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Act.01「Hello,World!」#2

 アバターとは、インターネットコミュニティ上における自分の分身体のことを意味する。

 要するに仮想世界での体のことだ。

 ネットゲームにおいてはプレイヤーの扱うキャラクターがそうであり、長く使う相棒ともいえる存在でもある。

 ゲームなどのキャラクター作成や育成で思った以上に時間を掛けた経験は無いだろうか?

 アバターはより密接にプレイヤーに影響する。

 だからどうしてもその作成には熱が入ってしまうし、没頭するあまりサービス開始してから延々とアバターを弄り続けるユーザーというのも少なくない。

 ネットゲームでは『ログイン戦争』とも呼ばれる過酷なスタートダッシュ競争があるのだが、その際に有休を取って万全の状態でゲームを始めたにも関わらず、アバターに拘ってしまった挙句に一般プレイヤーにも置いて行かれた哀れなユーザーも生まれたりする業の深い要素なのだ。

 中には、ゲーム自体ではなくアバター作成だけを延々と遊び続ける猛者もいるとか。


 昨今のVRMMO事情ではそういった点も考慮して、デフォルトにプレイヤーの生身のデータを反映させて作成する仮ジェネレート機能が採用されている。

 これには利点が多いのだが、何より優れているのはVR酔いが少ないという点だ。

 大なり小なりVRを経験したことがあれば分かっていることなので説明するのも野暮な気もするが、脳が情報を誤認する可能性を強めてしまう要素がアバターに幾つか存在する。

 その大きな要素の一つが生身との身体的な特徴の差だ。

 身長や体重、体型、性別……等々、様々な要素が変更できるのがVR世界、仮想現実での楽しみであり、アバター作成を楽しむポイントでもあるのだが、これが元の自分とズレていけばズレる程に脳内では深刻な問題が発生するのだ。


 一つ実際の例を挙げてみよう。

 とあるVRMMOではエイリアンになって他のエイリアンと戦うという、まさにサイバーなタイトルが存在していたのだが、サービスを中止せざるを得ない惨劇が発生した。

 ある日、突然に不特定多数のユーザーが同時多発的に体調を崩したのだ。

 その理由を調査した結果、人型から逸脱したアバターの操作による脳の誤認や、多大な負荷などから体調を悪化したというのが大筋だ。

 この事件はニュースでも報道され、一時期はVRについての危険性を語る番組で溢れ、何故かゲームの存在を批判する内容の報道が増えたりしたというのは苦笑を禁じ得なかったとか。

 最も、現在を生きる自分たちには関わりのないことだ。

 VRの危険性、ゲームの悪影響の有無など既に事実関係を解明済みの事象だ。

 文化として未成熟だった時期にはともかく、生活の一部として親しまれて長くなった昨今では荒唐無稽な話になったと言われている。

 今更そんなことを言い出す人間が居たら「あいつは過去からタイムスリップしてきたのだろう」と笑い飛ばすのが最近のジョークとしては定番だ。

 自分もそう思う。


 閑話休題。

 自分の心は今、激しく震えていた。

 『Armageddon Online』には期待している、期待しているからこそ期待していなかった。

 大なり小なり、期待することで高望みをしてしまうだろう。

 だから、アバター制作アプリが配信されたことを喜びつつも、心のどこかで達観してみていた部分があった。


 どうせ、ありきたりなVRMMOのそれと同じなのだ、と。


 それはそうだろう、既存の型から大きく逸脱すれば先ほどの例題じゃないが受け入れがたい要素になってしまう。

 インターフェースが違えば「操作性の悪さ」と感じてしまうし、奇抜なデザインだと「直観的じゃない」などと言ってしまう。 ユーザーのわがままだ。

 斬新なものを求めつつも、変化をあまり好まないのは人心の常だ。

 それに、何よりもまだゲーム本編ではなく、重要とは言えどただのアバター作成アプリなのだ。

 アバター制作に凝るつもりのない自分にとって、そこまで大きなニュースとは言えない。

 正直、侮って掛かっていた。

 友人との話題になればいいと思う程度だった。

 それがどうだろう……今、自分は確かに震えているのだ。


 目の前に人がる広大な草原と森林の二つの緑、空と湖の二つの青、浮かぶ雲と峰の先端を彩る二つの白……鮮やかな色の対比がどこまでも美しかった。

 それだけじゃない、微かに動く茶色のあれは動物だ。

 振り返った先に見えた村には人影もある。


 既にここは『Armageddon Online』の世界だった。

 足元の赤や紫、黄色など様々な色を咲かせる花を見て、その花が風に揺れる様を見て、肌に風を感じることで、強烈なインパクトを感じてしまった。

 仮想世界、『Armageddon Online』という世界はもう既にこの世に存在していたのだ!


