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Act.04『Legend of Quest』#2


 奴もこちらに気付いたのだろう。

 徐に体を揺らし、カチカチと硬い音を立てる。

 奴の身長は精々二メートル程度、それ以上のサイズのモンスターを何度も見て来ているなら拍子抜けしてしまうだろう。

 部屋の広さと天井の高さは、目の前の奴を収めておくには少々大きすぎる様に見えたのだ。

 しかし、奴が動き始め背中に背負っていた獲物を構えたことで疑問は氷解する。

 それと同時に、足の先から冷たい空気がじわりじわりと這い寄ってくる感覚を覚えた。

 間違いない、この感覚は経験したことがある。


 目の前の奴が構えたのは巨大な直剣だった。

 両手で扱うことを意識して作られた大きな剣。

 装飾などが特にないことからアレはただの無銘の一本……なのだろうが、奴がそれを構えた途端にあの剣から破壊の意思のようなものが、目に見えない圧力として表れた。

 黒塗りの鎧も剣と同じく飾り気が少ないのだが、実利を取ったのか無骨な印象そのものだ。

 そのがっしりとしたシルエットから、強固に鍛え抜かれた体躯を鋼の内側に押し包んでいることを伺わせる。

 この黒鉄の騎士がこの世界で戦う初めてのボスとなる。


 勇者の方に目をやると彼は爽やかな表情のまま、口元だけがニヤリと不敵に笑っていた。

 奴の放つ威圧感を肌で感じ、この状況を大いに楽しんでいることがありありと見て取れた。

 強敵に挑むことを喜びの一つとする。

 それはゲーマーの中でも一部の人間が発症する熱病のようなものだ。

 一応は平和と言えるだろう、現代社会では常に抑圧され続けられる感情。

 戦いを渇望する戦闘狂バトルマニアが、彼のもう一つの顔なのだ。


 彼は俺に目線で合図を送ると、躊躇うことなく敵の間合いへと滑り込んだ。

 今日一番の素早い突撃、愚直とまで取れるその動きに敵も合わせて動き出す。

 大きく振りかぶった敵の一撃を勇者は真っ向から盾で受け止める。

 いや、真っ向からではない。

 ガリガリと金属同士が擦れ合う音を立てて盾の上を剣が滑っていく。

 身を捻りながら、剣と盾の接点を軸に体を潜り込ませ、接した面の角度を変えることで担ぐようにして強烈な一撃を受け流す。

 下から掬い上げる様にして一閃。

 振りぬいた一撃は敵の鎧の表面を削り、眩い火花を散らして軌跡を走らせる。

 更に剣の柄頭を使って兜を殴打、その勢いで後退して少しの間を稼ぐ。

 鎧は微動だにしていないように見えるが、彼の去り際の一発でタイミングをずらされたのだろう、ワンテンポ遅れて体勢を立て直した。

 盾を正面に構えつつ、左手の剣を突き出していく。

 鎧は重厚な印象ながらも機敏に動き、その突きを僅かにいなしていく。

 彼の狙いは鎧の弱点となる関節部や視界を得るために設けられた兜のスリットだ。

 正確で繊細な狙いが要求されるので、彼と言えどそう易々とはいかないようだ。

 むしろ賞賛すべきは敵の動きだろう。

 良くも悪くもこの世界はVRで構成されたゲームだ。

 AIが発達したと言っても、複雑な動きや判断を成すのは難しい。

 しかし、今の敵の動きは生半可なVRMMOのクオリティを遥かに凌駕していた。

