどうすればいいのか迷ってしまいます……そうですね、魔法って何だと思いますか?」


 少し早口なその口調に、彼女の緊張がありありと見て取れた。

 彼女も緊張しているんだと分かると、俺の気分も幾分か楽になるところがある。

 魔法が何かという質問は大雑把で、どう答えればいいのか迷ってしまうな。

 たぶん、この質問は正しい答えを問い出すためのものではないだろう。

 言うなれば「おはようございます」や「今日はいい天気ですね」みたいな、挨拶の様な言葉で、それへの返答があってから、雑談を始めるということじゃないだろうかと当たりを付ける。

 一応、公式の設定では『魔法とは神秘の力。 物質世界とは異なる世界、精神世界を漂うエネルギーを使って物質世界の現象を操作する技術である』とされていた。

 簡潔なものだが、これを噛み砕く形で答えとしてみようか。


「魔法とは神秘の技によって現象を操作する術ですよね?」


「はい、その通りです」


 ナンシーはこくりと小さく頷く。


「魔法とは、世界の法則の一つです」


 彼女は静かに語り始めた。


「この世界を構成する様々な要素、法則、その中の一つに魔法が存在します。

 世界を形成する構造の中で、魔法とはかなり上位に位置するシステムなのです。

 魔法は非常に強力な力ですが、その“強さ故に”容易く扱えるものじゃありません。

 私たちが普段扱っている魔法とは、その一部を切り出し、方向性を固定させて、非力な人間が扱えるように加減をした状態だからです。

 ……そういう意味では、魔法は本来の力を発揮しているとは言い難いですね」


 ほほう、そういう設定なのか。

 確かに魔法は火や水などを作り出したり、重い石を動かしたり、体力を回復させたりと実に様々なことが可能だ。

 ゲームではお約束な種類を抑えているとも言えるが、世界観として魔法を扱うならば、そういう設定になるのは当然と言えるか。

 ただの神秘の力、神様の奇跡とか言われるよりも、物理法則などと同じこの世界特有の法則で動いてる自然現象の一部と考えた方が納得できる部分があるな。

 もちろん、ただの神の御業とか、悪魔の力を借りているという設定も嫌いじゃない。


「次は魔法を使う私たちにとっては一般的なことですが、魔法は四大元素の理論によって分類されています。

 火、水、土、大気、この四つが魔法の基本となる属性、エレメントと呼ばれています。

 更に、これらの派生として様々な性質を持つ魔法が生まれ、四大元素で分類できないものを便宜上として第五の元素の魔法という形で認識しています。

 主には回復系の魔法や、雷や氷、金属の生成といった分かりやすい自然現象で四大元素のどれに属するのか判別が付きにくいものを雑多に纏めている印象ですね。

 そのせいで、四大元素による魔法を至上とし、第五元素魔法を邪道と考えている思想もあるのですが、私は人々の生活に役立つ魔法が多い第五元素魔法が好きですね。

 私にはあまり適性がないので、好きでも第五に分類される魔法は上手く扱えないのですが……」


 大雑把には理解していた話だが、結構踏み込んだ設定だな。

 四大元素は大昔に提唱された万物の成り立ちを考えた説の事で、ファンタジーなどでは度々持ち出される「当時の文化的、科学的な説得力」を増すための小道具の一つだ。

 ある意味、その考え方は原子や粒子といった今の科学にも通ずるものがある。

 その理論でもそれぞれの元素は複雑に作用しあい、万物を成していると言われている。

 それを便宜上の為に雑多なものを第五と呼んで分けていたら、第五元素が存在している体になってしまい、それに反発する思想が生まれてしまったということなのだろう。

 対立する思考があるというのは重要な事実だ。

 この『Armageddon Online』では戦争をテーマに扱っている。

 いずれ開始する正式サービスでは、国家同士の戦争がシステムに組み込まれるし、その為の要素の一つとしてPvPが今日からテストとなるわけだ。

 魔法界の対立はきっと、この世界における戦争の火種となっているんじゃないだろうか。

 特に「魔法の伝授」という技術の秘匿が可能な世界だ。