「うおぉぉお! すげぇ!」


 感情をそのまま言葉にする。

 ただそれだけの行為が気持ちいい。


「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ」


 シノブが俺の声に驚いた様子で声を上げる。


「二人とも早く起動してみろよ! すげぇ、最高にすげぇ!」


 自分の口からアホみたいな語彙の少なさで言葉が紡がれているが、反射的に感動を口から出しているのだからこんなものだろう。

 仕方ない、凄いという言葉が一番しっくり来ているのだから。


「まじか! すぐに起動するわ、早くインスコ終われ~!」


 カツキにはやはり伝わったようで、インストール作業を進めている。

 作業と言ってもユーザーが弄ることは何もないが、カツキの事だからディスプレイの前の進捗バーに対して拝むぐらいのことはしているだろう。


「え、もうアバター作ったの?」


 思い至ったように驚きを口にするシノブ。

 だが残念、そうじゃないんだよな。


「違う違う、アバターは作ってないんだけど……すっげぇいいんだよ!」


 自分のことながら情けなく思う次第です。


「よっしゃ、インスコ完了! カツキ、起動しまーす……お、おぉ?

 おぉぉぉ! すっげぇぇぇぇぇ! やべぇ、すっげぇ!」


 俺二号誕生。

 やはり無二の親友であるカツキと俺は通じているのだ。

 ダメな方向でも通じているのはお互いに悲しむべき点なのだが。


「あぁ、もう! 何言ってるか全然わからないわよ!」


 一人取り残されたシノブは言葉の端に苛立ちを見せる。

 俺とカツキが二人でバカやってるとこうやってよく彼女に怒られます。

 仲間外れにしてるわけじゃないんだけど、疎外感を感じてしまうんだろうか。

 とは言え、いつもの三人なので問題は無い。

 シノブもすぐに感動を共有できるはずだし、今はカツキに感想を聞くことにする。

 感動によって麻痺した自分の語彙の代わりに、彼がシノブに上手く説明してくれる可能性を信じて促してみるのだ。


「な、カツキ、最高だろ!」


「やばい、これはミシュラン三ツ星とれるわ」


 カツキも感動でバグっていた。


「え、料理の話なの?」


「『Armageddon Online』の話に決まってるだろ」


「じゃあ何で料理の……ゲーム内の味覚エンジンの話なの?」


 必死に理解しようと努めるシノブ。

 その努力は認められていいはずだ、俺は認める。

 でも残念ながらそれはハズレだ。


「うっひょぉぉぉぉ!? これはVRMMOの山本太郎や! 色彩は爆発だー!」


「ちょっとカツキが何言ってるか本当にわかんないんだけど!」


 カツキが暴走したら俺に泣きつくってのも、いつもの流れだ。

 幾分か冷静になってきたので、今度は上手くフォローできるだろう。


「大丈夫だシノブ、俺も分かってない。 つか、早く起動しろって!」


 まだ気持ちが逸っているのだろう、少し荒い口調になってしまった。

 それで怒る彼女ではないし気にしてはいない。


「そうだぜシノブ! ダブルクリックのやり方忘れたのか?」


 しかし、暴走状態のカツキはシノブを煽る。

 いつものことです。

 シノブはまだPCを使うようになって日が浅い方で操作に慣れていない。


「うるさいバカ! ダブルクリックくらい忘れてないわよ!」


 今のシノブの言い方だと、何か忘れたことがあるんだろうな……俺、結構頑張って教えたんだけどな。

 まぁ、あまり気にしないことにする。

 自分とカツキも最初は不慣れだったし、いまだに『テスト勉強』は大の苦手だ。

 人には得手不得手があるものだよな。


「にしても、このVR感はここ最近で一番じゃないか?」


 俺はそうカツキに言葉を投げかける。

 VR感とはネット上でよく使われる造語で、VRにいおけるリアリティの事を指し示している。

 大体が「VR感が高い、良い」という形で使われ、リアリティがあるという風に使われるスラングだ。


「だな、ジンが吠えるだけあるわ。 こりゃ神ゲーですな」


 カツキの口からは早くも神ゲー認定が飛び出した。

 流石に気の短いカツキとは言えど、それは早くないだろうか?