 過去のタイトルで抜き出しても、これほど優秀な動きをする敵は滅多にいないはずだ。

 VRMMOが隆盛した現代において、新世代VRMMOと謳うだけあるということか。

 勇者は密着した距離で一気呵成に責め立てる。

 彼の表情は実に楽しそうだ。

 敵の攻撃をいなし、躱し、反撃を繰り返す。

 動きの一つをとっても、彼がとても高いレベルのVRMMOゲーマーとしてのスキルがあると理解できる。

 負けてられないな、と俺は対抗心を燃やす。

 俺は小さく息を吐いて整え、呪文の詠唱を開始する。


「≪熾れ≫」


 最初の一文を声高に宣言する。

 ピリッとした視線がこちらを向いた。

 彼の目は熱を帯び、口元の笑みがより強くなったのを見た。


「≪爆ぜて≫」


 二節目。

 イメージは全身を巡る血液を一か所に集めるイメージ。

 視線を目標に定める。


「≪飛びかかれ≫」


 三節目。

 集まった力の流れを一つに纏め上げる。

 杖はその力を導く道しるべだ。

 撃ち出す瞬間、的を狙って引き金に手を掛けるそれは、銃を扱う様なイメージだ。

 現実では火薬を使った本物の銃は扱ったことはないのだが、そういうイメージでシステム的なプロセスを体感的なものへと置き換えていくと、VRMMOでは直感的な操作が可能になる。

 これは、俺がVRの直接操作の練習方法で行っていたものの一つと同じロジックだ。

 今から俺が放つのは「何度も使い込んだ魔法」だ。

 彼もそれを心得ている。

 こちらの意図を読み、敵の攻撃を剣を打ち合わせて逸らし、スキル名の宣言と共に盾による強烈な殴打を打ち込む。


「≪シールドバッシュ≫!」


 盾による殴打系のスキル。

 原始的な装備の重量を活かした鈍器による攻撃は、相手の体勢を崩し、程度の差はあれど相手の硬直を生み出す。

 その隙を、この連携を俺は逃さない。

 一際強い心臓の拍動と共に、一気に溜めこんでいた流れを解き放つ!


「≪火矢ファン・ボウ≫!」


 十分な時間をかけて魔力を注ぎ込んだ魔法は、杖の先端に小さな太陽を生み出す。

 それは空気を焼く轟音を響かせ、彗星のように炎の尾を引いて敵の頭部にぶつかった。

 激しい怨嗟のような悲鳴をあげて騎士はその場で膝をつく。

 大きく耐久が減ったことでの一時的な酩酊状態といったところか。

 勇者はそこにすかさず連撃を浴びせかける。

 硬質な響きはやがてガラスが砕ける様な音へと変化する。

 彼の剣が鎧を砕き始めていた。

 鎧が我を取り戻し、暴風のように荒々しい剣舞で勇者へと反撃を開始する。

 敵の狙いは俺のようだ。

 それを察しているのか、勇者は騎士と俺の直線状に割り込むように位置して、一歩も引くことなく剛剣の嵐を食い止めていた。

 パーティステータスから確認できる彼のHPは徐々に減少し、今では五割を割り始めていた。


 VRMMOでは例え防御を成功させても、彼我のステータスなどからダメージを受けることは多い。

 ゲーマーの間では昔から『削り』と呼ばれている現象だ。

 この世界では通常攻撃でも高い威力を持つ攻撃を完全に防御しようとすると、盾などの防御専用の装備を駆使して上手く防ぐか、スキルによって防御力を上げて削られないようにするしかない。