 ゲーム的には魔法を覚えられるかどうかだけと言えるが、それだってプレイヤーには大きな問題になるだろう。

 例えば、四大元素至上主義に肩入れすれば四大元素の強力な魔法を習得でき、逆に第五魔法を強く支持する団体が存在し、彼らに加担するとなれば第五元素魔法を習得できる。

 こうすれば、キャンペーンとしてもプレイヤーに熱が入るだろう。

 意外なところから、この世界の未来が見えた気がして感動してしまう。

 クローズドβテストと言っていたが、現時点の閉じた世界でも正式版の世界と確かにリンクしているのだ。

 この作り込みは半端じゃない。

 改めて開発の高い熱意に触れたことで、俺の胸の内にもその熱が伝播する。

 そこで、俺からも気になったことを質問することにした。


「魔法には適性があるのか?」


「はい、ありますね。

 個人的な資質はもちろんのこと、一番大きな因子として種族が影響します。

 四大元素に照らし合わせて考えれば理解が速いと思うのですが、種族として先天的にどの元素で構成されているかによって、扱いやすい魔法の系統が変化します。

 良く例に挙げられるのはドワーフとマーレですね。

 ドワーフは山岳の民と呼ばれるだけあり土の元素が大きく影響しています。

 逆に、マーレは水の民として体を構成する元素の多くが水となっています。

 魔法の適性もずばり土と水が高くなり、それ以外の四大元素を主とする魔法では効果を発揮できない程に、扱いが難しいものとなってしまうでしょう」


 これは既に検証でも比較されていた現象だな。

 魔法の種族による適性が存在する。

 ゲーム的な理屈としては、あくまで種族による個体差を作って面白さの幅を出すというレベルなのだろうが、世界観的に言えば生命の根幹に位置するという大事なのだ。

 ある種、先天的なこれは才能と呼び捨ててしまっても構わないだろう。

 才能がないから使えない、できないという理屈が通るのだ。

 もっとも、プレイヤーは最初にそれを選べるので、自分で選んだ才能に後から文句を付けるなと言われればそれで終了だな。

 正式サービス前の有志による攻略サイトでは、この点においての注意喚起は声を大にして行われるだろう。

 できる魔法とできない魔法、その差は時に致命的なまでに開くかもしれないからだ。

 あとで泣きついたって仕方がないのだから、悩める内に慎重に選ぶべきである。


「アルヴや人間の適性はどうなっているんだ?」


 また気になったことを訪ねてみる。

 もっとも、これはある程度の予測が立っているので確認みたいなものだ。


「アルヴは全ての魔法に対して高い適性を持っていますね。

 詳しく比較すれば僅差で大気の元素を多く、火の元素を少なく含んでいると言われていますが、そこまで顕著な……種族間の得手不得手のような差では無いでしょう。

 人間は高いとまでは言わないまでも全ての元素を均等に持っているので、同じく得手不得手がないと言われていますね。

 なので、その中で差が出るとすれば個人差ということでしょう」


「なるほど」


 ほぼ予想通りだ。

 アルヴは魔法のエキスパートだと紹介されていたし、風魔法が得意なイメージは何故かあったものの、言われてみれば確かにどの魔法を扱う上でも適性がありそうなものだった。

 彼女は明確に「高い適性」と言っていたし、アルヴは魔法職として強い種族なのだろう。

 アルヴの魔法使いとはまだ一緒にパーティを組んだことがないので実力のほどは知れないが。

 ……フェルチのことは忘れていたわけではなく、魔法使いとして本格的に経験を積んでいたわけではないということで考慮の外と……何で俺は言い訳しているんだ。


「さて、魔法を扱う上で必要な幾つかの手順が存在します。

 まず、魔法の発動までの成り立ちを説明しましょう。

 魔法とは精神世界アストラルを満たしている大気、これをエーテルと呼びますが、それを自らの内に引き込んで命令することで、この世の様々な現象を引き起こす技術です」


 エーテル、それがつまりMPのことだな。

 MPが自然回復するのは精神世界から取り込むことができるからで、自分に取り込める限界の量が最大MPとなり、逐次回復するMPは一度に取り込めるエーテルの量というわけだな。