 いや、自分もひしひしと感じている予感はあるんだけど、それは期待を高め過ぎていて後に勝手に描いた理想との差に……などと考え、どう返答するか考えているとシノブが静かになっていることに気が付く。 どうやら、起動できたみたいだ。

 そろそろ第一声が聞けるんじゃないかな?


「……うわぁ、凄い……うそ、本当に凄い! 凄い凄い!」


 三人とも感想は一緒だった。

 どうやら、自分とカツキが特別バカだったわけじゃなく、みんな最初に抱く感情は同じようだ。

 それはそれで凄いことだな。


「だろ? シノブにもようやくこの感動が伝わって嬉しいぜ」


 ひとまず、シノブにも一声かけておく。

 まずは感動をゆっくりと咀嚼してもらいたい。


「で、ジンはどんなキャラ作ったんだ?」


「あ? まだキャラクター作成コマンドを選んですらいないんだが」


「マジかよ!? とりあえず種族被りは無しにしようぜって話をしたかったのに」


 せっかちなカツキはもうキャラクター作成を開始しているようだ。


 『Armageddon Online』には数多くの種族が存在する。

 ユーザーが使える種族はカテゴリ的には『人族』と呼ばれる人型の種族からだ。

 厳密には人族全てから選べるわけじゃないのだが、人族以外からは選ぶことはできない。

 これは先述したアバター制作に関する逸話から理解できるだろう。

 選べる種族は多種多様な特徴を兼ね備えており、容姿の面からもゲーム的な面からも大きな影響が与えられる要素になっている。

 プレイヤーがアバターに使えるのは13種族もあり、中々に頭を悩ませる選択だと言える。


「種族被りなしか、いいな! 俺はもちろ」


「あ、既にドラゴニアは頂きましたので悪しからず」


「はぁぁぁ? てめ、やりやがったな!」


 嵌められた!


 ドラゴニアは竜の血を継ぐ人族で、特徴は皮膚を小さな鱗が覆っている点だ。

 トカゲ頭で爬虫類全開なゲテモノ枠ではなく、単純に人間に鱗が生えている感じだ。

 図体がでかく、その巨躯を駆使して戦うパワーファイターに適していて、体を覆う鱗が外傷から身を守る為に耐久力も高いというのも大きな強みだ。

 先日公開されたイメージPVでは、二メートルを超える大柄で肉厚の体躯を誇る男性のドラゴニア重戦士が金属鎧を全身に纏い、矢の雨が飛び交う戦場を駆け抜け敵の集団を大斧で蹴散らしまくって突破するという豪快な演出で視聴者を魅了させた。

 不敵な笑みと鋭く光った竜眼の双眸には思わず手に汗握ったものだ。

 一転して女性のドラゴニアは細身の体に皮と布の軽装を纏い、槍を使った立ち回りを見せた後、落ちている武器を次々と拾い、片手剣やレイピア、長弓など数々の武器を扱って見せ、最後には身の丈を超える両手剣で竜の首を切り落とした。