 現実でのイメージとしては体力を削られるというのが近いだろう。

 衝撃を受け止めるたびに疲労が蓄積していくのだ。

 回避すればもちろん削られることは無いが、こちらも簡単に可能な話ではない。

 また、防御すると身構えている時よりも隙が大きくなりがちだ。

 失敗した時に防御による補正を得られず、直接ダメージを負うリスクを覚悟しなければならない。

 それでも、『削り』がある以上は回避を重視しているプレイヤーは多いのだ。

 防御力だけで完全防御を達成しようとするなら、鈍重になることを承知の上で重装備をしてガチガチに固めてしまわなくてはならない。


 勇者の盾は金属製の中盾だ。

 中盾は大中小の三つのサイズで分類した際の呼び方で、真ん中のサイズということになる。

 小盾は取り回しがしやすいが防御力は低く、大盾は防御力がズバ抜けて高いが重く扱いが難しくなってしまう。

 中盾はその中間、取り回しと防御の両立を目指したカテゴリだ。

 彼が扱う金属製の盾はその中でも防御に重きを置いたものとなるので、大盾に近い方向性だ。

 カイトシールドと呼ばれるタイプの形状で、特徴的で印象的な盾の代表と言える外観をしているのでユーザーは非常に多い。

 もっとも、VRMMOで片手に剣、片手に盾を構えるプレイヤーは全体ではやや少数派なのだが。

 極端なスタンスが好まれるのがMMOと言うゲームだからだ。

 剣と盾を同時に扱うということはバランスを取るということで、それは得てして器用貧乏になりやすい側面がある。


 実際、別のVRMMOで直剣と中盾の組み合わせで戦闘をしたこともあるが、想像以上に扱いが難しいのだ。

 防御を意識すれば攻撃がおろそかになり、攻撃を意識すれば防御がおろそかになる。

 両立を目指すには攻撃と防御に常に意識を割かなくてはならない。

 相手の行動の先を読まなければ、攻撃も防御も最大の結果を生まない……真にバランスを求められる戦闘スタイルなのだ。

 彼はその難しいスタイルで高い戦闘力を発揮している。

 ステータス補正に頼れば強いプレイヤーは幾らでもいるだろうが、ステータスに左右されない強さを持っている本当の意味での『VRMMOゲーマー』は数少ないだろう。

 彼はその数少ないプレイヤーの一人だ。


「≪恵みの喜び、生の喜び……≫」


 こちらの詠唱を敏感に察知し、彼は敵の猛攻を掻い潜って大きくバックステップする。

 回復魔法は扱いが難しい。

 まず射程が短い。

 多少は遠くまで届かないことも無いのだが、術者と対象が離れている分だけ、それに応じて回復量も目に見えて減少していくのも厄介な点だ。


「≪……祝福せよ生命の輝きを≫!」


 彼も「治癒アークの呪文」を伝授しているだけあって特性を把握しているようだ、すぐにこちらへ近寄ることで対応して、回復量をより多く受けられるようにと配慮したのだろう。

 魔法の媒体となる装備を触れさせることで接触状態での発動と判定されるので、多少ではあるが彼我の距離を稼ぐことも出来る。


「≪治癒アーク≫」


 彼の背中に杖を当て、回復魔法を注ぎ込む。

 四割程度だったHPはグングンと伸びていき七割程度まで回復する。

 詠唱をしっかりと唱えたことで魔力を大きく注いだことと、彼が俺との距離を詰めたことが大きく活きた結果だ。

 背中越しに驚きの気配が伝わるが、勇者はすぐに気持ちを切り替えたのか覇気を上げながら再び敵に突撃を敢行する。

 騎士は鎧の至る所から蒸気のようなものを吐き出していた。

 おそらく、あれが奴のダメージエフェクトなのだろう。

 鎧が大きく傷付いたことで徐々にダメージを受け続けているように見える。

 敵が振るう剣の圧力は未だ衰えていないが、動きの節々に小さな硬直が増え始めていた。


 このまま押し切れるか。

 そう考えた時に、騎士が徐に剣を逆手で構えて自身に突き刺した。

 突然の行動に驚愕を隠せないが、すぐに思考を切り替えて視線を周囲に散らす。

 鎧は木の幹が裂ける様な音を轟かせ、無数の亀裂から盛大に蒸気を吐き出した。

 その白煙が俺の背後で形となり、人型となって現れた。

 手には騎士が使っていた剣が握りしめられている。

 一方、白煙を上げた騎士の方は抜け殻となっただろう鎧が、それでも尚立ち上がっていた。

 初めて見た時ほどの強烈なプレッシャーは無いが、それでもまだ鎧は圧力を放っている。

 大剣は白煙の騎士が使っているので黒鉄の騎士は無手となっているが、重い鉄塊から繰り出されるパンチは十分な威力を発揮するだろうことは想像に難くない。


 全く、運営も意地が悪い……「はじまりの洞窟」というネーミングで安心させておいて、いきなり最初のボスが第二形態、しかもボスによる挟撃を行うなんて初見殺しもいいところだ。