「エーテルを構成するのは四大元素です。

 魔法にはそれぞれの現象を引き起こすのに必要な元素の量が決まっており、魔法の核となるエネルギーを司る元素と、命令文を書き示す元素を選り分けます」


 今の説明で言えば、魔法を扱うためのMPには四大元素を取り込んでいるということになる。

 特に火MPとか水MPとか分類されていないということは、「元素を取り込んだ量」が元素の種類に関わらずMPとして表記されていると理解できるな。

 現実でも、空気は様々な分子で構成されているので考え方はそれに近いかもしれない。

 その中から酸素を使うように、必要な元素を選んで使うと言うことなのだろうか。


「例えば火の魔法を使う場合に、火の元素を多く取り込めるならば、魔法の核も命令文も全て火の元素で構築された魔法が完成します。

 その場合、魔法は最大限の威力を発揮することができるというわけです」


 分かりやすい話だな、百パーセント火の元素で出来た火属性の魔法。

 混じりっけなしの純粋な威力が期待できるということだ。


「同じ火の魔法を使うとして、火の元素が少なくても魔法は扱えます。

 魔法の核にだけ火の元素を使い、命令文は他の元素で代用すると言う仕組みですね。

 核とは魔法を構成する上で最も重要な部分となるので、他の元素で代用することはできません。

 なので、元素への適性が低い種族では十分な威力を発揮できないことになります」


 良く理解できる。

 つまり、体内に吸収したエーテルには四大元素が存在し、蓄積できる量は種族を構成する元素によって適性があるので上限、もしくは吸収できる量が違う。

 適性が高ければ多く、低ければ少なくなり、それによって魔法を扱う際に絶対に必要なる「核」となる部分に注ぐ量と、命令文に割ける量が異なってくる。

 代用ができない「核」へ注ぐ元素の量が少ないと、その魔法の効果も全く期待できない。

 命令文は他の元素も単純な「エネルギー」として利用可能なので融通が利くと。

 なるほど、理屈は通っている。


 ……ということは、一つの推論が導かれるな。

 俺が普段やっている「消費MPの追加」と言う行為は、今の理屈で言う魔法の核へと注ぐ指定元素の量を満たし、命令文においても可能な限りその純度を高めてやっているのではないだろうか。

 MPは四大元素の大雑把に纏めた表記だ。

 ならば、そんないい加減な表記であるMPを消費しているというのは、必ずしも必要な元素を注いだと言う結果にはなっていないだろう。

 さっきも言った通り、必要な元素を選り分けて核に優先的に注ぐ、そして可能な限り命令文も単一の元素で染め上げた方が高い効果を発揮するから、包括的なMPという単位をより多く注ぐことでその中から必要な元素を抽出してやれば威力が上がるという仕組みだ。