 まさに戦う為に生まれた種族と言っても過言じゃない。

 開発ブログのおまけムービーでは視線だけで家畜に逃げられたり、薬の調合に失敗して顔を煤だらけにする、ちょっと可愛げのあるシーンも載っていた。

 そのことからもネット上では『中二病御用達』や『脳筋』、『戦闘狂』の種族だと言われていた。

 おそらく、おまけムービーでの一幕は戦闘以外はからきし伸びないのでは、という風に受け止められた結果だろう。

 自分も同じ意見だけど。


「浮かれる阿呆が悪いのだ! このまま俺のアバター制作テク『とりあえず適当にメイク』の力を見せつけてやるわ!」


 ふん、と一息を吐いてカツキはキャラメイクに取り掛かったのだろう。

 カツキの手前、やられた!とは言ったものの、実はドラゴニアの枠を取られた事はそこまで気にしていない。

 一つ目に戦闘以外ができないとなるとちょっと窮屈に感じそうだという点、二つ目は魔法職のカットが無かったということはこちらも適正が無い、または低いと伺える点。

 最後に、ムキムキマッチョな「脳筋キャラ」は自分の柄じゃないという点だ。

 たぶん、一番最後の要素が最も大きい気がする。

 ドラゴニア♀を見る分には凛々しく美しいので楽しめるだろうが、野郎をやる分には汗臭さが自分とかけ離れすぎている気がする。

 VRアバター酔いをしないアバター作成のコツとして、個人的には生身との身体的特徴の差よりも感じる雰囲気が大事だと思っている。

 アバターを作成してみないと分からないが、きっとしっくりとは来ないんじゃないか。

 そういう予感があるのだ。


「んじゃ、こっちもキャラメイク始めるかな」


 カツキに触発されてキャラメイクを始めることにする。

 キャラメイクとはアバター作成のことを意味している。

 似たような言葉で同じ意味をしている言葉は日本語には随分多い。

 キャラメイクの方がどちらかと言うと古い時期に生まれた言葉なのだが、自分にネットを教えてくれた人の影響からかこちらを使うことの方が多いのだ。

 アバター作成アプリの中にはまだ自分の実体は存在しない。

 VR空間でのアバター作成では大体どのゲームでも生身のデータを参考にしたぼんやりとした輪郭、空気の揺らぎのようなものが体型を形作っている。

 これは、脳が操作する肉体として何らかの対象がないとVR酔いをしてしまいやすいという過去のVR研究から積み上げられた経験の成果だ。


 VRでは直接操作と間接操作の二種類がある。

 よく間違えやすいのだが、アバターやマウスアイコン、実際の肉体などを使って操作することをVR環境では『間接操作』と呼ぶ。

 VR環境での『直接操作』は脳波によるコントロールを指しており、意識しただけで操作できる、することを直接操作と呼んでいる。

 VR世界では脳波や機械操作からの入力情報を読み取って結果を反映する。

 最近はVR環境の普及と技術の革新で『フルダイブ』と呼ばれる直接操作を主体にした操作形態が多く採用され、機械操作による補助出力を必要とする『セミダイブ』はマイナーになりつつある。

 昔は間接操作と言えば「セミダイブ」を言っていたが、最近ではアバターを使ってVR空間内でマウスやキーボードを操作することのみを間接操作と呼ぶのが普通だ。

 個人的には時代と経緯を知ることは大事だと思うのだが、わりとこのあたりの話はカツキも含めて二人には不評だったりする。


 なので、分かりやすく説明するために「アバターで操作するのが間接操作」「アバターで操作しないのが直接操作」と教えるようにしている。


 ちょっとした自慢なのだが、自分は直接操作に適正があるらしい。

 好きこそもののなんとやらと言うか、三つ子の魂ほにゃららと言うべきか、ネットを教えてくれた叔父さんの影響を受けて直接操作の練習を繰り返ししたのが功を奏したのだろう。

 出来たから何かという話でもないが、ちょっとした自信にも繋がっている。

 その技能をフルに発揮して、カツキに後れを取ったアバター作成を一気に進めることにした。

 直接操作のコツは至ってシンプルだ、目的に対して何をするかを明確にイメージすること。

 アバター作成における最初の操作は「キャラクター作成」の「コマンドを選択した」ことを明確にイメージしてやればいい。

 視界の左端の隅に移っていたアイコンが消え、様々な項目が瞬時に展開される。


 まずは環境設定から始めよう。

 ロケーションはそのまま、姿見の表示にチェックを入れる。

 するとウィンドウの先に緑色の光の粒が集まって大きな鏡を構成する。

 今のがオブジェクト生成の演出なのだろう、中々に凝っていると思う。

 もちろん、まだ何も鏡には映っていない。

 何気に背後の景色がしっかりと鏡の中に反映されているのが素晴らしい。

 VRMMOでの鏡はわりとバグの宝庫だったりする。


 BGMは興奮して気付いていなかったのか、まったく聞こえていなかったので多少音量を上げておく、環境音はこのまま、NPCモブもオンのまま、NPCモンスターという項目は気に掛かるがひとまずデフォルトのオフのまま放置しておくべきだろう。