 多くのパーティは近接職がボスに纏わりつき、後衛職は安全な後ろに構えていることだろう。

 そこをいきなりバックアタックで突くという作戦なのだ。

 開発の底意地の悪さを垣間見た気がする。

 並のパーティならこの時点で瓦解する可能性があるだろう。

 ましてや、俺たちはたった二人だけというパーティだ。

 後衛である俺が、騎士の片方を抑えこむことは難しいだろう。

 誰もがこの状況に陥ったらこう思わざるを得ないはずだ、「詰んだ」と。


 だが、俺は殺されてやる気はさらさらない。

 それは、彼も同意のはずだ。


「≪尖れ≫≪風針アーダ≫!」


 短詠唱の初級風魔法で白煙の騎士に速攻を仕掛ける。

 風を切る音が、そのまま白い体に穴を穿つ。

 威力が低いのも特徴と言われる風の魔法だが、どうやら奴には有効なようだ。


「≪尖れ≫≪風針アーダ≫!」


 狙いは腕だ。

 ボッと煙を散らし、穿たれた穴が白煙を切断する。

 重い音を部屋中に響かせて白煙の騎士は剣を取り落した。

 気体を元に構成したボディだからだろう、その繋がりを切断してやれば一時的に本体から分離した部位はただの煙になってしまうようだ。

 それも僅かの事で落ちた腕に集る様に煙が渦を巻き、再び体を構成する。

 しかし、時間は十分に稼げた。

 相手が動けない間に移動して、黒白の騎士を視界に収められる位置の確保に成功する。

 勇者は変わらず黒鉄の騎士を抑えていた。

 素手になったことで行動パターンが変化したのだろう、敵の手数が格段に増している。

 最も、攻撃力は大幅に下がったのかダメージは殆ど受けていないようだ。

 彼のHPは余裕があると言えるだろう。

 俺は数字的に見れば彼の最大HPの半分も無いので一撃でも受ければ危なそうだが、MPに関しては比べるべくもないだけのアドバンテージがある。


 そう、マギエルはステータスが低い。

 基礎的なステータスはもちろん、魔法技能に関しても成長率が高くない様なのだ。

 ただ、そんなマギエルの唯一の利点が魔法を扱う際の目に見えないステータスにある……と、俺は思っている。

 MPの消費量、回復量が他の種族と比べてもどうやらずば抜けて高い。

 これが一体どういうことか。

 魔法は消費したMPの量で効果が上下し、MPは消費したら自動回復を待つかアイテムによる補充をしなくてはならない。

 アイテムも即効性があるものは少なく、実践で頼りにするには些か心許ないだろう。

 また、魔法に込めるMPの量は詠唱が失敗しない程度にしなければらないので無限に込め続けると言うのは現状不可能だ。

 間延びさせ過ぎた詠唱や、無言が続いてしまったり、息をただ吐いているだけでは詠唱不完全という扱いになり、注いだMPを無駄に消費だけしてしまう。

 この詠唱時に魔法にMPを注ぐ速度、量がマギエルはどうやら多いようだ。

 つまり、短い時間で高い火力を発揮する魔法を紡ぐことが可能となっている。

 ……と言うのが、俺の立てた仮説だ。


 実証しようにも、クローズドβテストの現段階では仕様の完全な把握も、様々な角度からの検証も難しい上に、いつ仕様の変更があるかも分からないので意味も薄い。

 体感的、経験的にそう思える節があるということでしか把握できていないのだ。

 実はマグナ達も誤解していたが、MPの総量が多いからマギエルの俺は魔法が多く撃てているわけではなく、MPの自然回復量が高いから戦闘中に撃てる回数が多いのだ。

 もちろん、マグナの種族であるダンクェールと比べればMPは圧倒的にこちらが上になるが、それこそ、他のステータスの差を埋めるだけの力を極端に割り振られているかと言えばその限りではないのだ。