 あと、これも推測の域をでないが、攻撃魔法を使った時に感じているムラっていうのは、そのエーテルの吸収に左右されている気がする。

 つまり、MPが回復するというのは、自分が溜めておいた元素を使った分だけ吸っている訳じゃないんだろう。

 例えば全ての元素を三ずつ溜めておける人間の冒険者がいるとして、火を三、水を一と消費した場合、残りは火が無し、水が二、土と大気が三となる。

 この状態でMPが四点回復したとしても、人間の性質上は等分となるから火が一、水が三、土と大気が四といった感じに偏る。

 この状態でさっきの魔法を使った場合、どう頑張っても火が一しか注げないから威力は三分の一まで落ち込んでしまうというわけだ。

 実際には核に一あれば問題ない魔法だとすれば、命令文を染めたことによるボーナス分が差し引かれるというイメージなのだ。

 だから連続して同じ魔法を使うと威力に極端なムラが生まれることがあるのだろう。

 特に、今までも「消費MPの追加」を頻繁に行っていた際によく発生していた印象なので、そう大きくは外れていないだろう。

 もう少し細かな法則もありそうだが、今予想が付く範囲ではおおよそこんなところだ。


 そして、これもまた推測の域を出ないが、MPにおける元素の偏りは時間の経過によって自然と均一にならされていくのだと思う。

 戦闘後にMPが上限まで回復していても、それは一時の状態でしかなく偏っている。

 そこで、戦闘後もエーテルを吸引し続ける中で体内に蓄積している元素を整え直すのだろう。

 その際に種族の構成元素による適性が影響して、蓄積する量の割合が決まっているのだろう。

 種族の元素適性はエーテルの吸引時にも影響がある可能性がある。

 さっき敢えて人間を例に出したのは元素適性が均一だからであり、これがマーレなど大きく傾いている種族ならば、四点のエーテル吸収による内訳も水に三、残りその他みたいな配分になるのかもしれない。

 マギエルは多分……フラットな方なんだろう。

 MPをブーストしない限りは、魔法の威力にそこまで大きな差異は確認できていないからだ。


 ふぅむ、中々に奥が深いな。

 と言うか、これを鵜呑みにした場合、この世界には『隠しステータス』が山のようにあるということを示唆しているのだが。

 いや、それも今更か。

 現段階ではある程度の機能制限がされているとはいえ、標準的なゲームのステータス情報と比べてあまりにもプレイヤーが参照できるデータの量が少なすぎるのだ。

 目に見えないステータスが山の様にあるのは当然と言えるだろう。

 むしろ、目に見えないデータの存在を肌で感じとり、より体感的にこの世界を楽しんで欲しいという開発の考えなのかもしれない。

 リアルな仮想体験が売りとなるVRMMOでも、ステータスさえあれば何でも解決するというゲームはごまんとある。

 壁を走ったり、水の上を走ったりなんてのは序の口で、とあるゲームでは筋力を鍛え過ぎた結果、城を持ち上げるに至ったプレイヤーも居たはずだ。

 まぁ、「城バーベル」については流石に即日修正されたが、ネットでは未だに語り草となっている。

 ゲームなんだからステータスに左右されるのは当然だが、一方でステータスに支配されるプレイヤーというのも存在してしまう。


 ステータスが基準に満たなければ勝てない、そもそもそのキャラクターに価値がないと断じてしまう風潮があるのは揺るがない事実だ。

 それを目的をもった、一部の廃人と呼ばれるようなトッププレイヤーが口にするなら意味合いは違ってくるのだが、彼らを真似て一般的なプレイヤーがその言葉だけを鵜呑みにして、さも当然のように振舞うというのはナンセンスだ。