 昼夜の設定も今は触れなくていいだろう。

 BGMは音量を上げたことで確認できた。

 雰囲気を壊さない様にとの配慮だったのか、デフォルトだと小さめに設定されている様だ。

 ゆったりとしたメロディは気分を落ち着かせ、豊かな音色は世界観の大きさを感じさせる……のだろうが、どうにも興奮を煽っているようにしか感じない。

 控え目なボリュームも相まって沸々と熱がこもる気がする。


 きっと、製作者は重度のRPG好きだ。

 この王道BGMは絶対にあとで大々的に聞かされる、オープニングとかで。


 環境設定を終えたのでキャラメイクを本格的に始める。

 まずは性別と種族の設定からだ。

 性別は男性、種族はとりあえずヒューマンを選択する。

 全身を緑の粒子が包み込み、眩い光が収まると鏡の前に肌着だけをつけた自分が居た。

 生身のデータを参照してジェネレートされる仮アバターだ。

 ヒューマン族は言ってしまえば「ただの人間」だ。

 生身のデータを反映して作成すれば、当然生身の自分そっくりのキャラクターになる。

 この状態で種族だけを変えてみる。

 まずはカツキの言っていたドラゴニアからだ。


 選択した途端、目線が一気に高くなる。

 鏡に映る姿も、先ほどまでの日本の平均的な男子生徒N君ではなく、ラグビー選手を彷彿させるがっしりとした肉体の持ち主に早変わりしていた。

 あまりの変化に驚きを隠せないが、これがVRの一つの楽しみなのだ。

 全然違う自分になれるというのは、人間の持つ変身願望を大きく叶えてくれる。

 目の前にいる筋骨逞しい男もまた自分なのだ、何度経験しても変な感覚だが面白い。

 ドラゴニアになると顔つきも凛々しくなるというか、少しトカゲ感とも言うべき険しさがでる。

 種族の特徴として『竜眼』と呼ばれる爬虫類の目に似た縦長の瞳孔をした瞳になり、輪郭もやや鋭角的というか尖らせた鋭さのような印象のラインになっていた。

 顔では目尻から耳元にかけて、背骨を中心として首や肩、脇腹に少し目だった色合いの鱗が生えているのが分かる。

 一番濃いのは腕と脚だろうか、前腕と脛の密度が非常に高い。

 イメージとしてはやはり武器を扱って戦うからだろうか、防御を固めたい部位に鱗が密集しているという感じなのだろう。

 背中も見てみると腕程ではないが鱗密度が高くなっている。

 鱗のない部分の皮膚も、よく見れば薄らと模様が浮き出ている。

 皮膚自体が既に人とは違う、そういう種族なのかもしれない。


 次に選択したのはドワーフ族だ。

 この選択をした瞬間少し後悔した。

 視界が一気に下がり、その急落した感じはVR酔いを引き起こしやすい現象だ。

 普段からVRに慣れているからまだいいものの、初心者には絶対にお勧めできないな。

 そして次に驚いたのは毛の量である。

 全身がまさに毛、毛、毛だ。

 顔を覆う髭の量は、伸びた髪の量、まさに達磨の輪郭だ。

 腕や足にも濃い毛が浮かんでおりそのインパクトはドラゴニアも霞むかもしれない。

 更には四肢の太さが半端ではない。

 PVと見比べて自分のドラゴニアは姿はやや細身だったのが分かるが、ドワーフのこれはドラゴニアと比べても圧倒的に太い。

 まさに「丸太のような」という形容詞がぴたりと当てはまる程だ。

 背はドラゴニアの半分より少しある程度だろうか、そのサイズにこれだけの筋肉を収めるのはリフォームのカリスマもびっくりである。

 ふと思い立って力瘤を構えてみると、このパンパンに腫れた腕が更に隆起する。

 カツキならば「まるで筋肉の地殻変動や!」とでも言いそうな逞しさだ。

 これはこれで楽しそうだが、元々選んでいた種族候補でもないのが残念だ。

 残念と言いつつ、まったく未練もないのだが。


 次に選んだのはエルヴだ。

 選んだ順番はファンタジーの王道繋がりってことで。

 エルヴとなっているが日本でもファンタジーで馴染み深いエルフのことだ。

 さっきから身長の落差が激しいのはご愛嬌だろう。

 普段よりも高い視線なのは、やはりエルヴ自体の平均身長が高めに設定されているのだろう。

 一番の変化はやはりシルエットだろう。

 つんと尖った耳の長さは手のひらから中指ほどまである。

 逞しかった四肢や寸胴な胴体は美容クリニックもお手上げのスリムシェイプだ。

 肌も色白で内側まで透き通るような白さだ。