 ぶっちゃけると、魔法使いをしたいなら自分の相性の良い魔法系統を選び、それに合った種族を選ぶ方が威力が出る……様だ。

 例えば、アルヴのフェルチが使う風魔法の方が基本的には俺が打つよりも威力がある。

 彼女の装備とこちらの装備の補正――彼女が特化型指揮棒タクトで、こちらが魔法万能型長杖――という点を除けば、現時点でほぼ同威力な彼女の風魔法の方が上だという事が分かる。

 他にも種族によって特異な系統の属性があるが、マギエルはその点が長杖と同じくフラットな様なのだ。 どの系統だっても可もなく不可もない。

 それを利点と取るかどうかは人それぞれだろう。


 俺はそれを利点だと捉えることにした。


「≪集え我が意思の元に≫!」


 俺は彼の背中に向けて言葉を投げかける。


「≪石の牙よ敵を穿て≫!」


 こちらの呪文に呼応して、再び彼は盾のスキルを決める。

 体を捻り、滑り込むようにして鎧の背後に回り込む。

 やはりバトルセンスが高い。

 流石、勇者を自称するだけある冒険者ということか。


「≪石礫エッダ≫」


 石の弾丸がひび割れた鎧を容赦なく打ち付ける。

 注いだ魔力の量が、そのまま飛来する弾丸の数となるのがこの魔法の恐ろしさだ。

 獰猛で鋭い無数の石の牙が、脆くなっていた鎧をあっさりと噛み砕く。

 半壊した鎧は宙を掴むようにして手を伸ばし、その場で瓦解して鉄屑へと成り果てた。

 鎧を盾に身を隠した勇者は当然無傷だ。

 彼はその戦果と、俺の姿を一瞥し――獰猛な笑みを浮かべていた。

 ……やれやれ、あの顔は勇者ってガラじゃないな。

 しかし、その表情も瞬きの間に消え失せ、身を低くかがめて残る白煙の騎士に駈けていった。


 突進からの掬い上げる様な一撃は彼の得意技なのだろう。

 敵もそれに合わせたのか上段からの大きく振りかぶった一撃で迎え撃つ。

 彼はいつも通り盾を構え……なかった!