 特に日本人プレイヤーに多いと言われるのが、攻略サイトによる予習前提という思考だ。

 攻略の為の道筋を全てのプレイヤーが可能なように構築すれば、一定の基準が生まれるのは確かに正しいのだ。

 しかし、それ以外の道がないわけじゃないし、そもそも攻略における骨子はプランの正確さじゃなく「どういう役割を果たすべきなのか」ということに集約しているはずだ。

 その点を履き違えたまま、年数だけ重ねたプレイヤーが多いというのが更なる誤解を生んでいる。

 大多数に流されるというのは世の常だから。

 俺の考え方は少数派だというのは自覚している。

 それでも、もっと自由な遊び方ができるはずだと、もっとこの世界は広いのだと、俺は声に出して叫びたいのだ。

 ……こうして振り返ってみると、マイナーな職業や種族を敢えて選ぶ傾向があったのは、そういう風潮への自分なりのアンチテーゼだったのかもしれないな。

 自分の矮小さに少し呆れてしまう。


「――少し、気分を入れ替えましょうか」


 唐突に彼女がそう言うと、一冊の本を開いて渡してくれる。

 暗鬱とした感情が湧き上がっていた胸の内を、彼女の声は夏風のように爽やかな涼しさで拭い去ってくれた。

 その表情にこちらを慮った雰囲気は無いが、彼女の心遣いに感謝をする。

 自分の正確は決して誰かに褒められるようなものじゃない。

 それどころか、他人に罵られるような酷く歪な形をしているのを俺は自覚している。

 VRMMOでは努めて明るく振舞っているし、実際今まではVRMMOをプレイ中に深く考え込むことはなかったのだが、この世界では何故か色々と考えることが多い気がする。

 きっと、この世界が今までのVRMMOと比較して全く違う作りをしているからではないか。

 俺は漠然とそんな風に感じたのだった。

 すっかりと気持ちが切り替わったので、彼女の手渡してくれた本を覗き込む。

 左側の頁には良く読めない文字がびっしりと、右側の頁には一つの図形が描かれていた。

 円の中に幾つかの図形や線が刻まれたものだ。


「それは魔法陣です」


 一瞬、我が目を疑ってしまう。

 全く意味を感じられない図形が魔法陣だと言われたのだ。

 魔法陣とはもっとこう、複雑で華美なものをイメージしていたからだろうか。

 ここまでシンプルな、子供の描いた絵の様なものが魔法陣とは……拍子抜けをしてしまう。


「意外でしたか?」


「はい、正直落書きか何かかと思いました」


「ふふ、素直ですね。 実は私も最初見た時はそう思ったんですよ」


 柔らかな笑みを浮かべる彼女は、少し遠い目をしていたように思う。

 これがプログラムされたNPCの挙動とは到底思えない。

 ……何だろう、何がとは分からないが、そこはかとなく違和感があるのだ。


「魔法陣は命令式を実際に書き起こすことで魔法を形成する手法です。

 原理としてはシンプルで、現在の主流である呪文を詠唱して行う魔法と比べれば、デメリットの方が多いとも言われていますが、どちらも同じ理屈で動くので同じ魔法が扱えます。

 魔法陣のデメリットとして認識されているのは、一つに図形を作図することが手間だということ、もう一つは魔力の消費が大きいこと、最後に土地の影響を受けるという事です」


「どういうことですか?」


「魔法を重要な戦闘手段の一つとして捉えている現在において、図形の作図が必要と言う手間は戦場では致命的になりますよね。

 魔力の消費が大きいというのは文字通りの意味ですが、その仕組みは土地の影響を受けるという事に大きく関わっています……と言うのも、魔法陣が魔法を構成する上で必要になる元素は、魔法の使役者から注ぐのではなくて精神世界アストラルに存在するエーテルを直接魔法陣に注入する形で供給されます」


 彼女はトントンと図案を細い指で叩きながら説明を続ける。


「エーテルは精神世界アストラルを漂う大気そのもの……しかし、その元素の比率は常に一定ではありません。

 土地によってはエーテルに偏りがあったり、少なかったり、そもそもエーテルが存在しない土地というのもあるそうです」


 嫌な話だな、魔法使いは戦えないエリアとかもあるのか。

 エーテルが存在しないということはMPが回復しないという事だ、魔法使いにとって致命的な……いや、MPの回復ならばアイテムなど他の手段があるから問題は無いのか?