 顔つきもがらりと変わり、目元はやや切れ長になったかもしれない。

 髭も一切なく、髪もすきっとしたボリュームでさらりと長い。

 やや額が大きく見えるのは顔の骨格自体が少し長くなったからかもしれない。

 やはり英知を集める種族は頭が伸びるのだろうか。

 PVでは魔法と弓を扱う遠隔攻撃を得意とした職業のイメージだった。

 身のこなしも軽く、腰に短剣を刺したエルヴも居たので盗賊的なポジションもいけるかもしれない。

 エルヴの盗賊。

 大分エルフのイメージからはかけ離れた結びつきなのだが、それもまた面白そうだ。

 魔法職はわりと興味をそそられる職業なのでエルヴは選択肢の一つに入っている。

 惜しむらくは自他ともに認める自分のイメージから、イケメンには慣れないだろうということ。

 エルフはイケメンであるという先入観から、自分はエルヴを選びにくい。

 そのプレッシャーを乗り越えエルヴを選べるというのはある意味凄いことなのかもしれない。


 次々と順番に種族を切り替え、最後まで一通り見てみる。

 獣人と呼ばれる種族は野性的な魅力には十分惹かれるものがあったが、どちらかと言えばこの種族の魅力は女性の方が大きい印象だ。 男性的には。

 したがって、獣人については見る方で楽しむこととして……変わり種のマーレなども悪くは無いが、やはり男心を擽る設定の種族にこそくるものがある。

 俗に『超人系』と呼ばれている三つの種族がある。

 一つは魔族に近い種族『ダンクェール』、一つは鬼化する種族『ラクシャス』、最後に賢者の末裔である『マギエル』だ。

 見た目はヒューマンベースだが、種族特徴が濃かったり、設定を読む分にも玄人向けのステータスになりそうだったりと興味がそそられる。

 もっとも、設定なんて世界観の飾りつけ程度にしか過ぎない可能性はあるが、VRMMOのアバターはより自分が没頭できるキャラクターを作るに限る。


 ファンタジー系の作品の目玉と言えばやはり魔法だ。

 魔法は是非とも使ってみたい。

 今まで経験してきたVRMMOでも魔法を触らなかったことは無い。

 メインとして使っていた経験こそ多くないが、やはり現実とはかけ離れた力を行使しているという感覚は、まさに「仮想現実を体験している」と強く実感できると思うのだ。

 丁度良い機会だし、今回は魔法を軸にプレイしたいと考えていた。

 そう考えると肉体派になる『ラクシャス』は選外となってしまうか。

 超人系では両刀の『ダンクェール』かスペシャリストの『マギエル』が選択肢になるわけだ。

 種族の説明を読む分には中二病全開の『ダンクェール』が濃い感じがするが、成長が遅いという一文が気にかかる。

 ただのテキストだと思うのだが、何故か引っかかるのだ。

 もし、友人と遊ぶのに自分だけキャラクターの育成が遅ければどうなるか。

 経験から言えば、あまり良い方向に働かないことは明らかだ。

 万が一にもテキスト通りだった場合、身内三人で遊ぶのに適した種族とは言えないか。

 そう考え、純粋な後衛を目指すとして『マギエル』を選択した。

 見た目は本当にヒューマンのまま、つまり現実の自分そのままだ。

 このままでは個人情報が漏れているようであまり気分が良くないので、折角だから髪の色を銀色に、瞳の色を金色に……と、色々と設定を変更してみる。

 うわぁ、思った以上に凄い見た目になってしまった。

 いや大丈夫か、このキャラでずっとやるわけじゃなく、試しに作ってみたキャラなのだから。

 最後に種族の装備イメージから適当なものを一つ選びキャラクター作成完了を選択する。


「こっちはキャラメイク完了したよ」


 終了の報告をすると、ちょっと悔しそうに吠えつつカツキが応えた。


「まじか! 一足先を越されたか、俺も最後だすぐに終わる!」


「え、えっと、私もこれでいいかな! 種族を選んだら終了を選べばいいんだよね?」


 一拍遅れてシノブが応える。

 どこかその発言に不穏なものを感じたが、そのことに意識を向ける前に、視界の両端に光の粒子が集まりオブジェクトを生成し始める。


 一体何が起こったのか。


 一握の不安が胸を微かにざわめかせた。

 これから何か、とても悪いことが起きるんじゃないか、漠然とそんな予感がしたのだ。

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