 目で追うのが難しいほどの素早く大きなステップでバックし、直剣を切り上げる要領でアンダースローによる投擲を行ったのだ。

 予想外の一撃に白煙の騎士が大剣を振りおろして硬直した姿勢のまま剣を受ける。

 胴体に突き刺さった剣は、そのまま深々と突き刺さったようだ。

 どうやら、胴体は核として機能しているからか実体のようだ。

 かれは剣を失った左掌を突き出して構えた。


「≪猛々しき軍馬の足音を轟かせ、一夜で万里を駆けん≫!」


 彼の左手には詠唱に呼応して輝く腕輪がはめられていた。

 青白い輝きが腕輪に掘られた溝の中で駆け巡っている。

 あれは確か、魔法屋で売っていたアクセサリー系の魔法媒体の一つだ。

 高額だし性質上応用が利かないというデメリットがあるが、一つの魔法を記録して同じランクの長杖と同程度の威力を出すことが出来るという媒体だ。


「≪其の荒ぶる力を以って、我が眼前の敵を駆逐せしめよ≫!」


 周囲が薄暗くなり、勇者と騎士、そして彼らを結ぶ一筋のラインだけが浮かび上がって見えた。


「≪雷撃ディント・ダート≫!」


 彼の左手から撃ち出された紫電は周囲を眩く染め上げ、短く咆哮を轟かせた。

 肌がひりひりとさせるような感覚を覚えながら、強烈な光を見たことでぼやける眼で周囲の様子を伺う。

 中級雷魔法「雷撃ディント・ダートの呪文」。

 詠唱時間も、要求MPも大きい派生属性の攻撃呪文だ。

 マギエルの俺が使ったとしてもMPを殆ど吐き出してしまうし、意外と攻撃範囲が広いので前衛が密着していたりすると使えないので、扱いが難しい魔法なのだ。

 しかし、その威力は折り紙付きといったところだろう。

 白煙の騎士の姿はどこにもなくなっていた。


 奴がいた場所には帯電し、刀身を僅かに青く輝かせながら白煙を上げる彼の直剣が、焼け焦げた黒鉄の大剣と共に床に転がっていただけだった。

 黒鉄の大剣の方はそのまま、蒸気を上げつつオブジェクト光を発して砕けて消えてしまった。

 さきほどの魔法により、敵と一緒に武器もダメージを受けたのだろう。

 見れば、鉄屑となった鎧の残骸も砕け散っていた。

 もしかしたら剣も本体の一つだったのかもしれない。

 勇者の放った魔法で武器ごと一緒に焼き切ってしまったのは幸いだったということか。


 しばらくすると新たな光の粒子が集い、一つのオブジェクトを形作る。

 それは宝箱だった。

 俺と彼は互いに顔を見合い、ふっと笑い合ってハイタッチを決めた。




 こうして、俺たちは「はじまりの洞窟」の攻略を成功させた。




「はは、意外と楽勝だったなー」


 宝箱の中身を回収、分配したあとは部屋の奥が出口へとつながっていた。

 出る場所は「はじまりの洞窟」の入口だ。

 別の階層に居たのに何故そんな場所に出るのか……現実だと違和感があるだろうが、VRMMOでは良くある話なので俺たちは気にならない。

 帰りの道中で勇者は気持ちよさそうに伸びをしながら、今回の冒険を振り返っていた。


「本気で言ってるのかそれ?」


 楽観的な彼の発言に、俺は敢えて異を唱えてみた。


「おいおい、勇者様があの程度の敵で負けるわけがないだろ?」


 肩を竦めて見せながら、彼は爽やかな表情でそう切り返す。


「どうだか……あの場面で魔法を撃ったのだって、一か八かで決着を付けに行ったんだろ」


 俺がそう指摘すると、ばつが悪そうな顔をして彼は答える。


「お、おいおい……中々鋭いじゃないか……」


「限界が来る前に全力を出して様子を見る、ってのはVRMMOの鉄板ですから」


「その格言を知ってるとは……お前も一端のゲーマーだな!」


「他人の受け売りですけどね」


「ははっ、それでもその意味を理解しているってのが大事だろ?

 俺だって、その言葉は誰かからの受け売りなのには違いないさ!

 そんなことより、町に戻ったら一杯付き合えよ。 な、賢者様!」


「はいはい、勇者様の仰せの通りに」


 そんな気安い会話を交わしつつ、俺たちは町へと凱旋する。

 凱旋と言っても、別に町で歓迎会が開かれるわけではないのだが、気分はそんな感じなのだ。

 冒険者の……プレイヤーの数だけ物語がある。

 きっと、今頃は他のパーティもボスと戦って勝ったり負けたりしているだろう。

 その数だけ、あの場所には物語があるのだ。

 今日はその一つに、勇者と賢者の二人が無事にボスを倒したという話があっただけなのだ。

 そして、彼らは勝利の祝いに酒場で酌み交わした、と。


 VRMMOの醍醐味は、用意されたストーリーをなぞるだけではない。

 こうして、冒険者たちの間で自然と紡がれていくものなのだと俺は思う。

 それがこの世界に魅せられた理由の一つなのだから。

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