 となると、MPの自動回復が非常に遅いとか、少ないとかのペナルティがかかると考えるべきなんだろうか。

 実装されているかどうかなどは別として、MPの管理や魔法の使用できる状況について、もう少し意識を割いた方がいいのかもしれない。

 今はそういった状況に対応する手段を用意していないからな、特にPvPでは何が起こるのかまだまだ知識も経験も足りないし、想定できる不測の事態への備えは万全にしておかなければ。

 相手の魔法を封じる手段や、MPを奪う、消失させるスキルがあったとしても不思議はない。


「魔法陣はエーテルを直接取り込むので、条件によって魔法を発動するまでの時間や威力に差が出たりするので扱いが難しいのです。

 使用者は魔法陣を起動するのに自らの魔力を消費しますし、状況によっては不足した元素を補う必要性もあるので、総じて「魔力の消費が大きい」と捉えられがちなのです」


「なるほど」


 本来は魔法陣を動かすのに必要な魔力だけを消費して使えるはずなのだが、エーテルに含まれる各種元素の量が少ないと起動時間が長くなり余計に消費してしまうと。

 たぶん、ゲーム内での仕組み的には土地のエーテルによる元素供給を基本として、魔法を発動させるためのタイムリミットが設けられているのだろう、時間までに集めたエーテルで不足した分の元素を使用者がMPの中から供給することで発動させるのだろう。


「詠唱式の魔法と比べた際のメリットは、大掛かりな魔法を扱う際に難解で長大な呪文を詠唱する必要がない点が最大の特徴でしょう。

 例えば……この図形は≪火矢の呪文≫を魔法陣にしたものです」


 彼女が頁をめくり示したのは、円の中に正三角形を描いただけのシンプルなものだった。

 確かに、これに魔力を込めるだけで魔法が発動するならば簡単だろう。

 ≪火矢の呪文≫を基準として考えている俺としては、あの詠唱をカットできるというのは中々に興味深いメリットに思える。

 全体で見れば火系統の魔法に必要な呪文は基本と言えるくらいの長さなのだが、それよりも短い呪文と言えば風系統しかなく、他は大体が火よりも詠唱文が長くなる傾向にある。


「……魔法陣か」


「ジンさんは、魔法陣に興味がありますか?」


「えぇ、いずれは覚えてみたいと考えていたので」


「分かりました、またそれは後日お話をしましょう」


 俺の要望に、ナンシーは快く頷いてくれる。

 顔色を窺ってみても、相変わらずの無表情なのだが、声のトーンが僅かに軽い気がした。

 思えば、彼女がここまで長々と語ってくれるのは商品の説明を頼んだ時を除けば他に無いだろう。

 饒舌な彼女の姿と言うのは珍しいことじゃないだろうか。

 まぁ、俺にとってはクローズドβテスト中に毎日顔を突き合わせているような気になっているくらいには長い付き合いだと感じているのだが、それでも彼女の全てを知っている訳じゃないだろう。

 魔法に関しては人一倍熱がある、クールに見える彼女の新たな一面が見れたことが純粋に楽しかった。

 彼女はふぅっと小さく息を吐いて呼吸を整える。

 今までずっと喋っていたのだ、疲れるのも無理はないだろう。

 一旦休憩を挟むのかと思ったが、彼女はそのまま言葉を紡ぎ始めた。

 途端、ピリッとした空気が辺りを包み、時が止まったように凍り始めた……そんな雰囲気を感じた。

 前にも似たような感覚を体験したことが――あれは、いつだ――確か初日の――そう、魔法を始めて伝授された時だ。

 あの時、地下の小部屋で感じたのがこの感覚だったはずだ。

 すべてが何処かへと吸い込まれていくような、無理矢理にフォーカスを合わせられるような感覚。

 周囲の風景がピントから外れてぼやけ始め、やがて一つの事に意識が収束していく。


「結論から話しましょう」


 彼女の言葉が脳を直接揺さぶる。

 ぐわんぐわんとその声が頭の中を揺さぶり、上手く意味を理解できているか不安になる。

 結論からと彼女は言った。

 何の話をしているのかは分からないが、そこに答えがあるのだ。


「上級魔法は存在します」

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